[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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08/11 聖ウルスラ病院

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1203/08/11(火) 夜

 

明日は授業が終わり次第寮に戻って荷物を引っ掴んで鉄道に飛び乗る予定を立てているので、自室でそれの荷物準備をしていると控えめなノックが聞こえてきた。トワとアンだ。どうぞ、と声をかけるとそっと開いて部屋着のトワが顔を覗かせ、その後ろからアンも。

 

「ごめんに夜遅くに……って、課外活動の準備?」

「ああ、これは違うよ。明日からクロスベルに行くからそっち。ばたばたしててごめんね、作業しながら聞ける話かな」

 

クロスベルから帰ってきて一日置いて今度はティルフィルに向かうので、着替えのやりくりが少し面倒くさい。まぁとはいっても課外活動時は制服なので持っていくとしたらシャツとか下着とかそういった部類なのだけれど、そんなに替えを持っていないのでいっそどこかで新しいのを買った方がいいかもしれない。……いや、ティルフィルで家に泊まるならそこに置いてある服を私は着てもいいのでは……?ちょっとズルっこかもしれないけれど。

 

「あ、そっか。病院に行くって言ってたもんね」

「うん。それで、どうかした?」

 

数少ない私服を畳んでくるくると巻きながら尋ねると、後ろにいたアンが口を開く。

 

「トワが『みんなこっちにいるならお泊まり会とかしてみたいね』と言ってね。それの提案に来たんだが」

 

お泊まり会。

 

「あ、楽しそうだね。それならタイルカーペット引いてるし、布団が汚れづらいこの部屋に持ってきたらみんなで寝られるんじゃない?」

「いいの?」

「うん。15日は出発前日だから夜更かしは厳禁だし、帰ってくる14日の夜とかどうかな」

「ああ、いいんじゃないか」

 

クロスベル自治州は隣とはいえ、トリスタからは広大な帝国の土地を渡らなければ辿り着けない。長旅とまでは行かなくてもしっかりとした長距離移動だ。だから帰ってきた時に楽しいことがある、というのはありがたいので日照りに雨と言ってもいい。

 

「楽しみが増えちゃったな」

 

三人で川の字で寝るのも、ティルフィルにみんなで行くのも、本当に今からわくわくして仕方がない。この良さそうな流れに乗って頭痛とかの原因もさくっと突き止めて取り除けたらいいんだけども。

 

「それじゃあ布団とかは私たちで準備しておくから」

「何かしら進展があることを祈っているよ」

「うん、ありがとう」

 

そんな風に応援されて、おやすみ、と言い交わし二人は部屋へ帰っていった。

 

 

 

 

1203/08/12(水) 放課後

 

授業が終わって直ぐに帰寮し、私服に着替えて支度を終えた鞄を取る。

着替えヨシ、ARCUSヨシ、武器梱包ヨシ、武器携行許可証ヨシ、紹介状ヨシ、財布ヨシ、鉄道のチケットヨシ、学生身分証明書ヨシ。……うん、大丈夫。これだけ揃っていれば取り敢えず街に着きさえすれば何とかなる、と思う。クロスベルにある宿も調べてあるし。

姿見の前で頷いて外に出る。

 

今日はクロスベル入りは出来ないけれど、昼までに着けるよう一気に移動ができる距離ではないので双龍橋近くの待合所で一泊する予定だ。始発鉄道に乗れたら、少なくとも10時頃にはクロスベルに到着するはず。

心配なのはガレリア要塞で停車するかどうかだけれど、時勢的に荷下ろしが長々と必要になるようなことはない、と思いたい。こればっかりは軍事機密事項なので行ってみないとわからないというのが実情だ。なので気にしても仕方ないともいう。

 

もうすっかり馴染み深くなった鉄道員のマチルダさんに挨拶をして、鉄道に乗り込む。途中まではルズウェルへ向かう時とおんなじ。ボックス席で鞄を膝に抱えながら赤と藍色が混ざっていく窓の外を眺めていると、前は五人で座っていた場所に一人で座っていることに少しだけ寂しさを感じてしまいそうになった。

 

夕陽に照らされる穀倉地帯を抜け、そのまましばらくして双龍橋に到着。19時前ですっかり辺りは暗くなっている。軍関係の車両や貨物列車を除けばこれが最終便みたいなものだ。一応寝台列車もあるにはあるけれど、個室は高いので見送る他なかった。明日は早めに起きる必要があるので、とっととご飯を食べてとっとと寝よう。

鞄を肩にかけ直し、待合所の扉を叩いた。

 

 

 

 

1203/08/13(木)

 

