11/02 ARCUS総括試験
39
1203/11/02(月) 朝
その日発行の帝国時報に、鉄血宰相殿が改めて帝国交通法の導入について強行的な姿勢を示している、という見出しの記事があり、それは例の事故が引き金となったことは火を見るよりも明らかだった。
憲兵隊の方に聞いたところによると今回のことは貴族階級の人間が誰に運転させるでもなく自分の手で操縦していて起きた出来事だったようで、本人以外にも貴族階級者の重傷者が出ているところを鑑みるに流石にこれは早急に可決されるだろう未来が見える。自身らを脅かす可能性が出てきたことについては固辞出来まい。
心底、良かったと思った。これで事故が減るのだろうと。
私の事情聴取をしてくれた憲兵隊の方が、あまり表沙汰にはなっていなかったけれど帝都での導力車事故は正直褒められたものではない件数が上がっているんだ、とこぼしていた。やるせなかった。あの頃から何にも帝国は変わっていないのだと。それが変わりつつある。
《鉄血》の名を冠するその人の手腕は、決して明るみに出せるものばかりではないのだろうとはわかっている。それでも、私は。
そっと紙面に視線を落として、導力車で親しい相手を亡くすような人がこれ以上増えなければいいと、そうただただ願うしかなかった。それが傲慢な願い方だとわかっていても。
「……何か大きなものをつくっている?」
いつものように放課後に技術棟に顔を出すと、小さいような、大きいような、取り敢えず人を横たえたぐらいの大きさの骨組みのようなものがビニールシートの上にあった。
「それは導力バイクと呼ばれるもののフレームさ」
私よりも先に来ていたアンがしたり顏でそう説明をしてくれたけれど、まったくもってわからない。しかし考えるに、おそらく機械工業都市ルーレの開発品だというのは想像に難くない話ではある。そしてアンが関わっているとなれば懇意にしているらしいRF社関連のものか。
「端的に言うと乗り物で、馬のように跨る導力車のようなものさ」
「RF社を発端にしてルーレ工科大学が開発していたんだけれど、ちょっといろいろあって計画が頓挫していてね。それを僕が引き継いでいじっていたのをアンに見つかったんだ」
「そして構想や設計を聞いて私が出資することにし」
「試験運用終了の目処も立ったから腰を落ち着けて僕の一年次修了課題として組み上げることにしたって感じかな」
なるほど。計画が頓挫していると言うことは導力器部分が複雑な機構なのか、単純に研究をしたがった人間がいなかったのか。あるいはRF社との提携関係の問題だろうか。
「馬のように……速度はどれくらい?」
「想定スペックとしては、そうだなぁ、ここから帝都まで40分強くらいかな」
「……結構サラッと言ってるけどとんでもなく画期的なものでは?」
ここトリスタから帝都は鉄道で30分だ。それより多少到着が遅くとも個人の自由に発車時間を定められて、サイズ的におそらく小回りが利くだなんてあまりにもびっくりすぎる。鉄道の発着時刻の兼ね合いを考えたら、思い立った時間によっては鉄道より速く帝都に到着する可能性すらある。
「ああ、だからこそジョルジュに完成を頼んでいるのさ」
「僕は面白そうだからやってるだけだけどね」
「技術者にはその"好きにやれる"環境が大切だろう。それにもしこの開発がうまく行けばRF社から商業展開してもらえる可能性もある」
「それは……夢が広がるねぇ」
トリスタ・帝都間が約500~600セルジュ程度だとすると、大体時速700セルジュぐらいで移動出来ることになる。もちろんその速度での操舵技術、ルート選択技術、そもそもの整備が出来る環境は必要だと思うけれどそれでもそんな乗り物があったら私だってほしい。いろんなところに行けそうだ。
