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1203/06/26(金) 放課後
修練場の地下にある射撃訓練場で吊り下げ型の動くダミー相手にひたすらにナイフを投げていた。
ナイフを受け取った次の日から、中間試験前は授業後に30分だけ、中間試験後は授業後1時間、休憩を挟みつつも的当てに費やしている。元々石を投げたりするのは得意だったので両手ともに精度は悪くない。暑くなってきたのでブレザーを脱ぐべきだろうか、と一瞬考えて、いや普段の戦闘では着ているのだからとそのままにしておくことに決めた。
そんなことを考えつつ降りてきた気配へ振り向けば、印象的な赤い髪が揺れるのが見える。
「サラ教官、お疲れさまです」
「精が出るわね」
ピッ、と背筋を伸ばして手を後ろで組むと、いいわよ、と手を振られて体勢を楽にした。学院外であったり、いつものミーティングルームであればここまではしないのだけれど、ここは士官学院内の誰が入ってくるともわからない校内設備だ。教官と学生という立場で、他の教官に見られる可能性を考えるとついそうしてしまうのだけれど、教官に気を使わせているだけかもしれない。
「それが申請出してた投げナイフ?」
「はい」
私の腰に収まっているナイフを興味深そうにサラ教官が眺めるので一本出して差し出すと、ありがと、と受け取られる。重心、重量、それを確かめるためにか手の中で一回転させたと思ったら、そっと踏み出して──投げた。反応が遅れたと思ってダミーの方へ視線を走らせると、そこには頭を射抜かれたダミーがぷらりとぶら下がってゆらゆらと。
────見えなかった。
「いいナイフね」
悪戯っ子のようにサラ教官が笑う。精度を上げた後は、次は速度ということだ。そしてその速度について来られる精度を叩き出せということに他ならない。じわり、心の何かが笑う。
「……そう思います。購買では取り寄せなどが難しかったので、商店街の外れにある質屋さんにちょっと頼んで探してもらいました」
「へぇ、あの人が?」
ふうん、と何かを考えるサラ教官。……もしかしなくとも、ミヒュトさんとお知り合いなのだろうか。教官とはあの店で出会ったことはないけれど、もしかしたらいつかばったり遭遇する日もあるかもしれない。
そんなことを考えていると、コツリコツリ、聞き慣れた足音が修練場へ繋がる階段から降りてくる。教官も気がついているようで、二人でそっちを向いたらちょうどクロウが入ってきた。
「やっほー」
「おお、って、げ」
「あら、人の顔を見るなり随分な挨拶じゃない」
「いやー、そんなことそんなこと」
そんなやりとりをしている二人の横を通ってダミーのスイッチを切ってから、ナイフ回収します、と声を出してダミーの方へ走っていった。クロウがここを使うなら早々に空けなければ。
「ナイフ回収しました」
投げていたナイフを腰に収めて帰ってくると、二人ともじっと私の方向を見てきて、すこしだけぐっと喉が詰まる。何かしただろうか。
「ねえ」
「お前、その腰に入れてるのなんだ?」
腰……そう問われて、あぁ、と思い当たるものを腰の後ろから出して二人に差し出した。
「ちっさな……導力銃?」
「はい。ジョルジュに特注で作ってもらってたやつなんですけど、まさかこんな早くできるとは思ってなくて……」
私の掌から少しはみ出す程度の飾り気も何もない簡素な導力銃。市販のものでここまでのサイズを実現させたものはないはずだ。一応試し撃ちはしたけれど、さすがのジョルジュで申し分なかった。……とはいえ今はナイフの方に注力しようと保留にしているところだ。それ自体はジョルジュも、そうだね二兎を追う者は一兎をも得ずだ、と納得してくれている。
常に腰に入れて、"入れている感覚"だけでも無くしておこうと思ったのだけれど。そんなにすぐに分かってしまうなら隠し場所をもう少し考えるべきだろうか。と言っても次の課外活動には制服の改造などは間に合わないのでそのまま行くしかない。
「使ってみてもいいか」
クロウが見たことないぐらい真剣な表情で問いかけてくるので、うん、と頷いた。クロウの手に渡ったそれは本当に小さくて、グリップを握ったら小指どころか薬指が遊んでしまうぐらいだった。それなのに。
「さすがジョルジュだな」
