[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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02/04 入学試験二日目

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1204/02/04(木) 士官学院入学試験ニ日目

 

招集された面子で健闘を称えながら帰寮した夕方前、自室に何とか戻って倒れ込む前に支給のスーツを脱いでハンガーにかけたところで力が尽きた。床にタイルカーペットを貼っていて良かった。いやでもこの後ご飯、ご飯を作らなければならないので人として最低限の身嗜みを整えなければいけない。いやでももう無理だ動きたくない。びっくりするほど疲れた。

うう、と呻き寝転びながらしかし脳裏を過ぎるはクロウの顔で、夕食一緒に食べる約束したからなぁ、と立ち上がって適当な部屋着を身につけ着替えを持ってシャワー室へ。既にいくつか使われていたのでみんな考えることは同じだなと苦笑した。

 

ドライヤーも終わらせて部屋に戻るとちょうどARCUSに着信の音が。いつものように出てみると相手はクロウだった。夕食をどうするかということらしいけれど、今日はお肉と野菜が食べたいのでグリル料理をすると宣言をしたら笑って主食用意しておくわと返され時間の調整をして通信が終わる。

……うん、元気出た。チョロい。

 

眠気覚ましに多少ストレッチをしてからARCUSをポケットに突っ込み、エプロンを持って食堂に向かう。この時期は自炊に慣れた人も多く、且つ外に出たくない人も多いせいか多少台所が混んだりするのだけれど、17時前だとちょっと人がいるぐらいだ。もう少し経てば混み始めるのでさっさと料理に取り掛かろう。

まずはオーブンの予熱開始。そこから買ってきておいた鶏肉にハーブを揉み込んで一旦放置し、その間に野菜の処理だ。かぼちゃにブロッコリーに大根にきゃべつなどなどをざっくり切り終えグリル用の耐熱皿にお肉共々並べた。ごろごろの野菜が所狭しと詰まっているのは気分がいい。タイミングよく予熱が終わったようなので耐熱皿を入れて時間を入力。

あとは放っておけばいいので簡単なスープでも作るかと鍋を用意する。にんじんや玉ねぎをスライサーで細切りにして、オリーブオイルでみじん切りのニンニクを炒めたりベーコンを炒めたりなんだりで適当に水を入れたりしつつ、最後に溶き卵を回し入れて熱が通ったらOK。

調理をしている間にクロウも来ていたみたいで薄切りにしたバゲットを焼き始めていた。

グリルもう少しみたいだし調理器具洗っておこう。

 

「疲れた声してた割には凝ったもん作ってんのか?」

「んー、いや、そこまでではないと思う」

 

グリルにしろスープにしろ手を入れている時間は案外少ない。一番手間がかかりそうなスープの野菜だって角切りの方がいいのかもしれないけれど今日はスライサーで細切りだ。文明の利器万歳。

 

「まあお前が作るなら何が出てきてもいいけどな」

「ありがとう。私もクロウの作るご飯好きだよ」

 

そんな会話をしているとオーブンの加熱時間が終わったみたいで少し扉を開けて、うんいい感じ。耐熱皿に引っ掛けるタイプの取手で取り出しお盆に載せた鍋敷に。スープもよそって乗せると、クロウが焼いていたパンをそこに乗っけてそのまま流れるようにお盆と共に食堂の方へ。片付けもあらかた終わっていたので、水差しと食器を携えてその背中を追いかけた。

 

「すげえ美味そう」

「上手く出来たと思う」

 

対面席に陣取りながらナイフを入れると皮はパリパリに、本体の方はパサつかず。野菜の方もなかなかいい感じに油を吸っていて美味しそうだ。お腹空いた。いただきます。

 

「そんで、どうだったよ」

「いやー、もう、つっっっかれた」

「そんなにか」

 

クロウが笑うので、いや本当に、と念を押したくなるぐらいに疲れた。

 

「そもそも戦技禁止、サブ武器禁止、魔法禁止だったから結構キツかったんだよねえ。戦術器禁止はそもそもARCUSの特性は一人だとほぼ使えないから大したことなかったんだけど」

「サブってえと、投げナイフと導力銃か?」

「そうそう。一応受験生と戦う前に招集面子で手合わせして確認はしてたけど、最初から最後まで条件同じに出来ていたかというとちょっと自信ないなぁって」

「つってもそこまで考えて判定下すのが教官の仕事だろ。そもそも全員おんなじ得物ってわけでもバトルスタイルってわけでもねえんだから細かいとこ気にしたってしょうがねえよ」