早朝。それでも夏の朝は早いもので、5時でもそれなりに空が明るい。

朝食を食べて、双龍橋の待合所でのご飯は次はないな、と思いながら始発鉄道に乗る。士官学院生としては常在戦場を心に刻みそういう食事でも耐えられるように訓練するべきなのだろうけれど、プライベートでもそうするべきなのかと考えたら個人的にはごめん被りたい。

出発からだいぶ経ったところで、車内アナウンスが流れた。

 

『────まもなく、ガレリア要塞、ガレリア要塞。10分ほどの停車となりますが、関係者以外の降車は認められておりません。また、ガレリア要塞内を導力カメラなどで撮影することは帝国法で固く禁じられております。カメラの没収、および取調べの対象になる可能性がありますのでくれぐれもご注意ください』

 

乗客がいたら少しざわつきそうな威圧的アナウンスを伴い、鉄道は要塞へ入る。そうして、窓から見える範囲だけでもその異様さがわかった。鋼で固められた建物。山と山の間に、渓谷のように建造されている。流れるのは川ではなくて鉄道だけれど、ここはまさしく"砦"ではなく"要塞"なのだということを思い知らされた。通過は一瞬、停車するのは貨物ホーム。それでもその物々しさは強く肌に伝わってきた。

授業で教わった通りであるのなら、ここにあの列車砲が格納されている。常時表に出ていると言うわけでは無論ないけれど、モノの性質上いつどのような事態でもクロスベルに砲門を向けられる状態は維持されている筈だ。要塞からクロスベル市までは200セルジュ以上離れているというけれど、そのすべてを射程範囲にしていると、そう。

帝国民であることを、恥じたことはない。それでもそれは外の国を知らないからゆえなのではないかと、クロスベルで胸を張っていられるかというと、よくわからないな、と思ってしまった。武力だけじゃない強さを手に入れたら、少しはわかるのだろうか。

 

 

 

 

『────本日は大陸横断鉄道をご利用頂き、誠にありがとうございました。次はクロスベル自治州、クロスベル市です。リベール、レミフェリア各方面への定期飛行船をご利用のお客様はこちらでお乗り換えください。なお、大陸鉄道公社規約に基づき、当列車はクロスベル駅にて30分ほど停車させていただきます。カルバード方面へ向かわれる方は入国申請書をご記入の上、臨検官への提出をお願いいたします。どなた様もお忘れ物の無いよう、よろしくお願い申し上げます』

 

 

 

 

初めて降り立ったクロスベルの駅は、石造りの駅舎ではあったけれど新しさがあり、駅員の方の制服もどこか洗練されているように感じた。チケットを見せて改札を通り、駅を出ると太陽が眩しくて少し目が眩んだ。通りを横断して線路を見下ろす。この先が帝国に続いていて、駅舎を挟んで向こう側に共和国がある。本当に境目の都市なのだ。

駅舎から出てきた人たちが進んでいく方を見ると、『Welcome Crossbell』という看板が掲げられていて、事前に調べていた地図を広げて頷き、私もそっちの方へ足を向けた。

 

クロスベルはその都市の性質上、宿がそれなりにある。高級ホテルから、裏通りの安宿まで。ただ学生とはいえ帝国人なのであまり治安の悪いところを選んで何かあった場合、絶対に面倒になると思ったのでガイドブックに載っているそれなりそうな宿を取ることにした。お金と面倒は引き換えられない。それに安心も。

 

「……」

 

そうして地図を頼りに東方街の赤い街並みを抜けた先、金の装飾で縁取られた白い看板を見上げる。《龍老飯店》。店の名前からして東方民族系とは思っていたけれど、ここまでこてこてだとは思っていなくてびっくりしてしまった。というかここも東方街の奥の奥なので、きょろきょろしながら辿り着いた。

どうしようかな、と少し迷ったけれど、中から香ってくる気配が本当に美味しそうだったので、ええいままよ、とその扉を開く。

 

昼前だからかそこまでお店は混んでいないけれど、厨房の多くから炒め物を豪快にゆする音が聞こえてきたり、楽しそうにしている人がちらほらいる。観光客が集まる街で、地元らしき人たちで賑わっているということは本当に美味しいかもしれない。

朝食が散々だったので、ここでお昼を食べて行ってもいいかも。他に良さそうな店がなかったらそうしよう。

 

「お客さんね? お一人?」

「あ、はい。一泊宿泊したいんですが大丈夫ですか?」

「お部屋空いてるから大丈夫よ。こっちこっち」

 

目を見張るような鮮やかな赤い服を着た女性が迎え入れてくれて、店の奥に案内してくれる。も、もうチェックインしていいんだろうか。取り敢えずついていくとシングルの部屋に通された。赤い梁が部屋を縁取っているようで、調度品とかもすごく綺麗でいいお部屋な気がする。

 

「あ、宿泊料金の話してなかったね、ごめん。ちょっと待っててね」

 

