ノジャロリドラゴンアンデッドオニギツネ(学名:Nojalolia inalius)   作:放出系能力者

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お嬢様はワカラセラレーヌ・フォン・メスガッキ

 

「マカちゃん、そろそろ学校に行かないと遅刻しちゃうわよ~」

 

「は~い!」

 

 いつものようにマカロンは遅刻しそうになっていた。桜原家ののどかな朝の光景だ。ただ、少し違うのはマフィンの容姿である。彼女は先の一戦の後遺症を負っていた。

 

 マフィンはドラゴンブレスを受けてバストサイズが激減してしまったが、淫乱魔法奥義『サキュ式シェイプアップ』により事なきを得た。厳しいカロリー制限や運動によって極限まで肉体の無駄を落とし、ロリ化することに成功していた。

 

 今の見た目はマカロンとほぼ変わらない年齢となっている。その結果、残念な普乳を相対的にトランジスタグラマーへと変貌させ、バストダウンの影響をプラスに転換していた。

 

「いなり、おはよー! いい子にしてお留守番しててね!」

 

「おお、ご主人。行ってらっしゃいなのじゃ」

 

 マンションの駐車場にINARIがいた。工具を手に、大改造キャンピングカー『天動丸』の修理に当たっていた。

 

 あれ以来、世紀末廃車団は解散して残党は警察に出頭した。(ヘッド)の森田も逮捕されたのだが、その前に天動丸をマカロンたちに託したのだ。

 

 損壊が激しくまだ動かせる状態ではないが、INARIが率先して修理している。別に機械に詳しいわけではないのだが、彼は素人ながらに奮起していた。

 

 天動丸を性的な目で見始めているINARIのことは無視し、マカロンは学校へと向かう。普段通りの登校風景かと思われたが、マカロンはその途中で不審なものを発見した。

 

 公園のベンチに腰掛けた一人の男がうなだれている。褐色の肌に長い耳をした、ダークエルフ族の男だった。しかも、この場には似つかわしくない燕尾服を着こなしている。

 

「おはようございます、ネトラレンテさん!」

 

「おやこれは……おはようございます、マカロン様」

 

 ベンチから立ち上がったダークエルフは、マカロンに優雅なお辞儀をした。二人は知り合いだった。

 

 ネトラレンテはマカロンの学友であるワカラセラレーヌ・フォン・メスガッキの執事だった。ワカラセラレーヌはメスガッキ財閥の超がつくほどのお嬢様である。プライベートジェットで登校して校庭を占拠した逸話を持つ。

 

 いつもならワカラセラレーヌの教育係としてそばについていたはずのネトラレンテが、なぜこんな場所で一人途方に暮れているのかマカロンは不思議に思った。

 

「実は……お恥ずかしいことに、お嬢様の教育係を解任されてしまったのです」

 

「ええっ!? あんなにいつも一緒だったのに……」

 

 それはネトラレンテの失態による処分ではなかった。彼もなぜか理由がわからないうちに、いつの間にやらメスガッキ家当主であるワカラセラレーヌの父から解任を言い渡される。長年、身を粉にして仕えてきたネトラレンテは当然納得できなかった。

 

 しかし、おおよその見当はついている。メスガッキ家に最近、執事として雇用された男がいた。その男は短期間のうちに本家から信頼を勝ち取り、重用されるようになった。そしてネトラレンテの降格と入れ替わるようにワカラセラレーヌの教育係の地位に就いたのである。

 

「あの男、サイミラーが来てから全ての歯車が狂い始めた気がします。当主様方の様子もおかしくなった。元は引退した高名な冒険者と名乗っていますが、素性が知れません」

 

 そう言えば、マカロンはワカラセラレーヌの姿を最近学校で見ていなかった。お嬢様の身分ゆえに授業よりも優先される時間があるのだろうと思っていたが、どうやら想像以上に根深い事情があるようだった。

 

「サイミラーめ、いったいお嬢様に近づいて何をするつもりだ! くっ、何もできない自分が不甲斐ない!」

 

