走るその先に、見える世界 作:ひさっち
メジロマックイーンが麻真の用意した特注の蹄鉄靴を履いてから、二日が経った。
メイクデビュー戦まで残り七日。今日もメジロマックイーンはコースを走っていた。
「踏み切った足が伸び切ってない。背筋伸ばす。姿勢も乱れてるぞー?」
「うるさいですわよっ! 分かってますわっ!」
麻真の指摘に、メジロマックイーンが不服そうに叫ぶ。
この二日で、麻真が見る限りメジロマックイーンの走りは大きく変化していた。
今まで、メジロマックイーンは“足だけ”で走っていた。しかし足首を使うことも覚えてからは自然と足首も使うようになり、彼女の走り方は下半身全体を使うフォームへと変化した。
更に爪先で地面を抉るように捉えながら足首を使って地面を蹴ることも覚え、加速する走り方も彼女は習得しつつある。
この二日のメジロマックイーンの下半身の使い方の成長に関しては、予定よりも上々な成長だと麻真は感じていた。
しかしまだ発展途上。こうして麻真が前を走るメジロマックイーンに“自分で気づいた部分”だけを指摘するが、未だ指摘しても時折同じことをしてしまう辺り、彼女はまだまだだった。
自分の改善点に気づいて修正したとしても、それは気づいた時しか直らない。ふと意識から外れたら、まだ同じ動作をしてしまう。無意識で行う動きは、簡単には直らない。
一度覚えてしまった動作を修正するのは、時間が掛かる。特に癖が多いウマ娘なら特に時間を必要とする。
「はい。また足が伸び切ってない」
「いちいち指摘しないでくださいませっ!」
「お前が同じことを何度もやるからだ」
「言われなくても気づいてますっ!」
麻真に指摘されて、メジロマックイーンが目を吊り上げる。
身体の動かし方に指摘されて苛立ちを感じながら、メジロマックイーンは別のことに対しても苛立ちを感じていた。
そんなメジロマックイーンが抱えてる苛立ちを、麻真は理解していた。
今、メジロマックイーンは自分の身体が思う通りに動かないという苛立ちが募っている。意識していても、無意識に今までの走り方で走ってしまう自分の身体に腹を立てている。
麻真はそう感じているメジロマックイーンを見ながら、面白そうに小さく笑っていた。
麻真から見て、メジロマックイーンは癖が多い方のウマ娘だった。
しかし特徴的な癖が多いわけではなく、メジロマックイーンの場合は力の使い方が独特なウマ娘と麻真は判断していた。
メジロマックイーンは走る時の下半身の力の使い方が独特で、足に負荷の掛けやすい走り方をしていた。麻真はまず初めにこの部分を直すことを最優先にしていた。
正直に言えば、今までのメジロマックイーンの走り方は足の筋力が高くなれば速くなる走り方であった。しかし麻真はそれをすぐに修正することを選んだ。
足に負荷を掛けてしまう走り方は、後々に足が壊れる。それを麻真は危惧していた。
ウマ娘が足を壊すことは、一番やってはいけないことのひとつである。走ることはウマ娘の一番の存在意義であり、彼女達が最も大切にしていることだ。それを失うことは、端的に言えば“死”とも言える。
足の骨折も繰り返せば、走ることができなくなる。更に関節部分に負荷を掛け続ければ、二度と走れなくなる靭帯炎を発症させる可能性もある。故に、ウマ娘にとって走るフォームは最も気をつけなければならないことなのだ。
だからこそ、麻真はわざわざメジロマックイーンの走り方を矯正させる為に“高額”な蹄鉄靴を用意した。
本来なら麻真自身が走り方を指摘したり手本を見せるなどで走り方を矯正するのだが、メジロマックイーンの場合はそれを行わなかった。
筋力の間違った使い方は、走るフォームを直しても直らない。だからこそ、メジロマックイーンに筋力の使い方を覚えさせる為に特別な練習メニューを麻真は用意していた。