ピャッと部屋を飛び出て、ピャッと戻ってきたその人が差し出してきた紙を見て、ああうんガイドブックにあった通りの値段帯だと頷く。朝食もあってこの値段なら良心的だと思う。

 

「大丈夫です。これでお願いします。何か記入するものとかありますか?」

「それならこの二枚目書いてくれたらいいよ」

 

部屋に備え付けのソファに座り、注意事項を確認してさらりさらりと記入していく。

 

「うん、それじゃあ帰る際に鍵とお金よろしくね。朝ごはんは7時から9時の間よ」

「はい。ありがとうございます」

 

いろいろ世話を焼いてくれたその女性が退室したので、ふう、とそのまま背もたれに背中を預けて息を吐いた。まさか午前中に宿に入れるとは思わなかった。荷物だけ預けてそのまま街をぶらつこうかと考えていたので助かる。

取り敢えず外出用の鞄を引っ張り出し、紹介状やその他を詰め込んでいく。予約は14時で、現在時刻10時30分。駅前通りを抜けたところに定期便の停留所があるらしいのでそこから行くとして、多めに見積もって30分。時刻表的には13時のに乗れたら大丈夫かな。

 

武器は取り敢えず全部置いていこう。病院へ行くときだけダガーと投げナイフを装備でいい。片手剣も一応持ってきたけどさすがに腰に帯びると見た目が物々しすぎるし、一般人が持っていていい装備じゃないだろう。ここは自国内でもないのだし。

 

東方街も気になりつつ、市内の起点となるだろう中央広場に戻ると、午前中の盛りということもあるのか結構な賑わいだった。帝都ほどではないにせよたしか人口50万都市だとかなので、帝国第二規模の海都より住民が多いというのが公式発表のはず。

その人口の多さもあってか導力車の運用も多いけれど、軍……ではなく、ええと、自治州の治安維持機構は警察および警備隊と呼ばれるのだったか。その方たちが街頭に立ち、テキパキと道を整えている。市民の方々にも導力車が走っていることへの、道を歩くことへの不安は少なそうだ。

クロスベルに身分制度はない。だから車を動かしているのも貴族といった階級の異なる相手ではなく、同じ一般市民。もちろん運転が荒い人もいるのだろうけれど、概ね権力を翳して道路を我が物にしようというのは見受けられない。

 

だから、こんな場所が既にあったのか、という感想を持ってしまった。

 

ビルも多く立ち並び、車が走り、その交通に関してきちんと整備が行われている。大陸横断鉄道も飛行船の発着場もあり交通と貨物の要衝。金融機関に関してもIBCが担っており、そういう意味でも捨て置ける場所じゃない。完全な最先端の都市。

おそらく帝国民や共和国民が暴走をしたら取り締まれないなどの政治的弱点はあるのだろうけれど、それでも、他の特区や自治州とはまるで違う。北西のジュライや北のノーザンブリアとは置かれている状況が、根本的に。ジュライは経済的な特別区になってはいるけれど、殆ど帝国資本だけになっているという点に於いてやはり異なる。

 

来て、良かったと思った。いつか線を接している他の二つにも足を運びたい。特にジュライには。その名前を考えるとどこか心がざわついてしまうから、きっと行くべきなんだろう。

どうしてかはわからない、けれど。

 

 

 

 

中央広場にあるレストランでこれまた美味しいご飯を食べて、一度宿に戻って装備を整え停留所で待っていると時刻通り細長い導力車がターミナルに入ってきた。待っている人たちの話を総合すると導力バスと呼ばれる人間の運搬に特化した特殊車両らしい。今から向かうウルスラ病院は高頻度で直通便があるという程度にはクロスベル市にとって大きな場所なのだろう。

利用する人はおそらく通院しているのだろう方や、あるいは保護者とお土産のようなものを持った子供の組み合わせだったり、色々で、なんだか不思議な感じ。私もその一人だけれど。

 

そうしてバスに乗っていると左手の方に綺麗な湖が見えてくる。白い遺跡のようなものが水没しているのがみえるので、何か謂れがあったりするのかとわくわくした。

遺跡。そういえばあの古代遺物が作成したのだろうあのダンジョンも進んだ先はまさしく遺跡と言ってもいいものだった。霊体の使役、空間の構築、そして生者の精神汚染。どれもこれも一つだけでも恐ろしさがある。

 

こつん、と窓に頭を預けて、瞼をおろす。

よく生きて帰って来られたと思った。私には後遺症……らしき頭痛やその他があるけれどクロウには出ていないみたいだし、話を聞くと私が精神汚染されたせいでクロウも巻き込んでしまったみたいで。いや、それは気にするなと言われたし仕方のないことだと他の三人どころか教官も司祭殿もよってたかって慰めてくれたので本当に気にすることではない、んだろう、たぶん。