「ネトラレンテさん……」

 

「私は特にサイミラーを警戒していたためか、向こうからも警戒されています。もはやお嬢様と話をすることもままなりません。しかし、親しいご学友であるマカロン様ならばあるいは……」

 

 ネトラレンテは教育係からは外されたが、まだ執事として働いている。その立場からどうにかしてワカラセラレーヌとサイミラーを引き離すことを画策していた。

 

「今週末に開催される仮装イベント『ハロウィン風祭り』ならば、サイミラーの目を盗んでお嬢様を逃がすことができるかもしれません。こんなことをマカロン様に頼むのは心苦しいのですが……」

 

 ハロウィン風祭りでワカラセラレーヌと接触し、異常な点がないか確認してほしいとマカロンは頼まれた。都市全体に多大な影響力を持つ大財閥の当主が洗脳されている恐れがある。ネトラレンテもマカロンにすがるほど協力者の確保に難航しているようだった。

 

「セラちゃんは大事なお友達だもん! 私もお手伝いするよ!」

 

【クエスト受注・ワカラセラレーヌを保護せよ!】

 

 

 * * *

 

 

 そして来る週末、エントラー都市の恒例行事『ハロウィン風祭り』が開かれた。大人も子供も仮装して夜の街を練り歩く。一部ではマナーの悪い参加者の迷惑行為や犯罪の横行など問題になることもありマフィンからは心配されたが、マカロンも冒険者だ。暴漢に後れを取るようなことはない。

 

「いなりの衣装も用意したのに~」

 

「ふん、そんな馬鹿げた服を着る趣味はないのじゃ」

 

 マカロンは魔女っ娘コスプレだ。ホウキを持って、三角帽子にとんがりブーツ。意欲作のかぼちゃをモチーフにしたバルーンスカートは、ジャックオーランタン風に顔型の切りこみが入れられ見えそうで見えないデザインになっている。

 

 一方、INARIはいつものバニー服を着ていた。仮装する気はないようだ。

 

 ネトラレンテの頼み事という大きな目的はあるものの、祭りの参加者として仮装していた方が歩き回りやすい。マカロンはイベントを楽しみたい気持ちもあったが、それはワカラセラレーヌを保護してからだ。

 

「きゃー、かわいい! 写真撮らせてもらってもいい?」

 

「私は芸能事務所に勤めている者ですが、君たちアイドルに興味はありませんか?」

 

「ハァ、ハァ……おじさんがいっぱいお菓子あげるからさぁ……向こうの休める場所に……」

 

 しかし、予想に反してマカロンたちは目立っているようだった。何とか集まってくる人ごみをやり過ごして捜索を続けていると、人気のない場所をふらふらと出歩いているワカラセラレーヌの姿を発見した。

 

「セラちゃん!」

 

「あれ? まかちーじゃん」

 

 ワカラセラレーヌはマカロンと同級生のダークエルフである。褐色の肌に銀色の髪、エルフ種特有の尖った耳をした少女だ。

 

 その服装は水着に近い布面積だった。ホットパンツとキャミソールは丈が短すぎてふとももとへそが丸出し状態、ハロウィンカラーのニーソと小悪魔っぽい角カチューシャをつけていた。

 

 マカロンは絶句した。そのメスガキ一色に染まったファッションをまじまじと観察する。

 

「よかった~。いつものセラちゃんだ!」

 

「当たり前っしょ。なになに~、もしかしてあたしに会えなくてさみしかったとか~?」

 

 マカロンがよく知るワカラセラレーヌと何ら変わりない元気な様子が確認できた。ひとまず目に見えて異常なところはないようだった。

 

「それよりまかちー、そっちの子は誰よ? もしかして……まかちーのカレシとか?」

 

「えぇっ!? ち、違うよ! いなりはただの性奴隷(ペット)なんだから!」

 

 マカロンが顔を真っ赤にして反論する。ワカラセラレーヌはいたずらな笑みを浮かべるとINARIに近づいていく。

 

