[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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七月
07/03 学院長の呼び出し


16

 

 

 

 

1203/07/03(金) 二限終了、昼休憩前

 

「ローランドさん、学院長室に出頭してください」

 

事務員の方が授業終わりを見計らって入ってきて、そう私を呼んだ。一瞬止まってしまったけれど心当たりがすぐに思い当たったので、わかりましたと硬い声で返答し、授業の後片付けもそれなりにして向かう。中央階段を降りて、早鐘のように鳴る心臓を少し叩いて、学院長室の前へ。

は、と短く息を吐いてから背筋を伸ばしノックし、入室了承の声。

 

「失礼致します」

 

入ると、左手の学院長机にヴァンダイク学院長がお座りになられているのは想像していたけれど、その机の前に金色の髪の毛に緑を基調とした衣服を纏ったいかにも貴族といった風情の方が立っていた。

 

「ああ、来たかね。こちらへ」

 

学院長の指示に従い、机の前に出て、手を後ろに組む。このいかにもな貴族の方が同席しているということは、私がやらかしたことに無関係ではない、ということなのだろうと思う。でなければ私のような一介の学生のことなんて待たせておけば良いのだから。

 

「一年VI組、セリ・ローランド、ただいま参りました」

「うむ。来てもらったのは他でもない、先日出してもらった校内新聞についてだ」

 

やっぱり。

 

「はい」

「結論から言おう。これは発行できない」

 

少し目線が落ちそうになったけれど、わかりました、と努めて静かに返事をした。

四月から始まり、六月におそらく終わりを見せた私たちARCUS試験運用チームが遭遇した案件。それを一旦バラしてから筋道を立てつつ再度まとめなおし今回の件を解説した記事を、書いたのだ。そうして発行する前にいつもと同じ形で、いま顧問になってくださっている美術担当のフェルマ教官に提出したところ、すこし預からせて欲しいと言われてしまった。それが先月の30日のこと。

 

「お話は以上でしょうか」

「まぁそう焦ることはない」

 

そこでようやく、貴族の方が口を開いた。そちらに体と視線を少し向けると、金の髪の毛の間から翠耀石のような綺麗な緑の瞳が見える。本当に、どっからどうみても貴族だろうという感想から、ようやく記憶が引き摺り出された。確かこの学校には理事長とは別に常任理事が三人いる筈で、その内のお一方が確か。

 

「この学院の理事を務める、ルーファス・アルバレアだ。セリ・ローランド君」

 

翡翠の公都治めるアルバレア家のご長男だ。

 

「はは、そう硬くなることはない」

 

けれど私の緊張とは裏腹に、その方は柔和に笑う。いや、緊張しないでいられるだろうか。

ルーファス・アルバレア────四大名門貴族の筆頭たるアルバレア公爵家の次期当主と目されている方だ。アンも似たような立場とはいえ、彼女はそういった立場ではまだないし、そういう気質でもない。けれどこの方は違う。目の前に立ってみればようくわかる。私を潰そうと思えばなんの感慨もなく潰せるお方だ。

 

「いや何、君の記事は読ませてもらったが素晴らしいものだった。だが表に出せない。理由はわかるかな?」

「……まず第一に、記事を書いた人間の名前が出ますが、猟兵絡みでは私はまだ自分の安全を確保できるという技量がないからです。第二に、それに付随し学院生全体が何がしかの危険に巻き込まれる可能性が発生します。第三に、私の記事ではARCUSという戦術オーブメントのことが表に出てしまうかもしれません。……そのようなところでしょうか」

 

第四に、猟兵運用や州を跨いだ事件という政治的圧力もあるだろうけれど、それは言わなくていいことだ。

 

「うん。正しく理解しているようだね」

「そうだ、君がたとえ強くとも猟兵に関してはまだ一人で戦えるものではなく、また戦うべきではない。そして学院生全体が危険に陥る可能性をワシは是とは出来ぬ」

「……はい」

「ゆえにここからは私の提案なのだが、帝国時報などの一般流通している新聞社へこの記事を提供することはどうだろうか、とね」

 

新聞社へ記事を提供。間抜けな声を出さなかったのを褒められたいほど予想だにしていなかった言葉で、反応が遅れてしまった。

 

