[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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10/18 自由行動日

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1203/10/18(日) 自由行動日

 

「お出かけですか?」

 

寮から駅までの道で公園を突っ切ろうとしたところで、朝の掃除をしているのか箒を持ったティゼルさんに声をかけられた。

 

「うん、自前の導力カメラ使う出し物をするから、メンテナンスしてもらおうと思って」

 

普段ならジョルジュに頼んでいるけれど、III組のアトラクション作成の佳境に入っているみたいで作業を追加するのはちょっと申し訳ないという感じだ。もちろん頼んだらやってくれるのだろうけれど、ジョルジュ依存をしすぎるのも良くないのではないか、なんて。

ただ酷使する直前に知らない人の調整で上手く撮影できるだろうかという懸念は残念ながらあるので、この一週間でセッティングの癖に慣れようという魂胆だ。

 

「セリさんたちは何されるんですか?」

「私たちのクラスは貸衣装屋で、ドレスとかスーツとか揃えたんだ。もちろんティゼルさんが着られそうな服もたくさんあるよ」

 

貴族生徒の実家の物持ちの良さに驚いたのは私だけではなく、少しクラスがざわついたのが面白かった。母校の学院祭で使われるのなら服も本望だろうという意見を何回か聞いたので、そういう意識の共通さ加減は興味深いなとも。

 

「楽しそうですね! 学院祭は父さんと毎年一緒に行ってるので絶対に行きます!」

「うん。よろしく。また今度、近いうちに料理会もやろうね」

「はいっ」

 

両手で握り拳を作ってくれた彼女はそのまま駅へ向かう私を見送ってくれる。

いい子だなぁ、ティゼルさん。ブランドンさんが溺愛するのも無理からぬ話というか。そもそも男親的には一人娘というのはわけのわからない生き物であると同時に、だからこそ愛おしかったりするんだろうかと勝手に推測する。

 

連絡橋を渡って二番ホームへ。もう慣れたものではあるけれど、うっかり一番ホームのケルディック方面行きに乗ってしまおうものなら三~四時間は無駄になる。いくら鉄道が便利とは言っても即反対方向へのものが来るわけじゃない。

先日ぐらいに鉄道に慣れていないクラスメイトからそれをやってしまったという恐怖体験を聞いたので、今日は特に気をつけてホームにある行先案内板を確認した。

 

鉄道が来るまでベンチで待つこと10分ほど。速度を落としながら入ってきた列車に乗り込み席に座る。シーズンというわけでもないので帝都行きといえどあまり人はいない。ここからのんびり窓の外を30分眺めていれば到着だ。

 

学院祭の準備はクラスの方もライブの方もスムーズに進んでいると思う。

例のシリンダー回転式の背景布変更装置は昨日完成したのを見届けたし、取扱い時の注意事項もきちんとメモをした。動かないよう一方向回転のツメがついているので、カチリカチリと丁寧に動かすのが肝要らしい。

ライブの方は今日の夕方に細かいところを詰めていき、最終的に学院祭一日目の夜……つまり前日に衣装が届いてリハーサルという形になるだろうか。こうして考えると結構ぎちぎちというか、ある程度の形によくなったと思う。もちろんクロウの教え方やリードが上手いとか、みんなのやる気や元々の技術があったというのはあるのだけれど。

 

こつんと窓に頭を預けて、そっと目を閉じる。

学院祭が終わったら、11月になる。そうなったら、本当の終わりの日が来る。最新型戦術オーブメントARCUSの性能実戦テストになるだろう。サラ教官かナイトハルト教官か、はたまた両方と戦うというのが順当な試験内容だろうか。学院長やベアトリクス教官もお強いと聞いているけれど、さすがに出張っては来ない……と思う。たぶん。戦ってみたいか戦ってみたくないかで言えば、胸を借りてはみたいけれど。

なんにせよこれからは今までの半年のような、課題に向き合いつつ自分たちに何が出来るのかという択を迫られるようなことは殆どなくなるだろう。ほっとしつつも、寂しい気持ちもある。あの半年がかけがえのないものというのは、たぶん、チームメンバー全員の共通認識なんじゃないかなと。ARCUSがなければ話さなかった、喧嘩をしなかった、仲良くならなかった、……恋をしなかった。

 

いろんな感情が渦巻いて、私の心に複雑な色を抱かせる。

それでもそれは、全然不快ではなかったのだ。

 

 

 

 

