「いやぁ…憎たらしいくらいの晴天だね。8月15日かっての。病気になっちゃうよ。」
「トレーナー、そのセリフはちょっとdangerousデース…」
各々が調整期間を過ごした一週間、チームリギルの姿はとあるレース場の観客席にあった。勿論目的はイクシオンのメイクデビューだ。このメイクデビューを見届ければ晴れて、イクシオンは自分達のライバル…そのスタートラインだ。
「トレーナー、イクシオンの様子はどうだ?」
「んー、大丈夫でしょ。むしろ、あれだけ熱心に調整したんだ。今更僕が声掛けることも無いでしょ。後はここで見守ってれば自然と結果は出るよ。」
なんて、五十嵐が言いながらリギルの面々が一番よく見える場所に座る。やはりメイクデビューということもあってか、沢山の人が観客席に次々と座っていく。もちろん、撮影用のテレビカメラも、だ。
「さて…どこまで出来るかな?イクシオン。」
すでにイクシオンには作戦は伝えてある。逃げ一択。今回のメイクデビューは…一週間で完璧に調整した彼女ならこのくらいは全速力で余裕で走りきれるだろう、ならやることは出し惜しみなしの逃げ一択。
「そろそろ始まるね、さぁて、みんなで新たなライバル誕生の瞬間を見るとしようか。」
各所から設置されたスピーカーからノイズが一瞬聞こえた後に、メイクデビューの開始を宣言するアナウンスが流れた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
アナウンスが聞こえると控え室からレース場に出て行く。すでに1番目のウマ娘の名前や仕上がり方、人気などが発表されており終わった子たちはすぐにレース場で軽い準備運動などで身体を温めている。
『1番人気、11番 イクシオン』
アナウンスが流れて名前を呼ばれれば、レース場に出て行く。カメラもおそらくズームが掛かっているだろうが気にしている場合では無い。
『これ以上無い、良い仕上がりですね。高順位が期待出来そうです。』
紹介のアナウンスが自然と耳に入ってくる。解説の的外れな解説を聞き流しつつ、自身の11番ゲートへと早めに入る。仕上がりは上々。後は出走を待つだけ…準備も覚悟もある…後は振り切るだけ。
『晴れ渡る新潟レース場、12人のウマ娘達が凌ぎを削ります。』
『虎視眈々と上位を狙います、3番。』
『この評価は少し不満か、7番。』
『今日の主役はこの子において他にいません、11番。』
『みんな良い顔してますね、好レースに期待です。』
『各ウマ娘、ゲートに出揃いました。』
いま、お姉ちゃんが行くよ、みんな…見ててね。構える前に一息深呼吸を入れてからスタンディングスタートを構える。そして、不意に予兆も無くゲートが開かれる。
「シッ…!」
『各ウマ娘、綺麗なスタートを切れています!』
少し出遅れた気もするが、焦らない。キチンと踏み込んで足で芝を捕らえ前に進む。もっと脚を回せ。空を掻き分け、風を蹴散らせ。
『おっと!ここで11番抜け出した!!』
『典型的な逃げのスタイル、中盤で掛かり気味にならないかが心配ですね。』
このくらいなら問題無い…2200m走り抜けて見せる…!必ず取る…!もっと、もっと…!!さらに脚に力を込めて加速する。
「やばい…!」
私の加速を見て後続の子も焦ったのだろう、全員が私を追い縋ろうと脚を回し始める。だけどもう遅い。
『800m通過!!11番イクシオン!速い!これはどうでしょう?』
『様子を見る限り全く掛かっている様子は無いですね、むしろ後続の子のペースが乱されているように感じます。』
『さぁ、11番と後続の差が開いて行く!現在の差は4バ身!』
『後続の子も後半に脚を温存する子が出てきましたね、11番このまま逃げきれるか。』
『1200m通過!!11番!全く脚色が衰えない!!』
『後続の子も折り返し地点、まだ距離はあります。ここからが勝負です!』
1200m地点…脚はまだまだ回せる。さらに回すか?それとも残りの600メートルで思い切り出し切るか…。
いや…何を考えている私…トレーナーさんと約束したじゃ無いか…メイクデビューなんだ、出し惜しみはするなって。なら、もっと脚を回す他ないだろう。もっと、もっと早く!
