[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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09/14 日常の恐怖

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時を少し遡り。

 

1203/09/14(月) 放課後

 

「次の活動先はルーレよ。日程は二週間後ね」

 

いつものごとくミーティングルームに召集され告げられた言葉は、メンバーの視線を二人に集中させるには十分なものだった。つまり、アンとジョルジュに縁が深い場所ということだ。

 

「あと今回で外へ出る活動は基本終わりと思ってもらって構わないわ」

 

あ、そうなのか。案外思っていたより早く終わりが来てしまった。だから告知がいつもより早いのかもしれない。整えておけ的な。

 

「一応11月に一回あるけど、それは今までみたいに長距離移動するものじゃないわね」

「結構早く終わった印象なんだけどよ、予算ヤバかったとかか?」

「そんなわけないでしょ。というか、逆に時間あると思ってるの? 来月は学院祭だし、12月は年末年始で1月には期末試験じゃない」

 

そう言われると、確かに、ごもっともなのだけれど。終わりが見えてしまうともっとみんなと一緒に帝国各地を回ってみたかったなという気持ちが際限なく湧いてしまいそうになる。よくないよくない。あくまでこれは、ARCUSの試験運用なのだから。

それにしては途中なんか遊撃士めいた案件もあったような気がしなくはないけれど。

 

しかしつまり今回は課外活動としての総括になるということだ。

そう考えると、11月の遠出をしない活動というのは、戦術リンクの総括だったりするのではなかろうかと。であるのならばサラ教官やナイトハルト教官と戦うということになったり……するのかな。授業中に訓練として手合わせをしてもらうことは今まであったけれど、もちろん戦術リンクを使ったものじゃない。何故なら全員クラスが違うからだ。それなら、どこまで通用するのだろうかと好奇心がもたげてしまうもの仕方ない話じゃなかろうか。

 

「ま、ルーレに関しては詳しいのが二人もいるわね。あとはよろしく」

 

今までも詳しい人がいてもいなくても説明はあんまりなかっただろうに、という私の思考は当たり前だけれど教官には届かなかったようで、いつものようにミーティングルームから去っていく。もう六回目だから慣れたものだけれど。

 

「ふむ。まあこの学院の常任理事であるイリーナ会長のお膝元という点では遠征の最後に相応しいと言えなくもないか」

 

アンがすこし思案顔でそう評価を下すので、ああそういえばと。ルーファス公子が介入してきたあの件をきっかけに調べてみたらまずこの学院は皇族を理事長職に据える規定があるようで、今代はオリヴァルト皇子がそれを務めていらっしゃるようだ。その下にRF社会長イリーナ・ラインフォルト、クロイツェン州を治めるアルバレア公爵家の嫡男ルーファス・アルバレア、そして帝都知事であるカール・レーグニッツの三人が常任理事を任されているのだとか。

企業的中立、貴族、平民、というあからさまな立場の人物たちの集まり具合に息が詰まったのを思い出してしまった。この学院はおそろしいようなバランスで運営されている。ヴァンダイク学院長の手腕のなせる技なのだろうけれど。

 

「それに戦術オーブメントの開発元でもあるしね」

「そんじゃあその辺はお前らに任せるわ」

 

いつも通り分担を話し合い、その場は解散になった。

明日の着用イメージ撮影のために衣装の仕分けを終わらせて、誰がどれを着るのかも話し合わなければ。

 

 

 

 

1203/09/18(金) 朝

 

朝早く目が覚めたので、人がまばらな台所で朝食を作り、そのまま早めの登校をして教室に到着する。一番乗りだったようで誰もいない机の合間を通って席に着く。

鞄の中から教本を取り出し机に入れたとき、変な手応えを感じた。もしかしてレジュメを入れっぱなしにしていたかな、と一旦取り出して中をあさると何かが指先に当たったので引き出してみるとすこしよれてしまった白い封筒。なんだろう。これ。表面には自分の名前が記載されていたけれど、くるりと裏返しても特に差出人情報はない。

幸い、教室には誰もいないのでそのまま封を開ける。すこし雑になってしまった。申し訳ない。気を取り直して中身を開いてみると────『金曜の放課後、旧校舎の前に来て下さい。』とだけ。曜日だけで日付は書いていないけれど、昨日はなかった手紙なので、おそらく今日に違いはないだろう。