二年生を含めても射撃の腕であいつに勝てる奴はいないだろう。ナイトハルト教官はクロウのことをそう表現していた。サイズが合っていない初めて扱った銃で、ダミーのヘッドを速射で正確に撃ち抜いている。たとえ動いてはいないとはいえ、そんな芸当自分にできるだろうか。
「返すぜ、サンキューな」
言われて両手を差し出すと、ぽとり、と置かれた。銃のサイズは変わっていないのに私の手の上ではさっき見た通りの具合で、やっぱりクロウって大きいんだなぁなんて当たり前のことを考えてしまった。
1203/06/27(土)
ルズウェル──双龍橋を降りて北北東にあるクロイツェン州に属する小さな町だ。
ヴェスチーア大森林の西の外に位置していて、帝国東部の森林業を担っているらしい。そういうところはイストミア大森林を北に抱く私の故郷と少し似ているところがある気がする。けれど故郷と違うのは、双龍橋という軍の拠点が近くにあるというところだろう。大陸横断鉄道が通っていることから各地への輸出もされていて、またバリアハートの職人街で使われる木材の殆どがヴェスチーア大森林のものだとか。
また、平地も広がっているため畜産業を営み、特に放牧牛の肉牛生産がさかんでもある。
比較的国境も近くにあり、有事の際は緊張感に包まれるが近年は平和。
アルバレア公もここの森林は手厚く保護しており、政治的軋轢は特にない。
「ルズウェル、どんな町なんだろうね」
「本当に楽しみにしてるね、セリちゃん」
クロイツェン本線直通大陸横断鉄道でケルディックを通過し暫くしたところで私が言うと、トワにそう返された。だって森林業を主産業にしている他の町に課外活動で行けるなんてラッキーもラッキーだ。もしかしたら普通に観光に行ったら入ることができなかった場所に入れるかもしれない。いや、もちろん、あくまで課外活動ではあるのだけれど。
「オレとしちゃそのまま大陸横断鉄道でクロスベルの方まで行きたいところだな」
「あぁ、カジノがあるんだろう? 私としては東方街も気になるところだがね」
「アン、クロウ、空想はほどほどにしておきなよ」
ジョルジュがいつものように二人を嗜める。この光景も見慣れてきたなぁ。
「クロスベル……難しい都市だよね」
ぽつり、トワが呟いた。
クロスベル。国際貿易経済都市、帝国と共和国を宗主国とする自治州だ。その位置関係や透明度が高く質のいい七耀石が産出される鉱山を有することから、たびたび争いの火種となっている。別名、魔都とも呼ばれている因果な土地だ。たしか100年ほど前までは帝国が占領していたけれど、共和国が領有権を主張し、諸々あって今の形に落ち着いたのだとか。
「そうだね、帝国の中には今でもあそこは自国の領土だと主張する人たちもいるし」
「そもそも自治州ってのも名ばかりで、都市の利益の殆どは帝国と共和国に分配されているんだろう?」
アンが話にのってきた。もしかしたらいずれログナー侯の跡を継ぐ可能性があるせいか、こういった話には造詣が深いらしい。まぁ、そうでなくても帝国人ならクロスベルについて目を背けてはいけないのだと私は思っているけれど。帝国史を語る上で蔑ろにしてはいけない場所だ。
『──クロスベル方面行き、大陸横断鉄道。まもなく、双龍橋、双龍橋。ヴェスチーア大森林、ルズウェルへお越しのお客様はこちらでお降りください。どなた様もお忘れ物の無いよう、よろしくお願いいたします。次は、ガレリア要塞を通過し、クロスベル自治州です』
と、そんなことを話していたらいつの間にか時間が経っていたらしい。車内アナウンスが天井から聞こえてきて、みんな降車の準備をする。
「まぁ、私たちが学生の間はどうにも出来ないかもしれないけど、何かあった時には動けるようになっておきたいよね」
荷物を網棚から下ろして、トワに言う。きっと彼女なら、そういう立場になれると私は思う。軍という力とはまた違う場所で、クロスベルだけでなく帝国を取り巻く諸処の問題のことに心を砕いて、奔走し、それを為す。そんな場所に行くことになるんじゃないかなと。まぁ勝手な想像だし、まだまだ一年生だけど。
「うん、そうだね」
だけどトワはそう笑ってくれたから、二人で軽く拳を合わせた。
ルズウェルはトリスタから二時間鉄道に揺られ、一時間ほど歩いたところになる。