「な、なんじゃ! 気安く寄るでない! 我は高貴なるノジャロリ族の末裔じゃぞ!」

 

「えー、なにそれ知らなーい。超偉そうなんですけど。ねぇ、ノジャロリ族ってなに? あたしにも教えてよ~」

 

 ワカラセレーヌがINARIの腕を取って体を密着させる。

 

「ンッ、んほおっ!?」

 

「くすくす、なぁに今の声? 高貴なるノジャロリ族のオスがこんな情けない声で鳴くんだね。ざぁこ♥ ざぁこ♥」

 

 吐息がかかるほどの距離から耳元で囁かれる甘い声。罵声であるはずが、ぬるま湯に体を沈めたかのような抱擁感にあふれている。

 

 独りよがりとは違う、需要を理解したプロのメスガキテクに、最強生物は屈しかける。そこに慌ててマカロンが参入した。ワカラセラレーヌとは反対側の腕を取ってこちらも密着してくる。

 

「ちょっとセラちゃん! うちのペットを誘惑しないで! いなりは誰にでも発情して体液まき散らす雌イキ狐なんだから!」

 

「それは飼い主の責任なんじゃない? ちゃんとペットは躾てあげないと。ほら、いなりくんの稲荷寿司がふっくらおあげさんになっちゃった。かわいそ~」

 

「こら、いなり! 油揚げに甘辛いお出汁ジュワ~しないの! つるつるシコシコのおうどんと絡めてきつねうどんにするつもり!? 具にこだわるより先に手打ち麺の仕込みからやりなおしなさい!」

 

 このままでは稲荷寿司ときつねうどんのセットメニューが注文されてしまう。INARIは最後の理性を振り絞って抵抗した。

 

「いい加減にするのじゃ小娘ども! 『ノジャパイアブラッティモード』!」

 

 どこからともなく現れた大量の蝙蝠がINARIに殺到する。それらは彼の体表に取りついて服の形へと変化した。一瞬にしてゴシック&ロリータ調のドレスに着替える。強キャラの証、傘まで完備していた。

 

 ゴテゴテとしていた頭の突起はなくなり、肌は病的な白さになり、瞳は見る角度によって色が変わる宝石のようだった。ノジャロリヴァンパイアの特性を顕在化させた形態である。

 

「あへぇぇ……(無気力)」

 

 マカロンとワカラセラレーヌはその場で茫然自失としていた。これはノジャパイアのスキル『合わせ鏡の牢眼(ディアコドス)』の効果だ。彼の目を見た者は魅了され、自発的な思考能力を奪われる。

 

 しかし、それも少しの間のことだった。INARIがパチリと指を鳴らすと、魅了状態から解除されたマカロンたちが意識を取り戻す。

 

「まったく世話の焼ける子たちね。最高位の魔眼に対抗できるはずもないでしょうけど」

 

「えっ、い、いなりなの? 覚醒してるのに暴走してない!?」

 

「闇の支配者ノジャパイアにとって夜の闇は自身の肉体と同等の環境。十全に能力を行使できるわ。もっとも、昼間なら太陽光に抵抗するため攻撃性を増し、暴走していたでしょう。命拾いしたわね」

 

 いつもと雰囲気も口調も違うINARIを見てマカロンは動揺しつつも、今回は暴走していないのでほっと胸をなでおろす。逆に大きな戦力を得られたことが心強かった。

 

「そこのダークエルフ」

 

「は、はいっ!?」

 

「さっき片手間に調べてあげたけど、深層心理に何者かが精神干渉した形跡があったわ。取り除いてあげたから今は正常に戻っているはずよ」

 

 マカロンはネトラレンテから頼まれた事の経緯を説明した。それを聞いたワカラセラレーヌの顔色はどんどん青くなっていく。いや褐色だからわからんけど。

 

「確かに、サイミラーが執事としてうちに来てから色々とおかしなことが続いた気がする……でもなぜか、よく思い出せない……」

 

