[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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09/27 第六回特殊課外活動2

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1203/09/27(日) 昼前

 

「はい、というわけでバージョンアップが終わったARCUSがこちら」

 

渡されたARCUSは細かい整備もしてくださったのか綺麗になって返ってきた。いや貸与品ではあるのだけれど、それでも通信機などの共通機能でなければ本人以外は使えないオーダーメイド品なので『自分の』という意識は確かにある。

 

「それとセリさんにはこの外部パーツのレポートもお願いしたく」

「え?」

 

取り出されたトレーの上にあったのはひっかけるようなフックのついた小さな機械、のような。……。

まさか、と見下ろしていた顔をあげると頷かれたので手に取って片耳につけてみる。するとARCUSの通信音が響いて端末を操作したら、ああ繋がりましたね、と知らない人の声がした。おそらく技術者の方がテスト発信をしてくれたのだろう。

ぱたん、とARCUSを閉じてみる。向こうとは繋がったままのような気配。

 

「こ、これこのまま今話せているんですか……?」

『はい、きちんと聴こえておりますよ』

 

切望していた耳介装着型通信機だ!いや、おそらくこの導力器ひとつで通信が可能にされているわけではないのと思うのだけれど、それでも、それでも大層画期的なアタッチメントには違いない。テスト通信切ります、という言葉とともに通信が切断され、私も耳からそれを外す。

 

「これ、なんで」

「いやー、5月にレポート頂いてから大変お待たせしました。こんな終盤に渡すことになって申し訳ない限りですよ。人数分量産出来たらよかったのですけど、希少金属を使っているのとARCUS本体との相性もありましてね。取り敢えずセリさんのにだけ送受信回路を組み込ませてもらいました」

「ありがとうございます!」

 

今日で課外活動が一旦の終わりとはいえ、こうして開発してくださったのならきちんとレポートをあげてフィードバックをしたい。試験運用チームが解散になったとしてもARCUSは所持したままにしてもらえるよう掛け合うべきだろうか。

 

「新しいオモチャ貰ったガキみてーだな」

「い、いいじゃん」

 

クロウに笑われたけれど、でも本当に嬉しいのだから仕方がない。これさえあれば両手を空けたまま偵察が出来る。保持することに気を払わなくて良くなる。……問題は今回の案件に偵察が必要そうなものがないということなのだけれど。

 

「それでは、ありがたくお預かりいたします」

 

現状できる精一杯の感情を込めて、ヨハン主任殿に頭を下げた。

 

そうしてRF本社から出て、それじゃあカラブリア間道の方へ魔獣と戦闘しつつ向かうかということで下階へ降りたときに、やっぱり下に何かの気配を感じた。うーん、と首を傾げて何かに似ているなと考えたところでピンとくる。帝都と似ているんだこれ。たしかあそこも暗黒時代の地下水道が張り巡らされているとか聞いたのでルーレもそういう街なんだなぁと。

確かに工場がたくさんあるので排水とかそういうのにも気を遣わなければならないものな。

 

 

 

 

「行け!」

「……っ」

 

クロウの氷結弾で翅を封じられた巨大クマンバを駆け上がる。喚くように物を言うように私の足を引っ張ろうとする多脚を蹴り切って、その眉間に剣を深々と突き刺した。ぶよぶよしたその身体が光となっていくところから自由落下し、着地する。息をゆっくり吐き終えて剣を腰に収めると足音。

 

「おつかれさん」

 

言葉と共に掲げられた手に眩しさを覚えながら、おなじように私も手を掲げて小気味いい音を出した。

 

 

 

 

そんなこんなでカラブリア間道での武器耐久確認用の戦闘規定回数も魔獣討伐もスムーズに終わり、それでもまだ陽は高い。14時。帰ったら昼食にするだろうけれど、その後はどうなるだろう。帰るか、観光か。今から直ぐに帰っても20時ぐらいにはなってしまうので本来であれば直ぐに鉄道に乗るべきかもしれない。でもここまで来たなら。

 

「そうだ、アンの家ってルーレの管理者なんだよね」

「うん? ああそうだね」

「じゃあさ、ちょっと地下道見せてもらえないかなー、って。職権濫用かな」

 

帝都の地下水道も正直見てみたいのだけれど、コネも何もないしさすがに勝手に鍵を外して侵入するのは違法なので諦めている。でも街の各所に走っているというのに誰も全貌を把握出来ていない地下水道なんてそんなの歩測してめちゃくちゃ地図作りたくなっちゃうじゃん、と思うのだけれどどうだろうな。

