走るその先に、見える世界 作:ひさっち
二人の前に現れたシンボリルドルフはメジロマックイーンに麻真との約束を果たしに来たと伝えると、彼女は麻真の方を向いていた。
麻真に向かい合うシンボリルドルフは、彼に真剣な眼差しを送る。そんな彼女を見ていたメジロマックイーンは、不思議と彼女の口元が笑っているように見えた。
「麻真さん。約束通り来させてもらった」
シンボリルドルフの言う約束とはなんだろうか、メジロマックイーンはそう思っていた。
麻真から聞いた彼が約束をした件は、自分と練習が終わった後に東条ハナのチームから一緒に走る約束したウマ娘がいるとメジロマックイーンは聞いただけだ。
そして今、麻真とメジロマックイーンの目の前にシンボリルドルフがいる。彼女は東条ハナのチームに所属しているウマ娘だ。
「は……?」
そこであまりの出来事に理解が遅れていたメジロマックイーンが“そのこと”に気づくと、驚いて麻真に声を掛けていた。
「まさか麻真さんが走る約束をしたのって……生徒会長のシンボリルドルフさんっ⁉︎」
メジロマックイーンも、流石にこれには予想を超え過ぎていた為に驚いた。まさかトレセン学園で最強と謳われるウマ娘が麻真と走りたい為にこの場に来るなど思ってもいなかった。
「驚いたか?」
しかしあっけらかんと答えた麻真に、メジロマックイーンは自分でも分かるほど苛ついていた。
流石にトレセン学園で最強と謳われるシンボリルドルフが来ることをあえて自分に言わなかった麻真に、メジロマックイーンは眉を吊り上げた。
「麻真さん! 生徒会長と走るなら先に言ってください! 私だって心の準備というものがありますわ!」
メジロマックイーンは、シンボリルドルフと交流があるわけではない。トレセン学園に入学して間もない彼女にとって、シンボリルドルフとは雲の上の存在とも言える。生徒会室に立ち寄ることもない彼女は、学校生活の中でシンボリルドルフと会うことなどまずない。それこそ練習場で見かける程度である。
そんなトレセン学園で羨望の目を向けられているシンボリルドルフが用件は麻真にあると言えど、自分の前に来るとなれば流石にメジロマックイーンからすれば事前に伝えてほしいと思うのは当然のことだった。
「だからお楽しみと言っただろ?」
「なッ――‼︎」
しかし麻真はそんなメジロマックイーンの胸の内など気付かず、平然と答えていた。
その瞬間――メジロマックイーンの感情が爆発した。今までの自由気ままでいる麻真への不満。それが限界を迎えていた。
「麻真さんっ‼︎ 良いですかッ⁉︎ 貴方は私のトレーナーです! 私にはこういう大事なことは先に言ってください! 初めて会った時から気づいていましたが貴方は少々勝手が過ぎます!」
そしてメジロマックイーンは、麻真に感情のまま言葉をぶつけていた。今思えば、麻真には振り回され続けていたと。
初めてメジロマックイーンが麻真と会った時も面倒だからと勝手に無視され、そして気まぐれに自分に上手い走り方を見せ、そしてトレセン学園に来て自分のトレーナーになったと言われ、そして今回のシンボリルドルフと走るという大事なことをわざと隠していたこと。
最後の件をキッカケに、メジロマックイーンは遂に堪忍袋の尾が切れていた。
「もう我慢できませんわ‼︎ 貴方の“そういうところ”はきっとトラブルを招きやすいですわよ⁉︎ 貴方がトラブルに巻き込まれるということは担当ウマ娘である私も同じく巻き込まれますわ‼︎」
「おいおい、怒り過ぎだろ?」
「貴方が怒られることをするのがいけないのですわ!」
流石の麻真も、予想以上にメジロマックイーンが怒り出したことに意表を突かれた。
そして不味かったかと後悔しても、時すでに遅し。麻真の予想外で、メジロマックイーンの怒りは頂点にまで登っていた。
「わかった! わかった! 俺が悪かった! 次からは気をつけるって!」