『11番!まだ衰えない!!それでところかもっと脚を入れてきた!!離れる、離れる、離れる!!その姿まさに疾風迅雷!!』
「はっ…はっ…!」
『6バ身…7バ身…8バ身…!後続も焦って脚を入れますが、差は縮まらない!!』
『残り400!!11番!完全独走!カーブも彼女の障害になり得ない!!』
このまま突っ切る、掛かるからなんだ、脚が無くなるからなんだ。具体的なアウトラインは後回し。まずは突き抜ける。墓穴掘っても地雷踏んでも突き抜けきったなら、私の勝ちだ。ここで全力を出さないでどこで出す。出し惜しみなんかしたら、カッコ悪い…いつも全力で、勝つ!
『直線残り200m!11番脚色は全く衰えません!伸びる、伸びる、伸びる!』
『驚きましたね、11番圧倒的…脱帽ものです。』
『1着は変わらない!そして…11番脚色を衰えさせずにゴール!!11番、メイクデビューを圧倒的大差で突き放してゴールイン!!疾風迅雷とは!電光石火とはこのウマ娘のためにある!!』
『久々に驚きのレースに出逢えましたね。これからのレースにも注目していきましょう!』
そのまま後ろの子達を突き放してゴールイン、観客席も沸いており拍手喝采が響く。それでも今の私の心には届かない。今の私の姿は…あの子達に届いているのか…そして、トレーナーの指示、出し惜しみはするな、それをきっちりと私は守れていたのか…その二つの不安だけが私の心を埋め尽くしていたから。
♢♢♢♢♢♢♢
「イェーイ!イクシオンがwinnerデース!」
「このくらいは当然だ、むしろメイクデビューで浮かれてもらっては困る。周りが弱すぎたんだからな。」
「でも、メイクデビューで完勝に近い結果を残せたんです、それを祝いましょう。」
「これはこれは…久々に…血が騒いでしまう…」
イクシオンのメイクデビューを無事に見守ったリギルの面々、全員が全員少なからず触発されたようで全員のやる気は最高潮である。
「トレーナー…?どうしましタ?」
「んー?いや、何でもないよ。さて、みんなやる気出してるところ悪いんだけどちゃんとウイニングライブまで見ないとダメだよ、ウイニングライブまでがレースなんだから。それに今日は遠征じゃあ無くて、新たな君たちのライバルの誕生を見にきたんだから、きっちり最後まで見ておいで。それじゃあ、僕はちょっと、先に彼女の様子を見て来るから。」
「了解した、では後は私が。」
「頼むよ、ドルフ。」
そう言えば、五十嵐がそのままゲートへと向かう。そのまま浮かない顔をして戻って来るイクシオンを出迎える。
「はぁい、お疲れー。余裕だったね。」
「はい、ありがとうございます…」
「なんか辛いねぇ、せっかく文句無しのデビュー戦だったのに。…レース中に迷ったの、引き摺ってる?」
「………っ!?」
「やっぱりね。」
図星を突かれて身体を震えさせるイクシオン。そんなイクシオンに五十嵐は間髪入れずに続ける。
「言っちゃうと、最初から君がある程度脚を残して走るのは予測してた。だってそう言う風になるようにしたんだもん。」
「じゃあ…全部トレーナーさんの…?」
「そう、君がどうするか見たかったんだ。多分あの時に君の頭に浮かんだ選択肢は二つ…けど、君がどっちの方法を選んだとしても、僕の出し惜しみはするなって指令は守られたわけだ。どっちを実行したとしても、脚を全部使い切るハメになるんだからね。」
「そ、そんなぁ…」
「あはははっ!まぁ、そう言う事だからあんまり深く悩まなくても良いよ。」
あれだけ悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えたのか、その場にへたり込むイクシオン。でも悩みの種が一つ消えたのか、その顔は先ほどとは違い少しばかり晴れやかで。
「さて、それじゃあお楽しみといこうか。」
「え…?お楽しみ、ですか…?」
首を傾げながら五十嵐に問いかけるイクシオン、ニヤリとした顔で五十嵐イクシオンの問いに答える。
「ウイニングライブ、君忘れてない?」
「…あ…。」
「さらにここでお知らせがありまーす♪」
「ま、まだ何か…」
「今回、君のソロライブね♪」
「…………はい…!?」
一瞬だけ頭の中が真っ白になって、惚けた声を出してしまった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
数時間後、なぜか私はステージの控え室にいた。いや、うん確かに出し惜しみなく全力で走って、後ろをガンガン突き放して走ったのは私だよ?でも、ソロって酷くないですか?
