[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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07/26 第四回特殊課外活動3

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「まさか転位させられるとは思わなかった……」

「何でもアリすぎんだろ」

 

分かれた後、通信機でオレとトワがタイミングを取りセリとゼリカが例の玉に触ったら、次の瞬間には完全に別の場所へ移動させられたことに気が付いた。別の場所と断定した理由であるうっすらと発光する土壁のおかげで視界の確保は問題なくなったとはいえ、それ以上の問題が山積みだ。

戻る道が無くなりはしたが、一応ARCUSはノイズが入りつつもジョルジュには繋がったのでそこはよしとする。ここからはオレとセリで対処しなきゃなんねえとはいっても、斥候要員であるこいつがこっちにいるのはラク出来っからジョルジュに感謝だ。オレは、俺を出さないでいられる方が都合がいい。

 

「そして歓迎会にしちゃ早すぎないかなぁ」

 

空間がゆらめき、前を歩くセリがすらっとダガーと剣を抜くのに合わせオレも銃を腰から抜く。まず先制一発。フリーズバレットで一瞬でも足止めをすりゃその間にセリが辿り着く。そこからはARCUSを駆動してアーツをぶち込んでやればいい。

そしてその通り、危なげもなく撃破して銃をホルスターに。双刃剣使えりゃもう少し前に出てもいいんだろうが、まあ持ってきちゃいねえし使うつもりもないが。

 

「あっ、この組み合わせだと情報分析出来るのがいないね」

「今更かよ。バトルスコープはトワと2:1で分配済みだ」

「さすがクロウ、頼りになる」

 

へへ、と笑うセリに少し肩の力が抜けた。

 

「だけど向こう大丈夫かなぁ」

「何がだ?」

「うん。霊体にはアンみたいなほぼ素手の攻撃って本当はあんまりしない方がいいんだよね。ほら、ほぼほぼ精神体だから」

「ああなるほどな」

 

そういやヴィータも言ってたか。敵性霊体には武器を介さない攻撃は極力避けた方がいいとかなんとか。生者の精神の防護膜はそれなりだが、疲弊してくるとその隙間を突かれ身体が乗っ取られやすくなるらしい。そういう意味で"ダンジョン"てのはうってつけな舞台装置だ。いつ終わるかわからない、そもそもこの状態だと脱出ができるかどうか。そういう不安が精神疲弊に直結しているわけだ。

 

「その辺のケアはトワがやんだろ」

「うん……ま、トワが一緒なら滅多なことはないか。アンが取り憑かれてもトワに攻撃しようものなら怒りで身体の主導権取り返しそうだし」

「すげーありそうだなそれ」

 

だよねぇ、と同意が来る。

 

「それより自分の心配しろって話か、なっと」

 

今度はセリがラグを計算に入れて完全出現前にナイフを投げた。挑発戦技を入れていたのか肩関節部にナイフを受けた甲冑騎士はオレに見向きもせず鈍い金属音を鳴り響かせながら猪突猛進にセリへ駆け寄っていく。おいおい、時代錯誤すぎやしねえか。

 

「ARCUS駆動────」

 

当のセリは瞬間的に斬撃は有効でないと判断したのか片手剣を両手で持ち腰辺りで構えて突撃する。甲冑の隙間に差し込み、確実に胴体へ剣は突き立てられたにも関わらず、甲冑は意に介した様子もなくその剣を振り下ろした。────っ。しかし甲冑の腹を蹴りながら剣を抜き後退したセリの行動を見計らい、アーツを発動し切る。

 

「デモンサイズ!」

 

歪んだ空間より現れいでた黒い鎌が絶叫と共に甲冑を消滅させた。終了警戒をして辺りを見回し、剣を手にしたまま二の腕で汗を拭うセリに近付いて頭を軽くはたくと、恨みがましい目がこっちを向く。

 

「ヒヤッとさせんな」

「クロウならきっちり駆動し切ってくれると信じてたって」

 

術者の精神と密接に関係している導力魔法は、それが乱れると発動出来ない。戦闘訓練では何度もそれを見てきた。攻撃が当たってなくともオーブメントの駆動を中断しちまったり、あるいは仲間が倒れるのを見て恐怖で平静が保てなくなったり。

だから多かれ少なかれ、アーツの適性があるやつっていうのは図太いというか、芯があるというか、精神的に強いことが多い。適性のないやつが弱いってわけじゃねえが。

 

