男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜   作:タナん

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9話 俺が学んだ事

(斬れた…!)

 

 体毛のない指を斬り落とされ怯む赤い猩々に、俺はもう一度剣を振り上げて肩を袈裟斬りする。

 薪割の要領で後先を考えない全身の力を伝える事だけに重きを置いた全力の一撃だ。

 剣から伝わってくる体毛の感触はやはり恐ろしく硬い。だがここで斬れないようでは到底致命傷など与える事が出来ない。

 堅い体毛に阻まれた剣を無理やり押しこむ。全身の筋肉に入り込んだマナが活性化し筋肉が膨れ上がる。

踏み込んだ地面は砕け、活性化した俺のマナに反応した大気中のマナがバチバチと弾ける。

 

「あああああ!」

 

 剣は赤い毛を皮膚ごと毟り取り、肉に食い込んだ。剣が鎖骨にあたると俺は一瞬でこれは斬れないと悟る。咄嗟に剣を引いて表面の肉だけを裂くように太刀筋をかえた。剣を振り抜く。

 赤い猩々は痛みでのけ反りながらも、視線は俺の事を捉えており、足を振り上げてくる。

 赤い猩々の蹴りを、全力の一撃を加えた俺は十分に避ける事ができず、脇腹に足がめり込んだ。

 

 俺は吹っ飛び地面を転がる。まともに地面に叩きつけられたらしばらく衝撃で行動不能になってしまうだろう。アバラが折れたようだが冷静にできるだけダメージの少ないようあえて転がって衝撃を逃がす。

 

 俺は急いで立ち上がると、赤い猩々の姿を探す。

 

(まずい!見失った!)

 

 姿が見当たらず周りを見回していると、偶然視界の端に何かが向かってくるのが見える。

 俺は首を傾げて何かを避けた。

 ボンと音を立てて地面を抉ったのは石だ。石が飛んできた方向を見ると赤い猩々が木の上で石を抱えている姿が見えた。

 

(まずい…投石に専念されたら打つ手がない……)

 

 赤い猩々が石を振りかぶった。俺が与えた胸の傷から血が流れているが、表面の肉を斬っただけで致命傷とはほど遠い。

 それに対して俺はろっ骨が折れ、呼吸するたびに激痛が走る。

 

(指落としたんだからもっと痛がれよ……)

 

 赤い猩々の投石が俺に向かって飛んでくるが、俺は真っすぐ走り抜ける。高い位置から放たれた石は俺の頭上をかすめるだけだ。

 赤い猩々は投石を終えると別の木へ飛び移る。毛の白い猩々と同じように樹上を移動して姿を消し、一方的に攻撃してくるつもりなのだろう。

 ここで見逃すわけにはいかない。すくなくとも奴は今石を持っていない。

 もし攻撃しようとすれば一度地面に降りる必要があるはずだ。とにかく追いかけてその隙を与えない。もし降りてくればそのまま斬ってやる。

 

 俺は奴を追いかけて走る。途中奴は移動中に折った枝を投げてくるが、剣で斬り落として構わず進む。

 だが直ぐに限界が訪れる。今の傷ついた体ではまともに呼吸ができないため、走っているとすぐに酸欠状態になってしまった。

 俺が激しい息切れを起こしている姿を、赤い猩々は移動しながら愉快そうに見ている。

 すると突然、俺の方を見ながら木々を移動していた赤い猩々が、移動のために掴んだ枝が急に折れた。

 

 赤い猩々が地面に落ちてくる。折れた枝は白く凍りついている。

 

(セツか!)

 

 横目に見るとセツが手を下げ、地面に倒れようとしているセツが見える。

 腕の出血に加えてマナが枯渇して限界を迎えたのだろう。

 

 俺は地面に落ちた赤い猩々の毛のない顔面に向かって剣を振り下ろす。

 だが腕をかざして受け止められ、その腕も表面の肉を浅く斬るに留まる。

 赤い猩々はまだ指のある右手で殴りかかってくるが、俺は拳に対して後ろに下がりながら剣を薙ぎ払う。拳と剣がぶつかり合い、剣が拳にめり込むが奴はそのまま拳を振り抜き、俺を殴打する。

 

 剣を通じて腕でまず衝撃を受け止めたため、拳が俺の体に当たる時には足が既に浮いていた。そのため力をまともに受けずに済んだが、俺は5m程吹っ飛び木に背中を叩きつけられる。

 

 後頭部を打ち頭がぐわんぐわんと揺れる。

 俺はなんとか、直ぐに立ち上がろうとするが体が言う事を聞かず、地面に倒れてしまった。

 まずい、体のどこにも力が入らない。全身の至る所から痛みを訴えてくる。もはや無事な所の方が少ないんじゃないだろうか。

 

 赤い猩々が倒れる俺の皮の鎧を掴んで持ち上げる。俺の脚が地面から離れ、何とか抜け出そうと腕を殴るが全く聞いている様子はない。

 赤い猩々が人差し指と中指のなくなった腕を後ろに引く。

 

「がっ…はっ……」

 

 俺の腹が殴られた。肺の中の空気が一気に吐き出されてしまう。

 顔を殴られた。前歯が砕け砕けた歯で口の中が傷だらけになる。

 足を握りつぶされた。俺の左足首が残った3本の指で握りつぶされる。

 赤い猩々は愉快そうに顔を歪ませている。どうやらあえて止めを刺さず俺で遊んでいるらしい。

 

