走るその先に、見える世界 作:ひさっち
1.二人と走りたいウマ娘
メジロマックイーンにとって、それは良い日になるはずだった。
いや……実際、あの日はとても良い日だった。
初めて出走した公式レース。走り、そして競うレースであることには全く変わりはないのに、トレセン学園で参加したことのある模擬レースとは全く違うモノだったとメジロマックイーンは断言できた。
空気が違うと分かる、肌にピリピリと感じた圧迫感。レースに出走しているウマ娘達の勝ちたいという気迫がコース中に溢れ、賑わう観客達の無数の視線が己の緊張感を増していた。
あの感覚は、決して模擬レースでは感じられないモノだった。だがしかし、断じてトレセン学園で行われている模擬レースで走るウマ娘達が手を抜いている訳ではないことは、彼女も重々理解していた。
模擬レースの中で“選抜レース”と呼ばれるレースが存在する。それはトレーナーがスカウトするウマ娘を見るために行われるレースである。
トレセン学園に所属するウマ娘は、トレーナーとの契約がなければ公式レースへの参加権を獲得できない。長年トレーナー不足と言われている中でトレーナーと契約するのは、ある意味ではトレセン学園に所属するウマ娘のひとつの関門とすら言われているくらいである。
そのことからトレセン学園のウマ娘達は、公式レースに出走する為にトレーナーを必要としている。
その選抜レースに勝てればトレーナーからスカウトされる可能性が大きくなるのだから、そのレースで勝ちたいという思いが極めて強いものになるのは当然だと言えた。
自身の道を開く為に、必ず勝つという意思でレースに挑むのは当然のことだ。そんなレースで手を抜いているウマ娘など、いる訳がない。
勝ちたい。その意思から発する気迫は、何も変わらないはずだった。しかし公式レースでは、それよりも数段上の強烈な気迫がピリピリとした空気を不思議と作っていた。
負けたくないという気迫。それは自分も同じだった。最強の名を体現することを目指すウマ娘として、勝ちたい。その気持ちだけは誰にも負けない自信があった。
だからこそ――あの時の気持ちを、彼女は今でも鮮明に思い出せた。
絶対に勝つ。その思いを胸に全力で走り、誰よりも速くゴールした。文字通り、一位という名の勝利を勝ち取った。
あの時、ゴールした瞬間、観客声から聞こえた歓声は心を震わせるほどに嬉しかった。自分の勝利を祝福されていることが、肌に感じて分かったのだから。
恐る恐る観客席に向かって手を振れば、それに応えるように更に観客達の歓声が増したあの光景は、何物にも変え難い歓喜の気持ちに満ち溢れていた。
頑張って良かった。辛い練習に耐えてきて良かった。努力して良かったと、心の底から思える瞬間だった。
あの人に報いる結果を作れた。きっと捻くれ者のあの人も褒めてくれるに違いない。そんな歓喜の気持ちが溢れるのも、仕方のないことだった。
だが……そんな気持ちを抱いても、メジロマックイーンにも許せないことはあった。
『まぁ色々と言いたいこともあるが、とりあえずこれは先に言っておこう。マックイーン、初勝利おめでとう。今日まで努力したお前の成果だ』
『ふんっ――‼︎』
レース後、控え室で自分を出迎えた麻真を見た瞬間、咄嗟に蹴りを放つくらいの余力は意外にも身体に残っていたらしい。
疲れた身体でも、麻真の頭部に向けて右足を思い切り振り抜くことはできた。しかし難なく蹴りを躱され、狙いを定めていた彼の頭を叩き割ることは叶わなかった。
『レースが終わったばかりだってのに元気だな。嬉しくて戯れたいのも分かるが今は休んでおけって』
『大事なことを隠していたあなたに! そんなことを言われる筋合いはありませんっ‼︎』
再度、メジロマックイーンが足を振るう。しかし二回目は限界を迎えていた身体では満足な威力は出せず、緩やかな速度でしか足を振り抜けなかった。
パチンと麻真に足を受け止められて、瞬く間に自分の身体が宙を舞う。そしていつの間にか、彼女はストンと椅子に座らされていた。
