10/01 獅子心勲章授与
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1203/10/01(木) 放課後
学院祭まで一ヶ月を切り、トールズの中が一層賑やかに華やかになって行く中、私たちARCUS試験運用チームの面子は学院長室へ呼び出されていた。
試験運用チームを取りまとめ、課外活動などの外的交渉をしているらしいサラ教官。
いつもはくたびれた白衣なのに今日だけはノリが効いたモノを着用したマカロフ教官。
柔和な瞳でいつも生徒を見守ってくださっている保健医であるベアトリクス教官。
芸術全般を請け負っており、その教養の高さは他の追随を許さないフェルマ教官。
たまに貴族贔屓が見受けられるけれどそれでも生徒思いではあるハインリッヒ教頭。
そして、我らが学院生を慈しみ見守ってくださっているヴァンダイク学院長。
「アンゼリカ・ログナー、クロウ・アームブラスト、セリ・ローランド、以上三名前へ」
マカロフ教官に名を呼ばれ前へ出る。こんな時でもクロウは腕まくりをしているし前を開けているので、いつも通りだなぁと内心笑ってしまった。
「あー、貴殿らは特殊課外活動に於ける戦闘行為で類稀なる功績を修めた者として、ここに獅子心勇士章を授与する」
聞いたところによると普段はこういう儀式的なことはしないそうなのだけれど、さすがに五人揃っているというのと、軍部から任されているARCUS試験運用の面子へ授与するということもあってこういう場が設けられたのだとか。
マカロフ教官の言葉と共に他の教官も前に出てきて、丁寧に勲章装着をしてくださった。私たちの胸に勲章がキラリと光る。功績のために戦っていたわけではないけれど、こうして認めてもらえると言うのは嬉しい話だ。
そうして頭を下げ、後ろへ下がる。
「ジョルジュ・ノーム、トワ・ハーシェル、以上二名前へ」
今度はベアトリクス教官が二人の名前を。前へ出て並ぶその背中に友人として、仲間として、どこか誇らしさがある。二人とも凄いだろうって。学院内という狭いコミュニティの話ではあるけれど、大事な人たちが立場ある人に認められるというのはやはり嬉しいことだ。
「あなた方は特殊課外活動や学院生活を通し、学院内外問わず人々の助けとなるよう奔走していました。その誇り高さを祝し、ここに獅子心善行章を授けます」
そうして、二人の胸にも勲章が取り付けられ、二人とも先程の私たちと同じように頭を下げて戻ってくる。そうして学院長が私たちの前へ立ち、一拍。
「諸君らが立派に成長した姿を見せてくれたこと、誇りに思う。これからも共に切磋琢磨し、かけがえのない時間を得られるようこちらも尽力しよう。────それでは、これにて五名の獅子心勲章授与式を終了する」
パチパチパチ、と教官たちから拍手をもらう中、私たちは部屋の端に置いていた鞄を回収しつつ、サラ教官から勲章保管用の赤い箱を貰って退室する。傷をつけてしまう前に収納しようかと思ったところで、外す手を止めた。
「ねぇ、みんな」
「ん、どうかしたか?」
「あのさ、勲章つけたままどっかで記念写真撮れないかな」
今まであんまりみんなで写真撮っていなかったけれど、こういう時ぐらいいいような気もした。まぁ私自身が被写体に自分が混ざった写真にすこしだけ肯定的になれたというのも、この発言に多分に関係していると思う。
「あ、それすごくいいと思う」
「ふむ、ならば私たちらしい場所といったらどこだろうな」
「溜まり場って意味なら技術棟だろうけど」
じゃあそれだ、と学院長室近くにある中庭から外へ。すると撮影中のフィデリオがいたので、事情を説明したら快く協力してくれることになった。六人連れ立って技術棟の前へ向かい、カメラを渡して何枚か写真を撮ってもらう。
少しポーズ指導というか、配置についても考えてくれてきっといい写真になったんじゃないかなと。現像するのが楽しみだ。
