走るその先に、見える世界   作:ひさっち

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11. 貴顕の使命を果たすべく

 

 

 

 最後の直線を、トウカイテイオーが駆ける。

 第三コーナーから全力で仕掛けるというトウカイテイオーの選ぶはずのない選択のしわ寄せが、彼女の身体を蝕んでいた。

 呼吸が辛い、足が重い、意識が朦朧をしてくる。しかしトウカイテイオーは走るのを止めなかった。

 

 

 

(キィッツッ――――‼)

 

 

 

 身体の限界が明らかに迫っていることを、トウカイテイオーは察していた。

 これまでのレースで、トウカイテイオーは身体をこれほどまで酷使したことはなかった。本来なら、もう足を止めていてもおかしくはない疲労感だった。

 

 

 

(ぜったいに! 足は止めないッ!)

 

 

 

 しかしトウカイテイオーは、どれだけ辛くとも足だけは止めるわけにはいかなかった。

 まだメジロマックイーンより、前をリードしている。この位置を維持し続ければ、自分は勝つことができる。それだけを心の支えにして、彼女は身体を更に酷使した。

 

 

 

(あの人にボクも教わって! カイチョーみたいになるんだからッ‼)

 

 

 

 ゴールに立つ麻真を見つめて、トウカイテイオーが内心で叫ぶ。もう呼吸と身体を動かす以外の感覚を、彼女は無意識に排除していた。辛さや疲労感など、どうでも良いと捨て去った。

 

 北野麻真という人間がトレセン学園に戻って来たという噂を聞いた時、トウカイテイオーは正直なところ興味がなかった。ただ有名なトレーナーが来たくらいにしか思っていなかった。

 

 しかし噂の北野麻真がシンボリルドルフのトレーナーだったと知り、色々な話を聞いていくにつれて、トウカイテイオーは無意識に彼への興味が湧いていた。

 そしてメジロマックイーンのトレーナーということも知り、自身の目で北野麻真の走りをトウカイテイオーが見たのをキッカケに、彼女は決心していた。

 

 

 

 この人に、自分も教わりたいと。

 

 

 

 憧れるシンボリルドルフの元トレーナーで、シンボリルドルフを三冠ウマ娘までに育てあげた実績を持ち、そして誰よりも走るのが上手い北野麻真に、自分も教わりたいとトウカイテイオーは思ってしまった。

 メジロマックイーンの練習を勝手に見ていくにつれて、トウカイテイオーのその気持ちは強くなっていた。

 綺麗な走りをする人間。自分が憧れるシンボリルドルフよりも更に綺麗な走りをトウカイテイオーは見たことがなかった。全てがウマ娘の理想と言える、そんな走りだった。

 北野麻真がウマ娘と同等に走れることに疑問を抱くことはあったが、それは些細なことだとトウカイテイオーも思っていた。ただ、この人は自分を誰よりも強くしてくれる。その確信が彼女にはあった。

 あんな風に走ってみたい。速く、そして綺麗に、見ている人が感動するような走りを、自分もしてみたい。そんな気持ちが、トウカイテイオーに芽生えていた。

 

 

 

(勝つッ! ぜったいに勝つッ! マックイーンに勝ってやるッ‼)

 

 

 

 それが手に届く。あと少しの距離まで、手が届いてる。麻真の元に、メジロマックイーンよりも先に辿り着けば、それが手に入る。

 

 

 

「――マックイーンッッッ‼」

 

 

 

 それがトウカイテイオーの決死の咆哮だった。

 前傾姿勢の身体を更に前に倒して、トウカイテイオーは地面を強く踏み締めた。

 そして無意識に、トウカイテイオーは記憶の中の“あの走り”を真似ていた。

 その記憶は、北野麻真とシンボリルドルフのレース。北野麻真が見せた可動域限界までの前傾姿勢を維持して走る姿を。

 自分の身体の可動域を限界まで使った前傾姿勢のまま、足を最大限に酷使する。太腿、ふくらはぎが限界と悲鳴をあげているが、それすらトウカイテイオーには聞こえていなかった。

 限界まで前傾に身体を倒して、足を踏み締める。力を込めるとふくらはぎに鋭い痛みが走ったが、それでもトウカイテイオーは強く地面を蹴り出した。

 その行為の結果。それは明らかに――トウカイテイオーが無意識で限界を超えた加速をした瞬間だった。

 

 

 

 

(落ちないッ⁉ 速度が落ちてないですわッ⁉)

 

 

 

 