 ある日突然、サイミラーという男が屋敷にやって来た。当主に大層気に入られて雇われた彼はワカラセラレーヌの教育係に抜擢される。この時点でおかしいはずだが、それを皆が異常と思えずにいた。

 

「あいつはよくスマートフォンの画面をこちらに見せてきた。そうするとなぜか、あいつの言うことに逆らえなくなるの! いったい何をされていたのか記憶も残ってない……うぅ……」

 

「セラちゃん……」

 

 恐怖に震えるワカラセラレーヌの肩をマカロンはそっと抱いて慰めた。どうすればいいかわからず、INARIの方へと視線を向ける。

 

 INARIは静かにたたずんでいた。空にかかる月を見上げる。夜風が彼の美しい髪を揺らした。

 

「始まったようね」

 

 何が始まったというのか。その言葉に誘われるように、暗闇から何者かの気配が近づいてくる。

 

「クヒヒヒ……いけませんなぁ、ワカラセラレーヌお嬢様。このような人気のない場所を出歩かれては。ろくでもない企てをする者がいるかもしれませんからなぁ」

 

「ひっ!? サイミラー!」

 

 ヒューマン族の中年のように見えるその男は、走って来たのか少し息が上がっているようだった。不健康そうな肥満体で、薄い毛髪は脂汗にまみれて張り付いている。執事服を着ているが、でっぷりと突き出した腹のせいではちきれそうになっていた。

 

 怯えるワカラセラレーヌたちをかばうようにINARIが前に出た。マカロンとINARIの姿を見たサイミラーはニチャリと気持ちの悪い笑顔になる。

 

「何をするつもりかなぁ、君たち。ンンン~? 私はただお嬢様を迎えに来ただけなのだがね? 邪魔をするというのなら……少々痛い目をみてもらうよ。いや、気持ちいいだけかもしれんがね。クヒヒヒ」

 

「下等種族の中でもとびきりの下衆のようね。本当の絶望を教えてあげましょう」

 

 サイミラーは懐からスマホを取り出した。怪しく光るその画面をINARIたちに向けて見せつける。

 

「オラッ! 催眠!」

 

 その手を使うことは知っていた。マカロンたちはスマホを見ないように目を閉じていた。しかし、あろうことかINARIは無防備にも敵の催眠術を直視していた。

 

「オラァッ! 初手感度MAX受精アクメッ! イケッ! イキ死ねッ!」

 

 喚き散らすサイミラーだったが、呆れたようにため息をつくINARIを見て次第に焦り始めた。どうみても催眠が効いているようには見えない。

 

「なにぃ!? どうなってんだ!?」

 

「古代魔法『催眠アプリ』を封じ込めたマジックアイテムのようだけど、お生憎様。その手の精神攻撃を無効化することくらい造作もないわ」

 

 精神攻撃はノジャパイアの得意分野だ。発動した魔眼『合わせ鏡の牢眼(ディアコドス)』によって逆にサイミラーは魅了状態に陥った。

 

「オッ、オッ、ヤッベ……!」

 

 泡を吹いて悶絶するサイミラー。自らの服を破り捨て、汚らしい胸毛をさらけ出すほどもがき苦しんでいる。しかし、それを見たINARIは疑問を感じた。

 

 完全な魅了状態であればこんな反応は示さない。精神支配に抵抗しているようだった。INARIの魔眼をどうやって防いだというのか。

 

 それはスマホの力だ。サイミラーはスマホによって自分自身に催眠をかけた。魔眼が発動する直前にそれを予期してとっさにスマホの画面を自分に向けた判断力は評価に値するだろう。

 

「でも、無駄。その程度の小細工で妾の魔眼を破ることは不可能よ。いっそ素直に身を委ねていれば苦しまずに済んだものを」

 

 これ以上の抵抗はサイミラーにもできない。とはいえ、当初の予定では魅了状態にしてから隠していることを洗いざらい吐かせるつもりだった。わずらわしそうにINARIは近づいていく。

 

 このまま殺すことは簡単だが、事実関係は明らかにしていた方がいい。喋らせることができないのであれば、別の手段を用いるまでだ。INARIはサイミラーの胸に手刀を突き刺した。刃物ようにずぷりと体内に侵入し、心臓をわしづかみにする。サイミラーは駄々をこねるように首を振った。

 

「イグッ! イグな……!」

 

「悦びなさい。その最低品質な肉塊を妾の役に立ててあげる」

 

 

 吸血魔法『死者よ立ち、馳せ参じよ(Exurgent mortuiet ad me veniunt.)

