23
1203/08/14(金) 夜
布団は大きめのものを二組用意した。お盆にお茶菓子たくさん、ティーコゼーを被せたポットも抜かりなく。寝巻きも身にまとい準備は万端。今日はベッドを使わない。用意した布団二組を並べて、繋ぎ目を跨ぐように三人寝転がれば誰も隙間に落ちない。まぁまだ寝っ転がりはしないけども。掛け布団は畳んだまま、盆を中心に円座だ。
「お泊まり会なんて初めて」
クッションを抱きしめながら私がそう言うと、私も、私も、と二人とも挙手をする。あ、そうなんだ。手際がいいから地元とかでもやっていたのかと思ってた。
「私がやると仔猫ちゃんたちの可愛いパーティーになってしまうからね」
「私は帝都だから結構遅くまでトラム走ってるし、お泊まりはなかったかなぁ」
「ああ、納得」
帝都のトラムは本当に便利だと思う。縦横無尽に張り巡らされて、しかもかなり安価に乗れる。定期券などを買っていれば乗り放題らしいので通勤通学者には大層有難いのだとか。まぁそれはもう、自分も帝都民であれば絶対に買う。あれだけ広い街だと何か欲しいものはいろんな街区に行けば大概はどうにかなりそうだし。
「そうそう、クロスベルどうだった? ご飯の時に頭痛は何とかなりそうって聞いたけど」
「じゃあそれから話そうか」
お盆の上にあるクッキーをつまみながら昨日今日あったことを話し始めた。
「えっ、車両に乗っててまた魔獣に遭遇したの?」
「うん。オッサー二体にモンチ三体で、死ぬとは思わなかったけど乗客の方の安全確保できないかもなぁって正直覚悟しかけた」
「最近その手の話が領地の方でも聞くが……ふむ」
どうやらアンは他の地域でもそういったことが起きていると話に聞いているらしい。つまり魔獣の活動が活発になってきている、ということなんだろうか。どこかでそういうのをデータベース化して数値として出せたら軍なども動きやすいのかもしれないけれど、肝心の数値を共有するシステムがまだ全然構築できる状態じゃないよなぁとも、思う。導力ネットが発達すればもう少し便利そうなのだけれど。
「そんなこともあって、みんなと戦えるのは幸せで助かるなって強く思ったよ。ありがとね」
「フフ、それは私たちもおんなじさ。セリの戦技はいつも惚れ惚れする」
あそこでみんながいたら、あんな風にはならなかった。それは間違いない。もっとずっと上手く、武器がなくたってやれていたろう。それでもそうではなかったし、一人で凌ぐしかなかった。そのことは確かな私の自信になったと思う。
「遊撃士の人が来てくれて良かったね」
「まさに。今度助けてくれた方にお礼の手紙送らなきゃなぁ」
一応セイランド教授にはクロスベルを発つ前に、遺物と法術の術式衝突があったようです、といった旨の手紙は書いておいたのだけれど(それでも最新技術での検査結果は気になるのでそのままお願いしますとも)。
「なんにせよ、セリにとって今回のことが糧になったようでなによりだ」
「いやー、何がどう転ぶかわからないね。クロスベルに行けたのは本当に良かったと思うし」
「やっぱり帝国と全然違う?」
「違うね。建っているビルの数も、導力車に対する気構えも、住んでいる人たちも、もう全く。観光は全然しなかったけど、何とか在学中にもう一回ぐらい行きたいかなぁ」
年末年始に長期休暇があるとはいえ、その時期は流石に帰省するつもりだし、やるとなったら春期休暇か夏期休暇か。どちらも短くはあるけれど、それなりにまとまっている休みなので使わない手はない。もちろん叔母さん叔父さんとの相談の上で。
「そっか、私も行きたいな」
「うん、きっとトワなら私よりもずっといろんなことをキャッチ出来ると思うよ」
彼女の能力は何といってもその視野の広さだ。元々それはわかる人間にはわかる状態ではあったけれど五月に入った生徒会で更にその頭角を現し、今はもう私たちにとっても生徒会の面々にとっても欠かせない人員になっている。
だから、そんな彼女がクロスベルに降り立ってどんなことを考えるのか。想像を巡らせてみるとかなり楽しみな部類に入るだろう。それはもう絶対に。
「ほ、褒めすぎだよ、セリちゃん」
「いや、トワのそう言うところは本当に誇るべき長所さ」
