[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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09/26 第六回特殊課外活動1

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あれから朝は早く出るトワについていき、日中はクラスの友人にヒヨコのようについて回り、帰りはジョルジュのところで小論文のレポートを書いたりして、取り敢えず何事もなく課外活動の日を迎えられた。まぁ見せびらかし用のお誘いだったろうので、そう言う意味では私個人に執着する意味は薄かったということなのかもしれない。

その後日にあったことでだいぶいろんなことが吹っ飛んでしまった節もあるのだけれど。

 

────あの時、のっぴきならない状況で誰かに会えたと言うのは僥倖だったと思う。混乱していたが故に、どうにもならないと判断をして助けを求められた。それは決して悪いことじゃなかったろうと。

 

それでもそれがクロウだったのは、自分にとってよかったのかわからないけれど。

 

 

 

 

1203/09/26(土) 放課後

 

いつものように土曜の授業が終わって全員荷物を持って駅へ集合する。マチルダさんに見送られて相変わらずの二番ホーム。もう慣れたもので、帝都に到着してそこからはまたノルティア本線に乗り継ぎ黒竜関を通過して終点の鋼都まで。

人によってはユミル支線で温泉郷へ行ったり、アイゼンガルド支線で国境を越えノルド高原へ向かったりする鉄路の要衝だ。ノルドは帝国・共和国その両方と国境を接していつつもどちらの属領ともなっていない、遊牧民族が暮らす高原地帯だ。馬に乗るのならあの高原の風を知れ、とはたまに聞くのでいつか行ってみたい場所でもある。

 

乗り換えをしてボックス席に座り込んだところでほっと一息。

 

「今回はゼリカの家が課題も宿も提供してんだよな」

「ああ、そのようだね」

 

ログナー侯爵家。帝国貴族の中でも四大名門と呼ばれる大貴族のうちの一つであり、貴族派の中でも結構な強硬派と知られているお方だ。先月の活動が我が家だったこともあり、もしかしたらと少しだけ考えていなくはなかったけれど、まさか自分が貴族中の貴族の家に行くことがあるだなんて学院へ来る前は想像もしていなかった。

学院生活というかARCUS試験運用活動はいろんな意味で価値観や偏見が破壊される。

 

「さて、それではルーレについて私から話すとしよう」

 

これ以上にないというぐらいの人材であるアンがにやりと笑いながらそう切り出した。

 

 

 

 

鋼都ルーレ──帝都の北、ノルティア州の中心に位置し、鋼の名を冠する通り鉄鋼と重工業によって発展してきた人口20万人ほどの巨大導力都市だ。北には帝国二大鉱山の一つであるザクセン鉄鉱山を有し、その鉄によって軍事大国である帝国が支えられていると評しても過言ではないだろう。導力革命以前よりこの国にある、いわば屋台骨のようなものだ。

そして我が実家であるログナー侯爵家が治める土地でもある。とは言っても鉄鉱山の方はあまりにも国の生命線に近しいと言うこともあってアルノール家、つまり皇帝家に裁量・管理が任されているのだがね。

そして我が親父殿はかなり貴族というものに誇りを持っていて、領邦軍と鉄道憲兵隊がいさかいを起こすというのは恥ずかしい話だが日常茶飯事と言ってもいい。そういう微妙な土地でもある。

街に関する具体的な話は……まあ見てもらった方が早いだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「私から話す基礎的なところはこんなところか」

 

ふう、と一区切りをしたアンに車内販売していたお茶を渡しながら、少しお腹が空いてしまったので同様に買ったサンドイッチを口にする。結構美味しい。鉄道路線の名前は各地で異なるけれど、車内販売の内容も違ったりするんだろうか。

 

「ジョルジュもルーレには縁があるんだよな」

「まあ元々は工科大学の方へ入る予定だったからね」

「そのジョルジュが兄弟子であるマカロフ殿についていきトールズへ入るという話を聞いてね、面白そうだと女学院を蹴ってこちらに来たというわけだ」

 

前にも少し耳にしていた話だ。フフ、と笑うアンは大層楽しそうではあるけれど、蹴られた方の女学院の運営の方々は気が気ではなかったろうなあと思う。貴族子女が通う名門校というのはその子女たちの親である貴族からの寄付金で運営がある程度成立していると聞く。四大名門ともなれば寄付金は膨大になるだろう。それがなくなったとあらば、他人事ながら少し胃がいたい。……それでも彼女に会えたことは私の人生にとってはよかったと思う。

