走るその先に、見える世界 作:ひさっち
反論は許さない。決して勝手な発言は認めないと、麻真を見つめる彼女の瞳が告げている。
メジロマックイーンから向けられる強烈な威圧を受けて、改めて麻真は自身の認識の甘さを後悔するしかなった。
まさかメジロマックイーンがここまで怒るとは――麻真は思ってもいなかった。
認識を誤った。それが麻真の失態であり、全ての原因だった。
トゥインクル・シリーズで由緒ある家柄のメジロ家は、世間一般の常識として俗に言う金持ちの一族だと広く認知されている。そのメジロ家のウマ娘であるメジロマックイーンなら新しく部室を建てた費用など大した金額ではない。そう思うだろうと、麻真は思っていた。
別段部室を新しく建てた件を知られても、メジロマックイーンのズレた金銭感覚なら軽く聞き流される程度の話。仮に怒ったとしても無駄に金を使ったことに対する小言を言われるくらいだと、勝手に麻真は決めつけていた。
それが間違いだった。メジロマックイーンというウマ娘のことを麻真は分かっているはずだったのに――分かっていなかった。
先日のアルタイルというチーム名に関する説明を麻真が忘れた件でも、メジロマックイーンは怒っていた。しかし今回は、彼がいつもの見慣れた怒りなどではなく、いまだかつてないほどの大激怒。ここまで怒る彼女を、彼は今まで一度も見たことがなかった。
この大激怒に最初は困惑した麻真だったが、メジロマックイーンが先程告げた言葉で察してしまった。
麻真がメジロマックイーンの為に、本来得られるはずだった一年分の給料を失った。
この結果を麻真の事情を知らない第三者が見れば、この度の彼の行動はメジロマックイーンの為だけに行われたようにしか見えない。
少しの躊躇もなく行ったその行動は、明らかに常軌を逸した行動だった。
普通なら決してできるはずがない選択。その選択をした麻真にメジロマックイーンが強大な怒りを生み出したのは、それは紛れもなく彼のことを案じてに他ならなかった。
今回の一件で、麻真はトレーナー業で得られるはずだったモノを失ってしまったのだ。それがメジロマックイーンの逆鱗に触れてしまった。
最強のウマ娘になるべく自身に人一倍の厳しく、そして同じ道を目指す友に厳しく在りながらも、メジロマックイーンというウマ娘は他者を思い遣れる心を持っているウマ娘であることを麻真は失念していた。
そんな心を持っている彼女は、麻真から多大な時間と労力を掛けて自分を強く育ててもらっていると思っている。
事実、麻真と出会う前よりも強くなっている実感を感じ、その結果もレースで実際に出ている。彼と出会ったことで、メジロマックイーンは多くのモノを得ることができた。
そう思っている麻真に対して、メジロマックイーンは返せるモノがあまりにもなかった。自分が彼に返せるモノはレースで勝つことだけ、勝利しかない。ただ勝つだけ、たったそれだけのことしか彼に返せるモノがないと彼女は思い続けていた。
そう心の中で苦悩し続けていたメジロマックイーンに、その仕事の唯一の対価だった給料すら麻真が失ったと知れば……彼女がどうなってしまうかなど、分かりきっていた。
自分のことなど一切無視した自己犠牲を続ける麻真から様々なモノを与えられ続けた結果、遂にメジロマックイーンの抑え込んでいた感情が限界を超えてしまった。
麻真の差し出したモノに対しての見返りが、あまりにも少な過ぎる。これではトレーナーと担当ウマ娘の契約による等価交換が成り立たない。今回の一件で、彼はメジロマックイーンの地雷を思い切り踏み抜いたのだから。
これではあまりにも麻真が報われない。そう思って感情が爆発したメジロマックイーンを止めず術など、麻真にある訳がなかった。
決して、彼女に伝えてはいけない。必要だったチーム専用の部室を麻真が給料一年分を差し出してまで作った本当の目的など、口が裂けても彼が言えるわけがなかった。
「改めて言いますわ! 今回の麻真さんの行動はハッキリ言って異常です! わざわざ部室を用意する為だけにご自身の給料を一年分も差し出すなんて、たった一人の担当ウマ娘にトレーナーがすることではありません!」
そう言って、メジロマックイーンが声を大きく荒げた。ここまでの大声を淑女たる彼女が出すこともあるのかと現実逃避をしながら、この部室が防音完備していて良かったと麻真は心の中で安堵していた。
