34
1203/10/09(金) 放課後
「デザイン画確認頼むわ」
学院祭まであと二週間というクソみてえにギリギリまで待ってもらってるわけだが、今日こいつを見てもらってメンバーのGOサインが出たらそのまま帝都まですっ飛んでいってル・サージュ本店に持ち込む予定だ。いやー、コネがあるっていいな!普通一介の学生じゃ手が出ねえだろあんなん。
「……露出多いよクロウ君!」
そんでもって、いの一番にトワの叫びが耳に入ってくる。
極ミニ丈の足の付け根のラインが見えそうなレザーパンツに、ホルターネック。足は太ももまでを覆うニーハイブーツ。まあ言わんとしていることはわかるが。
「ロックだかんな。出すとこ出さねえと映えねえんだよ。あざといくらいが丁度いいっつか」
「ということは別にこれは君の趣味ではないと?」
ゼリカと一緒にああでもねえこうでもねえと詰めたデザインを眺めながら、セリがそういう。
……オレの趣味が入っちゃないとは言わねえが、抑え目にはしたつもりだ。好きな女に好きな服を着せられるチャンスなんざおそらくこれっきりだが、好きなヤローがいるって聞いてるし目の当たりもした上でそんなん出来るほど精神強くねえ。どう考えてもあの写真部だろ。
「私の意見も入っているが、セリに関しては概ねクロウの意見のままだね」
黒い半袖のYシャツを胸の下で結び、臍を出した上でスキニーの革パンにゴツいブーツ。顔もスタイルもいいしシンプルなのは無難に似合いはするだろうがオレの趣味だけに走るんなら、ホットパンツにノースリーブとかか。薄着ってよりは脚線とか筋肉のラインが見えるとすげー綺麗だろうなっていう。まあそんなん他のヤツに見せてやる義理はないわけだが。
……正直なところ自分の"こういう感情"が独占欲的な形で発露するとは思っちゃいなかった。好きなもんは箱に入れておきたいカラスかなんかか俺は。
「でもこれは結構際どくないかな?」
「ジョルジュ君もそう思うよね!!! よかった!!!」
トワは若干人身御供的なノリで差し出してるのは申し訳ないような気もするが、まあその辺の罪はゼリカに押し付けられんだろ。それにやっぱボーカルは華になってなんぼだしな。
「無論トワのかわいさが世に知れ渡ってしまう可能性はあるが、しかし確かに舞台の上でこれを着た姿を想像するとたまらないだろうなと思ってね。この辺はかなり私も口を出した」
「あ、アンちゃん……」
ううう、と項垂れるトワが暫く渋い顔をした数秒後「ここ、ここだけ」とデザイン画の一部分を指先で叩いた。注視すると際どい上半身の丈に物を申しているようだ。
「あー、じゃあそこだけな。ゼリカも問題ねえよな」
「ふむ、まあ稼働域に差し障りはないだろう」
振り付け担当のゼリカから許しも出たので、じゃあ肋骨隠れるくらいには伸ばすか、とデザインに赤を入れてトワのは決定稿にする。他はどうかね、と反応を見るとじっとセリが自分のところと女子二人のところを見比べてみるのが見えた。
「どうかしたか?」
「や、二人ともホットパンツにニーハイブーツだなぁと思って」
「……それが良かったか?」
「そうは別に思わないよ。ニーハイブーツだとペダルユニット踏みづらそうだし。あ、私の方はリテイクとかはないのでこのままで大丈夫」
……こいつはもしかしてオレの趣味をこっちの二人に詰めてるって勘違いされたんじゃねえか?いやトワはホルターネックでゼリカはノースリ水着ブラで確かにお前が着てくれたらすげえ嬉しいラインナップではあるんだが!いやしかしこれを否定したり深掘りするとマジの墓穴掘っちまいそうだから追及はやめておく。それが賢明だ。
「ジョルジュ、お前の方はどうだ?」
「うーん、まあ特にはないかな。というか、女性陣に注力して結構適当だろ」
「バレたか。ヤローのデザインとかやる気でねーからなあ」
ボーカル・ギター・キーボードが女子ならそこに注力してオレたちは裏方に徹するのがいいってもんだ。いなくちゃ寂しいが目立ったら邪魔になる、まあそういう塩梅のもんだろ。
それに本人たちに自覚があるかどうかは謎だが、学院内でもかなり高レベルな顔立ち面子だしな。実際オレとジョルジュなんかは代われって言われたことも何度もあったっけか。戦術オーブメントとの相性の関係で無理なわけだが、まあそもそも代われたとしてこいつらについていけるとも思えねえ。トワはともかく残り二人はだいぶ頭おかしいぞ。幻滅までがセットだ。
「おっし、そんじゃさっさと行ってくるか」
ゼリカ経由でオレの名前は伝わってる筈だから、一人で行っても問題はないはずだ。
「あ、そうだ。クロウ、帰ってくる時に夕食買ってきて欲しいから連絡して。たぶん一人で持って帰る量じゃないだろうし」
扉の方に足を向けたところでセリがンなことをいうもんで振り向く。
「お前らそんな時間までやんのか?」
「残念ながらロックとやらの経験者が君だけなのでね」
「ご、ごめんねセリちゃんやっぱりキーボードで主旋律あると歌いやすいから……」
