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1203/04/20(月) 放課後
「さて、待ちに待った課外活動の詳細を発表するわよ」
全員クラスが異なるので、こうして放課後にミーティングルームへ召集されるのが当たり前になるのだろう。サラ教官から渡された資料に目を通すと、どうやらトリスタを南下したところにあるトラヴィス湖畔にある町、ラントで課外活動をするらしい。……ん?
「日程は25日の放課後に出発して、徒歩で移動ね。町に着いたらそのまま宿場で就寝して、本格活動は26日を予定しているわ。活動内容自体は向こうと傾向を話してはいるけれど、具体的なことに関しては一任しているから、向こうで依頼を受け取るように。はい、何か質問は?」
「すみません、これ公欠扱いですか?」
4月の自由行動日は昨日のため、日曜日といえども昼までの授業が入っているはずだ。
「公欠扱いよ。ただし、赤点取られるとあたしがハインリッヒ教頭に怒られるんだから、6月の中間はきっちり点数取ってね」
「ってことは特例とか加算はねえのかー」
「あるわけないじゃない。学生の本分は勉強よ」
クロウが勢いよく顔を覆って嘆いたところで、バッサリ切り捨てられて更に屍になっている。うーん、授業のある日にも容赦なく課外活動が入ってくるなら、クラスの人にノート見せてもらう約束しておいた方がいいかな。あと予習復習もきっちりやっておかないと絶対ひどい目に遭う。やることたくさんすぎる。
「それじゃ、ルートとかも自分たちで模索していいからあとよろしく」
忙しいのかなんなのか、サラ教官はそのままミーティングルームを飛び出して行ってしまい、後にはなにがなんだかという五人だけが残ってしまった。
「とりあえずこれは図書館で地図を借りてくるべきかな?」
「だね」
アンゼリカの提案に全員で頷きつつ、図書館へ行くトワ・アンゼリカ組と、話すために食堂の席を確保しておくクロウ・ジョルジュ・私組で分かれて外へ出た。
「それにしても行き帰り徒歩っつーのは予想だにしてなかったな」
「はは、僕も鉄道圏内かなと勝手に思ってたよ」
「まぁARCUS戦闘回数増えるなら街道行かせるのもやぶさかではないって感じなのでは」
あとは公欠になるとはいえクラス単位のカリキュラムではないので予算が下りないという推測も立てられるけれど。まぁでもそこそこ手がかかっている端末の試験運用だしそこまで予算繰りが苦しいってこともなかろうので、近場の宿場町で都合の良いところがラントだったってだけかもしれない。
……ケルディックやリーヴスでもよかったんじゃないかなぁとちょっと思うけれど。
「っと、おお、あっち空いてんな」
食堂に入ってみると放課後だというのに学生が普段より少し多く、机あるかなと不安になったところで背の高いクロウが奥の方を指差した。
「その身長便利だねぇ」
「まぁな」
一人でいる学生から椅子を借りて五人座れるように調整して座ったところで、図書館組が気になってきた。
「トワ大丈夫かなぁ」
「何か心配事でも?」
「いや、アンゼリカに絡まれていないか心配で」
とはいえ、彼女は私よりあの接触を嫌がってはいないみたいなので、こうして心配することは過干渉かもしれないのだけれど。
「あー、お前ってアイツの抱きつき執拗に避けてるもんな」
「わからないではないけれどね」
「……バレてる?」
「モロバレだろ」
バレてるかぁ~、とため息をついて机に肘をついて顔を覆ってしまったけれど許してほしい。
「でもトワに手を取られるのは別に気にしてないよね」
「まぁね。……っと、二人が入ってきた」
入り口の方へ向けていた視界の中に影が二つ入ってきたので、おーい、と手を振ったところではたと気がついた。クロウと私でジョルジュを挟んだ形で座っているので、うっかりすると私の隣に彼女が来てしまうのではなかろうか。
「おお、今日はこうして座れるってことは両手に花で話し合いが出来るってわけだ!」
案の定私の隣に座ってきて、ぎゅっと、トワと私を抱きしめるアンゼリカに一瞬体が強張りはしたけれど、モロバレだと言われた声が脳裏を過ぎってまぁいいかという気分に若干させられた。貴族というのは自分の権力に鈍感なものだ。偏見だけれど。
