走るその先に、見える世界   作:ひさっち

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2.簡単な話だろ?

 

 

 肩を落としているメジロマックイーンに、麻真は「そう気を落とすな」と声を掛けた。

 

 

「別に無意味にそうする訳じゃない。理由はある」

「じゃあ……どういう訳ですか?」

 

 

 これからの練習が基礎トレーニングと告げられて、口を尖らせたメジロマックイーンに麻真が肩を竦める。

 遠回しに麻真が自分と走らないと言われていると思ったメジロマックイーンは思い切り落ち込んでいた。

 そこで麻真はそんなメジロマックイーンに、先程告げた練習メニューについてに説明をすることにした。

 

 

「さっきも言ったが、今走った四周はお前の能力を見たかったから走らせた」

 

 

 麻真が話出したことで、落ち込んでいたメジロマックイーンが視線を僅かに彼に向けていた。

 

 

「私の能力ですか……?」

「その為にお前の後ろを走ってたんだよ。無意味にお前の後ろを走るかっての」

「なら何が分かったと言うんですの……?」

 

 

 麻真の話に、メジロマックイーンが訊き返す。彼は頷くと、そのまま話を続けた。

 

 

「あぁ、さっきの二千四百メートルの四本でお前の能力は大体掴んだ。自覚してると思うが、お前は確かに中長距離向きだ。スタミナを維持して走るのは上手い。一周目、お前は息がほとんど乱れてなかったからな」

 

 

 先程、麻真がメジロマックイーンを四周も走らせたのは彼女の能力を確認する為だった。

 一周目。麻真がランニングしているメジロマックイーンに思ったのは、間違いなく彼女は短距離向きではないということだった。

 これは麻真の経験からの持論になるが、短距離やマイルを走るウマ娘は例外を除いて基本的にこのランニングである程度体力を使ってしまう。ジョギングで良いと話しているのに速度を出して走る傾向がある。

 しかしメジロマックイーンは、その点では穏やかな走り方をしていた。ゆったりと一定の速度を維持して、長い距離を走ろうとするのは中長距離向けウマ娘の傾向であると。

 

 

「次に二本目はお前のスピードを見た。走りやすい速度で走った時、お前は走り方は基本的には乱れてなかった。でもタイムは遅め、見ていた感じは楽に走れる速度も遅い。それと走る速度がたまに変わっていたから、多分お前は周りに誰かがいると気が散りやすい」

 

 

 二本目はメジロマックイーンの持続速度を見る為だ。麻真が見る限り、メジロマックイーンが楽に出せる速度は遅かった。これは彼女の脚力が足りてなく、言ってしまえば楽に走れるペースが遅い。

 加えて、周りに誰かがいると掛かりやすい傾向になっていると麻真には見えた。他のことに視線が行き集中力が欠けて“掛かり”やすいと、本来の走るペースを乱されたりしてしまいスタミナを必要以上に使ってしまう。

 

 

「三本目、一人で全速のタイム測定。これはメイクデビュー前なら悪くないタイムだ。速い方だが色々と足りてない面が見える。まだ後ろからマークされてることに馴れていないのはレース慣れしていないということで、ここはご愛嬌と思っておこう」

 

 

 しかし三本目は麻真も少し驚いていた。一本目と二本目を見る限り遅いと思っていたが、予想より上のタイムをメジロマックイーンは出していた。

 楽ではないが意識すればしっかりと走れる。二千四百メートルを全速で走ってもまだ走れるスタミナがメジロマックイーンにあるのは、麻真には高評価であった。

 

 

「最後の四本目。あれは俺が“お前より少し速いくらい”で走っていたんだが……お前、かなり負けず嫌いだろ? 誰かと競う方がお前は速い。最後のラストスパートは良かったが、まだ走り方が定まってないのか加速力が不十分」

 

 

 そして最後の四本目で麻真が分かったのは三個だった。そのひとつ、このメジロマックイーンはとても負けず嫌いであることだった。

 誰かと競う方が速くなるのは、闘争心が強い一面があること。メジロマックイーンが意地でも麻真に勝とうとした理由は別にあるが、それでも差せないから諦めるということをせず根性で走り、勝ちたいという意思を感じられる走りができるのは麻真には好印象だった。

 最後に麻真が気がかりだったのは、メジロマックイーンの加速力が不十分ということである。本来ならラストスパートで加速しないといけないのだが、メジロマックイーンのラストスパートの加速は“ある程度”あるが麻真から見ればイマイチという印象だった。

 能力値が足りていないというのも勿論あるが、おそらくはメジロマックイーンの走り方が定まっていないのが理由だと麻真は予想していた。

 メジロマックイーンの走り方は、麻真の真似をしているだけなのだ。彼女はまだ自分自身の走り方をしていない。筋肉の使い方も、足の使い方も、他人のものである。自分の足に合った走り方をしなければ、速くなる足があっても速くならない。

 

 

「ということでまとめると、お前はまだ全体的に能力値が足りてない。だがスタミナとラストスパートで心が折れない根性だけはある方だ。だからお前の課題は、維持できる速度を底上げして、加速する為の脚力を付ける。まずはそこからしないと話にならない」