まず最初にトラムに乗ってヴァンクール大通りのリュミエール工房へ。帝都で導力製品について何か頼んだり探すならここだという話を聞いていたので足を運んでみたら、思っていたより古めかしい外観でそっと中に入る。

工房という名を冠しているだけあって作業場と店内がつながっているようで、普段嗅いでいるのとはすこし違う気もするけれど機械油特有の匂いが少しする。換気に気をつけているのか慣れていない人が顔を顰めるレベルではもちろんないけれど。

 

「いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」

 

カウンターにいた店員の方に、導力カメラのメンテナンスをお願いしたいんです、と腰のポーチから取り出し本日中の引き渡しで見積もりを出してもらうと案外と高くついた。まぁでも仕方ないかとそのままお願いする。あとできちんと領収書はもらっておこう。予算として通るかは知らないけれど。

 

三時間ほどかかると言われたので、わかりましたと頷いたところで壁のポスターが目に入った。RF社協力加盟店。先行メンテナンス品の項目にARCUSの文字がちらっと見える。

もしかして、とARCUSを取り出して終わったらここに連絡を入れてもらうことって出来ますかと言ったら大層驚かれてしまった。学生らしき人物が最新技術の粋であるARCUSを持っていることもそうだし、それを持ってきたのが女子というのも更に驚く一端となったのだとか。

トールズ士官学院の半数弱は女性なんですよ、という言葉は飲み込んだ。実のところ勇士章を貰った三人中二人の性別もそうだし、更にたしかフェンシング部の一年筆頭も女性だと聞いたことがある。貴族生徒らしいので現状あまり交流はないけれど。

 

とりあえず、通信圏内にいたら連絡はくれることになったし、そうでなくても三時間後に店を訪ねたら大丈夫だと言われた。ありがとうございます、とお願いして店を出る。現在10時半。お昼を跨いだぐらいだから、まぁ時間潰しにはあまり困らないだろう。

 

せっかく大通りに来ているのだし、とその足で百貨店ビフロストに。ネイル用品を最初にここで買ってしまったが故に他の店の品揃えに満足出来なくなっているのは多分、幸福と不幸の狭間にいるようなものなんだと思う。安価なものが悪いわけではないけれど、値段相応というのはそうだ。そして命を預ける指先にお金をかけないというのは個人的に無理だった。

それと色のついたネイルにすこし興味が出てきたので色々手に取ってみたけれど、こうして並べるとアンが塗ってくれたやつは段違いで発色がいい。ビフロストに置いてあるのだから決して悪いものではない筈なのに、視界に入る指先の色は綺麗だし何より自分に合っているのがわかる色だ。どうして本人がおらずとも絶妙な色を選ぶことが出来るのか。アンの謎はたまに深まる。

 

まぁ今は補充もいいか、と棚に戻してふらりと外に出て他の店に。

百貨店の前の大通りはすごい速度で導力車が行き交っていて、通りを横断するのだけでも一苦労だ。導力車に対する法整備は遅々として進んでいないのだとか。それもそうだ。導力車というのはクロスベルとは違って帝国こと帝都では基本的に貴族が所有するものになる。それに対して法整備を行うということは、既得権益とのぶつかり合いとなり、現状の結果としては平民出身の宰相殿都知事殿と貴族一派の対立構造となってしまっている。

とはいえ、大通りはまだ帝都憲兵隊──通称HMPの方がぽつりぽつりと立ってくださっているので渡りやすい方だというのはこの間気が付いた。サンクト地区などは貴族街も近く、平民兵が多いHMPでは身分の差もあって取り締まりがしづらいのだとか。

どうにもこうにも困った話である。帝都にトラムが通っていて本当によかった。

 

 

 

 

すこし楽譜とレコードも覗いてみようと大通り近くにある音楽店に入ってみると、圧倒されるぐらいのレコード棚が出迎えてくれた。きょろりきょろりと、楽譜の棚の方にも足を進めてみて一つ手に取ってみる。ぱらりと開いた目次にはよく知っている曲名が並んでおり、うん、やっぱり普通はこういう方向性だよなぁ。

音楽院も近いせいか、入門からかなりコアなものまで網羅されているけれどやはりロック調のものは存在しない。そもそもジュライとノーザンブリアで流行っている北帝音楽というのはレコードとかになって一般流通していたりするのだろうか。クロウはあれをどこで手に入れたのだろう。今日はなんだか仲間の謎が深まる日だ。

 

「何か探しているのかい?」

「あ、ええと、ロックと呼ばれる音楽ジャンルに関するものなんですが」

「おっと、嬢ちゃんロックわかるのか」

「キーボードで多少弾いたりしているので」

 