「ったく」

 

無邪気に笑う相手の頭をぐしゃぐしゃとこれでもかとかき混ぜる。

その信頼が心地いいなんて、思っていい筈がないんだ。

 

 

 

 

「おう、ジョルジュか?」

「…あ、もう…………つ……のか…? す…し……てて…………な」

 

また青い玉がハマった壁に道が行き止まって通信をかける。ずいぶん離れたのかノイズでガビガビで殆ど聴こえやしねえ、もう一回かけ直すか、と切ろうとした途端デカめのノイズがした。思わずARCUSを耳から離す。するとある瞬間それが収まった。

 

「ごめんごめん。さっき通信波増強出来ないか弄ってたから安定してなかったみたいだ」

 

クリアに聞こえる通信。一瞬首筋にひやりとしたものが通った、ような。いや気のせいか?

 

「今さっきあったみてえな玉の前にいるんだけどよ、あっちの方は進捗どうかわかるか?」

『ああ、ついさっき連絡があったからこっちからかけ直してタイミングを合わせよう』

 

取り敢えず違和感は無視して要件を伝えると、どうやら進行度は大体おんなじようでジョルジュをジャンクションとして通信が繋がる。そうしてタイミングを合わせて玉に触れると、またぞろ転位させられ今度は石畳で組まれた通路に出やがった。辺りはやっぱり発光している。どんどん文明化してきてねえか。

 

「クロウ、次はちょっと私に連絡やらせてね」

「ん? ああ」

 

何か考えていたのか静かだったセリが、ARCUSを少し弄りながらそう言った。

 

そのまま戦術リンクの追撃もまあ恐ろしいことに順調に決まって敵を葬り続けて進んだところで、再度例の青い玉が見えてきた。当たり前のように近づいて行ったセリがARCUSでジョルジュに発信し、繋がったらしい瞬間に眉を顰める。

 

「ああ、うん。あ、そっちも着いたの? 無事でよかった。じゃあいくよ。3、2、1、」

 

青い玉にセリの手がかざされ、オレへ視線がすべらされた。

 

「0」

 

カウントダウンと共にやっぱりまた転位が発生し、正直なところもうどこにいるんだかわかりゃしねえ。オルディーネと念話すりゃ多分特定くらいは出来んだろうが、まあそこまで差し迫った危険もねえからいいだろ。

 

「……クロウ」

 

ため息を吐いて、セリが自分のARCUSを渡してくる。

そういやさっき底面カバー開けてなんかやってたな。それに倣ってARCUSを開けて更に通信機器部を背面カバーから上げ指先で探ると、あり得ない状態になっていた。ああそういうことかとオレもため息をつくしかねえ。

ARCUSの通信ON/OFFの切り替えスイッチは、裏側を少し力入れて開いた通信機器の基部にある。うっかり入っても切れても問題だからだ。だから背面カバーで保護してあるわけだが、それが、いま、セリのやつはOFFになってやがる。通信を終えてからオレに渡されるまでセリが背面カバーを開けた様子はなかった。

 

「そういうこと、だよねぇ」

 

バックアップは絶望的だ。どころか相手はARCUSの通信にすら介入して来やがってる。つまりもしかしたら土壇場でARCUSが使えなくなる可能性だってあるってわけだ。危険度が跳ね上がった。

 

「────待つか?」

 

目に見えて青白くなったセリにそう問いかけると、一瞬目を閉じて、頭を振る。

 

「場に留まると逆に危ない、気が、する。満月だし」

「そうか。じゃあ進むしかねえな」

 

ARCUSを閉じて返してから歩き始めると、躊躇いがちな声が聞こえて振り返る。なんて顔してんだよお前。まるで、まさに今、迷子になったのに気が付いたガキみてえな。

気付かれない程度にゆっくりため息を吐いて、踵を返して近づき、俯きかけてるそいつの額に指を弾いた。だけど痛いも何にも言わねえから、頬を両手で掴んで顔を上向かせる。揺れる瞳と視線がかち合って、ああそういやこいつ歳下なんだよなあ、なんて気が付いた。居心地が良すぎるってのも考えもんだ。

 

「あのな、オレは、お前を信用してる。だからお前の判断に乗っかるし、その判断の責任をお前だけに背負わせようなんざ思っちゃいねえ。オレを頼るっつうならオレにも頼らせろ。……いつも通りでいいんだよ」