『いやぁ、君の走りを見て観客が沸いちゃったみたいでさ。早すぎて君がよく見えなかった、なんて言う人もいるから、ソロライブになっちゃった♪』
絶対面白がってますよ、あのトレーナーさん…しかも、『チームのみんなも見てるから思いっきり楽しんでおいで〜w』って…絶対楽しんでるよあの人…。
「…一体何やれば良いんですか、これ…」
みんなは平然とやってるが、私は何をやれば良いのかもさっぱりである…どうしたものか…。
「イクシオンさーん。」
「は、はい…!」
ついに地獄への手招きが始まった。ここでごねていても仕方ない。いつまでも現実逃避に身を委ねていても仕方ないのだ。とスタッフの人が入って来れば。
「はい、これ。」
「え…っと、あの…事前知識ではこのままって…」
「何言ってるんですか?複数人ならともかく、ソロライブなんだからキチッとしていかないとですよ、ほら早く!」
「えっ、ちょっ…とぉ…!」
と、何やら渡された着替えと共に控え室にある試着室に一緒に押し込められて。おかしいな、事前知識ではこのままの格好でライブに臨むと書いてあったのに…何か見落としでもあったのか、いや今更そんな事を考えても仕方ないのだが。
「ちょっと、見えすぎじゃない…?これ…」
渡されたのはどこか歌姫にもアイドルのようにも見える衣装…おかしいな、トレーナーの話ではレース後の格好でちょっと歌うだけとか言われてたのに…可笑しいな…さっき現実逃避しても仕方ないって言ってたのに可笑しいなぁ…。とにかく頭の中はぐっちゃぐちゃである。こんな調子で大丈夫なのだろうか、いや、だいじょばない…。
「………」
改めて自分の格好を見てみる。いくらソロライブとはいえ自分一人だけ着替えて良いものなのだろうか…というかウイニングライブのルールねじ曲げすぎじゃ無い?こんなことして大丈夫なの?というかこれ、私よりもう少し可愛い子が着たほうがいいような…そんなことを考えていると。
「うん、準備完了ですね!見繕った甲斐がありました!」
「うわぁっ!?」
痺れを切らしたのか女性のスタッフさんが試着室のカーテンを勢いよく開けて。そんなことをされれば流石に驚いて変な声も出てしまう。
「メイクは…しなくてもバッチリね!はい、行きますよ!」
「ち、ちょっと待ってください!こ、心の準備がぁ!?」
そのまま引っ張られていき、あれよあれよと言う間にステージの裏側まで連れてこられてしまった。あの人本当に人間ですか?なんて思いながらも心臓バクバク身体はガチガチで。
「よろしく、イクシオンちゃん。」
「曲は俺らにバッチリ任せて。君は好きなように歌ってよ。」
「俺達がバッチリ合わせるからさ。」
「は、はいぃ…」
なんて、いつもなのだろうがライブの演奏担当の人達が声をかけてくれる。
「で、でも私今回の曲の歌詞なんて知りませんよ…。」
「大丈夫、始まれば身体が勝手に動くさ。」
「う、うぅ…はい、やるだけやってみます。」
「その調子、その調子。それじゃあ行こうか。眩しく激しく激烈に!」
演奏担当の人達の決め台詞なのだろう。決まったと言う顔がなんだか少しだけ緊張を解してくれた。もうここまで来たらレースと同じだ、やり切るしか無い。
「それでは…本番、行きますよ!」
「お願いします…!」
ウイニングライブの幕が上がる。
♢♢♢♢♢♢♢♢
ウイニングライブ会場、今回はソロライブということで出場していたウマ娘達も観客席に座りライブの開始を今か今かと待っている。勿論チームリギルの面々も特等席を確保したようで、全員がステージに注目している。
「いい席が取れましたね。」
「あぁ、心置きなく全員がゆっくりと見られる。」
「早く始まりませんカー?もう待ち切れないデース!」
「デース!早くみんなで盛り上がりましょー!」
「少しは静かに待てんのかお前ら…」
なんて全員が思い思いにライブを待ち遠しくしている。周りの観客達も同様で始まるまでは今日のレースやこれからのレースの事などを話し合っている。
「ふぅ、よっこらしょういちっと…。」
「昭和くさいですよ、トレーナー。」
「いいじゃない、若い子がレトロなネタ使ったって。」
なんて、五十嵐が帰ってくればリギルの取っていた真ん中の席に座り、一息つく。座る時のネタが昭和くさいのはご愛嬌だ。
「イクシオン、様子はどうだった?」
「まぁ、悩みの一つは吹っ切れたんじゃない?僕の期待にも応えてくれたしね。君達と一緒でこれからが楽しみだ。」
「全くだ。そうだ、トレーナー。戻ってからの模擬レースの相手にイクシオンを指名したい。いいか?」
「私も頼む。」
「むしろそのつもりだったしね。ナリタとドルフなら不足はないだろうし、なんならエアグルーヴ、君も入るかい?」
「断る」
「だと思った。戻ったら君は僕と調整ね。スズカにリベンジしたいんでしょ?」