これはなかなか良い反応なのでは?とカウンターに近づいてみると、あんまり表には出しちゃいないんだがな、と店主殿の後ろにある棚から一冊取り出され渡された。めくってみると楽譜で、少しカウンターを指先で軽く叩きながら鼻歌で追ってみる。へえ、こういうのもあるんだ。運指がちょっと難しいけど、弾くのは楽しそう。

 

「確か今ちょうど開いてるやつの盤をどっかの喫茶店におろした気がすんだよな」

「レコードもあるんですか?」

「たまーに入荷してるぜ。たまにな」

 

納品書だか伝票だからしき紙の束を確かめている店主殿の言葉を聞きながら、そうかレコードも流通しているんだなぁとなった。音源を結晶に記録する技術は未だ高価すぎるため、比較的安価なレコードで手に入るなら嬉しい。どうせなら今やってるやつの盤とかないかな。

取り敢えずこの楽譜集は買っていこう。

 

「ああ、あったあった。ええと、アルト通りにある喫茶店だな」

 

楽譜購入の会計をしたあと、親切にも件の喫茶店への簡単な地図を書いてくれてお礼を言う。更に、レコード探すならまずはビフロストの受付で在庫確認してもらうと系列店縦断検索してくれるからまず手っ取り早いぜ、ともアドバイスを頂き、次に探すときはそうしてみます、と改めて頭を下げて店舗を出た。

現在時刻11時半。喫茶店が目的地なら、そこでご飯の提供もあれば頂いていこう。

 

 

 

 

トラムで帝都の東側へ移動し、アルト通りへ。

例の喫茶店はトラム降りて直ぐのところにあるから分かりやすいよと教えてもらったけれど、たぶんあれだろう店が確かに向こうに見える。近付いて店の前に置いてある手書きの看板を見ると、音楽喫茶という文言が記されていた。なるほど。帝都の喫茶店でロックレコードを入荷するって尖っているなぁと勝手ながら思っていたのだけれど、音楽ジャンルに対して多趣味な方なのか。

からんからん、と押したドアに合わせて鳴るベルと共に店内に入ると店内は扉から全体を見渡せる大きさで、それゆえにか店内にかかる音楽には心地よさがあった。カウンター席を選んで座り、店前にあった看板のオムレツサラダセットを頼む。位置による音楽の差があまりないので、店内設計に音の反射など組み込まれているのだろうなぁ、なんてことを考える。

本当にここは音楽喫茶なのだ。

 

カウンター向こうで店主らしき男性が、私のオーダーのためにフライパンをふるっている。黄色いたまごの色が鉄の色によく映えて綺麗だなと思った。ほどなくして暖かいお皿に乗ったオムレツとサラダとトーストに調味料が並べられ、お腹が空いていたこともあって喉が鳴る。冷めないうちに、とバターをトーストに塗ってからフォークをオムレツに差し込むと、あ、これは、感触だけで美味しい。

 

曲名はわからないけれど店内のゆるやかな音楽、昼時の少しだけ賑やかな雑談の声、名物だそうなハーブティーの香り、いろんなものが合わさって、この喫茶店の居心地をよくしているんだろうなと。最近凝っていた気がする心がすこし解けていく。

 

「あの」

「どうかされましたか?」

 

食後の紅茶を頼んだところで、店主殿に声をかける。

 

「ここにこの音楽のレコードがあると聞いてきたのですが」

 

つい先ほど購入した楽譜を紙袋から出し、該当のタイトルが記載されたページを開く。カウンター向こうの方は数秒眺めて、ああ、といった風情のあとに少しだけ表情を歪めた。あ、もしかして趣味ではなかったからもう既に売却している、とか。

 

「実は友人に貸し出しておりまして。そこも店ではありますが夕方から開くバーなんです」

 

バー。お酒を提供する店舗。つまりそれは学生である私は入店するのはあまりよくないお店ということだ。そもそも入っても飲めるものが何もないとかもあるかもしれない。バーというのがどういう場所かいまいちわかっていないけれど。

 

「それは……私が入っていい場所ではないですね」

「申し訳ありません。ただ、そうですね。もしよろしければこちらから連絡をしておきますので、後日ソフトドリンクでの注文で音楽を聞けるように取り計らっておきましょうか」

「えっ、いいんですか」

 

私はこの店の常連でもなんでもないのに。

すると店主殿は、ふふ、と柔和に笑って後ろの棚から何か紙を出して書き始める。

 

