[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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12/中 夜会話

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1203/12/中旬某日 夜

 

『シャワー浴びた後にちょっと話せねえか』

 

夜、予復習を済ませてあとはもうそれこそ少しだけ筋トレしてシャワーを浴びて寝るだけ、という感じの時にそんな通信が飛んできた。珍しいなと思いながら、一時間後にロビーでならいいよ、と答えると、じゃあそれで、と決まる。部屋じゃないと話せないものではないということなので、そこまで切羽詰まった何かではないのだろうと思う。

シャワー室は各階にあるので、ロビーに行くまでクロウと遭遇することはない。だから、この間トワとアンの二人からお祝いみたいな感じでそっと贈られたちょっといい柑橘系のお風呂セットを持ち込んでも特にパッケージバレとかはしないのだ。うん。

 

 

 

 

ドライヤーがこの世の中にあってよかった、と思いながら指定した時間ぎりぎりに厚手のストールを肩からかけて降りると、ロビーのソファには壁側の方にクロウが座っていて手を挙げてくる。バンダナをつけていないクロウはまぁさすがに見慣れたものではあるのだけれど、それでもVネックの長袖の寝巻きは見慣れていないものでどきっとしてしまい、感情っていうのは厄介だなとしみじみしてしまった。

それなりに夜も更けているので他の寮生の気配はなく二人きり。といっても共有区域だ。何があるということもなかろうと。

 

「お待たせ」

 

対面に座ると呼び出したクロウは片肘を膝に頬杖をつきながら私を眺めるだけで、その口が開かれる気配はない。別に何か話したいことがあったとかではないのかな。まぁそういう時間もいいけれど。

 

「何か飲み物でも淹れる?」

「あー、珈琲飲むとビミョーに眠れなくなっからなぁ」

「じゃあ甘いホットミルクとか」

 

最近は多少使われてもいいかと食堂の常温棚に置いているメープルシロップを思い浮かべながら提案すると、たまにはそういうのもいいな、とクロウが笑う。じゃあ作ってくるよと立ち上がったらクロウもついてきた。一緒に作るというレベルのものでもないけれど、まぁいっか、と揃って灯りが消えた食堂を抜けて調理場に入りマグカップを出しことこと牛乳を温める。今日は月明かりだけだと心許ないので、換気扇をつけるついでに導力灯も起動させて。

二人でいつかのように調理台に背中を預けながらコンロの火を見ていると、するりとクロウの手が髪の毛に伸びてきた。うっすらと指先がうなじを通っていって、それだけですこし心が跳ねてしまうのがわかる。私の感情と心臓はいつも働きものだ。いい感じに休んで欲しい。

 

「なんかいつもと違うな」

 

すん、と鼻先を近付けられてまたしても心臓がぎゅっとなる。クロウの距離感がわからない。いやでも、そう、たぶん、それが許される関係性をお互い手に入れているということなのではないだろうか。恋愛初心者には困ることが多いけれど、……嫌、では、ない。ないのだ。

 

「……普段と違うシャンプー使ったから」

 

それと最近気がついたけれど自分は誤魔化したりが下手なので、今回もそう馬鹿正直に話してしまう。するとなんというか、クロウのことなのでそれがどういう意味なのかわかってしまったんだろう。指が離れると共に、ああ、と端的な返事が落ちてきた。

1を聞くだけで5も10も理解するその頭の回転の速さが憎い。いやむしろ1を聞く前に0状態で既に理解されている時もある気がする。あれはなんなんだろう。例えばお腹空いている時とか。戦場でのチームワークならある程度選択肢が狭められているのでわかるのだけれど(それでもクラスの人とは合わない時は合わないので、いつもの面子はありがたいな、と改めて感謝することになる状況は多い)(つまり私がARCUSにあぐらかいていたり、いつも合わしてもらっているという反省でもある)。

 

そんなどうでもいいことを考えて心を落ち着けようとしているところに、下ろしていた手の指先にちょっと何か冷えたものが当たる。見るとさっき私の髪に触れていたクロウの指先で、隣を見上げると澄ましているのに、でも耳が少しだけ赤くなっている横顔があって今日最大に心臓がぎゅっとしてしまった。かわいい。

