[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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04/26 第一回特殊課外活動2

04

 

 

 

 

1203/04/26(日) 朝

 

「はい、というわけでこれが運用試験用課題らしい、です」

 

着替えも朝食も終わり、全員食堂の席につきながらトワが宿の女将さんから預かった封筒をすこし掲げて宣言する。

 

「試験運用に関するってことは大体、こう、荒事なのかな」

「まぁ開いてみればわかるよ、たぶん」

 

疑問を呈したところでジョルジュがそういうので、まぁそうか、と頷いて開封を待つ。封蝋されたものを開けて中にあった紙を全員で覗き込んでみると。

 

・北ラント街道に出現している畑あらしの討伐

・南トラヴィス古道の暴れ魔獣の解決(倒木街道封鎖の被害多発)

・湖畔林の謎の声の調査

※それぞれの出現地点などは未確定のため注意されたし。また、討伐の報告は町長へ。

 

「全部荒事だねぇ」

「いや最後のは荒事と決まったわけじゃ」

「ジョルジュ、本当にそう思ってる?」

「……二割くらいは」

 

しかしいまだ朝8時とは言え、北から南へ徒歩で移動し場所を確定させて討伐し、場所が不明な声の調査をするとなればすこし時間が足りないかもしれないなぁと思案する。なんせ明日も授業があると言うのに徒歩で帰ることも考慮しなければいけないので、少なくとも17時にはラントを出発したい。

疲労が蓄積した状態で街道を歩きながら魔獣をいなさなければならないので、四月とはいえあまり遅い時間に出歩きたいとは思わない、というのは共通見解だろう。

 

「地図広げるね」

 

トワが学校から持ってきた近隣街道まで含めた写しの地図を広げ、場所の推定を開始する。

 

「北ラント街道というのは、昨日通ってきた道か。森ばかりかと思ったが」

「脇の方に窪地になった方へ降りる道とかあったろ。ああいうのじゃねえか」

「うん。ラントの畑があるのは町の周囲30から40セルジュで、徒歩圏内だけどすこし広いね」

「南トラヴィスの方は初めて行く場所だから北より手間取りそうではあるよ」

「湖畔林の方はそもそも町の人に聞いてからでないと難しそうだなぁ」

 

いろいろと懸念事項などを出し合って、20分。宿屋の女将さんにラントにおける交通手段事情なども聞いてある程度の方針が定まった。

 

「じゃあ、北ラント街道の畑あらしはこのまま全員で向かって退治する。その後は、二班と町に残るバックアップのジョルジュ君に分かれて、情報収集、南トラヴィスで魔獣の位置確認と分析が終わったところで合流、討伐。そして湖畔林の方へシフトする……って形でいいかな」

 

畑あらしの討伐で行き帰り二時間はみたい。それだけで即出立しても10時半。別行動を開始して、特定・討伐まで少なくとも昼までかかるとして、そこからお昼ご飯を食べて、湖畔林の具体的な調査は13時とかからになるだろう。残り四時間。徒歩でいくなら時間が足りないところだけれど。

 

「いいんじゃないか? この面子だと馬に乗れるのが三人いるわけだしね」

「あんまり期待はすんなよ?」

「私は士官学院入るまではちょいちょい乗ってたから、たぶん大丈夫」

 

そう。アンゼリカはもちろんのことだけれど、クロウも乗れるらしい。そしてついでに私も。故郷の街は林業が盛んで、その分入り組んだ山にも入っていくためいまだに馬と暮らしているといっても過言ではないのだ。ご多分に漏れず自分もそう生きてきていた。

つまり三手に分かれる際には町中で馬を借りようという話になったのだ。

 

「さ、そうと決まれば行動あるのみだ」

 

アンゼリカの言葉を合図にするようにみんな立ち上がり、宿の女将さんにお礼と挨拶をして北ラント街道へ向かうことにした。

……そういえば後で馬を借りるけれど、こういうのって経費で落ちるんだろうか。落ちるような気が全くしないけれども。町の商店でセピス塊を換金しておいた方がいいかもなぁ。