「音楽を求めて訪ねてきた方を無下にするというのは性に合いませんから」

 

言われて、うつくしいポリシーだなと思った。自分の好きなもののために、他人の利となることへ自分が動くことを厭わない。まぁひいては自分の利、ということなのだろうけれどそれでもそうやって直ぐに行動に移せる方がどれだけいるのかという。

正直、ここでルートが途切れるならそれもある種の縁だな、と一旦諦めるつもりではあったのだけれど、こうして繋いでくれる方がいるのならそれは全力で乗っかっていこうと思う。……案外と私は、自覚以上にロックに魅せられているのかもしれない。それは嬉しさ楽しさ半分、複雑さも半分だなと内心で自嘲した。

 

 

 

 

そうしてお腹と心を満たし簡易的な紹介状も頂いたところで店を出た頃には既に時刻は午後を回っていて、腹ごなしついでに少し歩こうかなと動き出した。こうして歩いているとやっぱり足の下には何かがいる気配があって、帝都に住んでいる人は大変だなぁと思う。

 

地下水路があるということはまぁ大概魔獣の住処にもなっているだろうし、小型魔獣がいるならそれを餌とする大型魔獣が棲みつく可能性もゼロじゃない。遊撃士も少ないのであれば、それの討伐は誰が今請け負ってくれているのだろうか。やっぱりHMP?帝都知事の方はそういう案件も通してくれるという噂だけは聞くけれど実情のところはよくわからない。

 

道を歩いていると別の街区に入ったのか少し通りが広くなり、導力車を頻繁に見かけるようになった。ここからはトラムに乗った方が安全かな、と辺りを見回したところで少し気になる人が見える。

ご年配の女性のようで、どうやら通りを横断したいみたいなのだけれどタイミングをはかりかねているような気配が見受けられる。少し考えて、声をかけることにした。

 

「すみません、何かお手伝いできることはありますか?」

 

私が声をかけると、あらまあありがとう、とまだ何もしていないのにお礼を言われてしまう。その方をよくよく見ると、少し大きめのキャリーケースが足元に置かれていた。旅行者の方なのだろう。

 

「向こうへ行きたいのですけどね、荷物が大きくて難儀してしまっていて。石畳ですから荷物もちょっと動かしづらくて」

「では私がそちらの荷物をお持ちしますよ。あちらの角に憲兵隊の方がいる横断区域もありますし、まずはそちらへ向かうのはどうでしょうか」

「そうね。なら、そうしましょうかしら。お願いできます?」

「はい」

 

返事をしてから許可をもらいキャリーケースを横にして持ち上げる。うん、確かにこれは自分は特に困らないけれどすこし重い部類かもしれない。帝都の歩道はローラーのあるこういった個人の荷物を運ぶものにはあまり適していない。音もそうだし、何よりパーツの損耗が激しいため慣れている人はリュックや肩掛けが出来るボストンバッグなどで来るのだとか。

 

「あなた力持ちなのねえ」

「日々鍛えてはおりますので」

 

そんな風に談笑しながらゆっくり歩き、一旦の目的地である角の横断区域へ到着する。憲兵隊の方が確認をして歩行を許可してくれたところで渡り始め、あと数アージュで向こうへ辿り着くというところでその"音"があらゆる感覚の中に割って入ってきた。気がつくのが遅すぎた。否、導力車というのは圧倒的な速度で走行する。人間の反射神経でどうにかなるものじゃない。

 

つまり、帝都憲兵隊が管理するその道路を、私たちが横断するその道を、一台の導力車が脇目も振らずに突っ込んできた。瞬間、私の選択肢は一つを残してすべて消え去ったのは言うまでもないことで。ただ無我夢中にキャリーケースを投げ滑らせると同時に、傍にいるその人をあと少しだった歩道へまず突き飛ばして、それから。

それ、から。

 

 

 

 

 

 

 

 

七耀暦一二〇三年十月十八日 日曜日 十三時三十二分 帝都・バステア通り

一台の導力車が横断区域へ走行侵入し、多数の人々を撥ね、建物に追突して停車した。それにより道路は一時混乱し、導力車同士の追突や回転、およびそれに巻き込まれた市民が多数発生。昼下がりの通りには緊急車両がサイレンと共に辺りへひしめいた。

 

【死 者】貴族一名 平民五名

【重傷者】貴族三名 平民二十一名

【軽傷者】多数

 

こうして帝都の歴史に類を見ない最大級の導力車事故がその日、記録されることとなった。

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