走るその先に、見える世界   作:ひさっち

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4.導く道の先には

 

 

 

 

 地下バ道を抜けて、入場口からメジロマックイーンが本バ場に出ると、そこには騒がしい喧騒が響いていた。

 会場内のメインスタンドと呼ばれる観客達がいる場所から、大勢の人達の声が聞こえる。本バ場に出たメジロマックイーンが立ち止まって後ろを一瞥すると、大勢の人間が自分へ視線を向けているのが分かった。

 

 

 

『続きまして、本バ場に入場したのは二番人気メジロマックイーン』

『本レースの注目されるウマ娘の一人です。数年振りに帰ってきたチーム・アルタイルに所属している彼女の走りにはとても注目です』

 

 

 

 メジロマックイーンがレース場に現れた瞬間、レース会場内のアナウンスから声が響く。

 自分の名前が聞こえて、今から本当に自分がこの場で走るのだと再確認してしまう。メジロマックイーンは、自分の心臓が大きく高鳴ったのを感じていた。

 今までは観客としてレースを見ているだけだったが、今回は違う。今日は、自分がこのレース場で走る側に立っている。初めて感じる本場のレース場の熱気に、メジロマックイーンの中には自然と高揚感が募っていた。

 勿論、緊張はしている。しかし両手の甲に感じるヒリヒリとした痛みが、不思議と“ソレ”を和らげているような気がした。

 メジロマックイーンがそっと右手を胸の前まで上げて、ほんのりと赤くなった手の甲を見つめる。不本意だとは思いながらも、彼女は小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

「……後で絶対にやり返してさしあげますわ」

 

 

 

 そう呟いて、立ち止まっていたメジロマックイーンは駆け出していた。

 自分の目の前に広がる初めてのコースの景色。いつも見ているトレセン学園の練習場とは違う。初めて走るコースが、メジロマックイーンの視界に広がっていた。

 このレース場で自分がどこまで走れるのか、メジロマックイーンはそう思いながらレースが始まるのを待ち遠しく思ってしまう。しかしそうは思っても、その為の準備は怠る訳にはいかない。

 レース開始のゲートインまで、残り十五分程。それまでに自分がやらなければならないことは多くある。そのことは事前に麻真から耳にタコができるほどメジロマックイーンは言い聞かせられていた。

 まずはレースに向けて、身体を温める為にウォーミングアップ。温まっていない身体では自分の能力が十分に発揮できないことは麻真から教わり、メジロマックイーン自身も十分に理解している。

 ジョギング程度の速さでメジロマックイーンがコースを走っていると、先にレース場に出ていたウマ娘達がゲートインの時間までレースに向けた最終準備を緊張した表情をしているのが見えた。

 

 

 

『最後に本バ場に姿を現すのは、一番人気ハギノレジェンド』

『今日、一番注目されているウマ娘です。どんな走りを見せてくれるのか注目です』

 

 

 

 そうしてメジロマックイーンが駆け出して僅かも経たずに、そのアナウンスの声と共に一人のウマ娘が姿を現した。

 長い鹿毛を靡かせて、自信に満ちた表情でレース場に現れたウマ娘“ハギノレジェンド”。

 そのアナウンスの声が聞こえて、思わずメジロマックイーンが入場口に立つハギノレジェンドを一瞥してしまう。

 メイクデビュー戦ということもあり、初めて公式レースに出場しているウマ娘達のほとんどが強ばった表情で緊張している中で、ハギノレジェンドは平然とした表情でレース場を駆け出していた。その姿は、まるで緊張などしてないと言いたげに余裕を見せている。

 果たして、一番人気のあのウマ娘は自分よりも速いのだろうか。そんな疑問を抱きながら視界の端に見えた“ハギノレジェンド”からメジロマックイーンが視線を外して、自身のウォーミングアップに集中する為に走ることへ意識を向けることにした。

