走るその先に、見える世界   作:ひさっち

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4.見てるだけなんだよ

 

 

 シンボリルドルフと麻真。二人のレースが始まろうとする間際に、東条ハナが柔軟をしていた麻真の所へと近づいていた。

 ハナが近くに来たことに、麻真が気付く。麻真がハナの方を向き二人が顔を合わせると、彼女は手に持っていた鞄を彼に投げ渡していた。

 

 

「こうなると思った。これを使いなさい」

「おっと……って東条さん、これ……?」

 

 

 投げ渡された鞄を受け取って麻真が中身を確認すると――彼は少し意外そうな顔をしていた。

 鞄の中身は、一足の赤い靴だった。麻真が鞄から取り出すと、靴の裏には蹄鉄が付いていた。

 

 

「お前の蹄鉄と靴だ。トレーナーの控え室にずっと置いたままだったぞ。メンテナンスはもうしてあるから確認しろ」

 

 

 それは麻真が過去にトレセン学園で使っていた蹄鉄シューズだった。

 赤い靴の裏を麻真が確認すると、しっかりと蹄鉄が付けられていた。彼が蹄鉄を触って確認するが、緩みなどなくしっかりと固定されているのが分かった。

 

 

「わざわざ持って来てくれたのかよ?」

「お前がルドルフと走ると聞いてたからな。こんなことになると思っていた。お前が普通のランニングシューズで走ったと後でルドルフに知られたら、アイツは絶対に怒るぞ?」

 

 

 麻真が今履いているのは、市販で売られているランニングシューズだった。

 本来、蹄鉄シューズは衝撃の吸収や足のバランスを整える為にウマ娘が履く靴である。

 一般の人間が使う市販のランニングシューズと違い、靴自体の強度も上げられた特別仕様の靴である。

 一般の人間も蹄鉄シューズを履くことはできるが、脚力が足りず蹄鉄が走る邪魔になることがあり、蹄鉄自体も多少は重いので人間が早く走るには不向きである。故に、蹄鉄シューズは脚力のあるウマ娘しか使わないのが一般的だった。

 しかし麻真はウマ娘と同じ身体をしている故に、蹄鉄シューズで走った方が足の負担が減り、ランニングシューズより早く走ることが可能だった。

 

 

「……すまん」

 

 

 ハナに気を使わせたことに、麻真が申し訳なさそうに答える。

 しかしハナは肩を竦めると、彼女はシンボリルドルフの方を一瞥しながら麻真に呆れた目を向けていた。

 

 

「私のことは気にするな。それよりもルドルフを満足させてやれ」

「はいよ。了解」

「一応、言っておくが……無理はするなよ」

 

 

 ハナの言いたいことは、麻真も分かっていた。

 麻真の身体の構造上、彼は全力で走ることができないことをハナは知っていた。

 麻真の身体では、彼が持つウマ娘の脚力に耐え切れない。故に全身全霊の力で加速しようとすると、脚力に耐え切れず骨が折れてしまう可能性があったからだ。

 そのため今から全力で走ってくれとシンボリルドルフに言われた麻真が必要以上に無理をしないかと、ハナは心配していた。

 だが麻真はハナの心配に「無理はしない」と淡白に答えていた。

 そんな麻真に、ハナは呆れた様子で小さな溜息を吐いていた。

 

 

「お前、そのことを言うつもりはないのか?」

「今更言ったところで仕方ないだろ?」

「だからと言って、それは言わない理由にはならないだろう?」

「別に足を壊すつもりはない。ルドルフが満足できる走りをするだけだ……それで勝とうと負けようともな」

 

 

 ハナの質問に戯ける麻真が、履いていたランニングシューズから彼女から受け取った蹄鉄シューズに履き替える。

 履いた靴に違和感がないかその場でつま先をトントンと地面に当てると、麻真は問題なさそうに頷いていた。

 

 

「流石に二年前の靴でもサイズは変わらないか、問題なさそうだ」

「おい、北野――」

 

 

 自分の忠告を無視する麻真に、ハナが眉を寄せる。

 しかし麻真は、ハナの呼び掛けより先に口を開いていた。

 麻真の視線の先には、軽いストレッチをしているシンボリルドルフの姿があった。

 

 

「昨日のタイキシャトルもそうだったが……アイツ等は、多分まだ見てるだけなんだよ。あの頃、俺の背中を見て走っていた時の俺の背中を。もう十分速くなってるのに、なんでまだ俺の背中なんて見てるんだかな」

 

 

 そう言って、麻真はハナの反応も見ずに歩き出していた。

 レース前のアップをする為、麻真はそのまま軽く走り出していた。

 

 

 

 

 

 

「すまんな。うちのルドルフが迷惑をかけて」

 

 

 麻真がレース前の準備で軽く走っている姿を見ていたメジロマックイーンに、ハナがそう話し掛けていた。

 ハナから声を掛けられたことにメジロマックイーンが驚くが、彼女はハナに向き合うと首を横に振って答えた。

 