特製の蹄鉄靴を履いて速く走ることができれば、必然的に筋力の使い方を覚える。力技で誤魔化せる可能性もあるが、メジロマックイーンの場合はそれは無いと麻真は判断できた。
メジロマックイーンには、加速に必要な筋肉がまだ足りていない。彼女が力技で誤魔化そうとすれば、速く走ることに限界が必ず訪れる。
つまり足に重りを付けた状態では、メジロマックイーンの場合は効率良く筋力を使わなければ速く走れない。
故に、メジロマックイーンは走りながら考えることになる。特注の蹄鉄靴を履いた状態で速く走る為には何が必要で、何が不要かを。
それを必死に考えて気づき、そして意識する。その意識で行う動作が無意識にできるようになった時――メジロマックイーンは一段階前に進むことになる。
その先の段階に進めなければ、メジロマックイーンの目標である天皇賞制覇など夢物語になる。
その先に進めるかどうかは、それこそメジロマックイーン次第。麻真はストップウォッチを止めると、走り終えた彼女に苦笑しながらタイムを伝えていた。
「まだまだだな。タイムは四分二十三秒」
「ですが先程より三秒縮まりましたわッ!」
「でも目標まで二十三秒足りてないからな?」
「ぐっ――!」
メジロマックイーンが悔しそうに顔を強張らせる。拳を強く握り締めているところを見る限り、相当悔しそうにしていた。
それもそのはず、二日使ってもメジロマックイーンは目標タイムをクリアできていなかった。
最初の目標タイムだった五分をメジロマックイーンは一日目でクリアした。しかしその次の目標タイムを彼女は未だクリアできなかった。
四分。それが麻真が提示した目標タイムだった。二日目を全て使ってもメジロマックイーンは四分三十秒までしか走れなかった。そして三日目、三度目のタイム測定でようやく七秒縮めた四分二十三秒が彼女の最速タイムだった。
「まだ直せるところがありますわ! 絶対にクリアしてみせますわよ!」
「四本目、次もやるのか?」
「当たり前ですわ! 絶対に今日で四分をクリアします!」
肩で息をしながら答えるメジロマックイーンに、麻真は戯けるように肩を竦めていた。
「ならインターバルしっかりしておけ。あと、これ飲んどけ」
そう言って麻真が練習場の端に置いていた鞄からペットボトルと棒状の菓子を取り出すと、それをメジロマックイーンに渡していた。
渡されたペットボトルと菓子を手に取って、メジロマックイーンがジッと手に持ったそれを見つめる。
インターバルに水分補給と栄養補給をしっかりと取ることを指示する麻真にも流石に慣れたメジロマックイーンだったが、相変わらず水分補給用のドリンクと一緒に渡される“菓子”を凝視していた。
「いつも思ってましたが……このお菓子、食べる必要ありますの?」
メジロマックイーンが右手に持っていた棒状の菓子を麻真に見せつける。訊かれた麻真も、メジロマックイーンと同じように水分補給と栄養補給していた。
メジロマックイーンに訊かれた瞬間、麻真が目を点にした。まるで何を言っているんだと言いたげにキョトンとした顔をして、少し間を空けると彼は怪訝な顔をしていた。
「……マズいか? これ?」
「いえ、美味しいですが……」
そうではない。メジロマックイーンは見当違いな答えが麻真から出てきたことに思わず素直に答えていた。
おいしくないと思ったことはない。むしろ逆、美味しく食べられる。甘いものが好みなメジロマックイーンにとっては、菓子は特に好物と言っても過言ではない。
しかし栄養補給と言って菓子を食べるのはどうなのかとメジロマックイーンは思っていた。
メジロマックイーンから見れば、手に持っている菓子はあまり馴染みがなかった。よくあるスナック菓子とも違う、変わった菓子に見えた。
「なんですの? これ?」
そしてメジロマックイーンは遂に訊いてしまった。その質問が、自分の首を絞める行為だとも知らずに。
