走るその先に、見える世界 作:ひさっち
1.絶対に許しませんわ
五月に入って、気がつけば二週間が経っていた。
メジロマックイーンが麻真と過ごした二週間は、それはとても“充実”した毎日だった。
月末に行われるメイクデビュー戦への出走が決まっても、メジロマックイーンの日常は特に変わらなかった。
麻真は決めていた通りこの二週間、本当にメジロマックイーンには基礎トレーニングしかさせなかった。
トレーニング期間中、麻真はメジロマックイーンに走る行為を全て禁止し、彼女の筋肉痛を一日たりともズレることなくコントロールして彼女の身体を過剰なまでに鍛えてることに時間を注いでいた。
だからだろう。そんな苛烈な基礎トレーニングを始めて一週間も経てば、メジロマックイーンも身体中に常に感じる筋肉痛にも慣れていた。もはや身体を動かすと筋肉が痛いと思うことが“普通”と思うまでに彼女の感覚は鈍り出していた。
その明らかなオーバーワークにも見えるメジロマックイーンの練習光景を大勢の生徒が見ていた。それが次第に噂になり彼女の同級生達も教室などで心配のあまり彼女に声を掛けてしまう程だった。
だが、その心配は不要だった。メジロマックイーンの身体に、不調の文字はなかった。むしろ体調は良好、調子が良いくらいだった。
文字通り限界までトレーニングをしているはずなのに、身体は筋肉痛を起こすだけでオーバーワークで身体を壊すことは一切ない。その点に関しては、メジロマックイーンも麻真のトレーナーとしての能力に感心する程だった。
過剰なトレーニングの対価は、十分に実感している。身体が成長しているのは、嫌でも分かる。しかしメジロマックイーンはこの二週間、常に思っていたことがあった。
麻真との基礎トレーニングが、本当に辛いと。
それはメジロマックイーンが今まで自主的にしていた基礎トレーニングが可愛いものだと痛感する程だった。
毎日、毎日、上半身と下半身を一日置きに動けなくなるまで鍛える生活をメジロマックイーンは心から辛いと思っていた。
トレーニング中に一緒にいる麻真がバーベルスクワットなどで稀にわざと自分が持ち上げているバーベルに上から軽く力を入れて上がらないように押さえ込んでいた時は、本当にメジロマックイーンは彼に対して殺意を何度も抱いたこともある。
そして他の色々なトレーニングでも最初に決めた回数ができるまで決して中断しない麻真に、メジロマックイーンは何度も後ろから彼の頭をバーベルで殴ってやろうかと思ったことも数多い。
いつの間にか使っているバーベルの重さが増えていることもあれば、着ているジャージに勝手に重りが仕込んであったりなど、麻真はメジロマックイーンの筋肉をとことん苛めていた。
メジロマックイーンが麻真に向けるトレーナーとしての信頼は、確かにある。彼のトレーナーとしての能力も理解している。だが、それはそれなのである。辛いものは辛い。身体は好調なのに、ストレスが溜まっていくのを彼女は常に感じていた。
更にトレーニング期間中は麻真から走る行為を全て禁止されていたことが、メジロマックイーンの感じるストレスを加速させていた。
走ることでストレスを発散できない以上、メジロマックイーンは他のことでストレスを発散するしかない。その鬱憤を晴らす為に、基礎トレーニングに八つ当たりをする。そんな悪循環のような生活が、彼女の過ごしていた二週間だった。
思い返せば、それはとても“充実”していた日々だった。メジロマックイーンが久々に立った“芝生の感触”を足裏に感じながら、今までの日々を懐かしく思う。
トレーニングの日々から日が経ち、メジロマックイーンのメイクデビュー戦まで今日で残り十日となった。それが意味するのは、ひとつしかない。
「走れますわ……! やっと……ようやく……!」