 

昨日言ってた通りトワの命を自分の判断でベットしたのが許せねえんだろう。それを今の状況に重ねてやがる。だけどオレはオレの意思でお前のコールに命をかけるってんだ。遠慮してんじゃねえ。

見下ろしたそいつはオレの手を掴んで剥がしながら、ぐっ、と口を引き結んでから顔を俯け深呼吸する。何度も何度も。震えていた手に力が戻ってきたところでそっと手が離され、一歩後ろに。上がった顔は覚悟を決めた奴の表情だった。

 

「ごめん、弱気になってた。一番良くないやつだったね。クロウの命預かるよ」

「おう、オレもお前の命を預かってやるよ」

 

そう笑って、また二人で歩き始めた。

────信用してるなんてどの口で言ってんだか。

 

 

 

 

「最奥、かな」

 

結局通信してタイミングを合わせなくても玉に触れれば転位するダンジョンを歩いて、敵性霊体をぶっ倒して、広場のような場所に出た。直径30アージュの半円地面でドーム状天井のその中心には、はふよふよと浮かび上がる、人の頭大の黒い玉。見せびらかすようなその配置に、嫌なもんが背筋を這いずり回る。

 

「……? おい」

 

そのあからさまな罠が見えてるってのに前を歩いていた奴がそのまま歩みを止めない。声をかけてもその足が停止する気配がない。普段なら命を最前線で預かる者として警戒に警戒を重ねるそいつが、なんの対策も声かけもハンドサインもせずにンなことするのは明らかにおかしい。

 

「おい、止まれ!」

 

駆け寄ってその手首を、掴んだ瞬間、戦術リンクが可視化され、既に半分黒くなっていたセリのそこからオレへと色が伸ばされ濁り始める。────戦術リンクのハック!?

ヴィータから精神防護をかけられてるオレに手出しが出来ないと見て、セリを生き餌にARCUSを介してこっちまで取り込もうって魂胆だったらしい。銃を抜こうとした時にはすでに身体が硬直し始めていて、小さな手がしっかとオレを掴んでいた。

 

「……ちっ、くしょう」

 

 

 

 

泥に、しずむ。

 

 

 

 

潮の音が聴こえる。海鳥が鳴く声も。風に頬を撫でられ、寝転がり背中を預けたコンクリートがぽかぽかと身体をあっためてくれる。沿岸から突き出た船着場は昼寝にちょうどいい。今日はどこの船も出払ってるから本当に静かだ。

 

「クロウ、ここにいたんだ」

 

その声に閉じていた目を開けると、逆さまになったセリの顔があった。何だか違和感があるような、ないような。いや気のせいか。

 

「なんか約束してたか?」

 

あくびをしながら起き上がると、とすんと隣に座ってきて、いや別に、とこともなげに。隣を見ると真横にセリの顔があって、やっぱりどうも違和感を覚える。なんだ?

 

「どうかした?」

「いんや」

 

ずいぶんと頭が霧がかったみたいな感じで、どうもまだ寝ぼけてるみたいだ。そんなに寝た記憶はねえんだけど。

 

そよそよと風に吹かれながら、二人でしばらく海を眺める。

ジュライが臨むこの海をずっと沖に出て、北上してぐるりと行けばレミフェリアにつく。塩の異変に巻き込まれたノーザンブリアをどうにか出来ないかと対症療法的に支援をしつつ、土壌の回復をどうにか出来ないかと技術者のやりとりをしていると祖父さんが言っていた。もし土壌異変が微小生物の仕業なら、その辺りの研究をしているレミフェリアが何か気付けるかもしれないと。薬物っていうのはそういう研究から精製されることが多いからだとかなんとか。

 

「クロウはいつかジュライから出ていくの?」

「んー、まあ祖父さんの話聞いてるといろいろ見て回りてえなって思ったりはする。お前は?」

「私、は……学校に行きたいなぁ」

 

セリが言うのは日曜学校のことじゃなくて、高等教育の学校のことだ。ジュライにもあるっちゃあるが、本当に学ぼうと思うならエレボニアか、それこそレミフェリアか。その辺りに留学するとかの方がいいんだろう。

 

「でもさぁ」

「おじさんとおばさんに悪いってか?」

 