 

果たし状、だとはさすがに思わない。

つまり、これは、そういうことなんだろうか。

 

透かしてみても情報は特に増えない。差出人の記載のない手紙。責任能力のない手紙。

もうそれだけで悪戯の可能性が結構高いような気がするし、そうでなくても無責任だろうという気分にさせられる。でも誰かの思いを無下にするかもしれない行為をするのと、待ちぼうけをくらう可能性を天秤にかけるならそれは、秤に乗せる必要すらないことなのだ。

 

それでも気が重い。

 

 

 

 

数学、帝国史、導力学、栄養学調理実習を無事に終えて至った放課後。

誰が相手でも基本的に断ることになるだろう場所に向かわなければならないというのは本当に気が向かない。時間の指定もないから直ぐに行かないといけないし、それによる時間のロスの発生も無視できない。

ああでも旧校舎前なら、投げナイフの練習ぐらいしてもバレないのじゃなかろうか。いやでも生の樹をそのまま的にするというのも樹に申し訳ない。かといって的を訓練場から持ち出すのはバレるだろうし備品紛失に繋がりかねない行為なのでNGだ。

もし誰もいなかったらダガーで素振りぐらいにしておこう、と心に決めて鞄を肩にかける。

 

「あ、セリ。写真見てもらうから明日の放課後は時間空けといて」

「うん、わかった。じゃあまた明日」

 

教室から出る間際にそう声をかけられて、いつも通り正面玄関口の方へ降りていく。校舎を出てから、中庭を通った方が早かったのではと気がついて、行動が自分の気の向かなさを如実に表しているなあと苦笑して左の方へ足を向けた。学生会館の横を通り、技術棟の前も通り、夏が終わりかけで緑が生い茂った旧校舎の方へ。うん、この先に誰かいるな。

用務員のガイラーさんもここまでは仕事がし切れていないのか、それとも掃除するタイミングを決めているのか、雑草が元気よく繁茂している。この無秩序さは嫌いじゃないな、と緑の匂いに気を預けながら歩いて行ったところで建物の前に、一人立っていた。

小さい学院なので顔ぐらいは見たことがあるけれど、名前は特に知らない。さすがに同クラスの人であれば全員覚えているので、他クラスの人なんだろう。

 

「来てくれたんだ」

「悪戯じゃなかったことに驚いているぐらいです」

「はは、ひどいなぁ」

 

差出人も書かない手紙で人を呼びつけておいて酷いも何もあるだろうか。それだけで少しうんざりしてしまった。名前も日付も具体的な時間も書かれていない手紙を出すことが特に不躾だと思わない類の相手らしい。会話が成立するのか疑わしくなってきた。

彼我の距離が2アージュほどになったところでようやく相手はまた口を開く。名乗られたけれどやっぱり聞き覚えのない名前だった。

 

「そして何となく用件は察してくれているかもしれないけど」

「はい」

 

別にこのまま決闘を挑まれても構わないのだけれど、たぶんそうじゃないことは理解している。ごほん、と相手は拳を口に添えて咳払いをする。

 

「好きだ。俺と付き合って欲しい」

「お断りします」

 

申し訳ないもすみませんも謝罪の言葉は一切口にせず、それだけ告げる。すると相手は不快そうに顔を顰めた。

 

「付き合っている相手はいないんだろう? お試しとかも駄目か? 学院祭も近いんだし、お互い独り身っていうのも悲しいだろ。ちょうどいいじゃないか」

「少なくとも私は貴方を知らないですし、そもそも学院祭で恋人がいなくて悲しいというのはそちらの価値観なので私を巻き込まないでください」

 

うすくため息をついてしまう。

駄目だ。手紙の書き方からしてそうだったけれど、価値基準が異なる相手なことが明白になってしまった。しかしそういえば最近周りで告白しただの告白されただのという話が少し飛び交っていたかもしれない。他人のそういう話にも自分のそういう話にも興味がないので放っておいたけれど、なるほど、学院祭関連なのかと現実逃避で思考する。

 