「……今日は逃げないのかい?」
やはりクロウやジョルジュの言うとおりバレていたらしい。
「まぁ、そろそろ恥ずかしくはなくなったので」
「そうか、嬉しいな」
ということにしておこう。クロウが妙に怪訝そうな顔をしていたけれど、見なかったことにした。いいんだ。これで。
「ARCUSの試験運用だから、戦術リンクの組み合わせは回していきたいかな」
「じゃあマトリクス作っておいて数戦ごとに切り替えていく?」
「それ誰が回数の記録つけんだ」
「バックアップに一人回ることになるわけだし、それがやればいいんじゃないか?」
「アンの意見採用でいいと思う」
何を目的とした課外活動なのか、それをハッキリさせておこうと言うことになり、とりあえず基本の機能をきちんと把握しようという話が出た。
旧校舎……校舎の体を成していないけれど旧校舎で、戦術オーブメントとしての機能は使ったけれど、その戦術リンクと呼ばれるものに関しては完全に意識の外にあったせいでうまく使えなかった、というのが全員の見解一致となった。最後の総攻撃だけは"繋がった"ような感覚もあったけれど。
「サラ教官はbeta版って言っていたけれど、その戦術リンクが不安定とかなのかな」
自分の掌よりは大きい端末を開いて、回路を眺めてみる。4LINE。前衛特化回路だ。他の四人は2LINEや3LINEなので、少し羨ましい。基本は個人に合わせた作りになっているので羨んでも仕方がないのだけれど。
「まだ本人の資質依存度が高いと言っていたし、そもそも一年生の適性者がこの五人だけだったならそれを広げるっていうのも目標の一つだろうね」
ジョルジュが技術者観点で試験運用について語ってくれて、なるほど、と肯く。
まぁある程度面子を考慮した的な発言もあったので、得意武器や戦術以外にも貴族平民のなかでもお互いに組んで問題ない背景を考慮した、というのもありそうだけれど。
「ある程度レポートの焦点はまとまったし、当日の道のりについて話そっか」
トワの提案に全員異存ナシでそのまままた話は進んでいった。
1203/04/25(土)
ラント──帝都の南東、トリスタの真南にあるトラヴィス湖のほとりにある小さな宿場町だ。
クロイツェン州と都州の境に位置し、西ケルディック街道に接続している北ラント街道だけが基本的な経路となっている。古くより馬車道であったが、昨今は業者の導力車などが行き交う光景がよく見られる。
また、交通量が減ったとはいえエベル湖のあるレグラムや旧都セントアークへの街道とも接続していることから街道としては交通の要衝とも言われており、今でもそれなりの導力車の通行は確認されている。とはいえ鉄道網からは若干外れているため、ケルディックやトリスタへ出ていく者もそれなりに見受けられる。
主な産業は湖で行われる漁業と、盆地における果樹栽培、そして果実酒づくり。
人口としては400人ほど。
「っていう土地みたい」
24日の学院の授業が終わり、トリスタから南下していく途中でとりあえず表面上さらっとした情報を共有することにした。
順調にいくと徒歩で二時間ほどのようなので、夜が更ける前にはつけるだろうという見込みになっている。それなりの頻度で車が通っているだけあって、石畳とかが引かれていないにしろかなり均されてはいるので歩きやすい。そうはいっても、やはり手入れが行き届いていないところもあり魔獣避けの外灯も切れかかっていたり、少し外れたら直ぐに森になってしまうので気は抜けないのだけれど。
「ちゃんと下調べしてんのな、えらいえらい」
ぐしゃりぐしゃりとクロウに頭を撫でられて、ぐしゃぐしゃになる、と言いながらその手を外す。まぁ戦闘が始まれば走って跳んでをするのでまた髪の毛はぼさぼさになったりするのだけれど、それとこれは全くの別物なので。
「トワ的に何か追加することあったりする?」
「んー、セリちゃんが言った通りラントは都州とクロイツェン州の境目にあるから、何かあった時にどちらの憲兵隊が動くかで最近ちょっと揉めてるみたいなんだよね。もちろん皇族の方への反乱と見做されないようアルバレア公も慎重ではあるみたいなんだけど」
