[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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十二月
12/上 導力バイク


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例のARCUS運用最終戦闘暫くしてから、戦術オーブメントの返却はしなくていいというお達しが正式に下された。可能なら追加でレポートを提出してくれたら嬉しい限りだとも。基本的にオーダーメイド品なので戻してバラすよりはそのまま使ってもらった方がいいって判断だろうね、とはジョルジュ談だ。

特製アタッチメントである耳介装着型通信器もそのまま使っていいと言われた。曰く、希少金属とARCUSの内部データの構築の相性があるようで大量生産は出来ないらしい。残念ではあるけれどそれならレポートをなるべく上げようと思った。

 

それと、妙な視線はあの日を境に本当に減少したのでクロウに、予見がすごい、と伝えたら気概のねえ奴らばっかだなと笑っていた。その言葉からつまりそう言うことなのかもしれないと思ったけれど、まぁ深く聞かなくてもいい話なのだろうと判断した。私が把握していた方がいい話なら濁さず言うだろう。それぐらいの怠惰は許されたい。

 

 

 

 

1203/12/上旬某日 放課後

 

「あ、ごめんそっちにあるウエス取って」

「あいよー」

 

最近の放課後は技術棟にこもりながら導力バイクの組み立ての手伝いをしているのだけれど、これが結構楽しい。もちろんいろいろと汚れてしまうので学院指定のツナギに着替えて。個人的にクロウはツナギが似合うと思うので眼福だなぁと思う。これは私情だけれど。

今日はトワを抜いた四人でバイクを弄ったり工具の手入れをしたりで、なかなかに人手がある状態だ。

 

「うん、何とか形になってきたかな」

「年内にはbeta版としては動かしたいところだね」

 

ジョルジュとアンが楽しそうに話している。一年次の修了課題としてということだから期末試験後ぐらいには正式稼働をさせたいというスケジュールなので、この辺りで動くなら上々だろうと思う。

 

「今更だけどさ、服どうするの?」

「うん?」

 

座りっぱなしだったので立ち上がって軽いストレッチをしながら問いかけると、アンが首を傾げた。

 

「いや、時速700セルジュとか出すならどんな服でも大概寒そうだよなぁって。特にこれからは冬になっていくわけだし、並大抵の素材だとコントロールするどころじゃなくなったりしそうだなー、って」

 

といってもじゃあどんな素材で作ればいいんだ、というツッコミもありそうだ。例えば通気性がないといえば革素材だけれど、装飾品とかではよく見るとはいえ服に使うとなるとどんなデザインになるのか。まぁでもアンは立場上服飾デザイナーの方の知り合いはそれなりにいるだろうので、私が気を揉まなくてもいい感じもするけれど。

 

「ふむ。一考の価値はありそうな話だ。考えてみよう」

 

頷くアンに、使えないアイディアなら気にしないでね、と告げつつ、誰かが技術棟に近づいて来たのを感知して顔を正面扉のほうに向ける。歩調、気配、これは学院受付のビアンカさんじゃなかろうか。すこし急いだような足取りなので誰かに来客でもあったのかもしれない。可能性として高いのはジョルジュかアンかな。私はこっちに知り合いはいないし、トワを訪ねるならまず真っ先に生徒会室へ行くべきだし。クロウは知らないけど。

近付いて来る気配に合わせて扉を引いて開くと、ビアンカさんはすこし驚いたような表情でこちらを見た。ノックの前に扉を開くのは無作法だったかな、と申し訳ない気分になる。でも来るとわかっているのに重い扉の前で突っ立ってるだけというのも微妙に落ち着かないのも確かな話で。

 

「こんにちは。誰かに用事ですか?」

 

とはいえやり直すものでもないだろうと続けると短い肯定が。じゃあやっぱり二人のうちどちらかかなと視線を動かしたところで、あの、と声がかけられた。

 

「ローランドさん、ご来客です」

 

 

 

 

ご来客。誰かを迎えるような格好をしていないしそもそも誰だ?という疑問しかないので固まってしまっていたところで、取り敢えず来てください、とビアンカさんに手を引かれるままに中庭経由のルートで受付カウンターの方まで歩いていった。

格好はともかく考えても考えても本当に僅かばかりと言う可能性でも該当者がいない。繁忙期に差し掛かろうという叔母さんたちではなかろうとは判断できるし、街の人も然り。あるとして旧都の商人さんだけれど、だとしても私を訪ねてくる必要が思い付かない。親方関連だとしても直前でも連絡がありそうなもので。

うーん、と首を傾げていたらそっとカウンターが見えてくる手前の曲がり角で手が放され、視線が来る。別に逃げようとしていたわけではないんですよ、と内心苦笑しながら一緒に進んでいくと、上品な仕立ての服を着た誰かがそこにいた。横顔と帽子でいまいちわからない。

 

「お待たせ致しました。先ほど仰っていた内容に該当する生徒は彼女ですね」

 