突然の出来事にきょとんと呆けるのも束の間、麻真は小さな笑みを彼女に見せていた。
『お前の言いたいことは大体分かるが、それは後にしておけ』
『……いいえ! 今言いますわっ! あなたに言いたいことは沢山ありますのよっ!』
呆けていたが、すぐにメジロマックイーンは目を鋭くさせた。
あの憎き蹄鉄靴で行っていた練習の目的だった走るフォームの改善以外にも、麻真は大事なことを隠していた。その事実は彼女には許せないことだった。
疲労が蓄積して重くなった足の使い方。辛くても、前に走れる方法を自覚もなく会得していた。スタミナと意地たる根性さえあれば、前に進める走法について麻真は過去に一度たりとも口にしていなかった。
そして今回のレースで、第四コーナーまで後方を確認するなという彼の指示。あれは間違いなく、今回のレース展開を分かっていた上で出したものだと察するのは簡単である。
全てを分かっていて、そうなる為の布石を麻真が隠していた。あえてそのことを自分に伝えなかった意地の悪さは、とてもではないがメジロマックイーンは簡単に許せそうになかった。
『良いから今は抑えろって。言いたいことは明日の反省会まで取っておけ』
『は、反省会ですって……?』
そんな感情を抱いていたメジロマックイーンだったが、麻真から不吉な言葉が返ってきて無意識に頬を引き攣らせた。
非常に嫌な予感しかしない。湧き上がる怒りの感情と、先程まで満ち溢れていた歓喜の気持ちが薄れていくのを感じた。
反省会。目の前の男がそれで一体何を言い出すのか考えるだけで頭を抱えたくなる。そこから始まる練習のことも考えれば、何をさせられるか予想すらできない。
結果が必ず出てくることは分かっていても、その目的に向かう方法が突拍子もないかもしれないと過去の経験が告げている気がした。それに練習の目的が複数あった場合、隠されることも予想できた。
そんなことを考えれば、彼女が肩を落とすのは仕方のないことだった。
『そんなしょぼくれた顔するなっての。別に悪いことじゃないだろ? 勝っても負けても、反省会くらいする……って言い方が悪いのか、振り返り会とでも言った方が聞こえは良いか?』
妙に言いくるめられている気がした。しかし理解できる話でもあった。
完璧で反省点がないというのは、まずない。つまり勝ったレースでも振り返れば反省点があるということ。それはどんなことでもあり得ることだ。
麻真の言った反省会、もとい振り返り会。しかしメジロマックイーンは麻真が“誰”の反省会かを明言してないのをめざとく聞き取った。
『確認しますわ。それはあなたの反省も含まれる、ということですわね?』
正直、メジロマックイーンはこの場で目の前の男を怒涛のように責め立てたい気持ちに溢れていた。
レースが始まるまで隠していた練習の秘密。それを教えなかったことは、今だに許せない。麻真が反省会まで我慢しろと言うのなら、その時に責めてやろうと思った。
レース後で疲れているのだ。休みたくて仕方ない。こんな状態から更に体力と精神を減らすのは、彼女も本意ではなかった。
『随分と俺に言いたいことがあるみたいだな。まぁ、それでも良いか……お前がそう言うなら、俺の反省会も含めることにしておいてやる』
『はらわたが煮え繰り返りそうですわ……!』
絶対にその反省会でこの男を反省させてやる。麻真のあっけらかんとした態度を見て、静かにメジロマックイーンは決意した。
『それよりも、今は大事なことがあるだろ?』
『大事なこと?』
首を傾げて、メジロマックイーンが聞きかえす。
反省会よりも大事なこと、それが思いつかず、眉を寄せてしまう。
麻真は気づいていない様子の彼女に、意外そうな表情を見せた。
『ウイニングライブ。勝った奴しか出れないライブだ。まさか忘れたとか言わないだろうな?』
『あっ……』
『忘れてたみたいだな』