「えっと、それは、どういうことでしょうか。すみません、理解が遅く」

「例えば帝国時報へ君の持つ記事と写真の権利を提供すると、記事の書き直しがされ、新聞社の誰かの名前がそこに記され一般流通記事として市民の目に入るだろう。そういった形で構わないのであれば君たちが成した功績は表に出る、代わりに君の名前は一切秘匿される。そういうことだ」

 

揉み消されるのではなく、もっとたくさんの人の目に触れる場所へ。この記事が羽ばたくということでいいのだろうか。それは、願ってもないことだ。

 

「────はい、私にとって名前が出るかどうかは重要ではありません」

 

記者としてはそんなことを言うのは三流もいいところだろう。自分の名前で記事に責任が持てないのであれば、世に出すべきではない。それでも、私は、『無かったことにさせない』ことを選んだのだ。功名心のためじゃない。帝国で、確かに事件があったというのを記録しておくために。たとえそれがすぐに忘れ去られるものだと分かっていても。

 

「決まりだ。あとはヴァンダイク殿、お任せしてよろしいかな?」

「ええ、こちらで取り計いましょう」

「では、そのように。ローランド君も息災で」

 

既に話は終わったと言わんばかりに、ルーファス公子は爪先を扉の方へ向ける。あっ。一瞬問いかけそうになって、閉ざして、いやこれを逃したらもう直接聞くチャンスなんてないとまた口を開いた。

 

「あ、あの、なぜ、こんな提案をしてくださったのですか?」

「……私としても学院の生徒の功績が世に知られるのは嬉しい、ということさ」

 

すこしだけ振り返ってくださったその方はそう言い残して、今度こそ学院長室を後にした。えっ、とんでもなく忙しいだろうに、この案件のために来られたのだろうか……いやそんなわけはないか。

 

「少しワシと話す用事があったのは確かじゃよ」

「あ、そ、うですか」

 

どもってしまった。いや流石に(幾分かはマシになったとはいえ)この身分制度が色濃い帝国で四大名門の跡継ぎの方がなんの前触れもなしに目の前に現れたらビビるだろうと思う。私は小市民なので。……いや、アンに無言の喧嘩を売っていたのは確かなのだけれど。ある程度慣れたとはいえ、私にとって貴族というものは未だ恐怖の対象ということなのかもしれない。情けない限りだ。

 

「では、放課後で構わんから使用した写真と感光クオーツを提出してもらえるか」

「クオーツもですか……わかりました。放課後すぐに持って参ります」

 

管理しやすいように課外活動へ出る際にはいつも新しくしているので、それが幸いした。ルズウェルの夏至祭の様子も一応既に現像しているし、何か必要になったらそれをどうにかすればいい。

 

「では、失礼致します」

 

学院長へ踵を合わせ頭を下げ、部屋を後にする。

静かに扉を閉めてから暫く中央階段の方へ廊下を歩いて折れ曲がる直前で、とすん、と右肩を壁に預け詰めていた息を吐きながら顔を覆ってしまった。いや、びっくりした。びっくりした。とんでもなくびっくりした。除籍になるとは流石に思っていなかったけれど、差し止めは予想の範囲内ではあったけれど、それ以降のことが想定外のことすぎる。

 

それでも一般流通に乗ることで先の三点……いや四点は全て解決ができる。

第一の問題点である私の名前は秘匿されるのでまず大丈夫。第二の点は『一般市民に実害のあった案件を士官学院生が解決した』というのを大勢の人が知ることになることによって、仮に学院生が襲われた際にその猟兵の仕業ではないかという世論を作るそのことによって猟兵を動きづらくさせる、という話だ。第三は書き直されるのだから適当に生徒が課外活動する方便が立てられるのだろう。プロというのはすごいので。第四は公爵家が関わってくる段階で私の理解の範疇を超えている。そして何よりルズウェルはクロイツェン州……アルバレア公爵家の管轄なのだ。猟兵は領邦軍に引き渡されて、その後どうなったかは私たちは知らない。

つまり、そういうことなんだろう。たぶん。

 

「あ、セリ君。大丈夫だったかい」

「あー……」

 

