[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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二月
02/03 入学試験一日目


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1204/02/03(水) 士官学院入学試験一日目

 

ライノの木に緑が見え始める二月初旬。

 

今日は生徒会の仕事の臨時手伝いで入学試験の道案内のようなことをしている。連絡用に耳介装着型通信器をつけつつ、前を開けたコートの上から青い腕章を。そんないでたちでトリスタ駅近くに立ち受験生の方々が迷子にならないよう案内をしていたらいいのかと思っていたら、これがまぁまたトラブルが枚挙に暇なく舞い込んでくる。『受験票を忘れた』『筆記用具を忘れた』『具合が悪い』『朝食が食べられるところありますか』エトセトラエトセトラ。

トワが作ってくれていた【対受験生用問答集】をしっかり読み込んでいたおかげで大概のことには対応が出来たので、やっぱりトワの想定能力というのは段違いにすごいのだとつくづく感じる。しかし食事処を聞いてきた受験生は結構強かだ。フレッドさんなら悪いようにはしないだろうけれど。

ある程度の受験生は時間前にしっかり学院へ向かい、トリスタ駅から出てくる人の流れは落ち着いた時刻。あとは20分後にある列車から出てくるかもしれない遅刻者のためにこのまま待機。今日のことを思い出すと気難しい顔をした受験生ばかりで、自分もあんな表情をしていたのかなと懐かしくなる。

 

もう既に慣れてしまったけれど、トールズ士官学院は帝国各地から人が集まる名門校だ。

およそ二百年前にドライケルス帝が帝都近郊であるトリスタにて兵法・砲術などを教える学院として設立された。無論、導力革命が起こるずっと前であるので当時のカリキュラムは剣と体術と火薬銃火器を中心としていたのだろう。しかし戦術導力器、そして装甲車をはじめとし重戦車などによる機甲化で"戦争"の形が変わりつつあるこの時代──士官学院というものが担う仕事というのは大きく変化している。ここはそうした時代の移りを肌で感じられる場所の一つだ。

現に入学前に調べた卒業後の進路ひとつ取っても、軍関係者になる人はさほど多くない。多くて四割だ。そもそも奨学生であってもそれは強制されていないというのも他校とは一線を画す。故に、自分の道を見定めながら成長したいという人にとっては大層都合のいい場所とも言える。だから軍関係施設にも関わらず年々受験者数が増えているのだとか。帝国の文武両道という気質も相まっての話なのだろうけれど。

 

一日目は筆記試験、二日目は実技試験。去年もおなじ日程で、帝都に宿を取ったことを思い出す。この時期は木々を倒すのに適しているから、叔父さんも叔母さんも手が離せずに一人で上都したんだったな、と。正直一人で帝都を歩くというのは結構心細かった記憶がある。だからせめてここを通る受験生に、頑張れ、と心を解くエールを送れていたらいいと思うけど、どうだろう。余計なお世話かもしれない。

 

そんなことを考えていると耳元でコール音。所定のスイッチを押し通信に出る。

 

「はい、こちらセリ・ローランドです」

『あ、セリちゃん? トワです』

「お疲れさま。こっちはさすがに落ち着いてるけど、そっちはどう?」

『うん、お疲れ様。受験票の再発行とか、不正チェックとか、体調不良の子の保健室受験の手配とかも終わって小康中かな』

 

去年も生徒会の面々や臨時メンバーがこうして助けてくれていたのだろうか。たった一年前のことだっていうのに実のところ試験のこと以外はあまり覚えていない。きっと随分と緊張していたんだろうなと苦笑してしまう。

 

『待機については打ち合わせ通りで、後はそのまま帰ってもらって大丈夫。明日のこともあるし』

「うん、こちらもその認識でいるよ。ありがとう」

 

それから二、三言葉を交わし通信を切って、トワの言った"明日のこと"に想いを馳せる。

実は受験者数に対して実技試験教官が足りないらしく、支給されるスーツを着て士官学院生の相手をするという大役を仰せつかったのだ。なんせ戦闘側・評点側で1チームに対して最低二人要るというのに、時間と人数の制約で同時並行試験が四つも行われる。貴族生徒のフリーデルさんを始めとし、ある程度の近接戦闘優秀者が招集されているのだとか。

取り出した懐中時計に視線を落としながら、次の列車の時刻について考える。特に遅れている気配はないし、交通トラブルはないと見ていいだろう。何よりだ。本人にはどうにもならないトラブルというのは少ないに越したことはない。

