[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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02/21 自由行動日

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1204/02/21(日) 自由行動日 朝

 

予定を入れていた通り、今日はセリと帝都に出掛ける日だ。

玄関ロビーで待っていると階段の方から足音が聴こえてきた。見えた姿は前にも見たゆるめのニットにスキニージーンズでブーツの、春よか少し寒くも暖かいこの時期には妥当な服装。爪は塗り直したんだろう薄紅が飾ってる。

最近しんどそうに見えてたが、別にマニキュアが気に入らなかったとかじゃねえみたいだな?

 

「お待たせっ」

「おう、じゃあ行くか」

 

今日は付き合い始めて実のところ初めてのデートらしいデートだ。なもんでこの間の買い物でちょっと放置されちまったのに大人げなく拗ねちまったが、あれは良くなかったな。

寮を出たところで声をかけて手を繋ぐと、嬉しそうに笑うそいつが本当に可愛くてどうしようもねえ。

 

「どこか行きたいとこあったりすんのか?」

「気になってるパンケーキのお店と、あとレコード屋さんかな。クロウは?」

「あー、オスト地区にある中古屋少し覗きてえのと、ル・サージュにもちっと」

「ならトラムの一日乗車券買っちゃった方がいいかもね」

 

ゼリカからバイク借りて向かうって案もあったが、どうやら今日は本人が使うみたいでまあいいかといつも通り鉄道だ。駅員から、いってらっしゃい、と妙に微笑ましさがこもった台詞に二人で笑いながら二番ホーム。時刻表通りに来た車両に乗り込んでボックス席に並んで座った。

 

「そういや例のレポートはもう出したんだよな」

「うん、二月頭の休みの時期に完成させてね。何かに繋がるといいんだけど」

 

あのレポートのことを言い出した時にも若干肝が冷えたが、嘘を上手く吐くコツってのは真実を混ぜ込んでおくことだ。あんまり全部を作り込んでおくと些細なところでボロが出たりすっからな。特にいつもの面子は妙に記憶力がいい奴らが揃ってる。まあARCUS試験運用ってことでそれなりの人材を起用したってことでもあるんだろう。

 

繋いだ手の甲を親指で撫でてみると、こてんと肩に頭がもたれかかって来る。挑発戦技を使うバトルスタイルもあってか戦闘してる際の存在感は結構なもんだと思うんだが、こうしてみるとやっぱりオレよかずっと小さい。その背中を見てきた身としては、か弱いなんて間違っても思えねえわけだが、まあ周囲からはそう思われてた節は見え隠れすんのが笑える。本人にとっては笑いごとじゃねえだろうが。

 

カタンカタン、と静かな振動の中で、珍しく会話もせず、だからといってそれが苦しいわけでもなく、肩に乗る重みとあたたかさにただただ思いを馳せていた。

 

 

 

 

「そういやお前が行きたい店ってどの地区にあるんだ?」

「レコード屋さんがヴァンクール大通り近くで、パンケーキがドライケルス広場の方かな」

「つーことは大通り先にしてオスト行って広場って感じか?」

「ル・サージュってそんな早く開いてたっけ」

「11時からだな」

「じゃあのんびり前みたいに歩いて行こうか。レコード屋さんも開店似たようなものだし」

「そだな」

 

二人で大通りを歩いていると、街角には帝都憲兵隊の姿が前よりずっと多くなってるなと改めて感じる。鉄血の野郎が可決させた帝国交通法によるもんだろう。オレが、こいつを喪うかもしれない、そのことに耐えきれないと音を上げた原因となった事故の結果。この間歩いた時も、今も、道路を渡ることへの不安は軽減されてる。いいこと、だったんだろう。

それでも俺は許せるわけもなく、今もずっとこれからもずっと、牙を研いでその日を待つ。

 

「クロウ?」

「ん?」

「いや、難しい顔してたけどどうしたのかなって」

「あー、二月になっても風吹くとさみぃなって思ってよ」

「……そうだね。でも春になるとマフラーに首をうずめるクロウが見れなくなっちゃう」

 