 

つくづく仲間に恵まれたなぁと思う。あんな出会いだったのに。四人はもう友人同士で、そこに入っていけるのかすこし心配だったけれどいつの間にか何の問題もなくなっていた。トワは人当たりの良さと視点の広さが素晴らしくていつも助けられているし、アンともあれ以降もきちんと話して今はいい関係を築けていると思うし、ジョルジュには武器や導力器の手入れや銃のことについていろいろ聞いたり形にしてもらったり。

クロウは、言わずもがなで。私の無茶振りに応えてくれるし駄目なら駄目だと言ってくれる。どれだけ感謝してもし足りない……よき相棒、みたいな。でも最近なんか一緒にいると妙に懐かしいような気持ちになったりするけれど、これも古代遺物の後遺症だったりするのだろうか。自分の認識と異なる感情が差し込まれるのはちょっと困る。

 

『まもなく終点に到着いたします。バスが停車するまでそのままでお待ちください』

 

そんなことを考えていると意外に呆気なく時間は過ぎて、アナウンスが。

窓の外を見ると木漏れ日が落ちる森を抜けた先、視界がひらけ白い大きな建物が現れる。あれがウルスラ病院────聖ウルスラ医科大学病院。医学技術最先端であるというレミフェリア公国からも技術支援を受け、クロスベルという金融集積地で行われる近代医療の研究施設。私は紹介されるまでは知らなかったけれど、どうやらクロスベル近郊だけではなく、立地・技術などの要素から諸外国の重篤者も受け入れていたりすると聞いた。

 

頭痛から大ごとになってしまったかもしれないと思っていたけれど、ベアトリクス教官が侮ってはいけないというし、事実戦闘訓練に支障が出ているのは確かなので取り敢えず少しでも軽減する道が見つかればいい。うん。怖がってない。大丈夫。

 

バスのステップを降り、建物を目の前にするとなんというか、改めて驚いてしまった。

大陸最先端の街であるクロスベルというのは病院の雰囲気というか、建物の雰囲気まで違うらしい。これは多分建物内の構造も結構違うのではなかろうか。でも青い空に白い建物というのはなんだか元気になるカラーリングだなとなんとなく。

さて、行こう。

 

病院の正面入り口の扉から入り、受付の方に名前と紹介状その他諸々をお渡しして待合所のソファに腰掛けた。予定よりも早いというか、午後の診察も始まっていないのでのんびりゆっくり待つことになるだろう。予約に遅れるよりずっといい。

暇つぶしに何か読もうかな、とマガジンラックを覗いたら新聞があったので手に取って開いてみると、クロスベルタイムズ。地域新聞みたいで、クロスベル州で起きた事件やその解決にあたった人の話、果ては子猫の捜索願いや今月の一押しレストランの紹介などがされていて、ざっと眺めた限りなかなかに濃ゆそうな記事が集まっていた。うん、これにしよう。

 

 

 

 

『ローランドさん、診察室三番へどうぞ』

 

天井のスピーカーから落ち着いた女性の声が聞こえて来て、看護師さんが呼びにくるんじゃないのかとびっくりしたまま新聞をラックに戻して診察室の方へ進む。

 

それにしてもクロスベルタイムズには遊撃士の方の活躍がたくさん載っていて驚いた。ここではかなり身近な存在なんだなぁ。帝国ではとんと見かけないけれど、もしかして政府の意向とかが関わっているのかもしれない。前に軒並み帝国から撤退を余儀なくされているという話も聞いたし。遊撃士の理念的に帝国が軍事大国だからといって背を向けるようなことをしているとは思えないので、いろいろな思惑の結果なんだろう。

 

「失礼いたします」

「あぁ、そちらの椅子にどうぞ。荷物は横の棚に」

 

診察室へ入ると、茶色の髪を後ろで束ね、タートルネックと白衣を合わせた女性がそこにいた。勧められるままに椅子に座り、相対する。

 

「さっそくだが、紹介状を読ませてもらった。しかし少し要領を得ないので申し訳ないがまた一から説明してもらっても構わないだろうか」

「はい。大丈夫です。では……」

 

私は先月の末にあった出来事、特に古代遺物が生成したと思しきダンジョンで起きたことを話していった。自分がそう感じた・見たということと、友人の証言についてはきちんと区別をして。それとルーレという大きな街から七耀教会の司祭殿が訪れ法術を行使されたということも。

 

色々あったので少し長くなってしまった話をまとめ、ふう、と一息ついたところで看護師さんが水を持ってきてくださったのでありがたく飲む。話し続けて乾いた喉にしみる水分は心地いい。

 