 

「私としては領邦軍と鉄道憲兵隊が険悪ってところが気になるかなあ」

 

政治的側面に強いトワがそう発言をする。

領主のお膝元ともなれば領邦軍が強いと言うのは理解できる話なのだけれど、鉄道憲兵隊──通称TMPはTMPで鉄道が敷設されていたらどこへでも介入をするという。彼らは正規軍きってのエリート部隊らしいので、お互い引かないというのはプライドの問題もあるのだろう。

 

「そうは言っても私たちの活動はあくまで『トールズ士官学院』のものだ。鉄道憲兵隊などが入ってくる余地はあまりない……と思いたいがね」

「フラグだろそれ」

 

クロウのツッコミに、それが予知じゃないといいけれど、何て思いながらサンドイッチを食べ終える。目の前に座るみんなと笑うクロウをそっと眺めてみるけれど、一週間ほど前に理解した自分の感情がおそらく幻ではないことを確認する結果になった。ときめいてしまった。

けれどそれは平常ではないと言うことだ。こんな精神状態でリンク繋げるだろうか。もしそれだけでまろび出てしまったらどうしよう。そんな危惧が隣り合わせで心に囁いてくる。

 

「どうした、列車酔いでもしたか?」

 

私の視線に気が付いたのか、クロウの赤い瞳が疑問を投げかけてきた。

 

「ううん、ただ課外活動で行く最後の街が一番大きいなって。楽しみ半分、怖さ半分だよ」

 

この活動中に今まで行った中で一番大きいのはグレンヴィル市だったけれどルーレはそれを遥かに凌駕する大都市だ。だからこの返答はきっと不自然じゃない。

そう誤魔化して、私は窓の外に視線を移した。ルーレには22時頃に着く。

 

 

 

 

『本日はルーレ方面行き特別急行列車をご利用頂き、誠にありがとうございました。──次は終点、ルーレです。どなた様もお忘れ物の無いよう、よろしくお願いいたします』

 

 

 

 

到着する頃にはとっぷりと日が暮れていて、車内販売のお弁当で夕食も済ませてあるしもう今日は寝るだけだな、と考えながらアンに続く形でルーレへ降り立ってびっくりした。駅前にあるRF社の直営店だろう店が、いま、まさに、閉店作業をしているのが見えたからだ。夜中にカウントをしていいだろう22時にそんなことをしている店を私は今まで見たことがない。   

驚いて見渡してみるとこの街は二階層構造の街のようで、街の上に街が建造されているのが見て取れる。単純表面積が他の都市と比べて少なくとも1.5倍ほどにはなるということだ。いやこれは雑な計算だけれど。

そして街の中心に聳え立つ鋼鉄の建物はRFの看板を掲げていることから、あれがかの本社なのだろうという推測が立てられた。街の象徴のような位置に立っている。

腰から導力カメラを取り出しその威容を撮影した。夜景だけれど上手く現像できるだろうか。

 

「驚いたかい?」

「うん……びっくりした」

「いや、帝都より規格外だろ」

「アンちゃんが言葉を濁したのよくわかるかなあ」

 

私とクロウとトワが並んで街を見上げていると、アンの言葉が聞こえてきたので返答する。いや本当に。人口としては帝都の方が数倍上なのだろうけれど、あそこは歴史的街並みがあることもあって、ある種の雑然とした雰囲気が残る場所も多々見受けられるのだ。

けれどこの街は違う。完全なる計画都市で、機能美が敷き詰められている。そして何より、都市全体が『まだ起きている』。ようやく今から眠りにつこうという気配が漂っているけれど、何というか、歓楽街ではなくこういう状況になっている街というのが不思議でならない。

 

「私の実家は上階にある。そこのエスカレーターを使おう」

 

えすかれーたー。聞き慣れない単語だけれど、アンが進み始めた先を見るにおそらくあの動く階段のようなもののこと、だろう、たぶん。

 

「ステップに足だけを持って行かれないよう気をつけるといい」

 