「何ならセリも一口噛むかい? 人手はあればあるほど嬉しいものだしね」
「そうだね、じゃあ乗っかろうかな」
「ふぅ、アンは直ぐにそうやって勧誘する」
「つまり他にも?」
「クロウにも見つかって二つ返事だったよ」
「ああー、好きそう」
「そしてトワを後ろに乗せるという野望もあるからトワも誘っているのさ」
「じゃあ私がいつもの面子だと最後だ」
「セリは入院していたり通院で暫くいなかったろう?」
「それもそうだね」
ちなみに外観はこういう感じで、と設計図以前の段階であるラフスケッチを見せてもらったら、なるほど、後ろに乗せるという意味がわかった。しかし鉄道より若干遅い程度の速度で風を受けると言うのは寒そうだなとも思ったり。まぁその辺は試作機が出来上がる段階で問題提起すればいいか。
楽しそうにいろんなことを話してくれるアンやジョルジュの話を聞きながら、少し笑う。
「またみんなと何か出来るのは嬉しいなぁ」
学院祭が終わって、もうすぐARCUSの試験運用も終わって、そうして二年生になる。クラスは変わらないけれどきっといろんなものが変わるんだろうなってのはわかるから、正直なところすこしそれが寂しくて、ぽつりとそう本音をこぼしてしまった。
「セリ」
するとやけに真っ直ぐなアンの声が飛んできて、反応する前に私は抱きしめられてしまい非常に驚いたけれど、どうしてか特段嫌じゃなかったので好きにさせてみた。すると肩口に頭を預けさせられ、ゆっくりと頭を撫でられる。
「何をしていても、何をしていなくても、私たちはきっと、何年ぶりに会ったとしても、昨日まで一緒にいたように笑っていられるさ。離れることは決して怖いことじゃない」
アンは、そう、私の寂しさなんてまるでお見通しだったかのように言葉を紡ぐ。今まで誰かと何かを達成したことなんて、殆どなかったから、だから、みんなとの繋がりを手放すのが惜しくなっていたのかもしれない。手を放したらそれは消えてしまうものなんじゃないかって。
でも違うんだと。そう言い切ってくれる。最初は一番遠い世界の住人だと遠ざけていた友人が。
「……アンは格好いいねぇ」
「フフ、今更知ったのかい?」
笑いながら指先を腰のサイドに指を引っ掛けるようにして白い貴族制服に涙が滲み始めた目元を押し付けると、建物の外からやっぱり聞き慣れた気配がするので顔を上げたら扉が開いた。
「よーっす、……って、お前ら何してんだよ!」
「おや、クロウには私とセリが抱き合っていようと何か言う権利はないだろう?」
そんな言葉をかけるアンはいつもの彼女で、だけど慌てるクロウがちょっと面白くてぎゅっとアンに抱きついた。ら、そのまま抱きしめ返される。あー、換気のいい技術棟は屋内とはいえそれなりに季節の寒さを実感させられる造りなので、他人の体温は存外気持ちがいい。
「ジョルジュも黙ってんなっつの! あれ野放しにすると不純同性交友が始まりかねねえ!」
「いやー、あんまりにも見事に始まったものだから口が挟めなくて」
いつもよりどたばたしだした技術棟の喧騒を聞きながら、私の涙は寂しさと一緒にどこかへ飛んでいってしまった。うん、本当に、何年後でも再会した途端にこういうノリでいられたらいいなぁ。
1203/11/04(水) 放課後
「来週の実技訓練の内容として、あんたたちのARCUS総括試験を行うわ」
久しぶりにミーティングルームに招集をかけられ、告げられた言葉は殆ど推測していた通りのものだった。けれど、来週の実技訓練。一応全クラス火曜か水曜に実技訓練が課せられているのでつまりもしかして。