誰かにこの喧嘩を聞かれでもすれば、間違いなく余計な面倒が増えそうだ。そんな安堵を胸の中に持って、麻真が口を開いた。
「だからそれは――」
「私が話して良いと言うまで口を開かないでください! まだ私の話は終わってませんわ! 話している人の話を途中で遮らない! 誰でもできる簡単なマナーくらい守りなさいッ!」
どうやら自分が満足するまで話さないと喋らせる気がないらしい。メジロマックイーンの怒涛の勢いに負けて、麻真の身体が僅かにのけ反った。
「絶対に私は許しませんわ! 失うことを平然と受け入れているあなたのそのふざけた態度が、ここまで私を本気で怒らせたんですッ! あなたがご自身の行動を今後改めない限り、絶対に私はあなたを許しませんからねッ‼︎」
圧倒される麻真に、メジロマックイーンは決して主導権を握らせるつもりはないと間髪入れずに声を荒げた。
それでもどうにかタイミングを見計らって麻真が言葉を返そうと試みるが、それを察知したメジロマックイーンに喋るなと目で威圧されてしまう。
こうなってしまったらお手上げだった。この場の主導権が完全にメジロマックイーンに握られている。それを取り返そうにも、麻真にはその手段が見つからなかった。
メジロマックイーンによって発言を禁止されている。無理にでも話そうものなら彼女の怒りが更に増してしまう可能性が高い。今の時点で怒りが頂点を超えて天まで登っている彼女を更に怒らせても別にもう変わらないとも思えるが、ここまで怒る彼女と口論して仲が更に抉れる選択を選ぶのは、麻真としては得策ではなかった。
麻真の目的を達成するには、メジロマックイーンの存在が必要不可欠。今まさに拗れかけている彼女との仲を修復不可能にする訳にはいかない。
告げられたメジロマックイーンの言葉で麻真も既に察している。彼女の怒りが、自分のことを案じてのモノであることを。
故に、今日まで胸の内で抑え込んでいたことを全て吐き出させるのが最善だろう。麻真はそう判断して、メジロマックイーンの言葉を全て素直に聞くことを選ぶしかなかった。
「何よりも私が許せないのは、それを私に何も言わずに実行したことですわッ! 以前にもお伝えしたはずです! 大事なことは事前に必ず話してくださいとッ‼」
確かに、そんな話も合った。
シンボリルドルフとレースをした時、意図的に伝えなかった麻真にメジロマックイーンが話していたことだ。
大事な話は事前に伝えること、決して事後報告にしないでほしい。そんな話を彼女がしていたことを麻真は思い出していた。
「その相談すらないあなたの犠牲で得られたモノで私が喜ぶとでもお思いでしたかッ⁉︎ あなたのその身勝手な行動が担当ウマ娘である私をどんな気持ちにさせるか一度でも考えたことがありましてッ⁉︎ 私はあなたに色々なものを頂いてばかりなのに……その犠牲であなたは一体何を得られると言いますの⁉︎」
思えば、それも麻真の認識が違ったのだろう。
トレセン学園にいるウマ娘は、自分の目的の為に走っている。名のあるウマ娘達が進んだトゥインクル・シリーズの栄えある道を進み、栄誉と名声を得るために、彼女達は走っている。
全ては自分の為に。そしてその目的の為に、彼女達ウマ娘はトレーナーを必要としている。
自分を誰よりも強くしてくれるトレーナーを求めて、そしてトレーナーは自分の地位を上げてくれる強いウマ娘を求める。
その互いの利益の為に、トレーナーとウマ娘は契約を交わす。
担当ウマ娘は前を見て、道を進む。そしてトレーナーは、その道を進む手助けをする。それが麻真の考えるトレーナーと担当ウマ娘の関係だった。
トレーナーは献身でなければならない。時間も、労力も、なにもかもを捧げて、彼女達の歩く道の手助けをする存在でないといけない。そう彼は思っていた。
その対価として担当ウマ娘は強さを得て、前に進む。その歩く道が、トレーナーの功績となる。
それが当然のことで、当たり前のことだった。結果として、担当ウマ娘が栄誉と名声を得られれば、彼女達はなにも思わないはずだった。
その過程を作るトレーナーの事情など、些細なこと。そう思っているだろうと、麻真は思っていた。それが、彼の間違いだったのかもしれない。
「前々からずっと思っていましたが、あなたは隠し事が多過ぎます! いえ……この表現はきっと違うんでしょう!」
話す権利を失っている麻真に、メジロマックイーンが絶えず叫ぶ。