「いいえ! 貴方は分かっていませんわ! 初めてお会いした時からわかっていましたが貴方という人は礼儀というモノがなっていません!」
メジロマックイーンのあまりの剣幕に、麻真が反応に困る。
その後しばらくメジロマックイーンが麻真に説教をして、彼がひたすらに謝る絵面が生まれていた。
しかしその時、メジロマックイーンは気付かなかった。
メジロマックイーンに怒られる麻真を微笑ましく見ていたシンボリルドルフだったが、一瞬だけその表情を変えていたことに。
メジロマックイーンがハッキリと“麻真は自分のトレーナー”だと公言した時――シンボリルドルフの目が本人ですら気付かない無意識の中で、僅かに鋭くなっていたのを。
「メジロマックイーン、そこまでにしてやってくれ。流石の麻真さんも反省しているだろう」
そして少し経って、シンボリルドルフはメジロマックイーンに声を掛けていた。
周りを忘れて怒っていたのだろう。シンボリルドルフに声を掛けられた瞬間、メジロマックイーンはハッと気づくとすぐに赤面していた。
「申し訳ありません……私としたことが生徒会長の前でふしだらな姿をお見せしてしまうなんて……」
「いや、気にするな。麻真さんは昔からそういうところはあった。しばらくすればお前も慣れるだろう」
恥ずかしがるメジロマックイーンに、シンボリルドルフが笑みを浮かべる。
実のところ、麻真のフォローを全くしてないシンボリルドルフだった。
麻真はそれに気付いて文句を言おうと思ったが、メジロマックイーンに怒られた手前それを言うわけにもいかず、またシンボリルドルフも怒らせると面倒なウマ娘と知っていたので――彼は咄嗟に話を逸らすことにした。
「それでルドルフ。確かにお前と約束はしたが、予定より少し来るのが早くないか?」
あからさまな麻真の話の逸らし方に、メジロマックイーンも気付く。しかしこれ以上は麻真を怒っても仕方ないと思いつつ、シンボリルドルフの前であることを再認識していたのでメジロマックイーンがこれ以上は彼女に失礼な姿を見せるわけにはいかないと判断して、それを指摘するのを控えることにした。
シンボリルドルフも同じくそのことに気付いていた。しかし彼女もメジロマックイーンと同じようにあえて指摘はせずに、麻真の質問に答えていた。
「あぁ、こちらの練習が終わったからな。そろそろどうかと思って来させてもらった」
シンボリルドルフにそう言われて麻真がチラリと東条ハナがいる方へ向くと、彼の視線の先にいたハナと目が合った。
麻真と目が合ったハナは、彼の視線に気付くと呆れたように肩を竦めていた。
「お前……まさか練習適当にやってサボってないよな?」
「心外だな。私はそのようなことはしない。しっかりと今日のメニューは終わらせてきた」
即答で答えるシンボリルドルフに、麻真は渋々納得した。こと練習において、シンボリルドルフがサボるということをしないことは麻真も理解していたからだ。
麻真は軽く溜息を吐いて肩を落とすと「まぁ良いか」と呟いていた。
「マックイーンにはもう二本も二千四百を全力で走らせたからな。お前との約束もあったから、今日はこれで終わるつもりだったし……なら切り上げるか」
そう言って麻真がメジロマックイーンの方を向くと、彼は彼女の体調を気に掛けていた。
「マックイーン。具合は悪くないか?」
「えぇ……問題ありませんわ」
「全力でコースを走れる体力は残ってるか?」
「あと一本くらいなら走れると思いますわ」
麻真に体調を訊かれるが、メジロマックイーンは特に体調に問題はないと判断して頷いていた。
メジロマックイーンの返事を聞いて、麻真は少し考える素振りを見せる。そしてすぐに麻真はメジロマックイーンに指示を出した。
「なら少し待っててくれ。お前もあと一本走るかもしれないからな」
