[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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01/10 冬期休暇終了

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1204/01/10(日) 冬期休暇最終日

 

「あ、おかえり」

 

今日は試験前なので勉強をするか、街道に出て年末年始で少し鈍りかけた身体のために魔獣の相手をちょっとするかどうしようかと迷い、とりあえず玄関ロビーの方でのんびり朝食のサンドイッチを摂っていたらクロウの帰寮にかちあった。……いや、もしかしたら万が一で帰ってくるところに出くわせるかなー、とは思ってここを陣取っていたのだけれど。

 

「おー、ただいま」

 

にっと笑うクロウには行動の意味が見透かされているのか当たり前のように対面に座られたので、手は洗ってきなよ、と言うと面倒くさそうな顔をしつつ手洗い場へ。

手洗いから帰ってきたところで姿をよくよく見れば首元には二週間前に無理やり渡したマフラーが巻かれていて、何だか今更ながらに自分の行動が恥ずかしくなり珈琲を飲むふりをして顔を隠した。その間に目の前の相手はマフラーを外したりコートを脱いだり。

 

「実家どうだったよ」

「叔母さんに学院祭時に君から『大事にする』って言われたって聞きましたよ」

「だよなあ」

 

お見通しだったみたいでクロウがクックックと笑う。全く。まあでも、誤魔化すことだって何だって出来たのにわざわざあの二人にそう宣言するってことは、たぶん本当に大事にしてくれるつもりがあるんだろう。クロウにとってはさらっと話題を流すことぐらいそう大した手間じゃないだろうし。

 

「……私も君の保護者の方にご挨拶したほうがいいのかなぁ」

 

学院祭のことは不可抗力だとしても、クロウがそういう気持ちであるというのなら、私も同じだけ返したいというのはあるのだ。だいぶ話が早いような気配も大いにあるけれど。いやでも不可抗力か……?改めて考えるとすこし疑問がもたげてしまう。

 

「あー、いや、いいだろ。別に」

「……不仲?」

 

けれど意外にもバッサリ断られてしまい一瞬考えて、周りに人もいないしと、すこしだけ踏み込んでみる。この話題を振ったのはそもそもクロウなので話題を開始するかどうかはクロウに操作できた話だ。だから私も触れていいんじゃないかと、思ってしまった。

けれどどうも珍しく明らかに言い淀んだクロウはお皿に残っていた私のサンドイッチに手を伸ばし、ゆっくりゆっくり咀嚼し、ごくりと嚥下する。

 

「……両親は死んでてな。ま、よくある話だわ」

「あ、そっ、か。ごめん」

 

つまり今はそもそも誰の世話にもなっていないか、あるいは世話になっていたとしてもあまり折り合いがよろしくないという感じだろうか。たったその一言を言うためにこれだけ迷っていたのだから、やっぱり踏み込むべきではなかった。ご両親が亡くなったことをよくある話なんて、言わせたかったのではないのに。

 

「いやいや、でもそう思ってくれたのは嬉しいかんな」

 

あっという間に見慣れた表情で笑うクロウがなんだか寂しくて、それでもそれを寂しく思う権利なんて私にはないんだろう。

 

 

 

 

そうしてサンドイッチを食べ終えて、今日はどうするんだと問いかけられた。勉強か戦闘かで迷っていたけれど、こんな状態で武器を扱っても碌なことにはならないと判断して、勉強かな、と告げる。じゃあオレも後で合流していいかと訊ねられたので、うん一日部屋にいるから好きな時に来なよと笑った。

 

朝食の片付けをしてクロウと二階で別れ、自室に。ぱたんと部屋の扉を閉めたところで、そういえば、といつかトワに投げかけた質問を思い出す。

 

ARCUS試験運用面子の五人中三人が両親死亡、一人は片親で仲はよろしくない。……いや、さすがに。ジョルジュの家族関係は一切不明だけどもあまりにも条件が合い過ぎているような気がする。やっぱりARCUSというのは稼働者の裡にある何らかの欠如に起因するものなんじゃなかろうか。まあそれがわかったところで何なんだという話、ではあるのだけれど。別に適性者を増やす為に何かをしているわけではない……と思うので人道に反してはいない。