「助かったよ、フィデリオ」
「お役に立てたなら何よりさ。それと勲章授与おめでとう。君なら納得だ」
「あは、ありがとう」
お礼を言いながら勲章を外し、貰ったケースの中に入れる。蓋を閉じると赤いビロードの布に有角の獅子紋が刻まれているのが視界に入った。この紋章と勲章に見合う人間でいたいと思わせてくれる。
「それじゃ、展示に向けた写真撮影中だったから戻るよ」
「うん、本当にありがとう!」
フィデリオを見送ったところでさてとみんなに振り返ると、意外そうな顔をしたアンと目があった。どうしたのだろう、と首を傾げると、ああいや、と澱んだ返事が。
「セリが貴族生徒と仲がいいのを初めて見たものだから」
「ああ、フィデリオとは仲いいよ。写真部見学仲間だし。それに今は貴族生徒だからってそこまで……ああでもI組のフロラルド家の人とは今でも相性悪いかな」
「フロラルド……ヴィンセントか。確かにあれはセリと相性悪いだろう」
出会うなり口説かれたけれど噂は聞いていたので、今は気配を察知したらかち合わないようにルート選択をしている。正直こちらが移動のコストを支払わされているのが気にはなるけれど、まぁ仕方がないと自分に言い聞かせているところもある。ハッキリ断れば案外大丈夫という話も聞くけどどうなんだろう。真偽がわからないし、私にとってはリスクにしか思えないからあまりやりたくない。
「そうだ。導力楽器届いたから全員自分のクラスに顔出した後でいいから音出ししようぜ」
考えの淵にいたところでクロウが思い出したかのようにそう言い出した。楽器。そうだ、ライブの練習もしなきゃいけないんだよなぁ。
「旧校舎での練習許可取れたんだっけ?」
「うん、サラ教官が担当だったから二つ返事だったよ」
「楽器はもう運んであるけど、各自触った後に調整するからよろしく」
サプライズと言うからには他のクラスに勘付かれる講堂練習は自ずと出来ないし、技術棟も防音対策が万全というわけではないのでこの間聞かせて貰ったロックなるジャンルの音楽は結構目立ってしまうだろう。その意味で基本的に生徒が寄り付かず、また本校舎から離れていて多少騒いでも大丈夫な旧校舎というのはぴったりな場所だ。
「17時ぐらいに集合?」
実のところ私は当日まであまり仕事がない割り振りになったので、このままキーボードの練習をしていてもいいぐらいなのだけれど。あ、でも学院長室呼び出しってことでHR終わって即出てきたから一応その後何かあったか聞きに行くぐらいはした方がいいかな。
「そうだな。早めに入りたいヤツはサラんところに自分で鍵借りに行くでいいだろ」
了解、と全員頷いて一旦解散となった。
「戻ったよ。何か手伝うことある?」
さりげなく送ってくれたアンと別れて教室の方へ顔を出すと、最近当たり前になった光景として後ろの方に衣装がずらりと並んでいる。呼びかけたら貴族生徒からも結構協力してもらえたので、体型性別年齢様々なものが集まってなかなかに豪華な衣装群になったんじゃなかろうか。
そして今は机を窓側に寄せて背景用の布を裁断しているところらしい。背景ボードはさすがに時間が足りないと言うことだったけれど、小物とかで工夫すれば一色背景でも見栄えがするんじゃないか、という提案があってそれの準備最中のよう。
「おーっす。でも衣装撮影も一段落してるし、カメラ係は当日まで休んでてもらうかなあ」
「あ、アルバムそれなりに揃ったしそれの確認は? みんないい顔してたよ」
渡されるアルバム。そういえば撮影してくれた彼女──ロシュから課外活動行く前に自分の写真の確認はさせられてびっくりしたけれど、他の人の写真はまだ見ていなかったな、とぱらりぱらりとめくってみた。……やっぱり彼女の撮る人物写真、好きだなぁ。最初は衣装一覧に人物の顔は要らないだろう、という話だったけれどこの写真を見てそう言える人はいなかった。どれもこれも楽しそうで、影や光の入り方、濃淡などが計算されて衣装の良さがよく映えている。