オレの違和感に気が付いたのか、すこし意味深な表情を見せつつも軽口に乗ってきた。帝都の風はジュライとは全然違って、何でだろうなと思う。結構平地に作られてるから山から吹き込むような強い風も、海が近いわけでもねえから海風もねえってのに。

 

「春になったら何するよ」

「うーん、取り敢えず新入生向けの部活動紹介記事載せた新聞書いたりしたいかな」

「……お前がその活動してんの久々な気がすんだけど気のせいか?」

「気のせいではないね。いろいろ忙しかったのと、教官に没食らってたりしたから」

「あー、お前またギリギリな記事書いてたのか?」

「個人的にはそこまでじゃないと思うんだけど、記事を書くのはなかなかに難しいねえ」

「そんで代替記事書けずにそのままってか?」

「そういうこと。細々と他にもやることもあったし」

「奨学生維持しつつ試験運用しつつ一人部活動は結構無茶だったんじゃねえか?」

「それなんだよねぇ。やっぱりトワの時間効率はちょっと常軌を逸していると思う」

 

士官学院は他の学校と比べて自由時間が極端に少ない。まぁ二年で最低限の軍人に仕上げなきゃならねえってんだからしょうがない部分もあるんだろうが。それでも正規軍・領邦軍を合わせても軍人になるのは半数に満たないらしい。

 

「つっても自由行動日をこう使ってるオレらがそれ言ってもギャグにしかなんねーだろ」

「それはそう。……でもクロウと出掛けられるのは嬉しいよ?」

 

ちらりと様子を窺うような視線が投げられて、ぐっ、となっちまった。短いのに破壊力高い台詞を言うんじゃねえ。

 

「そんなん、……オレもだっつうの」

「そっか、よかった」

 

安堵の声とともに繋いだ手の力が強まり、視線は進行方向へ戻される。

……やっぱここ最近、なんか変なんだよな。確かめられてる、ともまた違う気がすんだが。まさか例の古代遺物で受けた記憶が蘇って……とかじゃねえよなあさすがに。もしそうだとしたら────いや、そんな想定、するにこしたことないだろうが精神が削れる音が明確にするからやめとけ自分。

 

「あ、そろそろル・サージュのある通りだよ」

「オーナーいるかねえ」

 

ル・サージュを立ち上げたデザイナーのおっさんは店にいる時は妙に遭遇するらしいんだが、どうも学院祭の時の礼を言いたくて顔を出す時は絶妙にニアミスっちまう。店員の姉さんに言付けしときゃいいんだろうがもうこうなりゃ意地でも面と向かって礼を言ってやるという気分になっちまってるというか。

 

「あ、学院祭の時の」

「そうそう。まだ写真渡せてねえんだよなあ」

 

店の紫色の印象的な看板が見えてきてそのままカランカランと中に入ると、目当ての人物がカウンターの人間と話しているのが見えた。

 

「オーナー!」

「お、クロウじゃねえか。今さっきお前さんが最近来てるって話聞いてたぜ」

「そうそう、こいつを届けたくってよ」

 

写真部やその他生徒が撮影したステージ写真を焼き増ししてもらい、まとめて突っ込んだ封筒を渡すと、中身を検めたオーナーが笑った。

 

「お前さんも律儀だねえ。実はあのステージ、見に行ってたんだぜ?」

「マジか」

「え、そうなんですか?」

「お、あんたキーボードの嬢ちゃんだな。ばっちり似合ってたからよ」

「あ、ありがとうございます」

 

セリはオレの一存で露出が抑え目になってるわけだが、あんまり変に思われなかったらしくこっそり胸を撫で下ろした。……いやだって恥ずいだろ。好きな女の肌を見せたくねえなんてンな独占欲丸出しっつーか。

 

「学院祭では本当にギリギリの発注でお世話になりました。ステージが無事成功したのも、ハワードさんの衣装が世界観を統一してくださったおかげだと思います」

「そう言ってもらえるならデザイナー冥利に尽きる話だねえ」

「もしまた何かあったら頼むぜ」

「おう、任しとけって」

 