「それは大丈夫大丈夫。無茶振りの借りは全部クロウに返してもらうし」
「お前なあ……。まあオレに出来ることならやってもいいけどよ。ミラはねえが」
「クロウにお金を借りたいとか願う愚行はしないよ」
ふふ、と呑気に笑われちまって、それに対してため息をついて表情を誤魔化したオレは、「まあそうだろうな」とだけ返して帝都に向かった。
デザイン画をル・サージュのオーナー兼デザイナーであるハワードのおっさんに託して(その場でこうした方がいいんじゃないかとアドバイスをもらい露出が変わるわけでもなしと若干変更が加えられはしたが)、納期に問題なしと言質をとってオレはトリスタにトンボ返りするために鉄道に飛び乗った。10月なだけあって陽は殆ど落ち切った時間だ。
ある程度規則正しい振動に揺られながら窓の外を見る。……鉄道なあ。嫌いじゃねえというか便利なのはわかるんだが、やっぱ微妙な気分にはなるな。慣れた慣れたとは思いはしても、一人で乗ると思考の時間が多くてどうしてもジュライのことがよぎっちまう。帝都調査とかで何十回目だって頻度のはずなんだが。
とはいえ、俺からあの出来事が切り離せるわけもねえ。だからこそ俺はここにいるし、こうしてのんびりと学院生なんてもんをやってる。あいつらと一緒にいたら忘れられるかともたまに思ったけどな。やっぱり無理な話だ。
トリスタに着く直前にもう通信圏内だろとセリに連絡を取り、晩飯のオーダーを聞く。めんどくせえからピザ四つにミートボールにコーヒーをポット注文らしい。ポットがなけりゃ一人でも行けたろうが、まあ誰か来るってんならそれでいいかと了承した。
到着したところでとっととキルシェに足を運んでフレッドに晩飯頼むわと注文したところで「どうせお前なんかやらかすんだろ、楽しみにしてるわ」って笑われちまう。「やらかすとは失礼だな」なんて返しつつ、まあ否定はしなかった。講堂ジャックって自分で言ってるしな。
そんな風にカウンターに座りながら雑談をしていたらセリも合流して、「お前が来たのかよ」とか言っちまったが、まあ他三人の練習時間を削るくらいなら来るかと瞬時に納得する。案の定そんな感じの答えが返ってきて頷いた。
キルシェで注文を受け取って、オレがポット二台抱えて、セリが飯を抱えている状態でたらたらと陽も暮れ切ったトリスタの街を歩いていく。季節柄太陽が隠れるのが早いこって。
「しっかし、トワもいろいろ渋ってた割には現時点で完成度高えんだよな」
「元々理解力は高いからねえ。戸惑ってても行動は早いし、振り付けはアンでしょ? どんな風に作ればトワが可愛く見えるか、且つ負担がないか、そしてどこまでなら可能なのか、ってギリギリ攻めることが出来そうだからあんまり不思議はないけど」
「あー、能力把握な。それもそうか」
振り付けの打ち合わせでもそんなことを言ってたか。観察眼の賜物ってやつかね。トワに関しちゃだいぶなんつーかヤバめなもんを感じるが。かわいい系が好きってのはガチなんだろうなあれ。だからセリからはわりとごねずに手を引いたってところもあったりすんのか。
「まあ何にせよフォローに回んなくていいならラクでいいわ」
「あは、クロウのそういう何だかんだ面倒見のいいところ好きだよ」
『好きだよ』。ドキッとするようなことを言うんじゃねえと内心で若干悪態をついちまう。……これが好きでも何でもなかったら、だろ、って流せただろうが、さすがに他のヤツに言ってるのを聞きたくねえなと思って口を開いた。開いちまった。
「言い出しっぺだかんな。つーか、あんまりそういう言葉を男に使うもんじゃねえぞ。特にお前だと勘違いする奴が出やすいっつーか」
言った瞬間、コンマ数秒程度、妙な沈黙があった。
そしておそらく、それがオレたちの分水嶺だったんだろう。
「なら、恋愛感情持ってる君には使っていいわけだ」
その言葉にオレの足が止まり、並んで歩いていたから数歩先にいったセリが振り返る。その時、俺はどんな表情を作れていたんだろうか。少なくとも、笑顔じゃなかったんだろう。目の前にいるヤツを見ればそれくらいはさすがにわかった。
ちょうど外灯の真下で、すこし強めの影が落ちているそいつは申し訳なさそうに笑う。
「そんな顔させたかったわけじゃないけど、ごめんね。大丈夫大丈夫、振り振られた相手同士でも友人関係は継続できるって」
数歩戻ってきたそいつが、ぱしん、と俺の二の腕をかるく叩く。いつものような表情で。
……お前はオレがなんでもお前のことわかるって言ってくれたけどよ、全然わかんねえんだっつの。今だって気付かず、言わせちまって。つまりオレがすべきだったのは関係の継続じゃなくてさりげなく距離を取るべきだったって────いや、違う。セリのそういう好意に気付けたかどうかは置いとくとして、オレは、俺自身が、こいつといるのが楽しかったんだ。それは自覚すべきで、そうして。だから。
「……悪ぃ」
「クロウにその気がないのはわかってたけど、その、あふれちゃった」