アンもそう思っているらしくて援護射撃がきた。顔を真っ赤にして抱いた枕にぎゅうぎゅうと顔を埋めるトワが可愛い。アンの気持ちが多少なりともわかってしまったかもしれない。すこし小動物感があるというか。同学年の女性に失礼な感情ではあると思うのだけれど。いやでもトワ可愛いんだよね。いろんな人が彼女を撫でたくなる気持ちも実はわかってしまう。
「そ、んなこといったらアンちゃんだって、いつもちょっとどうかなって感じの素行なのに、市民の方々に大事があるかもしれないって案件だと絶対に引かないよね」
お、矛先を変える作戦だ。面白そうなので私も乗っておこう。
「そうだねえ、アンはその辺で護るべき立場っていうのが強く出たりするよね。いい意味で貴族らしいというか。そういうところは私も好きだよ」
私たちの中では唯一の貴族階級の人間だ。だからといって権力で自覚のある暴力を行なっていたりはしないので、やっぱり変人の部類だとは思う。いや、好みの女性とあらば声をかけるのは本当に理解ができないし、彼女の姿やナンパに権力を見てとってしまう女性がいないとも限らないとはずっと考えてしまうだろうけども。
「な、なんだなんだ。いきなり。特にセリ、君は私のことあんまり好きじゃないだろう」
「あ、それ前にも言ってたけどアンのよくわからない博愛主義に理解が示せないだけで、アンの能力やそういうところは好ましいと思ってるぐらいだよ。というか徹頭徹尾好きじゃないなら部屋に入れないって」
誰も彼も、その人のことを肯定できるところばかりじゃない。深く付き合っていけばいくほどそれはどんどん顕著になる。それとどう折り合いつけていくかだ。理解できなくとも傍にいるということはあり得るし、出来るのだと思う。
「ふふ、アンちゃんがそうやって慌てるの珍しいねえ」
トワがころころ笑ってそう言った。うん確かに珍しい。
「そんな風に思わせてたのは私が悪いね。ごめん」
手を伸ばしてアンの頭を撫でる。すると狼狽えていた相手が一瞬固まってから、さらに赤くなって私の手首を掴んできた。お、やりすぎたかな、と思ったけれど、手首を掴んでいない方の手で顔を覆って、覆いきれていない耳は僅かに赤らんでいる。トワと顔を見合わせて、にっと笑いアンを思う存分撫でた。
「わっ、二人とも!」
「アンちゃんかわいい!」
「背が大きいから撫でられ慣れてないんだねぇ」
私はクロウによく撫でられているし、トワに至っては二人から撫でられている。だからあんまり気にしていなかったけれど、そうかそうか、アンは背が高いし立場的にも性格的にもそういう機会があまりなかったろう。
「ええい、そんな風にするなら……こうだ!」
アンが私たちを抱きしめて思う存分髪の毛をかき混ぜる。その手がわしゃわしゃと力強くて、ネイルを塗ろうと言ってくれた時みたいに全然嫌じゃなかった。
一頻り笑いあって、そろそろ眠ろうかとお盆を学習机の上に避難させ全員で就寝準備などをして寝転んだ。アン、トワ、私の川の字で、ぱちりと部屋の電気を消す。自室で寝転んでいるのに他の人の気配がするって言うのは何だかちょっとそわそわするような、ふわふわするような、不思議な気分。
「あのね」
暗闇の中でトワの声がするので、うん、と返事をする。
「私、ARCUSの試験運用に参加して本当に良かった。生徒会と兼任で忙しいけど、セリちゃんやアンちゃん、クロウ君にジョルジュ君、みんなといるとすごく楽しいし、いろんな場所に行けて、いろんな風景が見られて、自分が持つ力についても自覚的でいられる」
きっと普通に学院生活を送ってたら得られなかったと思うんだ、と。
いろいろな風景。トワもそう思ってくれていたということに何だかじんわりと胸があつくなる。そう、私もおんなじだ。あの日、真っ先に参加を希望したのは先の風景が見たかった。それがこういう形になるとはまるで想像もしていなかったけれど。
「フフ、そんなこと言ったら私だってそうさ。親父殿はどうやら私を聖アストライア女学院に入れたがっていたようだが、まあいろいろとやりあってこちらに入学させてもらった。そんな中で、まさかこんな……仲間たちに恵まれるとはね」
暗闇だから言える言葉というのが、きっとある。顔を見ていない、見られていないからこそ。人によっては面と向かって言えない言葉に意味なんてないという人もいるかもしれないけれど、それはそれでいいと思う。壁を隔てていないと言えないものもあるだろうし。