「なるほど、彼の説明が珍しく分かりづらかったわけだ。ああそうだ、今日は検査だけになり検査結果自体は元々の病院へ発送する、ということでよろしいかな。もちろん私の所感も添付する。本来であれば説明は直にすべきだが、帝都近郊からここは通いづらいだろう。特に学生ともなれば」

「はい、そうして頂けると助かります」

 

たまたま夏期休暇があったからこんな風に来ることが出来たけれど、そうでなければかなりの日数とお金を割かなければいけない。もちろん来るだけなら日帰りでなんとかなるかもしれないけれど、検査や診察も含まれるとなれば別だ。

 

「では簡単なものから始めよう」

 

 

 

 

そうして目にライトを当てられたり、認識テストのようなものをさせられたり、知らない導力器に繋がれたり、何か妙な検査機器で写真を撮られたり、いろいろいろいろ目の回るような数の検査をして、今日は一日が終わった。もう18時だ。

 

「お疲れさま。泣き言を言わないいい患者だったと検査技師から喜びが入っていた」

「それは、その、何よりです」

 

普段の医療従事者の方の苦労が偲ばれてしまう。

 

「それと……私の立場でこういったことを勧めるのはあまりよくないのかもしれないが」

「? はい」

「クロスベルのウルスラ間道口とは正反対の場所、マインツ山道口にクロスベル大聖堂というのがある。そこのシスター・マーブルが法術に詳しいと聞いたことがあってな。もしかしたら法術をかけた後に後遺症が発生するものなのかどうか教えてくれるかもしれない。知り合いではないが一応紹介状を書いておこう。無くとも無下にはされないだろうが」

「あ、はい。ありがとうございます!」

 

クロスベルにも教会があるのはもちろん知っていたので行くつもりだったけれど、どうにか出来る手立てが増やせるならそれに越したことはない。というよりも、そうか、古代遺物の後遺症ではなく、法術の後遺症ということもあるのか。あるいはそれが絡み合って異変が起きている可能性も。有機的にそういうことを考えなければいけないのだなぁ……。

専門家の方ってやっぱりすごい。

 

 

 

 

病院を出たらちょうどバスの出発時間だったみたいで、急いで乗車したところで扉が閉められた。そっと席に座り、夕方になりかけの森を走っていく。

最先端医療ということで、古代遺物の話などは妄想かと言われるかという覚悟をしていたけれど、そうでなくてよかった。それどころか教会の方の話もしてくれたので、出来ることから一つずつ潰していく、というのが何よりも大事だと言うことを改めて思わせてくれる人だった。

でもさすがに検査の連続は疲れたので、夕食はあの宿で取るのがいいだろう。食べたらすぐに部屋へ戻れるし、なにより美味しそうな香りだったから。うん、そうしよう、と内心頷いたところで、森の中の妙な気配に気がついた。並走する魔獣が複数体いる。

席から立ち上がって急いで運転席の方へ向かう。

 

「すみません、バスを先の停留所の手前で止めてください!」

「えっ?」

「魔獣がおそらくこの先の広場で出てきます、ぶつかったらただじゃすみません」

 

私の突拍子もない話をそれでも信じてくれたのか停車し、予想通りそのすこし先の方で魔獣が森から飛び出してきた。オッサー系二体にモンチ系三体。私一人で討伐出来るだろうか。一応乗客の方に視線を走らせたけれど、誰も立ち上がってはいない。つまり、戦えるのは私一人だ。

武器の携行証明書があったとしても、それは戦闘をしていい許可じゃない。でもそんなこと、戦わないでいい理由にはならないのだ。

 

「みなさん、絶対に車内から出ないでください。私が出たら窓も戸締りを!」

「あっ、おい!」

 

誰かの制止を振り切り、窓を開けて飛び出した。

腰からナイフを取り出して投擲可能範囲に入ったところでオッサー二体に挑発戦技を打ち込む。これで大型が私を狙えばバスとは距離があるためモンチも自動的に私を狙ってくれるだろう。あとはヒットアンドウェイでどうにか。腰に片手剣はない。支援も援護もメインアタッカーもいない。増援だって見込めやしない。

 

それでも、見過ごすことなんて出来やしなかった。

 

 

 

 

モンチ二体を倒し、オッサーへ駆け上りその額へダガーを突き刺す。抜いてそのまま一旦離脱しようとしたところで、激しい頭痛が一瞬こめかみに走りダガーを抜き損ねた。攻撃を喰らうよりマシだと武器を手放し、後ろからのオッサーの振りかぶりを回避する。死亡したオッサーの死体は消え、からんとダガーが地面へ。武器は敵の向こう。ナイフは全部投げてしまっている。取りに行けるだろうか。いや、やるしかない。とにかくオッサーさえ倒せれば、なんとか。────嗚呼、ここにみんながいればなんて、思っちゃいけないんだ。

落ち着くために腕で額の汗を拭いた瞬間、市側から街道を猛スピードで走り込んでくる二つの気配。人間だ。だけどこれが山賊じゃないって言えるか?拳を構えて背後の気配にも気を配った瞬間。

 

「──ティアラ!」

 

体が青い光に包まれ傷が癒えていく。何者か。そう問う暇はないけれど回復をしてくれたということは少なくとも現状敵ではないと考えていいんだろう。前を改めて見据えた途端、モンチが撃ち抜かれる。素早く動き続けるモンチの額を射抜くのは至難の業に近い。出来る人たちだ!それに合わせて私もオッサーへ挑発戦技をかけて動き出す。前からナイフがなくても行使していたんだ、それぐらいは!