「あー、来週は少し変則の時間割となり、水曜日に全クラス合同、というかお前さん方の試験運用の総括を全員に見学してもらう予定だ」
「げえ、マジかよ」
マカロフ教官の言葉にクロウが悪態をつきながら肩を竦めたところで、普段ならこの場にいないその方が鋭い視線でその態度を制した。
実戦教練担当──ナイトハルト教官。正規軍から出向する形でこの学校に籍を置いている現役の軍人教官。もちろん私たちも大層お世話になっているのだけれど、ARCUS試験運用に関しては今まで表立っては関わってこなかった人でもある。
「ARCUSの全軍配備はまだされるものではないが、現時点での最新型戦術オーブメントが如何なるものなのか、というのは共有しておくべき事柄だ。無論、全員が軍部に所属するわけではないという理解の上でな」
つまり、この情報が国外に持ち出されることまで含めて、それでも、ということだと。私たちの働きは機密情報になり得ないということなのだろうか。……まぁ本当に機密なのであれば学生にやらせるわけもないのだけれど。
「そして今回の試験には、私とバレスタイン教官が当たることとなった」
ある程度予測はしていた。それでも、この二人が相手となるのなら気は一切抜けない。水と油の仲の二人ではあるだろうけれど、それでも戦闘中にそういう私情を持ち込む愚かな人たちではないことを私たち学院生は身に刻みつけられている。
「そちらは五人だがバックアップとのスイッチは常時可能とする。本気で攻めてくるがいい」
「楽しみにしてるわよ」
「まあ、精々怪我せんようにな」
三者三様、好きなことを言ってミーティングルームを退室していき一抹の静けさが落ちる。
「勝算があるとすればこっちには後衛がいることと、バックアップと交代し放題なところ?」
何とか勝機を見つけたくて私がそう発言をすると、そんな簡単なことではないだろう、とアンがため息を吐きながら否定してきた。だよねぇ、と苦笑する。
「サラはスピードと射撃精度がやべえし、ナイトハルトは一撃が重すぎてガチンコで対抗できるのはジョルジュくらいだろ」
「加えてその二人が組んでくると言うのは悪夢以外の何物でもないね」
「……それにたぶん二人もARCUS使ってくるんだろうねぇ」
私の推測に全員が沈黙を落とす。そうなったら手がつけられないどころの騒ぎではない。でも5対2で相手側にARCUSナシというのは些かに手を抜き過ぎているという見方もあるのではなかろうか。それで勝ったとしてそれはARCUSの試験になるのか、という。
「いろいろ言うけど、みんな『勝てない』って決めつけたりはしないよね」
トワのそんな言葉が議論に波紋を作る。それは、だって、そんなの。
「決めつけてたらつまんねえだろ」
「折角教官殿たちが胸を貸してくれると言うのだから膝をつかせると言うのが礼儀だろうさ」
「わかる。一矢報いるどころか十矢ぐらいは報いて正直勝ちたい。楽しみ」
「いやあ、これが獅子心勇士章を授けられる人材の精神かって感じがするね」
「あはは、サラ教官とナイトハルト教官を前にしてそう言えるのは頼もしいかな」
二人の教官は私たちの日々の戦闘を見て指導して下さっているお二方だ。その二人が私たちと相対した時、確実にこちらが持っている『惜しい』ところを突いてくる。そうでなければならない。けれど全員別のクラスである私たちは戦術リンクを用いた状態で教官たちの前で戦ったことは殆どない。……サラ教官はこっそり見ている可能性は大いにあるけれど。
それでも私たちは戦術リンクの精度もそうだし、お互いの手の内も把握している。だからいい戦いにしてみせるという気概を持ち、そしてその果てに打ち倒さなければいけないのだ。