まあルーレは計画都市なのできちんとした設計図があるだろうけれど。

 

「……セリ、ルーレに地下道はない」

「えっ」

 

しかし告げられた言葉は無情なものだった。

じゃあ勘違いかな、とこうべを垂れたところでガツリと両肩を掴まれる。久しぶりに真正面で捉えたアンの空のような瞳には、今まで見た中でもかなり上位に入る警戒の色が見えた。

 

「それは、どこで感じた?」

「え、いや、中央広場辺りには結構はっきり感じたけど勘違いかもしれないし」

「セリの空間把握能力……いや、気配察知能力は正直僕らが出会ってきた誰よりも優れている。だからキミがそう言うならそうなんだろう」

 

そう信頼を置いてくれるのは嬉しいけど、4月にトワの気配を妙なものだと勘違いしているところもあったからなぁと一人で反省のしどころを思い出してしまう。いや、あの時よりはもちろん自分でも上達していると思うけれど。

 

「つーかアパートの下の階とかじゃなくて地下まで察知範囲かよ。バケモンだな」

「あー、実はちょっと感知範囲広げてたから若干人酔いはしてた」

「へえ?」

 

人の多いところだと基本かなり範囲を狭めているのだけれど、それだと狭めている分近くにいるクロウの気配を如実に感じてしまうので広げていたのだ。だからその分個人認識が薄くなり今日は人に驚くことが多かった。いやまさか、こんなことになるとは思っていなかったけれど。

 

「アンちゃんとジョルジュ君の反応的に、許可のない地下道が掘られている可能性がある、ってことだよね」

「まあ私が知らない間に地下道計画が持ち上がっていた可能性は大いにあり得るから確認は必要だろうけれどね。私が首を突っ込んではいけない話なら親父殿ないしは誰かが止めるだろう」

 

斥候の役目とはいえいつも何かトラブルの種を感知してしまって申し訳ないなぁ、とほんの少し勝手に気まずくなってしまう。まぁ今回は本当に私のせいではないんだけれど。

 

「方針としてはアンちゃんがお家の方に行っている間にセリちゃんが穴の端っこを探す感じ?」

「アンだけ家に向かうのもアレだし、チーム分割するかい?」

「するならルーレ民のジョルジュはこっちに欲しいな」

 

さすがに地下道に意識を集めたら絶対に外のことが疎かになると思うしつまり迷子になって合流出来なくなる可能性がある。それだけは絶対に嫌だ。そしてこのルーレの恐ろしいところは迷子になった時の最終手段として屋根に登ればいいじゃないかが出来ない。いやしないけど。したことはないけれど。考えたことはちょっとある。

 

「じゃあトワは私の方だからクロウはそっちか」

「話し合うってことを知らねえのかお前」

「別に構わないだろう?」

「構わねえことと意思確認しなくていいことは別だろ」

 

相変わらずのクロウとアンのやりとりを聞きつつさっきの感覚を思い出す。本当に、結構地下深かかったのだ。だからイマイチ自分の感覚に自信が持てないのだけれど、私の能力を信じてくれる仲間の言葉は信じようと思う。

 

そうこうしている間にルーレへ帰ってきて飛行船の発着場を横目に見ながら東口に入る。中央広場へ戻ると人はまばらで、ああこれなら大丈夫かなとホッとする。トワとアンに荷物になっていた元々の剣を預けつつ送り出した私たちは中央広場、帝都の地下水道のことを思い出した場所まで移動する。

うーん、今はやっぱりすこし感覚が遠い。もしかしたらあの瞬間何かがいたのかもしれない。

 

「空洞はあるような気がするけど、今はすっごく感覚として遠いからこれを延々と辿るとなると私が使い物にならなくなるかも」

「ああ、そうだね。集中力の問題か」

 

穴の端を探した後にもしかしたら中を探索する可能性を考慮すると自分が潰れるのはあんまりよくないだろう。とは言ってもこのまま強行するしか現状方法ないので一応気に留めておいてもらいたい程度の話だ。

 

「────いや、ちょっと待っててくれるかい二人とも」

 

けれど何かを思いついたのか私たちが返答をする前にジョルジュは動き出し、上階へ続くエスカレーターを駆け上がっていく。足音的に工科大学方面だろうか。

 

「……ベンチ座っとくか?」

「そうしようか」

 

