走るその先に、見える世界   作:ひさっち

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6.全てを出し切った

 

 

 麻真とシンボリルドルフが走る先。そのゴールの位置に立つのは、二人がスタートした時にはいなかった褐色の肌をした長髪のウマ娘“ヒシアマゾン”が立っていた。

 二人のレースが始まってから偶然遅れて練習場に来たところをエアグルーヴに見つかり、彼女の一方的な指示で状況がよく理解できないままヒシアマゾンは強制的にゴール役として立たされていた。

 シンボリルドルフがレースをしている相手が北野麻真ということをエアグルーヴから聞いた時はヒシアマゾンもとても驚いていたが、勝負に勝つのは結局のところシンボリルドルフだと彼女は予想していた。

 いくらあの“北野麻真”でも“皇帝”のシンボリルドルフに勝てるわけがない。そんな確信がヒシアマゾンにあった。故に結果の見えたレースにイマイチ興味のなかった彼女は、二人の走るレースを見るつもりはなかった。

 何故かレース中にも関わらず周りが静かなのが幸いして、ヒシアマゾンは芝生に座りながら睡魔と戦っていた。

 だがそれすらも面倒に感じたヒシアマゾンは呑気に欠伸をしながら芝生の上に寝そべって、二人を待っていた。しかししばらくすると、激しく地面を踏み締める轟音がヒシアマゾンの耳に聞こえいた。

 二人しか走っていないレースで、こんな威圧感のある音が出るわけがない。そう思ったヒシアマゾンが音のする方――ゴールに向かって走って来る二人を見た瞬間、

 

 

「ひっ……‼︎」

 

 

 反射的に、彼女の身体が震えていた。

 どんなレースでも、最後のラストスパートではウマ娘達の必死な表情が見える。最後の瞬間、誰もが一番先頭でゴールを迎える為に全力を持って走る。

 何度もゴール役として見届けたことがあり、そんな顔を見飽きたと思っていたヒシアマゾンだったが――ゴールへと向かって走る二人の顔を見た途端、思わず背筋を凍らせていた。

 

 獲物を狩る猛獣のように凶悪な目をしたシンボリルドルフが、“満面な笑顔”で走って来ている。未だかつて見たことがない彼女の“その顔”から感じる強烈な威圧感に、ヒシアマゾンの全身が震えていた。

 対して、シンボリルドルフに追われている麻真も、楽しそうに笑っていた。だが、その目の鋭さにヒシアマゾンの鳥肌が立っていた。

 シンボリルドルフが獲物を狩る猛獣ならば、麻真は獲物を仕留める鷹のような鋭い眼光をゴールへと向けていた。

 

 

「……冗談だろ?」

 

 

 ヒシアマゾンがポツリと呟いた。

 

 この場で行われているのは、ただの模擬レースではないのか?

 

 ヒシアマゾンの頭にその疑問が生まれる。これは公式の重賞レースではない、ただの模擬レースだ。名誉も、栄光も、そんなのはここには存在しない。それなのに、こんな恐怖を覚える威圧感で走る二人の姿など、彼女は想像すらしていなかった。

 こんな勝負を今まで見たことがなかったヒシアマゾンは、即座に寝そべっていた状態からその場に立ち上がっていた。

 ヒシアマゾンの脳が理解した。もしゴール役の自分がゴールの瞬間を“見ていなかった”などと言い出したら――あの恐ろしい形相で走るシンボリルドルフと麻真に何をされるか分からないと。

 それを瞬時に理解して、ヒシアマゾンは近づいてくる二人を凝視する。正直、すぐに恐怖の感情が強過ぎてその場から居なくなりたい衝動に駆られるが――ゴールの役目を放棄した方が更に怖かった。

 ヒシアマゾンが思わず歯を食いしばる。こんな役目を押し付けたエアグルーヴに心の底から怒りを覚えながら、必死に彼女は震える身体を抑えつけて二人のゴールを見届けるしかなかった。

 

 

「やはりあの場所に立つのが私ではなくて……本当に良かった」

 

 

 身体を震わせているヒシアマゾンを遠目から見ていたエアグルーヴが、心から安堵した声を漏らす。

 遠目から見てもエアグルーヴが感じる二人の強烈な威圧感。そんな心が耐えきれないモノを受けながら二人のゴールの役目をするなど、誰がやるものかと。

 

