ノジャロリドラゴンアンデッドオニギツネ(学名:Nojalolia inalius) 作:放出系能力者
「いなちゃん、ごはんよ~」
ここはセントラー都のあるマンションの一室。桜原マカロンの自宅である。彼女の母親、桜原マフィンは娘がどこからかテイクアウトしてきた謎の美少女を見て、すぐに事情を把握した。こうして合成魔獣INARIは桜原家に温かく迎え入れられたのだった。
「今日のごはんは、いなちゃんが好きなおにぎりよ」
「やったのじゃー!」
桜原マフィンはサキュバス族、年齢は●29歳。一児の母であるがこの家に父親らしき男は住んでいない。父親が誰だかわからない子供ができることはサキュバス族にとって珍しいことではない。
ムチムチッ♥
どたぷん♥
ムアァ……ッ♥
彼女の周囲にはこのような擬音が群がる羽虫のように飛び交っている。これはサキュバス族が使う淫乱魔法の一種だ。しかし、こけおどしではなくマフィンはその擬音に見合うだけのダイナマイトバディーを有している。
マフィンの朝食を知らせる呼び声を聞きつけたINARIは急ぎ足でダイニングまで駆けてきた。着ている女児服はマカロンのおさがりである。好物の米が食えるとあって上機嫌になったINARIだったが、はっと何かに気づいたかのように態度を変えた。
「……愚かな下等種族が。その程度の供物で我が舌を満足されられるとでも思ったのかじゃ?」
――INARI生態レポート【1】――
ノジャロリ族至高主義。他の雑多な種族は全て下等生物扱いする。最強生物は常に孤高。
「もう、好き嫌いしちゃだめよ」
注意しながらもマフィンの口調は少しも怒っていない。腕を組み、そっぽを向いているINARIの頭を優しく撫でた。
「のじゃ~♥」
――INARI生態レポート【2】――
頭をなでなでされるのが大好き。
INARIが何者であるかマフィンは知らない。マカロンも詳しいことは話さなかった。しかし、何も心配はしていない。むしろ娘の成長を喜んでいた。
「そう……あの子も
マフィンも子供の頃は母親に
「はい、めしあがれ」
もちろんペット用の食器である。床に置かれた餌入れの前でINARIは四つん這いになると、顔を突っ込んで食べ始めた。嬉しそうに尻尾も降っている。
「マカちゃんもそろそろ起きなさい~! 日曜日だからっていつまでも寝てないの!」
「……ふぁあ~い。もうおひてるよぉ~」
眠気まなこをこすりながらパジャマ姿で自室から出て来たマカロンはテーブルについて朝食を食べ始める。そこにINARIがどたどたと駆け寄ってくる。
彼はマカロンに特に懐いていた。暴走状態から解き放たれるとき、視覚野に焼き付いたマカロンの姿が刷り込みのようにインプットされたのだ。もともと組織に従うように組み込まれていた服従プログラムが未実行の状態で保留されていたため、そこにマカロンが主人として登録された形となった。
「だめ、いなり! ステイ!」
「のじゃ……っ」
INARIは速やかに命令に従い、その場に待機した。
「よし! いい子いい子」
「のじゃじゃ~♥」
頭を撫でて褒める。その関係は親密ながらも飼い主とペットの距離感を保っている。マカロンはINARIとの過度なスキンシップを避けていた。
INARIのことを避けているわけではない。初めのうちは甘えたがるINARIを思いっきり抱きしめてほっぺにチューなどもしていたのだが、すぐさま彼は血嬉ション3リットルを放出して死にかけた。
生き物を飼うということは、その生き物を知るところから始まる。適切な飼い方ができなければ、どんなに愛情を注いでも苦痛となってしまう。それは飼い主の責任だ。甘やかすことだけが愛ではない。
マカロンは朝食を終え、リビングでテレビを観る。ちびっこに大人気の特撮番組『仮面戦隊マジキュア』である。
『怪人ホワイトリバース、これを受けてみろ! キュアキュア改心洗脳ビーム!』『ぐああああ!! こ、心が浄化されていく……!』
「すごーい! 私もいつかキュアレッドみたいに悪の組織をやっつけられる冒険者になりたいなぁ」