と、そこで見知った気配が近付いてきたので顔を上げるとマフラーをつけたクロウ。いつの間にか交換になっていたそれはよく相手の首元を彩っている。まぁ、私も人のことは言えないのだけれども。

 

「おーっす」

「ギリギリ進級クロウくんじゃないですか」

「おま、進級決定したんだからいいだろうがよ」

 

そう。ちょうど一週間前の期末試験結果発表でクロウはギリギリのギリギリで進級評点を得たのだ。私の教え方が悪かったのかなと思ったら、一緒に勉強をしなかった教科で軒並み赤点直前みたいな点数を叩き出していたと。一部赤点も出したみたいだけど、レポートその他でどうにか出来るように取り計らってもらったらしい。

 

「まぁそれはそうなんだけど」

 

だけど無事進級したなら次は卒業だ。一部生徒の成績に頭を抱えていたハインリッヒ教頭曰く、ここ50年で単位不足で卒業が出来なかった生徒はいないらしい。とはいえ名門の名を傷つけないよう自主退学でなかったことになった事例もあるのでは、と疑ってしまうのも無理からぬ話ではなかろうか。

 

「で、どうしたの?」

「そろそろ上がりだろ? キルシェで一緒に朝飯でも食わねーかと思ってな」

「ああ、いいね。あと10分ぐらいしたら自由だからお誘い受けようかな」

 

手にしていた懐中時計をしまいながら返事をすると、やりぃ、と笑うクロウはポケットに両手を突っ込んで私の隣に。

 

「キルシェで待っててくれていいよ?」

「10分なら大して変わんねーだろ」

 

鼻の頭を赤くしておいて何を言っているんだか、と思いつつ、さりげなく一緒にいる時間を取ってくれる、そういうところも好きだなと思う。

あと一年。一年後、私たちはどうしているんだろう。実は自分が進路をどうするのかも全然考えていなくって、たぶん軍関係には進まないと思うけれど、地元に戻るかと言えばそういうつもりもそんなにない。出来るなら報道関係とか、あるいは、就職する前に帝国各地を回ってみたいなとか。大陸を回るにはそもそもあまりに自国のことを知らなすぎる。課外活動でいろいろ見聞を広げられたとはもちろん思うけれど。

 

「みんな去年の今頃、ここにいたんだよねぇ」

「そうだな。そんでその二ヶ月後に穴に落とされて始まったわけだ」

 

そうそう、とサラ教官のとんでもな行動と、呆れたようなマカロフ教官の表情が思い出され笑ってしまった。もうずっと前のことのように感じるけれど、まだ一年経っていない。

 

「クロウはやっぱり銃で受けてたの?」

「おう。メンバーに近接が多かったせいで後衛の仕事は結構オレに回ってきちまってな」

「なるほど。私は知らない相手とどう連携するかでずっと頭が一杯だったなぁ」

 

それもあって、『初対面の相手と戦場を共にする』ということについてあまり積極的になれなかったというのがある。四月頃の自分は本当に態度がよろしくなかった。必要以上にツンケンしていたとはもちろん、思わな……思いたくない。これは逃避思考だ。

 

「でも奨学生枠もぎ取ってんだろ?」

「今考えると何が評価されたのかわからないけどね」

 

それこそもしかしたら実技試験前に行われる戦術導力器の試運転時にARCUSの適性がアリと判断され色をつけられた可能性だってあるのだし。実力と言い切っていいものだかどうか。

 

「ネガティブすぎんだろ」

 

爪先に視線を落としたのに何かを感じ取られてしまったのか、ぐしゃぐしゃと頭を髪ごと撫でられてしまい、いやこれから受験生通るかもしれないから、と久々にその腕を退けることになった。髪の毛を整えていると、入学だけじゃなく上位枠に入ったのはお前の実力だろ、と言葉が落ちてくる。

……それも、そうか。ARCUS適性だけなら入学だけでいい。うん、本当に。

 

「ありがとう」

 

へへ、と笑って、最後の受験生が乗っているかもしれない列車の到着を二人で待った。

 

 

 

 

バタバタと走る受験生数名に最後の案内をして、約束通りキルシェに入り腕章を外しながら珈琲と朝食にオムレツとサラダを頼んだ。直ぐに出てきた珈琲にミルクを入れて一息つく。寒暖差で耳と指先がじわじわしている。

 

「今日はこのまま帰寮か?」

「ああ、このあとは帝都に出ようと思ってるよ」

 