 

 

 故に、麻真はメジロマックイーンに基礎トレーニングをさせるという選択をした。

 

 

「ずっと、基礎トレーニングですか?」

「勿論、俺が良いと思うまで続けるからな」

「これでも私、鍛えてた方だと思ってましたのに……」

「メイクデビュー前の中等部のウマ娘ならこんなもんだ。むしろ良い方だから安心しろ」

「そんなぁ……」

 

 

 ハッキリと言い切る麻真に、メジロマックイーンは少し落ち込んだ。それもそのはず、今まで努力していたはずなのに“足りてない”と言われれば誰でも落ち込むだろう。

 

 

「だから落ち込むなっての。別に走らせないとまでは言わない。明日から基礎トレが終わって、お前に余裕があるなら走りを見てやる。一緒にお前の走り方を考えてやるから」

 

 

 落ち込むメジロマックイーンに、麻真が呆れながら彼女にそう伝える。

 麻真の話す内容の“ある言葉”に、メジロマックイーンの耳がピクリと動いていた。

 

 

「私の走り方……ですか?」

 

 

 その言葉は、メジロマックイーンが思わず訊き返す程に興味が惹かれることだった。

 麻真は現金な奴だなと苦笑いしながら、メジロマックイーンの質問に答えた。

 

 

「走り方は人それぞれだ。誰でも同じ走り方をすれば良い訳じゃない。それこそ俺の真似だけで強くなるって思うなら、誰だって強くなる」

「でも私は以前の麻真さんの走り方で速くなりましたわ。なら麻真さんの走り方をすれば誰でも速く走れるのではなくて?」

 

 

 メジロマックイーンからすれば、そうとしか思えなかった。現に麻真の走り方を使ってタイムを測った時、彼女のタイムは伸びたのだ。

 その理論からすればメジロマックイーンの考え方も最もに聞こえるだろう。

 しかし麻真は首を横に振って、それを否定していた。

 

 

「俺が走ってた先行の走り方は基本の型みたいなもんだ。あれだと限界がある。あの走り方からお前の走り方に変えていくんだよ。というか最初にお前の走り方を見た時、お前のタイムが伸びない理由もすぐ分かったぞ。あんな負担の掛かる走り方してたら遅いのも当たり前だ」

 

 

 初めて麻真がメジロマックイーンの走り方を見た時、確かに麻真は彼女のタイムが伸びない理由をすぐに見抜いていた。

 

 

「何もそこまで言うことないではありませんか! 私だって色々と考えてたんですのよ!」

 

 

 メジロマックイーンの怒りに、麻真は彼女の気持ちなど知らぬ顔で肩を竦めた。

 

 

「そりゃそうだ。どんな奴だって考えて“そこ”を試行錯誤する。と言うか、本来はそれを繰り返して長い時間を使って自分の走り方を見つけるもんだ。仮に見つけられなかったら、そこまで。見つけられたら先に進める……簡単な話だろ?」

「……怖い話をしないでもらえますか?」

 

 

 簡単に言えば、麻真は自分の走り方が見つけられなければ先はないと言っているのだ。メジロマックイーンはもし自分に合った走り方が見つけられなかった時のことを考えると、背筋が凍るような錯覚を覚えていた。

 

 

「その点だけ言うなら、この学校にいるウマ娘達は幸運だ。ある程度の優劣はあるがトレセン学園で働ける実力を持った優秀なトレーナーが居て、自分を育ててくれるんだからな。地方とかの学校と比べると雲泥の差だ」

「そんなに違いますの……?」

 

 

 自分達が幸運。そう麻真は言うが、メジロマックイーンは考えたこともなかった。

 メジロマックイーンの疑問に、麻真は少し思い出すように考え込みながら答えていた。

 

 

「そうだな……俺も昔の研修時代に地方へ行った時にしか見たことないが、時代遅れのスポ根なトレーナーとか担当の子達の自主性に任せた放任主義のトレーナーとかいるぞ。誰もが自分の考えが担当のウマ娘を育てる為の最適だと疑わない人は必ずいる。それが不正解であってもな」

 

 

 そう言って、麻真が「俺もその一人かもしれないが」とポツリと続けていた。

 

 

「ちょっとお待ちください? 話してること、矛盾してませんか?」

「ここが難しいんだよ……トレーナーって生き物は特に」

「……私にはよく分かりませんわ」

「自分の考えが正解かなんて分からん。だからトレーナーは担当のウマ娘と寄り添うんだよ」

「寄り添う……?」

 

 

 メジロマックイーンの呟きに、麻真は少し照れ臭そうに話を続けた。

 

 

「担当のウマ娘とトレーナーは、一蓮托生。互いに寄り添うもんだ。トレーナーがこうだと言っても、ウマ娘が違うと言えば当たり前に二人の話は噛み合わない。どっちが正解かを模索しない時点で、それはエゴになる。互いに正解を見つける努力をしないといけない。トレーナーは担当のウマ娘を導くのは当たり前だが、ウマ娘の気持ちを理解しないといけない。トレーナーが指導することで一番先に優先するのはウマ娘が“どう在ろうとするか”を叶えることだ」