 

 

 INARIは心臓を握りつぶした。そして作り替える。めりめりと音を立ててサイミラーの肉体が変化していく。あり得ない方向に四肢の関節が曲がり、だらしない腹はボコボコと内側から突き破られるように破裂した。

 

 それは殺した生物を眷属として作り替える魔法だった。眷属となったアンデッドは絶対的な忠誠を誓う奴隷となる。主人に隠し事などできるはずもない。言葉が話せずとも脳から記憶情報を直接読み取ることすら可能だった。

 

 作成はものの数秒で完了した。サイミラーは死に、アンデッド族として生まれ変わった。ノジャロリゾンビとして。

 

「アッハーンッ♥♥♥」

 

 そしてINARIは鼻血を噴き出しながら倒れた。ノジャロリゾンビは死体だが美少女、しかも元着ていた服はほとんど破れていたため全裸に近い状態だった。それを直視してしまったINARIは一たまりもなかった。

 

 サイミラーは倒したがINARIも倒れてしまった。マカロンはINARIのもとへと駆けつけようとした。そこでゾンビ化したサイミラーがのっそりと起き上がる。

 

「ノジャ……ノジャ……」

 

「うっ……ち、近づいても大丈夫なのかな? でも、いなりを放っておくわけにもいかないし……」

 

 サイミラーは立ち上がると、意外に俊敏な動きでマカロンたちの方へと駆け寄ってきた。

 

「なんかあいつこっちに走ってきてるんですけど!?」

 

「あへええ!? ちょっと待って待って!」

 

 しかし、襲い掛かってきている様子ではなかった。サイミラーは腕を広げてマカロンのそばに立つ。まるで何かからマカロンを守るかのような動作だった。その意味を直後に知ることになる。

 

 飛来したエネルギー弾がサイミラーの体を削り取った。もし彼がいなければマカロンに直撃していただろう。サイミラーはマカロンをかばおうとしていたのだ。

 

「おっと、意外に動きますね。さすがは腐っても上位の冒険者ということですか」

 

 奇襲を仕掛けてきた敵が姿を現した。その人物を見てマカロンたちは動揺する。

 

「ネトラレンテさん……!?」

 

「あんた、何してんのよ! まかちーに当たるところだったじゃない!」

 

「そのつもりでしたが?」

 

 あっけらかんとネトラレンテは言い放った。マカロンたちがよく知る彼ではない。まるで別人だ。しかし、この姿こそが彼の本性だった。

 

「改めて自己紹介でも致しましょうか。私は秘密結社ダークネスエンパイアが誇るハイエンドエージェントの一人『双璧のネトラレンテ』と申します。以後お見知りおきを。もっともここで起きたことは全て闇に葬らせていただきますが。フフフ……」

 

「ひ、秘密結社!? まさかメスガッキ財閥に潜入していたというの!? う、嘘よ! だってネトラレンテはあたしが生まれる前からずっと仕えていたのよ!?」

 

「そうですよ。誰にも怪しまれないように苦労して慎重に今の地位を築き上げました。万事抜かりない計画でした。その生ゴミが現れるまではね」

 

 ネトラレンテはサイミラーを指さす。彼の半身はエネルギー弾によってぐしゃぐしゃに潰されていた。ゾンビゆえに死ぬことはないが、低位の眷属なのですぐに再生させるような能力も持っていない。

 