ということは一般の方なのだろう。名前も知らない私のことを訪ねて来たどなたか。ビアンカさんが声をかけて振り向いたその人は、それでも確かに見覚えがあった。

 

「あっ」

「ああ、本当にあなた無事だったのね!」

 

10月の事故に巻き込まれた際に私が案内をしていた年配の女性だ。

 

 

 

 

取り敢えず話をするにも腰を落ち着けましょうか、と食堂に案内してから、一瞬だけ離席し技術棟でツナギを脱いで置いていた上着を引っ掛けて飛び出した。みんなには心配されたけれど親指を立てて問題ないとアピールしておいたけれど伝わっただろうか。

食堂に帰った時には紅茶が既に注文されていて、感謝を告げるところころと笑われてしまう。

 

「本当はもっと早く会いに来たかったんですけどね、一旦戻ってしまうとなかなか」

「確かクロスベルからお越しでしたよね」

 

歩きながらそんな話をしたような記憶がある。帝国国土の東の果てにあるクロスベルから帝都近辺であるトリスタは大層離れているため、体力的にも金銭的にも来るだけでそれなりに消耗する土地だ。夜行寝台列車の特別車両に乗れるならそれなりに体力は温存出来るとはいえ、年配の方には辛かろう距離には違いない。

 

「ええ。それでもやっぱり、命の恩人であるあなたにはきちんとお礼を言いたくて」

「むしろあの時は咄嗟に突き飛ばしてしまったので、ご無事な姿が見られて安心しました」

 

憲兵隊からの要請の兼ね合いで顔写真付きの死傷者リストに載っていないことは確認していたけれど、事故直前の突き飛ばしで怪我をされていたらリストには載らないかもしれないな、と危惧をしたりもしていた。

 

「あの事故は本当に、酷いものだったわ」

「……はい」

 

国の物理的にも政としても中心地である帝都で、交通法による規制その他が働いていない、というのはクロスベル市に住んでいらっしゃる方にはにわかには信じ難いことだっただろう。クロスベルでの導力車に対する対応というのは素晴らしいものだった。市民が慌てて車道を横切る必要もなく、街中での低速運転なども守られていて歩きやすい街づくりがあそこにはあったから。

 

「けれど二ヶ月前とは見違えるほどで驚いてしまったわ」

「ああ、それは宰相殿と帝都知事の方が尽力されていたみたいで」

「ええ、ええ、そうするに値するほどの事故でしたもの」

 

ただ過去のこともあって実はあの事故のことは思い出すだけで、すこし指先が冷たくなる。だからあまり話題に出したいことではなかったけれど、どう話題を切り上げればいいのかわからず会話してしまう。どうしよう。

 

「あなたと会おうとしても面会謝絶だったし、そうこうしている間に息子夫婦も来て帰る日になってしまって、後悔したの。だからこうして会いに来てしまったのだけれど、いきなりごめんなさい」

「いえ、ありがとうございます」

 

私の身柄は重要参考人として事故後の政策を推し進めるためにか、貴族に消されたりしないようそれなりに帝都側から手厚く保護されていたらしい。そうは言ってもずっと監視がついていたとかではないので、中庭にキーボードを持ち出して練習するぐらいには自由ではあったけれど。

 

「それで、甘いものはお好きかしら」

「甘いものですか? はい、自分でも作ったりしますし」

 

答えると、ならよかった、と先程から傍らにあった紙袋から大きな長方形の箱のようなものが取り出され渡される。見ると例の中央広場にあった百貨店・タイムズの包み紙だ。

 

「お見舞い品として受け取ってくれないかしら」

「えっ、いや、でも当然のことをしただけですし、自分は殆ど怪我もなく」

「そう言い切れる人が傍にいてくれたから、私はここにいることが出来るの」

 

スパッと言い返されてしまい、物品を受け取るというのはどうだろう、と思いつつもここで固辞をしたらこの重そうな箱をこの方が持って帰ることになるのだよなぁといろいろ考えがめぐり、結局。

 

「では、ありがたく頂戴いたします」

「私の好きなお店の焼き菓子なの。多かったらお友達とどうぞ」

 

百貨店のこのレベルの焼き菓子、だいぶお高いのではなかろうかと考えそうになったけれどお礼にそういうことを考えてしまうのは品がよろしくない、と自分を内心で叩く。しかし丁寧な方だなぁとびっくりしてしまった。紅茶もご馳走になってしまったし。ただあの場にいたのが私だったというだけのことなのに。

 

「さ、何かしている途中だったのでしょうし、私はそろそろ帰りますね」

 

ふふ、と笑ってその方は立ち上がるので、頂いた紙袋に焼き菓子を入れながら自分も同じように。

 

「駅までお送り致します」

「あら。いいのよ、そんな」

「いえ、その……よろしければ、あの日の続きとして。坂もありますから」

 

