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1203/12/26(土) 冬期休暇開始 朝
授業も終わり、ようやくオレら平民生徒にとっては初めての長い休みが来た。
昨日は一年二年問わず、寮生ほぼ全員巻き込んだ食材消費パーティーで結構てんやわんやというか、かなり賑やかしかった。ああいう馬鹿騒ぎは悪くねえ。その後の食堂台所の掃除まで含めてな。どうやら年度末の春には二年生追い出しで似たようなことをやるらしい。
そんで今は荷物をまとめてロビーでセリを待っている最中なわけだ。
取り敢えず年末年始はオルディーネのいる海都まで戻って、これからのスケジュールを《G》《V》《S》やヴィータだのカイエン公だのと話して詰めていく予定だ。来年、鉄血の野郎がどう動いてくるのかわかったもんじゃねえが、ヴィータが言うには間違いなく動乱の年になるだろうと。それは魔女の勘か?と問うたら単純に《結社》の方の別計画が動いているからだとか。
正直なところ鉄血宰相を引きずり落とす勢力だって一枚岩じゃない。貴族連合は未だ全員を引き込めているわけじゃねえみたいだし、ヴィータだって幻焔計画について貴族連合はおろか俺にだって全貌を明かしちゃいないだろう。帝国解放戦線の面々だって話しちゃいないことはたくさんあるわけで。それでも俺たちはあの野郎の首を獲らなきゃならねえって目的だけは一致してる。そこだけはお互いを信用しても良い筈だ。信頼があるかどうかはわからねえが。
「ごめん、お待たせ」
「おー」
階段の上に見知った気配が降りてきたのは分かってたが、声をかけられたところで顔を上げると軽い荷物を肩にかけたセリがそこにいた。ニット系のゆるめタートルネックに厚めのコートでスキニージーンズにいつものブーツ。上は厚めで下が細い。いい。似合ってる。厚着好きなところが自分にあったとは驚きだ。
「それじゃ行こうか。お互い遠いし」
「そだな」
二人で年末年始の話になった時に躊躇いがちに「クロウはどうするの?」と問いかけられた際、コンマ2秒くらい考えて「オルディスに戻るぜ、言ってなかったか?」なんて何でもないことのように喋ったのを思い出す。実際のところは戻るなんて言える場所はもうないんだけどな。
寮を出て木枯らしに吹かれながら商店街を抜けて駅まで。道々に知り合いに挨拶しながら駅舎にたどり着いて入ると、オレらと似たような寮生が待ち合いのベンチでちょいちょい談笑しているのが見えた。予約しておいた切符を駅員から貰ってポケットに突っ込む。
指定席とかはねえけど長距離移動なもんで予約しておくと駅で一括の切符が貰えて便利って話だ。何枚もあると紛失の可能性も高くなるしな。安いもんでもねえ。
「そろそろ到着しそうだしホームの方に行っておこうか」
「連絡橋あるしな」
帝都行きの鉄道は二番ホーム、改札からすると向こう側だ。もう何度も何度も課外活動以外でも使ってるせいですっかり馴染み深くなっちまった。
入って進んでホームに立つと風が入ってくるもんでさすがに若干寒い。出身地がかなり北の方ではあるから寒さには強い方だと思っていたんだが、こっちは『寒さ』の形が異なるような気もする。
「さっみぃ」
「……それでも風上に立ってくれてるあたりクロウってクロウだよねぇ」
ふっと隣でセリが笑ったかと思ったら手を差し出され、珍しいなと重ねると冷えた指先には結構な温度に感じる体温が伝わってきてそれだけで心がゆるむのがわかった。だって言うのにそれどころかコートのポケットにずぼりと。もちろん手は握ったままだ。
「本当に指先冷えてるね」
「お前があったかすぎんだよなあ」
「うん、クロウの手を取った時ちょっと背筋ぞわっとした」
女は末端が冷えやすいって聞いたことがあるんだが、オレたちはどうやら反対らしい。代謝や筋肉量の問題ならオレもそれなりにあると思うんだが、体質にもよるんだろう。たぶん。
