走るその先に、見える世界 作:ひさっち
1.足が軽くなった気がした
昼間の山道を、小さな少女が歩いていた。
ジャージ姿で、背中に無地の黒いリュックを背負った少女が険しい山道を苦もなく歩いていく。
山道を歩いていたのは、綺麗な容姿をした少女だった。むしろ整い過ぎているとまで思えるその顔立ちは、まるで人形のような人間と思えるほどだった。
ジャージ姿でも分かるすらりとした身体。腰まである綺麗に整えられた芦毛の長い髪に、何故か頭の上にある二つの耳。そして腰にはゆらゆらと揺れる芦毛の尻尾が生えている不思議な少女だった。
明らかに人間とは違う存在。それは彼女こと――メジロマックイーンは、世間から“ウマ娘”と呼ばれる存在だった。
ウマ娘と呼ばれる彼女達は、世間では知らない人間はいない存在である。その主な理由は、彼女達が持つ特殊な能力と言える超人的な脚力だった。
その人間よりも優れた脚力を活かして、世界中でウマ娘だけが行う“とあるスポーツ”が彼女達の人気を確固たるモノにしていた。
世界中に数多くいるウマ娘の中でも、選ばれた者だけにしか出れない国民的人気スポーツである『トゥインクル・シリーズ』。その選ばれしウマ娘達が競い合うレースが、世界で最も人気のスポーツとして彼女達の人気を確固たるものとしていた。
この場にいる少女――メジロマックイーンも、その道の頂点を目指す一人のウマ娘だった。本来なら彼女も、毎日を自身を鍛え上げる練習の日々を過ごしているはずだった。
しかしそんなメジロマックイーンが、人里離れた山道を一人で歩いているのには――彼女なりの理由があった。
「本当にこんな場所に……話に聞いたトレーナーさんがいるんですの?」
渡された手書きの地図を片手に、メジロマックイーンがぽつりと呟く。
メジロマックイーンの手に持っている地図に書いてあったのは、彼女の在籍する『トレセン学園』から少し離れた山奥だった。トレセン学園から交通機関を使って少し歩いた先にある山奥のとある場所に、小さく印が書かれていた。
その地図を片手に山道を歩いていたメジロマックイーンだったが、彼女の内心は半信半疑だった。彼女は“ある話”を聞かされて、この場に赴いてしまっていた。
信じられなかった。こんな山奥に人が本当に住んでいるのかとメジロマックイーンは思いたくなる。
しかしそう思いながらも、メジロマックイーンはそんな話を少しは頼っても良いかと思うくらいに実のところ心が弱っていた。
このところメジロマックイーンは、身体の不調が続いていた。その所為で練習でもタイムの伸び悩みが続いていた。練習環境が悪いのかと思い、実家であるメジロ家で自主練しても身体の不調は良くならず、タイムも伸びることはなかったのだ。
トゥインクル・シリーズを目指すためのウマ娘を育てる『トレセン学園』に入学してから少し経って、メジロマックイーンは自分の成長を実感できない所謂“スランプ”に陥っていた。
そんな落ち込んでいた日々を過ごしていたメジロマックイーンに、とても腕の良い人材がいると入学式に見たことがあるだけだった理事長から突如の推薦を受けて、彼女は促されるまま“ある場所”へ向かうことになり、人里離れた山道を一人で歩いていた。
しかし思い返すと、随分と不思議な話だった。先日、理事長から地図を渡された時、彼女が意味深なことを話していたことがメジロマックイーンには疑問だった。
『うむ! 不調が続くならこの者を頼るとよい! きっとお主の力になってくれるに違いない!』
そう理事長が話した後、付け足すように続けた言葉がメジロマックイーンは気になっていた。
『良いか? なにを言われようとも諦めるでない! なにを言われようとも私を鍛えてくれと懇願するのだ! お主の気持ちが伝われば、きっとあの者も応えてくれるに違いない!』
その口ぶりは、まるで最初から断られる前提の話だった。トレセン学園から話が通っていないのだろうかとメジロマックイーンが疑問に思うのも無理のない話だった。
今、こうしてわざわざトレセン学園から外出の許可を貰ってメジロマックイーンはこの場に来ているが、本当にこんな山奥に人が住んでいるというのも今だに信じられず、ただ不思議としか思えなかった。
周りを見ても木々しかない。周りを見渡しながら、こんな場所に人間が住んでいるとは到底思えないとメジロマックイーンが思ってしまう。
だからそこ理事長から話をされた後、メジロマックイーンは調べていた。胸に抱える疑問を解消する為に、彼女はトレセン学園に数多く在籍しているトレーナー達にその噂のトレーナーの話を訊いてみたのだが――彼等は揃って同じこと答えていたのが彼女の印象に残っていた。