 

「助太刀する!」

 

そうして絶妙なタイミングで切り込んできた男性は、こちらが引きつけていたオッサーを背中から一刀両断にし、そのままバスへと走り乗客の安全をすぐに確保した。……あの防具の胸にある、支える籠手のエンブレム。そうか、あの人たちが遊撃士と呼ばれる方々なのだ。

その光景に緊張の糸が切れたのかうっかり座り込みそうになるのを膝に手をついてなんとか耐え、ダガーとナイフを拾っていくと、最後のナイフが拾われ差し出される。

 

「直ぐに警戒を解いてくれて助かった。バスが遅れているということで確認しにきた遊撃士のスコットだ。こっちはヴェンツェル。君は見たところ……一般の方のようだけど」

「申し訳ないが所属を尋ねても良いだろうか」

 

焦茶の髪の方と、金の髪の方。それぞれの質問に対して、私は一言で答えられる。一瞬迷ってしまったけれど、いや、自分が選択したことだ。たとえ罰されても臆してはいけない。それが自身を誇りに思うということなのだと思う。

武器を納め、踵を揃え、腕は腰の後ろで組む。真っ直ぐとお二方を見据え私は口を開いた。

 

「エレボニア帝国、トールズ士官学院所属、セリ・ローランドと申します。武器の携行証明書は発行しておりますが、自治州内での抜剣および戦闘が許可されたものではありません。……何か問題があれば、拘束をお願いいたします」

 

間違ったことをしていないとは言い切れる。けれどそれは私の規範の中の話であり、他国で通用するものではない。帝国内では帝国国民だから許されていた振る舞いとも言える。

 

「いや、むしろ乗客を守ってくれてありがとう。一人で大変だったろう」

「君がいなければもっと被害が出ていた。おなじ帝国人として誇りに思う」

「これが問題になるようであれば、遊撃士協会から正式に抗議させてもらうくらいさ」

 

だから、そんな風に当たり前のように言われるとは……いや、遊撃士の方達だ。一般市民の安全と平和を守ると言う理念を掲げた組織。その方々が一般市民を守る人間を拘束するはずは、ない、か。遊撃士というのは確かに高潔な方々なのだ。

ああ、これは、たしかに帝国政府や貴族階級の方々にとっては邪魔な存在かもしれない。内心でそう苦笑してしまった。帝国人だと言ってくれた金髪の方は、己の信念などが自国と違えてしまい今ここにいらっしゃるのだろう、とも。私はそういう国の民なのだ。

 

「それなら、良かったです」

「ただ詳しいことは聞きたいから、バスの中で少し話をさせてもらっても?」

「大丈夫です」

 

そうしてバスの運転手の方のエンジンチェックも終わり、周囲警戒をしていた私たちがバスに乗り込むと、市民の方から口々にお礼を言われた。私の所属宣言は聞こえていた人もいるだろう。帝国民だ。自治州を取り込もうとして、暗躍する大国の片割れ。

それでも、ありがとうと手を握ってくれた年配の女性、ありがとうと抱きついてくれた小さな男の子、ありがとうと涙を流す人、ありがとうと背中を叩いてくる人。いろんな方が、感謝の言葉を。

 

こんな私でも誰かを守れるようになっただろうか。

今はそれが、何よりも嬉しい。

 

 

 

 

「オッサー二体にモンチ三体が街道に? 好戦的な時期はまだ先の筈だが」

「しかしそれで乗客、バスともにほぼ無傷だったとは」

「いえ、それでも私の力だけでは終えられませんでした」

「いやいや、一人でそれだけ出来れば十分だろ」

「それで学生というのだから、末恐ろしいな」

「……ありがとうございます」

 

 

 

 

そうしてもし何かあれば自分たちの名前を出していい、とスコットさんとヴェンツェルさんの連絡先、つまり東方街にある遊撃士協会のアドレスその他を教えてもらった。どうやらクロスベル市は市内全域に導力通信の有線ケーブルが張り巡らされているようで、一部外国とも繋がっているらしい。本当に最先端都市だ。帝国からでもやろうと思えば通信ができるのだとか。いや、そんな端末流石に……ジョルジュに頼めばもしかしたらどうにかなってしまうかもしれない。