麻真は渡した菓子が何かと訊かれると、少し驚いたような顔をしていた。
「……マジか。知らないのか? これ?」
「知りませんわよ。ただのチョコレートと思ってましたが」
麻真が手に持っていた菓子を食べる。食べながら心底意外そうな顔をして、彼はメジロマックイーンを見つめていた。
「簡単に必要な栄養補給できる菓子だぞ、これ。勿論、ウマ娘用だけど」
「これで……?」
そんな風には見えない。ただの菓子にしか見えなかった。
不思議そうに菓子を見つめるメジロマックイーンだったが、麻真が何か考えるような表情でポリポリと菓子を食べ進めていた。
「……お嬢様だから知らないのか? 学園で食ってる奴いないのか?」
「気にしたことがないので覚えてませんわよ」
メジロマックイーンが思い返すが、食べている生徒を見たことがない。と言っても、仮に誰かが食べていたとしても気にしたことがないので覚えていない、というのが正しいとも言える。
「走ると身体の水分と栄養が足りなくなるんだ。食っておいた方が良い。身体のパフォーマンスを維持するのもお前の大事な仕事だぞ」
「ですがこれで栄養補給できるとは思えませんわ」
どう見てもただの菓子にしか見えない。しかし麻真が食えと言うからには従うしかないとメジロマックイーンは慣れた手つきで封を開けると、菓子を口にしていた。
ポリポリと食べ進めるメジロマックイーンに、麻真は未だ信じていない彼女に“真実”を伝えてしまった。
「栄養の塊なんだけどな。これ一本で四百キロカロリーくらいあるんだぞ?」
菓子を食べていたメジロマックイーンが麻真の話を聞いた途端、ピタリと手を止めた。そして口に入れた分の菓子を食べ終わると、食べていた菓子を見つめて彼女は目を丸くしていた。心なしか、彼女の手が震えていた。
麻真の言葉が飲み込めず、しばらく時間が経ってからメジロマックイーンは遅れて反応していた。
「……はぁっ⁉︎ 四百キロカロリー⁉︎」
「ウマ娘用だからな。人間用ならもっと摂取カロリー下がるけど」
平然と話す麻真に、メジロマックイーンは震えていた。
今、メジロマックイーンが食べている菓子は麻真が練習時に渡してくる時しか食べない。しかし食べている本数が問題だった。
練習前、練習中に二度、最後に練習終わりの計四回に渡って麻真はメジロマックイーンに菓子を食べさせていた。
四百掛ける四。その計算をメジロマックイーンが頭の中で計算した瞬間、彼女は反射的に麻真に目を据わらせていた。
「私になんて物を食べさせてましたの⁉︎ こんな高カロリーなモノを!」
実のところ、メジロマックイーンには悩みがあった。
それは毎朝にこっそりと乗っている体重計の数字だった。女の子には決して無視できない無慈悲な“数字”、それがここ数週間で日に日に増えていることだった。
麻真との過激なトレーニングをしても、一向に数字が変わらない。むしろ若干増えつつある現状にメジロマックイーンは悩んでいた。
食事も気をつけていた。好物の甘いものも控えていた。それなのに過剰なまでのトレーニングをしても体重が変わらないという不可解な出来事に、メジロマックイーンは原因が何かとよく考えてることが多かった。
簡単なところに答えがあった。その答えのひとつが今自身が手に持っている菓子だと知った今、メジロマックイーンは右手に持っている菓子が死神の鎌にしか見えなかった。
「高カロリーなのは当たり前だろ? 筋肉作るのに必要な栄養を一通り簡単に摂取できるんだぞ?」
驚いていたメジロマックイーンに、麻真が顔を顰めて説明した。
麻真が用意した菓子。それは一般で販売されているスポーツ用の栄養補給食だった。しかし人間用ではなくウマ娘用の食べ物で、麻真が個人的に仕入れているモノだった。