腰に帯びていた剣を外し足の間に挟みながらベンチに座る。深く息を吐いて感知範囲を本当に自分の周りだけにして目を閉じた。もしこのまま探すなら脳を酷使するから少しでも情報を遮断しておきたい。

すると隣に座られる気配がないので、何かあったのかなと見上げたら掌で視界を塞がれる。

 

「ちょっくら散歩してくっけど気にしなくていいぜ。あと生命線だってこと忘れんなよ」

 

瞼にあった体温が離れていく。いきなりの光に目が眩みつつクロウを目で追いかけようとしたけれど、いやまぁいいか、と言われた通り瞼をまた下ろしてゆるやかな呼吸を心がけた。

 

 

 

 

「セリ」

 

名前を呼ばれて瞼を開けて顔をあげると先ほどどこかへ歩いて行ったクロウが立っている。……。何だかこの場を離れる前にはしていなかった美味しそうな気配がして少し首を傾げてしまった。もしかして、と疑いかけたところで茶色い紙袋が差し出される。よく見ると油の染みが。

 

「腹減ってんだろ。雰囲気に流されて飯食う感じじゃなかったからな」

「……ありがとう」

 

支えていた剣を太腿で挟みきって両手を出してみると紙袋をぽすんと置かれるので、そのまま下ろして折り閉じられた口を開けると美味しそうな揚げ物のにおいが広がった。取り出してみると薄めのチキンフライが出てきて、まだあったかい。美味しそうでごくりと喉がなる。

隣に座ったクロウの方を見ると、揚げたてらしいからとっとと食っちまえよ、と言われたのでいただきますと断ってから、さくり、一口。

 

「……!」

 

カリカリな端っこの香ばしさとスパイシーさが絶妙でなるほどこの薄さはこれのために、と瞬間的に理解した。ジューシーさは薄いけれどこのちょっとジャンクな感じがたまらない。寮でも試してみようかな。普通に揚げてもこうはならないだろうので何事も研究だ。

あっという間に一枚食べ終わってしまったので紙袋の中身を見ると更に二枚残っている。

 

「全部食えんだろ」

 

横目で見てすらいないのに思考を先読みされたかのような言葉が落ちてくる。私そんなに他の人を押し除けてまでご飯足りないみたいな感じだろうか。かなり普通だと思うけど。動いていればお腹空くのは仕方がないし。

まぁでもここで固辞しても仕方ない、とさっくりと残りも食べ終えた。

 

「ごちそうさまでした。ありがとう、結構しっかりお腹空いてたみたい」

「探してる最中に燃料切れになっても困るしな」

 

……いや、最中、は、たぶん大丈夫だと思う。気付かないので。事実差し出されるまで忘れられていたし。但し終わった時に更にひどいことにはなるかもしれないけれど。そういう意味で未来の私はクロウに助けられた。

 

「クロウにはなんでもお見通しだなぁ」

 

もしかしたらこの感情も既に見透かされているとかもあるかもしれない。それでもクロウなら気付いていると気取られずにいつも通り過ごせというか、たまにそういうちょっとした底知れなさが僅かに覗く気がするというか。気のせいかも知れないけれど。

 

「どうだろうな、わかんねえことばっかりだろ」

 

軽口で肯定を返されると思っていたのにそんな返答にすこし驚いて横を見ると、そこには私の知らないクロウの横顔があった。何を見ているんだろう。

 

「クロ──」

「ああ、二人ともお待たせ!」

 

その声に顔をあげると汗だくのジョルジュが台車で何やらを運んできた。積載されているのは箱のようなものとそれに繋がれた……何だろう、形容し難いものがついている。アイロンの鉄ゴテ部分を丸くしたような。取っ手がついているところも似ている気がする。

立ち上がってセッティングを眺めていると、箱はモニタっぽい。推測するにこの丸アイロンみたいなものが取得した情報をそれに表示するのだろう。

 

「先輩に無理言って研究中の導力器を借りてきたんだ」

「ってことは最新技術か」

「どういうものかは見てもらった方が早いかな。セリ、この近辺で地下がありそうな場所は?」

「エスカレーターの下かな」

「よしわかった」

 

言いながら私たちの足元に取っ手のついたそれを当てて起動する。けれどモニタに表示されたのはたまに上下に僅かにブレる横棒一本だけだ。うんうん、と満足そうな顔をしたジョルジュが台車を移動させ始め、何をしたいかはわかったので先導する。するとやはりジョルジュは同じように手順を踏む。すると。

 

「あれ、途中からブレが出始めたね」

「これは波を出すことで地中探査をするモノなんだ」

「あ、つまり」

「波の反射で空洞があるかどうか確定出来るってことだな」

「そういうこと」

 

