[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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五月
05/17 自由行動日


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1203/05/17(日) 自由行動日

 

一人新聞部と意気込むのもいいけれど、今の自分に必要なのは実体験ではない斥候技術だろう、ということで図書館に所蔵されている資料をこの間からずっとあさり続けている。

もちろん建物内外それぞれの索敵行動などのカリキュラムは予定されているのは知っているし、事前に配られているシラバスにどれくらいの時期に習うのかうっすら記載はされているけれど、六月。それでは遅いのだ。

 

開架されている資料はもちろんのこと、閉架資料にもアクセスがしたくて実技訓練担当であるナイトハルト教官と司書のキャロルさんの許可を頂いて書庫へ入らせてもらったりもした。

 

────ローランドさんですから問題ないとは思いますが、閉架書庫を移動させる際にはきちんと誰もいないことを確かめる、また棚の間に入る場合はストッパーを必ずかける、以上を徹底してくださいね。

 

そんな注意事項を毎回聞きながら、たまに棚の間に巣を作ろうとしているトマス教官を引きずったり、ハインリッヒ教頭に実技以外にもその熱意を向けたらどうだねと少し嫌味を言われてしまったり(奨学生の成績は満たしているのだから放っておいてほしい)、担任であるフェルマ美術教官の大判書籍を運ぶのを手伝ったり、案外閉架書庫は話題に事欠かなかった。

 

今日はそういうことはなく、よさげな山野と都市それぞれの斥候専門書が見つかったので数冊借りて鞄の中にしまい外へ。天気もいいのでキルシェのテラス席の軒先の影でのんびり読み進めようかと、珈琲を注文して腰を落ち着けた。

 

 

 

 

「おーっす」

 

ハンドサインの項目を読んでいると慣れた足音と気配が近づいて来て、横からわしゃわしゃと髪の毛を巻き込んで頭を撫でられた。もう慣れたものだ。何度腕を退かしてもしてくるのだからそろそろ諦めも入る。

 

「うん」

 

一瞬だけ視線をやってから、直ぐに紙面に視線を落として反応すると、反応わりぃなぁ、なんてボヤきと共に斜め隣に座られた。今の時間帯は軒先と黄色いパラソルの下はともかく、私の対面である商店街の道に近い席は影もなく眩しいからそういう選択をしたのだろうけれど、それにしてもここいいかぐらい聞くべきではなかろうか。まぁ、クロウにそんなことを言っても仕方ないのだろうけれど。

席に座るなら注文ぐらいして来なよ、と言うとすこし『そんくらいいいだろ』みたいな視線が返って来たので、目を細めて首を振った。するとため息を吐きながら自分の荷物を置いて行くので、どうやらちゃんと注文をしに行くらしい。

 

「あ、ついでにブレンド頼んで来てー。ミルクつけて」

「あいよー」

 

すっかり冷めてしまった茶色の液体を飲み干し、ぱたんと本を閉じて膝に置き、クロウの対面席に置いてある鞄から財布を取り出し珈琲代をクロウの席の方へちゃらりと置いた。ちょうど小銭があってよかった。

 

「頼んで来たぜ」

「ありがとう、お代はそこに置いといた」

 

本を膝に抱えたまま後ろに背を預け、目を閉じる。

そよそよ。ライノの白い花はとうに散り、目の前にある公園では緑が盛りになっている。五月特有の、涼しいようなくすぐったいようなあたたかさの風を頬と耳で感じるのは楽しい。葉っぱがこすれる音に、すこし里心がついてしまいそうになる。

そっと目を開けて顔を上げると、何やら赤いカードのようなものを弄っているクロウが見えた。

 

「そういえば今度の模擬戦、V組VI組の合同だよね」

「げ、マジかよ」

 

先週の話を聴いていなかったのか。サラ教官ならともかくナイトハルト教官ならそれを言い忘れることもあるまいに、たぶん余所事を考えていたオチとかだろう。

 

「普段背中預けてる分、クロウとは戦いたくないなぁ」

 

大きめな課外活動以外でも街道に魔獣が出たとかの届け出が学院へ舞い込み、それに私たち試験運用チームが駆り出されるということは、正直ちょいちょいある。便利屋扱いになっていないだろうか。……まぁとにかく、そういった際に、私の戦闘時の挙動を見る時間が多いのはたぶんこの男なのだ。

あ、でもこれって普段仲良くしているから戦いたくない、みたいな意味に取られないだろうか。全然違うけれど。むしろ隙がバレバレだから戦いたく……いやむしろ戦うべきかな。指摘されたい。敵に指摘されるより、敵の顔をした味方が指摘してくれるならこれ以上ない話なのだし。

 

「そうか? オレは戦いたいぜ」

 

前言撤回をしようとしたところで、にやり、と、お前の足を掬ってやると言わんばかりの笑みでそんなことを言われてしまい、なんだかすこしカチンと来た。宣戦布告と受け取っておこう。

差し当たって本でも読んでおこうか、とさっき閉じた膝のやつを机上に構えようとしたところで、机がコンコンと指先で叩かれた。顔をそちらに向けると、さっき弄っていたカードを扇のように見せられる。

 

「《ブレード》やらねえか?」

「……ブレード?」

 

聴いたことのない名称が出て来て首を傾げる。察するに、カードゲーム?