「それは、そうなんだけど……」

 

試験なのだから篩いにかける作業には違いない。だけど、その篩いである自分が公平であれたかどうか。今回初めての試みだから教官勢にとってもイレギュラーなことはあったろう。そういう意味では来年も生徒の招集があるかどうかで今回の出来の判定が下ると言ってもいい。気が重いなぁ。

 

「面白そうなヤツとかはいなかったのか?」

 

バゲットに鶏肉と油を乗せて齧るクロウの質問に少し考えて、ああいたよ、と返事をする。

 

「別の班だったけどちょっとここらじゃ見ない形の剣を使ってた人がいて、出来るなら私が対応したかった。あと初めて触っただろう戦術器で結構派手にアーツ使った人も居たんだけどあれはたぶん受かるだろうね」

「へえ、その妙な剣ってのが気になるな」

「遠目で戦闘中だったから正確じゃないけど、東方の刀とかそういうのに似てた気がする」

 

何にせよ、初めて見る武器とは相対したい欲が湧いてしまう。彼が無事に入学出来ていたら手合わせを申し込んでみるのもアリかもしれない。いやでも二年生からいきなりそれは……こう、怖がらせてしまう可能性もあるか。まずは知り合いになってから?そんな打算的な人間関係の構築が自分に出来るのだろうか。いや多分出来ない。無理だ。諦めよう。

 

「話を聞いてると来年も愉快なことになりそうな予感がすんな」

「課外活動に匹敵する愉快なことは起きないでほしい」

 

一応来年度も私たちはそのままARCUSで授業を受けていいことにはなっているけれど、課外活動的なカリキュラムは予定されていない。筈。二年生になってもああいう公欠活動が月に一回あるのは授業について行くと言う意味でもキツくなるだろうしたぶん本当にないと思う。というか今回のを受けてハインリッヒ教頭が反対しそう。

 

「そうは言っても穏やかすぎてもつまんねえだろ」

「……ま、特科クラスが出来る噂は本当っぽいし、何かに巻き込まれそうではあるけどさ」

 

それでも後輩が困っていたら手を差し伸べるのが先輩の役目だと思う。

肩を竦める私にクロウはまた笑った。

 

 

 

 

主菜を作ってもらったから片付けはやっておいてくれるというクロウの言葉に甘えて部屋に上がることにした。というよりも、一緒にやるよと言ったら、そういう台詞はまた今度に取っとけ、って頭を撫でられたら従うしかないだろう。

でも後で部屋には行くから起きといてくれるか、と言うのはどう言う意味なのか。もう既に結構眠いから目的もなく待っていると寝落ちそうだし……ネイルでも塗り直そうかな。あんまりない連戦のせいで昨日塗ったのに剥げているところもある。数日休みだしどうせなら普段つけられない色を塗るのもいいんじゃなかろうか。うん、とりあえずリムーバー。

きゅっきゅ、と透明なそれを落とし、諸々処理をしてベースを塗ろうかと言うところでクロウの気配が三階に上がってきたのがわかる。がちゃりとノックもなしに開けた相手は私を見てか、おっと、という顔をするので首を傾げるしかない。

 

「もう塗っちまったか?」

「え、いや、まだ落としたところ」

「そんならよかった」

 

よかった?何が?と疑問符を飛ばしていたところに扉を閉めて靴を脱いで上がってきたクロウがコトンと座卓に置いたのは、昨日私が悩んでいたマニキュアだった。

 

「おつかれさんってことでな」

「……使いきれないって話を」

「おう、聞いてたぜ。でもほれ、お前ペディキュアはしてないだろ?」

「あー」

 

なるほど。手の爪で使えないなら足の爪で使うと言うのは一つの案だ。そもそもこれは戦闘の為に始めたのでその発想はなかった。だけど爪の被覆剤としてのネイルじゃなくて色を載せるならきちんとベースを塗らないといけないし、正直手の方に色を載せる時にそれをやるのも若干手間だなぁと思っているぐらいなのでつまり。

 

「めんどい」

「まあまあそう言うなって。オレが塗るからよ」

 

クロウが塗る?足の爪を?