そう笑うオーナーの後ろから、そうやって安請け合いするから!、と秘書らしき人物が苦言を呈しているのが聞こえてきたが、まあでもオーナーは言い出したら聞かねえからな。デザイナーってのは大なり小なりそうなんだろうけどよ。我が強くないとやっていけねえというか。

二人で挨拶もそこそこに、店内を軽く見て回って外へ出た。気さくな方だったねえ、と多少緊張していたのかさっきよりゆるんだ顔でそんな言葉が聞こえてくる。

 

「まあオレのこんな言葉遣いも許してくれるかんな」

「あは、確かに」

 

くすくすと笑うセリに、そんなに笑うところかよ、と背中を軽く叩く。いや実際その通りだったから、と楽しそうに言うもんでまあいいかとなっちまった。

 

「そんで、レコード屋も近いんだよな?」

「うん、そこの道を行ってすこし路地に入ったところだよ」

 

そうセリの道案内のままにレコード屋に行って目当てのもんを見つけたり、トラムに乗って街ん中を滑るように走る景色に二人でちょっとはしゃいじまったり、オスト地区の中古屋で掘り出しもんを見つけたり。

なんやかんやでいい時間になったもんで、昼飯兼ねてそのお目当ての店にでも行くかって話になった。まあパンケーキの店でも何か軽食くらいあんだろ。たぶん。

 

 

 

 

「で、これか」

「そう、ここ食事系パンケーキもあるから気になってたんだ」

 

オープンカフェな席に座るオレとセリの前に運ばれてきたのは、一つはパンケーキに目玉焼きとスライスされたウィンナーが乗っかったかなりシンプルなやつで、もう一つがクリームチーズにカリカリのベーコンと玉ねぎや野菜とかが添えてある一風変わったサラダ風のやつ。

取り皿を貰って半分ずつシェアするとセリが今日一番の笑顔を見せて、本当にこいつ食べること好きなんだよなあと笑っちまった。

 

「ありがとう。あんまりこういうの好きじゃないだろうに」

「……いや、まあ、お前とトワほどシェア好きかっていうと違うだろうけど嫌じゃないぜ」

 

たぶん前に、女ってシェア好きだよな、ってボヤいたのが聞こえてたんだろう。やっぱり記憶力いいんだよこいつっていうかこいつに限んねえけど。

まあ取り敢えずあったかいうちに食っちまおうぜ、と。さっきナイフを入れた時の表面のサクサク具合がすげえいい感じだったんだよな。ウィンナーと卵の白身を重ねて頬張るとパンケーキ部分と塩気がマッチしてていい感じだ。美味い。セリの方はバラけそうな野菜をさっとフォークで器用にまとめて食べてるわけだが、食べた時のへにゃっと表情の緩む瞬間がああ本当に最高だなと思う。

もしあのままだったとしたら、単なる友人だの相棒だののポジションに収まっていたとしたら、こういう表情を見る機会も少なくなって、下手すると別のヤローが堪能することになったのかと。そんなことを考えちまう自分の心の狭さというか嫉妬深さには笑うしかねえ。

 

「おいしい」

「ああ、美味いな」

 

それでもセリにとってはその方が良かったんだろうと思う。

だっていうのに、俺は強欲だから、お前の今が欲しくて、お前の未来も欲しくて。個人としての欲を殺しきれずに手を伸ばしちまった。いつかきっとお前が俺を恨んでくれますようにって。そんなことを願いながら、こんな、矛盾に満ちた束の間の幸福を。

 

 

 

 

案外見た目よりずっと腹に溜まった昼飯を食い終わった後、デザートメニューを見ながらセリが悩んだ表情を見せてる。オレはといえば珈琲先に頼んじまってもいいかなと考え始めたところだ。

 

「ワッフル……いや、でもなぁ」

「食い切れなかったら食ってやろうか?」

 

何に悩んでいるのかわかんねえけどそう口を出すと、メニューの向こうから視線が戻ってきて首を小さく横に振られる。

 

「いや、量の問題ではなくて単純に最近運動出来るタイミングが少なくて」

「そっちかよ」

「いやでもまあいざとなれば街道に出ればいっか」

 

そこで修練場で誰かに相手してもらおう、とかじゃないところが本当にバトルジャンキーっつうか人付き合い下手くそっつうか。らしいっちゃらしいんだが。貴族でもフリーデル嬢とか頼めば嬉々として付き合ってくれそうなもんなのにな。力加減の問題か?

