嗅ぎ慣れた消毒液の匂いと動き辛さで目を覚ます…服装はいつの間にか病院で患者が切るような服に着替えさせられている。とにかく身体中が重くて仕方がない…。とりあえず頭を動かして周りを見る。
「お、起きたね。おつかれサマータイム〜」
と、左を見た瞬間にサングラスを掛けたトレーナーさんが部屋に入ってきます。あいも変わらず能天気な声と挨拶ですが、逆にそれが今は安心します。そのままゆっくりと痛む体を我慢しながら身体を起こします。
「ごめん、なさい…また、やっちゃいました…」
「んー?あー、いいのいいの。怪我もそんなひどく無いし。今はゆっくり休みなさい、トレーナー命令ね。」
そんな社長命令みたいに言われても…と、思いつつトレーナーさんの話を聞けば、ゴールした後に力尽きて思いっきりすっこけたらしい。その際の打ち身数カ所と肩の脱臼、あとは全身の負荷による極度の疲労…全体数日らしいです…。
「さて、それじゃあちょっと失礼。」
と、トレーナーさんがサングラスを外して私の身体を見ます…トレーナーさんの眼ってこんな色してたんだ、なんて物珍しそうに見てみます。
「んー?何?惚れちゃった?けど残念。トレーナーとの恋愛関係は禁止だよ。」
「…綺麗だなと思ってみてただけです…」
「ま、だよねー。っと、うん。ぐっちゃぐちゃだった体内エーテルもすごく綺麗になってる。レース中に何かした?」
「いえ…」
「まぁ、元々一つだったんだし、分離してたのが元に戻っただけっぽいね。多分色々元に戻ってるんじゃ無い?とりあえずおでこ触ってみそ?」
「はい…?」
と、トレーナーさんに言われておでこをペタペタと触ってみます…あれ?なんだか違和感が…前まであれだけ目立っていてトレーナーさんに見えないようにしてもらっていた角が消えてます。
「あ、あれ?消えてる!?」
「だろうねー、というわけで、はいこれ。」
トレーナーさんから渡されたのはハチミツドリンク…トウカイテイオーさんが"はちみー"と称して良く好んで口にしている奴です。
「あの…」
「言いたいことはわかるけど、とにかく飲んでみなよ。」
と、トレーナーさんに促されるままに恐る恐るといった感じで手に取ってみる。思い出すのは口の中に広がるあの最悪の感覚…。それを恐れつつも刺さっているストローに口を付けて吸い込んでみる。
「……美味しい…」
と、口の中に確かに味覚を、甘みを感じる。ハチミツの甘ったるい纏わりつくような甘みを感じる。はっきりと、味覚が戻ってきたと感じる…!!
「盛られた薬が変に作用して分離しちゃっただけだからね、体内エーテルが元に戻ったから失った機能が戻ったのも当然でしょ。てな訳でもう電池からエーテル変換するのはダメね。」
「あ、はい…」
バレないようにやってたつもりでしたが、トレーナーさんにはバレていたようです。流石に早いうちにエボルタの存在に気づくべきでした…。
「さて、それじゃあ僕はお暇しようかな?」
「あ、はい…ありがとう、ございました!」
と、そのままトレーナーさんが手を振りながら病室を出て行きます…。そしてそのまま私もベッドに身体を横にします…やはり打ち身が少し痛むし左腕もあまり動かせない…利き腕なのでしばらくは不便しそうですね…。まずは早めに体を治して、次のレースに備えましょう…ん?