 とにかく、今はレースが始まるまでに身体の準備を終わらせなければならない。メジロマックイーンはそう自分に言い聞かせて、麻真の指示通りに足を動かした。

 レース開始のゲートインまで身体のコンディションを完璧に近い状態へどこまで近づけることができるのかが、レースの勝敗に大きく左右するのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レース開始前のゲートインまでには間に合った。

 麻真はそう思いながら地下バ道から移動してレース場内一階のメインスタンドに到着していた。

 コースに一番近い立ち見エリアとなっている最前列側には、大勢の人が集まっているのが麻真から見える。しかし今から始まるレースが人気のある重賞レースではないメイクデビュー戦ということもあることが原因なのか一階メインスタンド内後方に位置する座席エリアには座っている人が僅かに見えるだけだった。

 二階席や三階席を麻真が見上げても、ある程度の席は埋まっているが空席が見えていた。

 それだけ聞けば、それ程多くの人間がレース場に集まっていないと思える。しかし立ち見エリアが埋まっているだけでも実のところかなりの人数がいる。たかがメイクデビュー戦と言っても、ウマ娘の人気が底が知れないと言うところだろう。だが阪神レース場の収容可能な人数が八万人というのを知っていれば、今この場にいる人数も実際は大した数ではないのだが……

 

 

 

「さて……空いてるかねぇ」

 

 

 

 小さく呟いた麻真が、ゆったりとした足取りで一階メインスタンドの後方へと向かう。

 おそらく、この人数なら空いているだろう。そんなことを思いながら麻真が目的の場所まで歩いていくと、既にそこで座っていた人物を見た途端、彼は無意識に眉を寄せた。

 小柄な鹿毛の少女が、席に座って退屈そうに足をパタパタを動かしている。その少女がふと視線を麻真に向けると、彼女は驚いたように目を少し大きくしていた。

 

 

 

「あ、本当に来た」

 

 

 

 麻真が座ろうとしていた席付近に、何故か缶ジュースを飲んでいるトウカイテイオーが座っていた。加えて、その二つ隣にはパドックの時に彼女と一緒にいたシンボリルドルフも座っていた。

 

 

 

「む? あぁ……やはり来てくれた」

 

 

 

 トウカイテイオーの声を聞いて、シンボリルドルフがふと顔を動かして麻真を見た途端、彼女はどこか嬉しそうに頬を緩めた。

 

 

 

「テイオー、だから言っただろう? 麻真さんなら最前列ではなく、ここに来ると」

「……最前列に行ったんじゃないのかよ」

 

 

 

 思わず、麻真が反射的に思ったことを口にしてしまう。

 そんな麻真に、シンボリルドルフは小さな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「あなたとレースを一緒に見るなら、ここに居れば来てくれると思っていたんだ」

「お前……俺がこの場所に来るって分かってたのか?」

 

 

 

 予想してなかった二人がこの場にいることに、麻真が顔を顰めつつも自身の疑問を口にする。

 本来、レースを間近で見たいと思うならコースに一番近い最前列付近の立ち見エリアにいるのが普通である。その為、麻真のようなに“意図的”に後方の座席エリアに座る人間は少数派となる。

 トウカイテイオーとシンボリルドルフも最前列付近にいると思っていた麻真の予想が大きく外れた。まさか自分の座る予定だった場所に、この二人がいるとは思ってもいなかった。

 

 

 

「麻真さんのことなら、私ならば“ある程度”のことはお見通しだ。トレーナーのバッチを出せば最前列まで最優先で通してくれるのに、このレース場だと麻真さんが最前列にいることはなかったからな」

 

 

 

 そんな麻真の疑問に、シンボリルドルフが楽しげに笑って答えていた。

 トレーナーという職業はウマ娘を育成する為の資格であることから、その分野に於いて様々な利点が存在する。そのひとつがシンボリルドルフが告げたレース会場での優先権利である。