紛うことなく物理学だ。学問が技術と紐づいて形になる。こういうのを目の当たりにすると実に面白いのでルーレにはまた来たいなと思う。まぁ今はこっちの案件に集中するべきだけれど。

 

くだんの地中探査機は工事の前段階としての地質調査などに使われるものの一種なのだろうけれど、こと今回に限っていえば百人力にも等しいものだ。私がそこまで集中しなくても足元にある違和感だけを追っていけばそれを確定情報に出来る機械があるというのは、自分の感覚からしたら革命といってもいい。

 

「ありがとう、これなら何とかなりそう」

 

さて、じゃあ探索を開始しようと視線を道の向こうにやったところでジョルジュのARCUSが鳴り始め、通信に出ると同時にスピーカーモードへ。耳を傾けると館へ向かっていたアンとトワからのもので、端的に言えばそういった事業計画は現状ない、という見解がなされたらしい。これで介入する憂いは無くなった。

 

通信が切られ、二人とも、と声をかけてきたジョルジュの瞳からは柔和さが消えている。

 

「ルーレは、僕にとっても大事な街なんだ。そして」

「みなまで言うなよ、ジョルジュ」

「うん、そうだね」

 

彼女が育ち、彼女を慈しんだ街だ。私たちの大切な仲間の。

 

「行こう」

 

 

 

 

鋼都ルーレは、ルーレ工科大学の学生が街中で実験をしている姿がよく見られるせいか、はたまたいまだに増改築が繰り返されているせいか、私たちの行動は案外と『ああいつものか』といった視線であまり注目されなかった。それが結果的には良かったと思う。

中央広場の気配はエスカレーターの下を潜っていきそうなものと、別方面へ繋がりそうなものがあったので、とりあえず地上から辿っていけそうな方へ足を進めることに。

 

時折建物に阻まれたりしてその周囲を探ったりしながら、途中で屋敷の方へ行っていた二人が合流しつつ工場街を抜け屋台で昼食兼おやつのようなものを買ったりして、とうとう西口に着く。

 

「気配は街の外まで?」

「うん、続いてるね」

「スピナ間道は狭い道が多いけれど起伏も大きい場所だ。それにユミルへ行くなら支線が通っているから人通りも昨今は少なくなってる」

「つまり疚しいことを隠すなら持ってこいってことだな」

 

ここまでようやく来られたことに深い息を吐く。街の中ならともかく、間道ならとりあえず脇道を気にしながら歩いていく形の捜索で大丈夫だろう。

 

「お疲れ、セリ」

 

背中を軽くアンに叩かれて、ジョルジュのおかげでだいぶ楽はできたよと笑っておく。

気配感知範囲を調整しつつ街の外に出たところで、何やら思案げなトワが、ねえ、と口を開いた。

 

「街の外から中心の広場の地下に繋がっていて、北の方へ伸びていたのは最終的に何処に繋がっているかはわからないんだよね」

「ああ。だがこの街で北といえば……」

「うん」

 

ルーレの北にあるといえば誰しもが思い浮かべる場所がある。ザクセン鉄鉱山。皇帝家が管理をするという帝国の屋台骨。まさかそこに手を出そうという輩がいるというのだろうか。もし本当にそうならあまりに不敬が過ぎる。

そんな懸念を話しながら暫く歩いていると、私の代わりに前へ出ていたアンが足を止めた。

 

「……あれは」

 

主間道からは的確な死角に築かれている、ぽっかりと空いた洞穴。十中八九、例の地下道に続いているものだろう。五人で静かに降りて穴に近づいて見ると【立入禁止】の札と鎖が入口を申し訳程度に塞いでいる。中は暗いけれどぽつんぽつんとかなり低間隔で導力灯が設置されているのが見えた。足跡や轍の痕跡などからしてここが廃道ということもない。

そっとポーチから例の耳介装着型通信機を取り出し耳につける。腰の剣は、持っていこう。いざとなれば捨てるしかないかも知れないけれど。

 

「セリ」

「五人で行くのは危ないよ」

 

私の準備を見てアンが名前を呼んでくる。

 

「……いや、だが私だけでもついていこう。これはノルティア州の話だ」

「三人はそれでいいの?」

 

問いかけると、全員から肯定が。まぁ意思の統一が出来ているなら別にいいか。この面子なら下手を打つことはないだろうから、サポートとして後方に誰かついて来てくれると言うなら元々それを拒否するつもりはなかったし。