あれ、でも。適性者が少ないのがARCUSの問題点と言っていたような気がするのだけれど、もしかして開発元も適性条件が不明だったりするのでは。

 

暫し、そのまま思考の淵に立ち尽くす。

 

……レポートに、したためるべきなんだろうか。学校側だって私たちの家族関係を全て洗っているわけではないのだろうし、もしかしたら条件を把握していない可能性は大いにあるわけで。でも家庭環境というのはセンシティブな話題だ。私が勝手に書いて提出するというのは事実誤認の可能性もあるし、かといって全員が集まっているところで開示していいものでもない。一人一人にレポートの草稿を見せて、データとしての提出が構わないかということと、内容が正しいか、という段階を踏まなければならない話だ。

そしてサンプル数で言うのなら軍部での試験運用の方が圧倒的に揃うわけで、たかだか四人だか五人だかのデータを提出して意味があるのかという。データを精査する部署がそれを見逃しているというと……。

────いや、誰も言い出していない個人の考えがくだらないものである、という思い込みこそ大事につながりかねないとナイトハルト教官も工兵訓練でずっと言っていた。一笑に付されても提出すると言うのが大事なのだ。それに以前の課外活動でお会いした責任者のあの方なら、たとえ一生徒の意見だろうと真摯に聞いてくださるだろうと、そう思える。

うん、と頷き、タスクを自分で増やしてしまうことにトワを笑えないなと一人自嘲した。

 

 

 

 

「よーっす」

 

昼過ぎの夕方前、15時。ノックもなく扉を開けた相手に、気配に気付いていたからいいけれど、とため息をついてしまう。いつも通り開けっぱなしにしておいてね、と頼めば一瞬止まったクロウはそれでも私の望み通りにしてくれた。そう、一見我儘なのにこういうところ好き。

座卓で書いていたARCUSの考察レポートを一旦まとめて備え付けの学習机の方へ。まだ開示出来る状態ではないので伏せておくに限る。

 

「いま何してたんだ?」

「ちょっとARCUSの追加レポート作成」

「うわ、余裕だな」

「書き留めておかないと忘れそうってだけだよ」

 

試験勉強なら重要タスクとして置いていられるけれど、レポートに使えそうなひらめきというのはなかなかに脳内での風化が早いと知っている。大体作業中でメモが取れず、提出後に思い出して何度頭を抱えたことか。

 

「で、今日は何持ってきたの?」

「帝国史と美術史」

「あー」

 

どちらもそれなりに込み入っている部類のものだ。エレボニア帝国の歴史は謂わば侵略とともにあるため、文化の吸収といえば聞こえがいいけれど土着のそれを踏み潰してきたという側面がある。そういう意味で帝国史も美術史もいろいろなものが複雑に絡み合っていると言っても過言じゃない。だけどそれが面白いとも思うのだ。……帝国国民としては少々複雑なところもあるけれど。

 

「よし、それじゃあ帝国史の方から始めよう」

「おっし、よろしく頼むぜ」

 

机から自分のノートと資料を取り出して来たらクロウが笑ってそう返事をしてくれた。かわいい。

 

 

 

 

「腹減ったな」

 

試験範囲内のざっくりとした流れを浚ったあたりでぽつりとそんな呟きが落とされる。そういえば勉強会を始めたのが夕方前だから、もうそれなりにいい時間だ。食堂も落ち着いているだろうし夕食を作ってもいいかもしれない。

 

「何か作ろうか。といっても二人分なら買い出し行かなきゃいけないけど」

「そんならオレが作るからちっと待っててくれや」

「二人で作った方が早いのでは」

「勉強の礼だかんな」

 