「私は面白そうだからって理由が強いけどARCUSに関わることで自分の道が見えるかもとは打算したし、自分だけじゃ見られない場所まで行けるかなとも期待してた。ただ、いの一番に参加決めたけど、そうじゃなかったら気後れして辞退したかもレベルだから、ほんと、こんなことになるなんて想像出来てなかったよ」
トワにはこの辺の話はしていたからか、ふふっ、と小さな笑い声が聞こえてくる。
「みんなのいろんな考えがここで交わってるって不思議だね」
「確かに」
「だからこそ面白いんだろう」
「うん。これからもよろしくね」
その言葉に、先のことを考える。
課外活動が月に一回という状態で続けば、実はもう半分程度は過ぎている。10月は学院祭のこともあって活動があるとは思えないし、1月には期末試験だ。年度末が近づいてくる。それらを加味すると11月か12月が最終と見るのはおかしいことじゃない。
二年生に上がってもこの縁が切れることはないと思うけれど、こうして全員で帝国各地に赴けるのは最高でもあと四回ぐらいということ。だから、その全部大切にしたい。差し当たっては明後日のティルフィル行きを頑張ろう。
「任せてくれ、この間のようなことは、もう」
この間のダンジョン探索でアンにも思うところがあったみたいで、そう呟いた。わかる。前衛だからこそ、後衛を張ってくれる仲間のことをどうしても考えずにはいられない。大切にしたいという思いが溢れそうになる時が、絶対的にある。私にとってはトワもそうだけれど、クロウが特に。だからもしかして、この妙に強い感情は仲間としておかしなものじゃないのかもしれない。
そっと手を胸に当てて、また今度ちゃんと向き合ってみようと思えた。
そんな風に話していると、とろり、と睡魔が襲ってきて、瞼が重くなってくる。二人も同じみたいで、寝息が聞こえてきているような、そんな。
嗚呼、本当に、今日は楽しかった。
1203/08/16(日) 早朝
ティルフィルは遠い。本当に、遠い。正直まぁ田舎と言ってしまってもいいぐらいの場所だ。だからこんな時間に出発することになるのだけれど。欠伸をしつつもクロウも何とか揃ったのでみんなでぞろぞろと移動し、商店街にあるキルシェでフレッドさんに頼んでいた朝用のお弁当を受け取る。気を付けて行ってこいよ、と言葉をかけてもらって駅へ。
トリスタからティルフィルは乗り換えが全部上手くいって7時間ぐらいだ。帝都でサザーラント本線に乗り換えたらあとは数時間乗りっぱなしだ。旧都に着いたら乗合馬車に乗って1~2時間ほど。徒歩で行けない距離ではないけれど、お昼には着いておきたいと考えれば馬車に乗る方がいい。そう、ハザウでの軍から買い取った制式トラックによる定期便や、クロスベルにあったような導力バスが通っているような街道ではないのだ。林業も相まって本当に今でも馬と生きている。
「楽しみだね、セリちゃんの故郷」
「いいところではあるけど、そうやって期待されると恥ずかしいなぁ」
列車に乗り込みいつものようにボックス席に座るけれど、流石にこの時間帯だと乗客が少ない。というかこの車両には私たちだけだ。なら季節柄的にお弁当が痛んでも嫌なので遠慮なくさっさと食べてしまおうと蓋を開けると、中身はミートボールスパゲティにブロッコリーとかのマリネとポテトなど。朝には少し重めかもしれないけど、これを食べたら暫くは食べられないしありがたく。食べられる時に食べるのも士官学院生の素養の一つだ。いただきます。
「そういえばいきなり課外活動が休みに入れられたけれど、みんなスケジュール的に大丈夫だった?」
普段よりは告知が早かったとはいえ、想定よりずっと前倒しというか、そもそも帰省を考えていたりしたらすべて段取りが狂ったりしたのではなかろうかと危惧をする。そういう意味で課外活動で帰省できてしまった私は少しだけ申し訳ない気持ちになっていた。
「私は学院祭の諸々がちょっと大変だったかなぁ。六月から準備はしていたんだけど」
「私は特に。一ヶ月休みになってしまっているしね」
「帝都とかにもうちょい遊びに行く予定だったんだが、まあしゃーねえわ」
「僕も工房に籠るつもりだったからなぁ」
