[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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04/15 夜の語らい

「そういやチーム組むわけだし、タメっていうか取り敢えず名前で呼んでくれねえか」

 

そんな提案がされたのは旧校舎から帰ろうというところでだった。

 

「……私?」

 

一応それを請われている対象を確認しようと、アームブラストさんに向いたまま自分を指差ししてみると頷かれる。まぁ自分しかいないよなと思う。だって他の四人はもう友人同士で名前を呼び合っているのだから。

 

「"アームブラストさん"ってめちゃくちゃ長いから咄嗟の指示出ししたい時に絶対ラグるだろ。クロウなら三文字だしな」

 

一理ある。しかし私は彼をそう呼んだだろうか。基本的に長いから口に出さないようにしていたはずだけれど。いや、呼んだな。さっき。ティアをかけてもらった時に。

 

「うーん、他の人も名前で呼んだりタメでいい、なら」

 

コミュニティ内で名前を呼ぶ、名字で呼ぶ、タメ口、というのを人によって分けると面倒くさいので全部一律にしたかったのだけれど、どうだろう。しかしそんな懸念とは裏腹に、全員快く頷いてくれたので、何というかみんな人がいいなぁ、なんて考えてしまう。

 

「じゃあ、改めてよろしく。クロウ、トワ、ジョルジュにアンゼリカ」

 

この一年は退屈しなさそうだななんて思いながら、私はそう挨拶をした。

 

 

 

 

02

 

 

 

 

1203/04/15(水) 放課後

 

結局あの日からすこし導力カメラの調子が悪いので技術棟に顔を出してみると、カウンター奥の方にジョルジュがいた。けれど何やら別の作業をやっているみたいなのでどうしようかな、と悩んだところで顔が上がり見つかってしまう。

 

「あぁ、セリか。どうしたんだい」

「……カメラのシャッターがこの間の落下からちょっと調子悪くて」

 

声をかけてくれたのだし、と腰のポーチから取り出してカウンターに置くと、すこし振ったり何だりをして、内部でパーツがズレているのかもしれない、とアタリをつけてくれた。

 

「それって直ぐに直せるもの?」

 

あとあんまりカメラの修理にお金をかけられるほど余裕はないのだけれど。

 

「うん。まぁ数十分くらいかな。何なら今直ぐ直そうか」

「……幾らぐらい?」

 

技術棟に物を持ち込んだことがないので、相場がわからない。つまるところ吹っかけられても分かりはしないのだけれど、それはそこ、ジョルジュという人物を信じるしかないだろう。あんまりそういう波風立てるようなことはしなさそうではあるし。

そんなことを考えていると、ははっ、と笑われてしまい、疑問符が頭の上を巡る。

 

「いや、こういった案件は学院公認で補助も出てるから気にしなくていいんだよ」

 

曰く。専門の技術者を雇うより学生がやった方が技術向上並びに近隣住民との交流ともなるので、学院生やトリスタ住民の持ち込みに関しては無償引受をして、その実績を学院に提出することでいろいろな単位となったり技術棟の備品が良くなったり、そういうことらしい。なあんだ。

 

「それなら遠慮せずに頼もうかな。あ、でも別に今直ぐじゃなくてもいいよ」

 

急ぎの用事があるならそっち優先してくれて全然構わないのだ。

 

「いやいや、肌身離さず持ってるってことは、それだけ大事なんだろ? 直ぐにやるよ」

 

大事。まぁ。うん。大事な物だ。入学祝いにお世話になっている叔父さん叔母さんから買ってもらったもので、大切にしたいものの一つでもある。

 

「それに確か……一人新聞部、だっけ? それでカメラ構えてるって聞いたけど」

「まあね。いろんなこと知りたいな、知って欲しいなって思ったらそれがいいかなって」

 

なんせこの学院、写真部はあっても新聞部はないのだ。なら一人でやるしかない。クラス担当の教官に相談したら、それなら私が顧問になりますよ、と言ってくださったのは僥倖にすぎる話だった。

 

「なるほどね」

 

世の中、うっかりしていると葬り去られることも多く、そのことに直面してただ嘆いていた時期もある。どうしてなんだろうって。いろいろ悩んで、聞いたりして、調べて、つまりそれは誰も知ることが出来ないからだと私は思った。誰もが知る情報流通に載せられないからだ、と。

だからその情報を私はまず取得することから始めようと考えたのだ。もちろんそれが握り潰されることもあると知っているけれど。

 