 前方を走るトウカイテイオーを追い掛けながら、メジロマックイーンが驚愕する。

 トウカイテイオーとメジロマックイーンの距離は三バ身から二バ身に縮んだ。しかし、それ以上の距離が縮まなかった。

 前を走るトウカイテイオーの横顔がメジロマックイーンから見える。必死に前だけを見据える鋭い表情で、トウカイテイオーがゴールへと駆けている。

 トウカイテイオーは、既に限界である。それはメジロマックイーンから見ても、一目瞭然だった。

 本来、トウカイテイオーはレース終盤で速度を落とすことはあり得ない。それは今まで彼女のレース、及び彼女の走りを見てきたメジロマックイーンだからこそ分かることだった。

 第三コーナーから仕掛けて、トウカイテイオーは体力を使い果たしている。その証明が、第四コーナー以降からの減速だった。故に、彼女には既に残しているスタミナなどあるわけがない。

 最後の意地で、トウカイテイオーが今まで見せたことのない根性だけで走っている。それをメジロマックイーンは痛感した。

 負けたくない。そのトウカイテイオーの意思が嫌でも分かるほど、メジロマックイーンの目に彼女の走りが鮮烈に映っていた。

 

 

 

(貴女はそこまでして麻真さんに――ッ‼)

 

 

 

 鬼気迫るトウカイテイオーの表情に、メジロマックイーンが全身の鳥肌を立てる。

 まるで減速していない。それどころか更に身体を前傾に倒して、加速すら試みている。

 

 

――まさか、自分が負ける?

 

 

 その思考がメジロマックイーンの脳裏を過ぎったが、すぐに彼女は一蹴した。

 トウカイテイオーが北野麻真に教わりたい。彼女の意思は、メジロマックイーンも痛感した。

 その気持ちはメジロマックイーンも理解できた。自分もトウカイテイオーと立場が同じなら、同じことをしている自信があった。

 

 

 

(負けたくないのは――私もですのッ‼)

 

 

 

 故に、だからこそ、メジロマックイーンは負けるわけにはいかなかった。

 北野麻真に教わっている自分が、教わっていないトウカイテイオーに負けるなど――あってはならない。

 そして自分の悲願を果たすために、最強のウマ娘を体現するために、負けることなど許される訳がない。

 

 

 

(私は、まだ走れます! 諦めませんわッ!)

 

 

 

 体力はある。足も生きている。走る意思も、折れていない。それならば、メジロマックイーンができることはひとつしかない。

 

 自身の身体を最大限に使った走りを、あの人に見せるだけ。

 

 そしてメジロマックイーンも、無意識に思い出した。先日の麻真との練習で、彼が珍しく罵声をあげたことを。

 

 

 

『――加速足りてねぇぞ‼︎ 全力で走れッ‼︎』

 

 

 

 ゴールまで、残り二百メートル。最後の全力をメジロマックイーンは行った。

 加速が足りていなければ、更に限界まで身体を酷使するだけ。加速が足りないと思っているのは、自分の意思がそうさせているだけなのだから。

 麻真が言っていたように、彼が自分の走りが足りていないと言うのなら、それは自分がまだ全力を出し切れていないということ。

 身体を更に前傾姿勢へと倒し、足の回転を早くする意識を強く持ち、そして地面を踏む足へ更に強く力を込める。

 自分の全てを出し切る。自分に挑む最大敵となるウマ娘に向けて、自分ができることを吐き出す。

 最強のウマ娘になる自分の目標の為に、栄誉たる盾を独占するメジロ家の宿願の為に――自分は強敵と言えるウマ娘に勝つ。

 

 

 

「――テイオーッッッ‼」

 

 

 

 自身の決意の為――貴顕の使命を果たすべく。メジロマックイーンは全力を以て、トウカイテイオーを差す。それだけを考えて、彼女は全てを吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……誤算だったな」

 

 

 

 トウカイテイオーの走りを見て、麻真が感嘆の声を漏らした。

 麻真の知っていたトウカイテイオーの走りが、最後の最後で変化した。

 最後に変化したトウカイテイオーの走りを、麻真が苦笑いしながら見届ける。

 自分の足を自壊させる走りなのは変わらないが、トウカイテイオーが最後に見せている走りを麻真は知らない訳がない。

 その走りは僅かしか似てないが、それは紛れもなく麻真がシンボリルドルフとのレースで見せた加速のフォームなのだから。

 

 

 

「トウカイテイオーには感謝してやるか。ここで俺の心配だったマックイーンの心が育つなんて……少しくらいは、アイツに報いても良いかもしれないな」

 

 

 

 そしてトウカイテイオーを追う為に、メジロマックイーンの最後の全力疾走を見て、麻真は笑っていた。

 自分自身だけでは決して辿り着けない。他者との競争の中でしか至れないとされるウマ娘の全力の境地の一端に、メジロマックイーンが僅かに至ったことを麻真は察していた。

 