 

 

 そして麻真は、メジロマックイーンに指を指していた。

 

 

「お前の在り方、お前が目指す夢を叶えるのが俺達トレーナーだ。だから俺はお前の夢を叶える為に力を貸す。天皇賞連覇っていう偉業を成し遂げるお前の夢の為にな」

 

 

 この話を一通り聞いて、メジロマックイーンも麻真の考えを大体は理解できつつあった。

 しかし麻真の話を聞いてメジロマックイーンが改めて感じたのは、この北野麻真という人間はとても変わっているということだった。

 メジロマックイーンも麻真に会う前は色々なチームやトレーナーを見てきたが、殆どのトレーナーが自分の考えを押し付けるタイプの人だと思っていた。

 それこそ麻真が話したようなトレーナーが居るとするなら、それは少数派だろう。

 変わった人間で、変わった考えを持ったトレーナーである。しかし、メジロマックイーンはそれを不快とは思わなかった。むしろ好感を持てる考えだった。

 

 

「お前が俺と走りたいのは分かる。だが、お前が走る為の準備が必要だ」

 

 

 そうして麻真は、拗ねていたメジロマックイーンへ大きく逸れていた話題を元の話へ戻していた。

 

 

「お前はまず基礎トレ、基礎を作るところからちゃんと始める。色々始めるのは基礎ができてからだ。まぁ一日の基礎トレが終わって、もし余裕があるなら、お前の走り方を見直して行く流れにしよう……分かったか?」

 

 

 ここまで言えば分かるだろう。麻真が腕を組んでどうだと言いたげに胸を張っている。

 メジロマックイーンも、麻真にここまで説明されて納得しない訳にもいかない。彼女は小さな溜息を吐いて、頷いていた。

 

 

「分かりました……不本意ですが、そこまで仰るなら麻真さんの言う通り基礎トレーニングしますわ」

「それで良い。なんだお前、意外と素直じゃないか」

 

 

 渋々承諾したメジロマックイーンに麻真は満足そうに頷きながら、彼は彼女の頭をポンっと撫でていた。

 

 

「なっ……!」

 

 

 流石にメジロマックイーンもこのタイミングで頭を撫でられるのは恥ずかしかったのだろう。頭を撫でる麻真の手から逃げるように彼女は一歩後ずさっていた。

 

 

「ちょ、ちょっと頭を撫でないでください! 私は子供ではないですわ!」

「お前は俺から見たらまだまだお子ちゃまだっての」

 

 

 逃げようとするメジロマックイーンを麻真が逃さずに近づいて頭を撫でる。

 

 

「私は汗を掻いてますの! あまり近くまで来ないでください!」

「なに気にしてるんだか、走ったんだから当たり前だろ?」

「そういうことではなくてっ!」

 

 

 またひとつ、メジロマックイーンは麻真のことを理解した。

 この男、乙女心というものを分かっていないと。

 子供扱いされていることもかなり癪に障るが、一番は汗を掻いている女の子に近づくことを全く気にせず平然とする麻真の姿勢が気に入らない。

 メジロマックイーンは逃げるように麻真から離れると、頬を少しだけ彼女は膨らませていた。

 

 

「貴方には女性に対するデリカシーがありませんのっ⁉︎」

「はいはい、悪かったですよ」

「その態度は、全く反省していませんわ! 本当に悪いと思ってますのっ⁉︎」

「分かったから、悪かったよ。それにしても……そこまで怒るか?」

「今まで同じことしたなら、その方に怒られたことありますでしょう⁉︎」

 

 

 メジロマックイーンにそう言われて、麻真がふと考える。

 そして何かを思い出したのか、麻真は「あぁ……」と頷いていた。

 

 

「あったわ。そう言えばアイツ、絶対怒ってたわ」

「誰のことです?」

 

 

 メジロマックイーンの質問に麻真が答えようとしたところで――とあるウマ娘が二人の元に来ていた。

 

 

「……それは私のことか? 麻真さん?」

 

 

 そう声を掛けられて、メジロマックイーンが声の方を向くと――彼女は思わず目を大きくした。

 スラリとした身体に、高い身長。そして長い髪に、前髪に月のような形をした白い髪を持つウマ娘だった。凛とした毅然とした立ち姿。それはトレセン学園では知らない人がいないウマ娘だった。

 

 

「生徒会長……どうされたのですか?」

「メジロマックイーン。私は、約束を果たしに来たんだ。君のトレーナー、北野麻真とな」

 

 

 トレセン学園、生徒会会長。そして最強のウマ娘と言われ、“皇帝”または“無敗の三冠王”と呼ばれているあの“シンボリルドルフ”が二人の前に立っていた。

 




読了、お疲れ様です。

メジロマックイーンの育成方針が決まり、
約束のウマ娘、登場です。そんな話でした。

お気に入り数が多いと緊張しますね。
書きたいままに書いてますので、皆様が満足しているか不安になりますが頑張ります。

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