ジョルジュは直ぐに工具を並べて作業を始めてくれたので、私は室内にある椅子を一つ持ってきて最近集めた記事を書きつつ作業を眺めることにした。

 

 

 

 

「うん、調整終わったよ。少し試してくれるかい」

「わ、ありがとう!」

 

購買部の入荷情報や食堂の一週間の予定メニューなどをちまちままとめていたら、作業が終わったらしくカメラを渡される。少し汚れていたところもしっかり拭われていて、あぁもっと自分が大切にしてあげるべきだったなと反省。

 

「ちょっと撮ってくるね!」

 

ショルダーストラップをかちゃんと取り付け、ばたばたと書き物もそのままに技術棟を飛び出した。どうしようかなと悩んだところで風が吹いたのでグラウンドの方へ足がむく。グラウンドを見渡せるベンチが置いてあるところから、誰もいない閑散とした風景にシャッターを切った。自由行動日だったらたぶん人が残っていたりしたんだろうけれど、まぁこういう風景も悪くはないと思う。ライノの葉っぱが太陽で赤くなっているのも綺麗じゃなかろうか。

 

「あれ、カメラ直ったの?」

 

声をかけられて振り向くと、II組のフィデリオがそこにいた。

 

「うん。ジョルジュが直してくれたんだ」

 

カメラを胸の前に掲げると、よかったよかった、と彼は喜んでくれる。

フィデリオとは写真部に見学に行った際にかちあって、そこからいろいろカメラ談議をした仲なのだけれど、貴族だというのに面倒見がいいというか、気さくというか。自分は貴族というものに少なからず偏見を持ってしまっていたので、よくなかったな、なんて一人反省したりもした。

 

「ジョルジュ君はカメラのメンテナンスまで出来るなんてね。僕も頼んでみようかなぁ」

「うん、いま試した限りシャッター時の変なつっかかりもなくなってるし、やっぱ技術枠で入ってるだけあって腕はいいみたいだね。また何かあったら私も頼むと思う」

 

とはいえ、あんな不意打ちの落下は今後そうないと思いたいのだけれど。

そんな風に話していると、本館屋上から最終下校鈴が敷地内に鳴り響いた。

 

「あ、荷物置きっぱなしで来ちゃったから戻らないと。じゃあね」

「うん。気をつけて」

「そっちもねー」

 

手を振りながら技術棟へ戻ると、さすがに閉めるのかジョルジュが後片付けしていた。

 

「荷物置きっぱでごめん」

「あぁ、帰ってきてくれて良かったよ。通信するところだった」

「初通信がそんな情けない用件は避けたいなぁ」

 

カメラを丁寧に腰のポーチへ仕舞ってから、放り出していたノートなどをまとめ始める。

 

「でも数回は使い方きちんと確かめるために通信しておくべきだろうね」

「それは確かに」

 

一応全員の通信番号はメモっているとはいえ、使い方自体が覚束ないというのはそもそもよろしくない。筆記用具などを全部鞄に入れたところで、ジョルジュの片付けも終わったのかカウンターから出てくる。

 

「作業服のまま帰るの?」

「ああ、今日はちょっとこのまま出てきたから」

「合理的だねぇ」

 

うん。機械油とかで汚れるのがわかっているなら、わざわざ制服を着る機会も少ないというのもわかる話だ。二人で技術棟を出て、しっかり施錠する。

 

「でもハインリッヒ教頭とかは何も言わないの?」

 

校則にかなりうるさい人を引き合いに出すと、それがあんまり、と返事が返ってきたので、彼がシュミット博士の愛弟子だというところからコネ的なものを感じているのかもしれないな、と推測をしてしまった。でもこれはジョルジュの腕を認めていないようでなんだかなぁ、という気分にもなるのだけれど、教頭がそれを考慮していると信じられるかというと。……うん。

 

「あれ」

 

ジョルジュが声を上げたのでいつの間にか落ちていた視線をあげてみると、前方に青い腕章をつけた貴族制服の男子生徒と歩いているトワが見えた。男子生徒はたぶん生徒会役員だ。

 

「……勧誘かなぁ」

「十中八九そうだろ」

 

声がして二人で振り向くと、よっ、と手をあげたクロウが学生会館から出てくるところだった。今日は食堂にいたらしい。

 

「まぁ220期生どころか、ここ十数年以上見渡して才女って言われてるもんねぇ」

「本人はそれに納得してねえみたいだけどな」

 