「あ…」
トレーナーさんに聞くのを忘れてました…日本ダービーの結果…。…翌日トウカイテイオーさん達が来て盛大に教えてくれました…。『おめでとう、イクシオンの勝ちだよ!』と。ちょっと騒ぎすぎてエアグルーヴさんと会長さんに怒られたのは秘密です。
♢♢♢♢♢♢♢♢
日本ダービーも大接戦の大盛況で終わり、数日明けた今日。無事に打ち身と脱臼を完治させて退院した私はトレーナーさんと一緒に留置所に来ています…。もちろん私が悪い事をしたわけじゃ無いですよ?…とある出来事に決着をつけに来ただけです。留置所の入り口でいろいろ手続きを済ませて、少しの間待合室で待ちます。
「……」
正直色んな感情がグルグルと入り混じってしまっており、あまり今が本当に現実なのかと考えられない。
「嫌なら、帰るかい?」
「…いえ、いつかは向き合わないといけないんです…なら、いま、ここで…全て終わらせます...終わらせないといけないんです。」
「君がそう言うなら、僕にはもう見届けるしか出来ないね。行っておいで。」
「…はいっ…!」
そのままトレーナーさんは待合室で待機…わたしは以前学校に訪れた刑事さんたちと一緒に先生…いや、元先生の待つ部屋へと向かって行きます。そして、奥の区画の部屋…刑事さんが扉を開けてくれます…そして分厚い、しかし透明でしっかりと相手が見えるアクリル板の向こうに、項垂れるような姿勢ながらも扉を開けた瞬間に私をギラついた目つきで睨みつけてくる、元先生がいました…。
「……」
そんな先生を見ながら対面の椅子に座ります、そして刑事さん達も近くに座ってくれます。そして座った後にしばらく間が空いた後に私から口を開きます。
「お久しぶりですね、東海林先生。」
「しぃおぉんんんっ…!」
と、恨めしそうな声が聞こえて来る…そして先生はアクリル板に張り付くような勢いで迫って来る。当然分厚いアクリル板で仕切られているためそこで止まる。
「活躍してるみたいだなぁ?しぃおん…!!」
「……」
「おぉれぇのぉ…!!おれのおかげだろぉがよおぉぉ!?おれがぁ!中央トレセン学園のすいせんをぉ!とりつけてやったからなぁ!!」
「…っ」
「だぁかぁらぁ!おれは決して悪くねぇ!いいからさっさとここから出しやがれ、クソサツどもぉ!」
鼻息も荒く顔は真っ赤にしてアクリル板に張り付くようにして私をギラついた目で睨みつけながらそう言います…。
「…二つほど…良いですか…?先生…」
「あぁん…?」
「なんでシスターを殺す必要があったんですか…?なんで私達のあの家を燃やす必要があったんですか…?」
先生にとって、それは私に踏んで欲しい地雷だったのだろう。私がその質問をした瞬間に嬉しそうに先生は顔を歪めます。
「なんで…かってぇ?そりゃあ、お前が何度も何度も俺の推薦を蹴るからだろうがぁよぉ…!
大人しくうけてればよぉ、何もかも無くすことも無かったのになぁ!!
あのクソ女も、お前の意思を第一にする、あの子が行かないという選択肢を取ったならそうするべき、とか綺麗事抜かしやがってよぉ!!
ふへへへへ…そういうクソ女の頭骨が砕ける感触は良かったぜぇ…へへへ、快感だったぁぁぁぁはははははっ!!
俺があのクソ女とボロ屋を始末してやったんだよぉ!お前が受けざるを得ない状況にする為になぁ!!そしてぇ!お前は優秀なウマ娘としてこうして活躍してるぅ!!こうして捕まってなけりゃあぁなぁ!俺はまた中央の有名学校にぃ!戻れるはずだったんだよお!
つまりなぁ!お前は、俺の道具として!!俺の掌の上で転がされてたんだよぉ!!あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
「お前…!」
「面会は中止だ!!言質は取れた!連れていけ!」
…心の中で何かドス黒いものが湧き出て来る…これが、いつかシスターの言ってた抱いちゃいけない感情というものなんでしょう…。思わず膝に乗せた手を爪が手のひらに食い込んで血が出るくらいに強く握りしめ、歯は自然とギリッと音が出るくらいに食いしばる。悔しい、こんな人の為に私達が狂う羽目になったのか…けど、もう今ので自白したのも同然だ…刑事さん達的には私はしっかり役目を果たせたと言えるだろう。向こう側にいる警察の人が先生を取り押さえます。
「先生…」
「あ"ぁっ…!?」
シスターを殺して、私達の家を焼いて、みんなをバラバラにしたこの人は許せない…でも、たった一つだけ、これだけはお礼を言わないと…。
「私に強くなれる理由をくれて、ありがとうございました。」
しっかりと腰を折って取り押さえられている先生に向かってお辞儀をします。
「……あ"ぁっんっ!?」
「あなたのした事は許せません。ですが、あなたがいなければ弟妹達の大切さを再認識できなかったですし、私はここまで強くなれませんでした。だから、その点だけはお礼を言います…ありがとうございました。」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」
