走るその先に、見える世界   作:ひさっち

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13.ボクだけの実力で

 

 

 

 

 

 トウカイテイオーとメジロマックイーンの勝負をコースの外側で見届けていた東条ハナは眉を寄せながら、静かに震えていた。

 

 

 

「……来年からは、荒れそうだ」

「ええ、間違いなく」

 

 

 

 思わず頭を抱えて呟いたハナに、シンボリルドルフが頷く。

 ハナは小さな溜息を吐くと、持っていたタブレット端末を手慣れた手つきで操作していた。

 ハナが持つタブレット端末の画面に映るのは、過去に行われた新入生レースなどから彼女が個人的に集めたトウカイテイオーとメジロマックイーンの能力データだった。

 タブレット端末の画面上に記載されていた二人の能力データを、ハナが指を走らせて書き換えていく。そのデータの能力内容は大きく上方修正され、画面に映る注意事項の欄には“要注意”と打ち込みを行っていた。

 

 

 

「……このレースを見る限り、トウカイテイオーの今後の成長が恐ろしいな。北野が言っていた足の不安があるが、それでも来年から彼女がトゥインクル・シリーズで頭角を現すのは間違いないだろう」

「テイオーは私から見ても速いウマ娘です。あの子なら、問題なく練習を積めば強くなります。トレーナーの言う通り、来年のシリーズは荒れるでしょうね」

 

 

 

 彼女の足に何も起きなければ――そう最後に呟いたシンボリルドルフの返事を聞いて、ハナが先程のレースを脳内で思い返す。

 トウカイテイオーはハナから見て、レースが始まるまでは概ねデータ通りの能力のウマ娘と思っていた。

 瞬発力に優れた筋肉と柔軟性のある足から生み出される加速力を持ち味にしたウマ娘。それに加えて全ての能力が、新入生のウマ娘の中でトップクラスの実力を持っている。そしてレースセンスもズバ抜けて高いことも評価できる点だとハナは判断していた。

 今回のレースで第三コーナーに入った瞬間から仕掛けるという博打行為をしたのにも関わらず、最後の直線を速度を落とさずに、むしろ加速して走り切れた身体能力と根性も大きな加点となるだろう。

 それを考えば、トウカイテイオーというウマ娘がトゥインクル・シリーズで世間に名を広めることになるのも不自然ではない。むしろ当然のことだと、ハナには思えた。

 それだけなら、まだ良かった。しかし今回のレースの終盤を見て、ハナはトウカイテイオーの認識を改めなければならないと実感していた。

 

 

 

「……だろうな。だがよりにもよって、まさかトウカイテイオーが最後にアイツの走り方をするとは……おそらく見様見真似だとは思うが、それでもあそこから更に加速力が上がったのは私も予想外だった」

「あの状況なら、私もテイオーが意図して行ったとは思えませんよ。きっと無意識でしょう。テイオーは麻真さんに一度も教わったことはありません。しかし見ただけの走りを、完成度は低いとはいえ真似して走れるのは流石だと思います」

「お前もそう思うか……?」

「えぇ、普通はしませんから」

「……それはお前が言える台詞じゃないぞ」

 

 

 

 苦笑いするハナに、シンボリルドルフは戯けるように肩を竦めた。

 ハナにとって、レース終盤にトウカイテイオーの変化した“走り方”が問題だった。彼女も、トウカイテイオーが最後に見せた走り方を知らないわけがなかった。

 それは北野麻真が過去にシンボリルドルフとレースで走った時に見せた走り方だった。ハナには見た目だけの判断しかできず、細かい技術面を見ただけで全てを把握することはできなかったが、それでも察することはできた。

 ここでハナの問題だと思った要因は、トウカイテイオーが“走りながらフォームを無理矢理変えた”ことだった。おそらく本人すら理解していない無意識の中で行われたことだろうと彼女は推察する。

 全速で走りながら走るフォームを変えるなど、本来なら決してあり得ない行動だった。普通のウマ娘が同じ行為をすれば、間違いなく身体のバランスを崩し、転倒して大怪我をしてしまう。

 足の怪我はウマ娘にとって、走ることを失う可能性を伴う“死”を連想させるモノである。そのリスクを背負ってまで、走りながらフォームを変えるようなウマ娘などいるわけがない。