謙虚が過ぎると傲慢というものだけれど、彼女に関しては自己評価が低いという感じもしないので、なんというか印象としては不思議な人だ。どうもこの試験運用チームに選ばれたこともいまだに悩んでいるらしいのが、それに拍車をかけるのだけれど。

 

 

 

 

「……」

 

ぱちりと目が覚めた。窓から外を見るとまだまだ月が輝いていて明らかに夜だということを教えてくれる。妙にはっきりとした意識を鑑みるに、滅多にない気配を感じたのかも、と少し意識を警戒へチューニングし、護身用にダガーベルトを腰に回してから部屋を出る。

Tシャツにズボンという出で立ちもどうにかした方が良かったかもしれないけれど、杞憂だったらさすがに恥ずかしいのでまぁいいかと思ったのだ。

 

音を殺しつつ階段を降りながら気配を探る。

ここは士官学院の学生寮で、女子生徒は防犯のために三階に住んでいる。二階には男子生徒もいるわけで、つまりどんな思惑があってもここには手を出さないとされている。でもその裏をかく人間がいないとも限らないのではないか、と。

 

二階から一階へ降りる階段のところで呼吸を整え、階下に意識を譲ると。……厨房から音がする。いや、これは、うん。たぶん。知ってる。

 

「……」

 

そっと食堂へ通じる扉をあけ、奥のカウンターにいる人影を視界に捉えるとやっぱり想定していた人物がそこでお湯を沸かしていた。月光の薄明かりと僅かなコンロ上の導力灯に照らされているのは大地を思わせる茶色の髪を下ろし、薄水色の寝巻きを着て赤と緑のチェックなストールを肩からかけている小柄な影……トワだ。

 

「眠れなかったの?」

 

そう声をかけると、まるで気が付いていなかったのか驚いた表情で彼女はこちらを見た。

まさかトワを妙な気配と勘違いするとは。自分もまだまだだなぁ、と内心苦笑する。

 

「あ……セリちゃん。うん、ちょっとね」

「紅茶淹れるなら自分もご相伴にあずかっていいかな」

 

食堂と厨房の境目にあるカウンターから声をかけると、うんいいよ、と。本当に優しい。

 

トワがお湯を沸かしているので、自分も何か出来ないかなと考えたみたところでハッと思い出す。ちょっと上に行くね、と言って部屋へ戻り、ダガーベルトを腰から外し、代わりに故郷の街で作られているメープルシロップを取ってきた。ロビーのソファ席で待っていてくれた彼女にミルクティーに入れても美味しいよ、と渡すと、丁寧に匙に出して薄茶色の液体を掻き混ぜ、そっとカップを両手で持って口につける。

まるでその光景は、絵画になってもおかしくないような情景だった。こういう風景を残したくて人は筆やカメラを手にするのかもしれないと思わせるほどの。

 

「……セリちゃんは、どうしてARCUSの試験運用に参加したの?」

 

静かなお茶会の中で、ぽつり、ティーカップに視線を落としたトワがそうこぼした。

どうして。

 

「一言で言えば面白そうだったからだけど……」

「けど?」

 

ぼんやりと薄明かりに照らされたトワの瞳は、不思議そうな色をたたえて私を見上げてくる。別に自分の心の内をさらけ出すような間柄ではまだ特にないけれど、なんとなく、話してもいいかなと思ったのも事実で。

 

「うん」

 

こくり、と紅茶を飲んで喉を湿らせて、言葉を続けた。美味しい、は心をゆるませる。

 

「正直なところ高等学校って土地によっては贅沢なことだよね。私は……その、両親がいないから、学校へ通いたいって言いづらかったけどここなら奨学生制度があったし、自分が生きるための術を学べるかなって思って来たんだ。そしてARCUSって戦術オーブメントはきっとこれからの礎になる。それを先に知っていられるってのは、いいアドバンテージになるから日照りに雨だった、っていうのが、一つ目」

 

自分語りがすぎただろうか、とちらり反応を確認してみると、トワは思っていた以上に真剣に話を聞いてくれていて、すこし恥ずかしくなってしまった。自分にはない真っ直ぐさを目の当たりにさせられているというか。

 

「二つ目は……まぁ、自分が偵察した結果を受け入れてくれるチームっていうのが、なんというか、楽しかったんだよね」

 