小首を傾げながら下り眉の表情を作られて、いや違うんだ、と。そんな顔をさせたかったわけじゃねえなんてそんなん俺の台詞だ。でも言葉がうまく紡げない。だってそうだろ。写真部のヤツとイイ関係そうでああそういうことかって自分の感情にケリつけて諦められると思った矢先に、まさかそれがド真ん中だったなんて誰が信じられるってんだ。
「……先に戻っておいた方がいいかな」
オレが微妙な顔をしていたせいかそう問われちまう。それに対して「三秒待ってくれ」と告げてから一瞬顔を俯け掌で目元を押さえ、息を長めに吐いてから表情をなんとか戻した。惚れた女にンなこと言わせておいて更に先行ってもらうってだいぶ情けねえだろ。
「大丈夫だ。お前が言った通りオレたちならいつも通りでいられる────だろ、相棒」
「そっか。うん」
そう言って歩き出してセリの横に立つと、視線を進行方向に向けながら「ありがとう」と小さく言葉が落とされる。それをどんなツラして受け取ればいいのか、俺にはまるでわからなかった。
キルシェで買って帰った夕食は美味しくいただき、練習も恙無く終え、すこし全体像が見え始めたかなってぐらいで解散していつものように揃って帰寮した夜。ごろりごろりと自室のタイルカーペットの上で、何をするでもなく横になって目を閉じたり開いたり。
今日のことにいろいろ思うところがないわけではないけれど、どうにも、落ち着かないというか、自分の中で整理のつけられない感覚がずっと蹲っていて感情がすこしふわふわしている。これが恋が破れた感覚と呼ばれるものなのかな、とぼんやり。図書館にある小説を読んでみれば自分の感情を明確にする表現が見つかるだろうかと一瞬考えたけれど、いやそれは結局誰かの物であって私のではないと思って諦めた。無理やり言語化するものでもない。
そんなことを考えていて、勉強にも練習にも鍛錬にも筋トレにすらも身が入らないのなら寝てしまった方がいいんじゃないだろうか、と立ち上がったところでノック。トワとアンだ。
何か連絡事項でもあったかなと思いながら、はーい、と出てみるとそこには二人とも既に寝巻きに着替え何故か寝具を抱えて立っている。肩にはふくらんだトートバッグを下げて。どういうことだろう、と目をしばたたかせている間にするりと入ってきた二人は寝具を前の時のように床に二枚並べて落とす。
「どうしたの?」
鍵を落として布団を整えている二人のところへ向かいながら疑問を口にした。
いきなりのお泊まり会だろうか。別にいいけれど、アンはともかくトワが事前のスケジュールのすり合わせをしないなんて珍しいというか初めてなのではなかろうか。
「今日、なんか様子がおかしかったなって」
トワのその言葉に、敷き布団に座りかけた動作が一瞬止まる。
何かあったと言えばもちろん何かはあったのだけれど、そんなにわかりやすかっただろうかと思ってしまった。あれだけクロウに啖呵を切ったというのに不甲斐ない結果である。
取り敢えず腰は落ち着けようと片膝を抱えるような形で座りはした。
「いや何、会話などのテンポが一瞬、ほんのすこし遅れるのが気になってね。おそらく私たちでなければ気付けはしない程度のロスさ」
「……」
「だから、様子を見に来たんだ」
私の思考を見透かしたような反応。二人は何があったのか具体的にはわかっていないんだろう。それでも、話さない、話せない私であることは理解して、わざと心のなかに入ってくる。それをおそらく的確に判断出来るだろう二人が私に介入して来ることを選択したのだ。この数ヶ月をずっと一緒にいてくれた仲間が。
「……ふたりには、敵わないなぁ」
それはきっとやさしさというもので、どうしてか涙がこぼれ始めるのを私は止められなかった。
暫く、立てた膝に両手を重ねて額を預ける私は何を問われるでもなく、時折背中を撫でられるあたたかさに心を落ち着けながら、しずかにしずかに膝を涙で濡らしていた。涙による身体の跳ねや震える呼吸がなんとか会話できる程度におさまってきたので、一回長いため息を吐く。
乾く口内を一回嚥下し、両手に一瞬強く力を入れてから、は、と顔を上げた。すこし洟をすすりながら目元を両手で拭おうとしたところでティッシュの箱が視界の中に現れる。ありがとう、と返して二つ折りにしたやわらかいそれを目元に。
そろそろ大丈夫かなと、声を、言葉を音にしようとして、それでもやっぱり息が詰まる。ただあったことを報告する、そんな簡単なことすら出来ないほど、わたしは────ああ、うん、かなしかったんだ。
感情に意識がようやく追いつき始めた。
別にわかっていたんだから悲しむ必要なんてないのに。これからも友人として傍にいること自体を拒絶されたわけでもないし。
そう思考を上らせたところで、瞬間、奥歯を噛み締めて両手を絡み合わせて強く強く握る。違う。そんなのは綺麗事だ。自由行動中に課外活動中にナンパするクロウのことを思い出して、もしかして自分にもチャンスがあるんじゃないかって、本当に考えなかっただろうか。1リジュたりとも?