 

「いえ、私は大丈夫ですわ。それよりも先程、麻真さんと何か話していたようですが……何かありましたか?」

 

 

 麻真とハナが話しているのを見ていたメジロマックイーンが、ハナへ徐に質問していた。

 

 

「何も特別なことはない。アイツとは久々に会ったから、つい世間話をしていただけだ」

 

 

 メジロマックイーンの質問に、ハナは咄嗟に嘘をついていた。

 麻真の足のことをメジロマックイーンが知らないと読んでの判断だった。ハナの予想通り、メジロマックイーンは麻真の足についてのことを知らない。

 麻真が何故か自分の足のことを生徒達に教えないことを知っていたハナは、メジロマックイーンも同様に知らないと予想していた。

 

 

「なるほど、そういうことでしたのね。二年も休職していたと聞きましたから、話すことも多いはずですわ。私ったら、また麻真さんが何かトラブルを起こしたのかと心配しましたわ」

 

 

 メジロマックイーンが心配そうにしていたことに、ハナが思わず笑ってしまう。

 急に笑い出したハナに、メジロマックイーンは小首を傾げていた。

 

 

「どうされましたか? 急に笑われて?」

「ふふっ……いや、アイツも変わらないなと思ってな」

 

 

 ハナの言葉に、メジロマックイーンの目が据わる。

 

 

「やはり麻真さんは昔からトラブルをよく起こしていたのですね……」

「まぁ、アイツは色々とトラブルが多かったからな。特に走ることに関してが多かった」

 

 

 ハナの発言に、メジロマックイーンの耳が動く。気になる内容だった。

 

 

「走ること、ですか?」

「あぁ、お前も知ってると思うが北野は走ることを教えるのが不本意だが上手い。それこそ昔は色んな奴がアイツに教えて欲しいと群がっていたくらいだ」

 

 

 そう聞いて、メジロマックイーンは納得していた。高等部で噂になるほどの話題性があった理由は、やはり麻真の走りに関してのことだったのだと。

 そこで、ふとメジロマックイーンは“あること”を思い出した。丁度良いタイミングだと思い、彼女はハナに訊いていた。

 

 

「そう言えば……先程麻真さんからは聞けなかったので、良ければ教えて頂けませんでしょうか?」

「なんだ?」

「麻真さんが“最後に担当していた”ウマ娘が誰かご存知です?」

 

 

 それを聞いた瞬間、ハナの表情が僅かに固まった。

 ハナの反応にメジロマックイーンが疑問に思っていると、彼女は少し間を開けてから答えていた。

 

 

「いや、アイツは色んな生徒に教えてからな。担当と言えるウマ娘は休職する頃はいなかったはずだ」

「そうですか……」

 

 

 望んだ答えが返ってこなかったことに、メジロマックイーンが肩を落とす。

 そんなメジロマックイーンに、ハナは少し困った顔をしたが気を取り直して彼女に語り掛けていた。

 

 

「別に最後の担当が誰かなんて気にする必要はない。今の北野の担当はお前なんだ。さっきも言ったがアイツは不本意だが教えるのは上手い、良いトレーナーを捕まえたんだ。あとはお前の努力次第でアイツはちゃんと応えてくれる」

 

 

 ハナの言葉に、メジロマックイーンが渋々頷いていた。

 まだ麻真のトレーナーとしての能力を見たわけではないが、彼が走ることに誰よりも詳しいことはメジロマックイーンも理解していた。

 あれだけ綺麗な走りができる。それはきっと麻真が走ることに全てを注いできたのだとメジロマックイーンも分かっていた。

 

 

「分かりましたわ。失礼なことを訊いてしまい、申し訳ありません」

「問題ない。それに今はアイツのことを見てやってくれ」

 

 

 そしてメジロマックイーンを言いくるめたハナが、軽いランニングを終えた麻真を見る。メジロマックイーンも彼女に釣られて麻真を見ていた。

 

 

「麻真さん。生徒会長と走っても大丈夫なんですか?」

「それはアイツがルドルフに勝てるか、という意味か?」

「流石にそれは無理なのでは……?」

 

 

 シンボリルドルフと麻真の勝負。メジロマックイーンはシンボリルドルフが勝つと予想していた。

 無敗で三冠王を取ったウマ娘。レースに絶対はないが、彼女には“絶対”があると言わしめたシンボリルドルフと戦っても、勝てる訳がない。

 それはハナにも分かっていた。そして麻真の足のこともある。だが、彼女は目の前の麻真の担当ウマ娘であるメジロマックイーンには“彼は尊敬できる人”という印象を壊して欲しくないと思っていた。

 故に、ハナはメジロマックイーンの質問に素直に答えていた。

 

 

「本当に不本意だが、アイツはそこそこ速い。こと自分に関しては自己評価が馬鹿みたいに低いのが更に癪に触るがな」

 