『彼は、とても有能なトレーナーだった』
その話についてメジロマックイーンが詳しく訊こうとしたが、トレーナー達はそれ以上のことを彼女に答えることはなかった。
不思議とトレーナー達がそのことについて話すのを躊躇っている。そんな雰囲気をメジロマックイーンは密かに感じていた。
だが最後に一言だけ、同じようなことをトレーナー達が揃って言っていたことがメジロマックイーンの疑問を大きくさせていた。
『そのトレーナーが何処にいるかも分からないが、頼ったとしても無駄だと思う』
その話を聞いて、メジロマックイーンの疑問は大きくなる一方だった。と言うよりも、彼女は困惑するしかなかった。
何故、トレセン学園にいるトレーナー達がその噂のトレーナーの居場所が分からないと言ったのだろうかと。
学園長からメジロマックイーンに地図を渡した以上、トレセン学園はその噂のトレーナーの所在地は分かっているはずだった。しかしそれなのにどうして学園にいるトレーナー達は、その噂のトレーナーの居場所を知らないのだろうか?
聞けば聞くほど妙だと思える話に、メジロマックイーンはただ困惑することしかできなかった。
「もしかして……あそこかしら?」
そうして山道を歩き、地図に印の書かれた場所にいつの間にかメジロマックイーンは到着していた。彼女が見つめる視線の先には、小さな木造の家があった。
メジロマックイーンがふと視線を横にずらすと、小さな家の横にはとても広い広場があった。彼女が見たところ、そこはレース場のような形をしているように見えた。
思わずメジロマックイーンが広場に近づいてよく見てみると、彼女は少し驚いていた。
メジロマックイーンの目の前に広がる広場は、しっかりと整備されたレース用の練習場だった。芝生も整えられていて、一目で整備されている場所だと分かる。彼女が見る限り、練習には申し分ない場所だと思ったほどだった。
「本当にいるみたいですわ。噂のトレーナーさんが……」
明らかに人の手が加えられている練習場を見て、この場に人間が住んでいることを再確認したメジロマックイーンが確信する。ここには、本当にウマ娘を育てるトレーナーがいると。そうでなければ、こんな山奥に芝生が整えられたウマ娘用の練習場を作る意味がない。
身体の不調とタイムの伸び悩みが続くメジロマックイーンの心臓の鼓動が高鳴る。先日聞いた理事長の話が本当ならば、この場所に自分を変えてくれるかもしれないトレーナーがいるのだから。
そのことに期待して、メジロマックイーンが意を決して視線の先にあった小さな家に向かおうとした瞬間――彼女は唐突にピタリと立ち止っていた。
ふと――彼女の耳に、走る音が聞こえていた
リズミカルに、そして規則正しく地面を蹴る音がメジロマックイーンの耳に届く。
思わずメジロマックイーンが音のした方に振り向く。そして彼女が視線の先に見えた光景に目を疑った。
目の前に広がる芝生の練習場を、走る人影があった。
最初はメジロマックイーンも、その走る人影をウマ娘と思っていた。しかし走る人影をよく見れば見るほど――その人影の姿に彼女は驚くしかなかった。
歪みのない綺麗なフォーム、走る姿がここまで綺麗だと思える姿は見たことがない。力強く芝生を蹴るその姿は、まるで自分の思い描いた理想の姿だと思えるほどに、メジロマックイーンは圧倒された。
その姿がウマ娘なら――それだけで済んだ。
普通の人間とウマ娘では、走れる速さの限界が違う。それは一般常識と言っても過言ではない。
普通の人間が走れる最大速度は、時速三十六キロメートル程度。それに比べてウマ娘は時速六十キロメートルを優に超える。それは人間とウマ娘の間にある努力しようとも超えられない壁だった。
しかしメジロマックイーンの目の前で走っているのは、ウマ娘ではなく――普通の人間だった。本来、ウマ娘にあるはずの耳も尻尾もない。身体の骨格も、間違いなく普通の男性だった。
そんな普通の人間が明らかにウマ娘と同等の速度で走っている。むしろそれよりも速いかと思えるくらいだ。
仮にこれを話に聞くだけならメジロマックイーンも一蹴する話だった。しかしこうして目の前で見せられている時点で、彼女も信じるしかなかった。まるで今までの常識が壊されるような錯覚すら覚える。
驚きのあまり、メジロマックイーンはその場で立ち止まって走る男性を見つめていた。