 

「あぁ。オレもこの間知ったんだけどよ、これが中々戦略性のあるゲームでな」

 

戦略性。すこし気になって、膝に置いていた本を鞄の上に置いてカード束を受け取った。いろいろな武器の絵が描かれていて、左上と右下に数字が添えてある。どうやら武器ごとに強さ?が違うのだろう。そして束の後ろの方には雷を纏った刀や、鏡などのいかにも特殊っぽいものが。

 

「……手札から武器を出したりして、場にある戦闘力で競うの?」

「お、イイ線ついてるぜ」

 

そう言いながら素早く自分の荷物を置いていた対面に座り直し、鞄からずるりと緑色のプレイマットを出して来るものだから、もしかして最初からここでやるつもりだったのでは?、と疑問符が頭の上に巡る。まぁいいか、とカードを使いながらルールを説明していくクロウの手元をぼんやりと眺めていた。

 

 

 

 

「ってことで、やろうぜ!」

「いいよ」

「よっしゃ」

 

本当に嬉しそうにガッツポーズをするクロウを、すこしかわいいと思ってしまった。時々ある空虚な笑いは一体なんなのかというほどに。それにしてもなかなかに楽しそうに説明をしてくれたので、数回ぐらいは負けても勝っても付き合おうかな、なんて。説明の途中で届けられた珈琲を口に含みながらそんな風に考えた。

 

「手札で結構ランダム性が出てくるね」

「それをどう使うかってのが面白いんだよなぁ」

「人によってファストで大数値を出したりとか、確かに分かれそう」

「そういうことだな。よっしゃ、行くぜ」

 

「あ、負けだ」

「カード配ったばっかだろ! 諦めんなよ」

「いやいや本当本当」

「……手札がオールボルトミラーとか見たことねえぞ」

「こういうこともある」

「いやねえわ」

 

「うーん、それ困るね」

「まぁ降参してもいいぜ」

「困るなぁ」

「言いながらボルト三連チャンとかエグすぎねぇか」

「私にこんな手を取らせた君が悪い」

 

そんな感じで、途中から街の子供もやって来て、大人げなくも真剣にやっている横顔を見たり喧騒を聞きながら、自分はお役御免らしいのでとりあえず戦況を眺めつつ本を読み進めることにした。まぁ勝負を年齢を理由にして手を抜くのは相手にも自分にも失礼だからさもありなん。

 

 

 

 

「これからどーするよ」

「どうって、いつも通り寮に帰ってご飯作るよ」

 

陽も傾き、建物の影も濃く長くなった時間帯。子供たちも帰っていった。

だいぶ読み進められた本を閉じて鞄にしまい、お店にカップを戻そうと立ち上がったところで、カードの傷を確かめていたクロウがそんなことを問うて来た。

 

「ああ、お前自炊組か」

 

自炊組。まぁそうなのかな。課外活動の帰りの日みたいなとても疲れている時以外はあんまり外食はする気にならない。けれど寮生によっては学生会館の食堂へ行ったり、それこそキルシェに寄ったり、かなり人による。そういえばクロウを台所で見ることはあんまりないなと思った。

 

「じゃあね」

 

鞄を肩にかけ、空になったカップとミルクポットを手に店内の方へ。

あぁそうだ。ブランドンさんのお店に寄って食材見て行こうかな。いくら一応巨大な冷蔵庫があると言ってもあれだけ寮生がいると各自が使えるスペースなんて微々たるものだし、間違って食べられてしまうこともある。

 

いつものようにドリーさんへカップを渡し(以前どっちが楽ですかと聞いたらどっちでもいいと言われたので好きにしている)、そのまま公園を挟んで向かいのブランドン商店へ。入ってみると、見慣れた人たちがそれなりにいる。一ヶ月で結構ここに寄る寮生も固定化されて来たなぁ、なんて考えながらカウンター前に置かれている看板の生鮮食料品の本日の値段を見た。

……鶏肉が安い。トマトも安い。すこし多めにトマト煮を一気に作って、今日明日のご飯にしてしまおうか。煮込み料理はたくさん作った方がいい。主食はご飯を炊いて突っ込んでリゾット風でもいいけれど、穀倉地帯ケルディックが近いおかげかトリスタはパンが結構安く手に入るのですこし悩んでしまう。ああでも最近魚食べてない気がするなぁ。

