男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜   作:タナん

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23話 いざ行商へ

 俺は雪に埋もれるように身を低くして弓を引く。

 獲物との距離は30m程、膝まで積もった雪に出来るだけ体を隠し、弓は雪に埋もれさせないため、横に寝かせた水平撃ちの構えだ。

 キリキリという弓を引き絞る音、獲物がサクサクと雪に足跡をつける音。

 

 雪の世界はとても静かだ。

 

 それなのに呼吸、心拍音、そんな普段見向きもしないような音に溢れているから不思議だ。

 

 獲物は体長が40cm程のウサギ。

 この30mという距離から照準器のない弓で狙うにはあまりにも小さい。

 

 万全を期すならもっと近くで狙いたいが、隣にいるジークが人差し指と中指を立てた手をウサギの方へと振っている。

 これは狩りをする時に使う弓で射てというジェスチャーだ。

 

 俺はそれを見て、これも練習だと近づくことを諦め、狙いを定めることに集中することにする。

 

 ただ腕の力だけで弓を引いては矢を狙った通りに飛ばすことはできない。

 

 矢を狙い通りに飛ばすのにまず必要なのは弓の安定と再現だ。

 どれだけ腕力があろうとも、筋肉の状態は日によって違うし、感覚もずれてしまう。

 そのため、もし筋肉の力だけに頼って弓を引けば、震えて安定しないし、毎回違う引き方になってあらぬ方向に飛んでしまう。

 

 弓を支えるのは骨だ。

 左肩を内側に入れ込み、肘を真っ直ぐ伸ばすことで筋肉ではなく、骨を突っ張り棒のようにして支える。

 こうやって骨という状態が筋肉に比べて変化しづらく、堅い部分で支える事で弓は毎回同じ位置で構えることができる。

 

 弦を引く右腕はより大きい筋肉のある背中で引く。

 腕より体の中心に近い筋肉を基点に使うことで体の安定感が増して、手の震えを抑える事ができる。

 

 一度大きく息を吸って呼吸を止める。

 

 呼吸が減ると脈拍が落ち、心臓の動きで生じる僅かな手のブレがすくなくなる。

 

 狙いは定まり、構えも終わった。

 

 後は弦を離すだけだ。

 

 ……当たれ。

 

 放たれた矢が重力にしたがって少しづつ落ちていく。

 それも見越して定めていた狙いに従い、矢はウサギの方へと飛ぶ。

 弓の力を受けた矢がグネグネと蛇のようにうねりながら飛んでいき、そしてウサギの腹の下の雪を吹き飛ばした。

 

「あっ」

 

 異変に気付いたウサギは文字通り脱兎のごとく逃げ出した。

 俺はすぐに薬指と小指で掴んでいた予備の矢をつがえようとするが、その頃にはウサギの姿は見えなくなっていた。

 

「ミナトは弓の才能がないね~」

 

 ジークはそう言いながら自分の弓を構えると、俺のようにじっくり狙いを定めるのではなくあっという間に矢を放った。

 矢はウサギが消えた方向にある木の一本にぶっすりと突き刺さり、羽しか見えない程埋まる。

 

「ミナト取ってきて」

「え? あっはい」

 

 俺はジークに言われた通り矢を取りに行く。

 矢が刺さった木に近づいた俺は、こんなに刺さって抜けるかな? と思いながら矢尻はどうなっているか見ようと木の裏側に回り込む。

 するとそこには木と共に矢に串刺しにされた白いウサギの姿があった。

 

「確かに俺、才能ないかも……」

 

 何気なく行われたジークの絶技に、俺は自分がそうなれる想像ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 リタもゲイルが作った剣や包丁などを届けなければならないらしく、商隊に加わっていた。

 俺達はその護衛だ。

 

 何日かかけて移動しているため、野営の時にジークに弓について教わりながら狩りをしていたのだがジークの凄さに圧倒されるばかりだった。

 

 リタの他にも町に出来た商品を届ける職人や商人は5人ほどで、その護衛は20人の大所帯だ。

 

 護衛メンバーはサンの村のメンバー、俺、セツ、セリア、シオ、ジークと、アナンの村からはタロウとその師匠であるアニカ、狩猟衆の女12人、最後に戦士の男が一人ついている。

 

 見習いが二人とはいえ、男が4人がいるあたり今回の遠征は本気で達成させるつもりなんだろう。

 

 ジークが引き受けたこの護衛の任務にはきちんと謝礼は払われるらしく、俺の分は剣の代金へと回されることになっている。

 隊商の先頭は俺とタロウが務め、二列になって雪をかき分けて後続の体力を温存する。

 

 この世界の人間特有の怪力を持って、嘘のような量の商品を背負った人は雪に背負った物が引っかかるため一列になっている。

 

 俺の体はこの世界に来たばかりの時はあばらが浮いているようなガリガリの体だったが、今では腹筋が割れているし、腕や足も我ながらなかなかのものだ。

 

 前は筋トレが趣味だという人の気持ちは全く分からなかったが、筋肉を愛でる人の気持ちがわかってきた。

 自分が強くなったという実感を得ることが出来、その筋肉を手に入れるために乗り越えてきた辛いトレーニングは成功体験として自信を生む。

 自信をつけたければ筋トレしろという話を聞いたことがあるが、どうやら本当の事の様だ。

 俺の場合は、いまだに女のセツ達に模擬戦で勝てないため、やや微妙だが……

 

「それにしても逞しくなりましたねぇ」

「本当だね。サンの村に来たばかりのときは、剣もまともに触れなかったのに、力だけなら僕より強くなったしね」

 