顔をあげると写真部の友人であるフィデリオがそこにいた。例の写真の現像を手伝ってくれたこともあり、記事の内容を知る数少ない一人だ。もちろん、試験運用チームは全員知っているのだけれど。

 

「学院長室に呼ばれたって聞いてさ、たぶん新聞記事のことだろうって」

「うん、まぁ、なんとか。記事の差し止めはされたけど、想像よりは……いいオチかなぁ」

「うん? まぁ君が納得できる形になったなら良かったよ」

 

よかったよかった、と笑ってくれるフィデリオは本当にいい人だなぁ、なんて若干現実逃避したい自分がぼんやりそんなことを考えていた。あぁ、後でみんなにも報告しないと。

 

 

 

 

「お前が学院長室に呼ばれたのは知ってたけど、ンなことになってたのかよ」

「正直心臓が死ぬかと思った」

「おや、セリにもそういう感情があるのかい?」

「えー、すみませんねありますよ。その節はごめんなさい」

「まぁ何にせよ、無事でよかったよ。記事にはなるんだろう?」

「うん。ただみんなの写真使ってたからその辺ちゃんともう一回許可取ろうと思って」

「セリちゃんそういうところ律儀だよね」

「校内新聞と帝国時報だと目にする量が文字通り桁違いだからねぇ……」

 

 

 

 

そうして実際に発売された帝国時報に(かなり書き直しはされていたけれど)本当に記事が載っていた。それで私たちの身の回りが少し騒然としたり、ブランドンさんからまたオマケを頂いたり、フレッドさんから頼もしいぜと言葉をかけられたり、ミヒュトさんから生きててよかったなと言われたり。

まぁいろいろあったけれど、とりあえず悪いことはなさそうでホッとした。

自分で自分の責任が取れないというのは、本当に歯痒い。つよくなりたい。

 

 

 

 

1203/07/10(金) 放課後

 

授業から帰ってきて寮の一階にある自分のポストを開けてみると、藍色の封筒が入っていた。あ、と思ってポスト内に置いているペーパーカッターと共に手に取り、扉を閉めてロビーのソファに座る。普段より分厚い封筒を丁寧にピリピリ開くと、中にいつもの手紙と、珍しく写真が同封されていた。

取り出してみると、故郷ティルフィルの夏至祭の写真だ。いつも見ている光景ではあるけれど、写真のなかに見えるみんなが楽しそうで私も笑みが溢れる。

木工細工が盛んなティルフィルは飾り付けに透かし飾りのランタンを作る風習があって、それは見習いさんや新人さんのデビューを兼ねていたりするので結構賑やかなのだ。たまに大人げなくベテランの職人さんが入ってきたりして、飾り終わった後に売りに出されたりもするのでそれを目当てにやってくる商人さんもいたりする。ベテランさんがやる気を出すのは年によりけりだけれども。

 

「……その写真はなんだ?」

 

かけられた声に顔を向けると、確かIII組のクララがそこにいた。珍しい。基本的に授業以外は美術室にこもっているから寮では殆どその姿を見ないというのに。何か部屋に忘れ物でもしたんだろうか。

 

「あぁ、これは私の故郷の夏至祭の様子だよ」

「そういうことを聞いているんじゃない。その木製細工の話をしている」

 

持っていた写真のある一点を指差され、なるほど、と合点がいく。美術部の彼女は彫刻を専門にしていてあまり二年生とも話さないという噂を聞いてはいたけれど、そもそも芸術以外に興味がないというだけなのだ。

 

「これは……たぶんダンバルさんっていう職人さんの透かし細工だろうね。今回は彫刻みたいだけど、別の時は木材を寄せて柄を作ったランタン飾りを出してる年もあったよ」

 

私の家によく出入りをしていた人のものなので、まぁ物が変わってもある程度わかる。家に来て叔父さんとよく飲んでいたのを、あんまり飲みすぎたら駄目だよと怒った日も懐かしい。今も壮健でいらっしゃるようでよかった。

 

「なるほど……だがやはり職人の手のものは現物を見るに限る……。どこ出身だ?」

「え、ああ、サザーラントのティレニア台地近くにある、ティルフィルって街だね。旧都の西街道を行った先の。……もし行くつもりがあるなら、紹介状書いておこうか? たぶんその方がスムーズに作品見せてもらえるだろうし」

