[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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12/20 試運転

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1203/12/20(日) 自由行動日

 

日々少しずつ技術棟に放課後に顔を出して材料の切り出しをしたり買い出しに行ったり差し入れをしたり、そんな風に過ごしていたある日、導力バイクのbeta版が出来上がった。

 

「うん、これはいいものだ!」

 

満足げな声を出すアンの方を見ると、革ツナギ、と言う表現が一番しっくりきそうな上下繋がったワンピースのタイトな服を着こなしてそこにいる。鈍く光が反射するそれは見慣れない格好ではあるけれど、導力バイクの傍に立つ彼女はもうそれだけで一枚の絵のようだと思った。何でもル・サージュのデザイナーの方に相談したらノリノリで作ってくださったのだとか。思いついたアイディアを形にせずにはいられない、という方なのだろう。

 

そしてそのアンの横にある導力バイクのシルエットも当たり前のように見慣れないものだけれど、ステップなどの位置調節のためにアンが跨るとなるほど、いつだったか"鋼鉄の馬"と表現したクロウの言葉はかなり的を射ているものだと腑に落ちる。

完全に出資者であるアンの体格に合わせたフルスクラッチ品なので想定されていない私が乗るのは推奨できないと言われたけれど、クロウは乗れるらしい。羨ましい限りだけれどこればっかりは生まれ持ったものの話なので羨んでも仕方がない。でも羨ましい。もし商業展開されるなら重量軽めでもう少し足つきがいい高さのものがあれば、と思ってしまいつつ、しかしバイクに乗りたがるだろうターゲット層を想定すると難しいだろうなとも理解してしまう。

 

「試運転が年内に間に合ってよかった」

「そうだね。年明けちゃうと結構直ぐに期末試験だし」

「うへ、思い出させるなよ」

「君は先ず授業に出なよ」

 

どうにも課外活動が終わってから妙にサボりがちという情報が私のところに寄せられるのだけれど、私は別にクロウの学院生活を健康的に送らせる機構でも何でもないので私に言うのはやめて欲しい。一応言いはするけれど、落第しようが何しようが本人の勝手ではある。いや一緒に二年生に上がりたくないのかと言われたら上がりたいけれど!

 

「取り敢えず動かしてみよう」

「うん、結果はきちんとフィードバックしてくれよ」

「もちろんさ」

 

アンがハンドルを握ってバイクをごろごろと動かしながら街道の方へ。それにジョルジュを始めとし全員でついて行くと道々に、またあそこの面子は何かやってんのか、って顔をされてしまう。まぁ学院祭での講堂ジャックはほぼ全校生徒の知るところにはなっているのでさもありなん。

正門を抜け、東トリスタ街道──ケルディック方面へ。西の帝都側だとさすがに東より通行量があるので、安全を期してこちらということだ。鉄道が出来てからはトリスタ・ケルディック間の街道が使われるということも少なくなっていると聞くし。

 

街道入口まで来たところでアンが両手にグローブをはめてから跨り、その姿を写真に収める。RF社への提出レポートに添付するので結構遠慮なく撮ってくれと言われているけれど、これ例のルーレ工科大学製の導力映像複写機の方が良かったのでは、と思ったり。まぁもう既に向こうへ返してしまっているのが惜しい。

 

鍵を差し、アクセルに手をかけレバーに指を。その動作は街道に出るまで何回も何回も繰り返しシミュレーションしていただけあって様になっている。一応放課後のグラウンドの貸切使用申請をして走らせたりはしていたけれど、街道となるとまた話は別だ。なんせこの企画が転ければ導力バイクの商業展開は絶望的と言ってもいい。それは出資者兼搭乗者であるアンの安全もそうだし、それ以上に街道通行者の安全も気にしなければならない。

今は導力車のみに適用が限定されている帝国交通法に関しても何らかの修正が必要になってくるだろうし、念には念を入れてもまだ足りないものだ。

 

「うん、良さそうだ」

 

けれど私たちの緊張も何のそので朗らかに高揚した風に笑うアンは、それじゃあ行ってくるよ、とアクセルを回しエンジンをかけ、問題なく走り始めたバイクはそこそこの音を携えて直ぐに街道の向こうへ消えていった。