 トレーナーは担当ウマ娘や好敵手となるウマ娘のレースをしっかりと見る為に、間近でレースを見れる特権を持つ。その権利を行使する為に必要なのが、トレーナーが所有する自身がトレーナーであることを証明する“トレーナーバッチ”の存在である。

 一般観客達はレース会場入場時に、とある説明を受ける。それはメインスタンドの立ち見エリアに於いて、トレーナーからトレーナーバッチを見せられた際、優先して先を譲らなければならないことを指示される。これにより、トレーナーはどんな場合でも最前列まで無条件に入ることが許されている。

 当然であるが、麻真もトレーナーバッチを携帯している。しかし麻真の育成方針ではスーツなどを着ることがない彼にとって、トレーナーバッチをスーツに付けるという一般的なトレーナーのようなことをしていない。

 メジロマックイーンとの練習時は、当たり前のように麻真はジャージを着ている。またトレセン学園内の普段着としては、学園内でトレーナーとしての“最低限の体裁”を保つ為だけの理由で、半袖のワイシャツにスラックスという“相当”ラフな姿でいる。

 

 その時の麻真のトレーナーバッチの行方は、彼のスラックスのポケットの中である。

 

 トレーナーという職業に就くのは、一般的には困難とされている。それは地方と中央に分かれて難易度が大きく変わるが、トレーナーライセンスの獲得に必須とされている試験の突破率が異常なまでに低いことから、世間ではそう言われている。

 それ故に、トレーナーライセンスを獲得した人間の多くは、少なからずトレーナーという仕事に誇りを持つ。それが顕著に現れるのがトレーナーバッチの扱い方である。大抵のトレーナーは、このバッチを大切に扱うのか普通である。

 そんな本来大切にするはずのトレーナーバッチを麻真が雑に扱っている。それは他のトレーナーが知れば小言のひとつも受けそうな話だが、トレーナーを辞めたいと思っている彼としては実にどうでも良い話だった。

 麻真がバッチを携帯している理由は、トレーナーとしての身分を証明する為とトレーナーが行使できる利点を使う為だけというトレーナーらしくない考えだけだった。

 追加で補足する点があるとすれば、麻真がバッチを雑に扱うようになったのは、彼がトレーナーを辞めたいと思うようになってからであり、以前は違ったという点だけだろう。

 

 

 

「最前列だと“見えにくい”からな」

「でもカイチョー? 前の方に行かないって分かってるだけで、なんで麻真さんがここに来るって分かったの?」

 

 

 

 トウカイテイオーのその疑問は、麻真も同感だった。先程のシンボリルドルフの話だけでは、麻真自身が最前列に行かないということしか分からない。それだけの情報では、麻真がメインスタンドの後方の座席に来ると予想することは難しいと思える。

 シンボリルドルフもトウカイテイオーの言いたいことを理解したのだろう。彼女は納得したように一度頷いて、答えていた。

 

 

 

「それは簡単なことだ。この阪神レース場は最前列だとコース全体が見え難いと麻真さんが思っているからだよ。それ故に、席が空いていればゴール板から一直線位置にある後方の席に麻真さんがいることが多い。この位置ならばレースの動き全体を見ることができて、ゴールラインもしっかりと見える」

「他のレース場だと、麻真さんはどこにいたの?」

「それはレース場によって変わるな。勿論、最前列にいることもあったから麻真さんはそのレース場で一番見やすい場所を選んでいるんだ」

「……そうなんだ」

 

 

 

 シンボリルドルフの説明を聞いて、トウカイテイオーは呆気に取られた顔を見せる。

 単にレースを見るということだけに、そこまで見る場所を考えたことなどトウカイテイオーにはなかった。安直に最前列で見るのが一番見やすいと彼女は思っていた故の反応だった。

 

 

 

「そうは言っても、決してレースが見えないわけではないんだ。本来ならこの阪神レース場の最前列も“見えにくい程度”だ。他のトレーナーも気にしないことが多い。だが、麻真さんはそれでも嫌厭するんだ」

