[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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08.5

夜中、《C》としての活動を行なって帰ってきたところで、上階から誰かの歩く音が聞こえてきた。まさか気付かれたのか、と若干、ほんの薄い膜程度の警戒をしたところでその足音が更に降っていくのがわかる。探った気配はよく見知ったもので、なんとなく好奇心がもたげた。

薄暗い廊下を通り、階段を軋ませないよう降りたところで食堂の扉の向こうにあるのは明確なそれだった。月の光だけが照らすロビーを通り扉をあけてみると、これまた薄暗い食堂からカウンター向こうにある台所で水差しとコップを持ったそいつがオレを振り返る。昼間に組み伏せた相手だ。

 

「ひっでえ顔」

 

実のところ暗くてあんまり見えちゃないがそう笑うと、そいつは無言で水を煽る。一杯、二杯。煽り酒ならぬ煽り水と言うべきか。

 

「正直危ないと思ったぜ」

 

だけどこれは素直な言葉だ。

自分も台所の方へ向かい、棚からコップを出して水をねだると、何も言われないまま水を注がれた。お人好し。たとえ負けたとしてもそれで八つ当たりできないっつーのは、まぁ人がいいと言うか、倫理観があると言うか。正直ムカつくところもである。

水差しの中身が心許ないのか、隣の奴は三杯目の水をコップへ汲んだあたりで一旦それを置いてヤカンに水を入れ火にかける。ヤカンをちろちろと舐める炎の前で、二人して馬鹿みたいにぼんやりしちまった。

 

「……術者への駆動解除の判断を早いうちに下すべきだった」

 

唐突な言葉に一瞬面食らったが、なるほど、と喉の奥で笑って同意する。もしかしてこいつ、ずっとあの戦闘を頭ん中でリフレインしてたのか。学院生にしては悪くねえと思うけどな。……俺も応えてやろうってそれなりにやる気出しちまったし。まぁ双刃剣ならそういう場面になることもなかったろうけどよ。

あの最後に相対した、一瞬。獣のような瞳にすこし胸を突かれた。あんな表情をしているのかって。絶対に負けたくねえっていう気概が、闘志が、実直さがあそこにはあった。

その上で、地面へ叩き落とし銃口を突きつけた時に見えた、呆然としたところからの悔しそうな顔ったらなかった。差し出した手を取るときの自分への情けなさを噛み潰したような表情も、お前なんだろうと。

 

「しかしあんな簡単にぶん回されるなんて想定が完全に甘かった」

「思ってるより鍛えてるだろ」

「うん」

 

想像以上に素直に返されて、そういうところなんだよなぁと思っちまう。薄い身体。細い腕。それだから故の身軽さ。防御力の紙さ。だっていうのに負けん気だけは人一倍で。その小さい背中を俺はトワの隣でこの一ヶ月見続けてんだ。

だからお前がキルシェで『戦いたくない』って言った時、そんなんぜってえ嘘だろって思ったもんだ。結果はこの通りなわけだが。自覚のなさは危うさに繋がる。だけど。

 

「ま、お前はそれでいいと思うし、隙はオレが潰してやるっての」

 

言いながらぐしゃぐしゃと頭をかき回すと、そんなことをしてくるな、と言わんばかりに腕を退かされる。懐かしい行動に笑っちまって、相手もほんの僅かに笑っていた。

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