 しかしそんな無謀な行為を、トウカイテイオーは押し通した。身体の可動域を全て使い、身体を酷使する北野麻真の走りを彼女が最後の土壇場で見せた。

 意識があろうと、無意識だろうと関係ない。それができたのは、紛れもなく天性の才能だろう。トウカイテイオーの備え持った“走る”才能が、その無謀を許し、彼女に最後の加速を与えた。

 その結果、あのメジロマックイーンに“頭一つ差”という僅差で敗北していた。

 側から見れば、二人は良い勝負をした。そう見えるレースだっただろう。

 しかしハナとシンボリルドルフは、決してそう思ってはいなかった。

 

 

 

「正直なところ、ルドルフには申し訳ないが……私はトウカイテイオーがあそこまでメジロマックイーンに戦えるとは思ってなかった」

 

 

 

 仰向けに倒れ、嗚咽を漏らすトウカイテイオーを眺めながら、ハナはシンボリルドルフにそう告げていた。

 シンボリルドルフも腕で顔を隠して泣いているトウカイテイオーを見つめながら、僅かに目を伏せた。

 

 

 

「いえ……私も同じ意見でした」

「……流石にお前も、北野が育ててるメジロマックイーンには勝てないと判断したか?」

「麻真さんの手腕を知る者なら、それは当たり前です。しかし私も僅かな可能性に賭けて、テイオーに助言しました。麻真さんのあの話が本当なら、いつか足が壊れると分かっているテイオーを放っておけませんから」

「お前ならそう思うだろうな」

「えぇ、ですが……それでもテイオーがメジロマックイーンに勝つ見込みは限りなく薄いと思ったましたので……私も、この結果には正直驚いてます」

 

 

 

 シンボリルドルフの話に、ハナは素直に頷いていた。

 実際のところ、ハナはメジロマックイーンを頭一つ差まで追い詰めたトウカイテイオーを素直に評価していた。

 まだトレーナーと契約していないウマ娘でありながら、あのメジロマックイーンと真っ当に戦うことのできたトウカイテイオーの能力を見て、ハナは彼女の評価を改めざるを得なかった。

 今後のトウカイテイオーの成長が恐ろしいと感じながら、ハナが小さく肩を落とす。そして彼女は徐に視線を動かして、メジロマックイーンに目を向けた。

 心底不満そうな顔で麻真に頭を撫でられているメジロマックイーンを、ハナが見つめていた。

 

 

 

「メジロマックイーンか……改めて思うが“アレ”はまずいな。北野が見ているから“ある程度”は予想はしているつもりだったが、あんな走りをするウマ娘が入学して間もないジュニア級のウマ娘だと思うトレーナーなんて、まずいないだろう」

 

 

 

 メジロマックイーンの先程の走りを思い出して、ハナは内心で震えるしかなかった。

 北野麻真が育てているウマ娘。そしてメジロ家の長距離レースのステイヤーとして天皇賞連覇を目指すことを公言しているウマ娘――メジロマックイーン。

 そのメジロマックイーンが予想以上に成長していることが、ハナには問題だった。

 事前に調べていたハナのデータよりも、メジロマックイーンの現在の能力が信じられないほど上がっている。最早、先程のレースを見て、彼女がジュニア級の新入生とすら思えない程の走りだった。

 

 ハナから見て、先程のメジロマックイーンの走り方はとても綺麗なフォームだった。一見して、無駄のないフォームとすら思う。

 しかしハナは知っていた。自分が綺麗と判断しても、麻真はそのように思っていないことを。今以上の完成度を彼が見据えていることを理解していたからこそ、ハナは恐ろしいと感じていた。

 現状よりも先の走りがメジロマックイーンにある可能性があると思うと、今後の敵として考えれば、これほど恐ろしいと思うことはないだろう。

 

 北野麻真が育てるウマ娘は、彼の手によってその能力が大きく上げられることはハナも十分に理解していた。

 シンボリルドルフ、エアグルーヴ、タイキシャトルなど現在では名を知らぬ者がいない名ウマ娘を育てた過去の実績から、麻真のトレーナーとしての能力の高さは、トレセン学園のトレーナーの中では畏怖の対象とすら思われている。

 麻真の育てたウマ娘のほぼ全てが、トゥインクル・シリーズの最前線で活躍できる能力を身につけているのである。そんなウマ娘を育てる北野麻真を警戒しないトレーナーなどいる訳がない。麻真と交友のあるハナも、彼の育成能力は内心では認めているくらいである。