「嫌がる……? 麻真さん? なんでそんなに見る場所にこだわるの?」

 

 

 

 シンボリルドルフの話を聞いて、自身の疑問をトウカイテイオーが麻真へ素直に向ける。

 その疑問に、麻真は全てを話すのは面倒と思いながら簡単に答えることにした。

 

 

 

「担当してるウマ娘のレースで、見なくてもいい場面なんてレース中にあるわけないだろ。特に走るフォームなんてレース状況で勝手に変わる。それを把握するのが、俺の役目だ」

「……どういうこと?」

「それは自分で考えてみろ」

「えぇぇ! 教えてよ!」

「担当してないウマ娘に、そこまで教える義理ないっての」

「それなら麻真さんがボクのトレーナーになってよ!」

「だから何度も言わせるな。マックイーンに勝てたら考えてやる」

 

 

 

 伝家の宝刀と言わんばかりに、トウカイテイオーを黙らせられる言葉を麻真が使う。

 相変わらず返す言葉がないのか心底悔しそうにするトウカイテイオーを見て、シンボリルドルフは苦笑していた。

 トウカイテイオーに説明しない麻真を見る限り、おそらく彼は単に説明するのが面倒なのだとシンボリルドルフは察していた。

 その為、シンボリルドルフは苦笑しつつも面倒そうにしている麻真の代わりにとトウカイテイオーへ説明することにした。

 

 

 

「走る時に自分のフォームを練習で正しく維持するのは当然だが、レースになれば話が変わるんだ。レース中の自分の周りを走るウマ娘達の圧力やレースの展開内容で、私達ウマ娘の心理状態は変わる。それによって、無意識の中で走るフォームに僅かながらも変化が起きるんだ。それを麻真さんが把握する為に、担当しているウマ娘のレースをしっかりと一番見やすい場所で見てくれているんだ」

 

 

 

 それは麻真の個人的な考えだった。今、三人がいる阪神レース場でレースを観戦する際、立ち見エリアの最前列ではコース全体が把握しにくくレースが見えにくいと彼は思っている。

 担当しているウマ娘のレースを見るのは、トレーナーとしての責務である。それに加えて麻真の場合は、担当しているウマ娘の走り方を終始見届けるようにしている。その理由は、レース中の走り方に誰よりも注目しているという彼らしい考えだった。

 練習とは違い、レースでは他のウマ娘がいる。レース中の担当ウマ娘の心理状態やレース状況により、少なからずその走りに変化が起きる。

 その変化を、麻真は特に注目して見ている。周りに囲まれて動揺を見せて走り方が乱れることもあれば、周りの状況を把握できずに自分の走りができないなど言い出せばキリのない変化がレース中に起きることが多い。

 それを把握すれば今後の走り方やレースの対策として活かせる。それはどのトレーナーもしていることだが、麻真の場合は走り方に関する指摘を担当ウマ娘に与えることが多いだろう。

 

 そんな多くの対応を適切に行う為には、担当しているウマ娘のレースを始まりから終わりまでしっかりと見届ける必要があった。見なくて良い場面などレース中にはあるわけがないと。

 

 その為、レースは一番見やすい場所で見なくてはならない。それ故に、麻真はこのレース場では敢えて後方の座席エリアに座ることがほとんどだった。

 

 

 

「走り方、そんなに変わるものかなぁ……?」

 

 

 

 シンボリルドルフの話を聞いて、トウカイテイオーが納得できないと怪訝に傾げてしまう。

 麻真はそんなトウカイテイオーを見ると、呆れたと溜息を漏らしていた。

 

 

 

「そんなんだから、お前はまだまだひよっこなんだ。あぁ……そうだった。まだデビュー前のお前には分からない話だったな。これは俺が悪かった」

「むっ……!」

 

 

 

