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1204/01/24 自由行動日
無事に期末試験も終わり、伸び晴れやかな自由行動日。
クロウに手応えを訊いてみたら、結果が出るまでオレは無敵だ、とイイ顔で言っていたので脇腹を軽くぐりぐりしてしまった。まぁでもそんなことを言っていても単位を落とすような真似はしないだろうと思うのであまり心配はしていないのだけれど。
そうして今日は導力バイクの正式完成日だ。あれからどうやら長期休暇中も貨物列車で運んだバイクをチューンアップしていたらしく、ハンドルまわりのスムースさやペダルの反応速度などが向上しているのだとか。何より、安定感が増したことで後部席に人を座らせることが出来るようになったと。
相変わらずのトリスタ東街道に出てアンがバイクに跨り、その後ろに防寒対策をしっかりとったトワが座る。それを見ていつかの課外活動のことを思い出して少し微笑ましくなった。でも私じゃバイクでこうはいかないなぁ。
「それじゃ、行ってくるよ」
「わかってるとは思うけど安全第一でね、アン」
「もちろんさ」
「トワ、楽しんできてね」
「うん、一足先に堪能しちゃうね」
「いやー、やっぱ導力バイクいいよなあ。オレも乗り回してえ」
そんな風に二人を見送り、今回はと最初から用意していたシートの上に三人で座り帰りを待つことに。キルシェで買ってきた珈琲とドーナツは寒空の下のお茶会に程よく合う。全員制服やツナギの上にコートを羽織っているので、広がる裾を考慮してもう少し大きめのシートが良かったかなとかぼんやり。
「よくあれ完成させたねえ、さすがジョルジュ」
「いやいや四人にも手伝ってもらって助かったよ」
「課外活動終わった後も何だかんだつるむ口実になってたな」
クロウの言葉に私も頷く。
半年強のARCUS試験運用から引き続いて一緒にいることが多かった。トワは生徒会で技術棟にいないことも多かったけれどそれでも私たちは五人でチームだ。みんなで部品を作ったり組み立てたり試験したり、楽しい日々だったと言える。
珈琲とミルクを注いだカップを両手で包んで、黄土色の水面に視線を落とした。
「私さ、まさかみんなとここまで仲良くなれるなんて思ってなかったんだよね」
だってそうだろう。まず四人が楽しく談笑しているところに一人追加で入るという人間関係構築苦手者にはハードにも程がある。その上チームメンバーは全員何らかの意味で名高い人ばかりで、トワは自分はただの書類仕事がすこし出来るだけ的なを言っていたけれど、そんなこと言ったら自分だってちょっと斥候が出来る一般生徒だ。
「あー、それオレもだな。まさか活動中にいきなり殴ってきたゼリカと気持ちよくリンク出来るようになるなんざ思ってなかったつーか」
「その点で言うと僕はもう参加が決まってたから、そういう不安はなかったな」
「ジョルジュはマカロフ教官と一緒にこっちに来たんだっけ」
「そうそう。実はシュミット博士が後見人になってくれてるんだけど、正直兄弟子のマカロフ教官の方がそれっぽいかな」
後見人。ここでいうところの使い方としては未成年後見人だろうその言葉は、法律上として父母または養親または親権を行使できる立場の人間がいない際に決定される立場の人間の存在を明確にした。
「……その、訊いたらいけないことだったら申し訳ないんだけど」
「ああ、僕も両親いないんだ。だからマカロフ教官は本当に気にかけてくれてて」
「あ、やっぱりそう、なんだ。教えてくれてありがとう」
いつもの顔で柔和に笑うジョルジュ。
────士官学院においてのARCUS試験運用メンバー中、両親不在が四人、片親が一人。やっぱりこれはレポートとしてまとめるべき事柄だ。単なる偶然なんだとしても、不測の仕様として大きなファクターとなっている可能性すらある。
「何か気になることでもあんのか?」
相変わらず私の表情はクロウにとってはわかりやすいようでそんな言葉が。とはいえあれだけ言いづらそうにしていたクロウにこの話をするのは申し訳ないという感情はあるのに、それとおなじぐらいARCUSの謎を解き明かせそうな好奇心がもたげているのも事実だ。自分はひどい人間かもしれない。他人の感情と知的好奇心を天秤にかけるだなんて。
「……あの、クロウ」
「ん?」
「君が寮に帰ってきた日の朝に話してくれたこと覚えてる?」
それでも好奇心に勝てなくて問うてしまった。
会話の繋がりから前半に話していたことではなく、サンドイッチを食べた後半のあたりだと理解してくれたのだろう。肯定の旨が直ぐに返ってきた。
「その話をここでしていい?」
「あー、隠してるわけじゃないぜ。言う機会がなかっただけっつうか」
「そうなんだ。うん、でもありがとう」
何かあるかもしれない、暇だったらレポートの草稿でも進めようと思って持ってきた鞄から下敷きと真っ白の用紙を取り出し二人の前に出す。そこへペンの蓋を取ってARCUSについて現在考えていることの概要を書き始めた。
新型戦術導力器ARCUSはレマン自治州にあるエプスタイン財団と帝国のRF社による共同開発品であり、戦場の革命となるポテンシャルを秘め次代の主力となり得るとされている。だが稼働には適性が必要で、その条件は現在不明なため軍部での配備は難航している。
