走るその先に、見える世界 作:ひさっち
おぼろげだった自分の身体の使い方が分かってきた。メジロマックイーンは芝生を駆けながら、そう思っていた。
走る練習を始めて一週間。メジロマックイーンは今日も麻真と特注の靴を履いてコースを走り続ける。
走りながら麻真の指摘を何度も受け、何度も思考しながら試行錯誤し、その先に見えた“答え”をメジロマックイーンは掴もうとしていた。
自分だけの走り方、自分の身体の最善の使い方。麻真に憧れてからずっと欲しかった“それ”に手が届くと、メジロマックイーンは確信しつつあった。
しかしメジロマックイーンには知る由もない。それが麻真の思い描いている彼女の理想的な走り方の“僅かな一部分”でしかないことを。
麻真から見て、メジロマックイーンの走り方はまだまだ発展途上。彼女が掴もうとしているその先を麻真が見据えていることなど、彼女は想像すらしていない。
今、走っている中でメジロマックイーンが見つけようとしている“答え”。その答えがメジロマックイーンにとって、まだ長い階段の一歩目だということを彼女は知ることもなく走り続けていた。
「はぁ……! はぁ……っ‼︎」
走るメジロマックイーンの呼吸が、僅かに荒くなっていく。
スタートして第一から第二コーナーを曲がり、直線を駆け、第三コーナーに入っていく。
メジロマックイーンの足は相変わらず重い。両足に付いている六十キロの靴の重みに慣れたと言えど、重い足は身体の動かし方を制限する。
振り上げる足が重い。しかし力の使い方は理解している。力を使うのは足を上げる時だけ、振り下ろす足は重りの勢いに任せて振り子のように地面に突きつける。
自然に振り下ろされた足が地面に着いた時、地面を踏むのではなく――蹴る。身体の重心を前に倒した状態で振り下ろされた足が地面に触れれば、地面と足の反発力が身体を前に進める。
それに加えて、足先で更に地面を抉るように捉えながら足全体で蹴る。振り下ろされた足の力に加えて、足の筋力が更に推進力を作り、身体を前に向かって加速させていく。
そして次の足が地面を蹴るタイミングに合わせ、素早く足を振り上げる。速さに直結する“足の回転”を遅くしないように意識し、早く足の回転を回すことを無意識でできるように心掛ける。
これをしっかりとできれば、メジロマックイーンの身体に六十キロの重りを付けていても、彼女の身体はそれが必然と言えるほど勝手に前に進んでいた。
だがメジロマックイーンが速く走る為にはそれだけでは足りない。更なる工夫が必要だった。
走る際に身体の軸がズレないように体幹を意識し、足を自分の身体の可動域限界までしっかりと振り上げ、腕も足に合わせて振る。
(まさかこれほどまでにあのトレーニングが活きているなんて……!)