時折混ざる自分の写真にも、正直感嘆しかない。あまり写真が好きではない自分の感情が表に出てしまっていないだろうか、と危惧していたけれど、彼女はそれを綺麗に取り除いて撮影してくれた。自分はカメラに対してこんな表情も出来るのかと、驚いたぐらいで。
クラスのみんなの写真も本当にいい写真だと思う。あまり会話したことのない人ももちろんいるけれど、あああの人はこんな風に笑うのか、と知らない一面を見られるのは何だか得した気分というか。
ポーズ集の一環として撮られた例のウェディングもどきな写真も、クロウへ黒髪にならないかと言っていたわりに綺麗に光が映えている。いま、見ると、ちょっと、いやだいぶかなり心臓に悪いけれど。あの時に自覚していなくて本当によかった。自覚していたらこんな落ち着いた写真にはならなかったろう。
「ああ、それよく撮れたと思うよ」
ひょいっとロシュが肩から現れ、本当にね、と笑ってアルバムを閉じた。当日までにこれを何冊か作成して、前の人が着替えを待つ間に選んでもらうという段取りになる。
「やることないみたいだし、別の用事に行こうかな」
「なんか頼まれごと? よくつるんでるクロウとかやたら張り切ってるみたいだし」
「そんなところ」
頼まれごとと言うわけではないけれど、適当に濁しておこう。
じゃあね、と足早に気配を探りながら人のいないルートを通って教官室へ。折良くサラ教官がいたので声をかけたら、ああこれね、と鍵を渡された。私たちなら万が一魔獣が上がってきても対処できると思ってもらえているのだろう。
ありがとうございます、と頭を下げてそのまま中庭を通って今度は旧校舎。鍵を開ける前にもう一度あたりをよく注意して、誰もいないことを確認してから中へ滑り込んだ。一人だし一応鍵はかけておいた方がいいだろう。いつもの面子なら誰が来たかはわかるわけだし。
10月で誰もいないということもあってか底冷えする旧校舎の明かりをつけてみると、舞台下の隅にいろいろ新しそうな箱が積み上げてあるのが見えた。あれかな、と近付いていろいろ蓋を開けていく。その内の一つに例の導力楽器──キーボードがあった。おそらくフットペダルユニットだろうものも。
本体を取り出し、不用品としてか置かれている机の埃を軽く払ってから設置して説明書を見ながら電源を入れてみる。いろいろセッティング出来るみたいだけれど取り敢えずそのままデフォルトで、自分が覚えている曲を奏でてみると聞き慣れない感じではあるけれど確かに音階としてはきちんとしているようだと改めて実感した。RF社すごい。
それで、ええと、ロック。さっき開けた箱に楽譜あったな。眺めてみよう。
舞台下に腰を落ち着けて開いたそこには、知らない世界があった。知らない場所の、知らない音楽。今まで触れてこなかったリズム。けれどそれが不快かというと、そうではない。この間クロウが聴かせてくれた音楽を思い返してみれば、腹の底から響くリズムに身体が自然と揺れていた気がする。
ああ、うん、一般音楽ではないけれど、街で叔母さんが宴会の時にリクエストされて弾いていた曲と雰囲気というか、在り方は似ているかもしれない。奏者と観客が見るからに一体となって場を作り上げる。うん、楽しく弾けそう。
そういえばこのロックという音楽ジャンル、ジュライやノーザンブリアで流行っているんだったっけか。……カードゲームのブレードもジュライ発祥だったっけ。何かと縁があるな、と少し笑いがこぼれた。これはやっぱり卒業後どっか折を見て行かないといけないかもしれない。
鼻歌で楽譜を追っていると聞き慣れた気配が旧校舎に近付いてくるのが分かった。楽譜を片手に立ち上がり口遊みながら歩いて扉を開いたら、予想通り、クロウが。まあアンは演劇練習をしているしジョルジュは開発があるしトワは準備の根回しで忙しいだろうので、次に合流するとなったらクロウだろうとは思っていた。