ジャージ姿のメジロマックイーンが、自分の胸の前で両拳を握り締めて歓喜していた。
辛い基礎トレーニングの日々が昨日で終わり、今日は待ちに待った走る練習の解禁日だった。
走りたくて仕方ない。メジロマックイーンの足が走りたいと疼いているのを、彼女自身は感じていた。
「長かった……! あの辛いトレーニングに耐えた甲斐がありましたわ……!」
嬉しさのあまり、メジロマックイーンがその場で腿上げをして走る準備をする。普段の彼女から想像もできないはしゃぎ様であった。
そんなメジロマックイーンに、ジャージ姿の麻真は呆れた笑みを浮かべていた。
「なにをそんなはしゃいでんだよ、マックイーン」
「なにって……当たり前ですわ! もう二週間も走ってないんですのよ⁉︎ これから走れると思うと嬉しくて仕方ありませんわ‼︎」
早く走らせろ、麻真に向けるメジロマックイーンの目が語っていた。
対して、麻真はメジロマックイーンに戯けるように肩を竦めていた。
「はしゃぐのは良いが、俺の指示はちゃんと従えよ」
「分かってますわ! ですから早く走りましょう!」
「ちゃんと走らせてやるから。でもまずその前に、お前はこれを履け」
急かすメジロマックイーンに、麻真が持っていた鞄から一足の靴を取り出していた。彼女が見ると、その靴は蹄鉄の付いたウマ娘用の靴だった。
くるぶしより上まであるブーツのような黒い靴、靴の裏には銀色の蹄鉄が付けられている。その蹄鉄靴は、不思議とメジロマックイーンが好むデザインをしていた。
「え、嫌ですわ」
急に靴を取り出した麻真に、メジロマックイーンが思わず即答した。
蹄鉄靴ならメジロマックイーンは既に履いている。久々に履いた蹄鉄靴の感触を楽しんでいるくらいだ。それなのに何故、この男は唐突にわざわざ新しい蹄鉄靴を渡してきたのか?
そう思ったメジロマックイーンが嫌そうに顔を引き攣らせる。そんな彼女に、麻真は悲しそうな表情を見せていた。
「お前の為に用意した靴なんだけどなぁ」
「それが一番不安なのが分かりませんの……?」
嫌な予感がする。メジロマックイーンは今までの経験からそう思っていた。
わざわざ自分の為に麻真が用意した物。それが一番安心できないところだった。過去に何度も似たようなことで酷い目にあった身としては結果的に最後は従うことになるとしても、メジロマックイーンは素直に彼の指示に従う気にはなれなかった。
「でも、これ履かないと走らせないぞ?」
「……サイズが合わないこともあり得ますわ」
「俺がそんなくだらないミスすると思うか?」
「くっ……!」
メジロマックイーンは言葉に詰まった。彼女が知る限り、麻真がその手のミスをすることはまずあり得ない。
おそらく、麻真が用意した新しい蹄鉄靴のサイズは、間違いなくメジロマックイーンの足のサイズに合うだろう。
それを理解したメジロマックイーンは悔しそうに表情を固くしていた。
「良いから履けって。ほら、置いてやるから」
麻真がメジロマックイーンの前に新しい蹄鉄靴を置く。
メジロマックイーンは渋々ながら自分の蹄鉄靴をその場で脱ぐと、目の前に麻真が置いたブーツの形状をした新しい蹄鉄靴を履いていた。思いの外、それは自分専用と思うくらいに足にフィットする靴だった。
「良し、靴紐も“ちゃんと”結んでやるからな」
「別にそこまでされなくても……自分でやりますわ」
「良いから良いから、久しぶりに走るなら新しい靴の方が楽しいだろ?」
そしてメジロマックイーンの履いた靴の紐を結ぶ麻真に、彼女は麻真を心底疑うような目を向けていた。
「麻真さん、何か企んでます?」
「いや、別に。靴で何を企むって言うんだよ」
「……本当ですの?」
平然と答えた麻真に、メジロマックイーンが目を僅かに細める。
確かに麻真はよく気がきく人である。だが今の彼の態度は、信用ならない顔をしている気がした。