「メスガッキ家を懐柔するため精神操作の魔法薬を食事に混ぜて少しずつ下地を作り上げていたところでした。どうやって嗅ぎつけたのか、薄汚い冒険者上がりが邪魔をしてきましてね。本当に困っていたんですよ」

 

 サイミラーはスマホの力を使って精神操作されかけていたワカラセラレーヌを正気に戻そうとしていたのだ。そして、今も彼女たちを守るため立ち上がろうとしている。崩れた体をものともせず、ネトラレンテに立ち向かおうとしている。

 

「コ、ココハ、マカセロ、ノジャ」

 

「サイミラー! でもっ」

 

「オラッ! イケッ! ハヤグッ!」

 

 ネトラレンテは強い。その実力は対峙しただけでわかるほどだった。今のサイミラーに勝ち目はない。それを察したマカロンはすぐに閃いた。スマホの催眠アプリがあればネトラレンテを倒せるかもしれない。そう思って地面を探す。

 

「お探しの物はこれですか?」

 

 だが、その考えすらも見透かされていた。ネトラレンテは既にスマホを回収していたのだ。それを見てからまずいと気づく。そう、スマホの画面を向けるネトラレンテを見てしまった。マカロンたちは催眠アプリの術中にはまる。

 

「フフフフ……まさかここまでうまくいくとは思いませんでしたよ。濡れ手に粟とはこのことですね」

 

 全てはネトラレンテの思い描いた筋書き通りだった。マカロンに依頼を出したのも偶然ではない。彼女がINARIの所有者であることを知った上で、話を持ち掛けたのだ。

 

 INARIはダークネスエンパイアが開発した実験体である。逃げ出したINARIを回収するために最高戦力であるエージェントたちが動いていた。

 

 ネトラレンテもその一人だ。厄介な冒険者であるサイミラーとINARIを戦わせる状況を作り、敵の消耗を狙ったのである。その策略が想定以上の成果を上げた。危険度Sクラスの実験体を被害ゼロで無力化することに成功する。

 

「...シテ...コロシテ...」

 

 全モード中、最大の再生力を有するノジャパイア状態のINARIは、出血多量に陥りながらも意識を保っていた。ダメージはすぐさま回復されるが、意識があるのでエロシーンのフラッシュバックが続き、全身の細胞が破壊され続けるという生き地獄である。

 

 そして、他の連中は催眠状態だ。便利なマジックアイテムまで手に入った。後はINARIを組織の者に引渡し、邪魔なマカロンとサイミラーを始末し、これまで通りメスガッキ財閥に潜入すればいい。

 

「まだ、まだ、私たちは負けてないっ……!」

 

 ほくそ笑んでいたネトラレンテは少しだけ驚いた。マカロンが催眠の呪縛から逃れている。時間は少しかかったが、自力で催眠を解除したようだった。

 

「ほう、そう言えば貴女はサキュバス族でしたね。催眠耐性も持ち合わせていましたか」

 

 

 ろりろりっ♥ ろりぷにっ♥

 

 

 マカロンは淫気を高める。子供にしては目を見張る力強さがあったが、ネトラレンテは余裕の態度を崩さない。敵に応じるようにネトラレンテは両手に魔力を集め、気弾を形成した。

 

 

 ネトラネトラネトラ……

 

 

 一発でもサイミラーを戦闘不能にする威力を持った気弾である。さらに邪悪な魔力が怨念のように気弾の周囲に渦巻いている。その威圧感だけでマカロンはよろけそうだった。

 

 ハイエンドエージェントの実力は伊達ではない。戦わずともわかる圧倒的な能力差だった。だが、心までは屈しない。守るべき仲間がいる。マカロンは静かに精神を研ぎ澄ませた。

 

「――参る」

 

 駆ける。その走りはネトラレンテを惑わすように残像を生じさせた。幻影体術は砂丘蓮拳の十八番。だが、その妙技をもってしてもネトラレンテを動じさせることはできなかった。

 

 敵は動かず、待ち構えている。マカロンの動きに反応できず立ち尽くしているかのようだが、そんなことはあり得ないだろう。ハイエンドエージェントだ。●学生に翻弄されるはずがない。

