01/上 紺碧の海都
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1204/01/上旬某日 夜
諸々の打ち合わせを終え、新年を迎えて浮かれる街も落ちつき、人の気配がとうに鎮まった海都の港。冬のせいか空はやけに澄んでいて星がよく見える。吐息は白くなって寒さを助長させるような気がしたが、マフラーは置いてきた。あいつが貸したのはクロウ・アームブラストであって《C》である俺じゃないからだ。……なんてのは言い訳か。
寒空の下、港の一番端にある下水道へと繋がる扉に鍵を差し込む。実際のところはカイエン公の城館脱出に使える隠し通路の一つだ。だからか使う人間がいないもんで若干蝶番の軋む音を立てながら開いたそこは暗闇。誰かに見られてもめんどくせえからとっとと入りARCUSのライトをつけて道を進んでいく。もうとっくに慣れた道だ。適当に沸いていた魔獣は双刃剣で薙ぎ倒しながら目的地に。
銃も悪くはないんだがなあ。性に合うのはやっぱりこっちなんだよなと。
道を進んでいくと四つ花弁のような紋章が描かれた壁の袋小路に辿り着く。そっと手を当てると紋章が鳴動するように光り、そうして軽い地響きを立てながら壁は二つに割れていった。そこまでやれば周囲の壁がほのかに発光しているもんで、足元が覚束ないこともねえとライトを消してARCUSをポケットに突っ込む。閉まる音を背中に狭い道を進んでいくとそこには待機するように膝をついた"本当の相棒"がいた。
僅かな灯りの中でもわかる蒼い騎神。二年前に一人で這いずりながら認めさせた結果。歴代の騎神起動者はあれを超えてきてるっつーが、なんというかやっぱ歴史の教本に載る奴らってのはどいつもこいつも規格外なんだなと笑っちまった。俺はただの、どこにでもある話に固執したテロリストだけどよ。
「よう、オルディーネ」
声をかけると長期の待機状態が解除されたのか、視界デバイスに光が灯る。
「アア、クロウカ」
「長い間待たせちまって悪いな」
学院にいる間は西の果てである海都には殆ど戻って来られない。かといって帝都や他州の近くにこいつを長期間保管しておくというのも据わりが悪い。というか正直あぶねえ。瞬間転位も出来なかねえが霊力を大幅に使うもんでそうほいほい使えるもんでもない。
現状起動している騎神はほぼいないって話だが、それはあくまでヴィータや《結社》が把握している中で、ってだけだ。もし判明していない起動者がピンポイントでそこにいた場合、起動している騎神が近づけば何をしてくるかはわかったもんじゃない。その点で言えばオルディーネの名の通り、オルディスに待機状態の騎神がいるというのはおかしな話じゃない。そしてこの中にいればそれは悟られない。水面下で行うこの計画に於いてそれは絶対だ。
「元々ソウイウ話ダッタダロウ」
「まあそうなんだけどよ」
手を伸ばすとオルディーネは当たり前のように俺をケルンへと導いた。久しぶりに座った内部はそれでも動作に支障はなく、問題なくオルディーネを操れる。
「そんじゃ久々に行くか」
「ウム」
地精が作った謎空間。魔女の末裔であるヴィータはあんまり入りたがらねえけど、個人的には悪くねえと思ってる。オルディーネをここから出すのはそう好き勝手には出来ることじゃねえけど、人智の超えた場所でならいくら暴れても問題はないかんな。それを二年前から俺らは証明してる。
空間にいる大型魔獣は餌を摂らなくても死ぬことはない存在なのか、それとも定期的に循環してるのか、見た目が変わることは殆どない。とは言ってもこちらの力量とかを空間が分析しているのか、手合わせ場所として使えなくなるっつーこともない。行動パターンが増えることも多々あった。俺一人で入ってるのか、オルディーネと入っているのかでも異なる。一体全体どういう空間なんだかわかりゃしねえ。
ヴィータ曰く、地精はかつて魔女と袂を分かった存在で正直なところ現在も存続しているのか不明な一族らしい。地脈に接続ができる魔女にそう言わせる工学者集団。いや、現代の単語による工学が内包する意味を考えるとそう呼ぶのも馬鹿馬鹿しい技術者集団らしい。だからそれらの粋を集めて隠遁すればあるいは、とは言っていた。
もしその地精とやらが生きているのであればこうして俺が謎空間で駆ってる騎神のデータもフィードバックされてるんだろうか、と若干薄寒くなる。とはいえわかんねえもんに怯えて使えるもんを使わねえのは無理だ。地精がどうだかは知らねえが、さすがに人間が人間に復讐するところに割って入ってくるような存在でもねえだろうと。
オルディーネ用に調整された巨大双刃剣を振るい最奥の間の前に位置する魔獣を両断する。
「……ま、こんなもんか」