 

「シチューとかどうよ」

「……」

 

店内に気配が入って来たかと思ったら、真横からそんな言葉が落ちてくる。見上げると今日は本当によく見た赤い瞳が私を見下ろして、にっ、と笑って来た。

 

「つーかお前本当に驚かねえなぁ」

「わかってる気配にどう驚けっていうのさ。鶏肉のトマト煮でいい?」

「おう」

 

ため息を吐きながらカウンターに進んで、鶏肉とトマトとパン、その他あれこれを多めに買う。すると店主のブランドンさんが、あ、と何かに気が付いたかのように感嘆詞を落とした。

 

「あんたら新型導力器の試験運用チームだかなんだかに入ってる人だろ? 魔獣退治とか助かってるからな、オマケ入れといたぜ」

「えっ、いいんですか、ありがとうございます」

「なんのなんの」

 

魔獣討伐はそれはそれで実技授業の加点になっているらしいのでそれだけでも別にいいのだけれど、こうして街の方に直接感謝されてしまうと、なんか、なんというか、面映い。

照れながら会計をして紙袋に入れてもらった食材を手に持とうとしたら、半分以上をクロウが持っていく。まぁ持ってくれるというならお言葉に甘えようと思う。いや、というかこの流れだと作るの私なんだし全部持ってくれてもいいのでは?

 

ほんのすこしだけ腑に落ちないものを感じながら、夕暮れの商店街をゆるゆる歩いていく。普段は隣にない影が一緒というのは、なんというか不思議な感じがした。

 

「というか普段別にご飯一緒に食べてるわけでもないのにどういう風の吹き回し?」

「んー。ま、なんとなくだな」

 

なんとなくで人の晩のメニューを決めないで欲しい。概ね決めかけてはいたけれど。

寮に着き、両手が塞がっているクロウの代わりに扉を開けて二人で台所へ進む。まだ夕食にはすこし早い時間だからか他に人はいない。台所のど真ん中にある大きな作業台に紙袋を乗せ、手を差し出した。

 

「折半」

「はいよ。……わり、300ミラしか入ってねえわ」

 

後ろポケットから長財布を取り出した相手は困った風に笑いながら、そう。

 

「ってぇ!」

「あっ、ごめん」

 

思わず脇腹に平手が飛んでしまった。いや、君、財布の中がそんなことになっているなんてキルシェで注文した時にわかっていたことだろうに。明らかにそれ狙いじゃないか。しかしうっかり申し訳ないことに叩いてしまったけれどそんなことをしても仕方ないわけで。どうしよう、この食材。他の寮生に割安で譲るか、それとも大量に作って料理にしたところで譲るか。

取り敢えず手を洗って着替えてエプロンつけて下ごしらえを……。

 

ふと思いついたことに対してすこし逡巡し、ARCUSを取り出して発信した。

 

 

 

 

二時間後。

 

「ただいまー。セリちゃん、なにか手伝うことある?」

「やあ、ご相伴に預かりに来たよ」

「そんなわけで僕も」

「おかえりー。もう直ぐ出来るから寮生二人は先に着替えて来ていいよ」

 

トワに連絡をしたところちょうど三人とも一緒に居たようで、経緯を説明して夕食を一緒に食べないかと打診してみたのだ。アンが普段食事をしている第一寮の噂を聞く限り誘っていいものかどうか、とすこし悩みはしたけれど、嫌なら断るだろうと思ったら来た。

火にかけた鉄鍋に視線をやりながら、後ろ……貴族制服のアンへ声をかける。

 

「言っておくけどただの鶏肉のトマト煮だからね、アン」

「フフ、それが楽しみなんだよ」

 

多少野菜は多めに入れてとろかしてはいるけれど、家庭料理中の家庭料理だ。叔父さん叔母さんが森での指示だしとかでくたくたになって帰って来たときに、肉も野菜も一気にどっと取れるということで重宝していた料理ともいう。

 

コトコトコトコト。五人分の煮込み料理はさすがに量が多い。でも煮込み料理、本当に量を一気に作った方が美味しく出来るんだよなぁ。今回は時間かけられなかったけど、もしコンスタントに五人で食べられるなら大量作成が美味しいご飯をもっと作れるかもしれない。たとえば……カレーとか。これから暑くなる季節だし悪くない。うん。もし誰か得意な人がいたらそっちに任せるのもいい。

 

「で、そのクロウは? 見当たらないけど」

「セリちゃん、何か手伝うことある?」

 