麻真からの指摘を受けながら作り出したメジロマックイーンだけの走り方。その走り方で走り続けていると、彼女は色々なことに気づいていた。
今まで麻真に強いられていた走る以外のトレーニングが活きていると。
鍛えてきた上半身が、腕の振りをしっかりと行う。過去にメジロマックイーンは書物で読んだことがあった。足の振りだけで走ろうとすればウマ娘の身体の構造上、身体に回転する力が加わる。だが腕を足に合わせて振ることで、足の身体が回転する力を相殺し、走る上で身体の軸がズレなくなる。
今まで行っていた基礎トレーニングで背筋や腹筋が鍛えられ、走っている最中でも身体の軸がズレない体幹を作りあげている。
足の可動域も、麻真と出会ってから始めた柔軟とストレッチのおかげで身体全体の可動域が広がり、今まで以上に足が振り上げられる。
足も、確かな実感はないが力強く地面を踏めている気がする。下半身の筋肉が強くなったことで、走りに力強さが増したような感覚を覚える。
「マックイーン、最後の直線だ。思い切り走っていけ」
「――はいっ‼︎」
第四コーナーを抜ける前に、メジロマックイーンは麻真に指示されると更に姿勢を前傾に倒した。
麻真の方針に間違いがひとつもない。今までの練習に、何ひとつも無駄なことはなかった。
麻真に教わる以上、彼の指示を無視することは勿論ない。しかし信じている反面、疑いたくなることもあった。
走る練習を捨ててまで基礎トレーニングをすると麻真が言い出した時は、流石のメジロマックイーンも反論した。しかし今覚えば、それは自分が彼をまだ“疑っていた”のかもしれない。
理想的な走り方ができる麻真に教われることを願っていたが、本当に彼に教える力があるのかと。
様々なトレーニングを重ねて、その疑いが晴れつつあったが――自分の走り方の大きな変化を感じて、メジロマックイーンは再確認していた。
北野麻真というトレーナーは、まさしく一流といえる能力を持っている。
シンボリルドルフやエアグルーヴなど、名のあるウマ娘を育成したという実績を持つ以上は能力があることは分かりきっている。しかし実際に体験すれば、確信してしまう。
シンボリルドルフ達が麻真を心から慕う理由。それが理解できてしまっていた。
(この靴を脱げたら、私は――一体、どれほど速くなりますの?)
麻真が課した特注の靴を履いたこの練習で、メジロマックイーンはふと思ってしまう。
まだメジロマックイーンは、麻真が用意した靴を脱ぐことができない。彼が課した目標を終えるまで、自分はこの靴を脱ぐことができない。
この練習を麻真が指示したということは、この靴を履いている練習は確実に自分を速くしてくれるとメジロマックイーンは信じている。だからこそ、彼女は走りながら思っていた。
この靴を脱いた時――自分はどれほど変われるのか?
それが楽しみで仕方ない。麻真が課した目標を突破した時、その先にある“走り”がどうなるのか、メジロマックイーンは期待に胸を膨らませていた。
「――加速足りてねぇぞ‼︎ 全力で走れッ‼︎」
しかし突然、ゴールに向けて走っていたメジロマックイーンに麻真から珍しく罵声が発せられた。
最後の直線を走りながら、メジロマックイーンが麻真の声に肩を大きく動かす。
今まで罵声を出したことのなかった麻真の声に、メジロマックイーンが驚く。しかしその意識とは反対に、彼女の身体は麻真の声に反応していた。
既に全力で走っている筈だった。しかし麻真が加速が足りていないと言った以上、自分はまだ加速できることをメジロマックイーンは確信した。
身体を更に前傾姿勢に倒し、足の回転を早くする意識を強く持ち、そして地面を踏む足に先程よりも強く力を込める。
後は全てを出し切るつもりで、メジロマックイーンは駆けた。
「やあぁぁぁぁぁッ‼︎」
思わず、メジロマックイーンの口から声が漏れる。
最後の直線をメジロマックイーンが全力で駆け抜ける。
そしてゴールラインを超えて二千四百メートルを走り切ると、メジロマックイーンはその場で倒れるように横になっていた。
