[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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クロウにさわられると、心がざわつくようになってしまった。

それはいつのものように心臓が跳ねるとか、顔が赤くなるとか、そういったポジティブな感情の発露ではなくて、ああきっと自分以外にもこの優しさに触れることを許された相手がいたのだろうなと、考えてしまって、自分の醜さに辟易してしまう。そういう類のものだ。

 

クロウの紅耀石よりもすこし暗い赤が私を見てくれているのは、すごくわかる。私だっておなじように相手を見ているのだから、その視線が自分に注がれているのは自明だ。それはきっとトワに訊いても、アンに訊いても、ジョルジュに訊いても、認識は変わらないだろう。

だからこれは、私の問題なのだ。

 

あのやさしい指先に"そういう意味"で撫でられた人に、ネイルを整えられた人に、笑顔を向けられた人に、唇を合わせた人に……暗い感情を抱いてしまう。過去のことなんて今更どうしようもないというのに。

もちろん、クロウが今まで誰とも付き合っていない可能性だってある。それでも自分はそれを質問して詳らかにすることを是とは出来ずに、堂々巡りにしかならないとわかっていながらこうして一人で考え続けて。答えは相手しか持っていないというのに。

 

────でも、もし、本当に、誰かと付き合っていたと知った時に自分がどんな感情を得るのかわからない。そもそも人付き合いが苦手で、こんな感情を誰かに抱いたのだって初めてで、誰かとこういう関係になったのだってもちろん初めてで、だから、自分の感情は重いんじゃないかって。もっと軽い気持ちでいた方が、釣り合いが取れるんじゃないかって。

クロウが私のことを大切にしてくれているのは、わかる。さっきだって、過去の誰かに嫉妬してキスをしたがった私に応えてくれて、それなのにその先は駄目だと我儘を言ったのにそれすらも尊重してくれて、こんな自分にはもったいないぐらい、やさしく、されてしまった。

乱暴にされたかったわけじゃない。そんなことをされたら、過去のことを思い出して……下手したら触られることすら駄目になってしまうかもしれない。別に、誰かにそうやって抱かれたことがあるとかそういう話ではないけれど、それでも、自分の意思と全く異なる形で触られるというのは、たぶん、名前の知らない誰かじゃなくても、アンでも、クロウでも、無理なんだろうと思う。

 

はぁ、と寝転がったままため息をつきながら厳密には未完成の爪を見て、いろいろな感情が波のように寄せてくるけれど、やっぱり大事にはしたくて被覆剤を塗ろうとベッドを降りた。

クロウが塗ってくれた薄紅色は塗りのムラもまったくなくて、本当に綺麗に私の指を彩ってくれている。それを台無しにしないよう、透明なそれで丁寧に覆っていく。

塗り終わって、乾燥時間を経て軽く手を動かすと、やっぱり普段と塗っている量やメーカーの問題か、少し感覚が違う。面倒さを加味するとやっぱり普段使いはできないな、と思いながら薄紅に、唇を。……キスは、きもちよかったな。

 

浅ましい自分にため息がまたこぼれる。

好きなのに……いや、好きだから、気になって、心がぐちゃぐちゃになってしまう。それでも好きにならなければ、応えてもらわなければ、なんて考えないところが本当に、強欲。

 

こんな自分を知られて、呆れられてしまったら、どうしよう。

そんな不安が胸中に広がっていくのを、まざまざと理解しつつも止められはしなかった。

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