つい、メジロマックイーンが麻真から顔を逸らす。頭から抜けていたことに、僅かながらも恥じてしまった。
ウイニングライブ。それがどれほど栄誉あるものかを知っている彼女だからこその反応だった。
全レース終了後、レース場に特設されたステージにて夕方以降から行われるライブ。該当レース毎の上位三名のウマ娘がステージで歌って踊り、応援してくれた観客達に感謝を表す行事である。
レース上位三名。つまり強いウマ娘達ができるライブ、それに出ることすらできないウマ娘も存在するのだ。
それを忘れるなど、メジロ家として恥ずべきこと。静かにメジロマックイーンは己の中で自身を叱責した。
いや、待て。それよりも、今日までのことを振り返ろう。思い返せば、自分は麻真と出会ってから今日まで基礎トレーニングと走ることしかしていない。
それから導かれる答え。それに気づいた瞬間、彼女は目を大きく見開いていた。
『私、ウイニングライブの練習してませんわよっ!』
今日までメジロマックイーンは、レースに向けた練習しかしていない。つまりウイニングライブの練習など一切していない。
ウイニングライブに欠席などない。体調不良や怪我などがなければ、基本的に必ず出ることを義務とされている。
デビューしたばかりのウマ娘がウイニングライブで大失敗をすることも多くある。それが後々の有名になったウマ娘の笑いの種になることを知っていれば、由緒あるメジロのウマ娘として失敗は許されない行事である。
『どうしますの⁉︎ ウイニングライブまで時間がありませんわよ⁉︎』
故に、メジロマックイーンの慌てようも当然だった。
しかし慌てる彼女に、麻真は続けて意外そうな表情を見せていた。
『いや、メジロ家のウマ娘がトレセン入学前にウイニングライブの練習してない訳ないだろ? メイクデビュー戦のライブならそこまでの完成度は必要ないぞ?』
『あなたの仰る通りメジロ家たるウマ娘としてウイニングライブの備えはあります! ですが――!』
確かにメジロマックイーンはトレセン学園に入学する前から、ウイニングライブに備えたダンスや歌唱のレッスンを受けていた。
ウマ娘の名家たる由緒あるメジロ家のウマ娘は、淑女としての立ち振る舞いも当然叩き込まれている。そして強いウマ娘となるべく、ウイニングライブに備えた練習も当然していた。
しかしそんな備えはトレセン学園入学前までである。トレセン学園に入学してからウイニングライブに向けた練習などしていない。
練習をしていない期間が長ければ、その分練度が下がる。それを分かっていれば、ウイニングライブの備えがあると言えど多少の練習や見直しは必要だった。
『……ちょっと待ってください。何故、あなたがメジロ家の内情を知ってますの?』
ふと、何気なく麻真が口にした内容にメジロマックイーンが眉を寄せた。
トレセン学園入学前から、メジロ家のウマ娘がウイニングライブに向けた練習をしていることなど彼女は過去に一度も麻真に話したことはなかった。加えて、表沙汰にメジロ家のウマ娘がウイニングライブの練習を密かにしていますなど公表したこともない。
それなのに何故、麻真はそのことを知っているのか疑問でしかなかった。
メジロマックイーンに訊かれた麻真は、何事もなかったような平然とした表情で肩を竦めていた。
『メジロ家ならそれくらい当然してるだろ?』
『それは答えになってませんわ』
『……何かで聞いたことがあるだけだ。たまたま覚えてただけだっての』
はぐらかされているのか、はたまた本当にどこかで聞いたことがあるだけなのか、メジロマックイーンは判断に困った。
しかし麻真はメジロ家に関わりのある人間ではない。もし仮にあるとすれば、自分と面識がなければおかしい話なのだ。過去に会ったことがない彼が、メジロ家と関わりがあるとはメジロマックイーンは思えなかった。
『それなら良いですわ……妙なことを訊いて申し訳ありません』
その為、素直に彼女は麻真のその情報源が他から得たモノだと判断するしかなかった。