アンを除けば短期集中休みなせいか、案外みんな帰省とかは考えていなかったみたいでほっとする。もしかしたら気を使われたのかもしれないけど、まぁその辺りは勝手に考えてもわからないので切り捨てるとしよう。
もぐ、とミートボールを齧って咀嚼する。うんいつも通り美味しい。多少冷えても大丈夫っていうのは何かコツとかあるんだろうか。今度聞いたら教えてくれるかな。
「学院祭って10月末だよね」
「うん。みんなのクラスは何か話とか出てる?」
トワの質問に全員が首を振るので、まぁ休み明けのHRとかで委員長が話題提示をするのではなかろうか。
「貴族クラスとか結構凄そうなことやりそうだよね」
「まあ多少意地的なものが入るだろうことは想像に難くないね」
「そういう話なら怖いのはジョルジュんとこだろ。この技術を好きに使えんだぞ」
「はは、買ってくれるのは嬉しいけどそういう方向になるかどうか」
「オレがクラスメイトなら使わねえ選択肢はないレベルだわ」
確かに。ジョルジュにはいつもお世話になっているのでその技術力の高さは学院生では私たちが一番知っていると言っても過言じゃなかろう。ARCUSという最新戦術オーブメントのメンテナンスから導力銃やアナログ的な武器のメンテナンスまで。専門は一体どこにあるんだと疑問に持ってしまうのも致し方ない幅広さだ。
元々ルーレ工科大学に入るのに待ったをかけてトールズに入学し、卒業したら改めて入学が決まっていると前に聞いたのだけれど、さもありなんと頷いてしまうのもむべなるかな。
「ふふ、学院祭楽しみだねえ」
「そうだね、今からちょっとでも考えておこうかな」
何がいいだろう。喫茶店とかは他のクラスもやりそうだし、衛生面のことも考えると個人的にはちょっと避けたい部類でもある。その辺を念頭に思考を保留しておこう。
そんなこんなでお弁当に残った最後のブロッコリーを食べて手を合わせる。ごちそうさまでした。
『本日はクロイツェン本線、準急列車をご利用いただき誠にありがとうございます。次は終点、帝都ヘイムダルでございます。ルーレ、オルディス、セントアークへ向かわれる方はお乗り間違えのないようお気を付けください。どなた様もお忘れ物のないよう、よろしくお願いいたします』
ちょうど乗り換えのターミナル駅である帝都に到着したところ、お弁当のゴミをトワが集めてくれたので感謝の言葉を述べながら差し出された袋に入れる。確か駅にもゴミ箱があったのでそこに捨てるんだろう。
普段より多い荷物を持って降車し、サザーラント本線が接続しているホームへ。やっぱりまだまだ朝が早いため、乗り込んだ車両にも殆ど人はいなかった。
「さて、じゃあこの時間にティルフィルについて聞かせてもらおうか、セリ?」
「さすがにこれを誰かに任せるのもあれだからね」
アンに若干煽られつつ、咳払いをして話し始めた。
ティルフィル──帝国南西部サザーラント州・ティレニア台地近くにある森林地帯を頂く街。イストミア大森林の南にあり、あらゆる方向が森に囲まれている肥沃な土地で、大陸の森林業は東のルズウェルと双璧を成している場所と言っていい。
その木材を利用した木工細工も盛んで、大きな職人街が今も拡大し続けている。夏至祭などにはランタンの透かし飾りなどを飾るが、それは新規の職人たちがこぞって自分の技術を外部の人に見てもらうお披露目も兼ねており、とても活気付くため機会があれば訪れてほしい。
また、各方面に対する専門の職人も多数おり、木工細工については帝国随一と表現してもよいのではなかろうと。
四大名門ハイアームズ侯爵家が統括する地で、貴族派ではあるが穏健派とも名高く、ここ数年は特に平和。
「ま、とにもかくにも森林業と木工細工で有名な街ってところかな」
「ピアノなども作っているんだろう?」
「うん。楽器メーカーが職人さんを囲ってたりもするよ。7~8年ぐらい前には旧都に有名な楽器メーカーの本店があってそのまま納入したりしてたよ」
そういう背景と叔母さんの趣味もあって、自分もピアノが多少弾けたりする。導力端末の授業をやった時に、あれほど鍵盤に慣れていてよかったなと思ったことはなかった。多少違うけれどまぁ似たようなものに自分は感じたので。
「そっかぁ。それだとルズウェルと比較したレポートとかになるかな」