「くだらんのじゃ。我が爪の一撃をもってすればこの程度の敵、塵すら残さず葬り去るのじゃ」
「もー、それじゃ怪人さんがかわいそうだよ! どんな悪人の心も入れ替えさせちゃうのがマジキュアのすごいところなんだよ」
『これからは心を入れ替えて、どんなブラックな職場でも文句を言わず働きます!』『これにて一件落着ぅ!』
この大都市セントラー都は一見して平和だが、その裏では密やかに数々の陰謀が渦巻いている。増加の一途をたどる犯罪者と秘密結社の存在、放棄され野生化した凶暴な合成魔獣の群れ、政府上層部の腐敗、頻発する大災害、隣接する帝国との武力衝突などの脅威にさらされている。
数々の問題を何とかするため有志たちが『冒険者組合』を結成した。今やその存在は警察機関を差し置いてこの国の治安を守り、国民からの絶大な支持を集めている。マカロンが通う学校も冒険者を養成する教育機関だ。彼女の夢は立派な冒険者になることだった。
「あ、終わっちゃった。じゃあ、散歩にいこっか、いなり」
「行くのじゃ!」
マジキュアを見終えたマカロンはINARIの首輪にリードをつないでマンションを出た。散歩中は四つ足歩行を強要されるINARI。ご近所さんと挨拶を交わしながらいつもの散歩コースを歩いた。
公園のドッグランでINARIを解き放ち遊ばせた。先に遊んでいた犬たちは混入してきた異物に困惑する。
「下等生物どもが近づくでない……今からここは我の縄張りじゃ!」
膝小僧に血をにじませながらぎこちなく走り回るINARIを満足げに眺めていたマカロンは、ふと尿意を覚えた。
「いなり、ちょっとトイレに行ってくるから遊んでてね」
「わかったのじゃ!」
公衆トイレは少し離れた場所にある。そこまで移動している時のことだった。狭い路地からスピードを出した車が走ってきて、マカロンの横で急停止する。
「え、なに」
白いバンの後部座席から黒ずくめの男が素早く降車し、マカロンの背後から襲い掛かる。ハンカチを口元に当てられ悲鳴を封じられた。
「んー!?」
そしてハンカチに含まれていた秒で眠りに落ちるヤバイ薬によってマカロンは意識を失う。鮮やかな手際でハイエースに乗せられたマカロンは連れ去られてしまった。
「……ご主人、遅いのじゃ」
一方、マーキング行為に勤しんでいたINARIは帰りの遅いマカロンのことを心配し始めた。勝手にドッグランから出るのはまずいとは思いつつも、妙な胸騒ぎを覚えて主人を探しにいく。そしてトイレに向かう道の途中で脱ぎ捨てられたマカロンの靴の片方を発見した。
「くんくん、これは間違いない。ご主人のものじゃ! ぐぶるああっ!?」
靴のにおいを嗅いだだけで発作を起こし、喀血に苦しむINARI。しかし、こんなところで昇天するわけにはいかない。こんな道の真ん中でマカロンが靴を脱いで行く状況なんて普通ではない。何かの事件に巻き込まれたものと判断する。
「フゥ……フゥ……ガフッ……! 我が身体よ、もう少しだけ堪えるのじゃ! ノジャギツネふわけもモードッ!」
――INARI生態レポート【3】――
ノジャロリギツネのDNA情報から引き出された変化形態の一つ『ノジャギツネふわけもモード』。全モード中、最も高い五感の感知能力を得る。固有魔法『稲荷妖術』を使用可能。ケモナー属性に対する特攻効果を獲得。
INARIの全身がふわふわの体毛に包まれ、鼻先にマズルが形成され、ケモ度が上がっていく。このモードの嗅覚があれば遠く離れた場所にいるマカロンのにおいを追跡することも可能である。主人の靴を咥えたINARIは四つ足で疾走した。
* * *
マカロンが運び込まれた先は打ち捨てられた廃工場の跡地だった。目を覚ました彼女を取り囲むように目出し帽をかぶった怪しげな男たちが並んでいる。マカロンは猿轡をされ手足も縛られていた。あまりの状況に気が動転してアヘりかける。
「いいかい、お嬢ちゃん。今から猿轡を外すが、大きな声を出してはいけないよ。そんなことをしたらどうなるか……わかるよね?」
マカロンは目に涙を浮かべながら頷く。猿轡が唾液の糸を引いて外される。しかし、手足の拘束はそのままだ。身動きは取れない。