話の腰を折ってしまった。ともかく、今はこの後に控えているウイニングライブのことを考えなくては。
頭を悩ませるメジロマックイーンだったが、麻真はいつの間にか手に持っていたタオルを彼女の頭に放り投げていた。
ふわっと頭に被さるタオルに驚きながら、メジロマックイーンが麻真に向くと、彼は呆れたように肩を落としていた。
『ともかく午前中はシャワー室で汗ながしてから休んでろ。午後から俺が軽くダンスくらい見てやるから』
親指で乱雑に麻真が控え室の扉を差す。レース場にはシャワー室があることはメジロマックイーンも案内図を見て知っていた。
『え……あなた、踊れますの?』
『言っておくが、トレーナーの必須項目だからな?』
『……冗談ですわよね?』
麻真曰く、得手不得手はあるがトレーナーの職に就いてる人間はダンスも踊れるらしい。
実際、麻真の言う通り汗を流して午前中は休息し、午後からウイニングライブに向けた見直しを行った。
麻真のダンスはメジロマックイーンから見ても圧巻するモノだった。
そのおかげかどうかはさておき、その日のウイニングライブは無事に成功と言える内容だった。
色々と懸念する点が多く残ったが、思い返せば良い日だった。そう思える一日だと、メジロマックイーンは思っていた。
◆
「またこうなるんですのね……」
その翌日。メジロマックイーンは、頭を抱えていた。
トレセン学園の教室にて、ホームルームを待つ彼女が自身の机に置かれているモノに視線を向ける。
その視線の先には、自分の写真が大きく載っている新聞の記事があった。レース中、そしてウイニングライブの写真など掲載され、一目見るだけで彼女のことが大々的に取り上げられているのが分かる記事だった。
メジロマックイーンがメイクデビュー戦で圧勝した。この事実は瞬く間にこの新聞によってトレセン学園中で噂になり、特にジュニア級のウマ娘達に広まっていた。
それも当然だろう。本来なら新聞の記事になったとしても小さく載る程度のメイクデビュー戦なのに、実際の記事は大きく違っていた。
確かに十バ身以上の大差勝ちという稀に見る結果は、注目されるのも仕方ないことだ。本来の書かれる規模の記事よりも、大きくなることはメジロマックイーン自身も予想できた。
しかし、まさか彼女も自分の記事が新聞の一ページを埋めるとは思ってもいなかった。
その内容に関しては、この新聞をクラスメイトから渡されて既に確認している。正直、これを書いた人物を小一時間くらい説教したい気持ちになる内容だった。
そもそも大袈裟に書き過ぎである。自分のことを天才や才能に恵まれたウマ娘などと書き、クラシック級の実力などと書かれれば目にも止まるに決まっている。一体、どういう考えでこれを書いたのか問い詰めたい衝動に駆られてしまう。
そして何より、自分よりも凄い人間がいるのだ。その件に関しての内容が少ないことがメジロマックイーンには少し不服だった。
しかし不思議なことにアルタイルのチームに関する記載はあるのに、そのトレーナーに関する記載が妙に少ない気がした。
「マックイーン? そんな頭抱えてどうしたの?」
そんなメジロマックイーンの前の席に一人のウマ娘が座るなり、そう言って彼女に声を掛けていた。
顔を向けるまでもない。その聞こえた声で誰か分かったメジロマックイーンは、静かに自身の机に置かれた新聞をそのウマ娘に手渡した。
「あぁ、これかぁ。まぁ、あれだけ圧勝すればこうなるよね」
メジロマックイーンに渡された記事を見て、トウカイテイオーが納得と言いたげに頷いていた。
「こんな書かれ方したら、朝のマックイーンも分かるなぁ」
「前より酷くなってますわ……」
苦笑いするトウカイテイオーに、メジロマックイーンが溜息を吐く。
彼女が頭を悩ませていたのは、今日の朝の出来事だった。
寮からトレセン学園に来るまで、妙な視線を感じていた。そして自分の教室に入るなり、クラスメイトが総勢で自分に押しかけてきた。