全員でぞろぞろとミーティングルームを出たところで、あ、と声をこぼした。みんなに聞きたいことがあったんだ。どうしたの、とトワが目線で問いかけてくるので、まぁ歩きながらでいいんだけど、と言いながらいつのもの中庭ルートへ。
「みんなさぁ、ライブの後の生活でそこそこ視線とか感じなかった?」
質問を投げると全員、覚えがあるような表情をした。ああ、やっぱり。私の自意識過剰とかではなかったんだとちょっとホッとする。
「ある程度は仕方ないだろう。例の舞台を写した写真も出回っていると私は聞いたよ」
「えっ、何それ。トワは身の周り大丈夫?」
あの舞台が撮られたとなればまず真っ先にトワが心配になってしまう。あの際どい衣装はあまり外に持ち出していいたぐいのものではなかろう。けれど当の本人は首を傾げているので、物理的に接触しようとする人はあまりいないということなんだろうか。
「まあその辺は衣装デザインした私が責任を持たせてもらおう。トワの周囲まで含めてね」
「うん、頼むよ。……そっちの二人は?」
話を男性陣に振ると、まあオレらは男だしな、と肩を竦めながらさして変わりはないということを言われてジョルジュも頷いている。トリスタの住民の方々から楽器についての相談は多くなったかな、というのはいいことなのか。まぁでも変なことではない。うん。
「なんだ、クロウは告白されていただろう」
その言葉に少し、喉が引き攣ってしまった。いや、今の私にそれに何かを言う権利は、ない。そもそも恋人であろうとないような気もする。するもされるも基本当人達間の話なのだから。
しかし告白したくなる気持ちはわかってしまう。うん。だってステージのクロウは本当に格好良かった。私から見ると完全に贔屓目が入るけれど。
「ばっ、何でお前、それ」
「たまたま偶然通りかかっただけさ」
それは本当に偶然なのかな、と内心で一人ごちた。ちらりとクロウを見ると、バツが悪そうな顔をしながら横目でこっちを見ているので思わず笑ってしまう。かわいい。
「なーに慌ててるのさ」
クロウの背中を軽くぽんと叩くと、お前なあ、と呆れ顔の相手に頭をぐしゃぐしゃにされた。まぁ私にしてくれた約束もあるし、この反応を見るに断ったのだろうと思う。告白をした相手には申し訳ないけれどホッとする自分がいるのも確かだ。自分の心の醜さに呆れと自嘲が内心こぼれる。それでも、モテてよかったね、とは冗談でも相手への申し訳なさが勝って言えなかった。
どうしてかはよくわからないけれどクロウが私への想いを諦めようとしていたという話は聞いたので、もしあの事故がなかったらその告白を受けていたかもしれないな、なんて。……だからといってあの事故を正当化できるわけでは全くないけれど。まぁ誰とも恋愛的に付き合わないと決めていた可能性もあるか。
そんなことを話していたらあっという間に目的地に辿り着く。
「まー、取り敢えず今はバイクと来週のARCUS試験についてだねぇ」
「だな」
現状の五人用タスクを上げながら当たり前のように技術棟へ入っていった。
本当に来週どうなることだろう。
1203/11/11(水) 三限目
お昼は抑えめに体を軽く、武器はいつものナイフとダガーとルーレ工科大学製の頂いたやつを腰に携え、ARCUSに嵌めるクオーツの確認も万端に。各クラスそれぞれ、グラウンドの周囲を取り囲むように待機していた。II組以外は運用面子にいるので、各クラス代表みたいになってしまっている。
「この日が来ちゃったねえ」
「ああ」
「そうだな」
さすがにアンもクロウも緊張しているのか口数が少ない。まぁ自分も緊張を多少ほぐしたくて話しかけたところはあるので人のことは言えないのだけれど。