 

「えっ」

「なんなら手の方もやっていいぜ」

「で、出来るの……?」

「おう」

 

当たり前のように頷かれてしまった。自分で塗っていたことがあるんだろうか。……それとも、以前誰かにそういうことをしていた、とか。あ、駄目だ。今のは駄目だ。嫌な状態になりかけている。よくない。クロウが私より前に誰かと付き合っていそうなんてそんなの分かりきっている話じゃないか。

 

「じゃあ……頼もっかな」

「何だよ、心配すんなって」

 

見知らぬ誰かに、過去に妙な感情なんて持ちたくない。今、ここで、クロウが私の目の前で笑ってくれていると言うのは事実なのだから。────ああ、でもそうか、結構自分って欲深いんだなぁ。己の未熟さに反省するしかない。

そんな私の胸中知らず、ベースこれか?、なんて問いに頷きながら手を差し出して、取り敢えずもう片手で顎を支えながらクロウのつむじを眺めて気持ちを落ち着けることにした。確定情報では、ないのだし。うん。

 

「爪ちっせえなあ」

「それアンにも言われた」

 

私の手を支えるクロウの手は当たり前だけれど大きくて、アンはなんだかんだ鍛えていても女性の手なのだなぁと実感する。本人が歓迎する類の言葉ではないと思うので今後も言いはしないだろうけれど。

 

「でもさすがにしっかり手入れされてるから塗りやすいぜ」

「ならよかった。それ速乾のやつだからもう片方塗ってる間に乾くと思うよ」

「便利なもんだ」

 

そんな何でもない会話をしながら、ただただ時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠いのか少しどこか上の空のセリと話しながら手の方は終え、塗りやすいようにベッドに移動してくれと言ったら眠りそうと言い出したもんで、よれないように見張っててやるから寝てもいいぞと。そうしたら掛け布団を避けながら腰掛けて、身体を横たえたら直ぐに健やかな寝息が聞こえてきたのはちょっと笑っちまった。両手は腹の上に違い違いに置かれてるのでよし。

とはいえ、だ。力をセーブしながら戦うってのはかなり疲れることだっつうのはわかる。実際オレがそうなわけだしな。得物が違うから感覚が違うとはいえ、自分が持てる技術を駆使し時には取捨選択しながら格上と戦う方が正直言って何倍もマシだ。抑えるってのは思考をそっちに割かれる意味でもある。通常とは別の技能が求められるわけだ。教官陣も何考えてんだか。

 

そんなことを考えつつ、オレはだらりと落とされた足を踵から支えてやってベースコートを塗っていく。手もそうだけど足の爪もちっせえ。そもそも身長のわりに手足が小さいんだろうが、こんな手足でいつも前衛張って笑ってるってんだからちょっとグッときちまう。

そんでそんな手足を自分が彩ってるっていう事実にもちょっとクるものがある。男ってのはそういうもんだと思う。

 

……しっかしこいつ気付いてんのか?ほぼ唯一の出口を押さえられかねねえってことに。まあ気が付いてたら寝るなんて言い出さねえだろうが。そういう意味じゃマフラーと合わせてマジな意味で男としては見られてないのかもな、なんて考えちまうというか。我ながらビビりというか。

好きな女がいるなら深く考えずに抱いて仕込んじまえとか《V》なら言ってきそうだし、《G》も建設的な話をする気がしねえからまぁ相談することはないだろう。たぶん。

 

自分とは全く違う手足を彩る色。薄紅貝のようにもみえるそれはすこしだけあの街を思い出す。オレが置いてきた場所。捨てた場所。思い出という言葉を色にしたらこんな色になるんだろうか、なんてのは感傷にすぎるか。

……本当は、塗るなら蒼がいいと思った。俺の色だから。でもたぶんお前に蒼は似合わねえんだよな。ゼリカが贈った通り、赤がよく似合う。繋ぎ止められるワケもねえのに、そんなことを考えちまうなんて女々しいったらありゃしねえ。

 

頭を軽く振り、すうすうと静かな寝息の中でボトルを持ち替え薄紅を乗せるのに注力した。

 

 

 

 

あとは残すところトップだけってところで、取り敢えず作業が終わった。まぁ普段は補修用のやつを数回塗ってるだけっぽいから面倒くさがるのも無理はねえが、オレ個人としてはこういうのも悪かねえと思う。案外尽くし系ってか。笑えねえ。

 

ぎし、とベッドにオレも腰掛けると見えるのは寝顔。隣に座られて身じろぎもしねえって、結構これガチ寝してるような気がすんだが大丈夫か?