今回のメイクデビュー戦の結果を賞賛する声と共に、彼女の能力を褒める声が主なモノと最初は思っていたのだが、徐々にその内容は変わっていた。
通常ではできるはずのない結果をウマ娘が作ったのは、トレーナーが大きな影響を与えている。そう考えるのは自然の流れである。
元々、メジロマックイーンもトレセン学園内で注目されているウマ娘だったが、それよりも北野麻真というトレーナーの方がトレセン学園内では注目されていたからだろう。クラスメイトのほぼ全員が、麻真について訊いてくるようになった。
以前まではクラスメイトの半数くらいだった。それがほぼ全員にまで増えればその対応に使う労力も倍まで増える。
全員に無難な対応をしてひと段落したと思えば、他の教室からも興味津々と訊きに来る生徒が居れば、その労力には終わりが見えなくなっていた。
先日、シンボリルドルフから高等部の生徒達には再注意すると言っていたおかげなのか、高等部の生徒は一人も未だに来ていないのが彼女の救いだった。だが、それでも中等部の生徒が大勢来れば、大変なことには変わりなかった。
「麻真さんに鍛えてもらってるなら仕方ないじゃん?」
「それはそうですが……限度というものがありますわ」
疲れ果てたと、メジロマックイーンは肩を落とした。
訊きに来る人数に対して、あまり時間を掛けて対応はしていない。一人一人に時間を掛ければ、それこそ終わりがない。
一問一答程度の対応をしていたが、気になるウマ娘は他の時間でも訊いてくるに違いない。朝、昼、夜と自由な時間にウマ娘達が自分の元に群がってくるのを想像するだけで頭を抱えたい衝動に駆られていた。
「見てる分には面白かったよ」
「テイオー、はっ倒されたいんですの?」
「そんなに怒んないでよ。別に麻真さんだけが注目されてる訳じゃないから仕方ないと思うよ。実際、マックイーンがあのレースで強かったのは本当のことだもん。それだけ、みんながキミを注目してるってこと」
確かにメジロマックイーンのところに来る生徒は、麻真のことだけを訊きに来る訳ではない。自身のことも訊かれることから、妙な疎外感などを彼女が感じているわけではない。
「それは私も分かりますわ。それでも、騒ぎ過ぎですわ」
「大差勝ちって、カイチョーが言うには本当に稀らしいよ?」
「……それは知ってますが」
大差勝ち。それが意味することは、メジロマックイーンも理解している。
レースに勝って、注目される。それを鬱陶しいと思うのは、贅沢な悩みとは思う。しかし程度を超えば、嫌にもなってしまう。
これはしばらく収まりそうにもない。中等部の生徒は生徒会も抑制できないと言われている以上、どうにかしなければ学園生活に支障が出る。
麻真にでも相談しようかと考えるが、解決してくれそうな気がしない。メジロマックイーンが顎に指を添えて考え始めた時だった。
「そうだ。ボク、マックイーンに言わないといけないことあるんだよね」
「藪から棒に、なんですの?」
唐突にトウカイテイオーに思考を邪魔されて、メジロマックイーンが眉を寄せる。
改まって何を言い出すのか。トウカイテイオーの言葉を彼女が待っていると、出てきた言葉に意表を突かれた。
「ボク、チーム決めたよ」
「はっ……?」
その言葉をメジロマックイーンが理解するのに、僅かな時間を要した。
自分の記憶が正しければ、トウカイテイオーは麻真と“約束”を交わしていたはずだった。
トウカイテイオーが麻真のアルタイル以外のチームに所属した時、彼女の走りを麻真が見てくれるという約束。
麻真に執着しているトウカイテイオーが簡単に他のチームに所属するとは思ってもいなかった。
そして他のトレーナーに担当ウマ娘を見てもらっても良いというトレーナーがいないことは、以前に麻真から聞いていた。だからこそ、簡単にトウカイテイオーが来ることはないと話していたのは、メジロマックイーンの記憶に新しい。
そのはずだったのに、その困難と言える条件を早々にトウカイテイオーが満たしたことはメジロマックイーンも予想外だった。