とりあえずその厚意はありがたく受け取り、観光する気力も尽きた私はそのまま龍老飯店に戻り、簡単な晩御飯を食べて、シャワーをさっと浴びてどろりと沈むように眠りに落ちた。

ああ、炒飯美味し、かった。

 

 

 

 

1203/08/14(金)

 

5時。あまりにも早く寝たせいか、始発鉄道のような時間に目が覚めてしまった。といってもここから寝直すのもどうにも具合が良くはない気がして、どうしようかなと考えたところ、教会に行ってみようと思った。もちろんシスターを訪ねるつもりはない。宗教家の方であれば起きていらっしゃるかもしれないがさすがに非常識な時間だ、だけど散歩にはいい場所じゃないかなと。市内を横断することにもなるので運動にもなりそうだ。

 

よし、と簡単な身支度だけして、そっと外へ出る。夏の暑さもなりをひそめすこし肌寒いぐらい。

露店で賑わっていた東の通りはしんと静かで、なんだか別の世界へ迷い込んだような気分になった。私にとっては異国風の建物が立ち並んでいるので、その向きが本当に強い。そのまま歩いて港湾区へ行くと、ジョギングをしている方がいてお互い会釈する。

 

「わぁ」

 

港の方へ足を進めたら、対岸の方に何か妙な形の建造物群が見えた。たぶんあれが、エルム湖にある保養地ミシュラムに併設建造されたテーマパークなんだろう。どんなところなんだろう。そもそも、テーマパークってなんだろう。ガイドブックに写真はあったけれどいまいちイメージがわかない。

……卒業旅行に行こうって提案したら、みんな乗ってくれるだろうか。まだ一年で気が早いけども、大丈夫そうなら言ってみたい。

 

とこり、とこり。街の殆どは眠っているみたいで、歓楽街も眠りに落ちたのか静かだった。路地裏のような場所はまだネオンサインが煌々とついていたけれど、クロウやアンじゃあるまいしさすがにそういうところに近付こうとは思わない。

 

そうして住宅が立ち並ぶ通りを抜けて、山道に出たところで話に聞いていた階段を昇っていく。昇った先には大きな大きな聖堂があり、クロスベルがいかに大きな街なのかと言うのを教えられたような気がした。そっと近付いて扉の取っ手に手をかけ引っ張ると、ぎぃ、と重い音を立てながらも開くような気配が。

一瞬躊躇ってから、入ってはいけなければ鍵がかかっているだろう、と判断して中へ入る。

もう6時を回っているのでステンドグラスから太陽光が入り、誰もいない聖堂の中をうつくしく照らしていた。静かに静かに進んで、ある程度のところで両膝をついて手を組んだ。

 

────いろいろな人の縁で私は今ここにいて、生きていて、自身の行いが誰かの助けになれていたらいいと思うのです。そうしてこれからもそうでありたいと。

 

暫くそうして、立ち上がる。聖堂の前で分岐していた道は墓地へ続く道だろうか。丘の上にあるので眺めがいいかもしれない。

大聖堂から出て歩を進める途中で墓守らしき男性と出会う。会釈をして墓地の奥へ進んでいくと、ずあっと、風に吹かれるように視界がひらけた。眺めがいいどころじゃない。薄靄のなかで向こうに山々が見える。太陽がそれを照らし、一種の宗教画のような趣さえある場所だ。

 

風景に圧倒されて辺りを見回すと、近くにあった石碑に何か文字が書かれているのが見てとれた。読める言語だ。ええと、と視線をおろして読み進める。

 

──鐘の下より生まれし子羊たちよ どうか安らかに眠りたまえ

──純白の雲間から差す黄金の陽光が 蒼き大空へと続く一筋の道となりて

──魂を女神の元へと導かん

 

鐘の下。中央広場に掲げられていた鐘といい、クロスベルという名前といい、そういう謂れのある土地だったりするのかもしれない。そしてこれは、その方々のためだけに、まさにここで紡がれた詩だ。この光景を見ればわかる。

土地に根差す、うつくしい言葉だと思った。

 

軍事大国の士官学院生である私がここで祈りの手を組むのはエゴだ。

それでも、私も静かに祈った。

 

 

 

 

そうして一度宿に戻り、ちょうど時間になっていたので朝食を頂く。朝粥というらしく、とろとろのご飯をいろんな付け合わせで食べる料理なのだとか。これが付け合わせの漬物とかが本当に美味しくて、寮でも出来ないだろうか、なんて考えてしまった。

だけどまずお米が少し違う気がするので、その入手からになってしまいそうだ。割高になる材料は流石に使えない。いつかまた来よう。あるいは、大人になって稼げるようになってからやろう。

