03/上 要塞見学
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1204/03/上旬某日
毎年一年生はこの時期にガレリア要塞の見学が年間行事として入っているらしく、御多分に洩れず220期生である私たちもそれが決行された。今期一年生は全六組、合計百八人。夜行車両の一部を貸し切った状態で帝国国土を横断する。
無論、士官学院生であるので就寝起床は規律通りに、夜間の部屋の移動はもちろんのこと、不眠を理由に部屋を出ることなど、寮で許されているあらゆることも罰則になる徹底っぷりだ。けれどそういう簡単な命ですら守れないのであれば、要塞内の見学などさせることは出来ないと言うことなのだろう。
────私たちが今から赴く場所は、そういうところなのだと。
朝5時半。予定起床時刻になったので身支度を整え洗面台を使っていると他の部屋の人も来始めたので早々に部屋に戻り、前日に配られていた朝食用乾パンを食べつつカバンの中身の確認や整理をして列車の到着を待った。
鉄道は緻密なダイヤで運行されているため、学生の降車が遅れた程度でダイヤを乱すことはまかりならない。故にキビキビと降車しホームの一区画に整列する。隣のクラスのクロウと視線があったと思ったらウインクをされたので、こんな空気の中でもいつも通りだなぁと笑ってしまった。
正規軍より学院へ出向しているナイトハルト教官が前に立ち、要塞内での注意事項などを改めて説明される。以後は所定の時間まで解散という手筈で、事前に配布されていた遠征計画書を見た時からにわかには信じ難かったけれど、いわゆるツアー系とかではないのだなぁとしみじみしてしまった。どこを見るのかと言うのも本人の資質──ひいてはレポート内容ということなのだろうか。
そんなことに考えを巡らしながら鞄を肩に掛け直し、貨物ホームの動きの邪魔にならないよう端に移動して全体の目測計算をする。この空間だけでもかなりの広さだ。出来ることなら歩測もしたいけれど、全体像が把握出来ていないのであまり詳細に記録を取るのは危ない。詳細な地図もレジュメにはないので自分で歩けということなのだろう。あとはたとえ簡易的なものだとしても情報流出の可能性を考えると配布資料には出来ないのも頷ける話だ。
軽く一つの街程度の大きさはあると噂されているガレリア要塞。クロスベル自治州との境にあるここは帝国屈指の要塞であり、大陸横断鉄道が停車する際にも物々しいアナウンスがされるほどの駅。つまり士官学院生だとしてもここに入る機会はそう多くはないと思うのでしっかり歩いて、可能なら現場の人の話とかも聞かせてもらおう。
両手を握ってそう意気込み、歩き始めた。
「あれ、トワにアン。こんなところでどうしたの?」
「おや」
「あ、セリちゃん」
備品管理所の前を通りかかったところで二人とはち合わせた。
あ、そうか。クラスごとの行動というわけじゃないから、他クラスの友人と合流して自分じゃ得られない観点の話をしながら回ると言うのも一つの手だったんだな、と思い至る。
「うん、実は……ガレリア要塞がどういったものなのか、きちんと知識の前準備はしてから来たんだけどすこしクラクラしちゃって」
「ああ……なるほど」
トワは『帝国の"力"の一つである武力と向き合う』ために士官学院へやって来た。その中でもここはぶっちぎりでその"帝国"というのがどういう場所で、どういう国家で、どのようにして国土を広げて来たのかという体現の場所でもあるだろう。将来、彼女がどういった道を取るのかはわからないけれど、もしかしたらここに切り込んでいくかもしれない。
「アンはトワの付き添い?」
「そういうつもりも多少はあるが、それ以上にトワの視点というのは私よりもずっと広い。かなり勉強させてもらっているよ」
「そんな、アンちゃんだって軍事学の成績悪くないでしょ。褒めすぎだよ」