 

「エアグルーヴ、お前……」

 

 

 そんな安堵しているエアグルーヴを見て、ハナはヒシアマゾンを犠牲にした彼女に心底呆れた顔を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 麻真とシンボリルドルフ。この二人のレースが間もなく終わろうとしていた。

 最後の残り二百メートル。泣いても笑っても、ゴールまでの距離は確実に近づいていた。

 終わりに近づくレースをまだ先行しているのは、麻真だった。シンボリルドルフとの距離は、もう半バ身もない。僅かに麻真がシンボリルドルフのより少し前を走っている。

 少しずつ着実にシンボリルドルフが先を走る麻真に迫っている。しかし僅かに届いていない。もう少しだけ、あとほんの僅かな距離を詰めるだけで――自分はこの人に勝てるとシンボリルドルフは闘志を燃やした。

 

 

「私は――負けないッ‼︎」

 

 

 すぐ前にいる麻真に、シンボリルドルフが吠えた。

 シンボリルドルフが更に足を酷使する。身体の限界など、既に超えている。スタミナもとっくに絞り尽くしている。しかし足は止まらない、止まらせるつもりなどない。

 しかしシンボリルドルフの身体の悲鳴は大きくなっていた。身体がこれ以上の酷使を拒否して足を重たくさせるが、シンボリルドルフがそれを確固たる意志で一蹴する。

 更に酷使している身体が多くの酸素をシンボリルドルフへ要求する。肺が苦しくなり呼吸が辛いと脳が告げるが、それすらもシンボリルドルフは煩わしいと意識から強制的に切り離していた。

 

 身体の警告、その全てがシンボリルドルフには邪魔だった。ゴールまで残り僅かの時間くらい邪魔をしないでくれと。

 

 走ること以外に思考を割く余裕はシンボリルドルフには少しもなかったが……真横で僅かに先行する麻真に、彼女は心から感謝していた。

 無敗の三冠王。皇帝とまで言われた自分にも挑める相手がまだいることに、シンボリルドルフの胸が高鳴っていた。

 こんなに全身全霊の力を振り絞らなければいけない相手が自分にはまだいる。たとえ最強の“皇帝”と呼ばれたとしても、自分にはまだ先があり、挑める相手がいる。

 それが嬉しくて堪らない。シンボリルドルフの心はずっと震えていた。

 

 

「ははっ――‼︎」

 

 

 走りながら、シンボリルドルフが声を出して笑っていた。猛獣が最高の獲物を見つけたような、凶悪な笑みを浮かべる。

 己の全て吐き出す。自分の持てる全てを振り絞って、シンボリルドルフは挑戦者として挑む。

 

 この男、北野麻真に――自分を僅かな期間でも育ててくれた人に勝ちたいと。

 

 ウマ娘と同じように走れる奇妙な人間など、些細なことでしかない。シンボリルドルフは“この人”とこの学園で出会えたことに心の底から感謝していた。

 この人の美しい走り方を見て、学んだ。呼吸、足の使い方、力の入れ方など多くのことを見て学び、そして教えてくれた。

 だからこそシンボリルドルフはここまで辿り着いた。そしてこの場で、麻真に全力で走ってもらえるまでに行き着いた。

 ウマ娘でなくても、普通でなくてもどうでも良い。この人の走りは“本物”である。

 

 本当にこの人から教えを受けて、良かった。

 憧れて良かった。尊敬して良かった。背中を追い続けて良かった。

 

 この人と走れることが、こんなにも幸せなのだとシンボリルドルフは痛感していた。

 

 

「この勝負ッ! 勝たせてもらうッ‼︎」

 

 

 そう叫んだシンボリルドルフの足が、軽くなったような気がした。

 また一段階、限界を超えたシンボリルドルフの足が加速した。

 

 

(――こいつッ⁉︎ まだ“上げる”のかよ⁉︎)

 

 

 加速したシンボリルドルフに、麻真が驚愕した。もはや彼女には、更に加速する体力など残ってないはずだと。

 シンボリルドルフが限界を振り絞って走っていることなど、麻真も十分に理解している。こんな気迫で走る彼女を、麻真は今まで見たことがない。

 更に自分に迫るシンボリルドルフに、麻真が苦悶する。スタミナはまだある。しかし彼の足は別である。

 麻真がラストスパートで僅かに加速して、自分の出せる最高速度の八割を出している。これ以上の負荷を掛けると、足に支障が出る可能性があった。

 十割など出せるわけがない。仮にここで全力の力で加速してレース中に怪我をしてしまえば、それこそ全身全霊で走っているシンボリルドルフに失礼だと。

 

 

(お前は強くなった……本当にッ!)