「付き合って知ってくれたらいいじゃないか」

「ここまで会話してあなたへの興味が特に持てないので」

 

そもそもほとんど初対面なのにどうも、何というか、馴れ馴れしい。クロウやアンとはなんか異なる類の馴れ馴れしさだ。結局のところ下心の有無というのは態度に出るというやつなんだろうか。

 

「もしかして好いた相手でもいるのか? そうならそうと」

「……私と貴方の関係性でそこまで開示する必要が?」

 

さすがに土足で内面に踏み入りかけられたような気分になって、眉間に皺がよるのがわかる。クロウでなくてもみんなでなくても、今の私の表情はわかってくれると思うのだけれど、相手にとってそれは特に気にかかるものではなかったようだ。

そうして一歩踏み出され、こちらは一歩後退する。

 

「じゃあ、好きなタイプは?」

「それも特に話す必要性が。……お互い時間の無駄だと思うので、ここらで失礼します」

 

そう一度だけ頭を下げて、踵を返す。もう一秒だって相手と一緒にいたくない。

 

「待てって!」

 

帰ろうとした瞬間に背後から近付いてくる気配に回避をして、避けられると思っていなかったのか相手が転けて私を見上げる。それは、"あの日"見た光景によく似ていた。単なる軽い執着が憎悪に変わる瞬間のような、そんな。脳裏によぎった記憶にぞっとして走り出す。教官室。保健室。学生会館。いや、技術棟が一番近い。

肩にかけた鞄を両手で掴んで、後ろも振り返らずに私は舗装も手入れもされていない路地のような道を走り抜け、なんとか技術棟に飛び込んだ。バタン、と大きな音を立てて扉を後ろ手に勢いよく閉める。ぜえはあと、大して走っていないはずなのに息が上がっている。肩から鞄が落ちて肘に引っかかっているけれど、そんなこと気にしていられなかった。

 

暫くして震えが若干収まったので顔を上げてみると、鍵は開いていたけれど誰の姿もない。ジョルジュすらいない。どこかに修理品の配達でもしに行っているのだろうか。

……鍵を開けているのに誰も留守番を置かずに?導力端末や工具、クオーツ精製機、セピスなどそれなりに高価なものや貴重品がここにはあるのに。珍しいな、と思うと同時に何だか嫌なものが背筋を這う。

口内に溜まる唾液を嚥下した瞬間、ガタッ、と扉が開けられそうになる。冷静でないせいか外の気配が全然わからない。ジョルジュか、クロウか、アンか、トワか、一般生徒か、それとも。

 

「だ、だれですか」

 

それはおおよそ自分から出たとは信じたくないか細い声だったけれど、それでも何とか絞り出した。どうか、どうか。女神さま。

 

「ん? そこにいるのセリか? 扉閉めてどうかしたのかよ」

 

────クロウだ。それを認識した瞬間、どわっと緊張が解けたおかげか少しだけ動けるようになりそのままよろめくように扉から右側へ離れる。鞄が腕から抜けるのも厭わず、近くの壁にあるスチール製の工具棚に背中を寄りかからせた。すると私の気配が移動したのを理解してかクロウがそっと扉を押しあける。その姿を見て、その後ろに誰もいないことを確認して、ずるりとそのまま床にへたり込んでしまった。

 

「っおい、どうかしたのか!?」

 

大丈夫、そう口にしたいのに声が出ない。

落ちた視界の中で床についた手が震えている。……ああ、そうか。怖かったのだ。自分は。きっと真正面から戦ったら勝てるだろうけれど、それでも腕力の差は如何ともし難い。そもそも戦ったとして負けを認めるのか、それを受け入れるのかという信用がまるでない相手とは決闘が出来ないものなのだと今更ながら理解する。

 

「息吸え。オレがいいって言うまでな」

 

大きな手が私の背中に当てられる。一瞬びくりとしたけれど、そのあたたかさは私が知っているもので、大丈夫、この手は私を害さない。だから言う通りにする。

肺の中にもう入らないんじゃないかってぐらい息を吸って吸って吸ってもう無理咳き込むという直前で、よし、と軽く背中の手が跳ねて叩かれる。暫くそうして深呼吸を管理され、あるところで、はあ、と強張っていた肩が落ちた。