「いいや、トワの説明は非常にわかりやすいさ」
「なるほど、トワの解説付きツアー……」
それはかなり心惹かれるけれど、私が今したいこととはすこしズレるかと腕組みをする。
「セリは一人で散策かい?」
「んー、うん。とりあえずぐるっと一周したくて」
うっかり煮え切らない返事をしてしまい、何かを察されてしまったのかトワがずいっと近づいてきて、袖を掴まれ耳元に。
「セリちゃん、もしかして要塞内の歩測しようとしてる?」
「……いや、そんなまさか」
「下手したら放校になっちゃわない……?」
一応表面上は否定をしていると言うのに全く信頼されていない信頼があるなぁ、と一人内心笑ってしまった。いや徹頭徹尾笑いどころではないのだけれど。
「ま、そん時はなんとか代替レポート書くことで勘弁してもらえると……いいなぁ」
確かにうっかりすると消されかねない話ではあるが、そこは、その、ナイトハルト教官のところで止めていただいて延命をお願いしたいなという感じだ。あの人も生徒を見捨てるほど鬼ではないだろう。たぶん。軍人に内部情報と人情を天秤にかけさせるなといえばそうなのだけれど。
しかしそもそも主要教官陣にARCUSのレポートが読まれていないとは思っていないし、故に私が歩測するタイプの斥候だというのは把握されていると考えて然るべきで、その上でそんな生徒が混ざっている状態で解散見学を許しているという時点で何が起きるかというのはあらかた想定されていると見てもいいのではなかろうか。
ARCUS試験運用チームは良くも悪くも個々の能力を他生徒より深く理解されている筈だ。
「セリちゃん、結構ナチュラルに危ない橋を渡ろうとするよねえ」
「そこがセリのいいところもであり、悪いところでもあるな」
言っても聞かないと思われたのかそっとトワがため息を吐きながら離れ、アンが笑いながら揶揄ってきた。まぁ、貴族のアンからしてみれば後ろ盾も何もない状態で綱の上を走り回っている私は見ていて危なっかしいのだろう。アンがそういう後ろ盾をアテにして立ち回っているという話ではなく、見える側の立場の人間として。
「忠告はきちんと受け取っておくよ。心配ありがとう」
そろそろ行かないと、と二人に手を振って別れ、また要塞内を歩き始めた。
ある程度見終わって戦車第一格納庫へ行くと作業員の方々が所狭しと慌ただしく走っていて、機甲訓練用の整備だろうか、と思案する。そんな風に端から歩いて行っていたら、とある戦車の足元で行われている整備にジョルジュが混ざっているのが見えた。さすがに今日はツナギじゃなく制服ではあるけれど、こうして作業に首を突っ込んでいてもあまり邪険にされていないのは本人の為せる技だなぁとしみじみしてしまう。
それを横目に、L字型の倉庫は想像以上に格納されている台数が多く、導力器の改良が進むと立体的に格納できるようになったりするのだろうか、と考えたりした。ルーレにあるエレベーターを参考にしたら地下格納庫とかも出来そうだけれど。立体格納が可能になれば、土地面積に対して用意できる戦車・装甲車の数は爆発的に増える筈。
そこまで考えて、かぶりを振った。……こんなこと、あえて私が書くことでもあるまいと。
最後に格納庫から外に抜け、鉄道線路を跨る形で架けられている連絡橋の上に立つと要塞の内部が一望できた。西から東へ。ここから200セルジュほど行けばクロスベル市内に到達する。
クロスベルひいては共和国との前哨戦を担うことになるであろうこの要塞を管理するのは正規軍第五機甲師団だけれど、有事の際にはその何十倍もの兵がここに駐屯し、且つそれを支えられるだけの設備がここにはある。
トワではないけれど、すこしクラクラしてしまう。
足元を通っていく貨物列車の音を聴きながら、たまにRF社のシンボルマークが刻まれているコンテナがちらちら出ていくのを見送った。