作戦として戦場での大まかな役割や方向性は決めてはいつつも、どうせそんなものにガチガチに縛られたら泣きを見るのがオチだという結論になっている。戦術リンクを上手く使って即座の意思疎通をしていくしかない。
「こうして見ると思ってるより一学年の人数が多いんだよねえ」
「うん、これだけ人がいると無様な戦いは出来ないかな」
「するつもりもねえだろ、ジョルジュ」
「はは、まあ君達と一緒にいればね」
それは肝が座ると言う意味なのかやるしかないから諦めが早くなったという意味なのかはたまた全然違うのか。個人的にはチーム分割時にバックアップをしてくれることの多いジョルジュは、私たちの危うさと言うのを一番目の当たりにしているのかもしれない。トワもその類まれな俯瞰視点で見える物事も多かろうので、二人には感謝してもし切れない。もちろんクロウとアンにもそれぞれ感謝していることは多い。
いろんな人に生かされてここにいる。
そんな風に話していると空気がピリ、と強張るのが分かり視線を階段の方へやると案の定赤と金が悠々と歩いて来ている。その後ろに立会人としてかマカロフ教官も。
覚悟はとうに終えた。胸を借りるなんてもんじゃない。今日は、絶対にその膝を地面に叩きつけてやるという意志を持ってここにいる。そうでなければ、ここにこうして立つことも難しいぐらいだ。強い。二人は。だからこそ。
昼の終わりを告げる本鈴が響く。
「さぁて、全員揃ってるわね」
「本日はARCUS試験運用の最終統括を行う。────見学の者も、気を抜かないよう」
教官たちの視線が私たちに向いたことで弛緩しかけていた空気を一瞬で戻す。
それに合わせて私たちも初期の隊列を作る。最初は比較的体力のないトワが後ろに回り、戦場を冷静に俯瞰する役目だ。私の前にはサラ教官。やっぱり君があたしの相手ね、と言わんばかりに笑っている。
各々得物を抜き、号令を待つ。
「それではARCUS総括試験────始め!」
甲高い金属のぶつかり合う音が遠いような近いような場所でする。音の出どころの状況を把握する前にこちらは目の前の底意地の悪い教官をなんとかしなければならないわけだけれど──ダガーで凌ぎきれない一撃を見舞われ続け、呼吸を整える暇すら与えてくれない。
しかし回避だって十分に出来ているわけではないけれど、後衛の詠唱時間ぐらい稼げなくて何が前衛だというのか。絶対にこのラインは越えさせない。それが私の矜持だ。
一歩踏み出し、前へ出る。瞬間、クロウのクロノドライブが私をブーストし加速する。その一瞬で教官は牽制判断をし銃で正確にこちらを狙い偏差射撃までしてくる、けれど、ぎりぎりまで最高速度を出していなかったため紙一重で避けながら挑発戦技を乗せたナイフを投げた。瞬間、視線と意識の矛盾が起きたところへクロウが氷結弾を撃ち込む。
「っるあああ!」
それに合わせてダガーを捨て両手で剣を振りかぶったのを銃身でいなされてしまった。即座に後退しながらダガーを拾い距離を取って、クロウへ流れるように放たれた弾丸との間に割って入り剣の腹で受け止める。何度もしたいことではないけれど、詠唱者は最優先保護対象だ。
割り込みのために転身したところでリンクが消え、後ろにいたアンとクロウの前衛をスイッチする。呼吸を整えて盤面をよく見ろと言うことだ。ぜ、ぜ、とこちらは呼吸が荒れていると言うのに教官はあいも変わらず涼しく不敵な笑みを浮かべている。平素と違うのはうっすら汗をかいているという程度の話だ。
戦場から目を離さず調息する。ジョルジュはやっぱり剛撃の名を冠するナイトハルト教官とやりあっているけれど、持ち前のタフさと戦技で何とか凌いでいるというところのようだ。……あれ、この形は誰が持ち込んだ?
