違和感あったらすみません。
魔物の出現から約三十分。
空野と神凪という二人の魔法使いと別れ、俺はマリアと共に森林の中を歩いている。
「随分と進んで来た気がするが……」
「あら。これでも大して進んでないわよ?」
どこまで行っても木、木、木。森だから当然なんだが、そのせいでどこまで進んでいるのかさっぱりわからない。
これだけの自然、ゆっくりしたらさぞ気持ち良さそうだが……今の雰囲気で寛げるとは思えない。
「で? 本当にこっちにいるって?」
「ええ。影浦が言うには、こっちの方に魔物の反応があるって言うの。もう応援も到着した頃でしょうし、あとは本体を狩るだけね」
本体を狩るだけ。それだけの仕事だと、マリアは余裕の笑みを浮かべる。
確かに、あとは本体を狩るだけなら楽勝だろう。間近で見て直感したが、この女は強い。それもかなり。
「さ、早いとこ終わらせて学園にいきましょうか」
俺の方を見たまま、横から襲いくる魔物の分身を一発の弾丸で霧散させてしまった。
弱点も的確に撃ち抜いてるし、流れ作業みたく魔物を掃討していく。年齢は俺と二つ三つ違う程度だと予想しているが……それでもこんなに強いものなのか。
……だからこそ、わからない点がある。
「なら、どうして伝えなかった」
足を止めることなく、その疑問をぶつける。
「……何を?」
「とぼけんな」
マリアのしていることは、効率的とは言い難い。
魔物の討伐を目的とするなら、先程の二人も連れて来ればよかった。なのに彼女はそれをせず、神凪神社の方へと黙って行かせた。
さらに言えば、俺を連れて本隊の討伐に向かうこともわからない。魔法覚えたての初心者を抱えて戦うのはどう考えてもリスクが高い。
「答えろ。なんで俺を連れてきた。なんであいつらを向こうに行かせた」
「…………」
ふざけてはいない。真面目な話だ。
それなのにマリアは、きょとんとした顔でしばらく俺を見た後、
「……ふふ」
可笑しそうに笑った。
なぜ笑ってるのかはわからない。だが、しばらくの間が空くと、彼女は足を止めることなく語り出した。
「まず、貴方を連れてきた理由だけど。これは貴方が魔物に狙われているから」
「……!」
「なぜ魔物が貴方を狙っているのかはわからない。でも、影浦や神凪ちゃん達の近くに置いておくより、私の監視できるとこにいてもらうのが一番安全だって判断したからよ」
納得できる理由ではある。だが、マリアの言葉を聞いて、改めて確信した。
単独で魔物から狙われる俺を守ると堂々と言えるということは、それだけ自分の腕に自信があるということ。
このマリアという女、魔法使いの中でも相当強いのだろう。
「それと、神凪ちゃん達を神凪神社の方へ向かわせた理由。これは……霧の魔物──というよりかは、霧の性質に関係があるわ」
「霧の……?」
霧の性質について、マリアは簡潔にまとめて説明し始める。
霧の魔物は、出現してから時間が経てば経つほど強くなるという。三十分経ってもなお魔物が強くなり続けているとするなら。やはり戦力は多い方がいいと思うのだが……。
「分身は未だに存在してる。なら、本殿の方に魔物の分身現れる可能性もある。つまり」
「……なるほど。あいつらには分身の処理をさせるってわけか」
「そうね。私でも十分に対応はできるけど、集団相手となると、彼女たち……彼がいれば圧倒的に有利になるから」
「彼……」
彼、と言われたのは、例の空野大地という男だろう。
「彼の得意とする魔法は、自分の持つ魔力を相手に渡す『魔力譲渡』というもの。彼もまた前例のない力で、魔法使いの戦い方をたった一人で大きくひっくり返してしまえるの」
魔力譲渡……後方支援特化型か。
魔力がなくなれば戦えなくなるという魔法使いの弱点を完全にカバーできる魔法。それも、その力の持ち主は無尽蔵の魔力持ちと。
なるほど、それは確かに強い。マリアの言う通りたった一人で魔法使いの常識をぶち壊す力を持ってるってわけか。