「良し、これで良い。さて……じゃあ早速、身体温める為に軽くジョギングでもするか」
しかし麻真のこの言葉で、メジロマックイーンの頭にあった疑惑は一瞬にして消えていた。
走れる。そう思うと、メジロマックイーンの心は弾んでいた。無意識の内に彼女の尻尾が揺れていた。
「まだフォームは“気にしなくて”良い。身体を温める程度だからな」
そう言って、麻真がジョギング程度の速さで走り出していた。
走る麻真を見て、メジロマックイーンは高揚する。ようやく待ちに待っていた走ることができると。
わくわくした気持ちでメジロマックイーンが麻真を追い掛けようと足を動かした瞬間――彼女は“違和感”を覚えた。
「――はっ?」
いつも通りに足を軽く動かそうとしたが――足が動かなかった。
メジロマックイーンがもう一度足を軽く上げようとするが、何故か思うように足が上がらなかった。
妙な違和感を感じて、メジロマックイーンが足が動くように力を込める。
そしてメジロマックイーンが少しずつ足に力を込めていくと、彼女の足は“割と”力を入れなければ動かなくなっていた。
「重っ……⁉︎」
突然、メジロマックイーンの足が重たくなっていた。いつものように足が動かなくなり、足に“重り”を付けているような感覚があった。
その時、メジロマックイーンがハッと何かに気付く。今足に履いているのは、麻真から貰った新しい蹄鉄靴だ。
この数分で自分の体重が急激に増えるなどあり得ない。なら……原因はひとつしかない。
「マックイーン? どうしたぁ?」
そしてメジロマックイーンが見た麻真の顔は、憎たらしく微笑んでいた。
やられた。メジロマックイーンが気付いてしゃがみ、すぐに靴紐を解こうとする。しかし自分の履いている靴の紐を見て、彼女は驚愕していた。
「なんて結び方してますのっ⁉︎」
メジロマックイーンが見た靴の結び目は、よく分からない形で結ばれていた。少し触って解こうと試みるが解ける気がしない。明らかに容易に解けそうにない結び目を見て、彼女が目を大きくする。
その瞬間、頭に血が上るような感覚がメジロマックイーンを襲った。溢れ出るほどの麻真への怒りを覚えながら、メジロマックイーンは理解した。
この男は、初めから自分を簡単に走られるつもりはなかったのだと。わざわざ重い蹄鉄靴を用意して来ている時点で確信犯としか思えなかった。
「麻真さん! この靴はなんですかっ⁉︎」
メジロマックイーンが履いている靴を指差して、大きな声で麻真に叫ぶ。
麻真は足をその場で走るように腿上げを動かしながら、楽しそうに答えていた。
「それか? お前の為に用意した特別製の靴だ。左右の靴にそれぞれ三十キロの重りを足首周りに仕込んだ特注品だ。履いて走ると足腰のトレーニングに効果がある。ちゃんと大事に使えよ?」
「三十キロッ⁉︎」
つまりメジロマックイーンの足には、両足で合計六十キロの重りがあることになる。
「バカじゃありませんこと⁉︎ こんなの付けて全力で走れるわけありませんわ⁉︎」
そして当たり前のようにメジロマックイーンが叫んでいた。
確かに人間とは違い、ウマ娘の身体能力は特に優れている。足は特に筋力に優れ、全体的に人間よりも強い身体の作りになっている。
それこそトレーニングジムでは百キロを超えたバーベルを軽々と持ち上げるウマ娘も多くいる。
メジロマックイーンもそれができるウマ娘の一人だ。だが走るとなると話が全く変わってくる。
ウマ娘と言えど重りを付けて走れば、全力で走ることは難しい。それが数キロ程度なら問題ないが、それが二桁になれば話は違う。
明らかに本来の力が発揮できない。重りという足枷がある以上、メジロマックイーンが自分の思うままに走ることは困難だった。
「俺だって同じ重り付けてるんだから文句言うな」
「はっ……⁉︎ 同じ?」