 

「セリちゃん、絶対に撤退はこっちの指示に従ってね。通信が途切れたら、命を大事にして」

「わかってる。後方支援の命令は絶対だよ」

 

その心構えは士官学生として嫌と言うほど叩き込まれているのだから。

 

三人には私たちが偵察に入ったら即、間道から外れて身を隠してもらうことにした。もし誰かが入ってこようとしても不意打ちが出来るかどうかは生死に直結する。そして仮に本当にザクセン鉄鉱山までこの地下道が続いているなら現状のARCUSでは通信圏外になる筈だ。たとえルーレが通信中継地だとしても鉱山までは届かない。そうなったらいよいよ、領邦軍を呼ぶ選択は免れないだろう。皇帝家の鉄鉱山違法採掘の話なんて一介の学生の手に余る。

 

そしてすべての準備を整えトワから通信をもらい、通信機に問題がないことを確認。

私とアンは暗い洞穴に足を踏み入れた。

 

 

 

 

暫く下り坂だった道は次第に緩やかになり、ついに傾斜のない道になった。さすがにこんな地下では方角もわからないので方位磁石と歩測で現在地を推定するに、今はもうルーレに入ったところだ。

街で探しているときは建物で迂回せざるを得ずあっちこっち歩き回る羽目になったけれど道自体は真っ直ぐ伸びていたようで歩き易い。通信の感度もまだ良好だ。ここは例の古代遺物が発生させたダンジョンや大森林のような妙な気配はないので、上位三属性が働き通信妨害をしている、という懸念も薄い。

 

「こちらセリ。おそらく中央広場の真下に着いたよ」

 

そこはまさしく地下広場と言ってもいい空洞で、とりあえず生き物の気配はない。しかし魔獣まで含めてこうまでいないってのは不可解だ。導力灯に魔獣避けが施されているようには見えないし、人体の可聴域外の音でも出して追い払っているのだろうか。あるいは誰かが通った後で駆除した後なのか。

ここもほのかな灯り程度で、けれど資材置き場なせいか隠れる場所は多そうだ。

 

広場を抜ける道は想定通り北に。

調べている間にアンも到着したらしく、そっと近付き声を潜めて話し始める。

 

「この規模の地下道を掘削出来ること、資材置き場の小さな重機の品揃え、素人じゃないよ」

「……ああ、そうだろう。だが家の者の反応を見るに我が家が何かをしているとは思えないし、RF社が関与しているにしては雑だ。あそこには鉄鉱山直通の貨物線路がある」

『察するにもう領邦軍に連絡した方がいい案件、ってことだね』

「少なくとも私はそう判断するかな」

『わかった。私たちは領邦軍の詰所に行くよ』

『オレも応援でそっち向かうわ。罠とかは特になかったんだよな』

「うん、なかったよ。ありがとう」

『セリ、アン、どうか君たちに女神の加護を』

 

女神の加護を、とジョルジュの言葉に全員で返答し、立ち上がる。クロウは適当に走ってくるだろうから先行していていい。

見据えた地下道は、何かがが手招いているようにも見えた。

 

 

 

 

足音と気配を殺して歩いていくと段々と通信の電波状況が悪くなり、とうとうトワとの完全な断絶が訪れた。現在はまだルーレから鉄鉱山への道程の1/3ぐらいだ。こちらが地中ということもあって元々のスペックより短い範囲で切れてしまったのだろう。

 

後ろでクロウがアンに合流した旨を聞きつつ前に進んでいく。

ゆるやかなカーブが続き資材が置かれ始めたと思ったら、人の気配もし始めた。短くそれを通信機に吹き込んでさらに進んでいく。資材などの影に身をかがめ灯りが一際強くなっている場所を覗き込んだ時、一瞬息を呑むことしか出来なかった。坑道らしきものが何本も掘られている痕跡。そして働く人々。あまりにも堂々としすぎているそれにただただ驚くしか出来なかった。

もしかしてこれは領邦軍じゃなく正規軍の案件なのでは?とさえ思ってしまうほどの規模だ。

 

一応導力カメラで撮影だけしておこう。遮音性高いアタッチメントつけているけどそもそもこの坑道、派手に掘削してるせいか結構音がうるさいから気付かれることもないだろう。数枚記録したところで二人と合流するために後退する。

 

「……どうする? マジのマジで違法採掘だったみたいだけど」

「いやー、これここで待機か、隠れ場所の多い中央まで戻るのが得策じゃねえか?」

「私としてはバレる可能性の低い広場まで戻るのがいいような気もするが」

 