少し得意げに笑ったクロウは立ち上がってさっさと出て行ってしまう。……まぁ、お礼だというのなら受け取っておくのが礼儀だろう。それにクロウのご飯は美味しいのだ。あと実は珈琲を淹れるのも上手い。なのに何でキルシェでよく飲んでいるのか聞いたら、豆の管理大変だろ、と返されたのでなるほどなぁと納得したことを思い出す。

 

夕食後のことを考えつつノートを見直しながら、この時代のちょっと面白エピソードとかなかったっけ、と副読本の方を開いたら銃についての歴史コラムがあった。そういえば今や世界有数の導力器メーカーであるRF社も最初は銃火器が始まりだったんだっけ。しかも火薬式のものだ。七耀石由来としたエネルギーを使う導力銃と異なり弾薬制限が明確にあった時代。

ああ、それなら銃を絡めて歴史を追っていくと楽しく覚えやすいかもしれない。幸い……というと語弊がありそうだけれど、軍事大国である帝国ならばそういう話には枚挙に暇がない。早速さっき流れを把握するために書き出した年表に大まかな戦争の年と名前を書き加え、記録にある部隊の動かし方などを記していく。軍事学ではこういう過去の戦争の具体的な兵法ついても学ばされるので、厳しく座学も教えてくれるナイトハルト教官に感謝だ。まぁこのやり方がクロウにいいとは限らないので都度修正は必要だろうけれど。

 

美術史に関してはどうしよう。私もあまり美術関係に造詣が深いわけではないので、教本一辺倒のことしか教えられない。歴史の話だから好きな絵、苦手な絵、という話をしてもあまり意味はないだろうし。これに関しては正直私も覚えているという感覚しかない。興味が持てる覚え方が出来れば一番いいのだけども。

そういえば美術教官であるフェルマ教官が今年度をもって退職されるとのことで、来年の私たちのクラス担任は誰になるのだろうとすこし気が逸れる。今いる常任教官でクラス担任でないのはサラ教官ぐらいだけれど、あの人は来年開設される噂のARCUSクラスを任されるのではなかろうか。まぁ順当に考えれば現二年の担当か、後任の美術教官になるのだろう。

 

ペンをすこし指先で遊ばせながらいろいろ考えていると、ふわり、いい香りと共にクロウの気配が二階に上がってきた。どうやら部屋で食べるらしい。食器は流石に部屋にないけれど大丈夫かな、と思いながら軽く机の上を片付けて場所をつくる。

 

「お、机あんがとな」

「おかえり……鍋?」

「寒い日って言ったらこれだろ」

 

確かに今日は少し冷えるのでカーテンを閉めているぐらいだけれど、まさか鍋とは。お盆の上に食器や調味料その他と一緒に乗せられているこれはあれだ、土鍋。誰かが共有食器棚に突っ込んだやつ。共有棚にあるものは使われて困らないものだけにしておけという了解があるのだけれど、持ってきた本人も別に異論はないらしく特に回収はされていない代物だ。

鍋敷を置いた机に布巾で持ち手を掴み乗せられる。中には白菜、豆腐、鶏肉、ネギ、ニンジン、茸類などオーソドックスだけど美味しそう。食べていいのかと視線で問えば、食器にクロウがよそってくれる。ついでに柑橘系調味料もずずいと勧められそっと入れた。

 

「いただきます」

「たくさん食ってくれよ」

 

東方文化に詳しいアンから、ラーメンを食べるなら箸だろう、と習ったそれを手にし、まず白菜。あ、くたくたかと思ったらちょっとシャキッとしているけれどそれがまた美味しい。ふわりとじんわりと体内に熱が通っていく。余熱でやわらかくなっていくだろうから、最初だけの贅沢だ。

 

「寄せ鍋いいねぇ」

「鍋は誰かとつついてこその美味さがあるよな」

 

それはつまり、私と食べるご飯は美味しいと思ってくれているということなんだろうか。そうだったらいいと、思うけど。でも確かに鍋は囲んで食べるのが美味しいものだから、いつもの面子ともつつけたら美味しかろうなと想像だけで頬がゆるんだ。

 

「お前ほんっとにわかりやすいよなあ」

 