どうやらさっさと着替えて来てくれたようで、ジョルジュとトワも台所に入ってくる。食器出したり、焼いたパンをトースターから乗せてー、と指示を出すと二人はさっと取りかかってくれた。

 

「ちなみにクロウは『金欠なら魔獣狩ってセピス稼ぐ?』って冗談言ったら出て行った」

「えっ、大丈夫かなぁ」

「まぁしかし、そうそう遅れは取らないだろうさ」

 

私もそう思う。死にかける前に離脱するぐらいの力はある。筈。たぶん。……いや大丈夫だよね?そういえば出て行ってからしばらく経っているような気がしてすこし背筋が寒くなる。

 

「おーっす」

 

噂をすればなんとやら。玄関の方からいつもの気怠そうな声が聞こえて来た。ほっとする。

鍋の中身もいい頃合いだ。器によそっていくと、アンがトワから渡されたらしいお盆に乗せて食堂の方へ運んでいく。たぶんパンも既にそっちの方へ行っているだろう。

エプロンを脱いでぐるぐるとまとめて食卓の方へ自分も向かう。

 

「お、いい匂いじゃねえか」

「クロウ君、ちゃんとお金は払わないと駄目だよ?」

「わーってるわーってる」

 

手を洗ってちゃっかりと食卓についているクロウに四人でため息をつきながら、冷める前にご飯にしようということで手を合わせた。いただきます。

 

 

 

 

「ん、美味しい!」

「ああ、かなりイケるぜ」

「かなり素材の味が強いけれど、これはこれでオツなものだ」

「ホッとする味だね」

 

口々に褒めてもらえて、良かったと胸を撫で下ろす。ありがとう叔父さん。私が料理を頑張り始めた頃にこれは覚えておけ、これは自信ある、ってすごく丁寧に教えてくれて。おかげで今や得意料理です。

 

「よかった、西の味付けだから合わない人もいるかもと正直思ってた」

「セリちゃん西部の出なんだ」

「うん。林業が盛んなティルフィルっていう街で、綺麗なところだよ」

 

ティルフィルの人間は森と共に生きて、森に生かされてきた。林業だけでなく木造工芸品なども盛んで、石の扱いではバリアハートには及ばないけれど木工に関しては帝国随一の職人街も築かれている。

 

「えへへ、こうしてみんなでご飯食べるの楽しいねえ」

 

何のてらいも含みもない楽しそうな表情でトワがそんなことを言うので、そうだね、と私も自然に笑みと言葉が零れた。ちょっとした大きな家だったので、働き手の人とご飯を食べて賑やかだったりした夜を思い出す。

 

「可能ならまた集まりたいものだね」

「ああ、いいんじゃないかな。得意料理もそれぞれ違うだろうし」

「そうだね、みんなの料理食べてみたいかも」

「それなら課外活動で倒した魔獣から拾ったセピス塊とかを共同財布に入れて、そこから材料費を出すとかどうだろう」

「お、それいいな」

 

今のところ持て余していたセピス塊などの使い道を思いついて提案すると、クロウを筆頭にみんな同意してくれた。よしよし。じゃあ今回のはそこから貰おう。クロウは命拾いをしたなぁ。

 

「そういえばさっき、着替える前にトワの左腕に青い腕章があったけど」

 

話題が一段落したのでふと思い出した疑問を口にする。記憶違いじゃなければ、あれは生徒会の腕章じゃなかったろうか、と。もしかして。

 

「うん、生徒会に入ることにしたんだ」

「課外活動やりながら、生徒会?」

 

望みをかけながら平常を装って問うてみると、大きな瞳をすこし瞬かせて、相手は肯く。

 

「そうだよ」

「……勧誘されたからってそこまで茨の道を進まなくても」

「それは私たちも言ったのだけれどね」

 

課外活動を一緒に続けられるのは嬉しいけれど、人間、体が二つあるわけでも作れるわけでもないのに、とすこし心配になってしまう。それでも、トワは真っ直ぐ私を見つめて、にこりと静かに笑った。

 

「無茶かもしれないけど、どっちかしか選べないわけじゃなかったから」

「真面目かよ」

 

課外活動だけの道でもなく、生徒会だけの道でもなく、両方やる第三の道。

どこにそんなポテンシャルがあるのだろうかと不思議になるけれど、それでも彼女の能力の高さは私たちが一番よく知っている。そしてそれをきっとやり遂げられるだろうことも。

 

「そっか、決めたんだね」

「うん」

 

あの夜のことを、あの馬の背でのことを、思い出す。今はもう、揺らいでいた彼女の姿などどこにもない。なんだか妙にそれが嬉しかった。

それなら私は傍らで応援させてもらおう。この凸凹の仲間たちと一緒に。彼女の道を。

 

 

 

 

もらったオマケはキウイで、みんなで美味しく食べた。

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