 

 

 

「間違いなく、あれは来年のクラシックから文字通りの怪物になる。あの時のお前のように」

 

 

 

 そしてハッキリと、ハナは確信した。メジロマックイーンが異常であると。

 だが元々、メジロマックイーンに才能があったのは間違いない。後に天才と言われる天性の才能を彼女は備えていた。それを麻真があまりにも異常な速度で開花させている。

 

 

 

「当たり前です。あの麻真さんが見てるんです。そんなこと……分かりきってます」

 

 

 

 それをシンボリルドルフも察していたのだろう。麻真に不貞腐れた表情を見せているメジロマックイーンを見ながら、彼女は肩を落とした。

 そしてメジロマックイーン本人も、まだその異常に気づいていないことをシンボリルドルフは理解していた。

 それもそのはず――“その感覚”はシンボリルドルフ本人も一度経験していたのだから。

 

 

 

「きっと今週末のメイクデビュー戦で、メジロマックイーンは気付きます。周りのウマ娘達と自分の違いに、そして自分が異常であることを」

「その強さにメジロマックイーンが胡座をかいて、成長が止まってくれたら助かるんだがな」

 

 

 

 来年以降のことを考えたのか、ハナが苦笑しながら愚痴をこぼす。

 しかしシンボリルドルフはそんなハナに朗らかに笑みを浮かべていた。

 

 

 

「それは無理でしょう。メジロマックイーン本人にも確固たる目標がある故に、向上心が特に強いと見えます。また麻真さんもやる気のあるウマ娘には人一倍厳しくしますから、彼女の成長が止まるとは思えません……何か間違えて仲違いでもすれば別ですが」

 

 

 

 今の麻真とメジロマックイーンを見て、それはあり得ないだろうと察してシンボリルドルフが苦笑する。

 メジロマックイーンも理解している。北野麻真が導く道に間違いがないことを。それは自分の走りが変わり、自分が強くなっていると実感していくにつれて、顕著になる。

 そしてその実感は、無意識に形を変えて信頼となる。決して、間違いではない。その気持ちを自身でも過去に感じていたからこそ、シンボリルドルフは確信していた。

 今後、メジロマックイーンと北野麻真が仲違いすることなどある訳がないと。

 

 

 

「仲違い、か……」

 

 

 

 シンボリルドルフの話を聞いて、ハナが考える仕草を見える。そうしてすぐ、彼女はふと何かを思い出したように眉を動かした。

 

 

 

「確か……お前、一度だけアイツと喧嘩したことあったな?」

「ッ……⁉︎」

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、シンボリルドルフは反射的に顔を引き攣らせていた。

 半目でシンボリルドルフがハナを見つめる。心なしか不快な表情を見せつつも、どこか恥ずかしげに彼女は頬を赤らめていた。

 

 

 

「……その話はやめてください。私も、あの頃はまだ幼かったんです。あの人の教えが素晴らしいと知っていても、幼かった故に一度だけ反発してしまったことは今でも恥じてるんですから」

「あの時のお前は見てて面白かったぞ。私も、お前もちゃんと歳相応の小娘なのだと実感した良い機会だったからな」

 

 

 

 そう言って顔を思い切り顰めるシンボリルドルフを見て、ハナが楽しげに頬を緩める。

 そんなハナに揶揄われていると感じたシンボリルドルフは深い溜息を吐いて、この話は終わりだと言いたげに足を動かしていた。

 

 

 

「もう良いでしょう……私はテイオーのところへ行ってきます」

 

 

 

 歩き出すシンボリルドルフの背中を見て、ハナは彼女が逃げたと察してくつくつと笑う。

 しかしそれ以上のことを追求するつもりもなかったハナは笑い終えると、頷いてシンボリルドルフに答えていた。

 

 

 

「あぁ、私も北野と軽く話してから戻る。お前はもう上がってテイオーのことを見てやれ」

「言われずとも、そうするつもりです」

 

 

 

 ハナにそう告げて、シンボリルドルフが視線の先で泣くテイオーに歩を進める。

 しかしふと、シンボリルドルフは視線をメジロマックイーンに向けていた。

 不満そうに麻真を睨みつけているところを見る限り、彼が何かメジロマックイーンの行動を制限することを告げたのだろうとシンボリルドルフが察する。

 こうして見れば、メジロマックイーンも中等部の幼い生徒にしか見えなかった。

 