 

「おおー、やっぱいいね」

「最初っから当たり前みてえに操ってたがあの格好だと妙にキマってんな」

「新型導力器やスーツまで作っちゃうなんて、行動力すごいねえアンちゃん」

「うん、僕はアンのそういうところが好きなんだなって思うよ」

 

『好き』。それはどういう意味なのか一瞬迷ったけれど、アンとジョルジュは学院に来る前からの友人で、たった一言だとしてもいろいろ言い表せない感情がこもっているんじゃないかと勝手に想像して口を噤んだ。例えば仲間としての好きと、恋愛としての好きは両立するのだろうと今の私は信じているから。ジョルジュの中にもいろんな色がまざっているんじゃなかろうか。

 

「頼んだらトワの後で後ろに乗せてくれるかなぁ」

「お前なら二つ返事だろ」

「ふふ、セリちゃんずっと乗りたそうな顔してたもんね」

「……そんなにわかりやすかった?」

 

うん、と三人全員に頷かれてしまったので、ポーカーフェイスを習得したいと強く願ってしまった。この年齢で感情が明け透けだというのはさすがに恥ずかしい。

 

そんな会話をしているところで、ぴゅうっと風が吹き、さすがに12月の風は寒さを伴っている。トワなんて両腕で体を抱きしめているので、帰ってくるまでここにいるのもどうかな、と考え始めたところでそう言えばここトリスタの入口だったと思い出した。

 

「みんなここで暫く待ってるよね」

「うん、そうだね。もしアンから連絡があったら直ぐに出ないといけないし」

「じゃあキルシェであったかい飲み物でも買ってくるよ」

「あ、いいねえ」

 

ほっぺたを赤くしたトワが両手を叩いて賛成してくれる。それぞれのリクエストをメモって、じゃあ行ってくるよと踵を返して歩き出したところで一緒についてくる足音。見ればまあわかっていた通りクロウだ。

 

「さっみぃなあ」

「寒いなら腕まくり止めれば?」

「それするくらいならこうすりゃあったかいだろ」

 

こうすれば?と首を傾げたところで、どん、と背中から肩に重さが乗ってきてなんだと思っている間にそのまま腕が首前を回って体重をかけられる。

 

「重っ! 邪魔!」

「なんだよー、あっためてくれっつーの」

「これ私の体温取られるだけでは!?」

 

首と肩に回っている腕は顎とかに当たっているけれどひんやりとしていて正直冷たい。背中は多少あったかいけれど制服同士なんだから大して体温は伝わらないし、本当に体温が如実に取られて行くのを感じてしまう。

まぁでも慣れてしまえば歩くのには問題なくなってきてしまったのでそのまま進んでいく。ついには頭に顎を置き始めたのでなんだこいつはと思ってしまった。

 

「セリさん! こんにち……わ……?」

 

日曜学校から帰ってきたのかさっきは店先にいなかったティゼルが店先を箒で掃いているところに出会した。今日もお父さんのお手伝いを熱心にしている彼女は眩しい。

 

「こんにちわ、ティゼル。昨日貰ったクッキー美味しかったよ。あと後ろのは気にしないで」

 

この間一緒に作ったクッキーとケーキはいろいろアレンジ出来るからと伝えておいたらアレンジ品を持ってきてくれたので、昨日ありがたく食後のティータイムに頂いたのだ。調理後の試食時に出来れば呼び捨てにしてほしいとはにかんた彼女はとても可愛らしかった。

そして後ろの男は本当に気にしないでほしい。逆に恥ずかしい。いやもたれかかられている私が恥ずかしがるのはおかしな話なのだけれど!