「まぁでもこうやってあっためる名目で手が繋げるなら役得かな」
「どんな名目で手を繋いでても単なるバカップルだと思うんだが」
「こういうのは本人の気の持ちようだから」
少し前までは手を繋ぐだけで顔を真っ赤にしてたやつとは思えねえ順応性を見せられて、もうちょい堪能させてくれても良かったんだがな、と考えちまったりなんだり。いやこれはこれで悪かねえが。
「あ、来た来た」
セリの言葉に続けて発されたアナウンスの直後、列車がホームへ入ってくる。多少速度が落ちているとはいえやっぱり入線時に吹き荒ぶ風は寒冷だ。
その寒さでコートに首をうずめているとまた笑ったセリに手を引かれ車両のステップに足をかけ、俺たちは隣り合わせに座って手を繋いだまま、今年最後の30分を過ごすことにした。
「海都ってやっぱ海が近いんだよね」
「その名の通りな。湾岸沿いに作られてる上にちょっと丘になっててよ、視界さえ開けてれば大体どっからでも海が見える作りになってるぜ」
「へぇ……やっぱり一度は行きたいなぁ」
以前課外活動で見たティルフィルは見事に山森の街だったせいか、セリは妙に海へ憧れがあるみたいだ。そういやなんかの時にオルディスの夏至祭の話になって目を輝かせてたか。
「うん、でもクロウが海街の出っていうのはすごく納得する」
「……そうか?」
あんま出身地が特定出来るような行動はしてない、わりとニュートラルな立ち回りをしていたと思ったんだが……まあ本人の常識は他人の非常識だからな。わかんねえところで滲み出てたところはあるか。
「だって釣りが出来るし捌けるし魚料理得意だし、むしろこれで海や湖が近くなかったら不思議だったぐらいだよ」
ころころと笑われて、ああそれもそうかと。祖父さんに仕込まれて当たり前だと思っちまってたが、そう考えるとセリのレパートリーに魚系が少ないのも頷ける話だ。それでも教えたらわりとさくさく捌けるようになったし料理だって上手くなったろうと思うが。
「あとブレードもロックも北方系の文化でしょ? 海都ならそういうの入ってくるんだなー、って納得したというか。うちのところは山間だから他地方の文化には特に疎いんだよね」
その言葉に、芯を突かれたような気が、した。そうだ。やっちまった。その両方はジュライ近辺のものだ。これで1組36枚のトランプを出していようものならお前の出身地はあそこだろうと看破されてもおかしくないレベルのもんで、セリが勝手に納得してくれて助かった部類の話だ。というかブレードの発祥地まで知ってんのかこいつ。
「まぁオルディスはルーレほどじゃないにしろ交通の要衝だからな。そういう娯楽の流入も結構あるっつーか」
他人の当たり前を上手く掬い取って、セリは"俺"を見つけそうになった。もし、万が一、そんなことになったら今度こそ殺さなきゃならねえ。計画の障害になるならそれは絶対だ。個人の感情でポシャらせていい類の話じゃない。ああそうだ────俺は、セリを殺せる人間だ。必要なら。たとえゲロや血反吐を吐いたって。
だから、これは、まさに紙一重の行動だったんだろうと思う。変に気を回して内陸とかにしなくてよかった。……声は、震えちゃいなかっただろうか。
「船の積載量を考えると貨物的な意味ではルーレより断然荷運び多そうだしね」
「ああ」
聞こえてくる声は普段通りで、何かを疑っている節もない。助かった。あらゆる多重の意味で。
殺せることと、殺したいかどうかはまた別だ。だから、本当に、助かった。俺はこいつを喪うことが怖いんだってことを改めてわからされた気分だ。もうそんなのとっくに理解させられていたと思ったのに。怖いってのに殺せるだなんてとんだ矛盾だ。
「寒い?」
その声でハッと我に返ると、心配そうな顔をしたセリがオレを覗き込んでいた。
は、と短い息が落ちる。
「あ、ああ、ちっとな」
「寒がりなのにそんな首元開けた格好してるからだよ」