 明らかにバカにされている。そう受け取ったトウカイテイオーが不服そうに頬を膨らませた。

 しかし麻真は不満を訴えてくるトウカイテイオーの視線を軽く受け流す。そしてこれ以上構うのは面倒だと威圧してくる彼女に取り合うこともなく、飄々と放置していた。

 

 

 

「それにしても、ルドルフ。お前、よくそこまで分かったな。今までそのことを俺は一度も話したことなかったぞ?」

 

 

 

 今だに睨んでいるトウカイテイオーを無視して、麻真がシンボリルドルフに心底意外だったと告げる。

 シンボリルドルフも、そう話し出した麻真がこれ以上はトウカイテイオーに構わないことを察したのだろう。麻真の性格を知っている彼女は肩を竦めて呆れながら、答えることにした。

 

 

 

「私のレースが終わる度に、フォームの矯正を過去に何度もされたんだ。練習の時になかった指摘が出てくれば、あなたがどこからそのことを知ったか私も考える。それを考えれば、嫌でも分かるようになったよ」

 

 

 

 過去の自身の経験からシンボリルドルフは“そのこと”に気づいていた。

 まだジュニア級だった頃から数々の指摘を自分のトレーナーだった麻真から受けてきたシンボリルドルフだからこそ、その原因を考え、そして答えに辿り着いていた。

 

 

 

「俺のレースを見る場所のこともそうだが、よく見てるもんだ。全く……」

 

 

 

 昔から知っていたが、相変わらず賢いウマ娘である。シンボリルドルフの頭の良さに、思わず麻真は苦笑していた。

 

 

 

「麻真さんが私のトレーナーだった頃、レース場で何度か走れば察するさ。特にこのレース場の時だけ、決まって麻真さんが同じ場所にいるのを私は探して何度も見ているんだ」

 

 

 

 何食わぬ顔で平然と恐ろしいことを口走っていたシンボリルドルフに、麻真が顔を引き攣らせた。

 自分の大事なレース前に本バ場で自分のトレーナーが観客席のどこにいるか探す時間があるなら、他にやるべきことがあるだろう。ウォーミングアップなどを行う大事な時間に、まさかシンボリルドルフがそんなことをしていたとは麻真も思ってすらいなかった。

 

 

 

「今まで大事なレースの時にお前がどこに座ってるか分からない俺を探してたことに、俺は心底驚いてるよ」

「自分の走るレースを自分のトレーナーがどこで見ているか、私達はとても気になるんだ。それはあなたも少しくらいは察してほしいところだ」

「そういうものか……?」

 

 

 

 納得できないと麻真が眉を寄せる。トレーナーの身としては、いまいち理解できない話だった。

 別にレースを見ていないわけではない。事実として、間違いなくレースは見ている。その事実があれば特に問題はないと麻真は思ってしまう。

 しかしウマ娘側の気持ちは違うらしい。トレーナーがどこで見ているか気になるというその気持ちは、麻真には理解できそうになかった。

 仮に自分がレースに出る立場だったなら、その気持ちは分かるのだろうか。そんな夢物語のようなことを考えるが実に“くだらない妄想”だと一蹴して、麻真は戯けるように肩を竦めていた。

 

 

 

「まぁ、その話はこれくらいでいいだろう。とりあえず、もうすぐレースが始まるから麻真さんもいつまでも立っていないで座ると良い。その為に場所も空けていたからな」

 

 

 

 そう言って、シンボリルドルフが隣の席に視線を向ける。トウカイテイオーと挟むように開けられた空席を、麻真は額の皺を寄せて見つめた。

 

 

 

「お前達の間に、俺が座れと?」

「それに何か問題があると?」

 

 

 

 別に嫌などと言うわけではないが、何故わざわざ二人の間に座らなければならないのだろうか。

 子供二人に大人が挟まれる姿も、中々に滑稽である。麻真はそう思いながら断ろうとするが――シンボリルドルフの今までの経験を考えると頑なに座らせようとしてくるだろう。それを断るのもまた面倒だと思うと、彼は渋々と了承の意を伝えて、二人の間の空席に座ることにした。