故郷はトリスタに比べればだいぶ田舎ではあるけれど、辺境というほどではなかった。とはいえ子供がたくさんいたというわけでもなく、同い年の人がおらず一歳二歳上のクラスの人と通うということも当たり前だった。森に入って遊んだり、魔獣との戦闘も勝手にしたりして、退屈はなかったと思う。それでも、今考えればあれらは単なる遊びに過ぎなかったのだろう。

 

「誰かときちんとチームを組んで、お互いの戦技を信頼して、進んでいく。きっとこれから当たり前になるかもしれないけれど、あの時の私にはちょっとだけ輝いて見えた。探索中に提案してくれる作戦も納得できる物ばっかりだったしね。命を預けるのは気持ちよかったよ」

 

これは嘘偽りがない気持ちだ。たとえ彼女が自分の選出に疑問を持っていたとしても。

 

「まー、そうは言っても最後は失敗しちゃったけどさ」

「そんな。みんな気が付かなかったんだよ」

 

フォローを入れるように即座に言葉が飛んできて、ありがとう、と感謝を述べる。

 

「でも自分からチームの斥候だっていうなら、私こそは気が付かなければいけなかった。そう思うから、あの気配はもう間違えないよ」

 

暗黒時代の魔導の産物、石の守護者。今まで接敵したことがなかった、だなんてチームを窮地に陥れていい言い訳にはならない。きっと本当にやばくなったらサラ教官たちが割って入ってくる手筈だったのかもしれないけれど、そんな考えがこれから始まる運用テストで通じるとは思えない。過酷な状況でこそ戦術リンクが活きてくるのだろうから。

 

「セリちゃんは……凄いね」

「私が凄く見えるなら、それはトワにないものを持ってるってだけだよ。私からしたらトワの方が凄く見えるから」

 

後ろから戦場を見渡して、可能であれば自分で弱点を看破し、発動させた導力魔法の威力を的確に増幅させる。そして、誰より何より、彼女の俯瞰視点というのはみんなに信用されている。過去の積み重ねで言葉が力を持つ。それは紛れもない彼女の能力だというのに。

 

「わがままを言ってもいいなら、初回ぐらいまではとりあえずチームを組んでいたいかなぁ」

「……」

 

ぴくり、とトワの肩が動いたのが見える。やっぱり。

 

「ARCUS試験運用に自分が選ばれたことに納得いってない、って顔ずっとしてるよ」

 

カップを置いて、頬杖をつきつつ空いた手で自分の眉間を叩くと、トワははっとしてから表情を曇らせる。きっと私以外も気が付いているだろうけれど。まぁ、友人だから踏み込めないってことはあるだろう。それにログナー嬢……アンゼリカは第一寮だし、他二人は男性陣だ。それなりに一番近いのが私だったってだけ。

 

「……わかる?」

「うん。私もおなじだし」

「そうなの?」

「いやー、だって新入生トップレベルの戦闘技能持ってる二人と、三高弟の愛弟子と、学院切っての才女のチームに放り込まれたんだよ? さすがに劣等感持つって」

 

畳んでいた指を開きながら箇条上げして改めてちょっと、うっ、となったけれどその気持ちは即座に飲み込んだ。

 

「でも、セリちゃんは偵察ができる、し、書類仕事が少し出来るだけの私なんかよりずっと」

「うん。そうそう、それそれ」

 

またもや疑問符が飛んでくる。

 

「私たちが出来ることを、トワは引き受けなくていいんだよ。全員でチームなんだから」

 

そうなのだ。私が出来ることを、他の人が出来たらいいけれど、それはオマケで、保険で、出来なければならないわけではない、そんな程度の話なのだ。

 

「だから、トワは私たちが出来ないことを引き受けてくれたら助かるんだ。さしあたってはきっとあるだろうレポートの添削とか、もしかしたら学生という権利で以て何かと闘うことになるかもしれないし」

 

何が起きるかわからないから、出来ることが全く別な人がいてくれるというのは大層心強い。

 

「だからさ、とりあえず、初回まではやってみようよ。それでやっぱり駄目そうならその時は一緒にサラ教官のところへ直談判しに行くし」

 

すっかり冷めてしまった紅茶を流し込んでソーサーに置くと、そうだね、と彼女はなんとか笑ってくれた。本当に納得してくれたのかどうかはわからないけれど、私に言えることはもうこれだけだ。願わくは、このまま続いてくれたらいいのだけれど。

 

……それにしても、本当に、あの妙な気配はトワを間違えただけなんだろうか、なんて詮ないことを考えつつ、私たちは食器の片付けを始めた。

 

また明日が来る。


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