 何度も何度も殴られた。俺はもはやされるがままで手足を宙でブランと垂れて抵抗する気力がない。

 赤い猩々がフンっと鼻を鳴らす。腕を引き拳を握ると筋肉が膨れ上がり、今までとは訳が違う力が込められているのがわかる。

 どうやらこいつは俺に飽きたようだ。

 

(やっと終わる……)

 

 俺は朦朧とする頭でやっと楽になれる事に安堵する。

 この拷問は人生で最も長い数分だった。

 全力を尽くしたが、こいつには勝てなかった。仕方がないんだ。

 俺はそう自分に言い訳して目をゆっくりと閉じていく。

 

『ミナト、目を瞑っちゃだめだよ。戦いにおいて目を瞑るのは戦いをあきらめた時。僕たち男が負けると言う事は女達の命が奪われるというのと同義だ。だから僕たちは死ぬ最後の瞬間まで諦める事は許されない。』

 

 俺は目を見開く。俺は何をしているんだ。俺が死ねば他の3人も死ぬ。

 お前はあんなに可愛くて気高い女性を死なせるのか?それでも男か?

 俺は俺自身に問いかける。

 

(いい訳ねぇだろ!)

 

 俺は意識が飛びそうな激痛を無視し、頬が膨らむほど大きく息を吸い込み、一気に吐き出す。

 俺の口からは折れた歯が飛び出した。歯は赤い猩々の胸の傷に入り込み、奴は痛みでうめき声を上げると皮鎧を掴む手が緩む。

 俺は全力で足を持ち上げ、俺を掴む腕を両足で挟む。

 俺が木に頭を打った時、出血していたのが良かったのだろう。俺が激しく動いた事で、血に濡れた皮鎧がズルっと滑る。

 拘束を抜けた俺は両手で赤い猩々の腕を掴み、全力で後ろに引き倒す。

 

 怯んでいる上、みた事もない動きをする俺に戸惑ったのか、あっさりと腕十字固めの形をとる事に成功する。

 

「ああああ!」

(人型なら使えるだろう!)

 

 赤い猩々は鳴きわめきながら俺を振りほどこうとする。

 俺は単純な腕力のみで関節技を破られそうになるが、必死に力を掛け続ける。

 ここでもし振りほどかれたら確実に俺は、いや、俺達は死ぬ。文字通り決死の覚悟だ。

 死の覚悟で脳のリミッターが外れたのだろう。俺の全身の筋肉からぶちぶちという筋繊維が千切れる音が聞こえてくる。

 だが絶対に離すわけにはいかない。赤い猩々の肘がミシミシと音を立て始める。

 

(もう少しだ!折れろ!)

 

 軋む赤い猩々の肘に最後の力を俺は込めると腕を振りほどかれた。

 

「なっ……?」

 

 俺は訳も分からず立ち上がる赤い猩々を見る。俺は立ち上がろうとするが体が全く動かない事に気付いた。どうやら俺の体が限界を迎えてしまったようだ。

 赤い猩々が肘を抑えながらこっちを睨みつける。相当怒っているようだ。

 俺の頭を踏みつぶそうと足を上げるのが見える。

 

 体が全く動かない。もうどうしようもない。でも諦めるわけにはいかない。

 俺は何とか噛みついてやろうと、地面をもぞもぞと動く。

 

(絶対に生き伸びてやる!)

 

 俺は目の前の足を睨みつけながら必死に這う。

 俺の頭に奴の足が振り下ろされるのが見える。俺はしっかりとその足を見続けた。

 

 足が俺の頭を踏みつぶす直前、矢が足に命中した。

 足に矢が突き刺さり、横からの運動エネルギーを得た足は俺の頭の横に振り下ろされる。

 

 すぐに次の矢が飛んでくる。矢は赤い猩々の腕に命中すると毛皮を突き破って腕を貫通した。

 赤い猩々はシャーと威嚇する声を上げながら近くの木に飛び移って次の矢を避ける。

 木にあっという間に登った赤い猩々は矢が飛んできた方向に木を盾にしながら近づいていく。

 

 その方向には黒い大弓を構えた男がいた。

 男は木から木へ飛び移る赤い猩々をその場から動かず観察し続ける。

 そして木のしなりを利用して勢いよく男に向かって飛びかかってくる。

 男はその間ずっと引き絞っていた矢を放った。

 

 木から木へ移っている間は狙いをつけることは難しい。

 だが飛びかかってくる時は必ず動きが横から点になる。たとえわかっていてもそれを実行するのには相当な自信が必要だろう。

 矢は赤い猩々の威嚇のためにあけた口の中に突き刺さり、男の目の前に墜落した。

 赤い猩々は動かない。

 

「す…げぇ……」

 

 俺は一部始終を這いつくばりながら見ていた。

 あれだけの存在をあっという間に倒してしまった。

 襟足を長くのばして結んでいる。後頭部を髪を長く伸ばしているのは戦士の証だ。

 これが本当の戦士と言う物なのか。

 戦士はまだ比較的若い男だった。

 

「大丈夫か!」

 

 戦士は駆け寄ってくる。

 彼はジーク、サンの村の戦士だ。

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