そんなアドバイスを聞きながら、動く持ち手に手をかけ導かれるようにステップを踏む。うわ。向かう途中、見ていればどういうものかは理解をして心構えもしたけれど、何というか、自分が動いていないのに位置が高さが動いていくというのは、奇妙な感覚しかない。

 

「す、すごいね。これもルーレの技術なの?」

 

動く階段もそうだけれど、同速度で見事に動く持ち手も素晴らしい。少しでも速度が違えばうっかり掴んだまま転んでしまう人も出てくるだろうに、制御が完璧でないとこうはならないはずだ。

私の疑問にはジョルジュが口を開いてくれた。

 

「元々はリベールの工房都市が最初だね。そこへ行ったRFの技術者の方が感銘を受けてルーレにもエスカレーターを、と研究したんだよ」

 

リベール。帝国の南にありタイタス門を抜けた先にある君主制の王政国家だったか。規模としてはそれほど大きいとはいえないれけど、帝国・共和国という二大国家と国境を接しつつそれなりに国交も安定していることから、政治の基盤が安定しているのだろうと思う。そしてそうか。リベールにはあのツァイス中央工房があるのだ。

 

「それで作っちゃうってすごいねえ」

「全くだぜ」

「そろそろエスカレーターも終わる。トワ、手を」

「あ、うん。ありがとう、アンちゃん」

 

速度の変化時が危ない、ということなのかアンがトワの手を取りするりと降り際をエスコートする。その足元を観察して私も危なげなく上階へ降り立った。エスカレーターの出口から少しはけ、正面にあったRFの建物を見る。上を見ようとすると首が痛くなりそうだ。その横にある大聖堂も立派なものの筈なのに、小さく思えてしまう。相対というものは残酷だなぁと思った。

 

「……RF本社はまだ開いてるの?」

「RFのロビーは23時過ぎまで開いてるよ」

 

煌々と明るい建物の入口を眺めて呟くと、ジョルジュがそっと教えてくれる。23時過ぎ。えっ。23時過ぎ?イマイチ理解がしきれなくて、少し考えてそういう場所なんだろうと知識として刻むことで納得を諦めた。夜眠らない街、というわけではないのだろうと思うけれど、それでも今まで見てきた中で一番奇妙な街だなという印象がまず根付いてしまった。

友人の故郷にする評価ではないかも知れない。

 

アンに先導されながら歩いていく中で、後ろを振り返って街を眺める。上階の足場の影が下階に落ち、開けた中央広場の向こうにある通りは少しだけ暗い森の淵を思い出してしまい、その気配を振り切るように四人を追いかけた。

 

ログナー侯爵家館の入口にいるオレンジ色の領邦軍制服を着た方々が、アンゼリカお嬢様!と敬礼をするので、ああ本当に貴族なのだなぁとしみじみする。そしてどうやらログナー侯はお忙しい方のようで今日の目通りは叶わなかった。少しほっとしてしまったけれど、一度も顔を合わせないということもなかろうので、その間に心の準備をしておきたい。

客間はいろいろ事前に整えられたのか、三人部屋と二人部屋が隣同士に用意されていた。アンは自分の部屋を使わないのだろうかと首を傾げたけれど、大きな館だから合流だけで時間がロストしそうだなと内心一人頷く。合理的だ。

 

 

 

 

1203/09/27(日) 朝

 

朝起きると既にトワは起きていて、おはよう、と声をかけるとおなじように返してくれる。アンはまだ寝ているけれど起こさなくても適当に起きてくるだろう。

着替える前にベランダに面した窓に近付いてカーテンの隙間からそっと外へ出てみると、さすがに侯爵家館は眺めがいい場所に建てられているのか、カラブリア丘陵が一面に広がっているのが見えた。九月も末なので少しずつ赤みが差している自然の光景は美しく、これをいただく形で館が建てられた理由もわかるな、と得心した。アイゼンガルド連峰も近いここなら冬になれば雪も降るだろうし、季節折々の姿が一望できるというのはなかなかに贅沢なことだろうと。

 

朝ということもあって肌寒さに部屋へ戻るとアンもベッドで上体を起こしているのが見える。朝の挨拶を交わして私も着替え始めた。さすがに動き始めたら暑いとは思うけれど腕まくりはやめておこう、としっかり上着に腕を通す。

 