久しぶりと言ってもオルディーネと深く繋がってる感覚はずっと存在しているわけで、大したブランクも感じない。おそらく起動者っていうのはそういうもんなんだろう。戦闘者であると規定された存在。
────必ず、動乱に巻き込まれる運命の保持者。
ヴィータは起動者のことをそう評していた。笑うしかねえだろ。動乱を引き起こそうとしてる男を導いた魔女がそんなことを言うだなんてよ。とはいえそれは表の世界の出来事だってのも分かってる。裏の世界で何が起きるのかは分からねえ。それでも俺はこいつと共に自分が成したことの果てを見届ける。そう、決めた。
だから、学院での出来事は全部フェイクだと、その時になったら言い切らなきゃならねえ。万が一にもあいつらに飛び火がないように。テロリストに騙されていた被害者であれるように。
「良キ出会イガアッタヨウダナ」
考え事をしていたら、オルディーネにそう声をかけられた。騎神と起動者は繋がっている。遠く離れている場合は感情その他の流入は抑えられるらしいが、こうして搭乗している時はあらゆるヘルスチェックは常時されているらしく俺の何かからこの一年弱のことを感じ取ったんだろう。それを口に出さなくても良いと思うんだが。
「よせよ。俺が何をしたいのか、するつもりなのか分かってんだろ」
どうして学院に入ったのかも。んな場所のことを相棒にまでそう言われちまったら、辛くなっちまう。まあどんだけ辛かろうとも破綻する未来は必ず来るし、遂行に足る目的への執念だけは自分にある。そうあらなきゃならない。
「無論、理解シテイル。ダガ己ヲ騙ストイウノモ良イコトデハナイ」
出会った時は堅物一辺倒だったこいつも、人間のようなことを言うようになった。
瞼を閉じて、背もたれに体重を預ける。今の俺には友人と呼べる存在はいない。ジュライでのすべては誇張なくあそこに全部置いてきて、解放戦線の面子は同志とは言えると思うが気やすい仲でもなく、学院のあいつらといるのは仮初の自分だ。そういう意味で、オルディーネは、今の俺にとって唯一の『友』と呼んでもいい存在なのかもしれないと、ふとそんなことを考えちまった。
「あー……今から言う話は別に流してくれても構わねえんだが」
「他ナラヌオ前ガ話スト決メタコトナラバ私ハ聞コウ」
言いながら話しやすいようにか内部の光量が少し落とされ、その気遣いのそつのなさに笑っちまった。いったい誰に似たんだか。
そうして、四月から始め課外活動の話も含めながら学院がどう言う場所なのか、心の整理もつけるつもりでこぼしていった。
最初に突っかかってきたゼリカのやつは本当に気が抜けねえと思ったもんだ。笑っていないのに笑うななんてどんだけ的確なんだっつう。看破されてる俺が未熟ってものあっただろうが。それでも戦術リンクが繋がり追撃が決まるようになって、正直、気持ちよかった。なんつうか、武器の違いはあれど元々のバトルスタイルが似てるのもあるんだろう。あらゆる行動の確信度が違う。
性格は過度の女好きでチャランポランかと思えば、貴族として培われた観察眼なのか一番冷静に場を見ている時すらある。それが恐ろしくもあるし、頼もしくもあるところが難しいというかなんというか。
そのゼリカが猫可愛がりしているトワだって、見た目こそあれだが実のところだいぶ芯が強いタイプだ。戦争を好くようには見えねえし、なんならオレらの中で一番士官学院生って肩書きが似合わねえとも思う。だけど軍事大国である帝国が持つ"力"と向き合うために自分から渦中になりかねない場所へ飛び込んだ。よく出来るよな。そうでなきゃならなかったのかもしれねえけど。
それにあらゆる交渉ごとと指揮官としての才能があいつにはある。戦場にいながら場を俯瞰し計算する。そのこともあってオレたちはわりと頼っちまってる。精神支柱でもあるというか。案外一番肝が据わっているやつかもしれねえ。
ジョルジュは本当に一つ年下なのか不思議なくらいなんだが、オレたちを円にする仲介者というか、柔和な顔しておいてはっきりと物を言うやつだ。まあそれはトワもおんなじか。ARCUSの試験運用が開始されたのだってジョルジュが入学するからってのは大きかったろう。でなけりゃ最新の戦術導力器だなんてもん専門の整備士を派遣してもらうレベルの話だかんな。
前衛としては心強いの一言に尽きる。素早くはない。手数も少ない。だが不沈艦だ。中衛・後衛にとってこれだけ信頼できる前衛がいるかっていうとそうそういない。倒れないってのはそれだけで安心に繋がる。
トリスタの街もいいもんだ。商店街に活気があって、ガキも元気に走ってて、近くには川があるから釣り欲が湧いた時はそっちに釣竿持って行けばある程度はどうにかなる。美味い飯屋もある。それに人によっては過干渉に思えるかもしれねえ距離感が、どうにも懐かしい。さすがに俺が市長の孫ってのは知られてたし、両親がいないこともみんなわかってたからいろんな大人が気にして、時には怒ってくれて、そうやって過ごしていたあの頃にたまに重なる。