投げ出していた足を胸の前で抱えて、うん、と。

セリの親は昔、交通事故で死んだ。俺も小さい頃から世話になってた人たちで驚いた。でも幼馴染のセリの沈みようは本当に見ちゃいられなくて、俺に悲しむ暇もなかったのはよかったんだろうと思う。あそこでこっちまで落ち込んでたら、逆にもっと辛かったろうから。

 

「でもよ、話さないとわかんないだろ」

「……」

「それに反対されても俺たちまだ14歳だぜ? 説得する時間もあんだろーが」

 

日曜学校は原則15歳まで通える。それでも目覚ましい成績を残したやつは教会から更に高等教育を学ぶための機会が打診がされたりするらしい。教会を味方につけたら第三者の説得ってことで留学の話も通りやすくなるってもんだ。ま、身内を外国で亡くした二人にとっちゃセリを一人送り出すことの是非は考えちまうだろうけど。

 

「そんなに心配なら俺も一緒に行ってやるよ」

 

ぐしゃり、とセリの頭を撫でる。調子のいい言葉だったからか隠しもしない訝しげな表情でセリが顔を上げるもんで思わず笑っちまって、ムッとした表情でそっぽを向かれる。悪い悪い。

 

「二人で外に行こうぜ。どうせなら遠くまで」

 

俺が勉強して帰ってきたらきっと祖父さんの役に立てるだろうし。ジュライがノーザンブリアと共倒れにならないよう頭回すってのも悪くない人生だ。まあその前にちょっくら大陸一周ぐらいはしときたいが。それくらいは許してくれんだろ。

 

「……ありがとう。じゃあ、頼んじゃおうかな」

 

膝を抱えて重ねた腕の上に、こてんと頭を預けてセリが笑う。ああ、お前はやっぱり笑ってたほうがかわいいと思うぜ。悔しそうにしてるのもまあ、それはそれで、だけども。

 

「おーい! クロウにいちゃーん、セリねえちゃーん!」

「お、スタークだ」

 

遠くからぶんぶんと手を振る弟分が見えて二人で立ち上がった。きっと森に遊びに行こうって誘いだろう。また木登り対決してセリに負けるのが目に見える。それでも釣りは俺の方が得意だか、ら……。

 

────釣り、したことないんだよね。

 

幾分か声が変わった、でも確かにはっきりとセリだと断定できる声が唐突に脳裏へよぎる。

 

「クロウ?」

 

煩くなり始める心臓を押さえて、そっと顔を上げて遠くを見渡すと森が見えた。強烈な違和感に頭が痛くなる。森、森なんて俺の故郷の近くにあったか?そもそも、俺に、セリなんて幼馴染いたか?頭も、喉も、目も灼かれたように熱い。この事実に気づいちゃならねえ、その言葉を出しちゃいけねえと言われているような。

────知るかよ。俺はこんな茶番をするためにこの街を捨てたわけじゃねえんだ。

 

「ねぇ、クロ……」

 

呼びに来たスタークへ向けていた足を戻して俺を心配するセリの両肩を掴む。

 

「俺も、お前も、ここにいるワケがない」

 

はっきりと、口に出した。

ああそうだ。俺は祖父さんが死んだ後に13でジュライを捨てたし、セリに至っては帝国の人間だ。遠く遠く、イストミア大森林の南にある街だって言ってたろ。だから。

俺の言葉を咀嚼するようにセリはゆっくりと辺りを見回して、ほんの少しだけ俯いた。

 

「……うん、そっか。ここは、あり得ざる街なんだね」

 

セリは海を見たことがない。お互いの記憶が混ざり合って、存在しない場所を作り上げた。……だって言うのに、セリと出会ったこの十年分の記憶は確かにある。楽しい日々だったって感情もここにある。頭がおかしくなりそうだ。だけどあり得ない。あり得るはずがない。

ぐしゃりとセリの両目から大粒の涙がこぼれ、顎から雫が落ち、コンクリートが濡れた。

 

 

 

 

世界が崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

「────!」

「セリちゃん! クロウ君!」

 

トワの声が耳を突いて跳ね起きる。隣に倒れてるセリを視認して取り敢えず脇に引っかけて何も考えずに声の方へ。そこには泣きそうなトワと呆れたようなゼリカがオレたちを迎え入れた。

 