 

「もう、クロウさん、セリさんに迷惑ばっかりかけてたら駄目ですよ!」

「こいつ迷惑かけられるのが結構好きだから大丈夫だっつの」

「おっとそんな実績はないんだが?」

 

とはいえ人を待たせているので会話もそこそこに別れ、キルシェに辿り着く。さすがにクロウも店に入る前には腕を解除してくれたので入店を果たすと、じわり、耳の辺りがきゅっとなった。ああ寒かったんだなぁと実感する。はやく飲み物頼んで二人のところに戻らないと。

 

「お、クロウ最近顔見せねえじゃねえか」

「いやー、金足んなくて自炊してんだよ」

 

最近は折半でちょいちょい一緒にご飯を作っているのだけれど、寮生はわりとそういうところがいいなと思う。クロウは結構大鍋料理が得意なので傾向としては私と被っているのだけれど、ブイヤベースとか材料的には得意料理があまり被っていないのですごく頼もしい。教えてもらうこともそれなりにあるぐらい。

 

「今日はポットで注文したいんだけどよ、大丈夫か?」

「おう、イケるぜ」

 

そうして飲み物を頼んで、出来上がるまで座ってろよ、とカウンター席に腰掛ける。

 

「いやー、ポットで飲みもん出してみればってお前に言われた時はびっくりしたけど結構評判いいしやってみてよかったわ」

「だろ? 子連れ家庭多いから公園とか秋ピクニックとかで需要あると思ったんだわ」

「お前らみたいな学生も食堂よりこっちに来たりするしな」

 

ひひ、と笑いながら話しつつも作業の手は止まっていないので、店員のドリーさんにいろいろ言われていたりするけれどやっぱり店長さんなんだなぁと改めて実感する。

というかこの持ち出し可のポットメニュー、クロウの発案だったのか。キルシェの珈琲は好きだから始まった時は寮でも勉強中に飲めると嬉しかったんだよね。

 

クロウは趣味が合うらしいフレッドさんと話している時は私たちとの会話より少し幼くて、その横顔も好きだ。自分は決して正面から見られない表情だけれど、学院祭の時にいろんな企画で走り回っていたのもそうだし、他の人と楽しそうにしている姿を見るのは悪くない。

 

しかし出会った時からだけど、クロウは他人の頭を気やすく撫でたり、さりげなくフォローに回れたり、ちょいちょい年上……というよりは概念的な兄っぽさがある、ような気がする。一応同い年の筈なんだけど。まぁそういう気質なんだろう。

そんなクロウがこうして笑える相手がいてくれて本当によかったなとしみじみ感じた。

 

 

 

 

「そいやお前ら付き合うようになったんだよな~、おめっとさん」

 

代金は支払ったしポットと使い捨てコップを差し出されてさぁもう帰るだけだというところでフレッドさんがそんなことを言い始めた。隠してはいないけれど別に喧伝するものでもないと考えていたのに街の喫茶店のマスターが知っているのは何ゆえ……?

 

「学生の噂は結構入ってくるフレッドさんを舐めんなよ」

 

ぱちんとウインクをされて、ああそういえばそうだったなと諦める。ミヒュトさんほどではないにしろ街中に限定するとフレッドさんも結構な情報通だ。しかし噂になるようなことはしていないつもりだったけれど、人間関係に興味津々な学生でもいたりしたんだろうか。

 

「こいつずっとセリちゃんに片想いしてたからマジで嬉しいぜ」

「は!?」

 

フレッドさんの言葉に私も驚いたけれど声を出したのはクロウだ。……クロウがずっと私に片想い?えっ?アンもクロウは恋愛的に私を好いているって推測していたけれどそんなにわかりやすかったのか?

 

「おっと、違ったか?」

「なっ、いやっ」

「クロウ」

 

慌てるクロウの袖を引っ張って視線をこちらに向けさせる。クロウは日焼けしづらいのかあれだけ課外活動に勤しんでいたのに未だ白い肌は羞恥のためか赤くなっていて、うんそういう表情も私はとても好きだなと内心大きく頷いてしまった。ありがとうフレッドさん。

 

「とにかく飲み物届けよう、トワが凍えてるかもしれない。あとフレッドさん絶対その話は後日聞きにきますから」

「あいよー」

「セリお前!」

「はいはい行くよー」

 

ずるずるとクロウの腕を引っぱり、両手塞がっているので肩で扉を押し開けながらキルシェを出る。耳や指先が寒さへ即座に反応して少し肩を竦め、暫くお互い黙ったまま歩き東口へ繋がる住宅地路地へ入ったところで隣から重く長い息が落ちてきた。