「はぁ……はぁ……! 疲れましたわ……っ!」
「全く……俺に言われてそれだけ走れるなら、最初から走っておけっての」
そんなメジロマックイーンに、麻真が倒れる彼女を見下ろすように立っていた。
呼吸がまだ整わないメジロマックイーンが思わず顔を顰める。彼女は呼吸を整えながら倒れた状態から上半身だけを上げると、彼女は麻真に口を尖らせていた。
「あれは貴方が大声を出すからですわ……それよりも、走ってる時に大きな声を出さないでもらえます? 驚いて転んだらどうするおつもりでしたの?」
「何言ってんだか……お前がそれくらいで転ぶわけないだろ。足でも引っ掛けられない限り、お前はもう転ばないから安心しろ」
ストップウォッチを見ながら、不満げなメジロマックイーンに麻真が淡々と答える。
しかし麻真から何気なく言われた内容に、メジロマックイーンは僅かに目を大きくしていた。
過去に麻真が言っていた。ちゃんとしたフォームで走れば、重い靴を履いていても転ぶことは決してないと。そして今、麻真は確かに言っていた。
――お前は、もう転ばないと
その言葉の意味を察して呆けるメジロマックイーンを他所に、麻真はストップウォッチを見ながら微笑んでいた。
そして麻真が納得したように頷くと、彼は座り込んでいたメジロマックイーンに「見てみろ」と言いながらストップウォッチを投げ渡していた。
「ですから物を投げて渡さないでくださいと何度言えば分かりますの?」
「はい、はい。分かりましたよ」
「貴方と言う人は……!」
相変わらず、目の前の男は学ばないらしい。メジロマックイーンが麻真のふわりと投げていたストップウォッチを両手で受け取りながら目を細める。
しかし麻真はメジロマックイーンの指摘を気にも止めずに笑みを浮かべるだけだった。
「ほら、早くタイム見てみろ」
「えっ……?」
そして麻真にそう促されて、メジロマックイーンが視線を手元のストップウォッチに向ける。
メジロマックイーンの持っているストップウォッチに記されたタイムは――三分二十九秒だった。
その記録を見た途端、メジロマックイーンは全身の鳥肌が立ったような感覚を覚えた。
ストップウォッチのタイムを見ていたメジロマックイーンの頭に、ふわりと何かが優しく置かれる。
メジロマックイーンが頭に感じた感覚に思わず上を向くと、麻真が笑いながら彼女の頭を撫でていた。
また乱雑に頭を撫でられるのかとメジロマックイーンが呆れそうになる。敏感な耳に手が触れられることを大抵のウマ娘は嫌がる。
しかし、麻真はメジロマックイーンが思っていたのと違う撫で方をしていた。
雑に頭を撫でられると思っていた。しかし麻真はメジロマックイーンの頭を、彼女が思っていたのと裏腹に優しく撫でていた。
敏感なウマ娘の耳に手が当たらないように、髪を乱さないようにそっと撫でる麻真の手つきは、どこか手馴れたような撫で方だった。
「その手つき……なんか撫でるの手馴れてません?」
「……何言ってんだか」
メジロマックイーンにそう言われて、麻真がつい彼女の頭から手を離そうと思いたくなる。しかしそれを悪手だと察した彼は、軽口を返しながらメジロマックイーンの頭を撫でていた。
しかしメジロマックイーンの口から出た次の言葉に、麻真は思わず彼女の頭から手を離していた。
「こうやって貴方は色んなウマ娘に手を出してたんですね」
「だからお前……人聞きの悪いことを口にするな」
メジロマックイーンの頭から手を離して、麻真が戯けるように肩を竦める。
顔を顰める麻真を見ながら、メジロマックイーンは撫でられた頭を自分の手でそっと撫でる。そして彼女は呆れたように溜息を漏らした。
「そんな風に撫でられるなら、初めならそうしてください」
「はいはい。そりゃ悪かった」
「ですから“はい”は一度だけでよろしいのが分からないんですの?」
何度も言っているのに、この男は学習しない。メジロマックイーンが何度も伝えているのに理解しようとしない麻真に呆れ返ってしまう。