さくさくと歩いて片道2時間弱。走ったら短縮は出来るだろうけれどどうしたものだか、と三人で額を付き合わせて相談をしていたところに地鳴りが響き渡る。地中ということでヒュッと喉が狭まったが違う、これは。

 

「魔獣だ!」

 

その言葉と皮切りにして作業員らしき人影が悲鳴を上げながら数名走っていく。影に紛れていた私たちは特に気付かれなかったようだけれど重要参考人たちが次々に我先にと走っていく。けれど今はそうじゃない。それじゃない。坑道の方へ視線を走らせると巨大な影の前に逃げ遅れた人たちが見えた。

 

「……っ」

 

犯罪者だからって、見殺しにしていい理由にはならない。そう考えて二人に視線を走らせた時には既にアンは走り出していた。反応が遅れた。けれど即座に行動を修正しクロウと一緒に追いかける。

目の前にした魔獣はモグラ属だろう風体をしており、あまり戦闘を長引かせると坑道が土で埋まる可能性がある。ああ、命のかかったタイムアタックか。参ったな。

 

「あ、アンタらは……!?」

「うるせえ死にたくなけりゃとっとと逃げろ!」

 

後ろでクロウの怒号が飛ぶのを聴きながら武器を片手剣だけ構える。どうせ巨大なツメに対してダガーなんて棒切れみたいなものだ。

 

「震えているぞ、セリ」

「武者震いってやつだよ」

 

生きるか死ぬか。まさかまたこんなことに巻き込まれるなんて思ってなかったな。ああそうか、と突っ込んでいくアンへ戦術リンク繋ぎ直し前衛特攻を示唆する。せめてもの挑発戦技をぶち込みモグラの視線を自分へ固定させる。鉄鉱山に住む巨大魔獣だ。そのツメは金属すらも引き裂くだろう。それをアンに当てさせるわけにはいかない。絶対に。

それなりに広い坑道広場を縦横無尽に駆け回り、私から気が逸れないよう紙一重で避けながらタイミングを見計らいその腕に攻撃を蓄積していく。アンが背中から掌底を喰らわせターゲットが移りそうになったらまた挑発を打つ。駄目だお前の相手は私だよ。私だけだ。

 

「────っ」

「「セリ!」」

 

けれどここまでの疲労が溜まっていたのか、かい、ひ、し損ねて派手に吹っ飛ばされる。追撃を避けるために無理矢理体を起こし、自分の体で穿つことになった穴から脱出し即座に武器をまた構えた。

 

「大丈夫か!」

「死ななきゃ全部かすり傷!」

 

金属を裂くのなら、布である制服なんて紙に等しい。じわりじわりと腹から赤く染まっていく緑の制服。それでも膝をつくことが許されるわけがないのだ。

走りながらナイフを投げてモグラの視線はまた私に固定される。振りかぶられた腕。それを今度こそ避け、その手を剣を突き刺し地面に固定する。さすが最新技術の武器。切れ味がちっとも衰えない。

 

そんな私の行動の先がわかっていたのか、絶妙なタイミングで背中から飛び出してきたアンが絶叫し身悶えする魔獣の顎を的確に打ち抜き、その生命を終わらせるに至った。魔獣が確かに光になったのを見届け、突き刺した剣から手を離してそのまま地面へ仰向けに倒れ瞼を閉じた。腹が痛い。

は、と荒れる息がこだまする世界に二人の心配する声が差し入ってくる。腹に集中するほのかな暖かさに、回復魔法が施されたのがわかった。

 

「おい、大丈夫か!」

 

ぺちぺちと頬を叩かれ、目を開けると逆さまのクロウが視界にいる。

 

「だい、じょうぶ、だよ。生きてる、生きてる」

 

ふふ、と笑うと、ほんの一瞬だけ、私の見間違いかもしれないけれどクロウが泣きそうな顔をつくる。まさ、か、そんな顔をするだなんて、思ってなかったから、驚いて少しの間痛みを忘れかけた。でも回復魔法は最低限皮膚を繋げるだけだから、やっぱりまだ痛い。この痛みはほんのちょっとだけ内臓にもダメージが入っているかもしれないけど、まあでも学院祭には問題ない範囲、だと、思う。

 

「オレの相棒は目が離せねえなあ」

 

安堵と失血と疲労と空腹でぐるぐるとする意識の中、その言葉だけが、やけにクリアで。

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