「職人街ってことはハザウとの比較もいいかもしれないね」
今まで行った地域との比較というのは、なるほど、面白そうだと思う。特に自分はティルフィルの出なのでどうしてもバイアスのかかったレポートになってしまうと思うけれど、他のみんながあの街をどう表現してくれるのか楽しみというか、役得というか。
「随分と顔ゆるんでんぞ」
「えっ、そう?」
クロウに指摘されて、もにもに、と自分の頬をこねる。そんなに顔に出やすい性質だったっけな、と思いながらでもみんなといるとどうしても心がゆるんでしまうので、そのせいかもしれないと自分ながらに理由をつける。
ちらりと確認するためにクロウを見ると何だかよくわからない瞳で私を見ていたので、落ち着かないなぁなんて思いながらその視線から逃れるように更に頬をこねてしまった。
『本日はセントアーク方面行き特別急行列車をご利用頂き、誠にありがとうございました。次はセントアークです。この列車は以降タイタス支線に直通となり、パルムへは参りません。どなた様もお忘れ物の無いよう、よろしくお願いいたします』
鉄道を旧都の駅で降りて、西街道の方にある待合場へ。もう昼前だからか、既に待っている人も。私たちもおなじように並んで、街道の先に視線をやって懐かしい空気に少し心が躍る。まだトリスタに行ってから五ヶ月ぐらいだけど、案外里心がついていたみたいで内心笑ってしまう。独り立ち出来るように、って出てきたのに。
「こっから今度は馬車って本当に遠いな」
「でしょう。少しストレッチしておくといいよ。来るまでまだ時間あるし」
夏期休暇を使うならオルディスとかいっそノルド方面でも良かっただろうに、なんでまたこんな田舎に打診をしたのか少し疑問になる立地ではあるけれど、教官殿たちにも何かしら考えがあるのだろう。うん。たぶん。
「あれ、お嬢?」
言った通り他の方の迷惑にならない形で自分も腕を伸ばしたりしているとそんな言葉が上から落ちてきて、見上げると今から街道へ向かうのだろうトラックの運転席から見慣れた人が顔を出していた。
「あ、お久しぶりです!」
「いや、久しぶり久しぶり! 帰ってきたんか?」
「学院の課外活動で実習地にティルフィルが選ばれて」
「ああ、そんじゃ馬車待ちか。よかったら乗ってくか? 荷台だけども」
その申し出にくるりと振り返るとみんな頷いてくれたので、よろしくお願いします、と頭を下げた。それとちょっとだけ街の入口でやりたいことがあったので、そっと耳打ちもして。
「ってかお嬢ってなんだよ、どこぞのカルバディッシュマフィアか?」
「ふむ。所作が綺麗だとは思っていたから地位のある立場でも納得ではあるね」
「いや、それについては、その、ノーコメントでお願いします」
「でもこの分だとどうせ街中でも呼ばれると思うよ、セリ」
「セリちゃん顔真っ赤だけど大丈夫?」
「だいじょうぶじゃない……」
そんな会話をしながらトラックでお尻を叩かれつつも予定より早く街が見えてきた。全体的に茶色と白色の見慣れた街並み。あちこちから煙が上がっている風景も変わっていない。なんだかそれだけのことなのに、また頬がゆるむのを感じてしまった。いけないいけない。
そうして出発する前にお願いしていた通り、入口から10アージュほどの停留所近くでトラックは停車し私たちを下ろしてくれる。
「そんじゃ、アルデさんによろしく」
「はい、ありがとうございました!」
全員で揃って頭を下げ、トラックを見送る。それじゃ行こうか、と促して、少し歩いたところで数歩、早歩きし入口の門のところでみんなを振り返って両手を広げた。すこし驚いたような四人を見渡してにこりと笑う。
「森薫る街《ティルフィル》へようこそ、みんな! 歓迎させてもらうよ」
そう、ここが私の生まれ育った場所。私の大好きな街。そこにみんなを迎え入れられるのが本当に嬉しくて、これがやりたかった。
ああでもすこしクサかったかな、とへらりと表情を崩した瞬間、トワとアンが笑って腕にダイブしてきて、珍しくジョルジュが私の頭を掻き混ぜてくれた。クロウだけは一瞬何か呆けていてどうしたのかなと首を傾げたら直ぐにいつものように撫でてきたのだけれど、何か変なことでもしたかな。いや別に撫でられたいわけじゃないんだけどさ!