 

「そんなに恥ずかしい?」

「……誰にもバレてねえと思ってたかんな」

「追い討ちかけるようで申し訳ないけれど、アンにもバレてたよ」

「マジかよ。やっぱあいつ動物だろ」

 

野生の勘が鋭すぎると言いたいんだろう。まぁ観察眼が鋭すぎるせいで思考やキャッチした情報を言語化する前に結論に至れてしまう、という意味では野生の勘とも表現出来るのかもしれない。

 

「私は、嬉しかった、けどね」

「……そうかよ」

 

もしかしたら私が事故ったせいで世話焼きクロウの精神を刺激してしまったのかもしれない、とちょっとだけ、ほんのちょっっっとだけ疑っていた時期もあったので。ちょいちょいスキンシップが増えてきた今はさすがにそんなこと考えたりしないけれど。……それなりに深かったり強い情がないと相手するのはすこし面倒なところが自分にはあると思っているし。だからクロウとの"それっぽい"触れ合いは嬉しかったりする。心臓は簡単に痛くなるけど。

 

そしてまた沈黙が落ちて、でもそれは気まずいものでは全くなかった。

 

 

 

 

「あ、セリちゃんクロウ君おかえり!」

「遅くなってごめんごめん。アンはまだ?」

「うん、あんまり遠く行かないようにとは言っておいたんだけど」

「……何かあったとかじゃないといいけど」

 

ポットからコップに飲み物を注ぎながら心配を口にしてしまう。アンなら万が一ということもないとは思う、けど、でもやっぱり傍にいられないというのは勝手に心を砕いてしまう理由にはなる。……ああ、クロウもこういう気持ちだったのかな。侮っているとかではなく。

いやでもやっぱりそれを行動に起こすとか本人に言うかどうかとかは別問題だと思う。

 

湯気のたつ珈琲に口をつけると、じんわり、人体には出せない熱さが喉を通って身体の中心から熱を広げてくれる。

ちらりと横目でさっきまで真っ赤になっていたクロウはいつもと変わらない顔でジョルジュと話しているのが見えた。さっき、フレッドさんと話す表情は私が正面で見ることは出来ないと考えたけれど、真っ赤なクロウっていうのは概ね私だけの表情なのかもしれないな、なんて。

 

「寒いねえ」

 

トワに声をかけられ、ぎゅっとお互い寒さを凌ぐように体を寄せて笑う。

 

「ほんとほんと。飲み物の温かさが指先にしみる」

「この寒さが来るともう直ぐ新年なんだって感じするけどね」

 

そっか。新年。寮は完全に閉まるけれどクロウの帰省先はどこなんだろう。今まで全く本人が喋っていないものを、聞いてもいいものなのか。それは今の関係で許されるのか。誰にも当てはまる正解なんてないのだから手探りしていくしかないのだろうけれど。

 

「────あ」

 

とても遠くからエンジンの音が聴こえてきた。ここ最近聴き慣れたそれは導力車のものじゃない。それだけははっきりと判る。

私が顔をあげたからかみんな街道の先を見始める。その音は徐々に近づいて来て、ついにはずっと向こうに黒い点が現れ、それが大きくなってアンが姿を見せてくれた。キィッ、とトリスタの入口で綺麗に止まるその表情で、どれだけ成功なのかはもう判るほど。

 

サイドスタンドを下ろして興奮したアンは、勢いを殺さずそのままジョルジュを抱きしめた。アンの腕では背中に手が回り切っていないけれど、それが二人の関係性を表しているようで何だか微笑ましささえある。

 

「ありがとう、本当に君という友人がいてくれて私は果報者だ!」

「はは、こちらこそ。楽しくやらせてもらったよ。まぁまだまだ弄るけどね」

「勿論そうだが、今日この日を私は忘れないよ」

 

心の底からそう感じていることを疑わせないアンの言葉は、この場の総意なんじゃないかな、と勝手に考えてしまう。そんな風に考えられるこの場に私もいられて嬉しい。

ジョルジュに言わせたらまだまだ手を加えるところはあるんだろうけれど、本当によかった。

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