仕方がなかったとはいえ完遂できなかったタスクには違いない。

私の言葉が何に繋がっているのか相手の方は理解してくださったようで、それじゃあお願いできます?、と了承してくださった。私は頷き、木枯らしの吹く道を辿り揃ってトリスタの駅まで。

 

改札前のベンチで鉄道が来るまでまた少しお話をして、鉄道が定刻通り運行しているという到着予告アナウンスでホームへ歩いて行くその方を見送った。そうして一段落した心の気配に気が付いて、もしかしたら今日、ようやく私にとってあの事故は終わったのかもしれない、と。そういう意味で、救われたのは私の方だったのじゃないか、なんて。

そんなことをぼんやり考えながら寮に一旦寄ってから学院──技術棟へ再度足を向けた。

 

頂いたお菓子はみんなで食べよう。

 

 

 

 

「で、結局何だったんだ?」

 

技術棟の施錠作業を終わらせ、食後のお菓子もあるしと今日は五人でご飯を食べようかと食材の買い出しをしに先に行ったアンとジョルジュを見送り、私とクロウは生徒会で遅くなりそうなトワを食堂で待っていようとなったところで尋ねられた。

 

「んー、10月の事故で一緒に歩いていた方がいたって話はしたよね」

「ああ」

「その方がお礼を持って来てくれたんだ」

「……そりゃまたなんつーか律儀な」

「だよねぇ」

 

おなじ感想を抱く人がいたので、自分がズレているわけじゃないんだなと頷く。本当に、あそこにいて、自分が信じる最善を尽くそうと出来ることをした、ただそれだけ。ハザウやクロスベルでのバス襲撃撃退時にお礼を言われるのとは違う。来訪するというのはそれだけの価値があったという意思表明に他ならない。

でももし自分がそういう、結果的に命を助けられたにも関わらず感謝を告げられない側になったらどういう行動を取るだろう。そのことを考えると、今日のことが重すぎると言うことはないのかも。

 

「まぁ、事故はともかく帝都は格段に歩きやすくなったよ」

「例の帝国交通法か」

「そうそう。時事問題として教頭が出題して来そうなやつ」

「お前それ出てきたら絶対に落とせねえヤツだろ」

 

確かに、なんて笑いながら、交通法の名前を出すときに少しだけ、ほんの僅かにクロウの表情に剣呑なものが浮かんだ気がしたけれど気のせいだったのか、単に頭痛とかでそう見えたのか、今はもうそんな気配はない。────ああでも、何か、似たような空気をどこかで感じたような、気が。確かずっと前。

 

「お待たせっ」

 

思考の淵に沈みかけた瞬間、トワの声が聞こえて来てそちらに意識を切り替える。時計を見ると既に19時。生徒会というのはこんな時間まで稼働しているのかと思うと、トワの勉学時間などいろいろ気になってしまうのだがこの学院はどうなっているのか。いくら生徒の自主性に重きを置いていると言っても限度というのはある。今度またお泊まり会でもするかな。

 

「お疲れさま」

「あれ、アンちゃんとジョルジュ君は」

「二人は今日のご飯当番してくれるみたいで買い出しついでに先に帰ったよ」

「えっ、それなら私も遠慮したのに」

 

遠慮。どういう文脈かいまいちわからず首を傾げ、数瞬後にあぁと思い至った。

 

「クロウは気にしなくていいよ。この時間帯に一人で帰すなんて選択肢はないし」

 

いくら寮がそれなりに近いとは言っても夜道には変わりない。それにアンからも頼まれているのだ。頼まれなくても待ったことに変わりはないけれど。でも、とクロウへトワが視線をやるとそれを受けたクロウがぐしゃぐしゃとトワの頭を撫でる。

 

「別にいんだよ。こいつがこういう気質だってのはわかってることだし、それにオレにとってもお前は大事なんだぜ」

 

恋人が出来ることで友人を大事にすることを疎かにしなければならないのが普通なら、私はどうにかそうでない道を選びたいと思う。感情や思考のリソースは限られているとはいえ、だ。それはクロウにとってもおなじことだと思いたいけれどどうだろうな。私の考えを優先してくれているだけかもしれない。でもクロウにとってトワが大事な人だというのは、まぁ間違いではないと思うのでよしとしておこう。

 

「そっか……えへへ、ありがとう、二人とも」

「うん、そう言ってくれる方がいいな。でもトワが気にするなら今後クロウには先に帰っててもらった方がいいかなぁ」

「ちょっと待て待てお前も心配だからな!」

「セリちゃんそれはさすがにクロウ君がかわいそうだと思う」

 

二人から総ツッコミを受けて、冗談だよ、と言ったら、冗談じゃなかっただろう、みたいな視線をもらったのでほんとほんと、と重ねて笑うしかなかった。いや本当に冗談だったのだけれど。信用がない。いや、ありすぎるというべきなのかもしれないけれど。


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