私もそっとコンロの方に視線を戻しつつ少しだけ距離を詰めて、相手側に手を潜り込ませてから指先を更に、絡む関節を深くする。大きくて、結構骨張ってて、すこしひんやりしている自分とは全く違う手。ハザウの時は頼もしさ以外意識していなかったし、学院祭の時は結構いっぱいいっぱいだったから、こうしてカタチを、輪郭を辿るような繋ぎ方は、今日が初めてだ。

 

手を繋いでいる。たった、言葉にするとそれだけなのに、そんなことがこんなに嬉しい。

昔の私は感情と勢いに任せてクロウに抱きついたりしたこともあったけれど、今考えるとかなり大胆さを感じる。まぁ仲間と健闘を称えて抱きしめ合うのは何もおかしいことでは、ないと、信じたい。どうだろう。わからない。

 

そんなまたもやどうでもいいことを考えていたら、ゆらりと視界の端を炎が掠めた。

 

「あっ」

「あ」

 

牛乳からうっかり意識を外してしまったので、若干ふつふつと言い始めてしまっていた。慌てて空いている手で火を消したけれど掻き混ぜるのも忘れていたので膜が張ってしまっている。やってしまった。けれどやってしまったものは仕方ない。気を取り直してマグカップに注ごうと手を放したところですこしひんやりするのを感じた。

11月の夜だ。それなりに外は冷えているので、火を使っていたとはいえ調理場もそこそこ冷えていたんだろう。そのことに今気がつくなんて浮かれすぎじゃないだろうか。

すこし反省をしつつ棚から出したメープルシロップを匙で好みの量入れてクロウに渡すと相手も自分のところに適量。くるくるとそのままかき混ぜた匙が返ってきたので、自分もカップの中身をくるくる回す。鍋と匙は取り敢えず水を張ってシンクに置いてソファーの方に戻ってさっきとおんなじように。

 

温めすぎたホットミルクを冷ましながらちびちびと飲んでいると、やっぱりクロウは私を見ている。首を傾げると微笑まれてしまった。心臓に悪い。

 

「……確認しておくけど、何か話したいことがある、って雰囲気じゃないよね」

 

一応切り出してみると、まあな、と首肯。

 

「最近バイクにかかりっきりであんま二人で話してなかったと思ってよ」

「あー、まぁ、そうだね。五人ないしは四人でいることが多かったっけ」

「それはそれでいいんだけどな。完成が楽しみってのは事実だし」

 

そもそも私とクロウが二人で話すというのは、特別課外活動時の夜が多かったかもしれない。今はもうその課外活動自体が終了しているので、自然とそのタイミングがなくなっているというのは確かだ。考えてみるといろいろ相談に乗ってもらったな、と笑いがこぼれる。

……いやよくよく思い返すと迷惑しかかけていないのでは?私のどこを好いてくれたのだろうと疑問を持ちそうになって、いやでもこれ尋ねると絶対に自分もクロウの好きなところを話さなきゃいけないよな、とぐるぐるし始めて、………………取り敢えず蓋をしておくことにした。曝け出したり暴くだけが人間関係じゃない。

 

内心を整えてミルクに口をつけて、ゆるりと時間が過ぎていく。

いつものように立て板に水という会話じゃなくて、ぽつりぽつりと、言葉がこぼれほろほろと落ちていくようなリズム。まるで愛おしさを煮詰めたような。

 

「もうすっかり冬で寒いね」

「そうだな」

 

カップの中身がだいぶなくなったところでストールを体の前で手繰り寄せて、片手でしっかり閉める。じんわり体内を飲み物が温めてくれたけれどそれでも若干湯冷めしかけているかな、なんて。そろそろ帰った方がいいのだろうけれど、クロウとのこの時間を切り上げるのは惜しいというのも確かな話で。

 

「あと三ヶ月ちょいでオレらも二年生ってわけだ」

 