「朝食の後に一旦戻ってきて準備するよね」

「武器を預けておいて玄関口で受け取っても構わないけれど」

「それが出来るならそうした方がいいかもねえ」

 

知らない相手に武器を預けるというのはあまり気は進まないけれど、アンの実家だし変なことにはならないだろうと思う。それに課題がどんなものなのか不明ということもあって時間を無駄にするのは良くない。

一応こちらの結論は出したけれど男性陣にも判断を仰いでから決定になるだろう。

 

鞄を整理しながら装備の確認をしていると、アンが白い制服を着終えたところが目に入る。片目を瞑り両手でフレーム作ってそれを収めてみると、しっくり来た。

 

「どうしたんだい、セリ」

「んー、いややっぱり君って貴族なんだなぁって。嫌味でなくね」

 

壁紙や柱の造り、調度品など諸々の要素を背景にしたこの一枚に違和感なく収まっている。それは本人が持つ雰囲気にかなり左右されるものだから、生まれ持ったものや培ったものが『そう』であるということだと思う。

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

そう言われるということは、私の言葉は何か失言だったのだろう。けれどここでそれを謝ると流してくれた彼女の気持ちを更に蔑ろにしてしまうことになると考えて、ありがとう、と感謝を述べた。

 

 

 

 

そうして朝食はいわゆる帝国風ブレックファーストが並べられた。サラダ、ベーコン、目玉焼き、トーストにコンソメスープ。個人の嗜好に合わせて珈琲紅茶その他まで。

さすがに目玉焼きは個別に焼き加減が調整されているものではなかったけれど、おそらく要望を出したりしたら次からはそれが対個人用のデフォルトとなるのだろうことは想像に難くない。

口に運ぶとシンプルなのにどれもこれも美味しくて、自分が同じものを作ってもこうは行かないだろうな、とプロの凄さを思い知った。

 

「あ~、珈琲美味いな」

 

朝食の終わり際、ハートマークでもつきそうな声でクロウがそう言う。私も珈琲にミルクをつける形で頼んだけれど、うん、本当に香りがよく苦味と酸味のバランスがいい感じにまとまっているように感じた。

 

「お嬢様、こちらをお持ち致しました」

「おや、親父殿はそれほどまでに忙しいのかな」

 

昨日も出迎えてくださった執事長だろう方が封筒をアンへ手渡す。

 

「そのことについては私の口からは何も申せません」

「……なるほど、理解した。ありがとう」

 

今のやりとりの間にどれだけの情報量があったのだろうか、と平民ながら愚考する。顔を出さない代わりに、ある程度のやんちゃなら見逃してくれるという話なのだろうか。いやイレギュラーが起きるような事態にはやっぱり今回もなりたくないけれど。

 

軽いため息と共にアンが封筒の口を開ける。さすがにこの空気の中でぞろぞろ立ち上がるのも憚られたので、彼女が口頭で内容を読み上げてくれた。

 

・ARCUSのバージョンアップ

・特殊精製した金属による武器の耐久試験

・カラブリア間道にいる魔獣の討伐

 

「……ARCUSのバージョンアップ?」

「ああ、それに関しては僕の方にも連絡が入ってる。どうも大型らしくて個人の工房規模だと対応出来ないらしいんだ」

 

そもそも課外活動も一旦終わるというのに、いいのだろうか。まあいいというのだからいいのだろう。問題なく全端末に組み込めるかどうか、というのも試験運用の一環だろうので。ARCUSは使用者本人と同期する。つまり内部データが個々でかなり異なるという性質を持つため、こういうアップデートの可能不可能や問題点も今のうちに洗い出しておきたいというのはわかる。導力学で軽いプログラミングをした程度の人間が何を、という生意気さではあるけれど。

 

「武器の耐久試験の方は……工科大学のようだね。ジョルジュ?」

「そっちの方は僕も知らないかな。行ってみればわかると思うけど」

「魔獣に関しては武器を受け取ってからの方が無駄がなさそうだねえ」

「そうだな。しっかし最後にしては簡単つうかなんつうか」

 

そんな風にいつも通りのみんなの掛け合いを珈琲飲みながらぼんやりと眺める。こんなやりとりも、もう、今日が最後なのかと。それが少し寂しくて、でも、まあ別に会えなくなるわけじゃないものな、と自分を納得させる。うん。たぶん。……そうだといいなぁ。