 麻真が席に座ると、彼の右隣に座っていたシンボリルドルフが嬉しそうに笑みを浮かべる。しかし左隣では、トウカイテイオーが今だに睨むように麻真を見つめていた。

 

 

 

「……まだ何か言いたいことでもあるのか?」

「べっつにー! 絶対、マックイーンに勝って麻真さんにトレーナーにやってもらうから覚悟してよ!」

 

 

 

 別にと答えていたのにも関わらず、隠し切れていない。それを見るとまだまだトウカイテイオーも子供だなと麻真は思ってしまう。

 だが、トウカイテイオーの年齢を考えれば当たり前のことだろう。

 

 

 

「頑張ってみろ。楽しみにはしておいてやる」

「絶対、麻真さんにぎゃふんって言わせるからね!」

 

 

 

 今日日、なかなか聞かない台詞である。そんな言葉がトウカイテイオーの口から出てくると思わなかった麻真が小さな笑みを漏らす。

 しかしそんな麻真の心情など知らず、言いたいことを言えたのかトウカイテイオーは満足そうに胸を張っていた。

 やはり見れば見るほど、子供である。トウカイテイオーの仕草や行動を見て、やはりメジロマックイーンとは正反対だと麻真は思っていた。

 ある意味では、正反対の二人だからこそ互いを意識してしまうのだろう。性格も、走りも、麻真から見れば、二人は正反対のウマ娘なのだから。

 

 

 

「そうだ! ねぇねぇ! 麻真さん!」

 

 

 

 先程までの不満はどこかへいなくなったのか、驚くほど平然とトウカイテイオーが麻真に話し掛けていた。

 感情の切り替えが早い。そう内心で思いつつ、麻真が顔をトウカイテイオーに向けた。

 

 

 

「……なんだ?」

「パドックの時に聞きそびれちゃったけど、あの一番人気のウマ娘ってどうだったの? 今さっき出てきた時、すっごい自信満々な感じだったよ?」

「一番人気……?」

 

 

 

 何を聞かれると思えばそんなことかと、麻真がトウカイテイオーに言われた“一番人気”のウマ娘を思い出す。

 本バ場入場は見ていないが、パドックの時はレースに出場するウマ娘を麻真は全員確認している。

 そして頭に浮かんだ一番人気の鹿毛のウマ娘のことを麻真が思い出して、トウカイテイオーに答えていた。

 

 

 

「あぁ、あのウマ娘か……あれなら問題ない。今のマックイーンなら気にすることもないだろうさ」

 

 

 

 一番人気のハギノレジェンドという名前の鹿毛のウマ娘。確かにパドックの時、麻真から見る限りでは今から始まるメイクデビュー戦に出場するウマ娘の中で、能力は確かに上の方になるだろう。

 しかしそれは全員がデビューしたばかりのウマ娘を比較対象とした時である。今回、その中にメジロマックイーンがいれば話は全く変わってくる。

 

 

 

「あのウマ娘、多分トレーナーにやる気の出ることでも言われたんだろう。メイクデビューで自信のあるウマ娘なんて時々いるからな」

「……マックイーンが負けるかもとか、少しくらい思わないの?」

「俺は自信のある奴がいるって言っただけだぞ? それくらいのことでマックイーンに負ける要素なんてあるわけないだろ?」

 

 

 

 パドックでハギノレジェンドが出てきた時のことを麻真が思い出しながら、そう告げる。

 あの時、明らかに他のウマ娘達よりも件のウマ娘は自信に満ちた表情を見せていた。レースで間違いなく勝てるという確信を持ってパドックに出てきているのは一目瞭然だった。

 しかしやる気があるだけでレースに勝てるわけではない。確かに身体のパフォーマンスを最大限に発揮するのに調子の良し悪しが大きく影響する。だが今回のレースに関しては、それ以前の話であった。