「トワ! クロウ!」
「大丈夫! ────ユグドラシエル!」
「こっちもだ! ────クリスタルフラッド!」
既に二人は気が付いていたのか、トワは地属性魔法で二人の足を一瞬動けなくさせ、クロウはその瞬間を見計らい二人を直線で繋ぐ形で氷の道を作り砕く。そう、これは1対2を二つ作るんじゃない。1対1と1対3を作ってまず一人の撃破を狙うべきなんだ。耐えるだけなら前衛の全員、何とかできる。特にジョルジュと私は系統は違うけれど囮役だ。
「────っ」
ジョルジュ・トワ間のリンクを奪取しジョルジュとバックアップ役をスイッチする。先に落とすならサラ教官だ。そして教官に攻撃を当てるなら私よりもアンの方が適しているし、次にナイトハルト教官と相対する時までにジョルジュには体力を回復しておいてもらいたい。だからこれは堅実な戦略的交代……なわけだけれど。
目の前にしてわかる。思わず震えてしまう。剛撃の名の由来。その手に持った剣が何をどれだけ割って来たのか。斬るのではない。割るのだ。その膂力と腕力で以って。
挑発戦技のナイフを投げると教官は敢えて精神抵抗しなかったのかこちらに剣を迷わず向けてくる。数撃でも当たったらだいぶやばい人と正面衝突することになってしまった。それでも大丈夫、背中を預ける仲間は頼もしいから。
ナイトハルト教官の容赦のない蹴りがモロに腹に入って吹っ飛ばされ、戦場での前衛ロスを消すためにジョルジュがリンク奪取をして前に出た瞬間、アンが右腕を掲げるのが見えた。サラ教官の後退条件を満たしたのか、教官が後ろに下がっている。
やった────その感情で緊張が解けそうになって自分の足を叩いて未だ戦闘中であることを自覚させた。まだだ。越えるべき山はまだもう一つ残っている。そう奥歯を噛み締めると詰めていた息が溢れ出し、盛大に噎せて気管を抉る。腹は痛いし呼吸はしづらいし制服はボロボロだし正直もう立ちあがるのもやっとこさっとだ。それでも。
胸を軽く叩いて呼吸を正常に戻し、走り出す。
「セリ! 頼む!」
私の最低限の回復まで待っていてくれた功労者のアンとスイッチ。ああ、後衛陣は出ずっぱりで申し訳ないな、と思いつつ回復魔法の温かさが身体を包んでくれるのがわかった。
ジョルジュが完全なる盾として機能してくれている間にこっちは背後からナイトハルト教官を削りにかかる。固まっていると範囲戦技の餌食だけれど、それでももうここで押し切らなきゃならないんだ。距離を取っている体力なんて残っちゃない。
トワとクロウのARCUSのバッテリーもそろそろ尽きる。
ジョルジュにリンクを繋ぎ直し教官を挟撃した刹那、ジョルジュの重槌が剣を砕きそのまま振り抜いたら身体の真芯を捉えていたのか軍服に包まれた身体が大きく吹っ飛んだ。それでも無様に転ぶようなことにはなっていないので余力があったと判断し追撃に、入ろうとしたところでマカロフ教官の腕が上がった。速度を上げかけたところだったので咄嗟に片手剣を手放しつつ前転で勢いを殺し、ダガーは構えながら地面に片膝片手をついて起き上がりその腕を見上げる。
「────勝負アリ。ARCUS試験運用チームの勝ちとする」
おそらくナイトハルト教官も事前に敗北条件を設定していて、それを私たちが何とか満たした。そういうことなんだろう。現に両教官は疲れた顔をしながらも当たり前のように立ち上がっているのだから、現時点でどれだけ実力差があるのだろう。くやしい。
それでも、それでも勝利条件を満たしたのはこちらだ。
どっと疲れが落ちてきて、は、と息を溢しながらこうべを垂れて奥歯を噛み締める。深く息を吸って、吐いて、どうにかこうにか呼吸をゆっくり落ち着かせていくと肩を叩かれた。見上げると満身創痍で傷だらけのクロウが私に手を差し出している。力の入らない手を持ち上げてその手を取ると簡単に立ち上がらせられた。
手にしていた武器は収め、散り散りになっていた面々が横一列に並び、その前に教官たち。
「ARCUSの性能については最早疑いようもないだろう」