筋肉を作る上で必要な栄養素を手軽に摂取できる食品であるので、麻真は好んで食べているモノだった。
「筋肉を作るのに栄養が必要なのはお前も知ってるだろ?」
確かに筋肉を作る上で栄養が必要不可欠なのはメジロマックイーンも十分に理解している。しかし“それはそれ”である。
「ですが千六百キロカロリーって、あのにんじんハンバーグ定食と変わりませんわよっ!」
そう、摂取量が千六百キロカロリーはトレセン学園の学食で高カロリーで有名な“にんじんハンバーグ定食”と大差ない摂取カロリーだった。
まさか自分が練習中にそれと同等のカロリーを摂取していると思わず、メジロマックイーンは震えた手で菓子を捨てたくなった。
麻真もメジロマックイーンの反応を見て、彼女が言いたいことを理解したのだろう。彼は納得した表情を見せて頷いていた。
「あぁ……マックイーン。お前もしかして体重、増えたか?」
「なっ――⁉︎」
麻真に指摘された瞬間、メジロマックイーンが顔を赤面させた。それが彼女の答えだった。
その反応を見て麻真が呆れた表情を見せながら、メジロマックイーンに苦笑していた。
「脂肪より筋肉の方が重いんだ。身体が強くなるってことは体重が増えるってことだ。少しくらい増えるのも仕方ないだろ?」
脂肪と筋肉では、僅かに筋肉の方が重い。つまり身体の筋肉量が増えるということは、体重か僅かに増えるのは必然である。
それもメジロマックイーンは理解している。しかし明らかに体重が増える原因を作っているモノが目の前にあれば、話が変わってくる。
「限度がありますわ! こんなモノを一日四本も食べさせて私を太らせたいんですのっ⁉︎」
メジロマックイーンが怒る理由も、麻真は理解できた。年頃の女の子ならば自分の体重を気にするのは仕方ないところだろう。
しかし筋肉を育てる以上は、体重が増える。身体の体脂肪を落として筋肉量を増やすと、必然的に体重が増えてしまう。
だが筋肉量を増やして体重を落とす方法もないこともないが、今のメジロマックイーンはまだ基礎の身体ができていない為、その段階に進むのはまだ先の話である。
頭の中でどう話すか思考した麻真だったが、どの道まだメジロマックイーンには無理な話だと判断した。そして彼は彼女へただ事実を伝えることを選んでいた。
「端的に言ったらそうなるな。筋肉量増やしてもらわないと早く走れないし」
「なんてことを仰るの……⁉︎ この人は……⁉︎」
事実を突き付けられて、メジロマックイーンが声を震わせる。
女の子に体重を増やせと突きつける暴挙とも言える麻真の言葉は、メジロマックイーンを驚愕させるのに十分だった。
「お前も理解してるだろ? 筋肉と脂肪の重さの違いくらい?」
「分かってます……! 分かっていますが……っ!」
麻真の前で、メジロマックイーンが葛藤していた。
女の子ならではの葛藤だった。強くなるには体重を増やさなければならない。しかし女たる者、自分の体重の数字に敏感になるのも当然である。
激しい葛藤を心の中でしているメジロマックイーンが手に持った菓子を憎たらしい目で見つめる。
そんなメジロマックイーンに、麻真は小さく溜息を吐いていた。
「ある程度身体ができたら、体脂肪は自然と落ちてくる。今は増えてるがそのうち体重は減ってくるから今は気にするなっての」
「これを食べるのをやめることは……?」
「これの一本と同じ栄養取るとしたら、どれだけの量の飯を食べないといけないか教えてやろうか? 多分、聞かない方が良いと思うぞ?」
小さく微笑んだ麻真に、メジロマックイーンがハッと背筋を凍らせた。
麻真が意地悪な顔をして話しているということは、つまりそれは自分の想像を超える量なのだと察してしまった。
きっと今食べている菓子よりも摂取カロリーが多くなる。つまりそれは更に体重が増えることを意味する。