 しかしシンボリルドルフは、先程のレースで気づいていた。

 

 レース終盤。最後の直線で、メジロマックイーンが一瞬だけ見せた威圧感。外から見ていたシンボリルドルフにも、十分に伝わるほどの走りを。

 それをシンボリルドルフは知らないわけがなかった。幾重にも多くの強豪のウマ娘と競い合ってきた彼女だからこそ、わかることがあった。

 メジロマックイーンが自覚すらしていない垣間見えた境地。その世界に、手を伸ばしたことを――シンボリルドルフは気づいていた。

 

 

 

「……君がこちら側に“至る”のは、早そうだ」

 

 

 

 シンボリルドルフが小さな声で、そう呟く。

 その言葉の意味を知るのは、限られたウマ娘だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイオー、よく頑張ったな」

 

 

 

 感情を押し殺しても、我慢できない涙と嗚咽を漏らしていたトウカイテイオーにシンボリルドルフが声を掛けた。

 シンボリルドルフが倒れるトウカイテイオーに寄り添うように片膝を地面につける。

 トウカイテイオーは近くにシンボリルドルフが来たことを察して、目を覆っていた腕で目元を勢いよく涙を拭いながら彼女へ目を向けていた。

 どうにか身体を起き上がらせようと試みるが、やはり身体が思うように動かず、トウカイテイオーは諦めて倒れたままシンボリルドルフを見上げていた。

 

 

 

「カイチョー……ボク、負けちゃった」

 

 

 

 泣き腫らした赤い目で、トウカイテイオーがそう告げる。

 シンボリルドルフはそんなトウカイテイオーの顔を見つめながら、小さく頷いていた。

 

 

 

「ちゃんと見ていたよ。確かに負けたが、君は誇って良い。麻真さんが育てているメジロマックイーンを僅差まで追い詰めたのは、紛れもなく君の実力だ」

 

 

 

 心からの本心を、シンボリルドルフが告げる。

 しかし負けたことには変わりない。シンボリルドルフの言葉でそれを再確認して、トウカイテイオーは悔しそうに顔を歪めていた。

 

 

 

「あと少し……あとほんの少しでボク、勝てたんだ」

 

 

 

 小さな声で、トウカイテイオーが呟く。

 記憶があやふやで覚えていないが、頭一つ差で負けたという事実を頼りに、トウカイテイオーが歯を噛み締めた。

 

 

 

「あぁ、もう少しだった」

 

 

 

 悔しさの滲み出るトウカイテイオーの表情を見ながら、シンボリルドルフは頷いた。それは彼女に対する忖度もない、紛れもない事実だったのだから。

 あと少しで、勝てた。しかし僅かな差が、遠かった。その悔しさをトウカイテイオーが噛み締めながら、彼女は空を見上げていた。

 顔を歪めるトウカイテイオーを見つめながら、シンボリルドルフが目を伏せる。しかし僅かな間を空けて、彼女は口を開いた。

 

 

 

「私の最後の助言……テイオーは使わなかったんだな」

「…………」

 

 

 

 シンボリルドルフの言葉を聞いた瞬間、トウカイテイオーは彼女を見つめて口を噤んでいた。

 向けられるシンボリルドルフの視線から、逃げるようにトウカイテイオーが目を逸らす。

 

 

 

「……ラストスパートからあんまり覚えてないけど、これだけはハッキリ言える。ボクは、カイチョーから言われた最後のことはしてないよ」

 

 

 

 しかしシンボリルドルフが静かに自分の返答を待ち続けるのを察したのか、トウカイテイオーは眉を寄せながら答えていた。

 

 

 

「きっとあの時、ボクが勝つ為ならカイチョーの言われたことをすれば勝てたかもしれない。だけど……ボクにはできなかった。ううん……やろうとすら思わなかった」

 

 

 

 トウカイテイオーはシンボリルドルフの方に視線を向けることもなく、ただ空を見上げて答える。

 そしてトウカイテイオーは深く深呼吸を一度だけして、口を開いた。

 

 

 

「――マックイーンの進路を塞ぐのは、ボクにはできないよ」

 

 

 