ゆえに試験運用として士官学院にて一年生から適性のある五人が選出され、データのレポート提出などを求められた。
「ここまではいいかな」
「前提条件だな。大丈夫だぜ」
二人が頷いてくれたので、うん、と一旦口内に溜まる唾液を嚥下して次の句を紡いだ。
「それで、適性の条件なんだけれど、私もクロウもジョルジュも両親がいないんだ」
「……加えてゼリカはログナー侯の父親だけで」
「トワに至っては僕らと同じく両親が亡くなられている筈、だよね」
「そう。全員何らかの形で肉親を喪っている。あまりに不自然な共通項じゃないかな」
これが適性の条件であると言うのなら、個人の精神に対してかなりグロテスクすぎると思う。何らかの欠如に付け込んだシステム、それが戦術リンクの本性なのではとも言えるのだから。
だけどこれが正式な仕様であるとも思いたくないという感情がある。幾ら軍事大国でありARCUSが大層な能力を秘めているとしても、そんな条件を付与するのはあまりにもナンセンスだ。配備が遅れるだけじゃない、選出に無駄な条件がついて回ることになる。それは引いて国家の損失となる。
「私は、これがARCUSの戦術リンクに関する要の条件でありながら不測のモノだと思ってる」
「軍の薄暗い場所に関わることじゃないっつー根拠は?」
「適性条件が不明である、というのを開示している点じゃないかな」
そう。適性条件を把握しているのなら不明であるだなんて言わなければいい。特に高い適性があった五人を集めただけ、とした方が簡単に済ませられるし気にする生徒も出てこないだろう。けれど実際は適性条件が不明で適性者が少ないから困っていると明言されているし、こうして考える自分のような存在が出てきてしまっている。
「なるほどな。この間書いてたやつこれか」
「うん。もっとちゃんと煮詰めてデータ掲載許可の為に話したかったんだけど、最後のピースだったジョルジュの情報が思わぬところで出てきてテンションが上がりました。ごめんなさい」
「あは、構わないよ。技術の進歩は僕の望むところだからね」
「ジョルジュ優しい。ありがとう」
ペンの蓋を閉めて一息つく。二人からあり得ないという声があがらない以上、これが否定出来る絶対の根拠の所持はないとしていいのだろう。方向性はこのままでいい。残りの二人にもきちんと話して、改めて全員の合意を取った上で提出を急ごう。もしかしたら来年度増設されるARCUS専用クラスの配備に間に合うかもしれない。
「にしてもよくこんなん思いつくよなあ」
「……戦術リンクは私にとって、ちょっとびっくりするシステムだったからね。気になって」
ティルフィルにももちろん友人はいるけれど、それはもう本当にうんと幼い頃からお互いを知ることが出来た相手だからだ。今は自我はとうに確立し、自分が人と関係を構築するのが得意ではないと理解している状態で、こんな風に誰かと深く結びつくことが出来るだなんて想像……いや願望を持っていなかった。だって無理だと思っていたから。
そんな自分の価値観を破壊してくれたARCUS────戦術リンクは本当に画期的なのだと思う。戦場ではもちろんのこと、戦闘外での人間関係にもしばしば影響を与えているだろうことは想像に難くない。私たちの関係はARCUSが取り持ってくれたのだ。戦術器に人心が左右されるなどと言うのは、その言葉だけ聞いたら精神汚染にも思えるかもしれない。軍による利己的な操作だ、と。けれどそれは違う。
「僕もARCUSの整備をしてはいるけれど、根本的なところはブラックボックスに近いんだ。もしかしたらエプスタイン財団なら把握しているかもしれないけれど」
「まぁそれに賭けるぐらいなら提出した方が早いよね」
「そういうこと。僕はセリの考察を支持するよ」
まだレポートの草稿も上げていないのに、ジョルジュは頼もしいことを言ってくれた。ソフトにもハードにも精通している人物からそんなことを言われたら、今直ぐにでも完成させたい気分になってしまう。
「ある程度書けたら力を借りると思う」
「うん、技術的なところなら建設的なアドバイスが出来ると思うしね」
お互い力を借り借りられの関係というのは存外気持ちがいいもので、本当にいろんな人に生かされていると思うし助けられていると思うし、嬉しいことだと、心の底からそういう感情が湧いてくる。そして信頼できる相手に支えられ、己も仲間を支えることが出来ているという確かな自負があるというのも、芯を強くしてくれる。
ARCUSの試験運用に参加しなければ私はきっとこんな風にはなれなかった。だから、どうか出来るだけ恩返しをしたいと思ってしまうのだ。これがそうなるとはまだわからないけれど。
「アンが帰ってきたみたい」
導力バイクは一旦の完成としてもまだまだ弄る予定だよ、というジョルジュの構想を話題の中心に談笑していたら遠くから導力エンジンの音が聞こえ始めた。
自分ではない、ある種の外部装置である導力バイクを己の手足のように乗りこなせるアンは乗り物に関して才があるのかもしれない。もしいつか彼女が導力車を操る時、同乗できたならそれはきっと楽しかろうなとそんな未来を想像しながら、帰ってくる二人に手を振った。