ナイトハルト教官が口を開いて頷き、私たちに向けられていた視線を周囲へ走らせる。
「見学者も! この戦いを見て大いに勉強になったと思う。来週には今の戦闘のレポートを提出。そしてまた他クラス合同訓練を行う。今までを踏まえて自分がどのように動くのか考えるように! 以上、予定より早いが解散!」
教官の言葉に緊張の糸がほどけ、どあっ、と疲労が来て傾ぐ身体のために両膝へ手をつく。そうだ。剣。ナイフ。回収しないと。ため息を吐きながらグラウンドに散らばった刃物を回収していくと、今の号令で帰らなかった人たちが寄って来て私たちにいろんな言葉をかけていく。
すごかったよ、やばかった、あんな風に戦えるもんなんだね、交代の基準とかは作っていたの?、など諸々諸々。問われているのを聞いて、そういう"明確な基準"を決めていなくても何となくでわかるのが戦術リンクの真骨頂なんだろうなぁと思う。けれど確かに外野から見たらあまりにも見事な流動運用に感じられるのかもしれない。
「やっほ」
「あー、ロシュ。……もしかしなくてもカメラを構えていたね」
「もっちろん。あ、教官にはちゃんと授業中の稼働は許可取ってるよ」
「ならいいけど」
拾った最後の一本を腰に収め、息を長めに吐く。ようやく意識のクールダウンが終わったらしい。次は軽いストレッチをして身体の方も興奮を落としていかないといけない。
「その写真、後でこっちにも回してくれる?」
「いいけど速すぎてブレてるかもよ。戦闘写真なんて初めて撮ったし」
「その辺はまぁ適当に、いい感じに。君なら撮れてるだろうし」
「信用があるなぁ。わかったよ。そんじゃあね、格好良かった」
言いながら校舎へ戻っていくロシュを見送り、立ったまま出来るストレッチをする。各部位をきちんとやらないと酷い目に遭いそうだ。
「いやー、やっぱあの二人バケモンだろ」
「本当に」
隣に来たクロウがクールダウンに合流するので同意して笑う。制服はお互いボロボロなので、また学院に申請をしないといけないだろう。半年で何着駄目にしただろうか。まぁこの費用もARCUS予算から出ると言うので新しいのはありがたく受け取っておこう。
向こうの方ではアンが疲れているだろうに王子様ムーブをかましていて、駆け寄ってきていた女生徒から黄色い声が上がっているのが見える。よくやるなぁ。
「腹、大丈夫かよ」
「まー、何とか? 痣にはなってるだろうけど」
ナイトハルト教官は『軍内部における平均技能の向上』を考える人でつまり基本に煩い。ゆえにああいう泥くさい戦法をあまり取ることが少ないので、蹴りを使わせた、という点ではしてやった感はちょっとある。だからこの痛みは満足感に変換出来なくもない。痛いけど。
腹をさすりながらいまだ囲まれるアンを見て、そういえば、と思い至る。
「ライブもそうだけど総括試験も結構目立つよねぇ」
今回は致し方ないとはいえ若干うんざりしてしまった声を出したところで、クロウが笑う。何がおかしいと言うのだろう、と言うか活躍した君もまた告白されたりするんじゃないか、と横目で見たところで頭をぐしゃぐしゃにされる。
「たぶんな、お前へ走ってた一部の視線は消えるぜ」
「……?」
いまいち関連性がわからなかったけれど、クロウがそう言うのならそうなのかもしれない。そうだといいけど、と言いながら両手を組み、上に身体を伸ばし取り敢えずクールダウンを終わらせる。
校舎の壁に飾ってある時計を見上げると三限が終わるまではまだ時間がありそうだ。軽く済ませた昼を取り戻すために食堂へ行こうかなと思案。
「おーい、ゼリカにジョルジュにトワ、オレら食堂行くけどどうするよー?」
したところで、隣にいるクロウが三人に声をかけ始めた。
いや、私は何も言っていないのだけれど、確定事項かな?疑問を視線で流すと、それに気がついたクロウからウインクされたので、お見通しか、と自分のわかりやすさにため息をつくしかなかった。腹部は未だ鈍痛に苛まれてはいるけれどそれでも空腹には、抗えない。