嗚呼、でも本当に嬉しい。
そうこうしながら街中を歩き道々に声をかけられつつ、久しぶりに見る顔に驚かれたりもして、最初に尋ねるように言われていた家へ案内する。おそらくみんな薄々気が付いているだろうけれど、私は何も言わずに歩を進めた。見慣れた家の前に到着して、手前のステップを昇りドアノッカーで扉を叩く。すると。
「おかえりなさい、セリ!」
扉を引いて出てきた人にそのまま有無を言わさず抱きしめられてしまった。ああもう、ここまで頑張ったのに!でも本当に喜んでくれているものだから引き離すことも出来ず嬉しさとすこしの諦め混じりで、ただいま、とその背中に手を回した。あったかい。
「おー、いい顔が揃ってるじゃないか」
すると後ろから叔父さんも顔を出し、そっと叔母さんが離れてくれたので、片手を腰の後ろにもう片手を胸に、前を見据えて。
「トールズ士官学院、戦術オーブメント試験運用チーム、セリ・ローランド以下五名、ティルフィルに到着致しました」
一応、そう、報告をした。いやでもこれ身内の前でやるの恥ずかしいな!きゅう、と私が顔を赤くしていると、ははは、と笑った叔父さんは立ち話もなんだと言って家の奥に招き入れてくれる。みんなの反応がちょっと恥ずかしくて自分に見えないよう、急いでそれに乗っかってしまった。未熟者!
そんな感じで来客が多い時に使われる部屋に通され、長机にそれぞれ着席する。私、アン、トワ、クロウ、ジョルジュで、長辺で相対する形だ。元締めの叔父さんとこうして真正面から向き合うことは殆どなかったから、すごく新鮮な気持ちになる。
「まずは遠いところご苦労、士官学院の皆さん。私がティルフィルの元締めのアルデ・ローランドだ。そこにいるセリの叔父でもある」
「そして私がエッタ・ローランド、セリの叔母です」
二人の自己紹介が終わるに合わせてトワを始めとし、みんなもおなじように。うんうん、と頷く叔父さんはなんだか嬉しそうで、私はといえば居心地がいいやら悪いやらですこし落ち着かない。
「今回は少し滞在が長いということで、それに合わせて課題も選ばせてもらった。とはいえまずは昼食としようか。エッタ」
「はい。用意していましたから今お持ちします」
「私も手伝うよ。人数多いから大変でしょ。お昼の準備して来ていい? おじ……元締め」
「ああ、頼めるか? それと呼び方は無理しなくていいさ」
立ち上がりながら説明役を担っている叔父さんの許可をもらったので、既に部屋の出口にいた叔母さんと、いいのいいの、みたいな応酬を一瞬しつつそのまま押し切るように台所へついていった。
「騒がしくてすまないね」
セリちゃんがエッタさんとお昼の準備に退席したところで、アルデさんが少し苦笑しながらそう言った。苦笑といっても愛しさがこぼれたみたいで、すごくセリちゃんを大切にしているんだなってのが伝わるものだったから、私もなんだかそれに嬉しくなる。
「あの子は……セリは学院で楽しくやっているだろうか」
前にご両親が亡くなっているとは聞いていたから、アルデさんたちがセリちゃんの今の保護者なんだと思う。故郷が大好きだって思えて、気負わずにただいまって言えて、さっきみたいに当たり前のようにエッタさんを気遣えるセリちゃんを形作ったのはきっとこの方たちだ。
私と似ていて、少し違う私のともだち。
「はい、セリちゃんにはいつも課外活動で助けられてますし、放課後には導力カメラを持ってお散歩してたりしますよ」
記事の写真を撮るのをお散歩と言っていいのかはわからないけれど、動物写真や風景写真も撮っているみたいなので、たぶん、大丈夫。というよりたまに生徒会室に来て生徒会メンバーの写真を撮ったりしてるし、本当にお散歩の比重の方が高かったりしないかなぁ?