 それが、シンボリルドルフがトウカイテイオーに告げた最後の助言だった。

 トウカイテイオーがシンボリルドルフからレース前に伝えられた三つの助言の中で、最後のひとつ。

 

 レース終盤で、メジロマックイーンが抜けないように彼女の進路を塞ぐ。それがシンボリルドルフがトウカイテイオーに告げた最後のメジロマックイーンに勝つ為の手段だった。

 

 その行為がレースに於いて、何を意味するのかなどトウカイテイオーも知らない訳がない。

 レース中の進路妨害は、反則行為とされている。意図して行ったと判断される走行をした場合、失格や降順などの重い処分となる禁止行為のひとつである。

 しかし意図して行われなかった場合もあり、その判断が非常に難しい点から限りなく黒に近いグレーゾーンの行為とされている。故に、疑わしい行為は即座に審査員達から厳正な確認等を行われることから、トゥインクル・シリーズに出場するウマ娘ならば誰もがレース中に最も注意する点とされている。

 公式レースなら、絶対に行うはずのない行為。それをシンボリルドルフはトウカイテイオーに告げていたのだった。

 メジロマックイーンとトウカイテイオーの勝負は、公式レースではない。審査員もいない野試合である点をシンボリルドルフは突いていた。

 

 

 

『もしどうしても最後の直線で抜かれると思った時、メジロマックイーンの進路を塞ぐんだ。僅かで良い、進路にテイオーがいることを分からせる程度でも……十分にそれは効果がある』

 

 

 

 その言葉をシンボリルドルフの口から聞いた時、トウカイテイオーは耳を疑った。まさかそんな言葉が彼女から出るとは思いもしなかったからだった。

 しかしシンボリルドルフがそこまで言わせ、彼女自身もそれを行うことで“教えを受けること”ができるならするとまで言わしめたトレーナーがいる。それが北野麻真という人間。

 トウカイテイオーは、それを聞いて北野麻真がシンボリルドルフにそこまでさせるトレーナーなのだと再確認するほど、衝撃的な言葉だった。

 だが、それを理解していても……トウカイテイオーにはその選択を選ぶことはなかった。

 

 

 

「そんなことをしてマックイーンに勝っても、意味ないよ」

 

 

 

 苦笑するトウカイテイオーを見て、シンボリルドルフが目を伏せた。

 シンボリルドルフも、その行為が意味することなど十分に理解していた。だが、それでも彼女もトウカイテイオーの足に近い未来に訪れることを回避する一心で告げた言葉だった。

 その想いを知らないトウカイテイオーからすれば、反則行為をしてまで勝ちたいとは思わない。それもシンボリルドルフは同時に察していた。

 

 

 

「……すまなかった。私は、君を苦しめてしまった」

「謝らないでほしいな。カイチョーの気持ちも、分かるから」

 

 

 

 頭を下げたシンボリルドルフに、トウカイテイオーがかぶりを振るう。

 

 

 

「それに……」

 

 

 

 そう呟いて、どうにか動かせる腕を動かし、トウカイテイオーは徐に自身の顔の前で拳を作っていた。

 悔しさの思いがトウカイテイオーの疲れ果てた身体で作っていた拳に、強い力を込めていく。

 

 

 

「ボクだけの実力でマックイーンに勝たないとダメなんだ。それができないと……きっとあの人はボクを認めてくれない気がするんだ」

 

 

 

 北野麻真を自分のトレーナーにする為には、メジロマックイーンに勝たなくてはならない。しかし手段を間違えれば、彼は決して自分に振り向いてくれることはない。

 そんな確信が、トウカイテイオーにあった。そして自分のライバルと言えるメジロマックイーンに卑怯な手を使って勝つなどという行為を許せないという、彼女なりの意地もあった。

 

 

 

「……そうだろうな」

 

 

 

 トウカイテイオーの言葉の真意を理解してしまったシンボリルドルフが、苦笑いする。それは自分に対する失笑だった。

 

 

 

「テイオー、私を軽蔑してくれて構わない。もう、今回のようなことを言わないことを約束しよう」

「別に気にしてないよ……カイチョー、あの人のこと大好きなんでしょ?」

「……えっ?」

「見てれば分かるよ。エアグルーヴも、カイチョーも、みんなあの人の話をしてる時、すっごく楽しそうだもん」

 

 

 