 俺のすぐ後ろに付いているセリアとシオが話しかけてきた。

 頬に手を当ててため息をつくように話すセリアと、目を細めてどこか遠くを見るような目をしているシオ。

 彼女らは俺のすぐ後ろに付いており、残るセツとジークは殿を務めているためこの場にはいない。

 

「……ありがとうございます。」

 

 俺はそんな二人の誉め言葉にお礼の言葉を口にしたが、内心は素直に受け取ることができなかった。

 

 俺は弱い。

 

 強さが求められるこの世界において、俺はまだまだ弱いというのもあるが、それは嘆いても仕方がないことだ。

 俺が弱いと感じているのは心とか、覚悟とか、そういう内面的なことである。

 

 今まであってきたこの世界の男は皆、自分の女を守るための心構えができている。

 まだ子供であるボロでさえ、その小さな胸の内に秘めた覚悟は俺を戦慄させるほどだ。

 

 赤い猩々の時の俺は……まあ頑張ったと自分で言えると思う。

 でも、アナンの村に来る時に襲われた盗賊の女の命がこの手の中に納まった時、俺は何もできず、女にその判断を委ねてしまった。

 

 俺が思い描くのはケシャと俺の間に立ちはだかったアンジの背中だ。

 俺がこの世界に足を踏み入れ、毛むくじゃらの化け物であるケシャに襲われた時、俺はアンジの事を何も知らなかったが、その大きな背中を見た瞬間、もう大丈夫だと安心できた。

 

 男に生まれたからにはあんなふうに女に頼られたい。

 

 俺達が通ったサンの村方向とは反対側に進む事二日、特に何事もなく俺たちは一つ目の目的の村に着いた。

 商人や職人たちがそれぞれの客の所へ向かうため、一旦商隊は解散となり、二日後に次の村に出発する予定だ。

 

 サンの村のメンバーにリタとタロウを加えた何時ものメンバーで先ずは食事にしようと村の酒場に入った。

 木の分厚い扉ので締め切られていた店内は大きな暖炉により温められており、二日間味わってなかった暖かさにホッとする。

 

「あ~寒かった~」

 

 俺がそう言いながら案内された席に座るとリタが話しかけて来た。

 

「あのさ……アンタの武器なんだけど、ちょっと変わった構造にしようと思ってんだ」

「?! 俺のって……俺の武器か!」

 

「そのまんまじゃんか……ああ、そうだよ」

「おお……いよいよか……」

 

 リタとの関係はやや気まずい物はあるが、普通に会話できる程度にはなっていた。

 俺の武器は元々はガリアが作ることになっていたのだが、ある日ガリアが、

 

「リタ、お前もそろそろいけるだろ。ミナトのはお前が作れ」

 

 と言い出し、リタが作ることになったのだ。

 

「実はその変わった部分だけ試しに作ってみたからちょっと試しに振ってみて欲しいんだ」

「あるんですか! やりますやります!」

 

 まだ俺の武器がどんなものになるか全く決まっていたのでかなり気になる。

 リタのところに来て結構な日数になるので、それがいよいよ報われるとなると胸が熱くなってくる。

 

「なんかミナトさん可愛いです」

 

 とセリア。

 

「そんなに興奮する事?」

 

 多分悪意ゼロのセツ。

 

「僕はその気持ちわかるけどな~」

 

 シオは頬杖をつきながら同意してくれた。

 

 

「もっと酒持ってこいや!」

 

 その時、荒い言葉遣いで酒を要求する若い男の声が聞こえた。

 やはり女が多いこの世界で男の声は目立つようで、店内にいた女たちがその男の方へ目を向けている。

 

 店内がなんだかざわついているように感じていたのだが、そいつが原因だったようだ。

 俺はどんな奴か気になり、男の声がした方へ目を向ける。

 

 そこには女を左右に侍らせ、椅子の上に股を開いてどっかりと座り込んだ男がいた。

 

 オールバックにして逆立たせた灰色の髪、体は俺より大きいが歳はあまり変わらないように見える、

 

 その姿は地球の不良を思わせるガラの悪さを思わせ、目立たないグループにいた俺の苦手なタイプそのもの。正直関わりたくない人種だ。

 

「食べてる時くらい静かにしろ」

「別にいいじゃねぇか。聞こえないよりいいだろ」

 

 女を侍らせたガラの悪そうな男の対面にも男が座っている。

 こちらは更に体が大きく、手に持った大きなジョッキが普通のコップのように見える程だ。

 若い男と同じく灰色の髪を持っているが、若い男の方とは違い長く伸ばされており、やや癖のある髪質をしている。

 若い男の見るからに野性的な雰囲気とは対照的に、落ち着いた空気を纏っているが若い男とどことなく似ている。親子なのだろうか。

 

 そんな風にどんな男なんだろうと観察していたからか、若い男と目が合ってしまった。

 

「おう! そこのお前! こっち来いよ!」

「え?」

 

 俺は目があってすぐに目をそらしたのだが、男が俺の方へ向けて指を指して呼んできた。俺はきょろきょろと周りを見回すが、他にそれらしい人はおらず、残念ながら俺が指名されているようだ。

 

 俺は無視するわけにはいかず、渋々その男の元へ歩みを進める。

 

 近づくとよくわかる。発達した前腕、冬用の分厚い毛皮の服の上からでもわかる鍛えられた体。

 この世界の男は一部の例外を除いて、ほとんどは戦うために生きているので当然だが、この男は明らかに戦いに身を置く者の体をしている。

 

「グリードだ」

 

 グリードと名乗った男は女の肩に回していた腕を俺の方へ差し出してくる。

 

「男同士仲良くしようや」

 

 グリードはそう言ってニカッと歯をむき出しにした。

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