……ん? そういえばあの時、マリアのやつあの男の名前と力……。
「おい待て、お前あの男のこと知らないって言ってなかったか?」
「あら? 言ったかしら」
「言ってたろ! 車ん中で! 無尽蔵の魔力の持ち主について聞いた時にお前「あまり知らないわ」って言ってたじゃねぇか!」
「そうだった?」
「……! …………ッ!!」
思わず足を止めて声にならない声をあげていた。
くそっ、最初から知ってやがったな。こいつ普通に嘘ついていやがった。あの時真面目そうな顔してたからまんまと騙されたってわけかよ。
「ふふ、ごめんなさい。機密情報だったの。彼、魔法使いからも世界からも貴重な存在だから、あまり公にはできなくてね?」
マリアが言うには、魔力譲渡という前代未聞の力。そして一人で戦況をひっくり返す力を持つ空野大地は、全世界で最も貴重な存在となっているらしい。
だがそれを国際連盟や日本国軍に伝えれば、そいつが非人道的扱いを受ける可能性が高く、危険な組織に狙われることもあるとか。
それを防ぐため、軍の要人数名とグリモアの生徒たち、その関係者しかその存在を知らされていないという。
「だから貴方にも、会うことは決まっていたとしても直接出会うまでは伏せてたってわけなの。ごめんなさい」
「……なら最初からそう言えよ」
「言えないわよ。機密なんだもの」
ごもっともみたいなこと言ってるけど、なら初めから「知らない」じゃなくて「言えない」って言えば納得したのに。
……こいつの性格からして面白そうだからとか言いそうだ。
「……わかったよ。そういうことにしとく」
これ以上指摘してたらもっと弄ばれる。それを避けるため、無理矢理納得したことにした。……多分その考えも見透かされてるんだろうけど。
「まあ要するに。彼は魔物単体に対しても集団に対しても通用する万能型サポーターだから、この場合は雑魚処理にまわってもらったって感じね」
「なるほどな……」
「あと、単純に──」
他に理由があるのかとマリアの方に視線を向けると、
「足手まといね」
「……は?」
悪意なんて微塵もないような、そんな表情でそう言った。
足手まといて……さっきと言ってること違くないか?
「彼、戦力としては申し分ない。でも、直接の戦闘となると足手まといなのよ」
「なんでだ。魔力譲渡ってのがあれば魔法使いは優勢になるんだろ」
「それだけならね。でも彼自身の戦闘力はゼロに等しいらしいの」
他の魔法が使えないってことか。なかなかに不便な話だ。それってほぼ魔力のタンクみたいなものじゃないのか?
「それなら、後方にずっと置いときゃいいだろ」
「そうなんだけどね。問題は怜ちゃんの方」
「レイ……ああ、神凪ってやつか」
巫女服を纏い、刀を持っていたあの女か。
空野と違って戦い慣れているように見えたが……それもかなり。
「実力は確か。でもね、今の彼女は逆に足手まといになる。家族が襲われて冷静な判断ができているか怪しい」
感情的になれば、周りが見えなくなって意図せずに味方の邪魔になる可能性があるという。そうなれば、戦闘で自分の魔法が神凪に当たるかもしれない……と、彼女は言った。
しかし、さっき会話していた時は落ち着いているように見えたが……。
「でもその前に、麗矢君が魔法を使ってなかったら、彼女大怪我してた。周りが見えてないっていうのは、味方の邪魔にもなれば、敵にとっては格好の的になるってわけね」
「……え、あいつそんなピンチだったの」
「あら? それに気がついて魔法使ったんじゃないの?」
正直、あの時は何も考えてなかった。ただ魔法がどれだけ使えるのか、みたいな実験でたまたま見かけた魔物に、炎と風の組み合わせを試しただけであって……。
「……本当に偶然だったわけね」
「そういうこった。誰かを助けようなんざ気はこれっぽっちもなかったぞ」
真相を知り、呆れたように笑う。
魔物が出てるっていうのに、なんだか緩い空気感。空野と神凪も変なやりとりしてたし、魔法使いってのはみんなこうなのか?