「お嬢ちゃんの名前と年齢を教えてもらえるかな?」
「桜原マカロン、●才です……」
「種族は?」
「さ、サキュバスです……」
男たちの表情がにちゃりと歪んだ気がした。マカロンは恐怖に震えた。それと同時に抗いがたい生理反応が沸き起こる。尿意である。トイレに行く途中で拉致られてしまったため我慢の限界に達していた。
しょわ~
「ふええぇ……! おしっこしちゃったよぉ~!」
「そ、それは大変だねぇ。おじさんが下着を替えてあげよう……!」
その反応を見た男たちが息を荒げた。こちらも催したかのようにカチャカチャとズボンのベルトを外そうとしている。
「ひいっ!? な、なにするの? やめて、来ないでっ! 来ないでえええええええ!!」
マカロンに近づいていた男の股間が異様な大きさのテントを張ったかと思うと、破裂した。ズボンのすそから大量の出血と共に、脂肪のような半固形状のどろりとした塊が流れ落ちる。
「は、え、お、おれの、あ、あ、ああ……」
何が起きたと言うのか。それは一瞬のことだった。もどかしそうにズボンを下ろしながら接近してきた男に対し、マカロンは起き上がり、軽くその体に手を触れた。ただ、それだけで男の睾丸は爆発した。
その場に膝をついた男は痛みに泣き叫ぶわけでもなく、静かにうつむいたまま動かなくなった。死んだのだ。この世のものとは思えない快楽の絶頂と、もう二度と生殖が叶わなくなった生物としての絶望。その落差に引き裂かれた彼の精神は崩壊し、死に至らせた。
「な、なにをした貴様!? どうやって拘束を抜けた!?」
手足の拘束は悪魔尻尾の先端を鋭利化させて切断した。マカロンは息を整え、構えを取る。サキュバス族に伝わる近接戦闘術『砂丘蓮拳』は、砂漠に咲くはずのない蓮華を見たかのように相対する者を惑わす幻影拳法である。
「この程度の緊縛プレイでサキュバス族を捕えようとは……片腹痛し」
風がそよいだ。男たちはそのようにしか感じ取れなかった。大の男が相手とはいえ何の武術の心得もない素人の虚をつくことなど容易かった。マカロンは触れた箇所から淫気を注入する。
男たちは奇声をあげてうずくまった。その全員が、最初に犠牲になった誘拐犯と同じ末路を辿る。
「なんだこのガキは!? ま、まさか冒険者か!?」
「嘘だろ、こんな子供が!?」
彼女は冒険者学校初等部に通う冒険者の卵。悪しき闇に落ちた人間に引導を渡すことも冒険者の任務の一つである。その成果を上げたはずのマカロンはしかし、自嘲気味に笑う。
彼女が敬愛するマジキュアのキュアレッドならば、こんな手段を用いずとも悪党を改心させることができただろう。まだ今のマカロンはその域に到達はしていない。暴力をもって命を摘み取る作業をこなすことしかできない。
今は、その現実を甘んじて受け入れる。残党を片付けるため、ゆらりと踏み出した。恐れおののき逃げ出そうとする誘拐犯たち。しかし、逃走することはできなかった。逃げ道を塞ぐように廃工場の入口を破壊する巨大な影が現れたからだ。
「あへっ!(畏怖)」
余裕を保っていたマカロンがここに来てアヘりをあらわにする。それほどまでに濃密な殺気が空間の全域に広がった。身の毛ものよだつ強者の気配を中てられ、誘拐チームは意識を保ったまま立っているだけで精一杯の状態にまで追い込まれていた。脳に直接思念が送られてくる。
オ ロ カ ナ ル ニ ン ゲ ン ド モ ヨ
シ ン バ ツ ヲ ウ ケ ル ガ ヨ イ
ア ッ
ウ ケ ル ガ ヨ イ ノ ジ ャ
白面金毛九尾の狐がそこにいた。九つに分かれた尻尾の先まで含めれば、その体長は目算でも10メートルを超える。それは暴走したINARIだった。マカロンを追いかけて走るうちにケモ度が上がり過ぎて山月記してしまったのだ。
稲荷妖術『古代米・赤米』
INARIは空中に米俵を生み出した。妖術によって作り出されたそれは地面に着弾するや四方八方に米の雨を降らせる。
「うぎいいいいい!? こ、コメがっ、コメがあっ、か、からだにいいいい!!」