麻真がその場で腿上げをしている姿を見て、メジロマックイーンが眉を寄せる。あまりに自然に動かしているので、重りを付けた靴を彼が履いているようには全く見えなかった。
「お前の靴と同じ足首に各三十キロ。お互いに同じ条件にしてるんだぞ?」
「絶対嘘ですわ! でしたらそんな簡単に足を動かせるわけありません!」
麻真が嘘をついたと思い、メジロマックイーンが耳を後ろに伏せて不貞腐れる。
麻真は呆れたように頭を掻くと、小走りでメジロマックイーンのところまで戻ってきた。
そして麻真が靴をその場で脱ぐと、その靴をメジロマックイーンの前に置いていた。
「持ってみろ。そうすれば分かるだろ?」
目の前に置かれた靴を見て、次にメジロマックイーンが麻真を見つめる。
麻真が置いていた靴は、メジロマックイーンの履いている靴と似たようなデザインだった。赤い線が入った黒のブーツを模した靴が彼女の目の前に置かれている。
ここまで自信満々な態度を麻真が見せている時点で、メジロマックイーンには嫌な予感があった。
恐る恐るメジロマックイーンが麻真の履いていた靴を持つ。そして軽々と持ち上げようとして、メジロマックイーンの手がその場から動かなかった。
「重っ……!」
明らかに普通の靴ではなかった。メジロマックイーンが靴から手を離すと、彼女は目の前にある麻真の靴を見ながらあり得ないと驚愕する。
そんなメジロマックイーンの反応を見た麻真は、彼女の反応を面白そうに見ながら脱いでいた靴を履き直していた。
「これがお前と俺の差だ」
そう言って麻真がまた軽々とその場で腿上げをすると、メジロマックイーンはその光景に目を点にしていた。
明らかに自分と麻真の筋力が違う。メジロマックイーンにはまだ六十キロの重りを付けたまま彼のように軽々と動くことができない。
突き付けられた現実に、メジロマックイーンが悔しそうに唇を噛む。
しかし重りを付けたまま軽々と動いている麻真を見て、自分はできないと口が裂けても言いたくなかったメジロマックイーンがなんとか足を動かそうと足へ力を入れた。
「くっ……!」
メジロマックイーンが足に力を込めると、彼女の足は“かなり”動かしにくいが自分の意思通りに足が動いていた。
力をいつも以上に使わないと動かないが、それでもメジロマックイーンは麻真と同じように“平然を装って”腿上げをしていた。
「……全然軽いですわね! 重いと“一瞬だけ”思いましたが、思ってたよりも随分と軽かったみたいですわ!」
胸を張って、メジロマックイーンは麻真に余裕を見せつけた。
「ふっ……」
虚勢を張るメジロマックイーンを見て、麻真が鼻で笑う。
そのバカにしたような麻真の態度に、メジロマックイーンがむっと口を尖らせていた。
「走れないと言いたい顔ですわね⁉︎ こんなの重いうちに入りませんのよ! 全然走れますわ!」
「言うじゃないか、ならついて来い。まずはジョギングでコースを一周だ」
メジロマックイーンの啖呵に、麻真が楽しそうに笑いながら走り出していた。
小走り程度の速さで麻真が走り出したのを見て、メジロマックイーンが追い掛けるように駆け出す。
走り出した瞬間、足がもつれそうになったがなんとか姿勢を立て直して、メジロマックイーンは走り出していた。
「走りにくいですわ……!」
しかし思ってた以上に蹄鉄靴の重りが、メジロマックイーンの走りを邪魔していた。ウマ娘にとって軽い方と言えど、両足に六十キロの重りは流石に足への負担が大きかった。
いつものように足が動かせず、足を動かしている筋力を必要以上に使わないと身体が思った通りに前へ進まなかった。
ジョギング程度の緩やかな速度だったが、その程度の速さでも意識しないといけない。気を抜くと足のバランスを崩してしまいそうになる。
麻真との筋力差を感じて、メジロマックイーンが麻真を恨めしく睨みつける。一体、何故そんな風に軽々しく走れるのか?