まあ仮にそういう意味であれば対人戦で延々と力を抑えるって言うのは本人の自覚以上にフラストレーション溜まったろうから、要請があれば付き合ってやろうとはちっと思う。つってもトリスタ近辺の魔獣程度じゃ束になってもセリの相手は務まんねえだろうけど。

ふっと笑うと、頼むもんを決めたらしいセリがオレの珈琲も一緒に注文をして、メニューを畳んで所定の位置に戻しながら首を傾げてきた。

 

「いや、最近元気なかったように見えてたからよ」

「……そんな風に、見えてた?」

「おう。ってなんだよその心当たりがあるみてーな表情」

「う」

 

バツの悪そうな表情をするもんで思わず突っ込んじまった。いや本当にお前ポーカーフェイス苦手すぎだろ。どっかの男子評で『何を考えているのか分からないミステリアスなところがいい』とか言われてたけど実態こんなんだからな。黙ってる美人は全員ミステリアスに見えるだけだわ。……まあそれを知ってるのが一部だけだったのは認めるけどよ。だけど戦闘狂なところは前にお披露目されてっから、恋人としては安泰というか。違う今はそういう話じゃない。

 

「いや、でもこれは私の問題だから」

「……徹頭徹尾自分の問題ならそんな風に言い淀むこともないだろお前」

 

更に追撃すると、にがトマトを生で噛み潰したような顔をする。隠し事が下手くそなんだよなあ。そこが可愛いといえばそこも可愛いんだが。

 

「………………ここじゃ話したくない」

「じゃあ寮に戻ったら話せることなのか?」

 

伏せたまま泳ぐ視線、机の上で忙しなく組み替えられる両手、何かを言いかけて閉じる唇。指先にあるパールみたいな薄紅は、昼間の光だとよく映えるなとぼんやり場違いに考えちまった。

 

「うん、そうだね、帰ったら、話すよ」

 

自分の中で覚悟を決めたのか、真っ直ぐとセリは俺の目を見てそう言った。あれだけ泳いでたのに、決めたとなったらこれだもんな。さて、何が出てくんのか。別れ話じゃねえとは思うが、思いたいだけかもしんねえな。

 

 

 

 

そうしてお互い上手くスイッチを切り替え追加メニューをそれなりに楽しんでから帰寮して、どっちの部屋で話すかってことで、オレの部屋にした。セリの部屋で話したとしたら、靴も脱ぐから咄嗟にセリが逃げられる状態が維持できねえし、何より逃げ込む先がなくなっちまう。そういう意味では椅子に座って、鍵もかけず、靴も履いたまま、っていうオレの部屋の方が合理的だ。セリもそれをわかっているからか、提案には反対しなかった。

 

部屋に入って奥側の椅子に俺が座り、扉側にセリが座る。机の上で両手を組んで、目の前の相手が深呼吸をした。

 

「……幻滅、させたら申し訳ないんだけど、でも、もし、今から話すことで私との関係を続けられないと思ったらきちんと言ってね」

「……おう」

 

思っていた以上に剣呑な言葉が初っ端に飛び出してきて、多少背筋を伸ばす。

 

「クロウは、その、以前に誰かと恋人関係になったこととか、ある?」

 

だけど次の句は思いもよらない質問で、は?、となっちまった。誰かと付き合ったことがあるかだって?いや、ねえ、けど。なんでそんなもん。

 

「あっ、ちがう、本題はこれじゃなくて……自分でも感情の整理がついてない事柄だからもう全く支離滅裂な話をしかねないんだけど」

 

オレのうっかりした沈黙をどう受け取ったのか、慌てたように両手で自分の顔を覆うセリ。

いや、まさか。そんなことあったりするのか?