「セリちゃん!」

「ん……」

 

地面へおろしたセリにトワが声をかける。ARCUSを駆動し始めたからレキュリアでもかけるんだろう。黒い玉の方は諦めたのかそれとも定置罠なのか、最初見た時と変わらずに馬鹿みてえにふよふよ浮いている。

 

「何があったんだ? 私たちはここに来たら二人して倒れているというのに、明らかに近付くのはアウトでどうしようかと立ち往生していたところだったわけだが」

「あー、……たぶん、戦術リンクがハックされて精神汚染された」

「なんと」

 

オレが最初平気だったのはヴィータの魔術がかかってたからだ。セリを責める気にはさすがにならねえ。そもそもあいつが毎回玉に触ってたしな。それで何か溜まったか解析されたか。つまるところリスクヘッジの結果だ。

ずきり、と頭が痛む。ああ畜生、あのあり得なかった十年の記憶も持ってきちまってる。忘れさせてくれたらよかったってのに。……いやちょっと待て。じゃあ、俺の故郷がジュライだってことをセリが持って出てる可能性もあるってことか。

一呼吸置いて思考し、結論を出す。────そん時は殺すしかない。

誰に気付かれてもアウトだ。俺がジュライ出身だなんて知られたら面倒なことになる。今ここでそんな隠しようもないパーソナルデータを公開するわけにはいかねえんだ。

 

「あ、セリちゃん気が付いた……?」

「う、ん……」

「おい、何があったか覚えてるか」

 

膝をついて目線を合わせる。焦点の合わない瞳が段々と意識を取り戻してきて、オレたちと視線を繋ぐ。

 

「クロウ、と、転位して、黒い宝玉をみつけ、て……それから……?」

 

頭が痛むのか手で額を押さえながら顔を顰めて口を閉じる。これは、俺が精神防護があったから記憶を持って帰ってきた、ってことなのか、それとも混乱してるだけなのか。……様子見して大丈夫か?

 

「わからない……思い出せない……」

 

絞り出すような囁く声で歯痒そうにするセリに、そうか、と呟き頭を撫でて立ち上がる。黒い玉から殺気があふれ始めてんのがわかったからだ。セリもそれを理解したのか両手で武器を抜きながら膝を地面から離した。

 

「とにかくアレを倒さねえとおちおち話も出来やしねえ」

「ああ。────セリ、行けるかい」

「うん、大丈夫。武器を振るには問題ない」

「じゃあ、戦闘開始だよ……!」

 

 

 

 

そして不死の王だとか呼ばれるノスフェラトゥと戦って、それを下すことに成功したオレたちは崩れるダンジョンから弾き出され、黒い玉と一緒に例の元締めのおっさんが待機すると言っていた小さな広場に転位させられた。そこにはジョルジュとサラも。

 

三人にすげえ心配されて、22時っつう時間とセリの体調も相まってそのままハザウにもう一泊することになった。ついでに黒い水晶玉みてえなのは古代遺物だとかで、サラが一番近いルーレ大聖堂に連絡をしたところ明日の朝イチに教会の人間を派遣するから詳しい話を聞かせてくれだとか。つまりたとえセリの体調が良くても帰るのが延びたのは想像に難くない話だ。

 

宿で飯食って、シャワー浴びて、だあとベッドに倒れ込む。

あー、くそ、めちゃくちゃ眠い。

 

「お疲れ、クロウ」

「そっちもな。いつ気が付いた?」

「最初に違和感を覚えたのはノイズ音だね。いわゆる距離による断裂や、回路が焼き切れたりした時とは若干違う音だったから、いろいろ条件変えて試行錯誤していま会話しているクロウたちが偽物だって確信に至った形かな」

 

それを聞いて、うわこいつも大概やべえなと思っちまった。まあこの面子多かれ少なかれ全員やばいんだろうな。オレも含めて。試験運用に抜擢されてるって段階である程度の能力が見込まれてる筈だ。特にジョルジュは最初から参加が決められてたっつうし。

 

「じゃ、シャワー入ってくるよ」

「おー。つか寝てるかも知んねえ」

「はは、おやすみ」

 

苦笑するジョルジュを見送って、薄手の毛布とベッドの間に潜り込んだところにARCUSの通信音が響く。煩えなと毛布を被ろうとしてはたと気が付いた。どう考えても鳴ってるのオレのだろこれ。迷いつつも仕方ねえと諦めて通信に出る。