そう喋りながらクロウが立ち上がり、流れるように私の隣に座り直してきた。ぎゅっと。

私はトワほどではないにせよ体格はそれなりにそれなりで、だから元々大きめなこの共有ソファに対しては一人で座る分にはかなり余裕があるのだけれど、クロウがそこそこ印象より体格がしっかりしているので私が真ん中に座っていると必然、密着する形になる。狭いかな、と少しだけ横にズレるとさっきみたいに手が絡み、こてんと頭の上に頭が乗ってきたような重みが。

 

「……」

 

まるで全身が心臓になったみたいに、どくどくと耳に鼓動が響いてくる。すり、と親指で手の甲をすこし撫でられて、なんか、もう、それだけで。頭がぐちゃぐちゃになりそうになる。でも翻弄されっぱなしな気がして、なんだかそれが悔しくて、私も隣の肩に頭を預けて手に力を入れた。大きさの関係で私の指の可動域は結構狭まっていたけれど、その代わりに頭をすこしぐりぐりしたら、楽しそうな声が小さく落ちてくる。

 

「来年、どんな年になるかな」

「まぁ少なくともあいつらといたら退屈はしねえだろ」

「そうだね。あと来年はARCUS用の特科クラスが出来るって噂もあるけどどうなんだろう」

「マジかよ」

「あくまで噂だけどね」

 

正式に決まったら、おそらく試験運用チームである私たちにも協力要請的なものが飛んでくるだろう。たぶん。結局元々存在していた部活動への所属はしていなかったので、先輩後輩という関係はすこし希薄だ。だからもしそうなったら、きちんと先達として立てるか不安ではあるけれど、でもひとりで立たなくていいというのはみんなが教えてくれた。

 

「あ、そうだ。クロウはちゃんと授業受けなよ。最近サボり気味って聞いたけど」

「まーその辺はちゃんと計算してるっつの」

「ほんとかなぁ。……一緒に二年生になろうね」

「おう、任せとけって。でもテスト前はよろしくな」

「じゃあ予定空けておくよ」

 

二人で暫く笑いながら、そんななんでもないこれからのことを話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがにもう寝るか、ってくらいの時間になって、二人でカップだの鍋だの洗って、階段で別れる時に名残惜しそうなセリの頭を撫でたらゆるんだ笑顔で見送られる。じゃあまた明日な、そう告げて一番端の自分の部屋に入って、扉を閉めるなり背中を扉に預けてそのままずるずると腰が落ちた。

深く深く息を吐いて、跳ねる心臓を落ち着けて、トドメにもう一度息を吐く。

 

いや、結構、意図的に距離を詰めてみたわけだが、拒否しねえんだもんな。無防備すぎてこっちがビビる。湯上がり姿もやばいし普段と違うちょっと高そうなシャンプーの香りもやばいしそっと手ェ握ってきてくれんのもやばいし肩に頭預けてくんのもやばいしなんだあれ。なんだあの生き物。オレ特攻か。オレだけ特攻でいいから誰にも見せないでくれ。

……まあそんなわけにもいかねえんだが。

 

わりとふわふわした気持ちから一瞬で落ちるのは精神に良くないような気もするが、見て見ぬふりが出来るほど感情が死んでるわけでもないところが厄介というか。いやそもそも感情が死んでたらこんなことになってねえ。

もっと殺せたら、こんな風に置いてきた青春を謳歌しちまうこともなかったろうと。《C》って立場でなく、つるんでる奴らと楽しくやって、学院の内外に知り合い作って普段から色々やりつつ学院祭で助けてもらって、ああ本当に、楽しく過ごしちまってる。

そんな中で手を取り取られして、フェイクとして割り切っちまえばいいんだろうが、簡単に感情を割り切れるならそもそも俺がこんなことになってない。……ここ最近堂々巡りしてんだよなあ。

 

は、と短く息を吐いてから立ち上がり、適当に尻をはたいてベッドに向かう。

 

いつかオレが手放したあいつの手を誰かが取るんだろう。

オレじゃない誰かの隣で笑う未来があればいいと思う。

 

ただ、それを直接見ることはないだろうなと思ってるってのが、傲慢だな。

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