「どうしたよ、ボーッとして」
足音からそうだろうな、と思っていた気配は確かにクロウのものだったようで、一瞬だけ視線をそっちにやってからまた線路に落とす。
「……クロスベルの目と鼻の先にある要塞の中が……想像以上だったなって」
以前クロスベル市に向かった時に見えた貨物ホームからある程度の推測はしていた。運び込まれる荷物、作業員の数、クレーンの稼働距離、その他諸々からとんでもない規模の要塞だとはわかっていた。帝国が今、戦端を開くとしたら共和国であり、その最前線に当たるここが疎かにされているわけもないだろうと。
「帝国屈指の要塞なんだからそりゃそうだろうよ」
「そうなんだけど、ここにあの列車砲もあるんだなって考えたらさ、ずっと喉元に銃口突きつけられてる感覚なのかなって」
東側の崖になっている切り立った場所にその砲門はあると聞いている。200セルジュをものともしない超長距離砲。二時間あれば、50万人が住む街を壊滅させることが出来るというスペックを持つ大量破壊兵器。……そう、共和国には、届かない。それがどういう意味なのかわからないほど愚鈍ではないし、クロスベル市の人々も愚かではないだろう。
無論、共和国にレンジが届く兵器を置くとなったらそれはそれで紛糾するのだけれど。
「まあ、それはそうだろうな。確か市内全域が射程圏内だろ」
「そういうスペックとか、こういう現場を見ると、自分が帝国国民であることに誇りを本当に持てるのかってたまに揺らぐことがある」
自分が成してきたことについて、後悔することはある。たくさんある。それでも、太陽の下を歩けないようなことはしていないと女神に誓うことは出来ると、そう。だけどそもそもの帝国国民として、諸外国の方たちと対面した時に、自分がそうであるということを胸を張って言えるだろうか。
「軍事大国として豊かになった国で、安寧と富を享受して何を言ってるんだって話だけどさ」
「……いや、分かるぜ。地盤が揺らぐ感じだよな」
私の独り言のような感傷に、クロウは肯定を返してくれた。
そう、地盤が揺らぐ。自分の信じていたものが、本当にそのまま信じていいのかどうか、まずそこから始めなければならないんじゃないかと疑うことになる感覚。帝国が、大国だからといって正義というわけじゃない。……もちろん、国を存続させると言うことは綺麗事だけでは収まらない政治的手腕が必要なのはわかっているのだけれど。
「今、クロスベルは二大国を宗主として独立しているけれど、いつか」
「ジュライみたいな末路を辿るんじゃないかってか?」
その言葉に思わず隣にいるクロウを見やる。その物言いはあんまりじゃないかと何かを言い返そうとしてしまって、それでも何も言えずに口を閉じた。士官学院生である道を選んだ自分に、あの街について何か言えることなんて何もないのだから。
「……そうだね。どう言葉を取り繕っても、あれは侵略だったんだろう」
「そこまでは言ってねえだろ」
「言ったも同然だよ。君も、ジュライの帰属については怪しんでるんでしょ?」
クロウが教えてくれたロックの歴史を知りたくて、北方文化について調べていたとき、気になってジュライについて調べてみたことがある。
旧ジュライ市国──現ジュライ経済特区となったその街は、帝国の最北東にある。
海辺の、塩の杭に侵されたノーザンブリアや医療大国であるレミフェリアと船による貿易をしていた、小さな国だったという記録を読んだ。そして帝国の鉄道路線延伸の末、市国という姿を捨て帝国への帰属を果たしたということも。
だけど当時の記録は、帝国内ではタブーなのかあまり表には残っていない。当時の政治的指導者の名前さえも。あるのはただただ、ジュライは帝国に迎え入れられて本望だったろう、という記録とも呼べない記事ばかりが気味の悪いほど残っていただけ。……一応公式発表通りに帰属だと表現はしたけれど、その情報の薄さが"従属"なのだと物語っているように感じた。