 

「セリちゃん、どうかした?」

「ん? ううん、なんでも」

 

まさか今日が終わるのが寂しくてすこしセンチメンタルになっていた、なんて言えるはずもない。ああ、だけどこのチームが解散したら、クロウと戦術リンクを組むことも、こうやって何気ない姿を盗み見て心臓がぎゅっとすることも、少なくなるんだろうと思う。

それなら、ちゃんと最後まで仕事をやり切るから、君の前衛という立場でいたい。昨日は感情が転び出てしまうことを考えていたけれど、やっぱり、最後の最後まで繋がっていたいんだ。なんて私利私欲なんだろう。それでもどうか。

 

 

 

 

そうしてRF社に訪れトールズ士官学院の者ですが、と受付で告げたところ第四開発部門にお回りください、と鍵を渡された。エレベーターという上下階を移動する導力器の中にあるスイッチには蓋がついていて、鍵でそれを開けることである程度移動を制限出来る、ということらしい。

かなり物理的だけれど、いつかはこれももっと便利になるんだろうなと思った。……差した鍵によって押せるボタンが制御されるとか。なんか煩雑な気がする。まあいいか。

 

そんなことを考えているとすこし気の抜けるような音ともに扉が開き、白衣を着た男性に迎えられそのまま応接室へ通される。導力通信技術や戦術導力器を主に研究テーマとする第四開発部門の主任を務めるヨハンという方のようだ。

曰く、今回のアップデートは7月のレポートが関与しているらしく、『敵性霊体に戦術リンクがハックされた』ことから精神防護機能をつけようとしていたと。さらりと述べられたけれどだいぶ高度な技術の話をされているのではなかろうか。

 

「君たちが実際のレポートを上げてくれた人たちだね」

 

柔和な笑みで問いかけられるので、はい、と二人で頷く。

 

「ARCUSは現在我々が一番力を入れている研究テーマのひとつだ。危ない目に遭った君たちにこういう言葉をかけるのは間違っているかもしれないが、あのレポートは大きな一歩だった。ありがとう」

「──いえ、そう言っていただければ私たちも報われます。正規軍の方々や後進たちが危機に陥る可能性が低くなった、ということでしょうし」

 

そう声をかけながら、例のことを思い出す。戦術導力器ARCUSの適性の話を。いやまさか、こんな一介の学生に頭を下げてくれる方がそんな条件を施すわけないと、思い、たくて、やっぱりまた見て見ぬフリをした。

 

「さて、そういうワケでARCUSを暫く預からせて欲しいんだ。ルーレからトールズには有線の導力ケーブルはまだ直接通っていないし、中継機を置いて無線で飛ばすにも結構データが大きくてね。破損なく送信が出来るのか少し危ういため君たちに来てもらった、というわけさ」

 

導力ネットもまだまだ発展途上の技術ということだろう。

 

「わかりました。アップデートはどれくらいで終わりますか?」

 

トワがARCUSを腰のポーチから取り出しながら問いかけるので、私たちもガチャガチャと自身のARCUSを卓上へ。こうして並べてみると整備はジョルジュがやってくれているとはいえその頻度の違いや、所々傷がついている箇所の差異などが見えて、ARCUS自体の個性に何だか微笑ましくなった。

 

「2時間ほどは見てほしいかな。こちらの通信機を渡しておくから、終わったらそちらに連絡するよ。街の中であれば基本繋がると思うから間道へ出るのは控えてほしい。まあ出ないとは思うが」

「わかりました。お預かりします」

 

ARCUSがなくても学院に入る前はどうにかなっていたので、ある程度なら戦えはするだろうけれどそれも所詮ある程度までだ。ARCUS前提で出されている課題などにはさすがに突貫出来ない。

 

そのままARCUSは回収され、私たちは鍵を受付に戻してRF本社を出る。さてどうしよう。

 

「つまり2時間くらいルーレを観光してろってことだよな」

「あ、でも先に武器だけ取りに行っちゃおうか?」

「それもそうだね。工科大学ならこっちだ」

 

明るくなったルーレは昨日とはまた全然違う風景で、いろんな顔がある街だなと思う。幾重にも積み重なっているように見えるような階層構造の街。音からしてたぶんまだ増改築が繰り返されているのだろう。