 

 

 

「別に悪く言うつもりは微塵もないけどさ……麻真さんってよくそこまでマックイーンのこと信じられるよね」

 

 

 

 メジロマックイーンが負けることなど考えてすらいない麻真の態度に、トウカイテイオーが呆気に取られてしまう。

 しかし麻真の考えは、そう言う話ではなかった。トウカイテイオーの話していることは、彼からすれば見当違いの話だった。

 

 

 

「信じる信じないって話じゃない。それが結果ってだけだ」

「……結果?」

 

 

 

 トウカイテイオーが意味が分からないと怪訝に顔を顰める。

 しかし結局のところ、それが麻真の答えでしかなかった。

 メジロマックイーンを信じるから勝てるや信じないから負けるではなく、最終的に結果としてレースに勝つということを麻真が確信している以上、信じる信じないという話には全く意味がないだけなのだから。

 

 

 

「ふふっ……実に麻真さんらしい答えだ」

 

 

 

 困惑するトウカイテイオーだったが、麻真の先程の返答を聞いてシンボリルドルフが楽しげに笑っていた。

 その態度で、トウカイテイオーは麻真の話した言葉の意味をシンボリルドルフが理解していると察した。

 

 

 

「もう! ボクに分からない話を二人で話さないでよ!」

 

 

 

 また二人だけで分かり合っている状況に、トウカイテイオーは我慢できないと耳と尻尾を逆立てる。

 麻真は特に説明する気もないのか、失笑に近い笑みをトウカイテイオーに向ける。

 しかしシンボリルドルフはくすくすと一頻り笑ったところで、トウカイテイオーに「すまないな、悪気はないんだ」と謝罪していた。

 

 

 

「レースを見れば、すぐ分かるよ」

「もう! またそれ⁉︎」

 

 

 

 何度も聞いたシンボリルドルフの答えに、トウカイテイオーが辟易する。

 だが、シンボリルドルフは微笑ましく頬を緩めるとトウカイテイオーに話していた。

 

 

 

「テイオー、レースに絶対はないのは知ってるな?」

「それくらいは知ってるけど?」

 

 

 

 レースに絶対はない。何が起こるか分からないのがレースである。そんなことはトウカイテイオーも十分に理解している。

 

 

 

「でもカイチョーは絶対レースに勝つウマ娘だって、ボクは知ってるよ?」

「ははっ、そう言ってくれるのは嬉しいが、それは私の力じゃない」

「……えっ?」

「このレースで、テイオーも知ると良い。北野麻真というトレーナーが導く道の先には、絶対という言葉があることを」

 

 

 

 どこか誇らしげに、シンボリルドルフが告げる。

 だが、トウカイテイオーはその言葉の意味が分からないと眉を寄せていた。

 

 

 

「ルドルフ、俺を変に持ち上げるな。俺は所詮はトレーナーだ。レースに勝つのはお前達で、今まで勝てたのはお前達の才能と努力が実っただけ、それだけの話だ」

「今の私がいるのは、あなたが居てくれたお陰だと私は心の底から思っている。ただ、それだけだ。麻真さん」

 

 

 

 呆れて肩を落とす麻真に、シンボリルドルフが笑みを見せる。

 そんな二人を見て、トウカイテイオーは二人の間にある妙な雰囲気に怪訝な表情を作っていた。




読了、お疲れ様です。

次回、メイクデビュー戦スタートです。
今回の話は一番人気のウマ娘の話と麻真達三人の話。
こんなに長くなる予定はなかったんですが……いつの間にか文量が多くなってしまいました。

一番人気のウマ娘に関しては、色々と悩みましたがメジロマックイーンの史実の初レースから一部参考にしています(色々と変更点を加えていますが)。また出番としては少ないですがお許しを。

色々と指摘点があるかと思いますが、何かあればご指摘ください。

感想、評価、批評はお気軽に。
頂ければ、今後の励みになります。
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