正面から米の弾幕を受けた誘拐チームの体に変化が起きる。男たちの肉体を苗床として、発芽した米が血肉を吸い上げ稲に成長していく。その一撃をもって誘拐犯は壊滅した。
マカロンはたまたまを潰した死体の一つを盾にして赤米の無差別攻撃を防いでいた。苗床になった肉盾を放り捨てる。
とっさに防いでいなければ今頃マカロンも苗床化していただろう。今のINARIは、マカロンが初めて遭遇した時と同じ完全な暴走状態だ。すぐに鎮めなければこの都が壊滅的な被害を受けてしまう。いや、世界が危ない。マカロンは躊躇なく平たい胸を露出した。
「――ッ!? きかない!?」
だが、マカロンの胸を見てもINARIが動じることはなかった。視界に入っていることは間違いないはずだった。
INARIは目こそ開けているものの視覚をシャットアウトした状態になっていた。本能的にマカロンを脅威と感じ、入って来る情報を遮断したのである。
「前よりも賢い……! 戦いの中で成長している!」
そのことに気づいたマカロンだったが不思議と狼狽えることはなかった。以前よりも成長している。それはマカロンも同じだ。
「面白い……それでこそ闘い甲斐があるというものッ! ハアアアアアアッ!」
マカロンの全身から淫気がほとばしった。
ろりろりっ♥
ろりぷにっ♥
あふれ出るオノマトペ。受け継がれし血統が目覚める。その覇気をあざ笑うかのようにINARIは大規模妖術を行使した。
稲荷妖術『特異点・千本鳥居』
術中にはまる瞬間を捉えることすらできなかった。気がつけばマカロンはどこまでも長く立ち並ぶ鳥居の中にいた。幻術であると思われるがあまりに高度であるためマカロンに解除することはできない。
通りの両脇に立てれられた灯篭に火が灯っていく。マカロンを追い立てるように、鳥居の奥に爛々と光る二つの目が見えた。まっすぐに伸びた一本道だ。立ち向かい前へ進むか、後ろへ逃げるか、二つに一つ。
だが、どちらを選ぼうと結果は変わらない。幻術を破る力を持たない者に逃げ場はないのだ。鳥居の道は無限に続く。そして、迫り来る妖狐を振り切って走ることなどできるはずもない。
目が見えていようといまいと関係ない。妖狐の巨体が駆け抜けるだけでマカロンは踏みつぶされて死ぬだろう。いくら意気込んだところで実力差は天と地ほどもかけ離れている。
しかし、マカロンは逃げも隠れもしなかった。敵の到達を待ち構える。石畳を砕きながら迫る死の重圧を前にしても退くことはなかった。
確かにINARIの目は見えていない。だが、果たして全ての情報を遮断していると言えるだろうか。
見えずとも聞けばよい。嗅げばよい。視覚の一つが封じられたからと言ってINARIにとってそれは何の苦にもならない。研ぎ澄まされた五感をもってすれば視覚だけに頼らずとも手に取るように周囲の状況を把握できるのだ。
それが突破口だった。ついに目の前にまで近づいたINARIに対し、マカロンは握りしめたブツを投げつける。おもらしでびちょびちょになったショーツが宙を舞い、妖狐の鼻先に触れた。
INARI(HP 0/999999999)
『ノ゛オオオォォォォォォジャアアァァァァァァァァ……』
最後の一撃は、切ない。INARIは力尽きた。感度3000倍にまで強化された嗅覚が仇となった。一応、嗅覚も遮断はしていたのだが、鼻先に濡れた感触を受けて思わず嗅いでしまった。むしろ遮断していなかった方が事前に察知して回避できたかもしれなかった。
もふけもモードが解除されてINARIは元の姿に戻ったが、それと引き換えに瀕死の重体となった。マカロンは救急車を呼び、INARIはセントラー冒険大学病院に搬送された。
「またこいつか! まあ、輸血しとけば治るだろ」
一時は危篤状態に陥ったINARIだったが医師たちの懸命な救助活動のおかげで一命を取り留める。
「こ、ここは……?」
「あっ、よかった~! 目が覚めたんだね!」
意識を取り戻したINARIは知らない病院の天井を見て困惑していた。マカロンは事情を説明していく。
こうしてまたしてもマカロンの活躍により、人知れずセントラー都の平和は守られた。ノジャロリとサキュロリの二人は平穏な日常を取り戻したのだった。