「そういうこと。だからボク、麻真さんにそのうち走りを見てもらうからマックイーンにもちゃんと言っておこうと思って」
麻真の思惑が外れた。きっと彼は、これからとても面倒なことを抱えるに違いない。
麻真との練習時間が減らなければ、そのことに関して特に文句を言うつもりはない。彼が辛い目に遭おうとも、自業自得である。わざわざメジロマックイーンも自ら面倒事にが関わる気は微塵もなかった。
願わくば、麻真“だけ”が不幸になりますように。決して普段の意趣返しではない。それは行ってきたことの報いであると、メジロマックイーンは自身に言い聞かせた。
「それとなんかボクのところのトレーナー。麻真さんに何か頼むみたいだよ」
「それ、私に関係あります?」
「今朝、契約書書くのに会った時、詳しく教えてくれなかったけどあるらしいよ。なんか練習絡みみたい」
前言撤回。自分も巻き込まないでほしかった。トウカイテイオーの口ぶりから、間違いなく自分も関係あるとメジロマックイーンは予感した瞬間だった。
「面倒なことにならないと良いんですが」
何度目か分からない溜息を吐いて、メジロマックイーンが切実に願いたくなった。
しかしそう願う彼女だったが、トウカイテイオーは更なる追い討ちを無意識に掛けていた。
「あとね。麻真さんとマックイーンの二人と走りたいってうるさいウマ娘がいるんだけど、良かったら走ってくれない? 麻真さんが良いって言うか分からないだろうけど」
「麻真さんだけではなく……私も、ですか?」
随分と妙な話だった。一緒に走ることで多くを学ぶことができる麻真と走りたいと言うウマ娘がいるのは理解できるが、それに自分が含まれているのは奇妙だった。
まだ自身も麻真から学んでいる身。そんな自分が他者に教えられることなどあるわけがない。そもそもジュニア級のウマ娘と走りたいと思うウマ娘などいるとは思えなかった。
「うん。ボクが二人と接点あるの知られてから、二人と走りたいって壊れたオモチャみたいにうるさいんだよ。本当に」
「そこまで走りたいと思うなら、私と麻真さんに直接言いに来ると思うのですが……」
「多分だけど、恥ずかしがって誘えないっぽいよ。ボクが見てる感じ」
「……だからテイオーに頼んだと?」
「そういうことだと思う。全然そういうタイプのウマ娘じゃないんだけどね」
話を聞く限り、全く見当がつかなかった。麻真と自分の二人を指定して走りたいと言うウマ娘が誰かメジロマックイーンは予想すらできなかった。
「ちなみにそのウマ娘って……誰ですの?」
「ゴールドシップ」
その名を聞いた瞬間、メジロマックイーンは自分の耳を疑った。
無意識に自分の表情が強張っているのが、嫌でも分かった。そして眉間の皺を寄せながら、彼女は頬を引き攣らせた。
「ゴールドシップですって……⁉︎」
「え、知ってるの?」
メジロマックイーンの慌てる姿に、トウカイテイオーが意外そうに驚く。
トウカイテイオーに訊き返されて、メジロマックイーンが唸るような声を漏らした。
そして何か困惑するようにトウカイテイオーから視線を逸らすと、メジロマックイーンは強張らせた表情のまま答えていた。
「……知りませんわよ。あんな奇妙なウマ娘」
「嘘つくの下手じゃん」
どうやら知り合いらしい。メジロマックイーンの反応を見て、トウカイテイオーがそう察するのはとても容易だった。
読了、お疲れ様です。
日に日に文章を書くのが難しいと感じてしまいます。
さて、今回からEP6がスタートです。
今回の話はマックイーンの振り返りと後々出てくる話について。そしてとあるキャラの前置き、そんなお話。
EP6に入り、ようやくあのチームが主に出てきます。
トウカイテイオーが約束の条件も満たしたので、彼女も麻真に関わっていくことになります。どんな関わり方をするかは、麻真次第ですが。
また次回の話でお会いしましょう。それでは。
感想、評価、批評はお気軽に。
頂ければ、頑張る力になります。