 

『あ、もしもし。セリです。寝てた?』

「寝かけてた」

『あー……、ごめん』

「昨日みたいにベランダでいいか」

『! うん』

 

嬉しそうな声に笑っちまって、ARCUSをベッドに放り出してベランダに出ると、ベランダのこっちに一番近いところにストールを肩にかけるセリがいた。さっきよりは顔色がいい。たぶん。月明かりだとイマイチわかんねえけど。

 

「今日はありがとう」

「おう」

 

風に僅かに煽られる髪を押さえながらセリが笑う。それがあの"14歳の頃"を思い出させて、妙に息が詰まった。

 

「その、宝玉に取り込まれた時のことはよく覚えてないんだけど……クロウはどう?」

「オレもあんま覚えちゃねえな。お前がなんか近くにいたってくらいか」

 

嘘だ。セリと出会ってからの十年を全部覚えてる。あの短時間でどこまで俺たちの深層を覗き込んでどういう演算したんだあのクソ古代遺物は。記憶を植え付けるとか上級モンだろ。なんであんな街の近くにいきなり出現してんだ。

 

「そっか……実は私も隣にクロウがいたような気がしたから、思い出したかったんだ。なんだか覚えていないのがもったいない気がして」

 

でも仕方ないね、と。

覚えてたってそんなんあり得なかった話だ。覚えてなくていい話だ。覚えていられたら困る話だ。それでも、ほっとした感情とはまた別のこれはなんなのか。理解したくねえと頭が拒否してる。

 

「うん、それだけ。明日になったら消えちゃうかもって思って。起こしてごめん」

「明日は教会の事情聴取だろ、オレたち忙しいぜ」

「そうだね。寝ようか」

 

手を振って部屋へ戻っていくセリを見送り、空を見上げる。

そこには満月が、空に穴を開けたみたいにぽっかりと浮かんでいた。まるで嗤うように。

 

 

 

 

1203/07/27(月) 朝

 

「意外に早く終わったね」

「だな」

 

朝飯食って直ぐに教会の司祭がやってきて、オレとセリは別室でそれぞれ話を聞かしてくれと。とはいえ昨日セリがどれだけ覚えてるのか知れてたこともあり正直覚えてねえから話せることは殆どないと伝えたら、法術で頭ん中を整理するかと提案されたのには焦った。しかし断るわけにもいかずかけられたが、まあ忘れてるわけじゃねえから大した意味はなかった。それにたぶん、ヴィータの精神防護は法術対策もあるんだろう。

 

ただオレはともかくセリもそれをかけられたとしたら問題だ。一難去ってまた一難と言うべき事態。ただ結果として、それは効果がなかったらしい。夢を見ても、それを覚えていられないみたいなのと似た現象かもしれねえな。たしかレミフェリアかどっかでそんな医学論文が上がってた気がする。だからもしかしたら昨日なら。

だけど機を逸したもんは戻らねえ。これで完全にセリの記憶からあの幻覚は喪われたと見てもいいだろう。

 

「セリちゃんとクロウ君が教会の司祭様とお話してる間に、レポートすこし進めといたよ」

「正直私たちは殆ど話すこともなかったからね」

「まあダンジョンの詳しい説明とかはさせられたけど」

 

それでもオレたちほど根掘り葉掘りってワケじゃなかったんだろう。古代遺物を回収するのが教会の役目とはいえ、ダルすぎる。こんなめんどくせえもんによくもまあオレたちは引っかかったもんだ。

 

「じゃあ帰るか。さすがに疲れたしな」

「そうだねえ」

「現在10時……元締め殿が車で黒竜関まで送ってくれるみたいだし、もしかしたら間に合うんじゃない?」

 

腰のポーチから懐中時計を取り出したセリがオレに向かってそう言うもんで、首を傾げちまった。なんの話だ。

 

「夏至賞、楽しみにしてたでしょ」

 

そういえばそんな話をしたっけか。よく覚えてんな。まあ競馬自体が好きだって言うのはフェイクでもなんでもなくわりとガチなんだが。ギャンブル抜きにしても面白いとオレは思う。馬券を買えたらもっと面白いとは思うけどよ。本当なら来年買えるはずなんだが。

 

「そんじゃ夏至祭繰り出すか?」

 