試験前日の昨日から日曜まで、試験の流出にも関わりかねないので招集生徒以外は休みとなっている。もちろん名目上は自習期間ではあるものの、この授業もない期間に武器のメンテナンスとかで帝都に出たりする生徒もいるのであまり煩くは言われない。試験も終わった後なのである程度はゆるいのだ。受験生のデータ管理で手一杯で在校生のことに気を配っていられない、というのもありそうだけど。

まぁこの辺の自由さが名門校ということなんだろう。つまるところ生徒への信頼だ。

 

「じゃあオレも着いて行っていいか?」

「……別にいいけど、そんな大した用事じゃないよ?」

「お前オレのこと何だと思ってるんだよ」

 

私の買い物に着いてきて何か楽しいことがあるとも思えないけれど、それでも同行を拒否する理由も特にはないので了承した。ところでレポート大丈夫なのかな。まぁいいか。

 

「お待たせしました」

 

ドリーさんが二人分の朝食を届けてくれたので、いただきます、とフォークを手に。ここのオムレツはふわりととろりとしていて、しかも塩胡椒が絶妙でそのままで本当に美味しい。でもたまにトマトソースもかけたくなるし、夕食の時分だとたまにホワイトソースがかかっているのもあったりしてそれもいい。

 

「ドリーさんが朝にいるってことは、毎年受験生がそれなりに入ってくるのかな」

「どうなんだろうな。オレは食ったけど」

「あ、当事者だった」

 

私は宿屋のある通りに人気のパン屋さんがあると道々に聞いたので、朝の焼き立てを店内で頂いてから来た記憶がある。あそこのパンは本当に美味しかったので帝都へ出た時はたまに行っているけれどいつも繁盛しているみたいで喜ばしい。美味しいお店が長く続いてくれるのはありがたいことだ。パン屋さんといえばクロスベルにあったあそこも美味しかった。

 

「帝都には何しに行くんだ?」

「ネイル用品がそろそろ尽きそうだから、明日のこともあるし補充しておこうかなって」

「なるほどな、そりゃ大事だ」

 

最近だと速乾系のものも出ているみたいでそういうのを重宝している。学院祭の時にアンから貰ったような派手なやつはあまりつけられる機会がないけれど、自由行動日前日の夜とか授業がない日が続く期間につけたりしている。綺麗な色が目に入るのはなかなか嬉しいし、友人から貰った物ならそれを渡された時の感情を思い出したりして気分が上がるのだ。……多少面倒ではあるのだけれど。

 

会話をしながら時計を見ると10時過ぎ。結構のんびり食事をしたけれど朝が早かったので今から鉄道に乗って、のんびり大通りを歩いて行けばビフロストの開店ちょうどぐらいになるだろうか。

クロウの方を見ると珈琲も飲み終えたようで、二人して立ち上がりお会計を済ませる。外に出るとさすがにまだ風は寒くてささっと駅の中へ駆け込んだ。

 

 

 

 

二人で寄り添いながらヴァンクール大通りまで歩いたら開店ちょうどだったようで、よかったと喜びながら自動ドアを抜けて入る。前は店員の方が押してくださっていたけれど、帝都もルーレのようになりつつあるんだなぁと技術の波及を見た気分になった。年末年始の閉まっている期間に改装したんだろうか。

 

「あ、かわいい」

「薄紅だな。綺麗じゃねえか」

 

そうして化粧品売り場まで取り敢えず直行してネイルを見ていると、春に向けた新色が並べられていた。淡い色なのでうっかり学院につけていってもバレないんじゃないだろうかと少し考えてしまう色合い。見本は少しパールのような質感で、肌の色とも合いそうだなと思案する。

 

「でも今あるのもあんまり使えてないしなぁ、増やすと勿体無いことになりそう」

「そんなもんか」

「そんなもんだねぇ」

 

棚に戻して普段使ってるものを二本手に取った。結局透明なやつを買ってしまうのは冒険心が足りないと言うのだろうか。でもうっかりハインリッヒ教頭に見つかった日には煩いことになりそうで正直面倒くさい。

そのまま会計をして階下の雑貨店の方に向かって消耗品を補充したり、服飾を扱っているところで織物で有名なパルム産の手袋を見たりしてはたと気がついた。クロウとはぐれてる。あたりを一瞬だけ見回してから少し考えて、まぁいいかと一人頷いた。百貨店出る時に合流出来ていなかったら連絡すればいい。こういう時ARCUSは便利だ。

 

食料品や本屋も見て回ったけれど、特に買いたいものもなかったので何となく二階に移動したらカフェの方のカウンター席にクロウが見えた。あちらも私に気が付いたのか手を振ってくるので足を進めて隣に座る。いい時間だし昼食食べてもいいかな、とナポリタンを注文して隣を見ると頬杖をついたクロウ。