だが麻真もメジロマックイーンに何度指摘されようとも、彼は変わらずあっけらかんとした態度を見せるだけだった。
不満げなメジロマックイーンが麻真にそっぽを向く。そんな彼女に、麻真はどこか優しげな表情を作っていた。しかし彼女には、麻真が見せるその表情が見えていなかった。
不満そうに不貞腐れるメジロマックイーンの頭を、麻真が軽くポンっと優しく叩く。そして彼は、優しい声色で彼女に告げていた。
「ともかく目標達成、おめでとう……合格だ。今回くらいは評価点◯をやっても良いぞ」
「あっ……」
そして麻真の言葉を聞いた瞬間、メジロマックイーンの肩から力が抜けた。
この一週間、麻真はメジロマックイーンを指摘することしかしなかった。彼が褒められたのは、彼女が目標を達成した時だけだった。
麻真が褒めたということは、間違いなく自分は最後の目標を達成することができたのだろう。そのことをメジロマックイーンは、遅れながらも理解した。
ようやく終われた。そのことを理解すると、メジロマックイーンは座ったまま全身の力を抜いていた。
「これで明日から、もうその靴を脱いでも良いぞ」
脱力するメジロマックイーンに苦笑しながら、麻真が彼女の靴を指差す。
メジロマックイーンは自分の靴を一瞥しながら、麻真の言葉に少しだけ不服そうな顔を作っていた。
「……今日からじゃありませんのね?」
メジロマックイーンがそう答えると、麻真は驚いたように眉を僅かに上げていた。
「二千四百メートルを全力で五本も走っておいて、まだ走る気かよ?」
「自慢じゃありませんが、体力には自信がありますわ」
「その台詞は俺にスタミナで一度でも勝ってから言える台詞だ」
麻真もメジロマックイーンの言いたいことを察していた。
特注の靴を脱いで走りたい。そんなメジロマックイーンの気持ちを麻真はなんとなく感じていた。
今まで強いられてきた練習から解放されて、ようやく本来の足で走れるのならすぐに走りたい。それは当然の反応だと麻真も理解できた。
本来なら長距離を五本も全力で走ったのだから、あまり無理をさせるつもりはなかった。しかしメジロマックイーンの気持ちを察して、麻真は少し悩んだ素振りを見せながら彼女に訊いていた。
「……足はまだ残ってるのか?」
その問いの意味をメジロマックイーンも察したのだろう。彼女は耳と尻尾をピンッと立てると大きく頷いていた。
「勿論です! あと二本くらいは全力で走れますわ!」
練習の時よりも元気が良い返事をしたメジロマックイーンに、麻真が引き攣った笑みを浮かべる。
そして麻真は「仕方ないやつだ……」と呟くと、コースの端に置いていた鞄を手に取るなり座っていたメジロマックイーンの前でしゃがみ込んでいた。
「動くなよ」
そう言って、麻真がメジロマックイーンの履いていた靴を脱がしていた。靴紐を解き、彼女の足から靴を脱がしていく。
重い靴が無くなったことで脱いだ瞬間に足に感じる解放感にメジロマックイーンが満足そうに頬を緩ませる。
そんなメジロマックイーンの表情を見ながら、麻真は座り込んでいた彼女の足首を触っていた。
「……変なことをしないでくださいね?」
「そんな馬鹿なことするか、マセガキが」
子供と麻真に暗に即答されて、メジロマックイーンが口を尖らせる。
しかし麻真はそう答えてから、メジロマックイーンの足首を両手で触ると丹念に確認していた。
何箇所か押し、そして足首を色々な方向に曲げたりなどして麻真が真剣な表情でメジロマックイーンの足を見つめる。
「どうだ? 痛くないか?」
「えぇ、なんともありませんわ」
「そうか……」
メジロマックイーンの足首に異常がないことを確認した後、麻真は今度は彼女のふくらはぎを触っていた。
そして今度は筋肉を少し触って、足首の時と同じように異常がないかメジロマックイーンに麻真が確認する。彼女が特に異常もないと答えると、麻真は納得したように頷いていた。