全員で見て回るのも悪かねえかと思った瞬間、いや駄目だろと理性がツッコむ。そして案の定セリは首を振った。

 

「さすがに私は戻るよ。でも帝都までは少なくともみんなと一緒だし、中央駅まで行けばトリスタまで一本というか一駅だからね。大丈夫大丈夫」

 

おんなじ夢を見たと言っても、防護壁があるかないかってのは結構デカかったんだろう。あるいはもしかしたら、あの宝玉自体が幻覚の演算をしたってよりは、オレたちの脳を勝手に使って計算したとかもあるかもしれねえ。そう考えると介入がしづらい俺よりセリを重点的に使った可能性だってある。ンなことは言えねえが。

 

「そんじゃオレは帝都でちょっと見てくるかね。気ィ使われんのもヤだろ」

「うん。ありがとう」

 

そんな会話をしつつオレたちは黒竜関までサラと一緒に送ってもらい、そのまま帝都への上り列車に乗り込んだ。体調の悪いセリとちっこいトワを壁際に置きつつ、揺れる列車の中、脳内で帝都の地図と地下水路図を重ね合わせながらいつか起き得ることを考えていた。

 

とは言っても、だ。夏至祭中のイベントに興味があるのがオレだけだったみたいで、結局全員と別れてそのまま見送った。トワも帝都で世話んなってるところに顔出すかは考えたみたいだが、鉄道で30分だ。わざわざ今日顔を出すこともないだろって判断したらしい。

それじゃ、暫く一人行動だな。

 

 

 

 

趣味ってこともあり夏至賞はそのまま楽しんで、夏至祭中の帝都の様子を確かめつつ、適当なところでトリスタに戻ることにした。夕方の皇族のパレード後は帰宅勢が多く出るからその前に早めに帰っちまうのが得策だ。どうせ毎年ルートは変わるんだからその辺見たってしょうがねえ。

 

若干混み合いつつも殺人的ってほどじゃねえ列車に揺られながらトリスタに着き、第二学生寮に戻ったところで食堂……というよか台所から聞き慣れた奴らの声が聞こえた。

扉を開けてみると三人が他の生徒もいる中で何か話し合っている。そこに気配に敏いゼリカがこっちを振り向き、指を揃えて上に向ける形で手招きしてきやがった。めんどくせえ。一瞬無視してやろうかと思ったが、無視したら無視したでぜってえ面倒なことになると諦めて台所に足を進める。

 

「お前ら何やってんだよ」

「セリが気丈に振る舞ってはいたがさすがに部屋に戻るなり即ダウンしたようで、夕飯を作って持っていこうという話になったんだが」

「疲れてる時に何が食べられるかなあ、って」

「それぞれの家庭で食べられてた物を話し合ってたんだ」

 

なるほど。つーかやっぱりここまでオレと全く違うってことはだいぶあいつが酷使されたみたいだな。オレの分までおっつけちまったか。罪悪感がわかねえといったら、若干嘘にはなる。だから。

 

「あいつが食うとしたらパン粥だろ」

 

前に食わせてもらって、あとでレシピを教わったそれを提案すると、全員がああなるほど、的な顔をするのに腹が立つ。お前らあとでぜってー覚えておけよ。

 

「ふふ、まさに情けは人の為ならず、だね。でもセリちゃん打算とかナシだからなあ。そういうところ格好いいよね」

「よりにもよってそれトワが言うのかい?」

「ああ、私のトワもまさしくその言葉が似合う。もちろんセリもだが」

 

コントでもやってんのかこいつら、と思いながら手ェ洗って、適当に買い出されてた材料の中からパンを見つけ一口サイズに切っていく。まあ確かに、あいつは"誰かを救ける"という点に於いちゃすこしヤバそうなきらいがある。グレンヴィルのが分かり易い例だ。それが良いか悪いかは別として、事実そういう傾向があるのは確かな話で。

 

「あー、お前ら喋ってる暇あったら材料切れ。もしくはオレらの晩飯作れ。どーせセリが平気そうだったらあいつの部屋で食うんだろ」

 

そう指示出しをしながら、夕方は夜へと色を変えていった。

 

 

 

 

「卵落としてあるのいいね、美味しい」

 

すったもんだの後の夕飯時、セリはベッドの上でそう笑う。

大粒の涙をこぼしていた子供は、もういない。

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