「必要な隠し事があることは私も分かりますわ! メイクデビュー戦に向けたあの練習で、あなたは私に多くの隠し事をしていたことは分かってますのよ! あのことは今でも決して許せませんが、それはあなたにそれ相応の考えがあった故と理解はしています!」
今までのことを思い返しているのか、メジロマックイーンが拳を握り締める。その拳が小さく震えているのを見れば、彼女の怒りが果てしないのが一目でわかった。
麻真と出会ってから今日まで、彼に数多くの隠し事をされた記憶がメジロマックイーンの頭を駆け巡る。
くだらないこともあった。悪戯をされたこともある。そして知らないことが前に進む手助けになることも、理解はできる。
しかしそれを理解していても、メジロマックイーンは納得できないことがあった。
「ですが! それを考慮してもあなたは必要以上に隠し事をする癖があります! まずはそこを改めてくださいッ!」
隠す必要である秘密と必要ではない秘密。その判断ができるのは秘密を作る側しかできない。
必要を作ることに慣れれば、それが当たり前になる。隠すことを当然としている麻真の行動を再認識して、メジロマックイーンは尻尾を逆立てた。
「あなたが多くの隠し事をしなければならないほど、あなたにとって私は信用に値しないウマ娘に見えますの! それはあまりにも私をバカにしている行為ですわ!」
それをするということは、隠し事をするこということは、それを伝える必要がないと言っていた。
別に伝えなくていい。伝える必要がない。それは麻真が自分をどう扱っているのか公言しているようなものだ。
それはあまりにも、メジロマックイーンには許し難いことだった。
「一蓮托生! 以前、麻真さんはこの言葉を私に言いましたわ! その言葉の意味を本当にあなたは分かってますの⁉︎ その言葉の意味を分かっているのなら、そんなことを私にできるわけありませんわ‼︎」
一蓮托生。それは行動と運命と共にする言葉。
互いに信頼関係が結ばれなければ、決して使えない言葉だ。
それを使うということは、そうなることを望んでいるから使う。
しかし麻真の行動は、明らかにそれと逸脱している。そうメジロマックイーンは受け取っていた。
麻真からの信頼を向けられていない。それはこれ以上ない担当ウマ娘である自分に対する侮辱だった。
決して麻真がそう思ってないと言ったところで、彼の態度がそう受け取れる時点で彼女は納得できるわけもなかった。
メジロマックイーンが、下唇を噛む。それは自分を信頼していないと思っている麻真に対する不満か、それともそれに値しない自分の不甲斐さに対する怒りなのか、自分でも分からない行為だった。
「今一度、私は改めてあなたにお伝えしますわ! あなたには言葉で何度も伝えないと決して理解されないでしょうから!」
だから、メジロマックイーンは伝えることにした。
自分が、どれほど麻真を信頼しているか伝える。それしかできないと思って、もう一度胸の想いを告げていた。
「あなたと出会って、私は前よりも見違えるほど変われました! 私一人では勿論のこと、他のトレーナーさんでも決して辿り着けない強さを得ました! それに対する感謝を私が思うのは当然のこと、それすら麻真さんは理解されてないッ‼」
北野麻真という人間がいたから、自分はここまで来れた。その道を作った彼に、メジロマックイーンが伝えきれない感謝を抱くのは当然だった。
「まだあなたにとって、私はまだまだ未熟者ですが……! それでも私はあなたに多大な感謝をしています! 辛いこと、腹の立つことが山のようにありますが、その気持ちは一度たりとも薄れたことはありません!」
例え、それが麻真にとって当然な結果でも、感謝すらされることじゃないことだとしても、それを当然のことだと彼が認識していることがメジロマックイーンには許せなかった。
「私はあなたに会えて本当に良かった! そう思えるほど、私はあなたに育てられていることを喜ばしく思っています!」
だからこそ、麻真との出会いをメジロマックイーンは自信を幸運だと思っていた。この出会いがなければ、間違いなく自分は違う道を進んでいたに違いない。
走り方を矯正されなければ、足を故障していたかもしれない。いつかの未来、二度と走れない身体になっていたかもしれない。
今よりも遅い成長で、ゆっくりと強くなって、結果が出ない自分を嘆いていたかもしれない。