「なら良い。じゃあ一本だけ、走ってみろ」
麻真が持ってきていた鞄から靴を取り出す。それは一週間前までメジロマックイーンが履いていた蹄鉄靴だった。
メジロマックイーンの前に麻真が蹄鉄靴を置く。置かれた蹄鉄靴を見て、彼女は嬉しそうな表情を作りながら立ち上がっていた。
置かれた蹄鉄靴に、メジロマックイーンが足を入れる。そして靴紐を結ぶと、彼女はその場で数回跳んで靴の調子を確認していた。
「この蹄鉄の感触、とても久しぶりな気がしますわ」
足が軽い。まるで羽でも生えたかのような感覚だった。今まで両足にあった六十キロの蹄鉄靴から解放されて、元の蹄鉄靴が軽くて仕方なかった。
早く走りたい。そんな高揚感がメジロマックイーンに募っていた。
「麻真さん! 走りましょう! 早く!」
「まぁ、待て。たまには趣向を変えて、アイツでも使ってみるか」
急かすメジロマックイーンに、麻真が顎である方向を差す。
麻真に促された方向をメジロマックイーンが向くと、彼女は思い出したように「あっ……」と呟いていた。
「そう言えばいましたわね、テイオー」
「うぅぅ……良いなぁ……マックイーン」
コースの端に座らされていたトウカイテイオーを見て、メジロマックイーンはすっかり忘れていた。
今日もトウカイテイオーは麻真とメジロマックイーンの二人の練習に無理矢理参加していた。
しかし今日のトウカイテイオーは、練習場のコースの端で黙って二人の練習を見学していた。
頬を真っ赤にしている涙目のトウカイテイオーがメジロマックイーンを見つめる。
メジロマックイーンはトウカイテイオーの顔を見つめて、彼女の赤く染まる頬を見ながら麻真に話し掛けていた。
「あそこまでやる必要、ありました?」
「むしろ五日くらい我慢した俺を褒めてほしいところだ」
麻真が鼻で笑いながら、メジロマックイーンに答える。
トウカイテイオーが麻真に付き纏って五日経ち、遂に麻真の堪忍袋の尾が切れてしまっただけだった。
麻真が鬱陶しいとトウカイテイオーに何度言っても、相変わらず彼女は聞く耳を持たなかった。
そして遂に麻真が怒って、トウカイテイオーの両頬を思い切り抓って彼女を黙らせていた。
そして一通り麻真に怒られたトウカイテイオーは、それでも諦めずコースの端で体育座りをしたまま二人の練習を羨ましそうな表情で見つめていた。
「俺にあれだけ怒られてまだあそこにいるんだ。アイツ、多分バカだろ?」
「……それは否定しませんわ」
メジロマックイーンから見て、トウカイテイオーは良い意味で年相応の子供だと認識していた。
しかしだからと言ってバカだと言えるほど、メジロマックイーンも人を貶すようなことを言うつもりもなかった。
「良い加減、アイツをなんとかしないと思ってたからな」
「どうされるんですの?」
「考えはある。だが、それはお前の答え方次第だ」
麻真の言葉に、メジロマックイーンが首を傾げる。
麻真がトウカイテイオーを一瞥して、メジロマックイーンの方を向く。そして顎でトウカイテイオーを差すと、麻真はメジロマックイーンに訊いていた。
「お前にとって、あのガキンチョはどういう奴だ?」
「それは、どう言う意味です?」
「言葉通り。どうでも良い奴か、それともそれ以上の奴か」
その質問に、メジロマックイーンが口を噤む。
メジロマックイーンにとって、トウカイテイオーがどんな存在か。それは彼女自身も明確な答えがなかったからだった。
入学から、練習場でよく見かける生徒。学園内では入学した生徒の中ではとても速いウマ娘の一人と言われている。
よく目に止まりやすい生徒だった。トウカイテイオーが夜遅くまで練習していると、自分も彼女が練習をやめるまで練習をしていたことも多かった。
トウカイテイオーに負けたくない。そんな気持ちを、いつの間にかメジロマックイーンは持っていた。本人すらその理由を理解できずに、どうしてか負けたくないという気持ちが芽生えていた。
それを麻真にどう伝えるか悩むメジロマックイーンだったが、彼女は少し間を開けると――ポツリと答えていた。