 

 真っ先に罠を疑った。一見して隙だらけだが、果たしてこのまま打ち込んでいいのか。マカロンの脳裏に数百通りの攻防展開が駆け抜ける。その上で決断する。

 

 自分にできる最高の一撃を叩き込む。それこそが最善手であると判断した。淫乱魔法は男を殺す一撃必殺。当てさえすれば勝負は決まる。逡巡は刹那のほどもなかった。

 

 

 淫乱魔法(ドスケベマジック)『内気功・赤子素製造器玉々爆裂波 ~謝謝~』

 

 

 確かに決まった。手ごたえはあった。しかし、それと同時に壮絶な怖気が走る。反射的にその場から退避していた。

 

「フフフ……フフフフ! これは驚きました。まさかここまでの使い手だったとは」

 

 ネトラレンテは平然としていた。マカロンはその違和感の正体に気づき、戦慄する。彼女が打ち込んだ淫気はネトラレンテの体内で魔力によって相殺されてしまったのだ。

 

 一撃では睾丸の片方しか潰すことができなかった。普通ならそれでも勝負がついていたはずだが、ハイエンドエージェントは違う。爆発した金玉の片方を垂れ流しながら「それがどうかしたか?」と言わんばかりの余裕を保っていた。

 

 マカロンはかつてない絶望感に打ちひしがれていた。これが秘密結社が誇るハイエンドエージェントの実力。想像を遥かに超える壁の高さに絶望する。

 

 本気を出せば息をつかせる間もなくマカロンを葬ることができるだろう。しかし、彼がマカロンに追撃を加えることはなかった。それどころか両手に構えていた気弾を霧散させ、戦闘状態を解除してしまう。

 

「実に面白い。ここで処分してしまうには惜しいくらいだ……いずれ、貴女はより強い戦士に成長することでしょう。その時まで、この勝負の行方は保留にしておきます」

 

 マカロンには理解できなかった。ここでマカロンを見逃しても組織にとって良いことはないはずだ。ネトラレンテに関する情報を知ってしまったマカロンを生かしておく理由はない。いったい、何の目的があるというのか。

 

「ネトラレンテ、貴様臆したか」

 

「安い挑発ですね。一撃当てた程度で良い気になるような雑魚に興味はありません。それが今の貴女の限界です。首を洗って出直してきなさい」

 

 ネトラレンテの体が掻き消えるように霞んでいく。空間転移魔法を作動させたようだ。このままでは逃げられてしまう。しかし、先ほどと同じ攻撃が通用する相手ではないだろう。踏み込めば今度こそ返り討ちに遭う。

 

「では、ごきげんよう。せいぜい次に会う時までに腕を磨いておきなさい。その時は本気で相手をしてあげましょう……そう、本気でね……フフフ…………ウオオオオオオ! お前だけは絶対に許さんッッッ! この手で嬲り殺してくれるわあああアアアアアアア!!」

 

 転移を終える直前、それまで物静かな態度を一貫していたネトラレンテが鬼の形相になった。抑え込んでいた本性が噴出したのだ。もし戦闘中に彼の理性が飛んでいればマカロンの命はなかったかもしれない。それほどの殺意と気迫だった。

 

 長い夜の決戦はこうして幕を閉じた。マカロンは辛うじてセントラー都の平和を守ることができた。ワカラセラレーヌは無事に家に送り届けられた。

 

 マカロンは全身の血が抜けてしなびたINARIを冒険大学病院に運び込んだ。セルフ輸血スタンドで治療する。INARIは全快した。それらの結果だけを見ればできる限りの最善を尽くせたかもしれない。だが、マカロンの表情が晴れることはなかった。

 

 この都市にはあまりにも強大な悪が蔓延っている。その一端を垣間見た気分だった。ノジャロリとサキュロリの二人は、激動する運命を感じ取り始めていた。

 

 

 

 




次回、『ドキドキワクワク学園生活スタート!』お楽しみに!
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