……なんて思ったその時だった。
「着いたわ」
突然、マリアが足を止める。どうやら、雑談はここまでらしい。
歩みを止め、周囲を見渡してみる……が、やはり木しかない。相手は木型の魔物。数多くの木の中に擬態することも容易いだろう。
その証拠に、神凪に対して奇襲をかけていた……らしいからな。
「で、どこにいる」
耳を澄ませて不審な音を探すが、聞こえてくるのは風の音と、それによって枯葉が擦れ合う音だけだ。
擬態しているのだとしたら、この中から見つけようとするのはかなりの時間がかかる。
だが。
「……見つけた」
隣にいる女は違ったらしい。
囁くような声量。それが聞こえ振り向いた頃には、マリアはすでに森に潜む標的を睨み、その手にはマスケット銃が握られていた。
「──ッ」
その時、彼女の表情を見て、不思議な感覚に襲われた。
背筋どころか、血まで凍りそうな、そんな感覚。自分に向けられているものではないのに、横に立っているというだけで気圧されるような──殺気だった。
「そこ──」
雷光を纏い、銃口が魔物がいるという方向に向く。
そして一秒も経つ前に引き金が引かれた。
まるで、雷が落ちたような轟音。目も開けられないほどの閃光と肌が焼けるような高熱。それら全てが、一体の標的を撃ち抜く。
「────────ギァ」
断末魔のような、掠れた声がした。悲鳴をあげる間も無く、霧の魔物の胴体に穴が空けられ。音もなく魔物は枝先から徐々に霧散していった。
「…………」
あまりにも一瞬の出来事で、口をぽかんと開けたまま立ち尽くす。雷光を撃ち出した銃口は黒く焦げ、威力に耐えられず破裂したようにパックリと開いてしまっている。
「あら。また怒られちゃうかしら」
ありえない壊れ方をした銃を見ながら、マリアは嫌そうに呟く。
……この女、スケールが違いすぎる。人間としても、多分魔法使いとしても。
「麗矢君? どうかした?」
「…………いや、なんでもない」
一仕事終え、身体をぐーっと伸ばす。その表情は清々しいもので、先程の一瞬に垣間見えたものとは全く別人のように思える。
……殺気を感じたのは初めてではない。だが今、彼女から溢れ出た殺気は、これまで感じた何よりも恐怖を感じた。
まるで、蛇に睨まれた蛙のように心臓が萎縮していた。もし長時間、こんな殺気を浴び続けていたら……と思うとゾッとする。
「(……この女)」
ただ者ではない。いや、それはそうなんだが。
人としても、まるまる別の次元に立っているような、そんな感じがする。やはり経験値の違いなのだろうか。
無意識のうちに、通信機を取り出して会話する女性の背を、睨むように見ていた。
呆れたわけでもなく、面倒だからというわけでもなく。あの一時、刹那の間に浴びせられた殺気。
会話している時とはまるで雰囲気であった彼女の認識を変えざるをえなかった。
「……わかった。引き続き周囲の警戒を。念のためにね。魔物は討伐したから、我々も下山するわ。その後、彼を学園に送り届けるから。……ええ、お願いね」
軍の仲間との通信を終えると、マリアは相変わらず優雅に笑ったまま、
「さ、行きましょ」
と先を歩いていく。
「(……気にしすぎか)」
普段の彼女と、戦闘時の彼女。多分、仕事スイッチのオンオフって話だろう。いつもマリアと話す時に彼女の殺気に怯えてたら、こっちが疲れるだけだ。
「…………やれやれ」
とんだ入学初日になりそうだ、と俺もマリアの後を追って山を降りていく。
「────っ?」
その時、背筋に寒気が走った。
──何かに、見られてる。
咄嗟に振り返るも、そこにはここに来てからずっと変わらない景色だけ。
魔物は討伐したはずだし、こんな森林の中に民間人がいるとも思えないが、彼女の同僚なら隠れる必要はないだろう。
「麗矢君? どうかしたの?」
マリアは立ち止まった俺を見て戻って来ている。どうやら、彼女は視線を感じなかったらしい。
俺に向けられた視線……その中には、マリアほどではないが、確かな殺気のようなものを感じた。
「……あら?」
俺が視線の正体を探る中、マリアの通信機に新たに通信が入る。
「こちらマリア」
すぐに通信機を取り出し、通話に応じる。
『隊長、無事か!?』
すると、通信機から男の叫び声が飛び出した。聞き覚えのある声……どうやら影浦から通信が入ったらしい。
しかしその声色は、明らかに何か焦っているように聞こえた。
「そんな焦らずとも、私は無事よ。魔物も討伐したし、これからそっちに戻るわ」
『違うんだ隊長、まだ終わってない!』
「え?」
通信機越しでもわかるその焦りように、マリアは困惑していた。
……一方で、俺はなぜ影浦が焦っているのか、わかってしまった。
「マリア!」
それに気づき、注意を促すように叫ぶ。
マリアもこちらを見て、異変にようやく気がついた。
地を這う何か。ぐねぐねとうねるそれは、間違いなく人のものじゃない。まるで木の根のような……。