「国土が増えるのはいいことなんじゃねえのか?」
「国としては、それが豊かになる道なのは理解するよ。でも個人がそれを歓迎するかって言うのはまた別の問題だと思う。少なくとも、小国と大国という程度の違いはあれど、国同士というおなじ土俵の上で行われた話し合いの結果では、ないんじゃないかなと」
辛うじて残されていた記録の帝国政府代表者の名前に、あの鉄血宰相の名があったから。
けれどそれ以上の詳細記録は今の私では閲覧することすら許されない。アクセスが出来るのは表面を帝国側の視点でさらっただけのものだ。それこそ機密事項にアクセスするとなれば、軍属となって階級を上げるか、あるいは現地に行って情報を自分の足で集めるなりだ。
「残念なことに、現状帝国はそういったことをするだろうって思ってる。リスクとメリットの天秤の掛け方が異常に上手い人がいるから」
「……ああ、そうだな。いるな」
つまり否定する材料がないのだ。むしろ、猟兵さえ使っているという噂さえある帝国政府だから補強する材料しかないと言うべきか。
「それでも、私は自分の国を誇らしく思える日を諦めたくない。胸を張って帝国国民なんだって、言えるように」
クロスベルであったバス襲撃の後、遊撃士であるスコットさんとヴェンツェルさんに所属の宣言をする時に、一瞬だけ躊躇ったことを思い出す。あの日、確かに私は自分が帝国国民であると明かすことを、迷ったのだ。一個人としてではなく、帝国人というレッテルを貼られることを恐れた。
だけど本当はそんな風に迷いたくない。
「だから、私は私の方法でこの国をどうにか変えて行けたらいいと思う。……一人の力じゃ出来ることはたかが知れてるだろうけどさ」
せめて己の行動が、いつかの未来、光に繋がればいいと願いながら歩んでいきたい。
「つーことは、軍属になるのか?」
クロウのその質問は至極もっともなものだ。だけどたぶん私は軍属者としてじっとしては居られないだろう。だから首を横に振る。
「さっきトワとアンに言われて気が付いたんだけど、たぶん私は暴く人間なんだと思う。暴いて晒して広めることだけが正義じゃないとはわかってる。だけど、帝国という概念をまず解体して、理解して、それがどういう道に繋がるのか、見極めながら生きようと思う。……具体的にどうするのかってのは、まだ検討中だけど」
最後のオチが格好つかなくて笑ってしまいながらクロウの方に視線をやると、やけに真っ直ぐな赤い瞳が私を見ていた。きゅ、と自分の口元が自然と引き締まるのがわかる。
「なぁ、もしもの話だ」
硬い声。今までついぞ聴いたことがない、暗闇が寄り添っていそうな音だ。
「もしも、オレが……お前の敵になったら、お前はそれを暴いてくれるか?」
────それは、どういう意味なのだろうか。もしかしてクロウは共和国の密偵だったとか、そういう?いや多分違う。もっと、私の知らない深淵を覗かされているような。なら私が言うべきことはただひとつきりだ。
「なんて」
「君が、それを私に望んでくれるのなら」
具体的なことは何もわからない。けれど自分からそんなことを言い出すっていうことは、若干でも確かな暴露感情があるのだろう。であるのなら、私は暴かれたいという君の感情の発露を優先して、理性では嫌がったとしても君のナカを暴いてあげたいと思う。
自分の発言を茶化して誤魔化してなかったことにしようとして、それすら出来ずに下手な笑顔をつくる頬にそっと手を伸ばすと、クロウは泣き出しそうな顔をして自分のそれを重ねてきた。
一体君は、何を言いたかったのだろう。
昼の鐘が鳴り、集合まで幾ばくの猶予もないことを知らせてくる。
どちらからともなく動き出し、ただ二人で鋼鉄の要塞の風に吹かれながら歩いて行った。
私にはまだわからないことだらけだ。