……そうして、本当の誤算に俺は出会っちまった。
正直なところ最初は戦闘狂のクセにマトモぶってなんだこいつと思ったもんだ。勝つことじゃねえ、戦うこと自体があいつは好きだ。ただ自覚はなかったんだろう。あの五月までは。獣のような鋭い瞳。どれだけ体格差があって、技量差があっても、絶対に俺の喉笛に噛み付いてやるとギラついた感情。殺す気はなかったろうが、似たようなもんだ。現実、オレは、せめてもの礼儀として殺すつもりで迎撃した。引鉄を引かなかっただけだ。
かと思えば目の前の他人を助けるためなら瞬間の思考もなく自分の身体を差し出し、それについてなんとも思っていない危うさ。後悔すらしねえ。いや、きっと、差し出さなかったことを後悔するんだ。あいつは。今ならわかる。
だからこそトワの命を勝手にベットしたことに対して不眠を患いかけるくらい後悔をする。オレの軽口が気に障って眠ったのだってあれ寝不足だったから導火線が短くなってただけじゃねえか。傍迷惑なヤツだ。
そんで古代遺物に取り込まれて記憶が混ざって再構築された時はさすがにやばいと思ったが、結局、虚空に消えたんだろう。オレだけが覚えている架空の過去。幼馴染だったあいつ。架空なだけあってさすがにもうわりと薄れがかっちゃいるが、それでもあの時に得た感情が今の俺に影響していないとは言い切れねえのが厄介だ。あんな夢を見なければ、この感情を持つこともなかったかもしれねえなんて。
まあでもそれはきっと逃避だ。あいつの故郷で、自分が生まれ育った街が好きだと、誰に憚ることもなく言い切ったその横顔で、オレは自分の感情を自覚しちまったんだ。どうしようもなく好きだって。あの時に恋に落ちたんじゃない。ずっと前から、その片鱗はあった。だけどあって良いことじゃない。存在して良いもんじゃない。好きであるのなら、せめて、傷を浅く済ませるのが最良だって。
そう考えていたっていうのに何が起きたのか告白されちまって、そりゃ大層都合は良かったが隠れ蓑にしていい存在じゃなかった。なんでも利用してやるつもりでいたっていうのに。おかしな話だろ。
それでも結局、あいつの生命が揺らいだ時、どうしても、それが許せなかった。傍観できなかった。ただ生きていて欲しいっていうだけのことが難しくて。混乱するオレの告白を断るところも最終的には好きな部分だ。そういう、誠実さの塊みてえな生き物で、俺とは全くの正反対。だから惹かれちまったのかもしれねえ。あいつといたら自分も少しくらいまともになれるんじゃないかって。そんなわけもないってのに。
「好いた女の生涯の傷になれたらって、思っちまったんだよなあ」
それ以外で俺があいつの心に残れる理由はない。俺は、テロリストで、人を殺すからだ。鉄血の野郎だけじゃねえ。帝国解放戦線が起こす事件で死傷者が出た場合、実際手を下したのが誰であろうと俺の咎になる。
それを、あいつが、赦す筈もない。俺が恋をした存在はそういうやつだ。
「……ナルホド、難儀ナ恋ダナ」
「はは、違いねえ」
周りから見たら学院の高嶺の花の一つを手折った野郎ってだけだろうが。
とはいえ元々例のARCUS試験運用最終戦闘でお手上げになったやつは読み通り多かったみたいで今のところ嫌がらせもなく平和な日々だ。あの戦闘は、まあ勘弁してくれと言いたくなるくらいキツかったはキツかったが、その分楽しくもあった。つまり、傍からすれば想像の倍以上に苛烈に見えたろう。
チームの女三人は全員、本人たちの預かり知らぬところで高嶺の花だと言われていた。まあゼリカは本人の行動もあって早々にその括りからスピンアウトしたわけだが、それでもトワとあいつは顔面も成績も上の上、しかも二人でタイプが違うせいでトワ派かあいつ派かで平民男子生徒の人気を二分してるところもあった。
その高嶺の君があんな戦闘をこなすだなんて思ってもなかったろうよ。通常の実技戦闘だとARCUSによる恩恵はない。つまり頭に巡らす思考が多くなる。普段オレたちと組んでる時より絶対に鈍る筈だ。そんでもって、あいつの身体能力と要求についてこられる奴もそうそういない。だからそれが見えることはなかった。
個人的にはああいうところも良いと思うんだけどな。
ああ、そうだ。俺はきっとあいつを信じてる。たとえ俺が帝国解放戦線の首魁だと知って、何かがあって対峙することになった時、折れることなく、迷いなく、その刃を向けて来られるやつだって。たとえ膝をついたとしても、立ち上がってくると。
その時は全身全霊で、本来の得物である双刃剣で相手してやろうと思う。
「本当ニ、ソノ者ヲ愛シテイルノガ伝ワッテクル」
「……まーな」
これが愛なのかどうかは、わかんねえけどよ。