メジロマックイーンがそう思いながら少し前方にいる麻真の走り方をよく見ていると――ふと、彼女は気づいた。
「あの足の使い方は……?」
少し前方を走る麻真の走り方を見て、メジロマックイーンが眉を寄せた。
麻真が足を持ち上げて、足を前へ動かす。そして足を下ろし、足が地面に触れた瞬間の動作がメジロマックイーンの目に止まった。
麻真の足が地面について、地面を蹴る瞬間――足首が“妙に”力強く動いていた。全体的に身体は軽々しく動いているはずなのに、地面を蹴って前に進む際のインパクトの瞬間だけ――彼の足首は力強く動いた。
爪先が地面を掘るように地面を踏み抜く。まるで地面を抉るような動かし方だった。その動きを見て、メジロマックイーンが疑問に思う。
自分は重い足を力づくで持ち上げて足を前に進めている。地面を蹴るインパクトの時は、特に何も意識していない。
初めは気のせいかと、メジロマックイーンも思っていた。しかし走りながら麻真をしばらく見ていると、彼女の内にあった“疑問”は――“確信”へと変わっていた。
「あの人ッ――走り方が“違います”わッ⁉︎」
メジロマックイーンが気づいていた。過去に何度も麻真の走り方をよく見ていたから分かる。彼の足の使い方は、明らかにメジロマックイーンが初めて見る走り方だった。
一見、ジョギングしているようなフォームだが、足首だけ違う。全体的に緩やかな動きのフォームだが、足首の使い方だけ全くの別物だった。
フォームを気にするな、どの口が言うのかとメジロマックイーンが前を走る麻真へ目を吊り上げた。明らかに彼はフォームを気にして走っている。
走るフォームを麻真が気にして走るということは、気にしなければ走ることが難しいということだろう。
わざわざ目の前で麻真が走り方を変えているのが答えだ。彼は走り方を工夫して重りを付けている状態でも苦もなく走っている。
それを“あえて”自分に教えなかったことに、メジロマックイーンは麻真に対して血が沸騰するような怒りを感じていた。
「絶対許しませんわよっ……!」
はらわたが煮えくり返るような気持ちで、メジロマックイーンが見ていた麻真の走り方を見様見真似で試みた。
足を上げる時は筋力を使うこと意識せず、持ち上げた足を前に出し、足を下ろして足裏が地面に触れた瞬間、足首を使う。
爪先で地面を抉るように動かすイメージで、足首の動きを意識。そして足先に力を入れつつ、足首を素早く動かすと――
トンッ、と身体が軽々と前に進んていた。
メジロマックイーンがやはりと確信する。先程までの自分の走りとは全く足の負担が違っていた。足に重りがあって走りにくいのは変わらないが、先程よりもかなり楽に走れる。
真似した麻真の走り方に加えて、地面を蹴る瞬間にふくらはぎにも軽く力を込めながら足全体で地面を蹴ると、驚くほど楽に身体が前に進んでいた。
最初に走っていた走り方はただ重りを上げ下げしているだけだったのだと、メジロマックイーンが理解した。
今付けている重りは、明らかに足首に意識を向けていないと走れない。だからこそ、麻真はこんな手の込んだ靴を用意したのだと。
「貴方と言う人はッ……!」
メジロマックイーンが内心に怒りを募らせる。
あえて重い蹄鉄靴を履かせた理由を言わない辺り、麻真の性格の悪さが滲み出ている。
おそらく麻真は、メジロマックイーンが気付くかどうか試したのだろう。
麻真の悪い癖である。気づかなければ、そこまで。気づけば先に進める。その言葉を麻真がごく稀に口にしていることをメジロマックイーンは覚えていた。
本当に人を怒らせるのが上手い。メジロマックイーンが目を据わらせる。
そして腹を立てながら、メジロマックイーンは先を進む麻真を追い掛けるように速度を上げていた。