腹の上に乗ってる手を取り、爪を撫でてみると大体乾いたみたいで塗りムラもなく綺麗にうっすら輝いてる。うん、さすがオレ。たまに《S》の爪を塗らせて貰って褒められてたが鈍っちゃいないな。本人はリーダーにさせることじゃないって最初言ってたが、まあ出来ることが増えんのはいいだろ。

 

「おーい、セリ、大体終わったぞ」

 

ぺちぺちと頬を軽く叩いて起こすと、んん、と若干寝起きの悪い声。こいつ結構覚醒早いと思ってたけどそうでもないのか?むにゃむにゃと起き上がって口元を隠しながら欠伸をする。ふにゃっとしたその顔も正直可愛いと思っちまう。

 

「……すごく綺麗に塗られている」

 

自分の手を若干光にかざしながらセリが言うので、だろ、と笑った。私よりも得意かもねえ、と爪を撫でるので、トップはまだ塗ってないぜと。小さな頷きは返ってきたが、座卓に移動するつもりはないみたいだ。

 

「あの、クロウ」

 

つい、とシャツの袖を引っ張られ視線をやると少し寝癖のついたセリがオレを見上げていた。何かを言いたげに一瞬口を開きかけて、申し訳なさそうに目を伏せて。それが誘われてんのかと思っちまって、顎を掬って目尻にキスをした。跳ねる身体。

少し顔を離して見下ろすと、顔を赤くしたそいつがそれでも逃げずにそこにいる。

 

「……拒否んねえのか」

「……した、かったのは、間違いない、から」

 

今度は私からしたかったんだけど、と消えそうな声と共に袖を小さな手で掴まれて思わず喉が鳴っちまう。このままなし崩しは駄目だ。ゴム持ってねえ。いや、そもそもその前に、だ。

期待されるような目で見つめられたらそんなん応えないわけにはいかねえだろ。

 

ぐっと身体を近づけて、背中に片手を回し空いてる方で顎を上げて、そっと合わせた。

冬ですこし冷たくて乾燥してるのかさらつく唇。すこし啄んでからぬるりと舌を這わせると腕の中で小さな身体が分かりやすく強張る。背中に回ってきた指が布を掴んで正直たまんねえ。

それでも応えるようにゆっくり開いた唇から、舌が伸ばされて、オレのと絡まりぐちゃりと音がたつ。息が苦しいのか鼻から抜ける声がエロくて勃つかと思った。己の精神力を褒めたい。

 

それでももっともっと貪りたくて、前へ前へとがっついていたらぼすんとベッドに寝転ばせちまった。思わず身を引きかけたところで、両腕の中で横たわる頬を染めて息を荒げるセリが、視界の中いっぱいに。また喉が鳴る。

 

「く、ろう」

 

畳まれていた掛け布団に埋もれるように、恥ずかしそうに、片腕で目元を隠されて、暴いていいのか悩んじまう。

 

「これ以上、は、」

 

それには、どこか懇願にも似たような音が籠っているような気がして、嗚呼、とそのかわいそうな声が酷くかわいく思えちまった。

身体を引いたところで震える呼気をこぼしながらセリも上体を起こし、沈黙が訪れる。

 

「あの、クロウがどうとかじゃなくて、その、私の感情の問題で……ごめんね」

 

両手を胸の前で重ねて、こうべを垂れて申し訳なさそうに言われる。手を伸ばすと一瞬だけ身体が強張ったのが見えたけど、そのまま頭を撫でた。やさしく、やさしく、殊更ゆっくり、丁寧に。

こいつは男って存在にあんまいい思い出がないってわかってたってのに。性急すぎた。

 

「あのな、お前の気持ちがついてきてねえのにシたいなんて思わねえよ。……そりゃ、オレだって健全な男だからよ、好きな奴とはって考えたりはしちまうけど、それでも、オレだけが気持ちよけりゃいい話じゃないだろ」

 

本心だ。どれだけじっくりコトを運んでも、受け入れる側の負担はデカいって聞く。どうせいつか派手に傷付けるんだとしても、せめて今は丁寧にあばいてやりたい。

……やさしくすればするほど結果がキツくなるんだろうが。だからこれはエゴだ。お前に笑っていてほしい。そしてオレが生涯の瑕になってほしいっていう。

 

「クロウのそういうとこ、ほんと、すきだよ」

 

すると、ぎゅっと胸の前で重ねた手に力込めながら、泣きそうな顔でそう言われちまって、オレはどう反応したらいいのかわからなかった。なんで、そんな。

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