 

「うっかりすると迷子になりそう」

「実際、生まれも育ちもルーレである私の友人でさえ今でも迷ったりしているらしい」

「うへ、昨日のクロウじゃないけどやっぱ規格外だね」

 

一番最初に来ていたらびっくりしすぎて目を回していたかもしれない。帝国各地を、特に帝都やクロスベルを先に見ていて良かったと思う。まあ足元に何かの気配があるというのは少し落ち着かないところではあるけれど。

 

 

 

 

暫く歩いたところで工科大学に到着しジョルジュを先頭にして入ったところで、ロビーのソファで頭を抱えていた工科大学生だろう男性二人が顔を上げ、こちらを見るなりその表情を明るいものにした。

 

「ジョルジュ!」

「わ、先輩方。お久しぶりです」

「おいおい、こっちに戻ってきたのか。どうした?ようやく編入か?」

「いえトールズの仲間と課外活動です」

 

苦笑しながら絡まれても満更ではない顔をしているジョルジュが何だか珍しくて、少し可愛いと思ってしまった。何だか親戚のお兄さんに絡まれているみたいで。

 

「おお、君たちが。ジョルジュは凄いやつだろ?」

「はい、いつも助けてもらってますっ」

 

トワが両の拳を握りしめてそう力説すると、驚いた表情でジョルジュの先輩たちが首を傾げる。あ、何が飛び出してくるかわかってしまった。別に私がそう思っているわけでは決してないけれど。

 

「トールズは飛び級も採用してるのか」

「いえ、先輩。彼女は僕と同い年です」

「マジか。いやすまん!」

「い、いえ、慣れてますから」

 

慣れているからといって失礼を許さなければならないわけではないけれど、まぁトワはそう言ってしまうよな、と内心嘆息する。

 

「それじゃあちょっと受付に行ってきます」

「おう、行ってら行ってら~」

 

六人でジョルジュを見送り、クロウが参考資料を横に積み上げ何か論文のようなものが広げてられている机に近づいてそれを見下ろす。

 

「で、これは書かなくていいのか?」

「……書けない時に無理に書いても仕方ないという戦略的撤退をだな」

 

それは大学生としてよろしくないのではなかろうか。

 

「じゃあやることは一つ、息抜きだな」

 

そう言って腰のポーチから取り出されるカードの束。あの赤い色はブレードだ。いや、鉄道の旅の暇つぶしに持ってきているんだろうそれを、なんで大半の荷物を館に置いてきているはずの今現在当たり前のように身につけているのか疑問しかない。もしかして今までも持ち歩いていたんだろうか。

 

「息抜き、いいな! カードゲームか」

「よし、やろうやろう、机の上片付けるな!」

 

そしてそれに乗ってしまうのか。まぁ別にいいのだけれど。こうして遊んでいても実はちゃんとスケジュール管理しているとかかもしれないし。……しているといいなぁ。私が気にすることではないのはわかっていても気になってしまうのは性分かもしれない。

そんなことを考えていたら受付から困った顔のジョルジュが戻ってくる。

 

「ごめん、依頼くれた教授呼び出してもらってるんだけど没頭してるのか連絡が取れないから直接行ってくるよ……クロウも遊び始めてるみたいだし」

「まあここだとままあることだね。私たちはここで待つことにしよう」

「うん、行ってらっしゃいジョルジュ君」

 

手を振って中へ入っていくジョルジュを見送る。

さて、どうしようかな。ロビーを見ていると掲示板のようなものがあったのでとりあえずそちらに歩いていく。大学側から学生へのお知らせを始めとして、学生主導の企画案内や、人手が足りないから特定日時にどこそこへ集合で謝礼は出席点1などそれはいいのかみたいなものまで。

トールズも結構好きにさせてくれていると思うけれど、技術のある人たちが好きにすると本当に行動力があって楽しそうだなと感じた。いわゆる一見役に立たなそうでも基礎研究というのはそういうものだと思うので、やっぱり遊びも大事なのかな、と腕を組んで考えてみたり。

 