 

 

 

 

一晩経ったところで案の定アンゼリカと私の戦術リンクは再接続を果たせなかったので、とりあえず組めるところで回数をこなしていこうという話に。

そうして脇道を探索しながら戦闘もしつつ一時間が経過しようというところで、果樹園を食い漁っている畑あらしの一群が見つかった。低木の影から大畑あらしの姿も確認出来たので、取り敢えずあれを倒すのが最優先として目標を定め、二手に分かれる。

 

「っし」

 

まずクロウが小石を投げ、畑あらしたちがこちらへ気が付いたところで挑発戦技を使用して意識をロックする。ある程度単純な生物の場合は私を攻撃したくて堪らなくなるわけで、この戦技はこういう時にも便利だ。そのまま畑から引き剥がすようにひた走り、戦技のかけ直しやクロウの小石投擲を経てポイントへ辿り着く。

 

「そろそろだね」

「あぁ」

 

十分に畑から距離を取ったところでぐるりと身体を反転させて武器を構えて見せた。こちらが牙を向いたことに気がついた魔獣は、人里で悪さをするからにそこそこ知能が回るらしく撤退の気配を見せたけれどもう遅い。

 

「残念ながらこちらは通行止めさ」

「分析は済んでいるからね、トワ!」

「うん、ARCUS駆動────フロストエッジ!」

 

氷の刃が畑あらしたちへ直撃し、それに合わせるように前衛三人で踏み込んでその凍結した体を砕いた。運よく凍結を免れた個体も追撃し、大畑あらしもこちらの数の暴力の前では携帯食料による体力増強虚しく、程なくしてその巨体を地面へ沈めることになる。

 

「ナーイス」

 

後ろから射撃をしてくれていたクロウが手を掲げて近づいてきたので、いえーい、とハイタッチする。いや本当に隣にいて頼もしかった。小石の投擲も的確だったし、挟み撃ちに転じた時には背中を預ける安心感があったものだと。

 

「やっぱ最初は銃使わないで正解だったね」

「ああ」

 

銃の使用は畑に傷がついてしまう可能性と、単純に畑あらしが怯えて逃げてしまうのではという懸念から誘い出しには使えないとしていたのだけれど、予想通り武器を構えたところで"それ"が何を意味しているのか彼らは理解をしていた。

 

「人里に降りてこなければ討伐しないでも良かったんだけどね」

 

魔獣が光となった場所へ黙祷を捧げていたのか、そっとトワが両手を解いてそう呟く。

 

「しかし仕方ないことさ。現実はこうして降りてきて、人に害を為してしまったんだから」

 

アンゼリカがその肩を優しく抱きしめて、慰める。

そう。力を持つ者がいる縄張りに入ってしまった、というただそれだけの話なのだ。それはそれとして畑の周りに何か設置をするなどの措置を取るという行動は必要だと思う。傲慢かもしれないけれど、自然の隣で生きるというのはそういう配慮まで含めてだ。

 

「現在……午前10時。探索してたからすこし時間かかりはしたけれど、ストレートに帰るなら10時半には帰れるかな」

 

ジョルジュがポケットに入れているらしい懐中時計でそう時間を告げてくる。作業者だからあまり腕時計を使わないのだろう。厚手のグローブを着けたりもするし、さもありなん。私も手首のスナップのために腕時計は使わないから似たようなものだ。

町長殿に報告もしなければいけないし、それを除いたってまだまだやることも多いので黙祷もほどほどにしてその場を後にし、私たちは再びラントへ向かった。

 

 

 

 

「……本当にこの振り分けなのかい?」

 

町へ戻り町長殿へ報告をしたところ被害が結構甚大だったようで大層感謝され、その方のご厚意で馬を三頭借りられることに。馬宿に着いて馬を選んでもらったところでアンゼリカが地を這うような声でそう呟く。

 