 

「……どうしたの」

「恋人置いて買い物続行とは薄情なやつだなと思ってよ」

「えー、でも別にデートじゃない、し……」

 

そこまで口に出したところで、いやしかし恋人関係である者同士が帝都に来て買い物というシチュエーションはデートに該当するのでは?、と思考を巡らせて改めてクロウに視線をやると少し拗ねたような顔。………………かわいい。

 

「クロウ、今月の21日空いてる?」

「……空いてる」

「じゃあそこでちゃんと帝都デートしよ。ね」

 

今日は本当に消耗品の補充のつもりで来たから構うつもりもなかったし、そもそも制服だからスイッチも切り替わっていなかったけれど、クロウはそういうつもりでいてくれたらしい。それは申し訳ないと同時に、言ってくれたら寮に戻って着替えてから出掛けてもよかったのにな、と思ったりもする。どっちが悪いとかではなく、意識のすり合わせの問題だ。

 

「……お前ずるいよなあ」

「そう? クロウの方が大概ずるいと思うけど」

 

目元を押さえながら深いため息をつくクロウ。

 

「そしてそんなんで嬉しくなっちまうオレもチョロいっつーか」

「……つまり似た者同士なのでは?」

 

私だってクロウのそういう、なんというか、可愛いところで簡単にグッと来たりしているのだし。それで貴重な自由行動日をクロウに捧げてもいいと思ったりしてしまうのだし。大好きな恋人の機嫌を取れてデートも出来るなら万事が全て私得だ。若干頭が悪い理論な気もするけど別に構うことはない。

 

「そういうことにしておくか」

 

困ったような、嬉しいような、感情がない混ぜになった表情でクロウはそう笑うので、ああその顔もかわいいな、なんて私は場違いにも思ってしまう。きっと君はそういう言葉はあまり好まないのだろうけれど。

 

というところでちょうど煮込みハンバーグとナポリタンがそれぞれ運ばれてきたので頂きますと二人で食べ始める。ん、もちっとした麺が美味しい。

 

「そういや明日ってどんなことやるんだ?」

「あー……緘口令敷かれているので何にも言えない」

「それもそうか。試験だもんな」

「明日の夕食時とかなら話せるよ。それなら寮の方がいいけど」

「じゃあそうすっか」

 

恋人といっても約束をしているわけではないので、一人で食べるということも大いにある。特に朝とかは。だけど合流出来そうならする、という方向にすこしだけ力を入れているのも事実ではあったりするわけで。そういうゆるい感じを許してくれるクロウはもしかしたらとてもやさしいのではないだろうかとたまに考えるけれど実際のところどうなんだろう。

 

「どうしたよ」

「いや、クロウのそういう優しいところ好きだなと思って」

「……脈絡のない口説きはやめてくれねえか。不意打ちだと恥ずいだろ」

 

脈絡。私にとってはあったけれど確かに話の流れとしては意味不明かもしれないと納得して流れを話そうとしたところで、いや説明はいい、と先手を打たれてしまった。

 

「どーせ小っ恥ずかしい話が出てくんだろ」

「……そう、でもないと思うけど」

 

だけどクロウの恥ずかしがりポイントはいまいち私にはわからないので、もしかしたらそういうこともあるかもしれないけれど、恥ずかしがっている姿は可愛いので取り敢えず聞いてから判断してくれてもいいのではないだろうかと考えたりしてしまう。ああでもそういう顔を公共の場で晒すということはあまり歓迎したいモノではないか。

 

「で、この後はどうすんだ?」

「爪の手入れもあるしさっさと帰るつもりだよ。本当なら街道なり修練場なり旧校舎なりでコンディション整えたいところではあるけど、万が一受験者に見られたら公平さに欠くから禁止されてるし」

 

まぁ手入れといってもいろいろ戦闘に制限をかけられているので意味があるのかといえば薄いかもしれないけれど、もうこれは自分の儀式でもあるので。あとはARCUSのレポートもジョルジュに見てもらったところを含めてさっさとあげちゃいたいし。

 

「じゃあオレはもうちょっと帝都見ていくかな」

「そう? ならここで解散かな」

 

何やかやと言っていた割にはいろいろ溜飲が下がったのか解散という言葉には頷いてくれた。

こうしてみるとクロウは私との時間を作ろうとしてくれている気がするので、私もどうにかそうありたいけれど物事への認識の問題も絡んだりして難しいなと考えた。難しい。

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