「来んの早いな」
「カメラ班は当日まで休んでろって言われちゃって」
肩を竦めながら踵を返すと、クロウも扉を閉めて一緒にさっきまでいた舞台下へ。
「当日休めねえやつだろそれ」
「休憩ぐらいはあるんじゃないかなぁ」
まぁその分こっちの練習に充てられるので悪いことではないのだけれど。学院祭当日の二日目はこれのために抜けさせてもらう交渉が済んでいるので、その分初日は頑張りたい。
「あ、そうだ。例の手伝って貰った写真、現像されてたよ」
「あー」
「学院祭前でも当日でも、時間があったら見に来るといいと思う」
「出来よかったのか」
「かなり」
人に自分が写っている写真を勧めるのが意外だったのかクロウからそんな疑問が出てくるけれど、あれは掛け値なしにいい写真だったと思う。被写体が自分ではあるけれど、撮影者が誰かで表情はがらりと変わるのだ。あれは、彼女にしか撮れない写真だったと思う。
……深く考えると何故士官学院にいるんだろう、という疑問が湧いてくる。帝都なら写真関連の芸術学校もあるはずなのだけれど。まあそれはクララも同じか。そういう面子が集まってくる学年なのかもしれない。不思議とそういう縁は侮れないものだ。
「で、キーボードの感触はどうよ」
「いい感じ。面白い楽器だと思う」
といってもピアノとキーボードの感触はそこそこ違うし、そもそもここ数ヶ月は鍵盤に触れられていなかったのでリハビリは必要だけども。使ってないとやっぱり鈍る。導力端末とかナイフ投擲とかで指先や手首は結構使い込んでいたと思ったけどさすがに使う筋肉が箇所が違うよなとしみじみするしかない。
「それにしてもあれやこれや企画して他クラスにも顔出してるけど、身体壊さないようにね」
「まーその辺はきちんとしてるっつの。授業中に寝たりとかな」
「寝るな。サラ教官も言ってたけど期末もあるんだし」
「そん時はテスト前にまた頼むわ」
ベースらしき楽器を取り出しながら笑ってそんなことを言われてしまうと、ぐっ、となってしまう。ああちくしょう、その顔に弱いんだよなぁ。
いろんなことに対して諦めの小さなため息を落としてから、さっき口遊んだ曲を楽譜を開いて辿ってみて、うん?、と一瞬首を傾げたところで舞台側から音が飛んできた。振り向くと舞台に座って私を見下ろすクロウがにやりと笑っている。そこだろうと言わんばかりに。まぁ合っているのでそのまま何も言わずに進めていくと一緒について来る。次に蹴っ躓いたところでは手拍子でリズムを取ってきた。
その過不足のなさが、そつのなさが、クロウらしいなと思った。なんだろう、たぶんこれが四月とか五月なら、それも壁に感じられてしまったかもしれないけれど、今はその距離感もクロウならではなんじゃないかと。踏み込んできているようで、案外踏み込んできていない。だけど相棒って言ってくれて、私が何を望んでいるのか困っているのかなんて分かってしまって。私は君のことをちっともわからないのに。でもなんでもお見通しだって言うと、どうだろうな、なんて。
もしかしたら私も自分が思っているよりクロウのことがわかっているのかもしれない。……いや、それこそどうだろうな。わからない。でも、暴くだけが理解するということじゃないのだろうとも、思ったりして。
この感情の変化にじんわりと、ああ好きなんだな、と自分の熱が広がっていくのがわかる。恋っていうのはこういうものなんだろうって、すこし他人事のように眺める。だってまるで我が事のように認識をしてしまったら、今、もう、少しでもつついたらあふれそうな何かが瞬く間に零れてしまいそうで。
────今はまだ、この感情を誰の目にも触れない場所に置いておけないかと。
だから私はただひたすら、楽譜を追うふりをして、君に背を向けていたのだ。
きっと赤いだろうこの顔が、"誰か"に見られてしまわないように。