それに気づいた途端、マリアも俺も状況を理解した。
『新たに二つ、魔物の反応を感知した! 場所は、今隊長達がいる箇所。そしてここ、神凪神社本殿! 気をつけろ! 霧の魔物、個体名《人面樹》はまだ存在している!』
影浦の叫びと同時に、地面の下から勢いよく一本の樹が飛び出してきた。
木の中心に顔面がくっついたそいつは、紛れもなくさっきまでの魔物と同じ存在。違う点を挙げるとすればそれは……木の色だろうか。
先程の魔物は茶色っぽかったのだが、今目の前にいるコイツは、少しだけ赤く見える。さらに言えば、先程のやつよりも少しだけ体長がでかい。
一目見て、さっきの魔物とは違うと理解できるほどに。
「嘘でしょ──」
魔物による強襲に、マリアも動揺による声を漏らす。
しかし、すぐにスイッチを切り替え、通信機に向けて指示を出す。
「影浦! 今すぐに神凪神社にいる人たちを避難させて! そこにいるグリモアの生徒達と協力して魔物の討伐を──影浦!?」
しかし向こうから帰ってくるのは『ザザーッ』というノイズだけ。少し前まで聞こえてきた影浦の声が、一切聞こえなくなってしまった。
「──おい! どうすんだこれ!」
向こうで何かあったのは間違いない。だがこちらはこちらで対処しなければやられてしまう。
目の前の魔物は、こちらを見下してケタケタと笑っている。不意打ちが成功したことに喜んでいるのか、それとも何の理由もなく笑っているのか。
そんな魔物を見上げながら、マリアは通信機を強く握る。あちらが心配な気持ちをグッと押し殺し、通信機を腰に下げるとまた別のマスケット銃をどこからか出現させる。
「木が赤い……まさかこいつ、奇種……!」
聞き慣れない単語がマリアの口から出てきた。奇種……おそらく、同じ人面樹でも全く違う存在の人面樹なのだろう。
赤い人面樹は、こちらを見下して下衆な笑みを浮かべている。魔物に知性はないというが、この笑みは果たして動揺する人間を見て笑っているのか、意味もなくその不気味な笑みを浮かべているのか。
……いや、そんなことはどうでもいい。
「おい、マリア」
「なに?」
通常より強い個体。先程の人面樹は、魔法をうまく組み合わせて攻撃した結果、簡単に霧散した。それは、その人面樹が分身体だったからというのもある。
本体はマリアが一瞬で討伐してしまったし、試す機会というものがなかったが……。
「こいつ、強いんだよな」
「え、ええ。通常個体よりずっと」
……多分、今俺が考えていることは、とんでもねぇ死にたがりと思われてもおかしくない。
ただ、マリアが言っていたこと。
──俺は特別な魔法使いである。
「……そうか。ならよかった」
自分の両手に、炎を呼び起こす。
ヘマするかもしれない。またあの時のように大怪我を負うかもしれない。
「貴方まさか、こいつと戦う気!?」
俺の目的を察したマリアが、嘘でしょと声を上げる。だが残念。マジで戦う気だ。
「悪い。危険なのはわかってる。でもよ」
魔法を使う感覚はわかった。敵の動きを読むことは、昔っからやってきた。
ならあとは、死なないよう立ち回る。それだけだ。
「試したいんだ。自分が、どんな魔法使いなのか」
敵を見上げ、嘘偽りのない本心を彼女に伝える。
俺の顔を見て、彼女は心底驚いたような表情になっていた。
今の俺、一体どんな顔なのだろう。
「……やれやれね」
呆れたようにそう言うと、マリアは一歩後ろに下がる。
そして銃を手に持ち、人面樹に向けるのではなく肩に担いだ。
「いいわ。私が全力で援護してあげる」
「──!」
意外な返答に、思わず振り返る。止められると思っていたから、まさか承諾されるとは思わなかった。
「その代わり、貴方が危険だと判断したら、私が一気にこいつを倒す。それでいい?」
「……いいのかよ」
「自分で言っておいてそれ聞く?」
「いや、いいってんなら甘える」
許可をもらい、改めて魔物の方に向き直る。
木の枝を触手のようにうねらせる魔物は、相変わらずこちらをムカつく笑みで見下している。
「……まったく」
向かい合う俺と魔物。その様子を、少し後ろで見守るマリア。だが今の彼女の表情は、穏やかだった。
「そんな目で言われたら、断れないわよ」
そう小声で呟いた彼女の声は俺には聞こえていない。
「全力でやりなさい! そして私に見せてみなさい、貴方がどれだけ戦えるのか!」
鼓舞するような叫びに背中を押され、俺は前に出る。俺が動くのとほぼ同時のタイミングで、魔物の視線が俺に向けられた。
「行くぞ枯れ枝──簡単にくたばんじゃねぇぞ!」
自身の奥底で何かの昂りを感じながら、魔物目掛けて走り出す。燃え上がる火を拳に纏い、自分に向かってくる触手に思いっきり殴りかかった。
黒金麗矢、十八歳。
初めての戦闘の幕が、魔法使いとしての人生の幕が、今上がったのだった。