 

「……ごめん、ありがとう」

 

まだ心臓は少し早いけれど、随分と落ち着けたと思う。

 

「トワ呼ぶか?」

 

何かを感じ取ったのかARCUSを構えながらクロウが問うてくる。呼んだらトワはきっと来てくれるだろうけれど、学院祭を前にしてとてつもなく忙しいだろう彼女にそんな迷惑はかけられないしかけたくない。ふるりとかぶりを振って、代わりにというわけではないけれどクロウの袖口を掴んだ。

 

「もし、だい、じょうぶなら、しばらく、このまま」

 

学院生活でここまで明確に恐怖を感じることはなかった。それでもあれは確かに。

 

「……わあった、一緒にいてやるよ」

 

どさりとそのまま私の前で腰を下ろし棚に背中を預けてクロウが笑う。向こうに机も椅子もあるのに、促しもせず地べたに座ってくれた。何だかそれが嬉しくて、ひどくホッとした。

 

 

 

 

クロウに落とした鞄を引き寄せてもらい、横に置きながら膝を抱えるように三角座りで工具棚に背中を預ける。本来であればあまりよくはないだろうけれど、まあ今はあんまり上に中身が入っていないから大丈夫だと思う。

そうやって暫く黙ったまま、時折息が荒れそうになったら深呼吸をして時間が過ぎていった。

 

「……」

 

組んだ両手に額を預けて、思案する。ここまで助けてもらっておいて事情を話さないと言うのは不義理だろうと。だけど話して逆に気を遣わせないかというような思いもあって、どうしたものだかと頭をめぐらす。うん、でも。

 

「あのさ」

 

口を開いたところで、ちょっと待て、と制止がかけられる。

 

「それオレが聞いてもいい話か?」

「あー……」

 

どうだろう。あった事実を認識してもらうことについては特に問題がないと思うのだけれど、クロウの感情面についてはわからない。それでもそれは私が判断する領域ではないとも、思う。

 

「聞いてもいい話だし、人に話して整理したい、かも」

「そうか。じゃあ続けていいぜ」

 

冷静でない私から、本来自分が聞いたらいけない話が飛び出してくるんじゃないかと危惧してくれたのだろうか。そつのない配慮だ。いや本当に。

は、と息を吐いて、少し離れかけていた膝を両手で引き寄せて膝の上で腕を組む。

 

「……さっき、その、告白らしきものをされたんだけど」

 

あれは告白と言っていいのだろうかという疑問が発生するのも仕方ないレベルでも、一応、告白の体ではあったと思う。たぶん。学院祭で連れ歩くアクセサリーとして選ばれたような気配が強かったような気もするけれど。

 

「結構強引で、相手を振り払うようにここに逃げ込んだから、さっき、その、扉を閉めてた」

「そいつは……タイミング悪かったな。悪ぃ」

「いやいや、クロウのせいじゃないよ」

 

本当にタイミングの問題だ。ジョルジュに留守番を任されたところでちょっとだけ購買に行って席を外していたとか、なんかそういうのなんだろう。そう言う意味ではむしろ私が悪い。

 

「昔、学院に来る前にも似たようなことがあったんだけど、駄目だね、やっぱ慣れないや」

 

組んだ腕に額を預ける。脳裏にチラつくは数年前の出来事。

具体的なことはもう思い出したくもないけれど、あれから、自分の容姿を褒められるのが苦手になった。あんな目に遭うなら、あんなことがこれからもっと多くなるなら、こんな顔なんて要らないとナイフで傷をつけようとしたけれど、あの時は確か叔父さんに見つかったのだっけな。あんな顔をさせたかったわけじゃなかった。だから、自傷は封印した。

代わりに、殊更容姿を褒めてくる人が本当に無理になってしまった。この間撮影してくれた彼女──ロシュは写真が自分の好みすぎるので若干許してしまっているけれど、やっぱり明日にでも強く言うべきだと心に誓う。無理だ。この精神状態であの言葉は受け止め切れない。