「技術部に来て武器の手入れも楽しそうにやっていますし、かと思えば新しい導力器や開発品のアイデアを持ってきたりいろいろ精力的ですよ」
「そうか。……いや、元締めとしてはこういう話はここですべきではないのだろうが」
「子供の立場の女の子を遠くにやるとなったら、気になるのは仕方ないでしょう」
アンちゃんがそっとフォローする。アルデさんはその気遣いに、ありがとう、と頷いて私たちを見た。
「帝国時報で君達の活躍を読んだりもした。保護者という立場ならそのままにするべきではないと思っていたが、今一度試験運用チーム自体を見てから判断したいと考えたのも事実だ」
それは、この課外活動で私たちの働き如何によってはセリちゃんを呼び戻すという話、で。
「セリの身内ならわかっちゃいると思うんだがよ」
私がすこし緊張したところで、頬杖をついたクロウ君が喋り始めた。いつも通りの、誰にも敬語を使わないクロウ君。すこし私が心配になっているのもお構いなしなところも本当に変わらない。
「あいつの斥候技術にはオレたちも世話んなってる。今更そのバランス崩されても困るぜ」
……たまに、いろんなことがどうでもいい、みたいな表情で笑っていたクロウ君がそんなことを言うなんて思ってなくてびっくりしちゃったけど、ああでも一番セリちゃんの実力を買ってるのはクロウ君なんだろうな、っていう納得も同時に訪れた。
私がアンちゃんの背中をよく預かってるのとおんなじように、クロウ君もセリちゃんの背中を見続けてる。そしてジョルジュ君は私たち全員の背中を見てくれてる。そのチームの形がもう出来上がってるんだ。うん、誰が欠けてる姿ももう思い付かない。
クロウ君のすこし失礼な物言いだけど事実ではある言葉に、アルデさんは微笑んだ。
「そう引き留めてくれる仲間に恵まれたなら、本当に良かった。……ああいや、試したわけではないんだ。セリが君達と並んで、信頼しているのは伝わってきたから中途退学をさせるつもりはとうに消えていたよ」
「なるほど。……クロウ、セリがいなくて良かったじゃないか」
背もたれに体重をかけて椅子を漕ぐアンちゃんが、歯を見せて笑いつつクロウ君にそう声をかける。別に言って悪いことじゃなかったと思うけどクロウ君は先走ってしまったのが恥ずかしかったみたいで、うるせえ黙ってくれゼリカ、と掌で額を押さえながら呟くのは何だかおかしかった。
「はいはーい、昼食持ってきたよー」
そこでタイミングよくお盆を持ったセリちゃんとエッタさんが入ってきて、薄い豚肉を茹でたのに野菜を合わせたサラダみたいなご飯に、ミネストローネ、そしてカトラリーが小気味よく置かれていく。わ、美味しそう。
「夏だけど体力仕事もあるみたいだから、肉と野菜を軽くぺろっと食べられるようにっていううちの定番メニューなんだけど……クロウはどうかしたの?」
「あー、放っておくのがいいと思うよ、セリ。うん。僕の方で何とかするから」
「そう?」
たぶんさっきのやりとりはセリちゃん聞いてなかったと思うけど、クロウ君にとっては思っていた以上に恥ずかしかったのかすこし撃沈しているので、私もそっとその背中を撫でることにした。クロウ君そういうところあるよねえ。