麻真が簡単に摂取できると言って自分に食べさせているということは、これが一番楽な方法ということもメジロマックイーンは理解してしまった。
「くっ……体重が……!」
「体重減らしたかったらよく動いて鍛えろ。近いうちに体重変わってくるから」
その為、麻真にはそれしか言えなかった。
まだ成長途中の女の子であるメジロマックイーンには酷な話だと思える。しかし通らなければならない道であるのだから、どうしようもない話だった。
「あ、早く鍛えたいからってオーバーワーク厳禁だからな。やったらマジで走らせないから」
「あぁぁ………⁉︎」
麻真に考えを読まれたメジロマックイーンが地面に崩れ落ちていた。
単純なウマ娘だった。日に日に麻真も目の前のメジロマックイーンのことを理解しつつあった。
箱入りのお嬢様と麻真も思っていたが、いつの間にか見ていて面白いウマ娘と思うようになってきていた。
良い意味で年相応とも言える。ストイックな面もあるが、見ていると大人びている風に見えて子供のような面も見える。
麻真はそんな印象を感じるようになったメジロマックイーンを見つめながら、肩を落とした。
とりあえずは我慢してもらおう。麻真はそう思いながら、水分補給と栄養補給を終えると両手を叩いてメジロマックイーンに指示することにした。
「納得したなら走ってこい。インターバルは終わりだ」
「まだ食べ終わってませんわ……」
「なら早く食え」
麻真に急かされてメジロマックイーンが急いで菓子を食べ進める。そして水分補給も終えると、彼女は肩を落としながら走る準備を始めていた。
なんだかんだ言ってちゃんと菓子を食べる辺り、素直なウマ娘だと麻真は思ってしまう。
そしてメジロマックイーンが走る準備を整え、コースに立って走る構えを取ったのを見て、麻真も彼女と同じように構えていた。
「良し、いつでも良いぞ」
「はい……では、行きますわ」
そう言って、メジロマックイーンが駆け出した。
ストップウォッチを動かして、麻真がメジロマックイーンの後を追う。
心なしか先程よりも気合の入った走り方をしているメジロマックイーンの後ろ姿を見て、正直なウマ娘だと麻真は思ってしまう。
良い意味で今後の成長が楽しみになってくる。麻真はメジロマックイーンの走り方を見ながら、思わず笑っていた。
「はい。姿勢が崩れてる」
「うるさいですわよっ!」
しかしまだ自分に走り方を指摘されているうちは、まだまだ一人前には程遠い。
前を走るメジロマックイーンを見つめながら、麻真は彼女の走り方を何度も指摘する。
何度も不服そうに言い返してくるメジロマックイーンだが、何度も直そうと努力する辺り、根気はある。
あと七日。メジロマックイーンが最終目標を突破できるか不安になるが、麻真は彼女次第と割り切って見守ることにした。
「また見てるな、あのガキ」
そして麻真が走りながら、感じていた視線に目を細めた。
二日前から、いつの間にか練習場の隅に一人の鹿毛のウマ娘が現れるようになった。
特に何をするわけでもなく、ただ練習を見ているだけなのだが妙に視線に棘がある気がしていた。
理由は不明だが、何がしたいのか意味が分からない。ただ見てるだけなのが妙に腹立たしく思える。
ふと麻真が横目で隠れているウマ娘を見ると、そのウマ娘が彼の持って来ていた鞄に近づいているのが見えた。
「何やってんだ、あいつ?」
麻真が持っていた鞄には、水分補給用のペットボトル数本と栄養補給用の菓子が数本入っているだけだった。
恐る恐る鞄の中を覗いていて、そのウマ娘は何を思ったのか鞄に入っていた菓子を一本取り出していた。
「……まさか食うつもりじゃないよな?」
不思議そうな顔でウマ娘が麻真の鞄から取り出した菓子を凝視する。
そして色々な角度から菓子を観察してから、しばらく考える素振りを見せたウマ娘は、唐突に菓子の封を開けていた。その中身を見て、ウマ娘がしばらく菓子を見つめている。