「仕方ないじゃないか。私と君は現状戦術リンクが繋げないうえ、トワと私なら重さもそんなにないから馬の速度も出て偵察にはもってこいだし」

「理解はするんだが……せめてトワ、別れの前に抱きしめてもいいかい」

「アンちゃん、直ぐに会えるからね、大丈夫だよ」

 

ぽんぽん、と抱きついてきたアンゼリカの背中を撫でるトワは本当によく出来た人すぎて逆に心配になってしまうのだけれど、いやこれは口に出さなくていいことだなとすこし口元を押さえる。本人がいいと言っているのだし、いいのだろう。たぶん。おそらく。

 

「取り敢えず、オレとアンゼリカが湖畔林の方の探索、トワとセリが南の古道で暴れ魔獣の調査分析、ジョルジュがジャンクション的に通信の中継地点となりつつ町で情報収集ってことで」

「オーケーオーケー」

 

全員のARCUS識別番号はメモってARCUSの蓋の裏に貼り付けてある。かなり原始的ではあるけれど間違い無いだろう。

 

「あとは進展があろうとなかろうと11時と11時半には通信、正午にはラントへ、だね」

「そうだね。きちんとお互いが今どうなっているのかの確認は大事だから」

 

アンゼリカがトワとの別行動を惜しんでいる間に、いろいろな確認を三人で終えていく。まぁいざとなったらトワ一人を逃すぐらいは出来るだろう。というか、それはしなければならない。

 

「ま、あんまり気張りすぎんなよ」

 

ぽん、と軽く背中を叩かれて、クロウに連れていかれるアンゼリカという奇妙な形の二人を見送る。……まるで見透かされたような言葉で、ちくしょう、とすこし心の中で悪態をついてしまった。

 

「セリちゃん?」

「あ、あぁ、ごめん。私たちも行こうか」

 

私がクロウ……とまではいかなくともアンゼリカ並みに体格がよければトワを前に乗せて囲う形で馬に乗る選択肢もあったろうけれど、残念ながらそうではないので馬に挨拶をしたのち先に自分が乗って、トワの補助をして後ろに乗ってもらう。

 

「それじゃ二人とも気を付けて」

「うん、ジョルジュ君も情報収集お願いね」

「行ってきます」

 

ジョルジュの見送りを背中に受けながら、私たちは南トラヴィス古道へ馬を走らせた。

久々に風を近く感じて気持ちがいい。

 

 

 

 

「ねぇ、セリちゃん」

 

暫く林や丘に囲まれた道沿いに速足で歩かせていると、背中からそんな声が聞こえてきた。

 

「どうかした? 遅い?」

 

馬に慣れていないとのことなので駆足まで速度を上げると辛いかもというのと、単純に暴れ魔獣を見逃す可能性を考えて速足にしていたのだけれど、そういう勝手な配慮は良くなかっただろうかとすこし手綱を握る手が強張ってしまう。

 

「ううん、そうじゃないの。この間、話を聞いてくれてありがとうって、言ってなかったから」

 

ぎゅっと、腰に回っている手の力が強くなり、あの夜のことが思い出された。

あの夜はすこしでもつついてしまうとこぼれてしまいそうな感情を、私が自分の我儘で堰き止めてしまったような気がしてすこし内心咎めていたのだけれど。

 

「何か参考になったならいいんだけど」

「なったよ。すごくすごく、助かっちゃった」

「……」

 

助かったと言ってくれるのなら、どうしてそんなに、無理をしたように気丈に振る舞うのだろう。私にはどうしてもそれが理解できず、沈黙してしまった。きっと気付かれたくないのだろうとも思ったし、何よりかける言葉が分からなくて。

 

「────あ」

 

前方に街道を横たわるようにした倒木が見えたので、馬の速度を緩めて止まる。これが依頼書に書いてあったものの一つだろう。トワに一言断ってから自分だけ馬から降り、倒木の根本を見ると赤い液体と灰色の毛らしきものが付着していた。

 