「今日の夕方、クロウに告白したんだ。……その、恋愛感情を」
自分への怒りですこし感情が落ち着き始めたのか、ようやくそう言葉に出せた。傍にいてくれていた二人はただただ泣く私を見てある程度のアタリはつけていたのか、静かに頭を撫でてくる。それで引っ込んでいた涙がまたあふれそうになって、またティッシュに目尻から涙を吸わせた。
「結構いきなり、だね」
「なんかするっと出ちゃってさ」
本当に当たり前のように、口から出てしまった。つるんと。でもそのこと自体にあんまり後悔はないので、なるべくしてなったのだろうと思う。もうずっとぎりぎりの表面張力でたもっていたようなものだったような気もするし。
それに逃げられる道を提示されたにも関わらず言葉を重ねたのは、紛れもない自分の意志だ。
「でも、その、驚いた表情のクロウ見たらああやっぱりなって思っちゃって、……振り振られた同士でも友人関係は、継続、でき、るよって」
逸れていく視線や震える声に合わせて、視界が滲んできてぎゅっと顔を俯かせる。
あの時の自分はきちんとその通りに笑っていられただろうか。これからも笑っていられるだろうか。当たり前のように友人の顔をして隣にいられるような、三人以外には誰にも勘繰られないような、そんな。
「がんばったね、セリちゃん」
「ああ、セリをフるようなやつは放っておきたまえ」
そんな言葉とともに、自分の膝を抱える私をトワの体温が覆い、その私たちごとアンが腕を広げて抱きしめてくる。ふれる指先から、身体から、あたたかさから、ふたりの優しさがじんわりと体の中に満ちていくのがわかった。
「……うん、とりあえず、これは今日区切りをつけて、学院祭に全力するよ」
クラスの催しもあるし、みんなとのステージもあるしね、なんて、笑って。
「そうだね、セリちゃんとステージに立つの楽しみ」
「キーボードだからジョルジュと揃って一番後ろというのが難点だけれどね」
「あぁ、そういえば立ち位置が普段と結構反対かぁ」
後衛のトワが一番前で、前衛のジョルジュと私が一番後ろだ。そういう意味では、本当にいい思い出になってくれるかもしれない。
ベースを奏でるクロウは、きっと格好いいだろうから。
「ふたりとも、本当にありがとう」
もうそろそろ寝入り端かというところで、天井を眺めながらそっとお礼を言う。聞こえたかはわからないけれど、たぶん、伝わっているんじゃないかなって。楽観的にすぎるかもしれない。でも今日は、今夜だけは、そう甘えてもいいって、思わせてくれた。
朝。
部屋へ来たとき肩に下げていたトートバッグの中身は朝の身支度セットだったらしく、寮が別であるアンはともかくトワも私の部屋でいろいろと身支度を済ませて、三人で共用洗面所を使ったりしながら階下へ朝食を作りに降りていく。
私たちが降りて食堂を向かうところで、二階から降りる階段にクロウがさしかかったのがわかった。アンが足を止めるのもさすがに理解したけれど、トワと談笑する私はそれに気が付かなかったふりをしたのだ。もしかしたら今までもその位置の友人に気が付いていなかったことはあるかもしれないし。わからない。確かめようもない。
でもこの一瞬だけは確かに私の意思でそれを『あり得るだろう朝の光景』にしたのだ。
明日からまた君におはようって言うために、これぐらいは。