「マックイーン。悪い、ちょっと悪ガキを懲らしめてくる」
「はい……?」
「先に行く。ちゃんとタイム測ってるから気にしないで走ってくれ」
メジロマックイーンにそう告げて、麻真が珍しく“全速”で走り出した。
横目でまだ鹿毛のウマ娘が菓子を見つめているのを確認しながら、麻真が第四コーナーを抜けて直線に入った。
メジロマックイーンは麻真の走りを見て、唖然としていた。自分と同じ重りを付けているはずなのに、信じられないほどの速さで走っていく麻真に素直に驚いていた。
「食うなよ、食うなよ?」
最速で駆ける麻真が、直線の先にいるウマ娘に苦笑いする。
しかし麻真の願いは叶わず、ウマ娘は勢い良く持っていた菓子を頬張っていた。
「あっ! これ美味しい!」
「美味しいじゃねぇよ! 勝手に食うなっ!」
そして最速でウマ娘の元に辿り着いた麻真が菓子を勝手に食べたウマ娘の襟首を掴むと、猫のように持ち上げていた。
「えっ⁉︎ なんでいるの⁉︎」
「お前が勝手に鞄漁ってたの見えたからな。そりゃ全力で走ってきたに決まってるだろ? それで……弁明はあるか?」
麻真が襟首を掴んで逃げれないようにしているが、ウマ娘がどうにか逃げようと暴れる。
しかし足を地面に触れされていない以上、逃げることができずウマ娘はただ空中で暴れているだけだった。
逃げられないことを悟ったのか、ウマ娘は力なく猫のように大人しくなると麻真にたどたどしく答えていた。
「ちょっとコレが美味しそうで気になって……」
「だからと言って勝手に食う奴がいるか!」
麻真が珍しく怒っていた。まさか勝手に鞄の中を漁るウマ娘がいると思わず、麻真も思わず怒ってしまった。
怒られて大人しくなったウマ娘が、目を潤ませる。麻真がこのウマ娘をどうしようか悩んでいると、遅れてメジロマックイーンが麻真の元に来ていた。
「四分二十秒。まだ足りないぞ」
「ですからまた三秒縮まりましたわ!」
麻真が止めていたストップウォッチのタイムに、メジロマックイーンが目を吊り上げて叫ぶ。
そしてメジロマックイーンが麻真の手に吊るされているウマ娘を見ると、意外そうな顔で目を大きくしていた。
「……テイオー? どうされたんですの?」
「マックイーン。この悪ガキ、知り合いか?」
メジロマックイーンの反応を見て、麻真が顔を顰めた。
麻真が悪ガキと言い出したことに、メジロマックイーンが意味が分からずに首を傾げる。
しかし悪ガキと言われたウマ娘は、不服そうに麻真に吊るされながら暴れていた。
「ボクは悪ガキじゃないもん! トウカイテイオーってちゃんとした名前があるんだい!」
「人のモノを勝手に食ってる時点で悪ガキだっての」
「でもこれ本当に美味しいね」
「この状況で食い続けられるお前が怖いよ、俺は」
麻真に吊るされながら、平然と鹿毛のウマ娘――トウカイテイオーが菓子を食べ進めていた。
「あの……どういう状況です? これ?」
「俺が聞きたい。コイツ、どこに捨てて来れば良い?」
「そこら辺の川にでも捨てて来てくださいな」
「良いのか? なら捨ててくるわ」
「――二人ともひどくないっ⁉︎」
麻真とメジロマックイーンの会話を聞いて、トウカイテイオーが慌てて止める。
そんなトウカイテイオーを見て、麻真とメジロマックイーンは顔を見合わせていた。
読了、お疲れ様です。
すいません。相当書くのに苦労しました。思ったように書けなくて読みにくかったら申し訳ないです。
今回はメジロマックイーンの練習について、お菓子の話(プロテインバー)、そして遂に現れた新キャラの話です。
まぁ、皆さまお察しの通り出ますよね。トウカイテイオー。
このキャラも話に関わってくるキャラクターになります。
トウカイテイオーがどう関わってくるか、気長に見守ってください。