 

人と接しない彼女がここまで饒舌になるということは、それだけ何か彼女にしかわからない価値があるのだろう。そういう人が、なんだかんだ私は好きなのだと思う。私に理解出来る以上の職人さんの良さを、彼女は感じ取れるということでもあるのだから。

 

「頼む」

「うん、頼まれました」

 

そして別れの挨拶もとんとなく、どたどたと足早に上階へ昇っていくので、面白いなー、と一人で笑ってしまった。かなり自力で生きている感じがする。その上で利用できるものは利用して自分の糧にしようとするのは、この世界で生きる上できっと正しい。

 

さて、と手紙を開いてみると、夏至祭のことや近況が書かれていて、いつも通り二人も街も元気なようで何よりだ。ティレニア台地は比較的涼しいとはいえ夏が近いとどうしても体調を崩す人がいるから、みんな健康であるのならばこれほど嬉しいことはない。

そうして読み進めていくと、帝国時報の記事のことについて触れられていた。うっ、と少し身構えてしまう。叔母さんは保護者であるため私が最新の戦術オーブメントの試験運用に携わっている、と言うのは報告がいっている筈。ゆえに、私たちの名前は出ないまでもあの記事の内容で誰がそこにいたのか勘付いてしまったのだろう。身内ながらさすがの観察眼。それが今は憎い。

けれど手紙の文面としては怒るものではなく、私を心配することと、恵まれた仲間に喜ぶことと、士官学院でしっかりやっていることへの嬉しさがしたためられていた。……心配、かけてるんだなぁ。それもそうだ。亡き身内の忘れ形見である私が、一人娘が、奨学生として士官学院に入ると言いだしたのだから。それでも最終的に頑張ってと送り出してくれて、お小遣いや食料や雑貨を送ってくれたりしている。私はやさしいひとたちに生かされている。

 

「よっす、何読んでんだ?」

「故郷の家族からの手紙。夏至祭の写真も一緒にね」

 

クロウが寮に入ってきて、目敏く私を見つけたらしくそのまま対面に座られた。

 

「ああ、そういやルズウェルでも夏至祭やってたしな。帝都は今月末だったか」

「みたいだね。大帝が獅子戦役を終結させた終戦記念に因んで行われるらしいから」

「夏至賞っていう競馬のでっかいレースがあるって聞いてよ、それが楽しみなんだよなあ」

「いや、20歳未満は馬券買えないでしょ」

 

そう突っ込みを入れながら、そういえばクロウの故郷の話は聞いたことないなと思った。まぁでも話したくないこともあるだろうし、特に聞いたりはしないけど。その辺が今いるチームの距離感としていいところだと思う。家庭環境は千差万別でうっかりすると複雑で深淵だ。首を突っ込まないでいられるならその方がいい。

 

「少しくらい夢みてもいーだろうがよ」

「というか、夏至祭自体行けるのかちょっと怪しいよね」

「ん? ……あ」

「課外活動」

「だよなあ、そいつがあったわ」

「正式カリキュラムじゃないから休みに合わせてズレたり日程延長するかもしれないし」

 

夏至祭中は学院も休みのようだし、ここぞとばかりに二泊三日を入れてくる可能性も捨てきれない。と思う。もし帝都の夏至祭と活動日が重ならなければそっちの方も行ってみたいと思いつつ、近くに住んでいるのに人が多い時にわざわざ行くこともないかという気分になったりしないでもない。屋台は気になるけど。

ただ警備的に忙しいだろう夏至祭前後に遠征活動を組むかという懸念もあって、となると一週ズラすと自由行動日が完全に潰れることになり、それはそれでどうだろう。もしかしたら平日とか?そうなると短縮授業の日曜以上に授業の取り返しがし辛くなるので勘弁願いたいところではあるけれど。うーん。

 

「まぁ何にせよクロウは馬券買えないから諦めなって」

「ハッキリハキハキ言うな。見るだけでも面白いんだぜ」

 

そんな間の抜けた会話をしながら私たちは暫くおんなじ時間を過ごしたのだった。

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