その数多い未来を全て壊してくれた麻真に、彼女が向ける想いなど決まっていた。
「だから私はあなたに全幅の信頼を寄せています! あなたが指し示す道標が間違いはないことを私は心の底から信じてます!」
麻真が作る道に、間違いはない。その確信をメジロマックイーンが持つのは、当然のことだった。
「だからあなたの示す道を私は迷いなく歩きます! その歩く道が例え茨の道でも、どんなに険しい道でも、あなたがその道の歩き方を教えてくださるのなら……私は歩き続けます! その先にあるモノが正しいモノだと私は確信していますから!」
故に、その道が正しいのなら彼女は進むだけだった。
間違いなどない。この道は、絶対に正しい未来に進む道だと。
例え泣きたくなっても、辛くて挫けそうになっても、その先に望む未来があるのなら進む。
トレーナーである麻真が示す道なら、それを進み続けることが担当ウマ娘である自分の役目。その道に間違いないなどない。
その信頼を向けるこそが、自分のできることなのだから。
そう思って、メジロマックイーンは自身の想いを麻真に告げていた。
「…………」
そんな彼女の想いを聞いて、麻真は黙っていた。
なにも言えずに、まっすぐに向けられるメジロマックイーンの目を見つめることしかできなかった。
相変わらず、このウマ娘は尋常ではない信頼を向けて来る。
こんなにもまっすぐに、純粋な目をしている。
この素直な気持ちを向けられたのは、とても久々だった。
いや、きっとずっと前から向けられていたんだろう。
メジロマックイーンから向けられていた感謝の気持ちを、麻真は知っていたんだろう。
ただ、それを理解しようとしなかった。それを分かろうとしないで、目を逸らしていたのかもしれない。
シンボリルドルフ、エアグルーヴ、タイキシャトル。まだ多くいる過去に担当していた今までのウマ娘から向けられていたのは、間違いなくこの感情だった。
それを麻真が見ようとしなくなったのは、いつからだろうか。そんなことを思った時だった。
『だったら! 私じゃなくあなたが走れば――!』
麻真の脳裏に、あの時の言葉が通り過ぎた。
忘れたくても、忘れられない。ずっと胸の中で、今でも響いている彼女の言葉が、麻真の耳に響いたような気がした。
あの時から、きっと自分は見ようとしなくなったのかもしれない。
色んな言葉を連ねて、そして自分の気持ちを分からなくして、見ようとしなくなった。
そして自分でも分からないまま、変わってしまったのかもしれない。
メジロマックイーンからここまで言われるまで、自分の行いが担当ウマ娘にどんな想いをさせていたのかも理解できないように、変わってしまったんだろう。
「はぁ……」
深い、とても深い溜息を麻真が吐いた。
ムッと眉を寄せるメジロマックイーンだったが、麻真はあえて反応せずに口を開いた。
「……もう喋っても良いのか?」
「発言を許可しますわ。何か反論はありまして?」
「まず先に、謝る。マックイーン、俺が悪かった。そこまでお前が思い詰めているとは思わなかった」
もう隠しても仕方ない。だから素直に、麻真は話すことにした。
「隠してたのは、別にお前に知られる必要がなかったからだ。この部室のことも単に口が滑っただけで、もしかしたら言ってなかったかもしれない」
メジロマックイーンの目が吊り上がるが、麻真は絶えず口を動かした。
「知らなくても良いことは何にでもある。知ることが良いことばかりじゃない。知ってしまえば悪いこともある」
「それはあなたが決めることではありませんわ」
「だから教えないんだ。それが分からないから教えない。だから俺は知る必要があることだけ、伝えてきた」
それが麻真の秘密を作る理由のひとつだった。
隠すことで意味のあることもある。それは練習などで顕著に現れる。
しかし練習以外のことは、教えても良いか分からないことが多かった。
トレーナーが抱えている努力などを言っても、担当ウマ娘を不安にさせるだけだ。変に心配させるのは,彼女達のメンタルに影響する。それはトレーナーが望むことではない。
下手に伝えれば、面倒なことになるかもしれない。なら、伝えない方が良い。そう、いつの日か麻真は思うようになった。
そんな秘密を重ねるようになって、隠すことが当たり前になって、日常になった。
本当に必要なことだけを伝えて、不必要なことは伝えない。それ以外に不安要素になることも、伝えないようにしてきた。その取捨選択を無意識に行ってきた。