グレンヴィルと違って駅と直結ではないので到着する頃にはとっぷりと夜になっていた。だけど到着したルズウェルの町は明かりがあふれ、布などが飾り付けられささやかだけれど華やいだ雰囲気になっている。
「わぁ」
感嘆の声をこぼしたトワにつられ上を見れば、導力灯ではあるのだけれど、携帯用ランタンを繋ぎ吊るすことで無機質じゃない賑やかさを演出しているのがわかった。あぁ、そうか。六月末。夏至祭だ。旧都とかだと盛大な夜祭が一週間弱続くけれど、ここでも祝っているのだとじんわりする。帝都に近いトリスタはその辺簡素だからなぁ。だから着くまで忘れていたのだけれど。
写真を撮りながらあちこちで交わされる乾杯の声の間を抜け、事前に渡されていたレジュメによると今日の宿は"キノコのヤドリギ亭"らしい。なんというか、ジョークなのかジョークじゃないのか少し考えあぐねてしまうネーミングセンスだと思う。
宿に入ると宿屋というよりは宿酒場のようで、屈強な人たちが夏至祭を祝いながらお酒を飲んでいた。気のあった人同士が軽口を叩き合って、明日のことを話しているこの喧騒は何だかすこしだけ懐かしい。
「すみません、トールズ士官学院の者です」
「あぁ、連絡もらってるわよ。ごめんなさいね、ちょっと騒がしくて」
「いえ、こちらこそ楽しそうなところへお邪魔してしまったようで」
うっかりするとそのまま騒ぎに混ざってお酒をもらいに行きかねないクロウとアンを三人で捕まえながら、宿の女将さんとお話をする。お酒を飲むにしてもせめて学院生だとわからない服装でわからない土地でやってほしい。いや、トワはそれでも許さないだろうし、そっちの方が正しいんだろうけど。
「食事はどうする? 何なら上に運ばせてもらってもいいけど」
その質問に五人で顔を見合わせて、頷きあった。
「下でお願いします」
多少ブレつつも、全員一致の言葉に女将さんはころころ笑う。だって宿酒場だ。この雰囲気込みで課外活動に来たという感じもあるし、何よりどこに情報が転がっているかわからない。町の雰囲気をいち早く掴むためにも、ここに来て部屋で食事というのはありえない選択肢だろう。
女将さんの計らいで五人全員座れるソファ席を案内してもらい、いつもの並びで腰を落ち着ける。すこし暗くなっていたのもあって、少し索敵に気を配りすぎたかもしれない。脳と目が疲れた。目頭をちょっと揉もう。
「お、肉がある肉」
「肉かぁ、多少なり歩いて疲れたしガッツリ食べたいところだね」
「お鍋あるけど、それもいいんじゃない?」
「ごめん、ミルク鍋だと私は厳しいかなぁ」
「おや、トワは牛乳苦手だったかな」
「うん……あっ、クロウ君、だから小さいんだよって顔に出てるよ!」
「バレたか」
そんな会話をしながら適当に注文したところで、トワがそっと蒸しタオルも頼んでいたのでどこか打ち身したのかとみたら、アイマスクみたいにしたらセリちゃんちょっと楽かなぁ、なんて。……あ、私用にか。びっくりするぐらい気配りの鬼だ。
もしかしたら生徒会の仕事もトワがいないといよいよ回らないようになって来ていそうだけれど、トワのことだからそれも見越して自分がいなくても回せるよう整えているという確信がある。うん。来年は生徒会長になっていてもおかしくないんじゃないだろうか。この学院のそういうのが指名制か選挙制か推挙制かは知らないけれど。
「だから、クロウ、その笑い方を止めろって言っているだろう」
「その難癖つけてくんのいい加減止めろってこっちも言ってんだろアンゼリカ」
名産のお肉や山菜の盛り合わせなどを美味しく食べ終わり明日のことについて話していただか、もしくは全然別のことについて話していただか、話題のことなんてクロウとアンの唐突な険悪な雰囲気で全て消し飛んでしまった。
「なんでいつもいきなりにそういう雰囲気になるの二人とも……!」
「どうどう、アンもクロウもいい加減にした方がいいよ」
この面子の良心である二人がそれぞれ宥めに入っているので、机をひっくり返されたら嫌だなと運ばれてきたデザートのタルトタタンを食べ始めた私はぼんやり考える。仲がいいのか悪いのか本当にわからないんだよなぁ、この二人。前に料理していた時は楽しそうだったのに。