やっぱ顔に薬品でもぶっかけるかな、と考えたりしたけれど、それはそれで学院の責任問題になるし、叔父さんにあのことを思い出させてしまうだろうから却下だ却下。それに目が焼けて視覚を失う可能性も加味するとやっぱり上手い方法じゃない。

 

たまに自分の顔を利用することもあるけれど、基本的には振り回されることの方がまだ多い。いつか自分のこれと折り合いがつけられる時期が来るだろうか。もっと強くなったら気にしなくて良くなるだろうか。……そんな日が、来ることがあるんだろうか。

 

「いや、慣れなきゃいけないもんじゃねえだろそれ」

「……そう、だね」

 

慣れたら、諦められたら、楽になれるんじゃないかって。思ってしまっていた。でもそんなことはないんだろう。他者なんてこんなもんだって諦めるのは、これから出会う全ての人に失礼すぎるし、そんな風に生きてはいたくない。たかだか20年にも満たない年数で諦めるには早すぎるし傲慢にすぎる。

 

「まあ、そういう事情ならやること決まったな」

「え?」

 

想像していなかった言葉にクロウの方を見ると、指を一本立てて口を開き始めていた。

 

「まずお前の担任教官に事情話して、相手の教官に話を通してもらう。そんでもし何かあったら即、お前に近付かない誓約書を書かせる手筈を整えておく。お前がそんだけ頭抱えてるってことはなんか無茶されそうになったってことだろ? あとはクラスの信頼できる奴にくっついて絶対一人にはならねえようにする、とかか。学院祭で忙しい時期だけどよ、オレらも帰り一緒するくらいなら何とか出来んだろ」

 

びっくりするほど具体的な対処法がすらすらと出されて、一瞬あっけにとられて、ああそうか、と頷く。自分だけで何とかしなくていいんだ。これを、自分と相手だけの問題にしなくても構わないのだ。

 

「根回しは早い方がいいな。立てるか?」

 

立ち上がったクロウから手を差し出されて、うん、と腰を上げるとクロウが扉を開ける。

 

「えっ、あ、でもジョルジュに留守番頼まれてるんじゃないの?」

「鍵は渡されてっから行きながら連絡入れりゃいいだろ。さっきはすぐ戻ってくるつもりだったからかけなかっただけだしな」

 

ああやっぱそうなんだ、と思うと同時に多少ジョルジュに申し訳なくなる。

 

「あいつだってお前の問題放置してまで留守番してろなんて言わねえだろ」

「……あは、そうだね」

 

いつもの面子が優しいなんてこと、とっくに知ってる。私の知っているみんなは、ジョルジュは、そう言う時はきちんと自分を優先させるんだよ、と怒ってくれる人だ。その人がその人自身を大事に出来るように、そう。

 

技術棟を出て二人で教官室へ歩みをとる。

 

「確認なんだけどよ、その告白とやらはハッキリ断ったってことだよな」

「それは確かだよ。よく知らない人だったし、それに」

 

それに?それに、なんだろう。

 

「ああ、好きなヤツがいるとかか」

 

当たり前のように言われて、いやだからそんな相手いないよ、と言いかけて口を噤んだ。

その言葉によってぽとんと落ちるように胸に現れた感情は、じわりじわりと広がって、あっという間に無視できない大きさに膨らんでしまった。夕焼けの中で、隣にある銀灰色がきらきらと輝いているように見える。

 

「……うん、そう。好きな人もいるから」

 

告げた時、どうしてだか速度がゆるみ立ち止まってしまって、数歩先にいるクロウの表情は見えなかった。どんな顔を、しているのだろうか。

ぎゅ、と鞄の持ち手を両手で握りしめその僅かな距離を詰めたところで、くるりとクロウが振り返ってきた。そこには目を眇めた笑顔が。

 

「なら上手くいくよう祈っててやるよ。フラれたらオレの胸だって貸してやるしな。今度は冗談抜きだぜ」

 

そんな言葉と共に頭をいつものごとくぐしゃぐしゃされる。

 

「……ありがとう」

 

それはいつもなら嬉しい筈なのに、どうしてだかすこし、痛かった。

流せなかった自分が、隠せなかった自分が、見て見ぬ振りを出来なかった自分が、悪いのだけれど。君に嘘をつきたくなかったなんて、言い訳かな。

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