呆れたような声と共に鞄を開けてマフラーをぐるぐると巻かれ、鼻先をかすめるにおい。セリのだ。部屋に備え付けのクロゼット使ってんだから保管状況としては大して違わねえしそんなに使ってる様子もなかった気がするんだが、こうも本人の気配が残るもんなのか。
「……お前に比べたら大概の人間が寒がりなんじゃねえかなあ」
「格好がよくないって話をしてるんだって」
そうして巻いてきたマフラーを、よし、と満足気に軽くぽんと叩くセリ。そうしてまた手が繋がれる。ぎゅっとしてくる体温は俺には勿体無いもんで、だっていうのに放してやるつもりは毛頭なくて、自分の強欲さを思い知った。まあテロリストなんて強欲で夢見がちで自分勝手なもんだ。
だからどうか、俺がオレじゃなくなるその日まで、このまま。
帝都中央駅に停車してホームへ降りるとさすが年末年始という様相だった。帰省する人間でそれなりにごった返していて手を握ってねえとはぐれそうだと嫌気がさす。とはいえ夏至祭ん時よりかはマシだなと思いながら連絡橋へ上がって壁際に寄って一息。
「さすがに人が多いねぇ」
「年末だかんな」
ここからオレは西のラマール線、セリは南のサザーラント線だ。そっと手が離れ、随分とあったかくなったマフラーも返すかと手をかけたところで外す手を静かに止められる。
「もし何だったらそのまま持ってっていいよ。なんか今年あったかいし」
「あったかくはねえと思う……けど、ありがたく借りてくわ」
「うん、どうぞどうぞ」
朗らかに笑うこいつは、自分の持ち物を男に貸したら何に使われるかなんて考えたこともねえんだろう。たとえそれが恋人だから許されているんだとしても。オレの脳内でどんだけぐちゃぐちゃにされてるかも知らないで。
「つってもオレも心配だからこれ貸すわ」
鞄からネックウォーマーを取り出してがばりと被せる。ゆるめタートルネックを着てるせいで若干不恰好だが、ま、どう見ても男モンをつけてる女にナンパしようなんて時間の無駄をしたいヤローは殆どいないだろ。
「……防寒具持ってるんじゃん」
「持ってないとは言ってねえだろ」
「そ……うなんだけど」
自分の早とちりが恥ずかしいのか、ごす、と胸に頭突きをされる。いてえ。でもセリはそのまま退く気配がない。そのまま肩に腕を回してみるともぞもぞと肩の鞄を足の間に器用に下ろして、腰骨あたりでコートがぎゅっと掴まれた。
「元気のチャージ」
「おう、オレも」
今日別れたら次に会うのは新年。二週間後だ。人の多い帝都駅で抱き合ってるカップルなんて珍しくもないもんを気に留める暇なヤツはいない。腕の中にあるあったかさとやわらかさを堪能する。とくんとくんと伝わってくる鼓動は自分のもんなのかセリのもんなのか。
と言ってもずっとこうしてるわけにもいかねえよなあ、とぼんやり考え始めたところで、すう、と胸元で強い呼吸を感じた。お。これは。吸われた。吸われてる。だけど振りほどく気には当たり前だけどなんなくて、暫く好きにさせていたらそっとセリが離れた。真っ赤な顔で。
「……ごめん、ちょっとはしたないことした」
目尻赤くしてオレのネックウォーマーを目の下まであげて見上げてくるそいつが世界一かわいいと思う男のことをおそらく誰も責められるわけがねえ。
まあ誰にも見せるわけもねえから判定なんざ必要ないんだが。
「じゃ、も、次の列車出る時間だから行くね」
こんな時でもきっちり時間は把握してんだから恐れ入る。
下ろしていた鞄を手にして目的のホームへ行こうとするその腕を掴んで視線を繋いだ。さっきよりは赤みが引いてるとはいえ、それでも高揚が見え隠れするそれに相好を崩しちまう。
「また来年、よろしく頼むぜ、セリ」
「……うん、よろしく、クロウ」
へにゃりと笑ったそいつの腕を離して今度こそオレたちは自分が向かう路線のホームへ降りていった。二週間会えない程度でこうなっちまうなんてちょっとやべえかもなあ。