クク、とクロウが笑うので、そういうお見通しな発言よくないよ、と少し口を尖らせてしまった。悪ぃ悪ぃ、と言うけれど、これがまたちっとも悪いと思っていないのだからタチが悪いし、その上自分の方も別に本当によくないと思っているわけでもないのでどうしようもない。

好きなんだよなぁ。

 

 

 

 

そうしてご飯の後片付けをして勉強が捗り、夜のお茶の時間を堪能していた時にクロウがすこし部屋を見渡すような素振りを見せた。

 

「そういや何か来た時から気になってたんだけどよ」

「うん?」

「何か普段と香りが違う気がすんの気のせいか?」

 

言われて、直ぐに合点がいく。膝立ちで枕元に置いていたちいさな麻のふくろを手にして、これじゃない?、と差し出すと鼻先を寄せたクロウが頷いた。

 

「サシェって言ってようは香り袋なんだけど、私の実家って林業中心でしょ? だから樹を切り倒して加工処理する際に出る木くずをこう袋に入れてね」

「なるほど、実家に行った時に貰って帰ってきたのか」

「うん。林業は冬が繁忙期だから、香り袋の新しいのが作れるのもこの時期なんだ」

 

クロゼットとかにも吊るしているから暫く私の香りはこれになるだろうと思うけど、クロウ的にはどうだろう。

 

「いい香りだな」

 

そう言ってくれたのが嬉しくて、へへ、と表情が崩れる。すると、するり。顎のラインを辿るようにクロウの指先が私に触れ、距離を詰められる。あっ、扉。視線だけで確認するとさっきお茶を淹れたあたりで閉められていたみたいで、用意周到さを実感する。いや、でも。

咄嗟に手の甲を自分の唇に当て、止まらなかったクロウの唇の感覚をふにゃりと掌で得てしまい何だかそれだけで照れてしまう。もう、本当に掌一枚分の距離しかない。

微妙な沈黙が一瞬、クロウがちょっと寂しそうな顔でそれでもきちんと離れてくれた。

 

「あ、あのね、その、クロウとするのが嫌なんじゃないんだ」

 

床につかれている相手の手にそっと自分のを重ねる。

さっき赤い瞳と視線がかちあって、今までで一番近くなって、掌に唇が落ちて、それだけで心臓が跳ねて跳ねて仕方がない。好きなのに、好きだから。

 

「でもたぶん、初めてきちんと手を繋いだ時だってびっくりして混乱したから、その、キス、するだけで試験に手がつかなくなっちゃいそうだなって。バイクだってまだ完成してないし。だから」

 

自分の胸中を言い募っていると、ぽん、と空いている方の手で頭を撫でられ、そのまままた距離を詰めてきたクロウの胸に頭を預けさせられる。

とくんとくん、と普段聞いている心臓の音よりすこし早い気がしたそれはクロウも緊張して行動したんだなってことがわかって、僅かに申し訳ない気持ちになった。でも試験は私にとって奨学生としてここにいられるかの話だから疎かには出来ない。

 

「……ごめんね」

「そういう真面目なところも好きだから謝んなっつの。ハッキリ言ってくれる方がいいしな。そもそも悪かったって言うのはオレの方だろ」

 

クロウは私のよくわからない、妙なところで融通の利かないところをいい感じに言ってくれた。というかそうなのか。初めて聞いた。自分ではあまり長所じゃないと思っていたけれど、好きな人にそう言ってもらえるなら悪くないと感じるのもむべなるかな。

 

「……私も、クロウの何だかんだ意思を尊重してくれるところ、好きだよ」

「初めて聞いたな」

「あは、お互いどんなところが好きかなんて話してないもんね」

 

二人でそんな風に笑うのが楽しくて、今暫くクロウの優しさに甘えることにした。

……手を繋ぐのは自分からも出来るようになったし、キスも自分から出来るように、なれたらいいと思う。がんばろう。クロウにばっかしてもらうのはフェアじゃないし、なにより、私が君にふれたいから。


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