なるほど。風俗について調べてはいたけれど、トワが補足してくれたような政治的観点からは特に調べていなかったな、と自分の穴を自覚させられた。ありがたいことだ。うん、トワの強みっていうのはアーツも正直頼もしいけれど、こういうところもだと思う。
「いくら大陸横断鉄道が走ったとはいえ、鉄道だけで輸送を賄えるほどではないからね。もしかしたらちょっとしたいざこざくらいは遭遇するかも」
「まぁ公も愚かではないだろうから、そこまで露骨に境界侵犯はしないさ」
ジョルジュやアンゼリカが懸念や安心材料を追加し、何が起きるやらと魔獣を撃退しながら進んでいく。車が通る道だけれど逆に徒歩の人間は襲いやすく見えるのか、思っていたより頻度が高く、番がくるくる回って後ろになってすこしした回。
「────」
何だか妙な気配がして後ろを振り向いた。けれども特に魔獣の姿も人の姿もなくて、なんだろうなと首を傾げてしまう。夜中の寮で感じたものとはまた違うし、嫌な感じとかではないのだけれど。
「セリ、どうしたんだい? 次は私と組む番じゃないかな」
「あー、ううん、何でもない。ありがとう」
そっとその違和感を断ち切って、私はまた前衛に復帰した。
「セリ! 頼んだ!」
「任されましたっと」
戦術リンクが体に馴染んで、追撃の瞬間が見えるようになってきた辺りで、アンゼリカが場から離脱した隙間を狙い踏み込んで致命傷を与え切る。どうやらそれで終わってくれたようで腰に剣を差した、ところ、背中に衝撃。あ。
「さっすがセリだ! 可愛い君がトワとともにこのチームに参加してくれて私は嬉しいよ!」
ぎゅっと体を抱きしめられる。それはチームとしての親愛の行動なんだろう。わかっている。
でも駄目だ。気を抜いて、しまった。言いようもない嫌悪感が背筋を突き抜ける。
瞬
間
、バチン、と盛大な精神振動が体を駆け巡った。それは後ろにいたアンゼリカも同じだったようで、尻もちをつくような無様を見せることはなかったけれど、たたらを踏みながら私から距離を取る。
────戦術リンクの決裂。
「ご、めん」
謝っても、いくら戦術リンクとARCUSを再起動しても、私とアンゼリカのそれが再接続することは、道中なかった。
(自分が気にしているだけかもしれないけれど)チーム内の空気が若干重いまま、予定より早い形でラントに到着する。土曜日の夜へ差し掛かった時間帯なだけあって、思っていたより人通りが多い。
取り敢えず一枚撮っておこう。ぱしゃり。
「えぇと、宿場はすこし外れにある"羽飾りの果実亭"ってところみたい」
「取り敢えずそこへ向かうとしようか。三人ともそれでいいかい?」
月曜に渡された資料を見ながらトワが先導し、ジョルジュが確認をしてくる。別に反対する理由はないので頷いておいた。
……戦術リンクの決裂。原因はわかっている。どう考えたって自分の方にある。でもそれは自分の力だけではどうにも出来ないので、あぁ面倒だなぁ、なんて感じてしまったのだ。どうでもいいことであるわけではないけれど、自分で解決ができない物事というのは得てして面倒くさい。
中央通りからすこし脇道へ入ったところで件の宿場を無事見つけ、からんからん、とドアベルを鳴らしながら入店する。と。
「あ、ようやく来たわね~」
「サラ教官!?」
そう驚いたのは誰の声だったのか。トリスタで私たちを見送った教官が、既に寛いだ状態で宿場にいるというのはどういうマジックか。確かに何度か導力車は通って行ったけれど、その中にサラ教官はいなかった筈だ。
驚く私たちを尻目に教官はラントの名産だという果実酒をおかわりしている。
「……あっ」
そこで私は道中にあった"妙な気配"を思い出す。
「まさか私が後ろに下がっていた時にあった気配って」
「そ、あたしよ。感知範囲内にちょーっと入ってみたんだけどちゃんと警戒したんだからよくやったもんよ。まあ具体的に"誰"かはわからなかったみたいだけど」
「……」
いや、森に囲われた道の後方30アージュで殺気も特にない気配を感じ取り切れっていうのは無茶な気がする。そこに割く労力は必要なのかと。思わずすこし脱力して膝に手をついてしまった。深いため息をついても怒らないで欲しい。