暫し静寂が落ちて、気持ちが落ち着いたのかまたセリの顔が見えるようになる。恥ずかしさからなのか火照っているような、若干涙ぐんでいるような、悔しさが滲んでいるような、感情がないまぜになった表情。

 

「……クロウはさ、やさしいし格好いいしそつがないし、ネイルだって自分で使ってる気配とかはないのに上手く塗れちゃうし、誰かと以前付き合ってても全然おかしくはないんだけど、でも、もしそうだったらって考えたら何だか自分の中に澱のように暗い感情が溜まっていくのがわかって、こんな感情よくないって思ったからせめて気付かれる前に、自分でどうにかしたかったんだけど……」

 

ぐっと何かを堪えるように、それでも堰き止められなかった想いが怒涛のように零されて。

それはつまり。セリの感情がどういったものを起因とするのかわかっちまって、ぐっと心臓が掴まれたような気分にさせられた。だってこれはもうそういうことだろ。まさかこいつがそんな風に思ってくれるだなんて考えもしなかった。オレだけが好きなんだろうなんて馬鹿な考えはさすがにしちゃいなかったが、それでも。

 

「一つハッキリさせておくとな」

「……うん」

「オレは、お前が初カノです」

「えっ」

「これは女神に誓ってもいい。マジで」

 

ジュライにいた頃は恋だのなんだのより祖父さんやスタークやその他ダチと遊ぶ方がずっと楽しくって男同士でつるんでたのもあって、そういう浮いた話は一度だってなかった。というかまあ正直悪ガキだったしな。さすがに初恋とは言えねえが、まあ近所の姉さんとかそういう淡い淡い話でもある。それを暴露する気にはなれねえけど。

 

「そんなことありえる!? クロウそんなにやさしくて格好いいのに!?」

「やさしいもカッコいいもお前にしか殆ど言われたことねえよ!ARCUSの面子にいるのだって不釣り合いだって言われてたくらいだしよ! つうかそう思えるのはたぶん……お前だからだろ」

 

お前だから優しく出来たし、お前の前だからカッコいいところ見せたかったみてえな、そういう。いやクソカッコ悪いところもさんざ見られてる筈なんだがなあ。ナンパ失敗とか。ギャンブル負けとか。……こいつ男を見る目がマジでないんじゃないか?オレが言うこっちゃないが。

 

「じゃ、じゃあ、ネイルは」

「あー、それは、近所の姉さんにパシられてやらされてたというか、いつか彼女が出来た時にしてやれって言われながら塗らされてたというか」

 

悪い、《S》。今だけお前はオレの近所の姉さんになってくれ。さすがにテロリスト仲間の爪を息抜きに塗ってたなんて言えねえから。バレた時には最高に笑われそうだが、まあ二人が顔を合わせることなんざ万に一つもないだろ。

 

「そう、なんだ……」

 

自分の思い込みからの早とちりを自覚したのか、ぷしゅ、と音が出そうなくらい顔を真っ赤にしたセリが机へ腕と共に突っ伏して深いため息をつく。

 

「ごめん……すごく恥ずかしい……穴があったら入りたい」

 

そんな小さな頭に手を伸ばして撫でると、腕から少し顔を上げて目線がオレの方にくる。それでも構わず撫で続けていると、一旦また視線は引っ込んで、それから直ぐに腕に顎を乗せて顔全体を見せてくれた。まだ赤みが目尻や耳に残ってる。いい。

 

「オレとしてはセリが嫉妬してくれたのは正直嬉しかったけどな」

「……嫉妬が嬉しいなんて、クロウも大概私のこと好きだよね」

「おう」

 

珍しく皮肉で言ったんだろう言葉に大真面目に返すと、また顔を赤くして言葉を詰まらせる。いやー、自爆芸ってこういうことだろうな。

撫でる手を頭から耳辺りに移動させて、親指でふにふにとしながら、中指や薬指で首の付け根ラインを辿るとくすぐったそうに破顔する。それにほんの少しだけいたずら心が湧いて、手をゆるいニットの襟口より中に入れたところで、ぴくりと身体が跳ねた。

体が強張ったそれじゃない、いつもと違う反応。

 