 

 その言葉の意味を、メジロマックイーンは知る由もなかった。

 

 

 

 

 とんっ、と麻真がその場で跳ねる。ランニングを終えて、温めた身体の調子を確かめる。

 何度か蹄鉄の付いた靴を履いたままその場で跳んでから、麻真がその場で深呼吸する。そうして彼は自身のコンディションを確認した。

 身体の調子は好調程度。スタミナはやや消費しているが、足の疲労は大してないと判断。

 シンボリルドルフに全力を出せと言われたが、麻真は全力を一部分でしか使えない。足に負荷の掛かりすぎる走り方は、ウマ娘ではない彼の足では足を痛めてしまう。それこそ差しや追い込みなどの加速で強い瞬発力を使う脚質は使えない。

 つまり麻真が選べる脚質は逃げ、または先行の二択になっていた。しかし二択の内の先行ですら差しや追込までと言わないが加速で足に負荷を掛ける。

 

 

「……なら逃げるか」

 

 

 屈伸して足を伸ばして、麻真は走る脚質を決めていた。

 相手を差す脚質は、自分の足に向かない。なら先頭で走り切る。余計な力を使わず、タイムトライアルのような感覚で走ろうと。

 

 

「……懐かしいな」

 

 

 身体の調子を確認している麻真を見て、シンボリルドルフの胸の中には懐かしさが溢れていた。

 その場で跳んでいた麻真の足を見て、変わっていないとシンボリルドルフは思う。

 異様なまでに柔軟性のある柔らかい膝。バネのある足。そして何度もまた麻真の背中が懐かしくて仕方ないと。

 

 

「良し……後は走ってからの足の調子次第だな」

 

 

 そんなシンボリルドルフの気持ちなど知らず、麻真が走る準備を整えると彼女の元へと向かっていた。

 麻真の歩く先には、シンボリルドルフが立っている。

 シンボリルドルフが麻真の方を向くと、彼に気付いた彼女は無意識に尻尾を振っていた。

 尻尾を振っているシンボリルドルフを見て、麻真が小さく笑う。そして麻真は、シンボリルドルフに向けて告げた。

 

 

「ルドルフ、じゃあ早速やるか?」

「私こそ、よろしく頼む!」

 

 

 そうして二人が、コース上で揃って並び立つ。

 二人が同時に位置につき、スタートの用意を待つ。

 そして麻真がすぐに走りだそうとした瞬間――

 

 

「ここは私にスタートを切らせてくれ」

 

 

 位置についていた二人の隣に、いつの間にか一人のウマ娘が立っていた。

 

 

「エアグルーヴ? なんだ? お前がスタートをしてくれるのか?」

 

 

 肩のラインで揃えられた綺麗な髪の綺麗な容姿のウマ娘“エアグルーヴ”が二人の横に立っていた。

 

 

「貴方とルドルフのレースだ。是非、私にスタートを切らせて欲しい」

「物好きだな、お前も」

「貴方の走りを見られるなら本望だ。あと今度は私と走ってくれ、麻真さん」

「機会があればな」

 

 

 エアグルーヴに麻真が軽口を返す。そんな二人にシンボリルドルフが少し不満そうにしていた。

 

 

「おい、エアグルーヴ。今は私の麻真さんだ。邪魔しないでくれ」

「……分かりましたよ、会長」

 

 

 シンボリルドルフに窘められてエアグルーヴは苦笑する。そしてエアグルーヴが気に取り直すと、彼女は右手を大きく上へ上げていた。

 

 

「失礼して――二人とも、準備は?」

「「大丈夫だ」」

 

 

 エアグルーヴの質問に、二人が声を揃える。

 そして麻真とシンボリルドルフが同時に深呼吸すると、二人はすぐに集中していた。

 切り替えるのが早い二人が、穏やかな呼吸と共に集中力を高める。既にもう二人には、周りの雑音は聞こえていなかった。待つのは、二人の横に立つエアグルーヴのスタートの合図のみ。

 

 

 

「では、位置について――」

 

 

 

 気がつけば練習場には、既に練習をしているウマ娘はいなかった。

 シンボリルドルフと北野麻真が走るという噂を聞いたのだろう。いつの間にか、練習場には見物に来ているウマ娘達が多く集まっていた。

 そんなことにも二人は、気付かない。ただ、スタートの合図を待つだけだった。

 そして――

 

 

「用意――始めっ!」

 

 

 エアグルーヴの声と共に、二人の勝負が始まった。




読了、お疲れ様です。

次回は、二人のレース回です!
難産になりそうな気しかしませんが、頑張ってみます!

先程確認しましたが、お気に入り数が2000を超えそうです。
震えてます。本当にありがとうございます。
評価して頂いた方々と一言評価や、感想を頂いた方々には感謝しかできません。執筆頑張る理由になっていますので!
これからもよろしくお願いします!

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