その全ては、トレーナーが掲げるたった一つの目的のために。
だからメジロマックイーンは、そんな不要な心配などしなくていい。知らなくてもいい。そう思って、麻真は伝えないことを選び続けてきたのだから。
「お前は、ただ前を向いて歩いてくれれば良かった。お前の後ろで背中を押してる俺のことなんて気にしなくて良かったんだ」
「その認識は違いますわ。私はあなたに背中を押してもらってるのではないんです。私は、あなたの背中を追い掛けているんです。今も、そしてこれからも、私はあなたの背中をずっと追い掛けるんです」
「……お前もか」
それは変わらない言葉だった。
目の前の彼女も、彼女達と変わらないことを言っていた。
昔から、そして今も、決して変わらない言葉だった。
「お前達は、全員揃ってそうだ。もう一人で十分走れるようになっても、ずっと俺の背中ばかり見てる」
思い返せば、全員そうだった。
「俺がお前達に教えてるのは、お前達が自分の目標に向かって一人で走れる走り方だ。それが分かるようになれば、言ってしまえば俺なんて要らなくなる。ルドルフ達も、もう一人で走れるのになんでか俺と走りたがる……なんでなんだか」
「それは私達が、あなたを心から尊敬しているからですわ」
「俺の役目は、一人で歩けないお前達を歩かせるだけだ。そんな尊敬なんて、要らない。そんなことを思うのが間違いなんだよ。ルドルフ達も、お前と全く同じことを言うんだ。俺はウマ娘じゃない。トレーナーなんだ。それなのに、どうにもお前達は俺の背中を追いかけようとする。俺のことなんて捨てて、もう一人で歩けるのに」
担当ウマ娘に、輝かしい道を歩かせる。その影に、トレーナーはいる。
なにも知らずに、ただ自分の道を担当ウマ娘が歩いて進む。それを望むのが、トレーナーの本質なのだから。
それができた時、ウマ娘はトレーナーを必要としなくなる。独り立ちしたウマ娘がどこに行こうとも、それは彼女達が勝手にすれば良いことだ。
トレーナーを捨てて、新しい道に進む。それがいつか来る未来だと。
「……会長さん達が麻真さんをどう思っているかは、私にも分かりません。ですが私に関しては、答えられますわ」
吊り上げた目を変えないまま、メジロマックイーンが右手を胸に添える。
それはまるで自身の覚悟を、決意を告げているような姿に見えた。
「私があなたの背中を追い掛けるのは、自分が強くなる為。そしてとても綺麗で、思わず見惚れてしまうくらい素晴らしい走りをするあなたを超えたいと思っているからです」
一度、ゆっくりとメジロマックイーンが瞼を閉じる。そして目を開けた彼女は、変わることのない鋭い視線を麻真に向けていた。
「あなたの後ろ姿を追うだけではなく、全力で走るあなたの隣を一緒に走ってみたい。あなたに憧れて、あなたと同じくらい綺麗に走れるようになって、いつかあなたが誇れるくらいの綺麗な走りになって、あなたを追い越したい。私は、そう思っていますの」
その目は絶対に諦めない意思が込められた、宿敵に向けるような瞳だった。
「闘争本能が強いウマ娘が一度追い掛けた以上、必ず追い越したいと思うのは当然のことですのよ? 負けることを受け入れるウマ娘なんて誰一人もいないこと、あなたが知らないわけ、ありませんわよね?」
そう言って、メジロマックイーンが笑っていた。
微笑むような笑いではない。それはいつか来る未来を心待ちにする、狂気じみた顔に麻真は見えた。
絶対に超えてやる。その意思がハッキリとわかる。そんな目だった。
「……ルドルフ達ならまだしも、一丁前にひよっこの下手くそが俺より上手く走れるなんてよく言えたな」
この顔を麻真は知っていた。
今までも、何度もこの顔を向けられた。
昔から変わらず、ウマ娘は走ることになると目の色変わる。
このウマ娘から向けられる信頼に、自分がどう答えるのが正解なのか?
その疑問に麻真は目を伏せて、考えることにした。
読了、お疲れ様です。
そしてお久しぶりです。
今回は、メジロマックイーンの不満の話と麻真の過去を少し。
秘密と隠し事をすることが正解かどうかなんてわかりませんよね?
そして麻真の異常な一面とウマ娘の異常な一面、みたいなお話。
それでは、また次回の話でお会いしましょう。
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