つまり、サラ教官は私の感知能力を試した上で、そのまま森をぐるりと遠回りする形で抜けて私たちを追い越しラントでお酒を飲んでいた、ということだ。
「サラ教官、あんまりセリちゃんいじらないで下さい」
「あは、ごめんごめん。でも大事なことよ」
教官の言葉が、じくりと心にのしかかる。そう。斥候はチームの生命線だ。可能不可能であれば、可能であるほうがいいに決まっている。瞬間的に索敵を伸ばせて確定できるならそれにこしたことはない。────悔しい。
「戦術リンクの課題も多少見えたみたいだし、頑張んなさいよ」
「……」
どうやら教官はそれ以上話すつもりはないようで、まぁいいかと全員言外の納得をし、女将さんに身分と宿泊の旨を伝えると「待っていたよ」と二階の奥部屋に通された。五人部屋に。
「……宿場町だからまぁ、うん、私たちが二部屋借りるよりは、いい、のかなあ」
「いや、さすがにトワとセリの寝姿を見る機会を男共に与えるのは容赦出来ないが」
「ま、士官学院だし今後こういうことも増えるのでは」
「いや~、さすがに僕たちは気後れしちゃうかな」
「オレは別に構やしないぜ」
全員はちゃめちゃに言い合うけれど、逆に全員部屋にいる場合は妙なことはしづらいだろうと思うので、個人的にあまり反対する気は起きなかった。アンゼリカと一対一になる可能性が極力低いほうがいいというのもあるけれど。
というかこういう時に困るのは大概男性陣なのだろうが。良識がある限り。
「とりあえず、着替えは私たちと君らで部屋を交互に使い合うことに反対はないね?」
アンゼリカの確認に、面倒ごとはごめんだと言わんばかりの表情で全員が肯いた。いやどう考えてもこの狭いコミュニティでそういうことやりたくはないだろうと。やるなら後腐れがない相手のほうがまだいい。理解が出来る。してもいいとは思わないけれど。
そんなことを考えていたら、ぐぅ、とお腹が鳴った。クロウとアンゼリカがこちらを向いたので、それなりに大きな音だったかなと恥ずかしくなる。ので自分から控えめに手をあげた。
「……ごめん、そろそろお腹空いた」
「授業終わってから歩き通しだったもんね、私もお腹空いちゃった」
えへへ、とトワが自分のお腹をおさえるので、いい人だなぁ、なんてじんわりしてしまう。
「ま、取り敢えず明日のことは明日考えるでいいだろ」
クロウがそうまとめて、五人でとたとたと下の食堂へ降りていろいろ頼むことになった。人数が多いといろいろメニューが頼めて美味しいなぁと思ったのは内緒だ。
「あ、川魚の林檎煮、あまじょっぱくて美味しいね」
「こっちの香草焼きも旨いぞ」
「ケルディックが近いせいかパンの香りがすごくいい」
「可愛い子がご飯食べてる姿は心のアルバムに何枚でも収めたくなってしまうね」
「はいはい、そういうのはほどほどにしておきなよ」
そんなこんなである程度和気藹々としながら、シャワーを浴びたり借りた寝巻きに着替えたり、特にハプニングもなく、夜が更けていった。
「眠れねえのか」
何となく目が覚めてしまって、宿場入口にあるウッドデッキ部分で手すりに肘を預けて夜風に当たっていたら、クロウが出てきたらしい。街中なのであまり警戒していなかったけれど、顔だけそちらへ向けると、相手は当たり前のように隣に来て手すりに背中をもたれて私を見下ろしてきた。
「眠れないというか、まぁ、昼間の戦術リンクがどうしてもね」
明日はどうしよう、そもそも繋げるようになるのだろうか、なんて考えてしまっても仕方のないことじゃないだろうか。繋げない面子を、試験運用面子として稼働させることの是非もあるだろう。そうして抜けるとしたら、自分だ。元々仲がいい四人プラス自分という形になっているのだから、そうするのが合理的だろう。
「まぁなるようになんだろ」
はは、とクロウは笑う。それは、すこし空虚で。別に笑いたくて笑っているわけではなくて、こういう場面だから笑って空気を軽くしようとしているような。うまく言語化出来ないけれど、今までもたびたびあったやつだ。
笑いたくなければ笑わなければいいのに、とは、さすがに今の自分には言えなかった。