結構な時間を潰してくれた掲示板から興味を移し、陰からそっとさっきブレードを誘われていた二人の方に視線をやる。どうやらクロウが勝ち続けているようで笑顔だ。あどけないああいう顔がかわいい。その思考にすこしだけ心臓の上に手を当てて、小さく深呼吸をする。意識したら直ぐに跳ねてしまうこの心臓を最近頻繁に取り替えたいと考えてしまう。もうすこし落ち着きというものを持って欲しい。

 

「セリちゃん?」

「ん!? な、なに?」

 

意識が前方に集中していて後ろにいるトワに気が払えていなかった。不覚。痛恨のミス。

 

「ジョルジュ君が帰ってきたみたいだよ、って。何か見てたの?」

「あー、クロウがアコギに初心者相手に賭けブレードしてるなー、って」

「えっ、クロウ君そんなことしてるの!」

 

ぽこぽこっ、と怒った擬音語でもつきそうなトワがソファの方へ行く。話題逸らせたかな、と胸を撫で下ろしたところで帰ってきたらしいジョルジュと合流した。

 

 

 

 

「……基本構造は変わらない?」

「重心その他はデータとして送っておいたからね」

「ふむ、握りとしての違和感は私の方は直ぐに慣れそうだが」

 

ジョルジュが預かってきた武器は金属精製ということもあって、前衛勢が普段使う武器に寄せた形をしていた。大学入口の前庭部分で少し取り出してくるりと片手剣を振ってみる。

 

「体感で風を斬りやすいから、これがどう影響してくるかってところかな」

 

とはいえあんまり振り回しても物騒なのでほどほどにして腰に収め評する。あとは魔獣とやりあってどれだけ出来るかだ。硬度も使い勝手もわからないので元々の剣を置いていくわけにもいかないのが少し面倒な気もするけれど、まぁどうにでもなるか。

 

「新しい武器いいよなー」

「まあまあ、私とクロウ君は銃だもんね」

 

そうは言ってもシャーシ部分が置き換わったら熱伝導率も変わるだろうので、それはそれで研究対象だと思うけどたぶんタイミングの問題なんだろうなと。

 

「そんじゃ今度こそ観光行くか」

 

ポーチから懐中時計を引き出して時間を見るとあれから45分ほど経過したぐらいらしい。

 

「それは構わないが、今からだと下階の中央広場をすこし見て回るくらいしか出来ないな」

 

私の時計を覗いて見下ろしたアンがそう言う。

 

「あ、それならRFストアみたい。最新の導力器が揃ってるんだよね」

「ああ、あそこもルーレならではと言えるだろう」

「クロウやトワもそれで大丈夫かい?」

 

二人ともアンの言葉に惹かれてくれたのか特に異論もなく今度は大学近くのエレベーターを使って下へ降り、日陰から光射す中央広場方面へ。足元になんか不思議な気配を覚えつつ、硝子の自動ドアにこれまた驚いてしまいクロウに笑われつつ入店する。先月でわかっていると思うけれど私は田舎者なのであんまり笑わないでほしい!

 

まぁいいか、と日曜だからか人が多くて少し息が詰まるけれど、きょろりきょろりと店内を眺めていると導力楽器のコーナーにピアノを模したものが見えたのでふらふらと寄っていく。鍵盤の一つを押すとARCUS越しに音楽を聞いた時のような音がする。ポンポンポン、と鍵盤を順番に押していくと音はアレだけれど音階としてはピアノと同じようで、軽く腕まくりをして短い曲を奏でてみる。うん、案外これは、いいのでは。

導力で音を出しているってことは調律も基本的に不要ということだろうし。小さいから家庭にも置きやすく、音の大きさも調整できるから集合住宅でも使いやすい。音の違いはあるからピアノが全てとって変わられることはないだろうけれどこういうのもあるのか、と感心しきりになってしまう。

 

「なんだ、お前キーボードやれんのか?」

 

肩越しにクロウが覗いてきてびっくり、して、しまったけれど、それを悟られるのはなんか癪だったのでそっと心臓を落ち着かせる。

 

「うん。ティルフィルはピアノも作ってるし、叔母さん叔父さんどっちも弾けるからね」

「マジかよ。……しかしなるほどな」

 

うんうん、と頷いて歩いていくクロウは何か考えているようで、残された私は首を傾げるだけだった。なんだろう。まぁいいか。

そうして広い店内でトワが持つ通信機が鳴り響くまで、私たちは最新導力器を楽しんだ。

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