41
"それ"はこの時期に手に入れるのはかなり難しいと言う話もされ、それに高くつくと言う話もされ、それでも何とか入荷の目処が立ったら連絡をくれととある店に連絡先を置いていった。帝都散策の副産物としてあの店で入荷出来ないなら他の店も駄目だという噂は聞いていたので連絡先を置いていったのはそこだけだ。
それでもそこから、22日に少しだけ入荷出来そうだ、という導力通信で急ぎの連絡をもらった時には、本当に高くついたなと笑うしかなかった。それでもそれくらいはしないとなんというか、釣り合いが取れねえと思ったんだ。
何と何の釣り合いなのかはいまいち自分にもわかんねえけど。
1203/11/22(日) 自由行動日
入荷の予定がどうも夕方らしく、技術棟でジョルジュのバイク製作に付き合ってから用事に合わせてトリスタを出る。技術棟にも寮の中にもセリの姿は見当たらず、部屋にいるのかそれとも自由行動日だから出かけているのか。もし後者だとしたら帰寮前に連絡がつかねえ可能性もあるなと僅かばかりに想定する。
まぁでも帰ってこないってこたないだろう。たぶん。あいつが外泊をしたことなんか例の頭痛をなんとかするためにクロスベルへ向かった時ぐらいだ。それも短期集中休暇を使っての遠出。帝都程度なら宿代が勿体無いレベルの近さなわけだし。だから、最悪の最悪として今日中に渡せない可能性は無視出来る。
もうだいぶ慣れ親しんだ鉄道で帝都へ向かう景色はだいぶ様変わりして、木々の一部が赤く染まったりしている。ライノの花で白かった四月から、色づく十一月に。どっちも植生の異なるジュライでは見ることもなかった光景だ。確かな時間の経過。
大人しくしてた帝国解放戦線のリーダーとしての活動もそろそろ再開する時期になる。
あとどれだけオレはここにいられるんだろうか。
あとどれだけあいつらと馬鹿をやっていられるんだろうか。
……あとどれだけ、あいつの傍にいることが出来るんだろうか。
正確なカウントダウンは出来ない。俺のやるべきことは水物で、その時その場の判断でベットしレイズしショーダウン、ってなもんだ。必要ならオールインだってあり得る。そんな場所に連れて行けるわけもねえ。いやそもそもついてきてくれるとも思っちゃない。
それでも俺はあいつをどれだけ傷つけても、今の自分の想いを優先した。スカーレットに話したらまあ詰られんだろうな。女心をなんだと思っているんだ、とか。正直自分でもそう思うから始末に負えねえ。
────恋なんて、正常な判断を下せなくなる愚感情だ。少なくとも、帝国解放戦線のリーダーである《C》としては愚行中の愚行と評してもいいだろう。だけどそれを理解した上で決めたんだ。士官学院生クロウ・アームブラストとしていられる間はあいつの隣に立てる立場を求めた自分を是とするって。
回りくどい結論だと自分でも思う。だけどそうでもしないと俺はオレを保てない。
「見る目ねえよなあ、お前」
今ここにいない相手に聞こえるわけもなく、瞼を下ろしてそう独りごちた。
帝都に到着して適当なトラムに乗って目的地に。大通りから一つ路地に入ったところにある、個人店だって言うのにやたらと品揃えがいい奇妙な店だ。
オレが顔を覗かせると、おお、と覚えられちまっていたのか店主の男が注文も聞かずに奥から頼んだもんを出してくる。季節外れのそれはそれでも見事なもんで、若干開ききっちゃいないが明日には見栄えが良くなってるだろう。そういうのを選んでくる手腕が噂通りだと。
「それにしても急ぎでこれってのは、もしかしてそういうことか?」
「まーな。男の意地みてえなもんだ」
「男ってのは馬鹿だからなあ。ま、こんな注文を受けるこっちも馬鹿なんだが」
二人して笑いながら、薄い綺麗な紙で外からは見えないよう包まれたそれを代金と引き換えに渡される。あんな無様な告白をしちまったんだから、仕切り直すんならと無理を言って注文した。このくらいしか方法が思い浮かばなかったっつー自分の発想の貧困さはこの際目を瞑る。これが帝国民のセリに通じねえってことはないだろう。たぶん。直接聞いたことはねえけど。
「じゃあな、おっさん。あんがとよ」
「おう、武運を祈ってるぜ。フラれたら話ぐらいは聞いてやっからよ」
「はは、ならそん時は頼むわ」
手を振ってその場を後にする。
赤いグランローズ一輪────『熱烈な求愛』が花言葉であるそれを携えて。
トリスタに着いた頃にはもう随分と日が暮れていた。グランローズを片手に商店街を突っ切るのは正直避けたい事態だってのもあって(どう考えても誰か一人に見つかったらそれだけで明日には知れ渡ってる可能性がある)、一番ホームの端っこでARCUSを開きセリに通信をかけると何コール目かで繋がった。喉が異常に渇く。