 

 

「俺が前に発破掛けた時に一瞬見えたが、少しまた良くなって来てる」

 

 

 

 今まで見たことのない綺麗なフォームで走るメジロマックイーンを見て、麻真は感心していた。

 先程まで無意識に出ていたメジロマックイーンの走る様々な癖が、麻真から見る限り“今だけ”殆ど無くなっている。

 自分が全てを出し切ると心の底から決め、相手に勝ちたいという意思だけで走る先に訪れる境地に、メジロマックイーンは僅かに触れている。

 メジロマックイーンが今後、それを意識的に行うのは現時点では不可能だろう。彼女が自身の最高の形を出せる結果を生んだのは、間違いなくトウカイテイオーの存在があったからだ。

 

 

 

「自分が負けたくないなんて思える奴なんて……そんなのライバルだけだ。マックイーン」

 

 

 

 そんな存在をライバルと呼ばずに、なんと呼ぶのだろうか。

 

 

 

「トウカイテイオーが強くなれば、その分だけマックイーンも強くなるか……ほんの少しだけ、考えるのも悪くなさそうだ」

 

 

 

 そのメジロマックイーンの走りを見て、麻真は楽しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残り二百メートルを切って、二人の距離は僅かに変化した。

 先頭を走るトウカイテイオーに、メジロマックイーンが少しずつ迫っていた。

 二バ身から一バ身半、そして百五十メートルの時点で一馬身まで縮まった。

 

 

 

「はぁぁぁぁっっッ‼」

 

 

 

 メジロマックイーンが無意識に咆哮をあげた。彼女を知る者にはあり得ないとされる叫び声をあげて、最後の根性でゴールを目指す。

 残り、百メートル。二人の距離は、遂に半バ身まで縮まった。

 トウカイテイオーが視界の隅に微かに見えたメジロマックイーンの姿に瞠目する。だが、彼女もここで折れるわけにはいかなかった。

 

 

 

「あぁぁぁぁっっッ‼」

 

 

 

 トウカイテイオーが最後の咆哮を発する。身体の限界を超えても、自身を鼓舞するように叫びながら走った。

 残り、五十メートル。メジロマックイーンがトウカイテイオーに並んだ。

 

 しかしもうここに至って、二人は相手のことを見ていなかった。いや、見えなかったというのが正しい。

 

 自分の全力を以て、先にゴールする。その意思だけで、使い果たした身体を更に使い切ろうと、根性だけで二人は足を動かす。

 必死の表情で走る二人を、麻真が真剣な表情で見届ける。

 そして二人が全力を出し切って――麻真の前を駆け抜けた。

 

 

 

「ゴール、二人とも良い走りだった」

 

 

 

 目の前を走り抜けた二人に、麻真が忖度のない言葉を告げる。

 そして、麻真の目はしっかりとゴールの瞬間を見届けていた。

 映像判定が必要な程の僅差だと、ゴールする瞬間まで麻真は思っていたが――ゴールの瞬間、レースの結果は明白だった。

 麻真は、はっきりと見ていた。それは、遠くで見ていたシンボリルドルフ達も分かる範疇だと。

 

 

 

「マックイーン。やればできるじゃないか」

 

 

 

 ゴールして、少し先の芝生でトウカイテイオーとメジロマックイーンが揃って倒れているのを、麻真が笑みを浮かべて見届ける。

 ゴールの瞬間、麻真がはっきりと見たのは――メジロマックイーンが頭ひとつ分だけ、トウカイテイオーより先にゴールを走っている姿だった。




読了、お疲れ様です。

今回で、レース決着です。
圧倒的な勝敗にならなかったのは、このレースでトウカイテイオーも成長したのだと思ってください。

今回はトウカイテイオーとメジロマックイーンがこのレースで互いに一歩前に進む勝負、そんな話でした。
トウカイテイオーは無意識に麻真の真似をして走りの根本的な大切な点に触れ、意地と根性だけである意味では成長しました。ジュニア級では、この状態の彼女に一人を除いて勝てるウマ娘はいないでしょう。
メジロマックイーンはこのトウカイテイオーとの勝負を経て、至りました。麻真も予想外だった変化ですね。
固有スキルの発現です。そして少しだけ、とある可能性を提示しています。
※シンデレラグレイを読んでる方なら、きっと分かるかと思います。ヒントは白い稲妻と伝えておきます

あと一話か二話で、Chapter4を終えるつもりです。
それでは、次回でまたお会いしましょう。

感想、評価、批評はお気軽に。
頂ければ、作者はまた頑張れます。
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