そして練習場を走っていた男性が練習場の端にいたメジロマックイーンを見ると、彼は怪訝な顔をしながらその場で走るのをやめていき、彼女の前で立ち止まっていた。
「……誰だ。アンタ、なんでこんな場所に来た?」
メジロマックイーンに向かい合うなり、男性から威圧感のある声色が発せられる。思わず、彼女は一歩後ろに後ずさっていた。
二十代程度の女性のような顔立ちをしている男性だった。顔だけ見れば女性と勘違いするかもしれないが、威圧感ある声と鋭い目つき、体つきを見れば、流石のメジロマックイーンも目の前にいる人間は女性のウマ娘ではなく“男性”だと思わざるを得ない。
切るのが面倒なのか長い髪を後ろでひとつに結っているだけで、その男性は鋭くした目つきをメジロマックイーンにただ向けていた。
その視線に物怖じするメジロマックイーンだったが、目の前にいる人間が学園長の話していた噂のトレーナーだと確信していた。
学園長が言っていた。もしこの人に鍛えてもらうなら、絶対に諦めてはいけないと。この人は理事長が話していることが本当なら、自分を強くしてくれる人なのだ。ならば、怖がっているわけにはいかない。
メジロマックイーンはそう決心すると、彼の目をしっかりと見つめながら言い放っていた。
「初めまして! 私、トレセン学園のメジロマックイーンと申しますわ! この度は理事長から貴方を頼ると良いと言われまして伺いました! 事前に学園から連絡が入っていると思います! この度は私の勝手な理由で申し訳ありませんがお願いします! どうか私を鍛えてください! よろしくお願い致します!」
そう言って、メジロマックイーンが綺麗に頭を下げた。
一方的に用件を伝えている以上、彼からなにを言われるかわからない故に、頭を下げていたメジロマックイーンが思わず頭を下げながら目を瞑る。
しかし少し待っても一向に返事が来ないことに、メジロマックイーンが違和感を感じる。そして彼女がゆっくりと頭を上げると、先程目の前に立っていた筈の男性が居なくなっていた。
「えっ……?」
メジロマックイーンが慌てて周りを確認すると、先程の目の前に立っていた男性は練習場を走っていた。いつの間にかメジロマックイーンがいる場所の反対側にいて、彼は見惚れるほど綺麗なフォームで走っていた。
「な、な……!」
しっかりとお願いした筈なのに、一切の反応もなく何も言われなかったことにメジロマックイーンが声を震わせる。
ウマ娘の中で由緒正しい家系であるメジロ家の一人として、礼儀というものを叩き込まれているメジロマックイーンからすれば、彼の態度はあまりにも目に余る行動だった。
「なんですのっ! 無視しなくても良いではありませんか!」
そして練習場を一周してきた彼に叫んだメジロマックイーンだったが、彼は彼女を一瞥すると興味なさげに立ち止まることなくそのまま走り去っていた。
彼が走り去る間際、自分に関心のない目で見られたことにメジロマックイーンが気づく。そんな彼の視線に、彼女の目は自然と鋭くなっていた。
明らかにあの人にバカにされている。それはメジロマックイーンには到底許せない無礼であった。
「良いですわ……バカにするなら、私も同じことをしてあげますわ」
普段は落ち着きのあるメジロマックイーンを知る人からすれば、彼女の反応は随分と珍しい反応だった。
メジロマックイーンが持っていた鞄から“蹄鉄の付いた靴”を取り出すと、すぐに今履いているスニーカーから履き替えていた。
そして靴を履き替えた後、鞄が邪魔にならないように練習場の隅に置くと、メジロマックイーンはその場で軽い柔軟をしながら彼が練習場を一周してくるのをじっと待っていた。
そうして彼が練習場を一周して戻ってくると、彼はまたメジロマックイーンを一瞥するなり再度無視して走り去っていく。
しかしその瞬間、メジロマックイーンは彼を追うようにその場から走り出していた。
「絶対っ! 私の話を聞いてもらいますわっ! 私の方が貴方より絶対に速いんですのよっ!」
そして先を走っている彼を追い掛けようとして、メジロマックイーンが全速で駆け出した。
一瞬、彼が背後を一瞥していた。しかし彼はメジロマックイーンを特に気にせずに前を向いて走り続けていた。そんな彼の無礼な態度が、彼女の神経を更に逆撫でしていた。
「私が追いつけないとでも言いますの! 本来、普通の人がウマ娘に勝てる筈がありませんわ!」
彼を追うメジロマックイーンが、走る速度を上げる。
メジロマックイーンの視界に映る彼の背中が少しずつ大きくなるが、ある時点で彼女は気づいた。
――距離が縮まない?