「ぶつかって倒した、のかな」

「うん、おそらく手配された魔獣のだろう毛と血がついてるしそうだと思う」

 

それなりに大きな木をこうまで見事に倒すというのは並大抵の動物に出来ることではないし、自分が傷ついてもそれを何度も成すというのは、どうにもすこし違和感がつきまとう。

 

「……この案件の背景、もう少し調べたいね」

 

トワももしかしたら似たようなことを考えているのかそう言うので、同意見だよ、と返しながらまた馬の背へ。倒木の向こうへ行くためには、馬をここに繋げておいて生身で行くという手もあるけれど、馬が食べられてしまう可能性を考えるとさすがに避けたい。迂回もうまくいかない気配があるので、それならやることは一つ。

 

「トワ、倒木を飛び越すからもっと密着して、口は絶対に閉じておいて。舌噛むと危ないから」

 

馬の首を撫でてやってから後ろへそう声をかけると、トワの体が強く強く身を寄せてくる。よし、とすこし下がったところで手綱と足で馬に意図を伝え、速度が瞬間的に上がり、軽い浮遊感を伴った強い衝撃とともに私たちは無事街道の向こうへと渡り終えた。

ぎゅっとしがみついてくれているトワの手をとんとんと叩いて、終わりを知らせる。

 

「もう大丈夫だよ」

「す、すごかった……」

 

初めての乗馬に、初めての障害物越えというのはなかなかにハードな一日だなと思ったけれど、まぁ大丈夫そうで良かった良かったと頷くだけにしておいた。

 

 

 

 

そのまま手綱を手繰っていると定時連絡の時間になり、トワが対応してくれるのを聞きながら、すこし森がざわめいたような。

そうして、すこし遠くで、何かが倒れるような音がする。

 

 

 

 

「あ、また」

 

道を進んでいくと倒木が街道を封鎖しており、周囲の気配をすこし掴んでから問題ないと判断して再度下馬する。さっきの倒木にあったのと似たような毛と、光を反射する赤い液体。

 

「……」

「ねぇ、セリちゃん。その倒木、なんか変じゃない?」

 

馬に乗ったままだというのにそう指摘ができるトワはさすがだと思う。分析戦技を持っているというのは伊達じゃない。

 

「うん。ちょっと嫌な感じだね」

 

即離脱が出来るようにまず馬に乗り、辺りをもう一度見やる。

馬に乗ると平素より格段に視界が高くなるので、感覚が普段と異なるのは確かだ。けれど地面と繋がっているという強さが、周囲へのアンテナを強固なものに。そうしてそれは、"森"の警戒をすり抜けて違和感を教えてくれるのだ。

 

「……セリちゃん」

 

呟くトワが体を寄せてくる。

森の奥から感じる、殺気。いや、憎悪。これは二人でどうにかなるものじゃない。そもそも真正面から対峙していいものでもない。身体の芯の奥から恐怖が内臓へ噛み付いてくる。

 

そろり、そろり、と見えない相手を刺激しないよう馬を後退させる。こんな状態になって、私たちよりも危機察知能力は高いだろうにパニックにならないというのは、いい馬の証拠だ。あとできちんとご飯をたっぷりあげよう。差しあたってはこの状況から脱出をしなければいけないのだけれど。

目の前の倒木に一瞬視線をやって、よし、と気合を入れた次の瞬間、手綱を引っ張り馬を反転させ足による腹への合図で駆足まで速度を上げる。馬もこの異様なものを感じ取っているのか暴れずにいてくれて、背中を睨めつけるような気配を感じながら私たちはその場を後にした。

 

 

 

 

「……っは、あ」

 

一本目の倒木のところまで戻ってきて、額の汗を袖で拭う。冷や汗と、単純な汗が混ざって、これ以上このまま走らせていると目に入って事故りかねないというレベルだった。まだすこし手が震えているような気がする。

 

「あれは、」

 