セリも自分の反応に気が付いたのか、ガタンと乱暴に立ち上がり扉の方へ。あっ、これは、やっちまったかなと思ったところで、かちゃん、と鍵の閉まる音が、静かに、それでもしっかりと聞こえた。自己嫌悪に顔を押さえていたところにそれだったもんだから思わず顔を上げると、真っ赤なセリが戻ってきて、椅子をオレの方に進めて、ちょこんと自分の膝に手を置いてそこへ。

まな板の上のサモーナってのはまさしくこう言う時に使うんだろうかと場違いにも。

 

「おま、え」

「……ク、クロウに、もっと触って欲しいって、おもう、の……だ、駄目、かな」

 

ぎゅっと、両手を握って目を瞑って、そんな風に。

いや駄目なことあるわけあるか。

 

「……はしたない?」

「いや、めちゃくちゃそそられる」

 

窺うような目線がオレの一言でふにゃりとほどけていく。その、瞬間が、やばいほどやばくて、語彙がおっつかねえ。こいつのこんな表情未来永劫誰にも見せたくねえなんてそんなことまで思っちまうくらいに。

オレの方からも椅子を進めてそっと顎のラインを辿るように指先を這わせると、瞼が降りる。前にキスした時とは比べもんにならねえくらい、どうしてか心臓が痛くて、は、と荒れそうになる呼吸を抑えながら唇をまた重ねた。外気が暖かいからかリップが塗られてるからか今日はやらかいそこを食みながら、舌を捻じ込むとすこし逃げるように身体が跳ねるもんで抱き止めるように背もたれの間に腕を入れると、また背中に手が回ってくる。嫌がってねえ。よかった。

 

「わっ」

「っと」

 

そんなことをしていたら前に押し込みすぎたのか、セリが座る椅子のバランスが崩れそうになったのをなんとか止める。別の意味で心臓に悪かったぞ今の。後頭部ぶつけてたら洒落になんねえ。

はあ、と一息ついていたところで見下ろすと、手の甲で唇を隠すようなセリが見えて、静かに荒いだ呼吸を丁寧に落ち着かせてる。その動作だけでもエロいんだが、ニットのゆるい襟から首元が見えて、それもまた、やばい。

気を落ち着かせるためにゴムどこに置いてたっけなと思考を巡らせて、ベッド脇のキャビネットの中だわと用意周到な過去の自分に感謝するしかない。

 

「……ベッド、連れてって大丈夫か?」

「う、ん」

 

しっかり立ち上がりながら尋ねると、そっと頷きながらブーツの内ファスナーをおろして足を靴から抜いて両腕を伸ばしてくる。それだけでまた感情を噛み殺さねえといけない気分になるってんだからもうどうしようもねえくらい深みにハマってる。背中と膝裏に手を入れてひょいと持ち上げると、ぎゅっと首に腕が回ってきて胸が押しつけられた。はあ、と耳元でこぼれる吐息に、どくどくいってる心臓。支える両腕から器用さが抜けそうになる。

それでもこれだけは乱暴にするわけにいかねえと、逸る気持ちを抑えつけながら朝起きたまんまで掛け布団が押しのけられてるベッドにセリを寝かすと、それだけで頭のどこかが焼き切れるような、そんな気持ちにさせられた。

雑にブーツを脱いでそっと頬に手を添えると冷たかったのか、ん、と震えた短い声が落ちる。

 

「……その、これ以上進んで、それで駄目な瞬間があったら、言えるか? オレもなるたけ汲みたいけどよ、無理なこともあると、思う」

「大、丈夫。本当に駄目だったら、言えると、思う。クロウは、聞いてくれるでしょ?」

 

相手が自分の意思を尊重してくれるという、そういう信頼。だからこそ身体をゆるせる。

それは、おそろしいくらいきれいなもんだと思っちまった。

 

「可能な限り、善処はする」

「ふふ、それでいいよ。……ありがとう」

 

そうやって、枕に頭を乗せて、髪の毛を散らばせて、微笑むそいつの顔を、この世界でオレだけが知っている。

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