でもアンの言いたいことは分かってしまうし、それについて突っ込んでくるなというクロウの言い分もわかるのだ。誰だって心のやわらかい場所は無遠慮に突っつかれたくないだろう。アンのそういうところは強みであり、弱みでもある。
「いやー、もう思いっきりやりあうのを見守った方がいいんじゃない?」
「セリちゃん諦めないで!」
そろそろこの言い合いも見飽きたところがある。いや別に見世物ではないのだからそんなことを言われる筋合いはないだろうけれど。噂では私たちがいないところだとそのまま殴り合いに発展していることもあるだとか何とか。
I組とV組はそれなりに教室が離れている筈なのにどういう経緯でそうなるのか不明だけれど、そもそもこの四人がチームを組む前に友人だったというのも不思議なのでそのことを気にする方が間違っているのかもしれない。あぁ、というか、そうか。ハインリッヒ教頭がクロウをやけに目の敵にしているのは四大名門貴族アンゼリカ・ログナーと喧嘩するからというのもあるのかもしれない。うん。いろいろな線が繋がるのはやっぱり面白い。
というかそういう意味ではトワとジョルジュの制止というのは効いているということだ。それにしても貴族と殴り合う平民って聞いたことないな。クロウも大概肝が据わっている。
「おお、じゃあ表出ろアンゼリカ」
「ふふ、明日泣き言を言わないことだね」
私の発言が発端になってしまったのか、二人がソファから同時に立ち上がる。
「あ、本当にやるの? じゃあ審判したほうがいいかな」
剣呑な雰囲気を受け、急いでデザートを食べ終わり私も立ち上がった。こういうのは止めるよりいっそ第三者が積極的に面倒を見る方が何かと都合がいい。そしてそれは言い出してしまった私がするべきだろう。
「もー! そういうことじゃないよ!!!」
だけど善性が強いトワはそう叫んでいた。ごめん、後で説明するから待っててほしい。
喧嘩は一応村の外で行ったというのに夏至祭で人が多かったため若干見世物のようになってしまったけれど、基本は打撲でついでに謎の切り傷の五分五分の勝負をしていた。でもそろそろ明日に響きかねないと審判である私が終了させ(審判は武器も戦技も使っていいのだ)、それぞれの部屋で手当てをし、二人を寝かしつけた。
もう23時。飾り付けのランタンも消灯し、騒動で疲れてトワも寝ている。明日も早いので自分もさっさと寝ようかと思ったけれど、宿場の外からとある気配を感じて誘われているような気を覚えてしまう。
「……」
ひとつため息をつき、寝巻きだけれどダガーを装備し、しっかと部屋には鍵をかけて外へ。
六月だけど少し肌寒さを感じつつウッドデッキテラスを抜けて、私たちが入ってきた南にある町の入口とは反対方向、つまり森の方へ歩いていく。入った時とは打って変わった静かな町を抜けるというところで、赤い髪が月の光に綺麗に照らされ風に吹かれていた。
「教官、あんまりちらちら誘わないでくださいよ」
「あら、気付かないフリしてくれても良かったのよ?」
そう笑うけれど、そんなことをしたら後日何を言われるか分かったものではない。ここは学院外なので多少フランクになってしまうけれど、教官は気にした様子は一切ないので、まぁ単純に私のペルソナの問題なのだ。これは。
「というかさっきの、見てましたよね」
「いやー、青春って感じでいいじゃない。殴り合ってわかりあう、うんうん」
「わかり合ってはいないと思いますけど」
とはいえ、何だかんだ嫌いあってはいないのだろうとは思う。お互いにお互いの実力はもう認め切った上でああしている。あとは本当に『理解できないことを理解し合う』ぐらいなのではなかろうか。いつかのアンと私のように。……クロウにとってはもしかしたらそう簡単なことじゃないかもしれないけれど。
「……で、言いたいことってそれだけですか?」
「うん、キミがあたしに気が付いてくれたからそれだけになったわ」
サラ教官にしては妙な、もってまわった言い回しをすると思った。だけどミヒュトさんとおなじく追求してもあんまり大した成果は出ないだろう。それならその時間を睡眠に充てた方が建設的な気がする。
「そうですか。じゃあ帰りますね。おやすみなさい」
「ええ、明日は頑張りなさい」
がんばりなさい。殆ど聞いたことない言葉だったので首を傾げたけれど、直ぐに、まぁいいかとお辞儀をして背中を向けた。明日もみんなでやることをやるだけだ。