息を飲むようにトワが問いかけてきて、腰に回っている手を安心させるように片手で覆う。とはいえ私の震えも伝わってしまっているだろうけれど。

 

「たぶんシシ……猪だろうね」

 

付着した毛と血液の臭い、そしてあの巨大な気配からそう判断する。もしかしたら森の主かもしれないレベルの話だ。

 

「それと、二本目の倒木って、つい最近というか、ついさっきみたいな感じじゃなかった?」

「うん。ほぼ生木だったし、血液も乾いていなかったから一本目を飛び越した後に聞こえた音の正体だと思う」

 

私たちをあれ以上踏み込ませないための、あからさまな境界線。

 

「だけど、あそこまでやるってことは、私たちのことが分かっているし、逆に入らなければ害を為すつもりはない、ってこと、なのかな……?」

「……わからない」

 

少なくとも人里に突貫するということではないと、思う。思うけれど魔獣の考えることなんてわかるわけがない。だけどあれだけ策を巡らせられる魔獣なら、人里を襲ったって大したメリットがないことぐらいはわかるだろう。よしんば町を壊滅に追い込めたとしても、討伐隊が組まれ逆に森焼きになる程度のことは理解出来る筈。

そもそも、このトラヴィス湖周辺は森とそれなりに仲良くやってきて町が発展している歴史がある。昨今はそんなことになるまで森に対して敬意のないことをしていたのだろうか、などいろいろと疑問が尽きない。

 

……いっそ、トワを町に返して、馬を置いて、一人で行くべきだろうか。森の中に身を隠せるならもう少し、深く。

 

そんなことを考えていたら、どん、と背中に衝撃がくる。言わずもがな、トワが私をつよくつよく抱きしめてきたのだ。震える体と、伝わってくる通常より早い心臓の音。

 

「セリちゃん。それは、駄目だよ」

 

硬い静かな声。「何が」と彼女は言わなかったし、私も「何が」とは問わなかった。

 

「……そうだね」

 

それでも、私はそう言うしかなかったのだ。

見透かされてしまったなぁ。

 

 

 

 

それから二度目の定時連絡を行い、とりあえず私たちはラントへ戻ることにした。このまま二人で周囲探索をしても埒があかないし、通信でなく顔を合わせた状態で他の三人の意見も聞きたいところだと思ったので。通信向こうの三人も異論はないようで、馬を預けてから"羽飾りの果実亭"へ向かった。馬宿のご主人にはすこし事情を説明し、自腹でチップも払って彼を労ってくれるように頼んだので大丈夫だと思いたい。

……それにしても、なんだかクロウとアンゼリカの様子がおかしかったような気がしたけれど、気のせいだろうか。

 

 

 

 

「周辺調査じゃなかったの!?」

 

早めに切り上げたおかげでジョルジュと先に合流し情報交換をしながら残りの二人の帰りを待っていたところで、宿場に入ってきた二つの人影を視認して真っ先にそんな声が出てしまった。

 

クロウの方は鼻血を乱暴に拭ったのか、顔のところどころに血の痕が残っているし、袖捲りで露出する腕などにも打撃を加えられたような痣があちこちに見える。

アンゼリカの方は顔面こそそこそこ綺麗なままだけれど、やはり頬にうっすら擦過傷があったり、白い制服の方も別行動前にはなかった盛大な泥跳ねがあったりしてうす汚れている。短い髪の毛もところどころ跳ねていてスマートさの欠片もない。

 

トワが直ぐに救急キットを宿場の女将さんに要請するので、同じように席を立った私は横の店員さんに濡れタオルと蒸しタオルを追加で頼んだ。いや、どうして、こうなっているのだろう。

 

入ってきた二人は直ぐに私たちを見つけて、座っていたジョルジュの横、つまり元々トワの席だった場所にクロウが座り、一つ空けてアンゼリカが座る。異様な空気の中で、トワと私は顔を見合わせながら間を埋めるように腰を下ろした。

 

「……取り敢えず、調査進捗報告兼ねてお昼でいいかな」

 