 

元気を充填したので部屋に戻り、軽くシャワーを浴びて荷物の整理を。暫くベッドでだらっとしてから、いい時間になったので外出用の鞄に紹介状を入れてチェックアウトをする。武器その他荷物は預かっていてもらえるらしいのでよかった。

おんなじ場所に行くけれどルートを変えれば楽しいだろう、と思って今度は中央広場と西通りを経由してマインツ山道口へ。西通りのパン屋さんの脇を通った際、すごく美味しそうな香りがしたので鉄道に乗る前に軽食をあそこで買っていくのが賢いかもしれないと思った。

 

呑気なことを考えつつ再度大聖堂を訪れると、シスターの方が箒で道を掃き清めていた。

 

「おはようございます。いい天気ですね」

「ふふ、おはようございます」

 

挨拶をすると柔和に微笑みかけられる。和やかさと清廉さがある、凛とした佇まいの方だ。

 

「シスター・マーブルという方がこちらにいらっしゃると聞いて来たのですが」

「あら、私ですね。何か御用でしょうか」

 

その方はにこりと笑い、立ち話もなんですから、と言って聖堂の中にある小部屋の方へ案内してくださった。椅子を勧められて座ったところでセイランド教授からの紹介状を渡し、暫く内容を読んでもらっていると終わったのか手紙が折り畳まれる。

 

「事情は把握いたしました。法術が何かしらの悪影響を与えるか否か、ですが、今回のものは記憶領域に働きかけるものですからあり得ないことではありません。すみません」

「いえ、謝らないでください。古代遺物の調査も教会のお仕事と伺っていますから」

 

回収してくれる機関があるならそこに連絡をすればいい。そういうルールが確立されている状態でそれにものを申したいとは思わないし、可能な限りは協力もしたいと思っている。わからないものをわからないままにするというのはどうにも気持ちが悪いので。

 

「その、大変申し訳ないのですが、私も法術で診てもよろしいですか?」

「あぁ、はい。どうぞ」

 

目を瞑って顔を気持ち上に向けると、手をかざされたような気配と共に言葉が落ちてくる。

 

「空の女神の名において聖別されし七耀、ここに在り」

 

ふわり、瞼を閉じているのにどこか頭の中が白くなっていくような気分になる。それに合わさって落ち着いた声がじわりじわりと溶けるように体の中へ。

 

「空の金耀、識の銀耀──その融合をもって彼の者の世界への不均衡を示したまえ」

 

ふっと、その言葉ですこし頭が軽くなったような気がした。目を開いた私の表情がわかりやすかったのか、シスター・マーブルがふわりと笑う。

 

「上手くいったようですね。どうやら古代遺物の働きと、それを法術で呼び起こそうとした際に術式の衝突が起きてしまったのでしょう。暫く頭痛は続くかもしれませんが、段々と収まっていくと思いますよ」

「あ……ありがとうございます……!」

 

思わず立ち上がって掲げられていた手を両手で掴む。

術式の衝突。そんなこともあるのか。いや、まさか解決するとは思わなかった。ここ三週間ぐらい続いていた頭の靄がすっきりと晴れたような気がする。シスター・マーブルにはもちろん感謝だけれど、可能性を示してくれたセイランド教授にも感謝だ。そしてそこへ繋いでくださった帝都の方や教官にも。

 

「いいえ、こちらこそ申し訳ありません。法術を使う者にあってはならないミスです」

 

けれど私の喜びとは裏腹に、重く沈痛そうな顔をされる。まぁ、でも、そういうこともあるんじゃないだろうか。絶対にミスをしない人間というのはいない。アフターケアもしてくれたらそれは確かによかったろうけれど、そもそもあんな古代遺物が規格外なのだろうから。

 

「シスター・マーブル。やはり、どうか謝らないでください。私はこれをきっかけにずっと気になっていたクロスベルへ来ることが出来ました。帝国の人間として、良い経験になったと思います。きっとそういう女神の導きだったのでしょう」

「あなたは……強い方ですね」

「そうであれたらとは常々思っています」

 

に、と笑って手を放し、一歩下がった。

 

「この度は本当にありがとうございました」

「また何かあれば、いいえ、何もなくても機会があれば顔を見せてください」

「はい。クロスベルへ来ることがありましたらまた是非」

 

深く頭を下げ、私は大聖堂の敷地を後にする。

大聖堂のある丘の上からは少しクロスベル市が見渡せた。うん、来ることが出来て本当によかった。いろいろ観光して回りたい気もするけれど、なんだかすごくいま、みんなに会いたい。観光はまた今度にとっておいて今は荷物を受け取って駅へ急ごう。

 

もちろんパンを西通りで買ってから!

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