そう言って、麻真はシンボリルドルフの方を向くとそれ以上のことをメジロマックイーンに伝えることはなかった。
また意味深なことだけしか話さない麻真に、メジロマックイーンがむっと顔を顰める。彼の話した意味を訊こうと彼女が口を開こうとした瞬間――
「さぁ、始めよう。麻真さん」
シンボリルドルフが先に麻真にそう言っていた。彼女が先に話出したことでメジロマックイーンが麻真に先程のことを訊くタイミングを逃してしまう。
メジロマックイーンもシンボリルドルフの邪魔をするのも憚られた為、渋々彼女は麻真に先程の件について訊くのを後回しにすることにした。
「この時をずっと待っていた。これほど待ち望んだ瞬間はない……あれから成長した私を見てほしい」
「お前……やる気出し過ぎじゃないか?」
高揚感が高まっている様子のシンボリルドルフに、麻真が苦笑いする。
しかしシンボリルドルフは、そんな麻真に嬉しそうに微笑んでいた。
「二年、これがどれほど長かったか貴方には分からないだろう。待ち望んでいたんだ……貴方と、走れるこの瞬間を」
胸の前で拳を作るシンボリルドルフが、麻真を見据えていた。嬉しくて仕方ないと言いたげに、彼女の尻尾がゆらゆらと揺れている。
そんなシンボリルドルフの歓喜の気持ちを、彼女の様子を見ていた麻真はなんとなくだが理解していた。彼女は自分と走れることが嬉しくて仕方ないという気持ちを。麻真はそんな彼女に肩を竦めて苦笑していた。
「あの三冠を取ったウマ娘が俺なんかと走りたがってるなら、光栄な限りだ」
麻真が戯けてシンボリルドルフに答える。
麻真の答えを聞くなり、何か気づいたシンボリルドルフが少し額に皺を寄せていた。
「麻真さん。私からひとつお願いがある」
朗らかだったシンボリルドルフが、声色を変えていた。それは少し怒気のある覇気のある声だった。
「……急に改まってなんだ?」
様子が変わったシンボリルドルフに、麻真は怪訝な顔で訊き返す。
そしてシンボリルドルフが次に口にした言葉に、麻真の眉が少し動いた。
「――全力で走ってくれ」
そう言って、シンボリルドルフは真剣な目を麻真に向けていた。
「俺はいつでも全力だぞ?」
「いや、遠慮はこの場では不要だ。私は、全力の貴方と走りたいんだ」
麻真の答えに、シンボリルドルフが首を横に振るう。そして彼女は自分の右拳を麻真に向けていた。
「私は貴方に全力で勝ちに行く。だから本気の貴方に全力で挑ませてもらいたいんだ」
「俺はお前が思うほどの奴じゃないのは知ってるだろ?」
シンボリルドルフに麻真が分かりやすく肩を落として見せる。
しかしシンボリルドルフはそんな麻真を見ても動じず、ただじっと彼を見つめていた。
「二年も私を待たせたんだ。その分の対価は払ってもらいたいものだな。私の二年は、安くはないのだからな」
その言葉の重みを、麻真は理解できなかった。
背負っていたモノを全て無くして休職した麻真がいなくなったトレセン学園のことを、彼は知る由もない。
当時の担当も、全て外れた。もう自分には何もないと信じて休職したのだから。
だがシンボリルドルフの言葉の重みを理解できなくても、察することは麻真にもできていた。
麻真が面倒そうに頭を雑に掻く。そして彼が顔を顰めるが、渋々ながらもシンボリルドルフの言葉に答えていた。
「……分かった」
その了承を、シンボリルドルフは聞き逃さなかった。
シンボリルドルフが麻真の返事を聞いて安堵したような表情を一瞬だけ見せた。
「応じてくれて感謝する。あぁ……本当に楽しみだ」
しかしすぐにその表情は無くなり、今度は朗らかに麻真へ笑みをシンボリルドルフは見せていた。
読了、お疲れ様です。
少し更新ペース落ち気味で申し訳ありません。
あと1〜2話シンボリルドルフが出番です。
何度も言いますが、主役はメジロマックイーンです。
EP2は、ストーリーに必要な麻真の話を出していますのでご容赦を。