そう。馬を手繰っていてお腹が空いているのだ。それはまず間違いがないのだけれど、この空気の中であんな間抜けな音は鳴らしたくない。二人とも声は出さなかったけれど頷いてはくれたので、適当に頼みつつ待つ間に素早く報告とあいなった。

ついでに救急キットもタオルも借りられたので、トワと私で二人の治療をしたと言うことも記しておきたい。どこかに。

 

 

 

 

「と言う感じで、私たちの方はセリちゃん曰く、暴れ猪がいるんだろうって話になったんだけど、すこし様子がおかしいから今度はみんなでもう一回見に行きたいかなって思ってます」

 

取り敢えずトワと私の報告は終えて、一段落。治療もおなじく。

 

「僕の方は湖畔林のどのあたりで謎の声が起きているのか、そもそも何なのかっていう目撃調査だね。幽霊の声だの何だのって話から始まって、幽霊の声に誘われて子供が拐われたって話も出てきたりしたけど、町長さんに聞いてみたらここ十年以上はそんな拐かしみたいなのは起きていないって裏が取れた。逆に何でそんな噂が発生したのか疑問に思ってたくらいかな。あと音の発生源については森の中だから詳しい場所の特定は口頭からだと難しかったけど、おそらくこの辺っていう当たりはついたよ」

 

学院から写してきたのより、もう少し詳しい周辺地図を雑貨屋から手に入れたのかジョルジュが机に広げる。見るとトラヴィス湖を眼前にいただくラントの北西あたりにバッテンが集中していた。

 

「それを受けて私達が馬を駆って現地へ行ってみたんだが、見事に洞窟があってね。こう、繁茂した草で隠れるようにではあったけれど」

 

洞窟。そうなると下手人……下手魔獣がいない可能性も想定しておくべきだろう。特に向こう側へ抜けることができる洞窟などだと、条件が揃えば洞窟反響音が螺貝のように遠くへ聞こえてしまうこともままある。

 

「ただ斥候のセリもいねえからな、流石に中の調査はせずに戻ってきたってわけだ」

 

それは正しい判断だと思う。二人で洞窟に入るというのは自殺行為だ。斥候も、背後警戒も、もし挟撃された際に対する戦力も、何もかもが足りない。

というか、(状況証拠的に)殴り合いをしただろうにも関わらず一応、チームに迷惑をかけるつもりはないようで安心した。いや、そこまで頭が回らない二人だとはもちろん考えてはいないけれど。

 

「……あれ、セリちゃん、これ」

 

トワが広げられた地図を見ながら呟き落とし、自分が持っていた地図をすこし広げて何か確認をする。どうやら後ろに乗りながらたまにメモを取っていたらしい。確認が終わったのか地図をしまったトワが指差した机の上の詳細地図。……あぁ、本当だ。

 

「洞窟がある場所と、二本目の倒木、高低差があるけれど近いね」

 

倒木側の街道が崖のように切り立っているため現地にいるとそうとは認識しづらいだろうけれど、こうして平面に落とし込んでしまえばとても理解がしやすい。

 

「これは……うん。先に洞窟の方を調べた方がいいかもしれない」

 

何か物理的な計算をしているのか、ジョルジュがそう提案した。

 

「洞窟がなんらかの要因で笛のような構造になり音が鳴っているとしたら、それは人間より聴覚範囲が広い周囲の動物たちへの影響が強い筈だ。もしかしたら」

 

暴れシシもそのせいなのかもしれない、と言外に意図が落ちる。

全然別個にあった話が繋がったような気配を感じて、しん、と机が静かになる。お昼時で宿場はそれなりに賑わっているというのに。

 

「……わかった、それじゃあ猪の方は保留にして、洞窟の方の調査を先にしよう」

 

トワのまとめに四人とも頷き、タイミングよく運ばれてきたお昼に舌鼓を打ちながら午後への英気を養った。それはそれとして机の上の空気は多少重かったけれど。

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