彼と距離を縮めたはずが、ある一定の距離からメジロマックイーンは彼に近づくことができなかった。
メジロマックイーンが全速で走っていても、彼は何故かそれと同等の速さで走っているのか距離が広がるわけでもなく、縮まりもしなかった。
紛れもなくメジロマックイーンが今走っている速度は、彼女が出せる全速力である。なのに何故彼に追いつけないのかと、彼女は困惑していた。
疑問に思ったメジロマックイーンが、先を走る彼の姿を凝視する。そして彼女が彼の走る姿を見ると、ふと気づいてしまった。
「あの走り方って――!」
先を走る彼の走り方。それはメジロマックイーン自身の走り方と全く一緒だった。
自分の走るフォームは、メジロマックイーンは嫌でも分かった。実際に自分の走り方を録画して何度も見直した。タイムが伸び悩んでいる時、フォームの見直しに何度も見返したくらいだ。自分の走り方を見間違える訳がない。
だからこそ、メジロマックイーンは分かった。目の前にいる男性は、自分と全く同じフォームで走っていると。
先程彼の走り方を見ていた時、彼の走る綺麗だったフォームをメジロマックイーンはハッキリとは覚えていない。しかし彼の今の走り方は、明らかに先程とは違うフォームだったことは確信していた。
その確信が本当なら、つまり――彼は少し見ただけでメジロマックイーンと同じフォームで走ることができたことになる。
わざわざ速く走れることができるはずなのに、あえて自分と同じ走り方をしている彼の行動にメジロマックイーンが目を吊り上げた。
「人をバカにするのもいい加減に――!」
明らかに馬鹿にされている。彼の行動を見て、メジロマックイーンはそう捉えた。絶対に負けたくない、そんな気持ちが彼女の胸に募っていく。
そうしてスタートから六百メートル程度走ったところで、彼とメジロマックイーンの距離が少しずつ開いていた。
そこで、またメジロマックイーンは彼の変化に気づいた。
彼の走り方が僅かに変わっていた。少しだけ足幅を大きく、踏み込みを更に力強く、そして今よりも早く動かして。
まるで自分の走り方が違うと否定されたような感覚だった。メジロマックイーンがむっと表情を歪める。
そう思うと、メジロマックイーンは彼と同じフォームになるように走っていた。見様見真似で、彼女が目の前で走る彼のフォームと同じ走り方を試みた。
「えっ――」
思わず咄嗟に彼と同じ走り方に変えた瞬間、背中を誰かに押されたようにメジロマックイーンの身体が前へ進んだ。
足が軽くなったような、そんな感覚だった。離れていったはずの彼の背中が、少しだけ近づいていた。
しかしそこで彼がまたメジロマックイーンから距離を離す。走った距離は約千メートル。走り始めた箇所からすでに半周していた。
よく見ると、また彼のフォームは変化していた。
今度はギアを上げたように、身体を少し前に倒して手足の回転が速くなっていた。
しかし負けずとメジロマックイーンも彼と同じようにフォームを変えて加速する。
その瞬間、メジロマックイーンはまた足が軽くなったような気がした。
身体の疲労感は勿論ある。身体を酷使しているのだから当たり前だ。足が重くなっていくのも、メジロマックイーンは十分に分かる。
しかしメジロマックイーンは、いつもよりも更に速く前に向かって走れていることが分かってしまった。
足が重いはずなのに、軽い。前に進んでいる。思うように前へ駆けれていると。
先程まで背中を見ているだけだった彼の背中が、少しずつ近づいていく。
走った距離は、気づけば千六百メートルになっていた。残りは、最後の直線のみとなる。
そこでメジロマックイーンは、ゴールに向けてラストスパートを掛けていた。しかし彼も、同じようにラストスパートを掛けていた。
ラストスパートを掛けた彼との距離が縮まらないことに、全速力で走るメジロマックイーンの心が折れそうになる。
しかし、メジロマックイーンは諦めていなかった。
足が限界と言おうとも、メジロマックイーンは更に足を速く動かした。足を速く動かすのは“見た”。あとはそれを更に速くするだけ――簡単なことだ。