「ふんっ…」
五十嵐に図星を突かれてそっぽを向いてしまうエアグルーヴ、それを揶揄うように笑う五十嵐、そうして思い思いに過ごしていればいきなりギターが一回掻き鳴らされたと思えば、中央から順にライブ会場の照明が消えていく。
『さぁ、待たせたな!今日の主役の登場だ!』
『眩しく激しく激烈に!初デビューだ!盛大に迎えてやってくれ!』
『それじゃあカウントダウンだ!3からいくぞぉ!!!』
演奏担当のメンバーがマイクパフォーマンスで、会場を盛り上げてあっためていく。そして会場の全員が声を合わせる。
「「「「「「3!」」」」」」
「「「「「「2!」」」」」」
「「「「「「1!」」」」」」
「「「「「「0!」」」」」」
『 What can I do for you? 』
そう、聞こえた瞬間にソロライブ用の衣装に身を包んだ今日の主役の姿が、複数のスポットライトで照らされる。会場の全員がその姿を目に焼き付けながら、会場が湧き上がる。
『 What can I do for you?
I can hear you
What can I do for you? 』
演奏担当のメンバーもテンションが上がってきたのか、演奏にも最初から熱が入る。メンバーがチラリと主役の方を見ればステージ裏で硬くなってた面影は全くなく、凛とした表情で堂々としていて。
『 あの日ココロの彼方に描いてた場所にいる
途方に暮れてたりする けれどもう戻れない 』
一度始まれば、誰も私語を挟まない。今日の主役の姿に見惚れ、今日の主役の歌に聞き惚れる。
『 夢に見たカタチとは なにもかもが違う
現実には・・・眩暈さえする 』
そして、ボルテージが一気に上がり、最高潮までいけばそのまま歓声という爆弾となって爆発する。
『 リアルな世界に揺れてる感情 "負けたくない!"
もう ただ走るしかないこの胸に 聴こえてくる
"キミは一人じゃない" 』
そんな歓声にも負けない、今日の主役の歌姫の歌声がライブ会場を思い切り沸かせていた。そんな彼女の歌声にチームのメンバーも今日はノリノリだった。
『 リアルな世界に揺れてる感情 感じても
あなたが目を閉じたならそこにいる 絆がある
だから、一人じゃない 』
『 リアルな世界に揺れてる感情 "負けたくない"!
もうただ走るしかないこの胸に 聴こえてくる
"キミは一人じゃない" 』
『 What can I do for you?
I can hear you.
What can I do for you?
I can hear you.
I can hear you. 』
歌い終わり、役目を終えた歌姫は放電のような眩しい光と共に暗闇に姿を消す。そうして、初のウイニングライブは落雷のような割れんばかりの拍手と喝采で幕を閉じた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「すぅ…すぅ…」
帰りのバスの中、ウイニングライブを終えたイクシオン。そんなイクシオンにメンバーはそっと毛布を掛けてあげる。慣れないことばかりして体力をかなり持っていかれたのだろう…いまは安らかな顔で眠っている。
「おめでとうございマース…イクシオン…」
「明日からまたバシバシいくデース。」
タイキシャトルとエルコンドルパサーが寝起きドッキリのようなこしょこしょ声で喋りながら眠っているイクシオンに声を掛ける。普段騒がしいこの二人も今回は空気を読んでおとなしくしているようだ。
「あまりちょっかいを掛けるな、寝不足になって故障されてもその…なんだ、困る。」
と、二人が何か企んでいるのではないか、と勘繰るエアグルーヴが注意すれば二人が元の席へと引っ込む。
「ライブもレースもいい盛り上がりでしたね。」
「ああ、これなら私達のライバルとして不足なし。いずれ誰かとレースで当たる時もあるだろう。」
「ええ、その時は全力で戦いましょう。」
と、ナリタブライアンとグラスワンダーがイクシオンを見ながら、そう言った。そして改めて全員が他メンバーとそして新たなライバルとなったイクシオンに闘志を燃やすのだった。
次のウイニングライブについて。何が聞きたい?
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キャラのモチーフ曲
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作者の趣味
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キャラの雰囲気に合いそうな奴
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なんでも良い、早よ書けボケナス。