『はい、こちらセリ・ローランドです』
「あー、クロウだけどよ。今ヒマか?」
『用件による』
情緒もなくバッサリ言い切るところに駄目だときめきを感じちまった。お前の弱いところも好きだけどそう言うところも好きなんだよなあ。いやマジで嫌味とかじゃなく。
「そうだよな。……ま、ちっと大事な話があるから、よけりゃトリスタの東街道で」
『うん? わかった、じゃあ暇になったので向かうね。15分ぐらいかかるけど』
「オッケーオッケー、あんがとさん」
通信を切ってARCUSを閉じる。あと15分か。ここで呆けててもしょうがねえ、と歩き出して花の包みはさりげなく駅員の死角になるようにして駅舎を出た。ここから右手にまっすぐ歩いていけば東の街道だ。多少暗くなり始めちゃいるが、ま、魔獣避けの外灯もあるから平気だろ。
片手をポケットに突っ込みながら歩いて、冷えた指先から『柄にもなく緊張してるな』と自己分析をする。まあでも、そうだな、緊張もするわ。さすがに初恋じゃないにしろ、殆ど返事は決まってるような勝負みたいなもんだったとしても、自分の感情を改めて曝け出すってのは覚悟のいることだ。それに好いちゃならねえ相手を好いて、その好いた女を確実に傷付ける道に誘おうってんだからクソ野郎もいいところだっつう。
……セリとの関係は強固な隠れ蓑にはなるだろうが、そういうつもりじゃ、ない、だけど結果的にはそうなる。それは確かでこの選択をするなら逃れられない話だ。俺がどう考えていようとそれは事実になる。
結果に感情は見えない。見えないもんは考慮に値しない。俺の感情はいつかフェイクになる。いやむしろそうでないと困る。本当にお前のことが好きだったんだぜ、なんて伝えられる日はきっと来ない。
だけどそれでもと思っちまうくらい、お前の傍に。
ぱたぱたと近づいて来る気配に顔を上げ、オレが見えていることを理解したのか手を大きく振られてセリが走ってくる。薄手のパーカーにニットのベストを合わせて、シンプルなズボンに装飾が普段よりちっと多いブーツ。かわいい。やっぱ今日はどっか出てたんだろうなって思う。
なんの含みもなく笑って、オレの呼び出しに応じてくれる。その姿が眩しい。
「来ーたよ!」
それに反し嘘で塗り固めて、偽装に偽装を重ねて、なんの真実も開示しちゃいない俺だけど。
今、この瞬間だけは。
「これ、を、お前に」
用事が何かと切り出される前に、問われる前に、でも思わず視線を逸らしながら手に持っていたそれを差し出す。七分咲きのグランローズ。帝国ではよく告白に使われるって聞いたわけだがつまりそれは共通認識が出来上がってるってことだろう。だから、いま差し出して。
「……」
だってのに一向に返事も受け取られもしねえ。
もしかして伝わっていないのかと顔を上げたところで、目の前には手を出しかけてんだが出しかけてないんだが微妙な高さで両手を構えている真っ赤なセリがいた。あ、これどう考えても伝わってるな。確定だ。
「……あの、これ、その」
「……告白の仕切り直しのつもり、だな」
改めてきちんと伝えると、緊張が砕けたように、ふにゃりと笑って、すこしばかり震えるままにそっと俺の手ごと花の包み紙に触れる小さなそいつの手。あたたかい。生きてる。侮辱だなんだと言われても、やっぱり俺はことあるごとにお前が生きてることに安堵しちまうんだろう。
嗚呼ほんと、どうしようもなく、好きになっちまった。
「ありがとう。まさかグランローズなんて……うれしい」
「そりゃよかった」
「季節外れで高かったんじゃない?」
「あー、まあそれなりだな。でも少しくらいカッコつけてちょうどいいだろ」
例の病院の中庭でのことを思い出したのかセリが笑う。あの日は本当に情けねえ告白をしちまった。しかも丁寧に丁寧に断られるし。まあその馬鹿みてえなほど真っ直ぐに筋を通そうとするところも好きなんだけどよ。
というか正直今までの感覚としてあんまりそういうことに興味なさそうな顔をしてたから、こういうセッティングも空振るかと思っちゃいたが、わりと効果は絶大だったみたいだ。ほらな、知らないことばっかりだ。でもそれを知っていける時間があればいいとはさすがに思っちまう。
外灯でほのかに照らされながら、両手で持ったグランローズにすこし顔を近づけるセリはきれいで、カメラを扱うやつはこういう時に構えるんだろうなとぼんやり眺める。そんなオレの視線に気が付いたのか、ふっ、と微笑まれてどきっとした。
「その、これからもよろしくね、クロウ」
「……あぁ、よろしく頼むわ」
未来へ続く約束の言葉。
たとえこのずっと先にいるお前の隣に自分がいなくても、今この時だけはただひたすらに想っていたいと、その手をその心を自分に繋ぎたいと、
どうしようもねえ。