その言葉を聞いた先生は顔をこれでもかと真っ赤にしながら目を見開き、歯を剥き出しにしてガチガチと鳴らします…理解できなかったんでしょうね…。
「あとは、しっかりと残りの人生で罪を償って下さい。」
「しぃおぉぉぉぉぉんんんんんんんっ!!!?!?」
と、先生は盛大に暴れますがさすがは本職の警察官の人達、しっかりと先生の関節を決めて押さえ込み、手際良く拘束していきます。
「殺してやる……!!詩音!!お前も、!お前もころしてやるゾォ!!!」
そう叫びながら先生は警察官の人達に取り押さえられ、連行されて行きました…段々と叫び声が遠くなって行きます。それを見届けた後にそのまま力を抜くように椅子に座ります…。
「大丈夫かい?」
「はい…」
と、グレーのスーツを着た刑事さんが駆け寄って来ます。これで先生の件は終わりです…。これで良い、これで良いはずなんです。そして刑事さんに連れられて、トレーナーさんの待つところに戻ります。
「おかえり。終わらせられた?」
「多分…」
「なら良かった。心の整理もつかないだろうし少し休みね。トレーナー命令。」
「わかり、ました…」
と、そのままトレーナーさんと一緒に学園に戻ります…。帰る際に車の中で動画サイトを開けばライブ放送でニュースが流れており、先生の顔が全国に晒されています。どうやら私達以外にも余罪がたくさんあったらしいのです…これで、良かったんです。そう思うことにしましょう。学園に着けば、チームの皆さんに挨拶をした後にそのまま自分の寮の部屋へと戻ります。生活感がようやくついて来たのかな?と思う寮の部屋…ですが相部屋する人がいないと言うのはなんとも寂しいもの…気晴らしになるようなものも無く、あるものといえば入院してる間に溜まっていたのであろう、弟、妹達からの手紙…。
「あの子達に…なんて言えば、いいんだろ…」
たまには風にあたりながら見るのも良いだろうと手紙の入った箱を持ちながら外に出る…場所はいつもの噴水広場のところでいいだろう…そうして噴水広場のベンチにすわって手紙をとってみれば、小学生組が書いたのだろう。綺麗に書かれている平仮名と練習中なのだろう漢字を使って書いたものがたくさん送られている。特に小学校高学年組は私の絵なんかを書いてくれている…手紙の報告ではそれで小さいながらも賞を取った子もいるらしい。手紙を手に取り読むたびにそんな報告を微笑ましく思いつつも、読むたびにどうすればいいんだろう…と、思いが募る。
「へぇ、小学生にしてはなかなか上手いじゃないか。」
「ひゃわぁっ!?!?!?」
その賞を取った子の絵と共に映った写真を見ているといきなり後ろから声を掛けられる。声の主はフジキセキさん。トレセン学園に二つある寮のうちの一つの寮長さんです。いきなり声を掛けられて思い切り肩をびくつかせて変な声をあげてしまいます。
「あはははっ、いい声で驚いてくれたね。」
「ふ、フジキセキさん…!」
ニコニコと笑うフジキセキさんに対して軽くムッとするもののフジキセキさんの性格上、私が暗い顔をしてるのが分かってしたのでしょう。こういうところも寮長たる所以なのでしょうね…。
「いろいろあったみたいだね。」
「…ええ、まぁ…折り合いとかは、まだついて無いですけど…」
今までは先生があんな人だと信じられなかったし、実際に見せつけられるとあんな人だったのかとショックも受けた…けど、それ以上にこの真実をあの子達にどう話して良いかわからないのです…もしかしたら…と、考えると私は死にたくなるくらい怖いのです…。
「困った時は僕も頼ってくれていいんだよ。まぁ、シンボリルドルフよりは頼りないかもしれないけど、それでも君の寮長なんだからさ。」
こう言ってくれるフジキセキさんも十分に頼れる先輩です…。
「ありがとうございます…なら、頼っても…良いですか?」
「もちろん。」
そのまま、フジキセキさんに思いの丈を全て吐き出しました…元いた児童施設の事、犯人が元担任の先生だった事、全国に散らばってしまった弟妹達の事、この事を弟妹たちになんで言えば良いのかわからない事…嫌な顔一つせずに全て受け止めてくれたフジキセキさんには感謝しかありません…。また、心の中で強くなれる理由が出来ました…。だから、私はもう折れません。
改めて見返してレース描写が単調気味になってきたと思うこの頃、どう思いますか?
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このままでも、ええねや。
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勉強してこい、ボケナス
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ポチンキ()