「よく気づいたな。アイツ」
背後を走るメジロマックイーンの“足音”が変わったことに、麻真が小さく笑みを作っていた。
もし気づかなければ気づくまでいつまでも走らせるつもりだったが、麻真はメジロマックイーンが予想よりもかなり早く“察した”ことに驚きつつも、内心では喜んでいた。
早く気づいたということは、それだけメジロマックイーンが麻真の走り方を見ていたということだ。
麻真が見ている限り、メジロマックイーンは自分の走り方を真似したがる傾向がある。麻真の走りが自分の理想とまで思っている彼女だからこその思考だろう。過去に何度も彼女と走ったからこそ、麻真も察していた。
その思考を知っていたからこそ、走る前にわざと麻真はフォームは気にしなくて良いとメジロマックイーンに伝えて走らせていた。わざと自分の真似をさせないようにしていたのだが……それを良い意味で彼女は裏切っていた。
自分と麻真が靴に同じ重りを付けた状態で走っていると安易に考えることを放棄せず、平然と前を走る彼を観察し、そして洞察した。筋力という絶対的な差はあるが、それを抜いても自分との違いが何か、それを考える思考がメジロマックイーンにあると分かっただけで、麻真は十分だと判断した。
それ故に、メジロマックイーンは気づいた。自分と麻真との違いに気づき、そして盗んだ。
「この分なら、この先も仕込み甲斐がありそうだ」
それを麻真は良い傾向と判断した。
二週間。メジロマックイーンを一切走らせなかったのが役に立つと麻真が楽しそうに笑う。
まず初め、メジロマックイーンは足首の使い方を学んだ。
この様子ならすぐに次の段階に行けるだろうと麻真は予想する。
第一段階だったジョギングをメジロマックイーンが理解したのなら、次はランニングにしよう。
ランニングを終えれば、次はタイム測定と当初の予定通り、走る速さを段階的に上げていこうと麻真がほくそ笑む。
全ての段階を“あの靴”を履いた状態で終えることができれば、メジロマックイーンの“基礎”ができる。
その基礎の先、そこまでメジロマックイーンが十日以内に辿り着けるかどうか。その点を麻真は楽しみにすることにした。
「ん?」
そして耳に聞こえるリズミカルな足音に、麻真が振り向く。
振り向いた先には、ジョギングではなく“ランニング”でメジロマックイーンが鬼の形相で麻真に迫っていた。
「麻真さんっ‼︎ 今から私の履いている靴でその頭をかち割って差し上げますわッ‼︎」
麻真が見る限り、メジロマックイーンの走り方は問題なかった。
ジョギングで足首の使い方を覚え、ランニングでふくらはぎの使い方を察したらしい。問題ない走り方だった。
とても両足に六十キロの重りを付けているようには見えない。
「……逃げよう」
麻真がポツリと呟く。
そして背後に迫るメジロマックイーンから目を逸らすと、麻真は前を向いて走る速度を僅かに上げた。
「私に走り方を教えなかったこと! 許しませんわよッ!」
「自分で気づけたなら評価点は◯だ。喜んで良いぞ?」
「ぜっったいに! その減らず口を黙らせますわッ‼︎」
余計に怒らせてしまったらしい。
麻真はけらけら笑うと、メジロマックイーンが追いつけないように速度を合わせて走っていた。
読了、ありがとうございます。
一週間振りの更新ですね。色々とあって遅れました。
多分、次回の更新でその理由はお伝えできると思います。
さて、EP4はメイクデビュー戦編です。
麻真とメジロマックイーンのコンビで挑むはじめてのレース、どこまで戦えるかご覧ください。
もしかしたら他のウマ娘もEP4で出るかもしれませんね。
では次回の更新でまたお会いしましょう。ではでは!