 シンボリルドルフが惚けた顔を作る。そしてしばらくして、彼女は小さな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「あぁ、私達は麻真さんを慕っている。テイオーも、あの人に走りを見てもらえば分かるさ」

「そうなると良いんだけどなぁ……」

 

 

 

 肩を落とすトウカイテイオーだったが、ふと彼女は思い出したように眉を上げた。

 

 

 

「そうだ……ボクが負けた時、麻真さんが言ってくれたんだ」

「……なにを言われたんだ?」

 

 

 

 その言葉に、シンボリルドルフが首を傾げる。

 トウカイテイオーはそのことを思い出しながら、少しだけ口角を上げていた。

 メジロマックイーンとのレースに負け、麻真にトレーナーになってもらう条件を満たせなかったが……それでもトウカイテイオーには願ってもない話を。

 

 

 

「ボクが麻真さん以外のチームに入った後なら、少しだけボクの練習見てくれるって……それでボクがまたレースしてマックイーンに勝てたら、ボクのトレーナーになってくれるって……」

「……そんなことを、あの人が?」

 

 

 

 シンボリルドルフが、思わず眉を寄せた。

 北野麻真という人間を少なからず知っている身としては、彼が一度決めたことを覆すことを滅多にしないことをシンボリルドルフは知っていた。

 絶対にトウカイテイオーのトレーナーにならない。そう公言していた麻真が少しでも彼女の走りを見ると言ったことに、シンボリルドルフは素直に驚いていた。

 麻真が決めたことを覆すようなモノをトウカイテイオーに見出したのか、それとも後々のメジロマックイーンの為か。それを判断しきれないシンボリルドルフだったが、少なくとも彼がトウカイテイオーの走りを見るということには変わりなかった。

 

 

 

「難しいな……それを許してくれるトレーナーは中々いないぞ?」

 

 

 

 しかしそれでも、麻真の出した条件はシンボリルドルフから見てもかなり厳しいモノだった。

 チームに所属するということは、それを管理するトレーナーと契約を結ぶことになる。

 自分の契約したウマ娘を他のトレーナーに練習を見てもらうことを容認するトレーナーなど本当に数少ない。

 トレーナーは自分の力で、担当のウマ娘をトゥインクル・シリーズで活躍させ、実績を出したいと思っている。それが自身の評価にも繋がるからだ。

 他のトレーナーに練習を見てもらい、そのウマ娘が実績を残しても自分だけの成果とは言えないと思う人間が多い。故に、大抵のトレーナーは契約したウマ娘を僅かな期間でも他のトレーナーに任せることを選ぼうとしない。

 そのことを知ってる故に、麻真の提示した条件を満たすことの難しさにシンボリルドルフはつい顔を顰めていた。

 

 

 

「心当たりはあるのか?」

 

 

 

 そして思わず、シンボリルドルフはトウカイテイオーに訊いていた。

 

 

 

「一応……聞いてみないと分からないけど」

 

 

 

 トウカイテイオーが口を尖らせながら、唸る。

 何か悩むような顔を作るトウカイテイオーを見て、シンボリルドルフが怪訝な表情を見せる。

 

 

 

「どんなチームなんだ?」

「ちょっとね。前に色々と関わることがあった変わった人達のチーム。見てて面白いなぁ、って前から思ってたんだよね。トレーナーも悪い人じゃなさそうだし」

「……? それはどのチームだ?」

 

 

 

 要領の得ないトウカイテイオーの答えに、再度シンボリルドルフが問う。

 その問いに、トウカイテイオーが口にしたチーム名をシンボリルドルフも聞いたことがあった。

 

 

――チーム・スピカ。

 

 

 シンボリルドルフの問いに――トウカイテイオーは小さな声で、そう答えていた。




読了、お疲れ様です。

今回の話は、外野から見たトウカイテイオーとメジロマックイーンについて。ハナさんの二人がヤバい、と思う話。相手にすれば、化物みたいな二人ですから敵にしたくはないです。
またシンボリルドルフから、メジロマックイーンの今後の話を少しだけ。
最後は、トウカイテイオーの今後の話です。麻真からの条件をクリアする為に、彼女も色々考えます。それに伴い、とあるチーム名を出しました。

さて、これにてChapter.4は終わりです。
次からはChapter.5になります。メイクデビュー戦などもろもろを書けたら良いなと思っている次第です。

また次回でお会いしましょう。
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