そうして最初にメジロマックイーンが走り出した場所が見えてくると、途端に彼の背中が近くなっていった。
次第に彼との距離が縮まっていき、いつの間にかメジロマックイーンは彼と横並びに走っていた。
横目で彼を見る余裕なんてない。気づいたら、ただ全速で、全開で身体を動かすことでメジロマックイーンの頭は一杯だった。
「こんのぉぉぉぉっ‼︎」
メジロマックイーンが、叫びながら身体を酷使する。
そしてその瞬間――メジロマックイーンは彼を抜き去っていた。
自分が彼を抜いたと分かった途端、メジロマックイーンは身体の限界を感じてゆっくりと走るのをやめていた。
気がつけば、自分は走り出した場所に立っていて、メジロマックイーンは荒くなった息を整えるので精一杯だった。もう、一周していたんだと理解するのに少し時間が掛かるほどに集中していたらしい。
その後、メジロマックイーンが息を整え終わると、先程まであった彼への苛立ちは消えていて。彼女の中には、今までにない充足感があった。こんなにも、走るのが気持ち良かったのかと。
「その走り方を忘れるな。ラストスパートは良かった……もう少し身体を前に倒して足に力を込めるとまだ速くなる」
メジロマックイーンが声のした方へ勢いよく振り向くと、彼はそう告げて小さな家へと向かっていた。
「待ってください! なんで貴方はそんな速く走れるのですか⁉︎ 走りのフォームもあんなに綺麗で……どうしてですの⁉︎」
彼の言葉を聞いた途端、メジロマックイーンはそれよりもと彼に訊いていた。走り方の助言は有り難い、しかしそれよりも疑問だった。
人間が、どうしてウマ娘と同じように走れるのか?
しかし彼はメジロマックイーンの言葉を無視して歩いていく。彼を呼び止めようとメジロマックイーンが足を動かすが、彼女の足は走ることを拒んでいた。
「あっ――!」
走ろうとして、その場でメジロマックイーンが転んでしまう。彼女が自分の足を触ると、足全体が小さく痙攣していた。
「限界の走り方をしたんだ。当然、動かない。動くまでしばらくそこで休んでから帰れ、帰ってから風呂に入ってマッサージをすれば少しは良くなる」
そう言って彼がメジロマックイーンを一瞥すると、背を向けて小さな家に向かって行った。
背中を見つめるメジロマックイーンが彼を追おうと足を動かそうとしても、思うように足が動かない。
そして彼がそのまま小さな家に入って行くのを、メジロマックイーンは見つめることしかできなかった。
その後――彼の言った通り、その場でしばらく休むとメジロマックイーンの足は歩ける程度まで回復した。歩けるようになった彼女は、すぐに彼の家に向かった。しかし結局のところ、彼が家から出てくることはなかった。
彼の家にはインターホンのようなモノもなく、メジロマックイーンはノックをして彼を呼ぶが、彼は一切反応しなかった。
そして長い時間が経ち、時刻は昼間から夕方になった。メジロマックイーンがいくら待っても、彼が出てくることはなかった。
どれだけ待っても彼が出てこないことを察して、寮の門限の関係上でこれ以上はこの場に居れないと判断したメジロマックイーンが諦めて来た道を戻っていくことしかできなかった。
その帰り道。メジロマックイーンの足にある充足感。彼と走った感覚はしっかりと彼女は覚えている。
トレセン学園に帰ったら、風呂とマッサージをちゃんとやってみよう。
不本意だが結果的に、彼が言ったことは間違いないかもしれないとメジロマックイーンは思わざるを得なかった。
「また来ますわ……必ず」
少し歩いた山道の中で振り返りながら、メジロマックイーンは小さな声で呟いていた。
思い返せば、よく分からない人だった。そして今でもメジロマックイーンは信じられなかった。ウマ娘と同じ速さで走れる人間が本当にいるのかと。
まるで夢でも見ていたのではないか、メジロマックイーンは“彼”のことを思い出しながらトレセン学園に帰る為に山道を下って行った。
誤字が多過ぎました。修正・加筆を加えています。
読みにくい文章で申し訳ありません。
メジロマックイーン、好きなんです。