 

 

 まだ走りも拙かったあのウマ娘が、大きくなりここまで成長したことに麻真は感慨深い気持ちになる。

 もうここまで速く走れるようになったのだから自分の背中をいつまでも追い掛けることをやめて、彼女の道を走ってほしい。そう麻真は思いたくなる。

 だがそれでも二年間も、シンボリルドルフは麻真を待っていた。麻真と走りたい、その気持ちをシンボリルドルフは色褪せることなくずっと持っていたのだろう。

 その念願が叶ったからこそ、こうして麻真の後ろを走るシンボリルドルフは終始楽しげに笑顔で走り続けるのだろう。苦しくても、身体が重くても、彼女は笑顔でいるのだ。

 

 

(そんなに楽しいんだな、俺と走ってるのが)

 

 

 ここまで慕われるとは思っていなかった。麻真は走りながら、シンボリルドルフに感謝した。自分が過去に彼女にしてきたことは、きっと間違えてなかったのだと。

 ならば、自分も応えなくてはならない。トレーナーとしての道を諦めた身であっても、これからトレーナーを辞めることになっても、今の瞬間だけは彼女に向き合わなければならない。

 今にも倒れようになりながらも猛獣のように駆けるシンボリルドルフに応える方法は――やはり、これしかない。

 

 

 

「――ルドルフッ! 付き合ってやるッ‼︎」

 

 

 

 笑みを浮かべた麻真がシンボリルドルフにそう告げると、彼は更に加速を行っていた。

 それは麻真が出せる九割の限界の速度。これが彼がシンボリルドルフに出せる全てだった。

 

 

「はぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 

 そして叫んだシンボリルドルフが麻真との距離を更に縮め、遂に彼の真横に並んでいた。

 しかし麻真もそれと同じくして加速する。足の限界まで彼が足に負荷を掛けていた。

 シンボリルドルフが麻真が加速したことに瞠目する。だが彼女は心を折るなどなく、笑顔を崩さなかった。

 二人が綺麗な横並びで激走する。誰一人も声援なども掛けれないほどの空間を、この二人は作り出していた。

 ウマ娘と人間。異様な光景で、この場にいる全員が過去見たことがない走りを見せつけられる。

 その二人勝負は、残りは僅か五十メートルを切っていた。

 

 

 

(――麻真さんにッ! 私が絶対に勝つッ!)

(――お前の走りに! 俺が応えてやるッ!)

 

 

 シンボリルドルフが自分の全てを持って、駆ける。

 麻真が自身の出せる身体の全性能を、酷使する。

 そしてそれはあと数秒で、その時間は終わってしまう。

 

 

――一歩でも先に進めれば良い。ほんの僅かだけ彼の先を走れれば、それだけで良い

 

――足に耐えてくれと願う。全力で走る彼女が満足できる走りができる限界まで、走れればそれで良い

 

 

 互いに全てを出し切った。あとはその結果、それを待つのみ。

 そしてゴールラインを超える瞬間、シンボリルドルフに後悔はなかった。

 未だかつてない高揚感。自分の人生の中で、最も速く走ることができた充足感しかない。

 これほどまでの相手と一緒に走ることができた。勝ちたいと本気で思うことができる“人間”がいた。

 自分の全てを出し切った満足感で、シンボリルドルフはゴールラインを超えた瞬間――速度を落としていた。

 

 

 

「……ゴォールッ!」

 

 

 

 ヒシアマゾンが大きな声で練習場に終わりを告げる。

 そうして――二人の長く短い時間の勝負は、終わりを迎えた。

 




読了、お疲れ様です。

二人のレースが終わりました。
どうしてここまでシンボリルドルフが麻真を慕っているかも、彼の過去に繋がる話ですね。
レースの結果は都合上、次回になりました!申し訳ありません!
次の話で今回のChapter2が終わりです。
何度もしつこく言いますが、メジロマックイーンが主役です。
シンボリルドルフではありません!
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