「……負けたくないウマ娘。それだけですわ」
メジロマックイーンの答えに、麻真は素っ気なく「そうか……」と反応するだけだった。
だが、麻真は気づいていた。メジロマックイーンにとって、トウカイテイオーがどういう存在なのかを。
しかし本人すら理解できない感情を、麻真はメジロマックイーンに伝えるつもりはなかった。だからこそ、彼はメジロマックイーンに淡白に答えることを選んでいた。
それはメジロマックイーンにとって、良い傾向となる。それを麻真は察知していた。追い返すつもりだったトウカイテイオーというウマ娘を、メジロマックイーンを前に進ませる為に“使う”ことを麻真は選ぶことにした。
「なら、まぁ良いか」
そう呟いて、麻真がトウカイテイオーのところへ歩いていく。
そして麻真が体育座りするトウカイテイオーの前に立つと、彼女を見下ろしたまま告げていた。
「おい、ガキンチョ。良い加減、お前が付き纏ってくるのも鬱陶しくなってきた。だから譲歩して、俺から提案してやる」
そう言われて、涙目のトウカイテイオーが麻真を見上げる。
トウカイテイオーに見つめられながら、麻真が背後のコースを親指で差す。
そして次に言われた言葉に、トウカイテイオーは目を大きくしていた。
「ここで今、マックイーンとレースしろ。もしお前が二千四百メートルのレースでマックイーンを抜けたら、一日だけ俺はお前の走りを見てやる。でも抜けなかったら、大人しく帰れ」
麻真の提案に、メジロマックイーンも目を大きくした。
まさかそんな提案を麻真がするとは思わず、メジロマックイーンが咄嗟に彼の提案を止めようとする。
しかしそれよりも先に、トウカイテイオーが反応していた。
「本当っ⁉︎ ボクがマックイーンに勝ったらボクの走り見てくれるの⁉︎」
「あぁ、お前がマックイーンに勝てたならだけどな」
「後から嘘って言ってもダメだよ‼︎ ボクが勝ったら、絶対にボクの走りを見てね‼︎」
「勝ったらちゃんと見てやる。勝ったらな」
トウカイテイオーが麻真と約束を取り付けたのを見せつけられて、メジロマックイーンが顔を引き攣らせた。
麻真を止めたい衝動に駆られるが、それはメジロマックイーンのプライドが許さなかった。
二人の約束を止めされるということは、自分はトウカイテイオーに勝てる自信がないと言っているのと同じである。それはメジロマックイーンの自尊心が許さなかった。
誰にも負けない最強のウマ娘になることを目標にしてある自分が、シンボリルドルフのようなウマ娘ではなく自分と同じジュニアクラスのトウカイテイオーに負けるなどあってはならない。
故に、メジロマックイーンには二人を止めることは憚られた。
「マックイーン! ボクと勝負だよ! 絶対に負けないからね!」
そんなメジロマックイーンの気持ちも知らず、トウカイテイオーが誇らしげに宣戦布告をしてくる。
拙い。まさか軽々しく走ると言って、こんな話になるなどメジロマックイーンは想像すらしていなかった。
話をややこしくした麻真に、堪らずメジロマックイーンが睨むように見つめる。
しかしメジロマックイーンに睨まれても、麻真は彼女の目を見ながら平然とした顔をしていた。
「麻真さん……っ! 貴方という人は……本当にっ!」
やる気を見せるトウカイテイオーの後ろで、麻真が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
絶対に、今度こそ、あの男の頭をかち割る必要があるらしい。
メジロマックイーンはそう思いながら、気がつくと麻真の元へ走り出していた。
読了、お疲れ様です。
はてさて、メイクデビュー戦前に一戦起きることになりました。
メジロマックイーンの練習、目標達成。
そしてメジロマックイーンに襲う、大きな課題。
そんな話でした。
メジロマックイーンのピースを集める為に、今日も私はレジェンドレースへ向かっていきます。
では、また次回でお会いしましょう。それではっ!